No.299717 そらのおとしものショートストーリー2nd 紳士2011-09-14 00:20:27 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:5918 閲覧ユーザー数:2197 |
そらのおとしものショートストーリー2nd 紳士
夏も終わりを告げ、虫の声がよく耳に入るようになった初秋のある日、俺は1枚の葉書を受け取った。
「おおっ、今年ももうそんな時期か」
葉書には
『 全日本紳士連盟 定例総集会 ご招待のお知らせ 』
そう記されていた。
紳士なら誰でも受け取ったことがあるだろう全日本紳士連盟の定例会へのお誘い。
受け取ったことがない奴は、己の紳士度の不足を深刻に考えなければいけないほどメジャーな組織の集まり。
俺も空美町を代表する紳士として参加しない訳にはいかなかった。
「どれどれ日時と会場は……えっ? 今日? 空美町のマッスル公民館でだって?」
何とも急な話だった。
だが、会場が空美町のマッスル公民館で助かった。
あそこなら歩いて30分もあれば到着できる。
「よし、早速支度して定例会に出るとするか」
俺は、この集会の為だけに用意している燕尾服に着替え、意気揚々と家を出た。
外は快晴。
空美町での定例会開催を天が祝っているように見えた。
だが、一つだけ大きな問題があった。
「おぉ~っ♪ モーレツ~♪」
それは町の中を猛烈な突風が吹き荒れていたということだ。
どう控えめに見積もっても風速50mはある。
そしてその風は紳士だけを対象にして吹き荒れていた。
俺の自慢の一張羅は悪戯な風によってあっという間に大空へと飛ばされてしまった。
勿論、シャツもパンツも一緒にだ。
あの風、読者サービスが何なのかわかってやがるぜ。
そんな訳で俺は家を出て5mもいかない内に全裸になってしまった。
だが、今更家に戻って着替え直すのも面倒くさい。
それに家に戻った所で俺にはもう一流の紳士たちが集うあの定例会に相応しい着るものなど持っていない。
一方、全裸が紳士の盛装であることは今更言うまでもない。そんなこと、紳士を志した男なら誰でも知っている常識。
だから俺は燕尾服以上の唯一の盛装である全裸で定例会に参加することにした。
背筋を伸ばし、紳士らしく堂々と道の真ん中を歩く。
大きく手を振りながら大またで歩くのが紳士のたしなみ。
行きかう少女やお姉さんたちがみんな俺を振り返ってみている。
紳士という存在はいつだってその凛々しさで女性たちの注目を集めてしまうものなのさ。
と、俺の前に1件の花屋が見えて来た。
「いらっしゃいま……ひぃいいいぃっ!?」
高校生ぐらいのバイトのお姉さんは俺の姿を見るなり顔を引き攣らせた。
「高貴な紅いバラを1本おくれ。集会に参加するのに花は欠かせないんだ」
微笑を浮かべながらお姉さんに告げる。
紳士が集いに参加するのに、花も持たずに行ったのでは笑われてしまう。
「今、これしか持っていないので1本だけ、ゴージャスに頼むぜ」
俺の全財産である野口さんを差し出しながらお姉さんに注文する。
「あ、あの……千円あるのでしたら、服を買ったら如何でしょうか? 向かいの古着屋さんでなら、とりあえず裸は隠せるんじゃ……」
お姉さんの声に従い背後を振り返る。
そこには、山と詰まれた古着の大セールを行っている店の姿があった。
「あんなくたびれた服を着て紳士連盟定例会に出たのでは紳士の名折れになってしまう。それよりもその紅いバラを早く俺におくれ」
あんな安物でヨレヨレの服を着ていったら恥ずかしさで舌を噛んで死ぬしかないだろう。
全裸に比べて輝きがなさ過ぎる。
「わっ、わかりましたっ!」
お姉さんは慌てて1本の真っ赤なバラを俺の元へとやって来た。
「お釣りは要らないさ」
野口さんをお姉さんに渡し、バラを受け取る。
そして、その高貴なバラを口に咥えた。
バラを咥えるのは紳士としてのあるべきスタイル。高貴の象徴。
俺は高貴スタイルのまま再び町の中を歩き始めた。
紅いバラを咥えたまま、威風堂々と歩く俺。
今の俺は、空美町で、いや、日本で一番輝いている紳士なんじゃないかと思う。
そうでなければ、俺がこんなにも女性たちから注目を集めるわけがないっ!
