No.316882

あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その3

日向物語第三話。
個人的には書くのが楽しい物語です。
あやせたんがいないのでpixivでも人気はあんまりないのですが。


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2011-10-12 00:10:53 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4087   閲覧ユーザー数:3128

あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その3

 

 

前回のあらすじ

 

 あたしと珠希はルリ姉と一緒に高坂くんのお家に訪問することに成功。

 ブルジョワなお家のごく普通の高校生の部屋を拝見する。

 ルリ姉と高坂くんが煮え切らないラブコメ劇の真っ最中であることも。

 そして、ルリ姉のお友達にして高坂くんの妹であるビッチさんにも会った。聞いていた通りの危なくて面白い人だった。

 あたしの高坂家初訪問はとっても面白かった。

 でも、帰宅して1時間ほど経った時に掛かって来た1本の電話。その電話があたしたちの運命を大きく変えることになった。

 

 

 

「えっ? 松戸の社宅への引越しはなくなった? 夏休みが終わってもこの家に住み続けるですって? 急にそんなこと言われても困るわよっ!」

 ルリ姉の声は電話の内容を丸伝えしてくれた。

 つまり、8月末の引越しの予定はなくなった。そういうこと。

「えっ?」

 それはあたしの人生を大きく変える出来事に違いなかった。

 松戸で新生活を満喫するあたし。

 そんな未来もあったはず。

 その意味であたしは今、世界の分岐点を迎えてしまったのかもしれない。

 ルリ姉風に言えばパラレルワールドが創造された瞬間。

 なんだろうけど……う~ん。

 

 

「た、た、大変なことが起きたから、と、と、とと、取り乱さずにきき、聴いて頂戴っ!」

 受話器を置いたルリ姉は震えた声であたしに振り返った。

 ちなみに珠希は遊び疲れたのか今はグッスリ眠っている。

「まずルリ姉が落ち着いた方が良いと思うよ」

 ルリ姉はギャグ漫画の登場人物かと思うほどにオーバーアクションで驚いている。

「そ、そうね。まずは落ち着いてお茶を飲みましょう」

 湯飲みにお茶を淹れ始めるルリ姉。

「あらっ? お茶がいつの間にか空っぽになっているわね」

 そしてルリ姉は身体の震えで湯飲みに入ったお茶を全部零してしまうというベタな反応を見せてくれた。

「ルリ姉がリアクション大王なのはわかったから、そろそろ本題に入ってよ」

「誰がリアクション大王よ! 私は先輩じゃないのよ」

 高坂くんはリアクション大王らしい。

 そう言えば今日会った時もやたら動作が大げさだったような。

「でも、日向の言う通りね。じゃあ、話すから、お、おお、落ち着いて、き、きき、聴いて頂戴ねっ」

「そのフリはさっきやったからもう良いって」

 ルリ姉は延々と同じネタを繰り返すつもりだろうか?

 繰り返しは笑いの基本だけど。

「……実はね、8月末の引越しがなくなってしまったの」

「ふ~ん。で、大変なことって何?」

 ルリ姉はこの暖めたネタで一体どんな笑いを呼び起こそうと言うのかな? 

「えっ? あの、ふ~んって、私たち一家の引越しがなくなったのよっ!?」

「その1件はルリ姉の電話のやり取りで聞いたし」

 あれだけ簡潔に電話の内容をダイジェストで伝えてくれるのもなかなか珍しいんじゃないかと思う。

「聞いたしって、日向は驚かないのっ? 生活に関わる大事な問題なのよっ」

 ルリ姉の声は荒い。

「いや、あたしだって驚いてるよ。人生変わっちゃったんじゃないかなと思うぐらい。でもね……」

「でも?」

「引越し云々の話を持って来たのはお父さんだったから、どうせこんなオチがあるんじゃないかと思ってたから」

 部屋の中をグルッと見渡す。

 引越しを10日後ほどに考えている割にはあまりにも普段通り。

 言い直せば引越しの準備を欠片も進めていない。

 粗大ゴミの処分の問題なんかもあるから、もう整理していないといけない時間に差し掛かっているのにも関わらず、だ。

「お母さんも、引越しは2対8の割合でないだろうって踏んでたし」

 お母さんの読みは正しかったことになる。

 

「なっ、何を言っているのよっ!? 私は当然引越しするものだと思って今の学校には退学届けを出して、松戸の学校の転入試験だって受けたのよ」

「高校生は義務教育じゃないから学校移るのも大変だよねぇ。でも、千葉から松戸に移るだけなんだから、別に学校を変える必要はないんじゃ?」

 松戸から千葉までは電車で約1時間。

 遠距離通学にはなるけれど、別に通えない距離ではないと思う。

「私まで早くに家を出るようになったら誰が日向と珠希の朝の面倒を見るのよ?」

 五更家では両親とも早く出るので朝の食事なんかはみんなルリ姉が面倒見てくれている。

「ごめん。ルリ姉はあたしたちの為に転校しようとしてたんだね」

 こういうルリ姉の優しい所は大好き♪

「そうよ。世界で一番可愛い小学1年生珠希の朝の食事は私が準備しないといけないのよ。世界で一番可愛い珠希の為にっ!」

「ルリ姉……ビッチさんの霊が乗り移っているよ」

 珠希を可愛いと叫ぶルリ姉の姿はビッチさんを髣髴とさせた。

 ビッチさん菌が伝染ったのだろうか?

