No.301149

葉月と恋路と交渉術っ!

”にっ”の派生作品を名乗っていたもの。
恋に舞い上がっている乙女たちのきゃっきゃうふふの物語です。
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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

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2011-09-16 12:15:08 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:3949   閲覧ユーザー数:2597

葉月と恋路と交渉術っ!

 

「島田葉月ちゃん、ですね?」

 

 急に背後から女の子の声が聞こえて来ました。

 振り返るとそこにはフードを被り顔を隠した女の子。更にその後ろに大勢の文月学園の制服を着たお姉ちゃんたちが立っていました。

「あぅっ? お姉ちゃんたちは一体誰なのですか?」

 縦ロールがフードからはみ出しているお姉ちゃんの正体に葉月は全く心当たりがありません。

 一体、このお姉ちゃんは誰なのですか?

 

「あなたの実力を、確かめさせてもらいますわ」

 

 そしてフードのお姉ちゃんは葉月に向かって襲い掛かって来たのです!

 

 

「あうっ。いきなり危ないのですぅ」

 フードのお姉ちゃんの縦ロール攻撃を間一髪避けます。

 この髪の毛の巧みな操作術。並の使い手ではないのです。

「お姉ちゃんは一体、何者なのですかっ!?」

 葉月の知り合いにフードを被っているお姉ちゃんはいないのです。

「百合を咲かし、己の星の宿命に生きる。人は美春を恋に盲目の闘将と呼びますわ」

「恋に盲目の闘将さんなのですかっ!?」

 フードのお姉ちゃんの正体が恋に盲目な闘将さんなことはわかりました。

 でも、一体誰なのかはわからないのです。

 だけど、この際わからなくても良いのです。敵か味方か。まずそれが重要なのです。

「あぅ。お姉ちゃんも乱世に野望を賭ける女の人なのですか?」

「フッ。文月学園乱れる時、救世主現ると言った所ですか。ですが、その小さな身体で救世主足りえるかどうか美春が確かめて差し上げますわ」

「あぅ。葉月をお尻ペンペンしようとする人には全てこのツインテールで応えるのみなのです」

 ツインテールを拳の形に変えてお姉ちゃんと対峙します。

「ならば応えて頂きますわ。縦ロール白鷺拳奥義白百合繚乱」

 フードのお姉ちゃんが技の名前を唱えた瞬間、葉月の周囲を取り囲むようにして百合の花が満開に咲き誇ったのです。

 百合の花々からはまったりと甘い匂いが流れて来て葉月の五感を鈍らせます。

 何だかトロンとしてきてしまうのです。

「あぅ。フードのお姉ちゃんの気配が読めないのです」

 葉月にはフードのお姉ちゃんがどこにいるのか把握できません。

「恋に盲目ゆえ、美春には葉月ちゃんの拳に対する恐怖はありません。恐怖は人の気配となり、敵に容易に間合いを掴ませますわっ!」

 今の葉月の目ではフードのお姉ちゃんの動きを捉えることができません。

 でも、だったらっ!

 葉月は目を瞑りました。

 代わりに耳を研ぎ澄まします。

 そして葉月の耳は、攻撃して来るフードのお姉ちゃんの縦ロールの音を感知しました。

「そこなのですっ!」

 葉月のツインテールは攻撃を仕掛けて来たフードのお姉ちゃんの縦ロールを掴んだのです。

「クッ! やりますね。ですが、美春の縦ロールは1本だけではありませんわっ!」

 もう1本の縦ロールが葉月目掛けて襲って来ます。

「負けないのですっ!」

 葉月は空中に跳躍して縦ロールを避けます。

 葉月の跳躍を見て、お姉ちゃんはニヤッと笑ったのでした。

「ならっ、本気で行きますわよっ!」

 声と共にお姉ちゃんの2本の縦ロールが回転し始めました。

 まるでドリルのように激しく回転しているのですっ!

「これこそが縦ロール白鷺拳の真髄、ドリル旋風ですわっ!」

 フードのお姉ちゃんは2本のドリルを葉月に向けたまま全速力で突っ込んで来たのです。

「こんなのに当たったら、本当に死んでしまうのですよっ!」

 葉月はツインテールを地面にぶつけた反動を利用して大きくジャンプしお姉ちゃんの攻撃をかわしました。本当に危ない所だったのです。

「この技を避けたのは葉月ちゃんが初めてです。ですが、どこまで逃げ切れますか?」

 フードのお姉ちゃんは再び頭のドリルを葉月に向けます。

 このまま逃げ回っていたのではいつかやられてしまうのです。

 だったら、葉月から攻撃するしかないのです。

「あぅ。フードのお姉ちゃんは何ゆえ島田の拳が最強なのか知らないのです。それを葉月が教えてあげるのですっ!」

 葉月はフードのお姉ちゃんを睨み、そしてツインテールの中に隠していたアレを投げ付けたのです。

「これは、『雄二×明久』成人やおい同人誌っ!? 葉月ちゃん、貴方、玉野美紀の技をっ!?」

「あぅ。相手の拳を葉月の分身とする。島田の拳奥義コピー安堵ペーストなのですっ!」

 この技は腐のお姉ちゃんとの戦いを通じて葉月が習得したものなのです。

「クッ! こんな本を見たら美春の目が完全に腐ってしまいますわ」

 フードのお姉ちゃんが目を瞑りました。

 葉月は続けて同人誌を投げ続けます。

「同人誌のページが捲れる音が目の見えないお姉ちゃんには恐怖なのです。葉月との間合いも掴めないのです」

「クゥッ!」

 フードのお姉ちゃんが怯みました。

 絶好の好機、なのですっ!

「葉月パ~ンチなのですッ!」

 葉月は一気に駆け寄り、ツインテールでフードのお姉ちゃんを攻撃したのです。

「グハッ!?」

 胸に攻撃を受けて大きく上空へと吹き飛ぶフードのお姉ちゃん。

「とどめなのですっ!」

 そして地面に落ちてくるお姉ちゃんに向かって葉月は2撃目を放ったのです。

 

「甘いですわね。何故今の一撃でとどめを刺さなかったのです?」

 地面に横たわるフードのお姉ちゃんは訝しげな瞳を葉月に向けています。

 葉月の2撃目はお姉ちゃんの顔のすぐ横を掠めていったからです。

「なら、葉月も質問なのです。どうしてお姉ちゃんの技には殺気がないのですか?」

 フードのお姉ちゃんの技には葉月に対する負の念が一切感じられませんでした。

「……さすがですわね、葉月ちゃん。ごめんなさい。ただ貴方の力が知りたかったのです」

 そう言ってお姉ちゃんはフードを脱いだのです。

 その下に隠れていた素顔は──

 

「あぅっ! フードのお姉ちゃんの正体は縦ロールのお姉ちゃんだったのですか。全然気付かなかったのです」

 フードのお姉ちゃんの正体は葉月が全く思いも寄らない人物だったのです。

「美春は同性ラヴの美春。待っていましたわ、葉月ちゃん。貴方が来るのを。聖帝(メインヒロイン)の野望に我を失ったお姉さまを倒せる唯一の少女。愛のツインテール拳の伝承者を」