だが、俺のそんな自信は向かい側から歩いてくる1人の男の存在によって粉々に打ち砕かれた。
「なっ、何ぃいいいいいぃっ!?」
俺より3、4歳上に見えるその男は俺と同じ紳士スタイル、即ち全裸だった。
そして口には清廉潔白を司る白いバラを咥えていた。
これだけでも一流の紳士であることは容易に見て取れる。
だが、この男の凄さはそれだけじゃなかった。
尻をセクシーに振りながらモデル歩きをしていたのだ。
プリンプリンと揺れるキュッと引き締まった尻。
尻に力を入れながら歩いてやがる。
それ即ち大人の色気。
それは俺には存在しない新たな紳士要素で間違いなかった。
負けた、と思った。
人生でこんなにも大きな敗北を味わったのは初めてだった。
「あっ、貴方は一体?」
気が付くと俺はその紳士に駆け寄り声を掛けていた。
しかも敬語で。
そんなこと、俺の人生史上で初の出来事だった。
そしてお兄さん紳士は俺の問いにバラを咥えたまま答えた。
「俺の名は高坂京介。千葉からやって来た1匹の兄さ」
お兄さんは自らを1匹の兄と名乗った。
「そういう君こそまだ若いのに相当な紳士ぶりだ。名前は何と言う?」
「俺の名は桜井智樹。この空美町に住む未確認生物たちの飼い主です」
俺もお兄さんに合わせて名乗ってみた。
「未確認生物?」
お兄さんは首を捻った。
言われてみれば未確認生物だけで話が通じるわけがない。
「未確認生物ってのは、羽が生えた女の子で、空から落っこちて来た非常識な奴らなんですよ。行くあてがないんで、俺の家に居候してるんっすけどね」
「漫画みたいな話だな」
やっぱり俺の日常はそう見えるのか。
「それでそいつら、イカロス、ニンフ、アストレアっていうんですけど、俺の幼馴染のそはらって奴に誘われて今日はみんなで温泉旅行に出掛けちまったんですよ」
「それで君は1人置いていかれて寂しかったということか」
「とんでもない。あいつ等ときたら、温泉でおっぱいのさわりっこするらしいんですよ。そんなことしても全然読者サービスにはならないってのに。美少女同士がおっぱいをさわりっこして誰が喜ぶってんだか……」
あいつら本当に読者サービスってものが欠片もわかってねえ。
ここまで読者に対して不親切な奴らだとは思わなかったぜ。
「確かにそれは読者サービスにはならないな。だが、男のロマンは往々にして女性には理解されないもんなんだよ」
お兄さんは大きく溜め息を吐いた。
「お兄さんにも何か起きたんですか?」
「ああ、実はな。俺の妹は桐乃という名前で、読者モデルをやっていて、学力は県内トップ。陸上をやらせればアメリカ留学の話を持ち掛けられるぐらいの実力の持ち主なんだが、重度のアニメ、エロゲオタクでな……」
「ラノベみたいな話ですね」
そんな超人的ステータスを持った少女がこの世に本当に存在するなんて、世の中はまだまだ本当に広いんだなあ。
「で、その妹が、黒猫と沙織というオタク友達と今日温泉旅行に出掛けてるんだ」
「ああ、それでお兄さんは置いていかれて寂しかったと」
「とんでもない。あいつ等ときたら、温泉で体のあらいっこをするらしいんだぜ。そんなことしても全然読者サービスにならないってのに。美少女同士が体のあらいっこして誰が喜ぶってんだか……」
あいつら本当に読者サービスってものが欠片もわかってねえというお兄さんの愚痴が聞こえてきた。
「お互い大変っすね。読者サービスがわかってない女に囲まれていると」
「本当だぜ。美少女の裸なんか全然読者サービスにならないってのによ」
読者が望んでいるのは紳士の色気。紳士のアダルト。それのみ。
イカロスたちの裸を望んでいる読者が1人でもいるかっつーのっ!
