No.317903

あやせたん文学る

あやせたん短編。あやせ物語はいつも難産する不思議。
完成までに長い時間が掛かりましたとさ


あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

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2011-10-13 23:56:57 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4194   閲覧ユーザー数:3142

あやせたん文学る

 

 

「お、お兄さん。や、やっぱりダメです。わたし、怖いんです……」

 体が震えていました。全身の揺れに合わせて言葉も震えていました。

 そしてこの言葉が何も意味を成さないのはわたしにも既にわかっていました。

 だって、お兄さんを焚きつけてしまったのは他ならぬわたしなのですから。

 お兄さんをラブホテルに強引に連れ込んだのは他ならぬわたしだったのです。

 だから今更こんな言葉が何の意味もなさないのはわかっていたのです。

「今更そんなことを言って俺が納得すると思っているのか?」

 思った通り、お兄さんにわたしの哀願は通じませんでした。

 お兄さんが普段と違う冷淡な、でも、とても熱い欲望を奥に秘めた瞳でわたしを射すくめます。

 お兄さんの瞳がわたしの体を舐め回すように見ています。

「そ、それは……」

 わたしは無意識に後ずさります。

 でも、ここはベッドの上。

 加えてわたしはバスローブ姿。

 わたしが無意識に後ずさる度にバスローブが捲れ、白い下着がお兄さんに露になってしまいました。

 これではお兄さんを誘惑していると受け取られても仕方がありません。

「しかしあやせが男の前で自分からそんな扇情的な姿を晒すなんてな。清楚なイメージと違って、本当のお前は男を惑わす能力に長けたいやらしい女ってことだな」

 お兄さんがわたしを蔑むように哂いました。

「そんなわけがないじゃないですかっ!」

 お兄さんの推測を力いっぱい否定します。

「わたしはこんなその……ラ、ラブホテルに入ったこともなければ、お、男の人とこんな状況になったこともありませんよ! キスだってしたことないんですからっ!」

 お兄さんは酷い誤解をしています。

 わたしがこのホテルに入るのにどれだけの勇気を出したと思っているのでしょうか。

 一生分の勇気を使ったのですよ。

「ハッ。信じられないね。大体あやせは俺なんかとこんな所にノコノコ入ってくるような女だ。他のモデルやってる美形男たちとも、もう何人も深い仲になってんじゃねえのか?」

 お兄さんの蔑んだ瞳がわたしに襲いかかってきます。

 それはとても悲しさを生み出す視線でした。

 でも、同時に悔しさを生み出す視線でもありました。

「そんな風に言わないでくださいっ!」

「あぁ~っ? ビッチ扱いされたことがそんなに悲しいのかよ?」

「違いますっ!」

 首を横に大きく振りながらお兄さんの言葉を否定します。

「じゃあ、何が違うってんだよ?」

「俺なんか……なんて自分を卑下しないでください。わたしにとってお兄さんは……大切な、この世界で一番大切な男の人なんです!」

 座り直しながらお兄さんを見つめます。

 目から涙がポロポロと溢れているのが自分でもわかります。

 でも、お兄さんにこれだけはきちんと知っていてもらいたいんです。

 わたしの本当の気持ちを、想いを。

「あやせ、お前……」

 呆然とした顔でわたしを見るお兄さん。

 わたしの想いが少し通じたのかもしれません。

 でも、お兄さんは恋愛ごとにとても疎い人です。

 わたしの気持ちも半分ぐらいにしか伝わっていない可能性があります。

 だから、だから──

 

「こんなタイミングで言うのも変かもしれませんけれど……わたしは、わたしはお兄さんのことが、京介さんのことが好きなんですっ! 愛していますっ!」

 