「愛のツインテール拳? あ……っ!」

 愛という単語を聞いて葉月の脳裏に1年前の記憶が蘇って来ました。

 葉月がまだ日本に来たばかりの頃、変質者に命を狙われていた所を助けてもらったことを。

 ツインテールが愛の宿命を持つことを教えてくれたことを。

 それが、この縦ロールのお姉ちゃんだったのです。

「あぅっ! お姉ちゃんは……」

 葉月はそんな大事なことを今の今まで忘れていたのです。

 縦ロールのお姉ちゃんはそんな葉月を見ながら微笑ましそうに笑いました。

「久しぶりですわね、葉月ちゃん」

「あぅ。葉月は命の恩人を今の今まで忘れてしまっていたのです。ごめんなさいなのです」

 縦ロールのお姉ちゃんに向かって頭を下げます。

「いいんですのよ。美春は間違っていなかったのです」

 縦ロールのお姉ちゃんは楽しそうに笑いました。

「美春は世間の煩わしさを遮断し同性ラヴを追求する為に心の目を閉じました。ですが、美春が失った光よりも、葉月ちゃんは強く激しく輝き始めました」

 縦ロールのお姉ちゃんは葉月を眩しそうに見ています。

「心の目が見えない代わりに視力が両目とも6.0まで上がりました。これも同性ラヴ。未来への希望に生きる宿命です」

 縦ロールのお姉ちゃんが葉月の手をそっと握ります。

「葉月ちゃんもお姉さまに劣らない美少女に成長しましたわ。後はペッタンコのままでいてくれれば美春の超ストライクゾーンです♪」

「あぅ。葉月は将来お胸ばいんばいーんになる予定なのでペッタンコは無理なのです」

 お姉ちゃんや拳王のお姉ちゃんのようなペッタンコはごめんなのです。

 悲惨すぎる人生なのです。哀れすぎて何も言えないのです。お姉ちゃんたちは胸がないから暴力に走るのだと葉月は確信するのです。

「胸なんてただの飾りですのに」

 縦ロールのお姉ちゃんは、お姉ちゃんよりも大きな胸を揺らしながら大きく溜め息を吐きました。

「それはともかく、美春のアジトまで葉月ちゃんをご案内しますわ」

 縦ロールのお姉ちゃんの言葉に、お姉ちゃんの後ろに控えていた文月学園の女子生徒のお姉ちゃんたちが一斉に頷きます。

「あぅ。アジト、ですか?」

「ええ、そうです。反帝部隊レジスタンスのアジトです」

 縦ロールのお姉ちゃんの瞳が鋭く尖りました。

 

 

 

 

 葉月は縦ロールのお姉ちゃんたちの後に続いて20分ほど歩きました。

 途中、裏路地や、下水道に降りたりと複雑なルートを通りながら遂に1件の喫茶店に辿り着いたのです。

「ここが反帝レジスタンスのアジト、美春の実家の喫茶店ですわ」

 縦ロールのお姉ちゃんは店内へと入っていきます。

 すると、中には7、8名ほどのお姉ちゃんたちが互いに手を繋いで見つめ合っている光景が見えたのです。

「これが……」

 縦ロールのお姉ちゃんは頷きました。

「そう、これが美春が戦う理由です。今より光り輝く百合乙女たちの未来を奪い去ろうとすることは誰であろうと美春が許しませんっ!」

 縦ロールのお姉ちゃんは熱く燃えていました。

「例えお姉さまでも、それは許されないことなのです」

「縦ロールのお姉ちゃん……」

 縦ロールのお姉ちゃんがどれだけお姉ちゃんに熱い想いを寄せているのかは葉月もよく知っています。

 その縦ロールのお姉ちゃんがお姉ちゃんに反旗を翻した。

 これは、事態がどれだけ重大かを物語っているのです。

 お姉ちゃん、本当に変わってしまったのですね……。

 

 葉月が溜め息を吐いていると、一緒に喫茶店に戻って来たお姉ちゃんたちは葉月の同人誌を熱心に読み始めたのです。

「これは、超レアモノ『雄二×明久』同人誌ではないですか? 葉月ちゃんは一体どこでこれを?」

「これはみんな腐のお姉ちゃんの持ち物だったのです」

「なるほど。同志玉野美紀の所有物であったとなれば一級品なのも納得」

 お姉ちゃんたちはしきりに頷きながら同人誌を読んでいます。

「彼女たちも美春とは方向性が違いますが、同性ラヴを信奉する同志なのです」

 縦ロールのお姉ちゃんは優しい瞳で同人誌を読むお姉ちゃんを見ています。

「あぅ。ここには同性ラヴの人たちが集まっているのですね」

「ああ。そういうことになるね」

 店の奥から男の人の声が聞こえました。

 それから足音がして、文月学園の制服を着たメガネを掛けたお兄ちゃんが姿を現したのです。

「あぅっ。メガネのお兄ちゃんなのです」

「久しぶりだね、葉月ちゃん」

 真(チェンジッ!!)・FFF団の1人であるメガネのお兄ちゃんにこんな所で会うなんて不思議な気がするのです。

 あれ? でも、メガネのお兄ちゃんは男の人なのですよ?

「久保くんの性別は確かに男です。ですが、美春たちと同じ心を有しています。だから美春と久保くんは同志なのですわ」

「あぅっ。そうだったのですか」

 そう言えばメガネのお兄ちゃんはバカなお兄ちゃんが大好きで、葉月の恋のライバルの1人だったのです。

「僕と清水さんたちは、聖帝(メインヒロイン)を自称し、NC(ノーマルカップリング)以外の恋愛を根絶しようとする美波さん(サウザー)に反旗を翻したんだ」

「お姉さまは強化合宿以来変わられてしまいました……」

 暗い表情で俯くメガネのお兄ちゃん。悔しそうに下唇を噛む縦ロールのお姉ちゃん。

「あぅ。強化合宿……」

 強化合宿所に乗り込んだ時のことを思い出します。

 あの時からお姉ちゃんは確かに変わってしまったのです。

 

 

『葉月、ウチはね、ドイツのいた頃のように強く凛々しく輝いているお姉ちゃんに戻ることにしたわ。もうウジウジした中途半端なお姉ちゃんはやめるの』

『別に。ウチは驚き役でもサブキャラでもなく“にっ”の聖帝(メインヒロイン)なんだって自覚しただけのことよ』

『フッフッフ。そうよ。アキと恋仲になった以上、ウチが“にっ”の聖帝(メインヒロイン)なのよ。瑞希じゃないのよっ! ウチこそが唯一無二のバカテスヒロインなのよっ!』

『ウチはあの、北斗七星の横に燦然と輝く蒼星にかけて誓ってみせるわ。アキと最期まで愛し合って添い遂げてみせるとっ!』

『ウチがバカとテストと召喚獣の聖帝(メインヒロイン)島田美波なのよっ!』

 

 

 強化合宿でバカなお兄ちゃんと恋人同士になったというお姉ちゃんは狂気の道に走ってしまったのです。

「お姉さまは聖帝(メインヒロイン)を名乗るようになりました。ですが、メインヒロインとは他キャラとは一線を画す存在。あるのは己とパートナーとなる男のみ。お姉さまは孤独な存在なのです」

「今の島田さんにとって吉井くん以外は誰1人として必要がないんだよ。そして彼女はそんな世界で生きる為の力を持っている。その強さは僕や清水さんの及ぶ所ではない」

「ですからせめてゲリラとなって抵抗するしかこの乙女たちを守る術はないんですの」

 2人はとても悔しそうに俯きました。

 でも、悔しいのは葉月も同じでした。

 葉月は聖帝(メインヒロイン)の野望にとり憑かれ豹変していくお姉ちゃんに対して何もできなかったのです。

 

 

 

 聖帝(メインヒロイン)と化し猛威を振るうお姉ちゃん。

 3人で嘆いていると厨房から2人の女の子が出て来ました。

「あの、清水さん。食事をお持ちしました」

「……久保も、食べて」

 食事を運んで来た2人の顔を見て葉月は驚いたのです。

「あぅっ! 綺麗なお姉ちゃんと美人のお姉ちゃんなのです」

 女性FFF団の2人がレジスタンスのアジトにいたのです。

 でも待ってくださいなのです。何かおかしいですよ?