そんな変態がもしいるとしたら名乗り出てみろってんだ。
「お兄さんは紳士の色気を極めてますよね。あの歩き方はどうやって習得したんですか?」
あの紳士ぶりは只者ではない。よほどの鍛錬の末の賜物だ。
「ああ、俺は妹とその友達に俺の紳士ぶりを見せ付ける為だけに紳士を磨いているからな。歩き方はその成果の一つだ」
「何とっ! 妹さんと、その友達の為だけに紳士をっ!?」
俺はその答えを聞いて心底驚いた。
「君の堂々とした歩き方を見るに、君は全ての女性に裸を見せつけて、その驚く様に快感を得ているのだろう?」
「ええ、そうですけど」
「そういう博愛主義も悪くない。だが、俺の場合は、年下の女じゃないとダメなんだ。妹と思える存在にだけ見せ付けたいんだ!」
お兄さんは熱く吼えた。
「そして妹とその友達はモデルをはじめとして超一流のステータスを持つ美少女ばかり。それに対抗する為に俺は並の紳士ではいられなかったんだ。俺も超一流になる必要があったんだ」
「あの歩き方にはそんな熱い決意が篭められていたんですね」
気が付くと俺は泣いていた。
無邪気な子供のままの紳士じゃ超一流にはなれないのだと思い知らされた。
「俺も、お兄さんに負けないように超一流の紳士を目指しますっ!」
「頑張れ。その年にして既に紳士を目指している君なら、俺を遥かに越える大紳士になれるさ」
「大紳士……」
その言葉に俺は感動した。
俺に新しい目標が生まれた瞬間だった。
「見た所、君も紳士連盟の総会に行くのだろう? 一緒に行こう」
「はいっ、お願いします」
こうして俺はお兄さんと2人で定例会に向かうことになった。
2人の紳士が並んで歩くさまは颯爽としている。
全ての女性たちの目が釘付けになっている。
町の主人公は俺たち。
これだけの読者サービスをしているのだから当然といえば当然のことだが。
俺たちの紳士ぶりを祝して、飛行機も上空を飛び回っている。
N2爆雷の投下要請とかそんな声が周囲から聞こえてくる。
まあ、熱狂的なファンが意味不明なことを言い出すのはよくあること。
俺たちは無視して歩き続ける。
すると前方より俺たちの想像を越えた更なる紳士が出現した。
「なっ、何なんだぁっ! あの筋肉の塊はぁっ!?」
「筋肉が全裸で歩いているだとぉっ!?」
30をちょっと過ぎたぐらいに見えるその男は俺たちと同じ紳士スタイル(全裸)だった。
しかもただの全裸じゃない。
全身是筋肉。筋肉が全裸で歩いている。
しかもただの筋肉じゃない。
メガネを掛けた筋肉がカメラを構えながら歩いている。
「俺のセクシーじゃ……あの男の筋肉には敵わないっていうのか……」
お兄さんも呆然と筋肉を見ている。
そう。それは俺たちとはまるで別次元の肉体だった。
「やあ、僕の名前は富竹。見ての通りの筋肉さ」
筋肉は俺たちを発見すると自分から駆け寄って来て自己紹介を始めた。
「君たちも紳士連盟の総会に出るのかい?」
筋肉は白い歯を綻ばせ、股間を突き出しながら尋ねてくる。
「ええ、そうですけど」
ただそれを答えるだけなのに何故か気後れしてしまう。
間近で見ると更に凄い筋肉量に見ているだけで窒息してしまいそうだった。
「いやぁ。実は僕も総会に参加しようと思ったのだけど、道に迷ってしまってね。良かったら僕も一緒に連れて行ってくれないかい?」
「か、構いませんよ」
気後れしながらも答える。
この筋肉といると紳士としての自信を失ってしまいそうだった。
男はやっぱり筋肉なのか?