 自分の気持ちを全部言葉にして表現します。

「だから、わたしの全てを受け止めてください!」

 意を決してバスタオルを脱ぎ捨てます。

「京介さん。わたしの……初めてを、もらってください」

 京介さんの胸へと飛びつき首に両手を回します。

 はしたないなんてことは自分でも十二分にわかっています。

 でも、溢れ出した気持ちはこうすることでしか表現することができません。

 わたしの想いを京介さんに伝えるにはもうこの方法しかないのです。

「たくっ。俺だって…………あやせのことはずっと前から好きだったんだぞ」

「えっ?」

 京介さんの言葉を聞いて驚かされました。

「俺だって一目会った時からあやせのことをずっと可愛いなって思っていたんだ。だけど、桐乃との大喧嘩が元でお前と離れちまった。だから、俺があやせと恋人になることなんか絶対にないって思ってた」

「確かにあの頃のわたしは頑なでした。でも、それだって京介さんへの想いが強かったことへの裏返しなんです。好きだったからこそ裏切られた想いでいっぱいだったんです」

 今だったらわたしがお兄さんをどう思っていたのかよくわかります。

 わたしは、意地っ張りで我がままだったんです。そして嫉妬深かったのです。

 わたしは桐乃を愛していると言った京介さんに嫉妬の炎を焦がしていたのです。

「じゃあ俺たち、ずっと前から本当は両思いだったんだな」

「そう、なりますね」

 京介さんの手がわたしの腰の後ろに回ります。

 夢にまで見た京介さんからの抱擁。

「愛してるぜ、あやせ」

「わたしもです、京介さん」

 近付いていく2人の顔。

 そしてわたしは生まれて初めてのキスを経験したのです。

 

 ファーストキスが終わり、わたしの頭は夢の中にいるようにボォーとしています。

 それに全身が恥ずかしさでむず痒い感覚です。

「……何だか、とても恥ずかしいですね」

「あやせが本当に恥ずかしくなるのはこれからさ」

「えっ?」

 京介さんはわたしの唇にもう1度自分の唇を押し付けました。

 そして京介さんはキスをしたままわたしを優しくベッドへと押し倒したのです。

「いいよな、あやせ?」

「……はっ、はい」

 求められるままに返事をしてしまいます。

 は、恥ずかしくてほとんど何も考えられません。

「でも、あの、その。わ、わたし……初めてですので、や、優しくしてくださいね」

「できる限り善処はする」

 京介さんが震える手で、でも荒々しくわたしの体に触れてきました。

「あっ……」

 男の人に体を触れられる。

 それは生まれて初めての体験でした。

 だけど相手が京介さんだったので少しも嫌ではありませんでした。

「あやせ……っ」

「京介……さんっ」

 京介さんの愛撫が続きます。

 くすぐったいような嬉しいような。

 夢心地というか、もっと気持ち良い感覚がわたしの全身を占めていました。

 これが恋人同士の時間というものなのでしょうか。

 きっとそうなんだと思います。

 そんな状態がしばらく続いた後、京介さんの手が遂にわたしのブラのホックへと掛かりました。

 体がビクッと震えます。

 でもわたしは覚悟を決めて抵抗せずにそのまま天井を見上げます。

 ぎこちない指先の動きがしばらく続き、やがてカチャっという音がしてホックが外れました。

「やっと外れた」

 京介さんが安堵の息を吐きました。

 女性に慣れていないわたしの彼氏がなんだか可愛らしく思えました。

「京介さんの……エッチ」

 わたしは少しだけ首を持ち上げて愛しい彼にキスをしました。

 頭がまたぼぉ~として緊張感が少し薄れました。

 京介さんの体の震えも少し止まった気がします。

 そして京介さんは恐る恐るブラのカップを持って自分の方へと引き寄せます。

ブラが体から離れていきます。

そしてまだ誰にも見せたことがないわたしの胸が京介さんの目に──

 

 