「とにかく引越しがなくなった以上、今までと同じ学校に通わないといけないのよ。でも、退学届けは出しちゃったし、編入試験も通っちゃったしでどうすれば良いのよ……」

 頭を抱えて悩むルリ姉。

「それは両方の学校に事情を話せば何とかなるんじゃないかな? ほら、どうせ夏休みの間に進んだ話なんだし」

 原因も家庭の事情なんだし、そこまで大変なことにはならないと思う。

「そうじゃなくて、1学期の終業式にクラスメイトの前でお別れの挨拶までして、どの面下げて9月から平然と学校に行けっていうのよ。出戻りなんて恥ずかしいじゃない!」

「学校を巻き込んだルリ姉渾身のギャグってことで良いんじゃないかな? お笑い的には美味しいと思うよ」

 2学期の始業式にみんなの前で出戻って来たことを恥ずかしげに告げるルリ姉の姿は想像するだけで笑える。

「私は高坂先輩じゃないのよっ! ああっ、ビッチがアメリカから帰りたがらなかった理由が今こそわかるわ」

 頭を抱えて床を転がり回るルリ姉。

 その動作自体がギャグにしかあたしには思えない。

 けれど、妹としてここは適切なフォローを入れて置くべきだろう。

「大丈夫だって、ルリ姉」

 ルリ姉の肩に手を置いて、できる限り優しく微笑み掛ける。

「日向、あなた……お姉ちゃんを慰めてくれるの?」

 ルリ姉が潤んだ瞳であたしを見る。

「だって、ルリ姉は学校で“ぼっち”なんでしょ? だったらルリ姉が学校にいようがいまいが誰も気にしないって♪ 人気者のビッチさんの場合とは全然違うから♪」

 去就が注目されるのは人気者か有名人だけ。

 ルリ姉は学校で痛い有名人なのは簡単に想像付く。けれど、ルリ姉が学校を去ろうが戻って来ようが、高坂くんやゲーム研究会のメンバー以外誰も気にしないに違いない。

「だから私のことをとても寂しい人扱いするのはやめて頂戴っ! 事実だから心が痛いのよっ!」

 ルリ姉の絶叫が木霊した。

 

 

 

「それにしても、引越しをまともに信じていたのが私だけだったなんて……」

 ようやく落ち着いたルリ姉は不満そうな瞳であたしを見た。

「だってお父さんが言い出した話だよ。眉唾物に決まってるよ」

 非難の視線をあたしを軽く受け流す。

「だけど今度こそは本当の話かもって思うじゃない」

 この辺りはお父さんに対する見解の違い。

 もっと言えば、人間に対する見方の違い。

 ルリ姉は邪気眼電波で厨二全開な言動を取る割に根っこの部分は凄くピュアだったりする。

 人を素直に信じ、愛情を抱いている。

 そして同時に自分を信じ愛情を注いで欲しいと強く願っている。

 その傾向が他の人よりも遥かに強い。

 想いが強すぎるからほとんどの人はルリ姉の期待には応えられない。そぐわない。

 結果、ルリ姉にとっては腹立たしい人物になってしまう。

 だから邪気眼厨二の言動を取ってしまうのだとあたしは考えている。

 アニオタより以前に人間が不器用なのだ、あたしのお姉ちゃんは。

 そのルリ姉が素直になれるのは家族の前だけ。

 特に相思相愛の珠希の前だけ。

 まあ、近い将来、もう1人ルリ姉が素直に振舞えそうな男の子が加わりそうな気はするけれど。

 