「あぅ。お姉ちゃんたちはバカなお兄ちゃんとツンツン頭のお兄ちゃんが好きなのです。なのに何故ここにいるですか?」

「それが、明久くんの恋人に最も似合うのは誰かという質問に『坂本くんです』と正直に答えてしまったんです。そうしたら美波ちゃんに学校を追い出されてしまいました」

「……私も今の雄二の一番は吉井だって心の内を素直に答えたら学校を追い出された」

 2人はとてもションボリしています。

 お姉ちゃんに学校を追放されたのが悲しいのか、バカなお兄ちゃんとツンツン頭のお兄ちゃんの仲の良さに落ち込んでいるのかわからないですけれど。

「でも、綺麗なお姉ちゃんたちはお姉ちゃんと同じFFF団の仲間、大事なお友達なのですよ」

 お姉ちゃんは女性FFF団のみんなと一緒にいる時、一番楽しそうに笑っていたのです。

 女性FFF団で驚いている時のお姉ちゃんが一番輝いていたのです。

 そのお姉ちゃんの姿は嘘じゃなかった筈なのです。

 なのに、そんなことを……。

「私が一番初めにメインヒロインにこだわって美波ちゃんを傷付けてしまいました。だから美波ちゃんは怒って私のことを嫌いになったのだと思います」

「……私はいつも友達を怒らせてばかり。だから優子に続いて島田にも嫌われた」

 暗い表情で落ち込むお姉ちゃんたち。

「そんなことはないのですよっ! お姉ちゃんは、綺麗なお姉ちゃんたちと一緒にいて本当に幸せそうだったのです」

 葉月だけでは埋められないお姉ちゃんの心の穴。

 その心の穴を埋めてくれたのが女性FFF団だったのです。

 だから葉月は幸せそうなお姉ちゃんをもっと見たくて拳王のお姉ちゃんたちの挑戦をいつも受けていたのです。

 お姉ちゃんのあの笑顔は嘘じゃなかったはずなのです。

「でも、今の美波ちゃんにとって大事なのは、必要なのは私たちじゃないんです。明久くんなんです。明久くんの愛情だけを美波ちゃんは欲しているんです。私じゃ、ないんです」

「……女性FFF団関係者は全員敵だって島田は言ってた」

「お姉ちゃんが、そんなことを……」

 泣き出しそうな綺麗なお姉ちゃんたち。

 でも、葉月が受けた衝撃はそれ以上のものでした。

「お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんとの愛で本当に変わってしまったのですね……」

 葉月は、それ以上声が出ませんでした。

 

「……お姉さまが、本当にあの豚野郎、吉井明久と愛し合っているのならまだ美春は納得することができました。ですが、ですがぁ~っ!」

 縦ロールのお姉ちゃんは声を張り上げすぎて最後は声が詰まっていました。

「あぅ。お姉ちゃんとバカなお兄ちゃんは相思相愛ではないのですか?」

 あの強化合宿の最終日、お姉ちゃんは確かに葉月たちに向かってバカなお兄ちゃんと恋人同士になったと言ったのです。

「あれは、相思相愛なんかじゃありません、お姉さまの何かの勘違い、ううん、一方的な片思いに過ぎませんっ!」

 お姉ちゃんの縦ロールが逆上がってドリル回転を始めます。

「でも、お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんとキスもしたって。キスは、恋人同士がするものなのですよ」

「あのキスはお姉さまの方からしたものですっ! しかも、相手の了承もなく一方的に唇を奪ったものですわ!」

 縦ロールのお姉ちゃんは歯でハンカチを引き裂きながら悔しがりました。

「どんな呪いに掛かったのか、お姉さまはあの豚野郎に一方的に熱を上げているのです。そしてあの豚野郎との関係を誇示する為に文月学園を掌握し、自分の恋愛観に邪魔な同性ラヴ者を学校から追放し、愛の永続性を見せしめる為に聖帝腕十字陵の建設に着手し始めたのです。全てはあの豚野郎との関係を力づくで公認化させる為なのです!」

 縦ロールのお姉ちゃんもお姉ちゃんの行動の裏に自信のなさを感じ取っていたのでした。

「お姉さまは吉井明久との恋愛に自信がないからこそ、聖帝(メインヒロイン)を自称し実力行使に出ています。そして、己を正当化したいが為にどこまでも残虐に動いているのです」

「……葉月も、そう思うのです」

 今のお姉ちゃんは強大な力に反比例して脆弱さを感じるのです。

「あんなにも優しかったお姉さまは、恋愛成就の為に他人を傷付けることに躊躇いがなくなってしまった。だから、あんな放送を校内で流せるのです」

「あんな放送、ですか?」

 縦ロールのお姉ちゃんは縦ロールの中からボイスレコーダーを取り出しました。

「これを聞けば、今のお姉さまがどれほど危険なのかわかると思います」

 縦ロールのお姉ちゃんは再生ボタンを押しました。

 

 

『2人とも何をしているんですか?』

『瑞希……』

『そんなにくっ付いて腕まで組んで歩いて、そんなのまるで、その、付き合ってるみたいじゃないですか』

『そうよ、瑞希。ウチとアキは付き合ってるのよ』

『えっ? それって、本当ですか?』

『うん。黙っててごめん、瑞希』

『美波ちゃん……やっぱり明久くんのこと、好きだったんですか?』

『それも黙っててごめん。瑞希の気持ち、知ってたのに。ごめん。ウチのこと許せないでしょうね』

『いえ。美波ちゃんの気持ち、私も何となくわかっていましたから。むしろ、ハッキリ言ってもらったことで気分が楽になったくらいです』

『もしかして、許してくれるの?』

『許すとか許さないとかじゃなくて、人を好きになるのは自由だと思います。だから美波ちゃんを責めるなんてできません……』

『瑞希……ありがとう』

 

 

「このやり取りをお姉ちゃんがっ!?」

 聞いていて葉月は驚愕したのです。

 こんな恐ろしい内容の会話を録音し、校内に流しているというお姉ちゃんの狂気に。

「……島田は雄二に脚本を書かせて瑞希と吉井にも演じさせた。そして2人の相思相愛ぶりを放課後校内で流し続けている」

「お、お姉ちゃんがそんな恐ろしいことを……」

 恐る恐る綺麗なお姉ちゃんを見ます。

「わ、私は大丈夫ですから。あれはただのお芝居ですし、私自身はこの放送を聞く前に学校を追い出されちゃいましたから」

 綺麗なお姉ちゃんは泣きそうな瞳で、でも葉月に優しく笑い掛けながらそう言ったのです。

 その顔を見て葉月の中で怒りの炎に火が付き始めたのです。

「綺麗なお姉ちゃんの心を弄ぶなんて……幾らお姉ちゃんでも許せないのですっ!」

 お姉ちゃんでもやって良いことと悪いことがあるのです。

 葉月は妹として、お姉ちゃんのお尻をペンペンしないといけないのです。

 