だが、そんな心の動揺をこの筋肉に悟られるわけにもいかなかった。
紳士たるもの、常に威風堂々としていなければいけないのだから。
「あの、富竹さんは一体どこから?」
先に立ち直ったお兄さんが筋肉に話し始める。
「僕は雛見沢って田舎から来たんだよ」
「雛見沢ですか? 聞いたことがない地名です。すみません」
「まあ、美幼女と連続殺人事件くらいしか特産物のない片田舎だからね。仕方ないさ」
美幼女と連続殺人が特産物ってどんな所なんだろう?
気になったが、聞き直す勇気は俺はなかった。
「富竹さんは凄い筋肉なので、女性には大モテなんじゃないですか? 奥さんはどういう方で?」
「はっはっは。僕はもう30越したのにまだ独身だよ。それに僕が結婚を考えている女性は、何故か法律的には結婚できないんだよね」
男の娘ってオチなのだろうか?
「ランドセルを脱いだ熟女とはさすがに恋愛できないからねぇ。でも、法律は16歳の老婆にならないと結婚を許してくれない。世知辛い世の中だよ」
「そっちかよっ!」
ロリコンかよ、この人はっ!
12歳以上がダメなんて、俺からは信じられない基準だぜ。
いや、ロウきゅーぶでも見れば筋肉の世界が理解できるのか?
ロリアニメを見ればあの筋肉に俺も至れるのか!?
「今日は三四さん、仕事上の付き合いがある、ただそれだけのケバいお婆さんなんだけど、その三四さんがレナちゃんに魅音ちゃん、詩音ちゃんを連れて温泉に出掛けたんだ」
「ああ、それで富竹さんは置いていかれて寂しかったと」
「とんでもない。彼女たちときたら、温泉でどれだけおっぱいが育ったかはかりっこするらしいんだよ。梨花ちゃんや沙都子ちゃんたちならともかく、ランドセルを脱いだ婆さんたちがそんなことしても全然読者サービスにならないってのに。中学生の熟女同士が胸の大きさのはかりっこして誰が喜ぶってんだか……」
彼女たちは本当に読者サービスってものが欠片もわかってないよという筋肉の溜め息が聞こえてきた。
「お互い大変っすね。読者サービスがわかってない女に囲まれていると」
「本当だよ。熟女の裸なんか全然読者サービスにならないってのにね」
こうして俺たちは同じ悩みを抱える仲間をもう1人得て3人で会場へと向かった。
「にしても、今日は風が強いっすよね」
「ああ。俺の着てきた紋付羽織袴もこの強風で吹き飛ばされちまった」
俺たちが1歩進むごとに強烈な風が巻き起こる。
読者サービスを望む下劣な読者たちの欲望そのものといった感じの風。
俺たちのエロいシーンを求めてやまない読者たちのエロ心そのものだ。
「そう言えば、富竹さんは悪戯な風に飛ばされる前はどんな服装だったんですか?」
お兄さんが筋肉に質問する。
「いや、雛見沢を出た時から全裸だよ。ほらっ、服って着ると何かこう恥ずかしいじゃない?」
「ああ、それ。何かわかります」
筋肉の感覚は俺によく理解できるものだった。
「そうか? 俺は年下の少女がいない所だと服を着ていないと落ち着かない。というか、雪が降ってる時とかは裸だと寒いからな」
「ああ、お兄さんは妹に特化した紳士だから違うのかもしれませんね」
紳士にも個人差があるらしい。
「まあ、全裸好きなのは紳士の共通事項だけどね」
筋肉がビルダースマイルを浮かべながら笑ってみせる。
「それは、間違いないっすけどね」
「確かに紳士と書いて全裸と読むぐらいですからね」
紳士と言えば全裸。
その公式を覆す奴はいるはずがない。
「おい、アンタたち。全裸が紳士の共通事項だと思い込まれたら俺たちは迷惑なんだよ」
「そうだぜ。男の美を伝えるのは全裸だけとは限らないんだぜ」
俺たちに声を掛けて来たのは高校生ぐらいの男2人だった。
「な、何者なんだ、お前たちはっ!?」
だが、その2人は格好が普通じゃなかった。
1人の背の高い細身の男は白いワンピースを着て灰色掛かったカツラをかぶっていた。
もう1人の死んだ魚のような目をした気だるそうな男は、白とピンクのフリフリドレス、魔法少女みたいな格好をしていた。
「俺の名前か。俺がメンマだっ!」
ワンピースの男はメンマと名乗った。
「あっ、ども。俺ゾンビっす。後、魔装少女っす」
魔法少女男は魔装少女を名乗った。
……意味がワカランっ!