「社宅の話がなくなっただけで仕事は今まで通りなんでしょ? 明日から失業者じゃなくって良かったって話だと思わなきゃ」

 このご時世、失業は辛い。特に元々蓄えに乏しいうちなんかの場合には。

「随分ポジティブなのね、貴方は」

「五更家のあのお父さんの娘だもん。世間様とは異なる角度で世の中見るようになるよ」

 お茶をすすりながら天井を見上げる。

 愛着はあるけれどボロッちい我が家。

 お父さんは真面目で良い人なんだけど、肝心な所でどこかが抜けている。

 だから経済活動に向いていない。そんな人。

 そんな父親を持つ五更家の娘があたしなのだ。

 それから五更という苗字は聞き慣れない大変珍しい苗字だと思う。

 それもその筈。五更というのは代を遡れば旧華族だったという由緒正しい家柄だったりする。

 世が世ならお姫様だったのだ、あたしは。

 日向姫なんて呼ばれている自分を想像してみたりする。

 でも、家柄が立派でもお祖父ちゃんとお父さんは商売が凄く下手だった。

 その結果、家はあっという間に没落していった。

 お父さんも新しい事業に手を出しては失敗を繰り返した。

 あたしが生まれるのを前後して自営業から会社勤めに変わったらしい。けれど、そっちでもあんまりパッとしない。何度か会社も変わったらしい。

 そんなこんなであたしが生まれてから見て来た光景は経済的にあんまり良くない。

 ずっとそんな感じなのだ。

 

「だけどルリ姉にとっては引っ越しがなくなって良かったんじゃないの?」

 ニヒヒと笑いながら意地悪く訊いてみる。

「何でよ? 立派な家で住めるチャンスだって日向も珠希も喜んでたじゃないの。私だってそんな家に住んでみたかったわよ」

 訳が分からないという表情のルリ姉。

 ほんと、こういう部分では凄く無欲な姉だ。

「そうじゃなくて、この家にいればいつでも高坂くんの家に入り浸り放題だし、高坂くんを家に連れ込み放題じゃん♪」

「なぁっ!?」

 突然、ルリ姉の顔が爆発した。

「な、な、何を訳のわからないことを言っているのよ、日向はっ!」

「でも最近は何か理由を付けてはよく高坂くんの家に入り浸っているんでしょ? ビッチさんの部屋じゃなくて高坂くんの部屋に」

「それはビッチが部活やらモデルの仕事やらでほとんど家にいないから仕方なく先輩の部屋に入っているだけで……」

 顔を茹で上げながら反論するルリ姉。

「友達が不在だから友達のお兄さんと遊ぶ。そんなの普通ないよ」

 ニタニタしながらルリ姉の反論を封じる。

「だからって私は入り浸っているなんてそんなハレンチな真似は……」

「別にハレンチなんてあたしは言ってないけれど。それとも2人きりでハレンチなことをしていたの?」

「ななっ!?」

 ルリ姉の顔が再び爆発する。

 ほんと、今時の高校生じゃあり得ないぐらいに純情。

 可愛いったらありゃしない。

「そっ、そんなことする訳がないじゃないのっ! ……私たちはまだ付き合ってもいないんだからっ!」

「付き合ったら……するんだ♪」

「なななぁっ!?」

 ルリ姉、3度自爆。

 この初心な姉は見ていて本当に飽きない。

 