「清水さん、今帰りました」

 葉月がプンプンしているとお姉ちゃんたちが更に4人戻って来ました。

 お姉ちゃんたちは手に段ボール箱を持っています。

「聖帝軍の小隊を襲ったら同人誌を手に入れましたよ」

 お姉ちゃんたちが箱から取り出したのは、バカなお兄ちゃんやツンツン頭のお兄ちゃんやその他たくさんのお兄ちゃんたちが描かれている本でした。

「オールキャラの健全ギャグ本ですね。たまにはギャグ同人誌を読んで笑うことも必要ですね」

 やおい同人誌を読んでいたお姉ちゃんたちが同人誌を受け取っていきます。

「さあ、清水さんもどうぞ」

「美春は滑稽なバカ話といえども、豚野郎たちの同人誌など要らないのですが……まあ、今回はありがたく受け取っておきますわ」

 縦ロールのお姉ちゃんは同人誌の本を捲りました。

 そして次の瞬間、顔を蒼ざめさせたのです。

「待ちなさいっ! 見てはいけませんっ! これは少女調教有害図書ですわよっ!」

 縦ロールのお姉ちゃんの言葉を聞いて、本を開こうとしていたみんなの手が一斉に止まります。

 でも、その時にはもう手遅れだった人もいたのです。

「う、う、うわぁあああああああああああぁっ!?」

 本を開いてしまった1人のお姉ちゃんが苦しみ始めたのです。

「腐の空気に染まりきった彼女たちにとって、NC(ノーマルカップリング)、しかも調教モノなんて危険な同人誌を読めば体が内部から破壊されてしまうのですわ!」

 葉月は慌てて苦しむお姉ちゃんへと駆け寄っていきます。

 お姉ちゃんを抱き起こし首筋に指を当ててどんな具合なのかを確かめました。

 でも、もう既に……

「あぅ。もう、このお姉ちゃんは……」

 葉月は自分の無力さをかみ締めるしかありませんでした。

「清水さん……私は、もう1度雄二×明久の暑い夜が見たかったです……」

 その言葉を最後にお姉ちゃんの体から急激に力が抜け落ちていきました。

 

 目を閉じたお姉ちゃんの名を何度も泣きながら叫ぶお姉ちゃんたち。

 喫茶店は大きな悲しみに包まれたのです。

「美春が、先に調べておくべきでした」

 縦ロールのお姉ちゃんも泣いていました。

「葉月ちゃん。これが聖帝(メインヒロイン)と化したお姉さまのやり方。心を閉じた美春のこの目でも涙だけは枯れません」

「……島田、酷すぎる」

 みんなの涙が、葉月の心を熱く燃え上がらせていきます。

「聖帝(メインヒロイン)と化したお姉さまを倒さぬ限り、この悲劇は永遠に繰り返されるのです」

 その言葉を聞いて葉月の怒りは頂点に達したのです。

「お姉ちゃ~んっ!」

 葉月は大声で叫んでいました。

 倒すべき敵の名を、です。

 

 

 

 1時間後、葉月は文月学園の校庭の隅にいました。

 目の前にはすぐ、聖帝腕十字陵が聳え立っています。

 でも、今の葉月はこんな空虚な建物よりもお姉ちゃんに対する怒りでいっぱいだったのです。

 

 文月学園の校庭では多くの生徒たちが地べたに土下座していました。

 そしてBクラス代表のきのこ頭のお兄ちゃんが殺虫剤を撒き散らしながら叫んでいたのです。

「聖帝(メインヒロイン)さまがお通りになるぞぉっ! 汚物は消毒だぁ~っ!」

 長い物に物に巻かれる卑怯なきのこのお兄ちゃんらしい下衆な行動でした。

 そして、そのすぐ後にお姉ちゃんは姿を現したのです。

 

 お兄ちゃんは大きな大きな車に乗っていました。

 自転車に括り付けられたリヤカーの荷台を改造したゴージャスな椅子に優雅に腰掛けていたのです。

 帝王を気取るお姉ちゃんの顔はいつになく険しく、そして口元だけは歪に曲がった笑みを浮かべていたのです。

 それは葉月が今まで1度も見たことがない気味の悪い表情でした。

 不快感いっぱいの顔だったのです。

 葉月は驚きと共にお姉ちゃんへの怒りを新たにしたのです。

「このぉっ! 悪党めがぁっ!」

 その時、1人の男子生徒がお姉ちゃんに怒りを向けながら立ち上がったのです。

 あの太い眉毛はD組代表の地味なお兄ちゃんで間違いないのです。

 やはりお姉ちゃんのやり方にはみんな反発を覚えていたのです。

「あぁ~っ? 消毒されてぇのかぁ~っ?」

 きのこのお兄ちゃんは地味なお兄ちゃんに向かって殺虫剤を吹きかけようとしていました。

 だから葉月はそんなきのこのお兄ちゃんの殺虫剤を取り上げて言ったのです。

「あぅ。お兄ちゃんの言う通りなのです。汚物は消毒すべきなのです」

 そして葉月は殺虫剤をきのこのお兄ちゃんに向かって吹きかけたのです。

 ついでに以前インドに遊びに行った時に覚えたヨガ・ファイアーで殺虫剤に炎を加えてみました。

「うぎゃぁああああああぁっ!?」

 きのこのお兄ちゃんは焼ききのこになりました。あぅ。より正確には炭きのこです。

 でも、こんなカスは今どうでも良いのです。

 葉月は倒すべき敵の所に行かなきゃいけないのです。

 

 葉月はお姉ちゃんが乗っている車の前に立ちました。

 行く手を塞いだ葉月を見てFFF団のお兄ちゃんが自転車のペダルを漕ぐのをやめます。

 お姉ちゃんは椅子に座ったまま葉月をジッと見ました。

「でかくなったじゃない、小娘」

 そして葉月に向かって歪な笑みを湛えながら『小娘』と呼んだのです。

 お姉ちゃんが変わってしまったのはこれで葉月も確認できました。

 もう目の前のお姉ちゃんは葉月が大好きだった優しいお姉ちゃんじゃありません。

 倒すべき敵なのです。

「お姉ちゃんの大層な行進もここまでなのです」

 お姉ちゃんに向かって人差し指を差します。

 葉月からの宣戦布告なのです。

「大きな口を利くようになったわね、小娘。どうやら木下さんが惚れた素質が目覚めたようね。でも、このウチを倒すことができるかしら?」

 お姉ちゃんが車を降りてゆっくりと葉月の元へとやって来ます。

 近くで見れば見るほどお姉ちゃんの顔は険しく歪んだものになっています。

 とても恋する乙女のものには見えません。ヤンデレとも言えないただの危ない人なのです。

 やっぱりこの人はもう、葉月が大好きだったお姉ちゃんとは別人なのです。

 

 お姉ちゃんは葉月と相対しました。

「聖帝さま自ら手を下さずとも我らで」

 FFF団のお兄ちゃんたちが鎌を構えながらお姉ちゃんに問います。

 けれど、そんなお兄ちゃんたちをお姉ちゃんは手で制したのです。

「島田の拳のウチ以外のもう1人の伝承者。聖帝腕十字陵の人柱にちょうど良いわ」

 お姉ちゃんは薄気味の悪い笑みを浮かべています。

「小娘、掛かって来なさいよ」

 そしてニタニタした不快な表情のまま葉月を挑発して来ました。

「お姉ちゃん。何故構えないのですか?」

 お姉ちゃんはあまりにも無防備に突っ立っているのです。

「そんなことも忘れてしまったの、小娘? 島田の拳に構えはないのよ。構えとは防御の型。ウチの拳にあるのはただ制圧前進のみっ! 小娘の構えは他流の臆病で稚拙な戦闘術よ!」

 声と共にお姉ちゃんが正面から突っ込んで来ました。

「はっ、速いのですっ!?」

 それは葉月が体験したことのない速さでした。

 でも、そんな泣き言は言っていられません。

 葉月は両手の拳とツインテールの計4つの拳でお姉ちゃんに向かって迎撃を試みます。

「フンッ、無駄なことを」

 葉月の横を一陣の風が吹き抜けました。

 ううん、風のような高速でお姉ちゃんが通り過ぎて行ったのです。

「ウッ!?」

 そして一瞬遅れて頬に鋭い痛みを感じました。

 すれ違いざまに葉月は両頬をムニュッと抓られたのです。

 葉月はもう少しで頬の肉を千切られてしまう所だったのでした。

 

「ウチの拳の前ではアンタの動きなんか止まって見えるわ」

 お姉ちゃんは余裕の表情で葉月に喋り掛けてきます。

 そんなお姉ちゃんに葉月は抓られた頬を一撫でしてから返答しました。

「それはどうかななのです。お姉ちゃんの拳は既に見切ったのです」

 お姉ちゃんの動きは確かに超高速でした。

 でも、妹である葉月はお姉ちゃんの攻撃パターンを知っているのです。その動きの特徴も。ドイツ時代に毎日稽古をつけてもらったからです。

 確かに日本に来てから稽古をつけてもらったことはありません。

 けど、お姉ちゃんがこの1年でまた一段と腕を上げたように葉月も強くなったのです。

 攻撃だって見切れるのです。

「見切ったですって? 良いわ。だったら、島田の拳奥義、極星腕十字拳を受けてみなさいっ!」

 お姉ちゃんは歪んだ笑顔を貼り付けたままゆっくりと無防備に近付いてきます。

 お姉ちゃんが何を考えているのかわかりません。

 でも、この好機を逃す手はないのです。

「行きますよ、お姉ちゃんっ!」

 葉月は4つの拳を全力で繰り出しながらお姉ちゃんを攻撃します。

 お姉ちゃんも攻撃を繰り出してきます。が、所詮は2本の腕のみ。

 攻撃の手数なら葉月が倍なのですっ!