「フッ、意味がわからないという顔をしているな。だが、俺たちの正体などこの際どうでも良い。大事なのは、全裸だけが紳士ではないということだ」
メンマが熱く吼える。
「何っ!? 全裸だけが紳士ではないだってぇっ!?」
それは衝撃的にして挑発的な言葉だった。
「いいか、よく見ておけ。俺たちが今、本当の美というものを教えてやるっ!」
その時再び悪戯な風が俺たちに向かって吹き荒れた。
そして──
「「見よっ! これが俺たちの紳士だぁっ!」」
俺たちはとんでもないものを見た。
「「「なっ、何ぃいいいいいいいぃっ!?」」」
俺たちが見たもの、それはスカートが翻って見えたメンマのツルツルに剃られたスネ、そして魔装少女の縞々パンツのパンチラだった。
2人はとても誇らしい表情を浮かべていた。
「全裸には萌えがないっ!」
「真の紳士とは、チラリズムのことなんだぁっ!」
表情だけでなく、その言葉にはすげぇ熱い迸りが篭められていた。
「よく考えてみろ? 俺たち紳士は読者に夢を、欲望を提供しなくちゃいけない」
「だが、全裸は既に全てを曝けきっている。それ以上、読者たちに想像を与える余地がないんだっ!」
「「「な、何だってぇえええええぇっ!?」」」
俺たちは女装男たちの言葉に驚かざるをない。
「あんたたちの読者サービスはあざとすぎるんだよ。あんまりにも正面からエロすぎるから目の肥えた読者を満足させられないんだ」
メンマが俺たちを軽蔑の瞳で見る。
「あんたたちは、読者サービスを大量にしているようだけど、それに読者たちが反応を示したことはあるのかよ?」
魔装少女がダルそうな瞳で尋ねてくる。
それは凄く心にグサッと来る質問だった。
「……そ、それはその、エロいことにエロいコメントを返すのが苦手なピュアな読者が多いから……」
「俺も、俺の紳士をエロいですというコメントをもらったことはないな」
「僕の筋肉に脳をやられた人は多いみたいだけどね」
クソッ。
俺たちはこんなにも一生懸命読者サービスしているのに、読者は飽食に慣れ過ぎて全裸じゃ満足しないってのかよ!
「インターネットという手段を得て、無限にエロ欲望を開花させていった読者たちが求めていることは、見せることじゃなくて、見せないことなんだっ!」
「想像こそが、エロいことしか考えられなくなった読者たちの最後に残されたフロンティアなんだよっ!」
メンマと魔装少女の物言いは脅威だった。
俺は、もう少しで屈してしまいそうだった。
だが、お兄さんと筋肉は違った。
「フッ! チラリズムが真の読者サービスだってのかよっ! 笑わせんな! テメェらの格好をよく見てから物を言えってんだ!」
「君たちのその服装はお世辞にも似合っているとは言えない。色物でしかない。色物キャラクターが果たして真の紳士と言えるのかな?」
2人は俺が微かに抱いていた違和感を見事に指摘してくれた。
「そ、それは仕方ないじゃないかっ! メンマは身長140cm台中盤なんだぞ。181cmの俺がどんなに頑張っても、メンマにはなれないんだっ! 俺はメンマに負けないぐらいに美人だけど、メンマじゃないんだぁっ!」
メンマ?は地面に崩れ落ちて泣き出してしまった。
「俺もゾンビが本業で、魔装少女はなりたくてなったものじゃなかったんだ。だから、この服装がおかしいってのは自分でも気付いていたんだ。でも、仕方なかったんだ。俺が読者サービスを担当しないといけない事情があったんだ」