「どうかな、桐乃?」

「どうって……何よ、これ?」

 放課後の教室。

 徹夜して書き上げた自信作の紙の束を桐乃に見せながら感想を尋ねます。

「小説だよ、小説。桐乃が去年小説家になったじゃない。それに触発されてわたしも書いてみたの」

 桐乃の電波系ハレンチ小説だって書籍化されました。

 だったらわたしも小説家としてやっていけるかも。

 そう思って生まれて初めて小説を書いてみました。

 今は秋ですし、文化活動をするには良い季節ですよね。

「いや、これが小説なのはわかるわよ。……アタシより描写が上手いし」

「本当っ!?」

 プロ作家からお墨付きを頂きました。

 少し自分に自信が持てました。

 やっぱり、人に褒めてもらえるって嬉しいですよね。

 たった一言でもとても良い気分になれます。

「問題は何でメイン登場人物があやせとアイツになってんのよっ!?」

 桐乃は犬歯を剥き出しにして不満を述べます。

「ああ。それは桐乃が雑誌のインタビューで小説を書く時に登場人物名を知った人にもじると感情移入し易いって答えていたから」

 ちゃんとプロの技法を取り入れてみました。

「もじるどころかまんま本名じゃんっ! ハンドルネームですらないよっ!?」

「それは本名使っている方が一番感情移入できるかなって思って」

 やっぱり主人公はあやせ、相手の男性は京介って名前にしないと気分が盛り上がらないっていうか何というか。

「本名はさすがにまずいでしょ。訴えられたり、人間関係破綻しても知らないわよ」

「じゃあ、登場人物の名前は後で書き直すことも考えるね」

 そうですねぇ。

 例えば

 

  あやせ→きりりん

  京介→のび太、スネ夫、ジャイアン、波平、ノリスケ、マスオ、カツオ

 

 こういう変換は念頭に置いておいた方が良いかもしれませんね。

 実際に変える気は微塵もありませんけど。

「それに、何? このジャンル? 何で、アンタとアイツが……れ、恋愛してんのよ!?」

 桐乃は唇を尖らせて不満そうです。

 でも、わたしとしてはそのジャンル選択は当然の結果でした。

「わたしだって女の子なんだし書くんなら恋愛小説が良いよ。書いていて楽しいし。それに恋愛ものってやっぱり一番人気があるジャンルだと思うし」

 王道は強いんです。

「恋愛ものは良いとして、何でカップリングがあやせとアイツなのよっ! あやせ、アイツのことが嫌いだったんじゃなかったの?」

 桐乃の瞳が吊り上がっています。

 カップリングに不満があるようです。

 でも、仕方なかったんです。

「だって、わたし他に知り合いの男性がいないから。消去法でお兄さんしかいなかっただけで、別に深い意味はないから」

 わたしは男の人と知り合う機会がないのでお兄さんしか選択肢がなかったのです。

「消去法って、クラスメイトの男ならここに掃いて捨てるほどいるじゃないのっ! モデル事務所にだってイケメンがたくさんいるでしょうがぁっ!」

「有象無象の名無しの人と付き合うっていう設定はちょっと……」

 さすがに相手役がAさん(仮名)ではわたしの創作気分も盛り上がれません。

 

「だからって何であやせとアイツのカップリングを選ぶのよぉ~っ!」

 桐乃は大声を張り上げます。

「もしかして、桐乃は自分のことを主役にして欲しかったの? 桐乃とロックくんの恋愛話を描いてもらいたかったの?」

 田村真奈実お姉さんの弟のロックくん。

 そのロックくんは幼い頃、お兄さんとお姉さん、桐乃と一緒に遊んでいたそうです。

 これはもう幼馴染フラグが立っていると言っても過言ではないでしょう。

 2人は結ばれるしかないんです。

 応援していますよ、桐乃♪

「何でアタシがあの地味メガネくんと結ばれなくちゃいけないのよっ! 絶対に嫌だかんねっ! そんなの書いたらあたし、あやせともう口をきかないから!」

 桐乃は頬を膨らませてそっぽを向いてしまいました。

 チッ!