「あぅっ! なのですぅっ!!」

 葉月は一気呵成に攻め続けます。全てのエネルギーを使い果たすつもりで拳を繰り出します。

「せ、聖帝さまぁ~っ!」

 お姉ちゃんの不利を見て取ったFFF団のお兄ちゃんたちが不安の声を上げます。

 このチャンス、葉月は逃すわけにはいかないのです。

 葉月は変わってしまったお姉ちゃんに対する怒りを力へと変えて拳を繰り出し続けたのです。

「あぅっ!」

「クッ!」

 遂に葉月のツインテールがお姉ちゃんの体に命中したのです。

 そこからはもう一方的なラッシュでした。

 葉月は数十発の拳をお姉ちゃんの体に打ち込んだのでした。

 

 お姉ちゃんは攻撃を受けても倒れませんでした。でも、葉月は勝利を確信しました。

 なぜなら──

「秘孔の中で最も破壊力を持つ\アッカリーン/を突いたのです。お姉ちゃんの聖帝(メインヒロイン)としての命は後3秒なのですっ!」

 \アッカリーン/は恐ろしい秘孔なのです。

 昔、この秘孔を突かれたシン・アスカというお兄ちゃんがいました。

 このお兄ちゃんは主人公だったのにも関わらず、途中でフェード・アウトしてしまい、最後は全く要らない子になってしまったのです。

 ストーリーからの退場、キャラクターとしての死。

 それこそが秘孔\アッカリーン/なのです。

「3秒? へぇ~」

 ところが、お姉ちゃんは葉月に秘孔を突かれたのに余裕の表情を浮かべています。

 \アッカリーン/の秘孔を教えてくれたのはお姉ちゃん。即ちその秘孔の恐ろしさを一番よく知っているのはお姉ちゃんの筈なのに。

 一体、どういうことですか?

 お姉ちゃんはゆっくりと数を数え始めました。

「ひと~つ、ふた~つ、みっつ」

 お姉ちゃんは3つ数え終わってしまいました。

「えっ?」

 葉月にはそれが信じられませんでした。

 お姉ちゃんの体には変化が全く見られないままです。

 \アッカリーン/の秘孔を突かれた者は透明となり、空気となり果ててしまう筈なのに……。

「グフッ!?」

 その代わり異変が起きたのは葉月の方でした。

 葉月のお尻が急激に膨れ上がったのです。

 葉月は知らない間にお尻ペンペンされていたのです。

 いつの間に?

 2本の腕による攻撃は完全に防ぎ切っていた筈なのに。

 2本の腕?

 それで葉月は思い出しました。

「ポニーテールっ!」

 お姉ちゃんの第3の腕、ポニーテールの攻撃を。

 お姉ちゃんは葉月が両腕からの攻撃の防御に集中している間にポニーテールで攻撃を加えて来ていたのです。

 目が、霞むのです。

 お姉ちゃんのお尻ペンペンは人間の耐久度の限界を遥かに越える威力を誇っています。

 葉月は今にも気を失ってしまいそうでした。

 お姉ちゃんの攻撃の謎はわかりました。

 でも、秘孔が効かない謎がわからないのです。

 

「どうしてなのですか? ちゃんと秘孔を突いた筈なのに……」

 お姉ちゃんは愉悦に歪んだ笑みのまま葉月の問いに答えました。

「この身体に島田の拳は効かないわ。ウチは聖帝(メインヒロイン)。脇キャラとは全てが違う。神はウチに不死身の肉体まで与えたのよ。とどめよっ!」

 お姉ちゃんの攻撃が再び襲ってきました。

 葉月の意識は朦朧としています。

 でも、そんなことは言っていられません。

 それにお姉ちゃんの動きは勝利を確信したからか散漫で隙だらけなのです。

「うりゃぁああああぁっ! なのですっ!」

 身体を奮い立たせ、気力を振り絞り、残された力を全て振り絞りながら再度攻撃に転じます。

 葉月のツインテールがお姉ちゃんの身体を再び捉えます。

 ツインテールはもう1度\アッカリーン/の秘孔を確実に突いたのです。

 更にペッタンコにツインテールを当てたまま、お姉ちゃんの身体を宙へと持ち上げます。

 今度こそ、決着なのです!

「拳の速さ、寸分狂わない秘孔への突き、さすがは伝承者ね。拳の勝負はアンタの勝ちよ。でも、アンタはウチが持つメインヒロインの定めに負けたのよっ!」

 一陣の風が再び葉月の前に吹き荒れたのです。

「えっ……」

 その風は葉月の意識も遠い彼方へと運び去ってしまったのです。

 闇が葉月を支配しました……。

「フフフフフ。ハハハハ。アッハッハッハッハ」

 葉月が最後に覚えているのは、高笑いを奏でるお姉ちゃんの声でした。

 

 

 

 気が付いた時、葉月は文月学園の教室の中に監禁されていました。

 両手とツインテールを縄で縛られていました。

 頬とお尻は真っ赤に腫れ上がっていました。

 生きているのが不思議なぐらいに重症です。

 拘束は厳重で葉月は逃げられそうにありません。

 それどころかいつまた気を失ってしまうのかわからない状態でした。

 

「何だテメェは?」

「失礼。野球部から借りた金属バットで応対させてもらうよ。体力には自信がないからね」

 葉月が生きる希望を失い掛けていたその時でした。

 葉月が捕えられている教室の外が騒がしくなりました。

 それから10秒ほどが経って1人の男の子が入って来たのです。

「助けに来たよ、葉月ちゃん」

「メガネのお兄ちゃん?」

 葉月を助けに来たのはメガネのお兄ちゃんだったのです。

 

 メガネのお兄ちゃんは葉月を背負って逃げ始めました。

 葉月を背負ったメガネのお兄ちゃんは深夜の校庭を見つからないように逃げていきます。

「何故、葉月を助けたのですか?」

 メガネのお兄ちゃんは頭は良いけれど運動は苦手な筈です。

 戦闘に至ってはまるでできないとかつて喋っていたことがありました。

 なのに、何故危険を冒してまで葉月を?