魔装少女は俯きながら呟いた。
「事情?」
「ああ。実は今日、うちに居候しているユーとハルナ、セラが3人で温泉旅行に出掛けたんだ」
「ああ、それであんたは置いていかれて寂しかったんだな」
「とんでもない。あいつ等ときたら、温泉でおっぱいを大きくする為のもみあいっこをするらしいんだぜ。そんなことしても全然読者サービスにならないってのに。美少女同士がおっぱいのもみあいして誰が喜ぶってんだか……」
あいつら本当に読者サービスってものが欠片もわかってねえから俺がやるしかなかったんだという魔装少女男の哀愁が聞こえてきた。
「俺だって、メンマとあなるとつる子が今日温泉旅行に行っちゃってよ。それであいつ等、すっ裸でサウナに入って我慢大会するらしいだぜ。そんなことしても全然読者サービスにはならないってのに。美少女同士が全裸でサウナに入って誰が喜ぶってんだか……」
だから、相川と同じく俺は自分で読者サービスするしかなかったんだと呻くメンマ。
「あんたたちも重い宿命と戦いながら紳士を目指してたんだな」
最初は敵だと思ってたこいつ等も大きな苦労を抱えて足掻いていた。
それがわかると憎む気持ちは失せていた。
「僕たちは方法は違えど、共に最高の紳士を目指して歩んでいる。みんな、仲間さ」
「ああ、俺たちはもう立派な仲間さ」
ヒシッと抱き合う俺たち5人。
俺たちはみんな最高の紳士を目指す仲間だったんだ。
「でも、女物の格好がよく似合う紳士なんてそうはいないぜ」
「確かに、チラリズムが色物でなく似合う紳士はそうはいないよな」
俺たちは真の紳士を追い求めるべく、談義を重ねながら歩いていた。
話し合いの結果、チラリズムが似合いそうな紳士は外見がそれっぽくないといけないという結論に至った。
筋肉が女物の服を着ていても気持ち悪いだけ。
しかし、そうなるとチラリズムがよく似合いそうな紳士は数がごく限られてしまう。
この5人の中にその該当者はいなかった。
いや、もしかすると日本のどこにもそんな該当者はいないのかもしれない。
「うわぁあああああああぁ。飛ばされるぅううううぅっ!?」
チラリズム紳士はこの世にはいないのだと諦めかけた瞬間だった。
空からウェディングドレス姿の美少女、いや、男が俺たちの元へと落ちて来た。
「痛たたたたぁっ!?」
高校生ぐらいの男は頭を摩りながら座り込んでいた。
「ここに来て新たな紳士の登場かぁっ!?」
俺たちは新たに現れた紳士に驚いていた。
「へっ? 紳士って何のこと?」
けれど、目の前のウェディング男は間が抜けた表情で俺を見ている。
何か、頭ゆるいっていうかバカそうだな、この男。
「おい、アンタは一体何者なんだ?」
お兄さんが代表して質問する。
「僕は吉井明久。文月学園に通う高校2年生だよ」
ウェディング男は吉井というらしい。
いや、アキちゃんという言い方の方が似合っているか。
「で、そのアキちゃんは何で空から降ってきたんだ?」
お兄さんも同じことを考えたらしい。
「ああ。自宅の付近を歩いていたら、急に強い風が吹いて空を浮いていてね。で、ここに落とされたんだ」
「じゃあ、ウェディングドレスを着ているのは?」
「風に飛ばされる前は普通の制服姿だったんだけど、吹き飛ばされた瞬間にこのドレスを着せられたんだ。本当に悪戯な風だよ」
悪戯な風はアキちゃんを正当なる紳士と認めたということなのか!?