 恋のライバルにして邪魔な小姑を坊主に押し付けられると淡い期待を抱いていましたがそうもいかないみたいです。

 所詮“いわお”じゃ中学生2年生の段階で親に500万の通帳を叩き付ける才女とは釣り合わないということですね。

 “いわお”ですからしょうがないですよね。

 いえ、何でもありません。

 

「大体、何でこんなに内容がエッチなのよっ! これ、さっき読んでた部分の後なんて完全に18禁小説じゃないのよっ! アンタ、いかがわしいの嫌いじゃなかったの?」

 そっぽを向いたままの桐乃の顔が真っ赤に染まっています。

 桐乃はお兄さんには自分のことをエッチしまくりとか言っています。

でも、実際は男の子と手も繋いだことがないんですよね。

 チッ! 

 近親相姦願望を抱いた重度の変態ブラコン女が。わたしの恋愛の邪魔するなっての。

 いえ、何でもありません。

 わたしとしたことが一度も考えたことをないことを心の中で口走ってしまいました。

「でも、桐乃の書いた小説も中学1年生の女の子が不特定多数の男とエッチする内容じゃない。わたしのと同じだよ。お兄さんもお姉さんも、通りすがりの黒ゴスロリの女の人もグルグルメガネの大きな女の人もみんなビッチ小説だって言っていたよ」

 あれだけたくさんの人が桐乃の小説をエッチだと思ったのですから、わたしのと変わらないと思います。

 いえ、わたしの小説は主人公がずっと一途な愛を貫きますから少なくともビッチ小説じゃありません。立派なラブストーリーです。

「わたしの小説は設定としてエッチに抵抗が少ない女の子を書いてただけなの。あやせの小説みたいな生々しいシーンは全然書いてないっての!」

 そう言えば桐乃の小説は1行2、3文字で改行されていました。

だから詳しい描写はエッチシーンどころか全編通してありませんでしたね。

「そしてアイツらぁ~、アタシの小説を陰で散々悪口言っていたのね。許せない~っ!」

「でも、お兄さんたちは古本屋で1冊20円で山積みで売っていた桐乃の小説を買ってくれた大切な読者さんなんだよ」

 山積みされた桐乃の古本小説は1冊20円でした。

 わたしも30円だったら買いませんでした。でも20円だったので奮発して買いました。

「古本屋で売買されても作家の収入には繋がらないっての! っていうか、1冊20円で山積みって世間の反応が嫌ぁ~~っ!」

 まあ、ブームが去ってから新規読者として読んでみると……小説としてはとても読めたものじゃないので仕方ないと思います。

 あんな小説を書籍化した出版社の勇気に脱帽です。

 ブームに躍らせて買っちゃった読者のみなさんたちもですけどね。

 

 

「それにこの小説におけるアタシの扱いにすっごく不満があるんだけど?」

「作中の桐乃の扱い?」

 確かにこの小説には京介さんの妹役が登場します。

「でも、桐乃じゃないよ。出ているのは……」

 わたしだって周囲の人間には色々と配慮している面だってあるんです。

「ええ。確かに桐乃というキャラは出てないわね。だけどこの、美っ知子って明らかにアタシがモデルよね?」

「どうしてそれがわかったのっ!?」

 わからないように完璧に細工したはずなのに!?

「わからいでかぁっ!」

 桐乃が牙を剥いて怒りました。

「大体この美っ知子のキャラ設定ってなんなのよ! 兄貴に見てもらいたいからモデルになったりとか、兄貴に近寄る女はことごとく貶して邪魔したりとか、兄貴のパンツをくんかくんかほ~むほむするのが日課って……どんだけブラコンで変態なのよぉっ!」

「……だって全部本当のことじゃない」

 わたしの情報力を甘く見ないで欲しいです。

「それで美っ知子があやせと京介の仲を邪魔をしようとして、最初はダンプに撥ねられて入院。やっと退院して来たと思ったら、今度はすぐ宇宙人に誘拐される。ラストシーンの2人の結婚式ではやたらロボっぽくなってるって扱いが悪すぎだってぇのっ!」

 桐乃はとてもカリカリしています。

 桐乃ってあれでしょうか?