「清水さんからずっと聞かされていたよ。島田さんを倒せるのはこの世でたった1人。島田葉月ちゃんという少女であることを」

「葉月は……そんな凄い女の子じゃないのですよ……」

 メガネのお兄ちゃんの肩に頭をもたれさせます。

 すると、すぐ近くから大きな声が聞こえてきました。

「葉月ちゃんが脱走したわよっ! 捕まえて聖帝(メインヒロイン)さまに差し出すのよっ!」

 E組代表の体育会系のお姉ちゃんの声でした。

 聖帝軍の追っ手が迫っているのは間違いありませんでした。

「葉月と一緒では逃げ切れないのですよ」

 葉月はいまだ自分の足で動くことができません。

 完全にお荷物になっています。

「文系の僕じゃ葉月ちゃんを背負っただけでも腰にきちゃうからね」

「あぅっ。葉月はそこまで重くないのですよ」

 葉月も恋する乙女なのです。

 だから毎日体重計とにらめっこして体重管理は気をつけているのです。

「はっはっは。冗談だよ。でも……」

 メガネのお兄ちゃんの足が一瞬止まりました。

「葉月ちゃんが助かるのであれば、後悔はしないよ」

 メガネのお兄ちゃんは葉月を木陰にそっと下ろしました。

「メガネのお兄ちゃん、何をするつもりなのですか?」

「僕が囮になるよ」

 メガネのお兄ちゃんの声はとても落ち着いていました。

 でも、その言葉の内容はとっても不穏でした。

「バカなことはやめるのですっ!」

 メガネのお兄ちゃんは葉月の問いには答えず、代わりにメガネを外し、葉月に渡したのです。

「葉月ちゃん……さようなら」

 メガネのお兄ちゃんは懐中電灯に光を附けて校庭の中央に向かって駆け出しました。

「待ってくださいなのです、メガネのお兄ちゃ~んっ!」

 葉月は力いっぱい叫びました。

 でも、メガネのお兄ちゃんが葉月を振り返ることはありませんでした。

 そして──

「やあ、中林さん。今日は良い月夜だね」

「久保、くん? メガネなし素顔バージョンっ!? しゅ、淑女の血がぁっ! ……ガ、ガルルルルルッ!」

「中林隊長だけずるいですっ! 私たちにも久保くんのおすそ分けをっ! ガルルルルルッ!」

「吉井く~んっ! 僕は、今こそ、君への愛を貫き通す。君への真実の愛の為に。死んだって後悔はしない。うわぁああああああぁっ!?」

 獰猛な肉食獣たちが一斉に飛び掛る音が聞こえ、続いてメガネのお兄ちゃんの悲鳴が聞こえました。

 そして再び辺り一帯に沈黙が立ち込めたのです。

 その沈黙が何を意味するのか、葉月にはわかり過ぎるほどわかってしまいました。

「メガネのお兄ちゃ~んっ!!」

 でも葉月にはどうすることもできませんでした。

 それどころか、叫んだことで体力を全て使い果たし再び倒れてしまったのです。

 

 葉月の意識が完全になくなる直前、とても遠い所で人の声が聞こえた気がしました。

「ここで死ぬのは許さないわよ。貴方を倒すのはアタシの拳をおいてのみなんだから」

 その声の主が誰なのか、葉月に確かめることは叶いませんでした。

 

 

 

 次に目覚めた時、葉月は喫茶店のソファーの上に寝かされていました。

「葉月ちゃんっ!」

「……まだ、起きちゃダメ」

 綺麗なお姉ちゃんと美人なお姉ちゃんが葉月の看病をしてくれていたのでした。

 自分の身体を見回すと、あちこちに包帯が巻かれていたのです。

「これはお姉ちゃんたちが巻いてくれたのですか?」

 お姉ちゃんたちは首を横に振りました。

「じゃあ、一体誰が?」

 綺麗なお姉ちゃんが自信なさそうな表情で答えました。

「倒れていた葉月ちゃんのすぐ側に、地面を抉った痕が3本残っていたので三輪車じゃないかと思います」

「三輪車、なのですか?」

 三輪車と言われれば思い付く人物は1人しかいません。

 でも、あの人が葉月を助けるなんてあり得るのでしょうか?

 葉月にはよくわからないのです。

 

 目を閉じて悩んでいると、すすり泣くお姉ちゃんたちの声が聞こえてきました。

「久保くんの身体を回収するのは不可能だそうです」

「可哀想にぃ」

 その泣き声を聞いて葉月は記憶を失う前に何が起きたのか思い出したのです。

「メガネのお兄ちゃんっ」

 メガネのお兄ちゃんは葉月の身代わりとなって聖帝軍に……。

「綺麗なお姉ちゃんたちにお願いがあるのです」

 葉月にはどうしてもやらなければならないことがありました。

 

 葉月は2人のお姉ちゃんの肩を借りて縦ロールのお姉ちゃんの元へとやって来ました。

 縦ロールのお姉ちゃんは窓際の席で外を見ながら物思いに耽っていました。

「縦ロールのお姉ちゃん……」

 言葉が、詰まります。

 何を言えば良いのかわかりません。

 そんな葉月に対して縦ロールのお姉ちゃんはそっと身体に手を触れながら優しく語りかけたのです。

「葉月ちゃん。まだ動いてはダメですよ。無理をせずに休んでいてください」

 その優しい言葉が、葉月には却って痛かったのです。

「ごめんなさい、お姉ちゃん。葉月には言葉がみつからないのです」

 涙が毀れてきました。

 縦ロールのお姉ちゃんとメガネのお兄ちゃんはとっても良いコンビでした。

 2人は恋人同士ではありませんでした。でも、とってもとっても固い絆で結ばれていたのです。

 葉月の不甲斐なさは縦ロールのお姉ちゃんの大事な人を奪ってしまったのです。

「誉めてあげてください」

 縦ロールのお姉ちゃんの声はとても穏やかなものでした。

「美春も今、久保くんを誉めていた所です。久保くんにも同性ラヴの定めが流れていた。美春は久保くんを誇りに思っていますわ」

「縦ロールのお姉ちゃん……っ」

 葉月はそれ以上何も言えませんでした。

 代わりに心の中でいっぱいいっぱいメガネのお兄ちゃんにありがとうを述べたのです。

 

 

 

 

 美春の目の前には穏やかな表情で眠る葉月の姿があった。

「薬が効いたみたいでよく眠っていますよ」

 瑞希の報告を聞いて安心する。

「良かったです。これで明日には動けるようになりますわ」

 昨日葉月は無理をして起き上がってしまった。

 自分に侘びを入れる為だけに。

 それが元で傷の治りが遅くなるのではと心配していた。けれど、この調子ならもう大丈夫そうだった。

 だが、そんな美春の安心を打ち砕く轟音が店外のすぐ近くから鳴り響いた。

 その音が何を意味するのか容易に想像がついた。

「清水さん、大変よ。聖帝(メインヒロイン)の大部隊が攻めて来ました!」

 同志からの報告は美春の予想を裏付けるものだった。

「遂にここを嗅ぎ付けましたのね」

 口から溜め息が漏れ出る。

 聖帝軍はレジスタンスのアジトを血眼になって探していた。

 一方、美春側は葉月を迎え入れ、また救出する為に大掛かりに部隊を動員していた。

 この場所が発見されるのは元より時間の問題だった。

 けれど、そのタイミングが問題だった。

「……葉月、大変。起きて」

 翔子が葉月の身体を揺り動かす。

 しかし、薬の力で眠りついている葉月は目を覚まさない。

 葉月が戦力にならないこの状況で襲撃されたのはタイミングがあまりにも悪すぎた。

 こうなった以上、美春に取れる選択肢は一つしかなかった。

「霧島さん、姫路さん。頼みがありますの」

 美春は2人の肩にそっと手を乗せた。

 

 

 地上からはひっきりなしに乙女たちの悲鳴が聞こえてきた。

 レジスタンスの同志たちが聖帝軍の攻撃を受けているに違いなかった。

 その悲惨な光景は地下の下水道の中にいる美春にも容易に想像がついた。

 美春は葉月をボートに乗せて翔子と瑞希に櫂を持たせた。

 そして眠り続ける葉月のツインテールを優しく撫でた。

「葉月ちゃんが目覚めたら伝えてください。この拳に不幸な時代を生きる乙女たちの悲願が掛かっていることを」

「……わかった」

 神妙に頷いてみせる翔子と瑞希。

「葉月ちゃん。一目だけでも貴方の成長した顔を見たかった。きっと、お姉さまと並ぶ……ううん、誰よりも素敵な美人になることでしょうね」

 葉月の頬に触れる。

「例えこの身は死すとも、美春と久保くんは星となって貴方を見守りますわ」

 美春は葉月の頬に触れていた手を離し、代わりにボートをそっと押した。

「さようなら」

 ゆっくりと動き出すボート。

「清水さんっ! 死なないでくださいねっ! 絶対死なないでくださいねっ!」

「……ご武運を」

 泣きながら訴える瑞希と翔子。

 美春は笑顔を少女たちに返した。

 けれど、言葉で返事することはできなかった。

 

 

 美春が地上へと戻ると店内は酷い有様になっていた。

 砕け散乱する皿やコップ。割られたテーブル。足の折れた椅子。破られた壁に掛けられた絵画。

 そして、全身黒装束の男たちに捕らえられているレジスタンスの同志たち。

 その全てが美春の心を傷付けた。

 大切な思い出を傷付けた。

 その光景は美春を本気で怒らせたっ!