「まあとにかく、引越しがなくなったのはルリ姉の恋愛にとっては大チャンスじゃん。想い人の家まで歩いて5分。この環境を生かさない手はないって」

「それは、そうなんだけど……」

 ルリ姉は歯切れの悪い声で横を向いた。

「告白の返事、まだもらえないことを気にしているんだ」

 素直に頷いてみせるルリ姉。

「まあ確かに2人の関係を見ていると、仲の良い友達って感じが強いからね。恋人同士になるにはもう1歩踏み込んでいかないとダメじゃないかな? 高坂くん、奥手そうだし」

 それに加えてビッチさんは超が付くほどの美人。

 ビッチさんを基準に女の子の顔を判断されては、ルリ姉が殊更美人として認識される可能性は低い。

 ルリ姉は胸も小さいし、魅力的な女の子として高坂くんに映ることは少なそうだ。

 更に更にビッチさんは超が付く我がままだという。

 となると高坂くんは女の子にあまり幻想を抱いていない可能性が高い。それは恋に落ちるという過程ではマイナスの要因になる。

 だから、もっと積極的にいかないとルリ姉は厳しいかもしれない。

「それはわかっているのだけど、でも……」

 ルリ姉の返事はまだ歯切れが悪い。

「ルリ姉、人間関係築くの全般がダメだからね。高坂くんにもどう接して良いのかわからないよね」

「わかっているのなら言わないで頂戴」

 ルリ姉は頬を膨らませてむくれた。

 女の子の友達さえ満足にいないルリ姉にとって、異性の気になる人とどう接していけば良いのかは相当な難題に違いない。

 それはわかる。

 わかるのだけど……。

「だけど、ルリ姉が動かないのならあたしが高坂くんを盗っちゃうけどね。あたしもそろそろ彼氏いてもおかしくない年頃だしぃ~」

 両手を頬に付けてイヤンイヤンと首を振ってみる。

「小学生が何をマセたことを言っているのよ」

「別に、恋人がいたっておかしくない年頃だと思うよ」

 少なくても漫画の中ではね、と付け足す。

「最近の小学生は末恐ろしいわね」

「ルリ姉、その言葉はおばさん臭いよ」

 ルリ姉はまだ16歳なのに所帯じみて実際におばさん臭い所が結構ある。

 高坂くん、幻滅しないと良いけれど。

「そういう訳でルリ姉は高坂くんとは妹の旦那として末永く接して行くわけだからよろしくね」

「何を勝手に決めてるのよ」

 ルリ姉が一旦言葉を切る。

 そして顔中を真っ赤に染めながら小さな声で呟いた。

「先輩は私と結ばれるんだから、日向にも誰にもあげられる訳がないでしょ」

 とても小さな声だった。

 でも、強い決意が篭っていた。

「受けて立つよ」

 ルリ姉に向かって笑ってみせる。

 ルリ姉、高坂くんのことを本当に好きなんだね。

 

「そうよ。状況が変わった以上、計画も変えないとダメなのよっ!」

「計画? 何それ?」

 ルリ姉はあたしの質問にも答えずに急に立ち上がると自分の部屋へと消えていった。

 それから間もなく1冊の黒いノートを手にとって戻って来た。

「死海文書に記されていない事態が発生した。これはもうDESTINY RECORDでは対応できない局面に至ったというわけね」

 ルリ姉は十字架が描かれた黒い表紙のノートを見ながらブツブツと呟いている。

「ルリ姉、そのノートは何?」

「私と先輩の未来が記された記録よ」

「うわぁ」

 ルリ姉の行動に驚く、っていうか呆れる。

 自分の妄想を描いた未来日記って、ヤンデレのキャラクターがよくやるよね?

 ルリ姉、そっち系のキャラに走るつもりなの?

「でも、結末が変わってしまった以上もうこの予言には頼れないわ」

 ルリ姉は言うが早いかノートをビリビリに破いてしまった。

「私と先輩にはこれに代わるTRUE RECORDが必要なのよっ!」

「いや、だから、未来日記じゃなくて普通の日記にすれば良いじゃん。今日は高坂くんと何をしたっていう過去形の日記で良いじゃん」

「それじゃあ、明日先輩とどう接したら良いのかわからないじゃないの」

 ルリ姉が恨みがましい瞳であたしを見る。

「ああ、それ。ルリ姉が頑張って行動を起こす為の起爆剤だったんだね」

 紙切れと化してしまったノートを見る。

 そのどの部分にも文字がビッシリと埋まっている。

 書いたことの10分の1も実行できないくせに思いだけはたくさん馳せていたと。

 そして人と接することに臆病なルリ姉は、運命とか定めとかそういう言葉を使わないと行動を起こせない。

 あれはそんな不器用なルリ姉を後押しする道具だったのだ。

「とにかく私は今から徹夜でTRUE RECORDの製作に取り掛からなければならないの。だから今日の夕飯は日向にお願いね」

「へっ? ちょっと? ルリ姉はあたしが料理上手くないことを知った上でそれを言っているの?」

 ルリ姉はあたしの言葉を聞かずに自室へと入って行き、扉を閉める前に首だけ回してあたしを見た。

「今は何よりもTRUE RECORDの方が大事なのよ。それに日向も先輩のお嫁さんを目指すなら料理ぐらいできるようにならないとダメよ」

 その言葉だけ残してルリ姉は扉を閉めた。

「料理ぐらいって言われても……いきなり今日美味しくできる訳がないじゃん」

 大きく溜め息が漏れる。

 あたしは同級生の子たちよりは料理が上手だと思う。

 ルリ姉を手伝って台所に立つ回数も多いし。

 でも、だからといって家族5人分の料理を作れる自信があるかと訊かれるとそんな腕前は欠片も持ち合わせていない。

「それに日向“も”先輩のお嫁さんを目指すならって……もうTRUE RECORDの結末が出てるんじゃん」

 こんなにわかり易い未来予告もないんじゃないかと思う。

 まあでも、ルリ姉の言う通りに料理のできる女の子の方が男の子に好印象なのは確か。

「よっし。頑張ってみようかな」

 ルリ姉の恋を応援してあげたいと思う。

 だけど自分の初恋を諦めたくもない。

 だからとりあえず自分のスキルアップから始めようと思う。

 夏休み中に高坂くんにあたしの作ったお弁当を食べてもらえたら嬉しいなって思う。

 今日の夕飯はその為の予行演習だと思えばきっと楽しいはず。

 

 何だか久しぶりに台所に立つのが楽しみになってきた。

 

 こうしてあたしの初恋1日目は過ぎていった。

 

 続く

 

 

 


 
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