 小説の中の世界と現実の世界が区別できないという人なのでしょうか?

 桐乃は重度のオタクだからその可能性は十分に考えられます。

「桐乃ぉ~。これは小説の中のキャラクターなんだからそんなに熱くならないで」

「明らかに実在のモデルがいて、しかも明らかに悪意的に描写されているのに黙っていられますかっての! 名誉毀損よ!」

 ムスっと膨れる桐乃。

「やっぱり桐乃も恋愛したかった? 相手は……お兄さんの学校のゲーム研究会の部長さんとか? あの臭いことで有名な」

 他にも双子のデブとかも桐乃の相手によくお似合いだと思います。

「何でアタシが自転車を痛車に改造するようなあんなキモオタ連中と恋愛しないといけないのよぉ~っ!」

「趣味が同じなのだしよくお似合いだと思うよ♪」

 わたしとしても将来の義理の妹が一生独り身で寂しい思いをして欲しくないですからね。

 義理の妹の恋を一生懸命応援しちゃおうと思います。

 頑張ってね、桐乃♪

 いえ、桐乃が将来の義理の妹って別に深い意味はありませんよ。

 単にそんなフレームが浮かんだだけですから。

 

「大体、こんな小説をアンタの親に見られたら大変なことになるんじゃないの?」

 桐乃に指摘されたことを少し考えてみます。

「この小説を書いたのがわたしだって知られて、それからわたしとお兄さんの仲を誤解されるようなことがあれば……家を追い出されて二度と戻れないのは確実かな♪」

 うちの両親はとても厳格です。

 娘がエッチな小説を書いたと知れば激怒するでしょう。

 しかも登場人物がわたしとお兄さんとなれば、お兄さんとの仲を疑うでしょう。

 そしてわたしが新垣家の娘に相応しくないと判断されて無慈悲に家を追い出されることはほぼ確実だと思います。

「追い出されて二度と戻れないって気楽に言う言葉じゃないでしょうが……」

 桐乃が呆れた表情でわたしを見ます。

「だから、わたしが家を追い出されたらよろしくね、桐乃♪」

「はぁ?」

 桐乃がアングリと口を大きく開きました。

「だから、わたしは家を追い出されたら桐乃の家に居候するから♪」

「何で?」

「わたしたち、親友じゃない♪」

 困った時は助け合う。

 友達って本当に素晴らしいですよね。

「大丈夫。ただでお世話になるような真似はしないよ。わたし、一生懸命家事をするから」

「いや、そんな気は使ってくれなくて良いんだけど……」

 困った表情を見せる桐乃の手を握ります。

「わたし、頑張って京介さんのご飯を作るから。頑張って京介さんのお部屋を掃除するから。頑張って京介さんのパンツ洗うから」

 男性の下着を洗うなんて恥ずかし過ぎます。

 でも、居候である以上仕方のないことなんです。

「何でアイツ限定なのよっ! っていうか、京介さんって呼び方は何なの!? いつの間に呼び方変えたのよ!」

 桐乃はプンプンと怒り爆発中です。

 京介さんの呼び名の変更はまだ桐乃には黙っていた方が良さそうです。

 京介さん本人にまだ『京介さん』と呼んだことがないのに、妹に先に使うなんて勿体ないですもんね♪

「だってわたし、家を追い出されたら京介さん……お兄さんの部屋に住むことになるでしょ? 桐乃のプライバシーは尊重するから心配しないで♪」

「うがぁあああぁ! アタシのプライバシーよりももっと大きな問題があるでしょうがぁ~っ!」

 桐乃が何故か吠えています。

「そっか。わたし居候だもんね。お兄さんのことはご主人さまって呼ばないと失礼だよね」

 メイド服仕様で誠心誠意ご奉仕しなきゃダメですよね。

 わたしとしたことがとんだ失念をしていました。

「問題はそこじゃないってのぉっ!」

「桐乃、何をさっきからそんなに怒っているの?」

 カルシウムが不足しているのでしょうか?