「おらぁっ! こっちへ並べっ!」

「ぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねえぞっ!」

 女子生徒の髪を乱暴に引っ張るFFF団の男たち。

「その汚い手を離しなさいっ!」

 そんな男たちの前に美春が跳躍して現れる。

「清水さんっ!」

 レジスタンスの同志たちが一斉に美春の名前を呼ぶ。

「ふざけんなっ! 聖帝(メインヒロイン)さまに楯突くドブネズミの親だ……」

 女子生徒の髪を引っ張っていた男は最後まで喋ることができなかった。

 美春の縦ロールが刀のように伸びて男を2つに裂いていたのだった。

 

「へぇ~。この喫茶店はなかなか面白い見せ物を披露してくれるのね。クックック」

 愉悦の声を上げながら扉を開けて店の中へと堂々と入ってきた少女。

 大きなリボンでポニーテールの髪型をまとめたその少女は──

「お姉さまっ!」

 美春が愛し、そして敵対することになった島田美波に違いなかった。

「ようやくみつけたわよ、ドブネズミの親玉が」

 美波は汚らわしいものを見る目つきで美春を眺めている。

 美波の周囲を全身黒装束の屈強な男たちが固めて行く。

 美波はレジスタンスを全て葬る気に違いなかった。

 レジスタンスの同志たちが不安な瞳で美春に救いを求める。

 今、彼女たちを助けられるのは美春しかいなかった。

 その使命感が美春の心を振るい上がらせるっ!

 

「たとえお姉さまを倒せなくても、阿修羅となって戦いますわっ! この命が尽きるまでっ!」

 美春の闘気が急激に膨れ上がって行く。

 だが、そんな様を見ても美波は涼しげに笑っていた。

「良いわ。縦ロール白鷺拳の最期、見届けてやろうじゃないの」

 美波は顎を傾ける。

 すると大きな鎌を持った全身黒尽くめの装束の屈強な男たちが3名美春の前に立った。

 3名は美春を倒す気満々だった。

 だが、美春はこんな雑魚に用はなかった。

「美春の実力を舐めてもらっては困りますわ、お姉さまぁっ!」

 美春は跳躍して3人の男たちの内の1人の肩に飛び乗る。続いて縦ロールを鞭のようにしならせて男たちの首に巻きつけ、パキッと音をさせてへし折った。

 更に美春は男の肩の上から再び大きく跳躍。

 美波の元へと一気に詰め寄るっ!

「お姉さま、覚悟ぉおおおおおぉっ!」

 2つの縦ロールを頭の前方で一つに組み合わせ巨大なドリルを作り上げる。

 そのドリルを高速回転させながら美春は美波に向かって突っ込んでいった。

 

「フッ。面白い大道芸だわね」

 だが、美春渾身の一撃を美波はかわした。

 僅かに顔をそらす。

 たったそれだけの動きで美春の最強の攻撃をかわしてしまったのだった。

「惜しかったわねぇ」

 わざとらしく語尾を延ばして喋る美波。

「クっ!!」

 美春は絶好の好機を失い歯噛みしながら美波を睨みつけている。

 そんな美春を見て美波は無防備に、そして楽しそうに正面に立った。

「さあ、もう1度突いてごらんなさい。ウチは抵抗しないわよ」

「何ですって?」

 それは美春にとってあまりにも不可解な提案だった。

 美波が何を考えているのかはわからない。

 しかし、避けないのであれば美春の巨大ドリルで美波を倒すことができる。

 如何に不死身と言われる美波であっても、この巨大ドリルの一撃に耐えられる人間など存在するはずがないのだから。

 だが、その直後美春は美波の提案の真意を知ることになった。

 その残虐な真意を。

「でも、美春にあの子たちの命を見捨てることが出来るかしら?」

 美波が視線を美春の横へと向ける。

「なぁっ!?」

 美波の視線の先、そこには捕まった乙女たちにタラコ唇でキスを迫る男たちの姿があった。

「穢れを知らない百合乙女たちが、男、しかもこんな不細工な男たちにキスされたとあっては確実にショック死してしまいますわっ!」

 美春は気付いてしまった。

 自分が美波を攻撃すれば、この男たちは乙女たちにキスするであろうことを。

 そんなことになれば百合乙女たちは死んでしまう。

 たとえ体が死ななくても心が砕け散ってしまう。

 美波は乙女たちを人質に取った上で自分を攻撃しろと言っている。

 即ち美波は自分の狼狽する反応を楽しんでいるだけなのだと。

「どうしたの? ウチを倒すことが美春の悲願じゃなかったの?」

 美波はわざとらしく自分の首と胸に手を置いて、ここを打って来いと挑発している。

 乙女たちを人質に取られている美春はそんな挑発には乗れない。

 ただ、全身を震わせて怒りを溜め込むだけ。

「聖帝(メインヒロイン)を倒してっ! 清水さんっ!」

 そんな美春の姿に黙っていられず、命の危険も顧みずに美波打倒を訴えかけるレジスタンスの面々。

 だが、その悲痛な訴えを聞けば聞くほどに美春は動けない。

 動けるはずがなかった。

 

「フン。ウチの恋愛を認められない女に価値なんかないっ!」

 そんな美春に業を煮やしたのは美波の方だった。

 手刀を構え、美春に向かって放つ。

 次の瞬間、美春自慢の2本の縦ロールは根元から切られて地面にバサリと音を立てて落ちた。

「うっ!」

 縦ロールを失った美春の身体が床へと崩れ落ちる。

「美春自慢の縦ロールは切った。これで二度と縦ロール白鷺拳は使えないわよ」

 美波は再び愉悦に顔を歪めた。

「それぐらいのこと、何でもありません。これで彼女たちが助かるのであれば!」

 大切に大切に手入れしてきた縦ロールを失ったことが悲しくないわけがない。

 それでも百合乙女たちの命が助かるのなら安い代償だと美春は考えた。

 けれど、そんな美春の想いさえも美波にとっては嘲笑するだけの対象だった。

「あの百合娘たちに好きなだけキスしなさい」

「「「おぉ~っ!」」」

「待ってください。それでは約束がぁ。約束が違いますわっ!」

 乙女たちの命の危機に美春は叫ぶ。

「ウチはアリの反逆も許さないのよ。従わざる者には死、あるのみ。百合娘たちを助けたいなら、アンタの命をもらうわよ」

「クゥッ!」

 美春は睨むだけで美波に何も言い返せない。

「同性ラヴとは悲しい星よねぇ。誰1人として助けることができないのだから」

 美波は美春と百合娘たちを見ながら嘲笑した。

「アンタに相応しい最期を用意してあるわ。さあ、連れて行きなさい」

 FFF団の男たちに両腕を捕まれ引きずられて行く美春。

 美春は引きずられながら必死に天を仰ぐ。

 そして──

「葉月ちゃん、聞いてください。美春の魂の叫びをっ! 葉月ちゃあああああぁんっ!」

 葉月の名を力の限り叫んだ。

 葉月の心に直接訴えかけるように。

 