「とにかく、この小説が両親に見られたらわたしは家を追い出されちゃうの。だから……」

「絶対にこの小説の存在は外部には知らせないから安心して♪」

 桐乃はやっと満面の笑を浮かべました。

 チッ!

 空気読めよ、この腐れ近親相姦ビッチがぁっ!

 ここはわたしを新垣家から追放して高坂家に居候させる展開でしょうがっ!

 わたしを京介さん専属メイドにして愛と信頼を育ませ、ついでにお腹も大きくさせてゴールインさせるルートでしょうがっ!

 親友ならわたしの恋を応援しやがっての!

 いえ、何でもありません。

 全く心にもないことを考えてしまいました。

 あれですね。きっと自作小説の影響を受けてしまったのですね。

 これじゃあ桐乃や京介さんの趣味についてどうこう言えませんね。

 テヘッです♪

 

 

「よしっ! アタシは決めたわっ!」

 桐乃が大声で叫びます。

「わたしとお兄さんの結婚を認めることを?」

 話の流れ的に他に桐乃が了承することはないと思います。

 つーかさっさと了承しろっての。

「誰がそんな結婚認めるかってぇのぉっ!」

 桐乃から憎悪丸出しの視線が飛んできます。

「勿論冗談だよぉ~。もぉ~、わたしがお兄さんのことを好きなわけがないじゃない」

 チッ!

 忌々しいブラコンメス豚がぁっ!

 いえ、何でもありませんよ♪

「それで、何を決めたの?」

 桐乃は勝ち誇ったように鼻から息を吐き出しました。

「アタシの小説の次回作の構想」

「次回作……」

 その言葉を聞いた瞬間、とても嫌な予感がしました。

 そして、嫌な予感は最悪にも当たってしまったのです。

「次回作は実の兄と妹が濃厚なエッチを繰り広げるラブストーリーものにするわっ!」

 声を大にして次回作の構想を宣言するプロ作家。

「何ですってっ!?」

 その発表はわたしを驚愕させました。

「そしてアタシは綿密な取材に基づいて創作するのが売りのリアリティー重視作家。ふっふ~ん」

「それってまさか……」

 嫌な予感がして額から汗が流れます。

「当然、今回の執筆に当たっても兄と妹で濃厚なエッチを繰り広げる必要があるってことね! アタシとアイツで実際にっ!」

「教室の中で近親相姦宣言っ!?」

 桐乃、いえ、このビッチは何を血迷ったことを口走っているのでしょうか?

「アタシだって嫌で嫌で仕方ないけれど、これもプロ作家としての仕事だから仕方ないのよ~♪」

「そういう言い訳はその溢れ出すヨダレを止めてからにしなよ」

 このビッチ、やっぱり本気なのですね。

 本気で京介さんの貞操を狙っているのですね。

 京介さんをこんなビッチなんかには絶対に渡せません。

 京介さんはわたしのものですっ!

 いえ、何でもありません。

 相変わらず考えてもいないことがポッと心に湧き出てしまいます。

 

「さあ、そうと決まればモチベーションが下がらない内に早速実践よぉ~っ!」

 言うが早いか桐乃はカバンを持って走り出しました。

「待ちなさい、桐乃っ! 実の兄妹でなんて間違ってる! だからここはわたしが犠牲となって桐乃の代わりにお兄さんと愛し合うからっ! それを小説化してわたしの両親に送り付けてっ!」

 桐乃の取材の為だから仕方ないんです!

 嫌で嫌で仕方ありませんけれど、京介さんと愛し合うしかないんですっ!

 新垣家は厳格なので、愛し合ってしまったら京介さんのお嫁さんになるしかありません。

 それはもう決まっていることなんですっ!

 

「フッ。陸上部のエースであるアタシにあやせが追いつけるかしら?」

 前を逃げる桐乃は余裕の表情を浮かべています。

 確かに運動が苦手なわたしでは桐乃にスピードでも持久力でも敵うことはできません。

 でも、だったら……

「運動神経じゃ敵わない。だけどこれは100m走の勝負じゃないのよ、桐乃っ!」

 わたしは制服のポケットから携帯を取り出し、短縮ダイヤルのボタンを押しました。

「どうしたあやせぇ~? 何か用か?」

 受話器から間の抜けたやる気の感じられない少女の声が聞こえます。

「加奈子、今どこにいるの?」

 通話相手、加奈子の居場所がわたしと桐乃の勝負の行方を左右します。

「どこって、学校の靴箱の前だけど~? 今日アタシ、撮影ないから~逆ナンでもされに行くつもり~。あやせも行くか~? おめぇがいれば高目の男も釣り放題だし~」

「靴箱の前なのねっ!」

 神様はやっぱりわたしの味方でした。

「後20秒……ううん、10秒で良いからそこにいて頂戴っ!」

「はぁ~? 一体何言ってんだ、お前? まあ、10秒ぐらいだったら別にいいけどな。どうせ靴を履き替えてる最中だし」

 訝しがりつつも了承してくれる加奈子。

「ありがとう、加奈子。わたし……加奈子のことをずっと忘れないからっ!」

「はぁ? 何を言ってやがるんだ、おめえはよぉ?」

 涙が、涙が毀れて来てしまいます。悲しいから涙が流れてきちゃいます。

 だって、女の子ですからっ!

「おっ。桐乃が猛ダッシュしながら靴箱に駆け寄って来たな。お~い桐乃~。逆ナンして飯奢られに行かねえか~?」

「さようなら。わたしの親友たち……」

 制服のボタンをそっと一撫でします。

「へっ?」

 加奈子がすっ呆けた声を上げた瞬間でした。

 

 ボンッ!

 

 突然わたしの前方で大きな爆発が起きました。

 黒煙が通路を伝わってわたしの所まで届いてきます。

 何故、突然爆発が起きたのかわたしには見当も付きません。

 でもわたしには加奈子が今の爆発に巻き込まれてしまったという勘が働いたのです。

 加奈子にはもう会えない。そんな予感がヒシヒシとしました。

 

「桐乃は無事なのっ!?」

 もうお空のお星様になってしまった加奈子に構っている場合じゃありません。

 桐乃の安否が、桐乃が無事でいてくれるかどうかだけが問題なんですっ!

「ケホッ! ケホッ! やってくれたわね、あやせの奴ぅ~っ! あたしが使おうと思っていたトラップを先に発動させるなんてぇ~っ!」

 煙の中から桐乃の声が聞こえてきました。

「桐乃~っ! 無事なんだね。良かったぁ~♪」

 声を掛けつつ全力で自分の靴箱へと向かいます。

 チッ!

 これで最愛の妹を失った京介さんと最愛の親友を失ったわたしが傷を舐めあうように恋に落ちるというシナリオは描けなくなりました。

 生まれて来た娘に桐乃と名付けることで感動のフィナーレという展開もです。

 まったく、桐乃にももう少し空気を読んで欲しいです。

 いえ、何でもありませんよ。

 全力疾走で脳に十分な酸素がいかない状態での脈絡もない妄想ですから。

 

「ぷぎゃっ!?」

 って、今何か踏み付けました。

 ゴキブリだったら嫌だなと思って足元を見ると、全身黒コゲでアフロヘアになった加奈子が仰向けに倒れていました。

 顔には女子の上履きの跡がはっきりとくっ付いています。

 爆発に巻き込まれたのは間違いありません。

 何故、わたしの親友がこんな目にっ!

「……火薬の量を間違えてしまいました。ビッチ1匹仕留められないとはほんと使えないバカ女ですね」

 加奈子の上を丁寧に2往復してから再び桐乃を追い掛けます。

 まだ、負けたわけじゃないんですよっ!