 

 

 櫂を漕ぎながら店から遠ざかる。

 葉月を連れて無事に逃げることが清水との約束。でも……。

「大変です、翔子ちゃん。聖帝(メインヒロイン)軍の追っ手がすぐそこまでっ!」

 逃げ切るのは難しそうだった。

 追っ手は屈強そうな男が4人。

 2人までならこのスタンガンでどうにかできる。

 でも、それ以上は……。

「……瑞希にお願いがある」

「えっ? 何ですか、翔子ちゃん」

 瑞希に葉月のことを任せて私は囮になろうとしたその時だった。

 

『葉月ちゃん、聞いてください。美春の魂の叫びをっ! 葉月ちゃあああああぁんっ!』

 

 その声は確かに私の耳に響いた。

 ううん、耳に響いたんじゃない。

 私の心に、清水の魂の叫びが直接響いた。

 そして次の瞬間、あり得ない筈のことが起きた。

 

「縦ロールのお姉ちゃんが、縦ロールのお姉ちゃんが呼んでいるのですっ!」

 

 薬で眠りにつき明日まで起きないはずの葉月が目を覚ました。

「……清水が、葉月を揺さぶり起こした」

 それは普通なら信じられない奇跡。

 でも、愛の宿命を持つ葉月は清水の呼びかけに答えたのだ。

「葉月は、縦ロールのお姉ちゃんの元に行かなければならないのですっ!」

 葉月はボートを降りて喫茶店の方角に向かって歩き始める。

「目標の幼女が自分から歩いてくるぜ。こりゃあ俺たちの任務も楽に完す……ぎぎゃぁ!」

 聖帝軍の男たちは一瞬にして葉月に倒された。

 葉月の行軍は止まらない。

「あぅううううぅっ!」

 そして、1歩1歩進むたびにその闘志は際限なく高まっていく。

 つい先ほどまで島田にやられてボロボロだった体が全回復していく。

 傷口が塞がっていく。

 聖帝軍の新手が押し寄せて来る。

 だが、葉月は追っ手の男たちをものともしない。

 歩みを止めることなく蹴散らしていく。

「……すごい。今の葉月は誰にも止められない」

 こんなにも鬼気迫る葉月を見るのは初めてだった。

 でも、とても温かい想いがいっぱいに篭められた闘志だった。

 

 

 

 美波(サウザー)に捕まった美春は聖帝腕十字陵前へと連れて来られた。

 美春の前には人の背よりも大きな星型をした石が数人の男たちにより持ち出されていた。

「皮肉よね、美春。このウチに反旗を翻してきたアンタの手で、この聖帝腕十字陵を完成させるのよ」

 美春は黒尽くしの男たちによりその石を持たされた。

「クッ!」

 その石は人間が1人で持てる重量を遥かに超えていた。

 美春の口から苦渋の声が漏れ出る。

 だが、美波はそんな美春の苦しみを少しも解すつもりはないようだった。

「さあ、行きなさい。ウチとアキの恋愛成就記念と聖帝(メインヒロイン)の威を称える聖帝腕十字陵、その聖碑を積むのよっ!」

 それはあまりにも酷な指令だった。

 だが、美春は文句の1つも言わずに石をピラミッドの頂点へと向かって運び始めた。

「美春、その聖碑は腕十字陵のいただき。地に着けてはダメよ。もし地に落とせば人質の命はないわ」

 男たちが人質の百合乙女たちに向かって唇を伸ばす。

 その動作は美波の言葉がただの脅しではないことを物語っていた。

 百合乙女たちの顔が蒼白に変わる。

「心配要りません。この岩を貴方たちの命と思えば重くはありません。たとえこの命尽きようとも、美春の魂で支えてみせますわ」

 美春は乙女たちを安心させるように微笑むと石段を1歩1歩登っていく。

 だが、エジプト最大のクフ王のピラミッドを越えるべく高さ150mに設計されたその巨大建築物の頂上に登るには手ぶらの状態でも容易なことではない。

 美春は聖碑を懸命に支えるも、途中で何度も倒れそうになってしまう。

「どうしたの、美春? そこで力尽きても人質に情けはかけないわよ」

「ご心配には及びませんわよ、お姉さま」

 美春は限界を超えた力を振り絞りながらピラミッドの頂点を目指す。

 美春が後10mほどで頂上に到達しようというその時だった。

「か、感じます。来ますわ。葉月ちゃんが!」

「ようやく来たわね」

 美春と美波は共に正門へと目を向けた。

 そこには聖帝軍の黒尽くしの男たちを蹴散らしながら突き進む1人の少女の姿があった。

 

 少女、葉月は美春が石を抱きながらピラミッドの頂点へと登ろうとしているのを確認した。

「縦ロールのお姉ちゃん……今、行くのですよっ!」

 葉月は美春の元へと向かって全力で駆け出し始めた。

 だが、そんな葉月を姉である美波は声で制する。

「小娘、アンタが美春に手を貸せば人質の乙女たちは皆殺しよ」

 美波の言葉を聞いてより大きく反応したのは美春の方だった。

「葉月ちゃんっ!」

 美春の大声に葉月の歩みが遅くなる。

「美春はこの碑を積まなければなりません。この石は人質の命。そして、お姉さまの豹変を防げなかった美春の痛みですのっ!」

 美春は葉月を制したまま遂に頂上へと辿り着く。

 そんな美春を美波は満足げな表情で見ていた。

 歪な笑みを湛えながら。

「美春。アンタの血が漆喰となってこそ、聖帝腕十字陵は完全なものとなるのよ」

 聖帝(メインヒロイン)の野望にとり憑かれた少女にかつての親友を想う心は残っていなかった。

 美波は隣に控えていた須川の首根っこを掴んで美春に向けて構える。

「いいですわ、お姉さま。ですが、この聖帝腕十字陵はいずれ崩れ去りますわ! お姉さまの妹の手によってぇっ! それが、お姉さまの宿命っ! お姉さまは真のメインヒロインにはなりえないのですっ!」

 叫ぶ美春。

「とどめよ」

 そんな美春に対して美波は須川を放り投げることで返答した。

 唇を突き出しながら矢のように飛行していく須川。

 そして

 

 須川の唇が美春の右頬に密着した

 

「縦ロールのお姉ちゃ~んっ!!」

 葉月は全速力でピラミッドを駆け上がりながら葉月の元へと近寄っていく。

 葉月は僅かな時間にピラミッドを走破し、頂上へと辿り着く。

「葉月ちゃん。どうやら美春の命もここまでのようです」

 美春は口から大量の血を吐いていた。

 霞む瞳で葉月を見る。

 そこに映っていたのは──

「見える。見えますわ、葉月ちゃんが大人に成長した姿が……」

 高校生ほどの年齢に美しく成長した葉月の姿だった。

「縦ロールのお姉ちゃんっ!」

「神様が最期に一つだけ美春の願いを叶えてくれました。美春の同性ラヴの血は間違っていませんでした。胸だけは理想と違いますが……もはや、悔いはありません」

 美春は葉月を見ながら笑った。

「行きなさい、葉月ちゃん。時代を拓くのです。美春は、いつも貴方を見守っています。さらば、です……っ」

 

 ズドン、と大きな音が鳴り響いた。

 聖碑が聖帝腕十字陵の地面へと落ちる音だった。

 

「縦ロールのお姉ちゃ~~んっ!!!」

 葉月の絶叫が文月学園の校庭にこだました。

 

 

 続く

 

 


 
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