 

 

 

 桐乃の後を追って全力で校舎の外を駆け抜けます。

「しまったぁ~っ! 煙のせいで靴と鉄下駄を間違えて履いて来ちゃったせいで全力で走れない~っ!」

 前方を走っている桐乃の足が先程に比べて明らかに遅くなっています。

 チャンスです。これなら追い付けそうです。

「もぉ~、アタシってばお茶目さんなんだから~♪ こんなんじゃアイツに笑われちゃうじゃないの。テヘッ♪」

 自分の頭を軽く右手で叩きながら舌を出す桐乃。

 ウザい。そしてあざと過ぎるぞ、ビッチ女ぁ~~っ!

 テヘッ♪ なんて、リアル女がやって可愛いと本気で思っているのでしょうか?

 あの二次元に囚われたビッチには、世の中の厳しさを教えてやらないといけません。

 即ち、あのビッチの恋は決して叶わないことを。

 わたしがあの子の義理の姉となることを。

 いえ、何でもありませんよ。

 毎度毎度何一つ考えたことがないことだらけですから。

 

「負けないわよ、桐乃~っ!」

 桐乃の横に並んで併走します。

「くぅっ! あやせを引き離せないっ!」

 全力で走れない今の桐乃になら負けません。

 わたしの方が先に京介さんの元へと辿り着いて一気にゴールインしたいと思います。

 いえ、ゴールインって別にそういう訳ではありませんよ。

 京介さんを強引にホテルに連れ込んでわたしの小説通りの展開に持っていくなんて微塵も考えてませんよ。

 新垣家の厳格な家訓に従ってお兄さんには責任を取ってもらおうなんて思ってませんよ。

 そうなる展開を予想して白いウェディングドレスを既に発注済みなんてことはないですよ!

 とにかく、わたしは桐乃よりも京介さんの元に辿り着いて『あなた、お帰りなさい』と出迎えるのです。

 兄と妹がハレンチなんて許せません!

 桐乃に健全な恋愛をしてもらうにはわたしが犠牲になるしかないんですっ!

 

「いたっ! 京介っ!」

「みつけましたよ、あなたっ!」

 そしてわたしたちは京介さんをみつけたのです。

 京介さんまでの距離は約50m。

 わたしたちはゴールに向かってラストスパートを掛けます。

「京介はアタシのものなんだからぁっ! ムッツリスケベの変態あやせなんかには絶対に渡さないわよぉ~~っ!」

「京介さんはわたしのものですっ! ブラコン変態桐乃なんかには絶対に渡しませんっ!」

 

 30m

 20m 

 10m

  5m……

 

「「ゴ~~ルっ!!」」

 そしてわたしたちは多くの犠牲を払いながら栄光のゴールへと……

 

 

「先輩……京介があんなケダモノだったなんて思わなかったわ。初めてだったのにあんな変態的なプレイまで要求して。恥ずかしさで死んじゃう所だったわよ。まったく」

「はっはっは。さっきの黒猫……瑠璃はあまりにも可愛過ぎたからな。つい、調子に乗っちまったぜ」

「と、とにかく……責任は取ってもらうわよ。呪いの儀式の効力は一生なんだから……」

「呪いなんかなくたって離れないよ。一生隣にいるさ。いや、いさせてくれ」

「京介……っ」

「瑠璃……っ」

 

 

「あの沈みゆく夕日に向かって走ろう、桐乃っ!」

「負けないわよ、あやせっ!」

 わたしと桐乃はゴールである太陽を目指して走り始めました。

 目からしょっぱい汗がたくさん流れてきました。

 でも、走るのはとても気持ち良いです。

「やっぱり秋はスポーツの季節だよね、桐乃」

「そうよ。男女でイチャついてなんかないで、スポーツが秋に相応しい活動なのよ~っ!」

 こうしてわたしはスポーツを通じて桐乃と一層仲良しになったのでした。

 

 空を見上げれば綺麗な一番星が目に入ります。

 それはまるで、わたしたちの友情を大空のお星様になった加奈子が祝福してくれているかのようでした。

 

 

 

 

 

 


 
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