俺たちじゃなくて……。
「アキちゃんはそのウェディングドレスを着て紳士連盟の定例会に出るつもりなんだな?」
俺は今日様々な紳士、いや、強敵(とも)に出会ってきた。
だが、アキちゃんは今までの敵とは違う全く異質な存在だった。
存在感が段違いだ。
このままじゃ今日の主役はアキちゃんに決まってしまう。
「へっ? 紳士連盟の定例会? 何なの、それ?」
けれどここでアキちゃんは意外なことを言い出した。
「おいっ、アキちゃん。あんたは今日が紳士連盟の定例会だって知らないのかよ?」
「それ以前に紳士連盟が何なのかも知らないのだけど」
「「「「「何だってぇっ!?」」」」」
この日本に紳士連盟の存在を知らない男が実際にいたなんてぇ。
アキちゃんは一体、どれほど紳士から遠い生活を送っていたんだっ!?
そして、アキちゃんがもたらした驚愕はそれだけじゃなかった。
「実は、友達の姫路さんと美波と霧島さんが今日温泉旅行に出掛けてるんだ」
「ああ、それでアキちゃんは置いていかれて寂しかったと」
「そうなんだよ。美波たちときたら、温泉で姫路さんの胸をわし掴んで頬を寄せてスリスリしながらおっぱい研究するらしいんだ。そんな夢みたいな空間に僕も混ざりたいよ」
読者サービスの極みだよねと付け加えるアキちゃん。
「アキちゃんは変態。いや、バカ、なのか?」
アキちゃんは俺たちとはまるで異なる感覚の持ち主だった。
別世界の人間みたいだった。
「吉井くん、君はまさか、高校生の女子が入っている女風呂を覗きたいと言うのかい? それが読者サービスになるとでも?」
筋肉が額から脂汗を流しながらアキちゃんに尋ねる。
「当たり前のことじゃないですか。この世に覗く価値のない女子風呂なんて存在しないっ!」
堂々と宣言するアキちゃん。
アキちゃんはもう、俺たちからとってみれば未知の存在だった。
「こんなバカがこの世に存在したなんて……」
「読者サービスの歴史ももうここまでなのか……」
俺たちはその未知を前にして心が根元から折れてしまいそうだった。
もう、ダメだ。
弱気の虫が俺たちの心を食い尽くしてしまいそうなその時だった。
「弱気になるな、桜井智樹っ!」
「フッ。僕の唯一の強敵(とも)がそんな情けない表情をしてどうする?」
「クックック。ダウナーの心とはもろ過ぎるものだな」
俺の背後から熱い男たちの声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは──
「守形先輩、鳳凰院、シナプスのマスターッ!」
俺の強敵(とも)たちの姿だった。
3人とも全裸だった。
「己の信じた道を、紳士を信じるんだ、智樹っ!」
先輩がいつになく熱い言葉で訴えかける。腰を突き出しながら。
「でも俺、紳士が何なのかわからなくなってしまって……」
アキちゃんを見ながらうな垂れる。
アキちゃんの容姿、そして考え方は俺たち紳士の概念を根底から覆そうとしていた。
美少女同士が裸で戯れる様子が読者サービスだなんて。
そんな異なる感覚を持った存在がこの世に本当にいるなんて思わなかった。
美少女の裸がお色気だなんて。
お色気ってのは、紳士だけの特権じゃなかったのかよ?
「お前の紳士に賛同した男たちがここにこれだけいる。それだけでもお前の考えは間違っていなかった証拠にはならないか?」
「でも、ここにいるお兄さんたちと先輩たちだけじゃ……」
世界で紳士は少数派に過ぎないのかもしれない。
「俺たちだけじゃないさ。見ろっ!」
「な、何だってぇっ!?」
先輩の声と共に現れたたくさんの男たち。
そいつらは──
「オヤジっ! 赤城、それに部長までっ!」
「全日本紳士連盟の定例会なのだ。この、千葉の裸王こと高坂大介が参加しない訳にはいかないだろう」
お兄さんの知り合いは全員が全裸だった。
「秀吉父さんっ! 譲治っ! 金蔵おじいさん、それに圭一くんまでっ!」
「ヘッ。ソウルブラザーズの絆は永遠に不滅だぜ。紳士を求める飽くなき追求心もな!」
筋肉の知り合いも全員が全裸だった。
「じんタンっ! それにポッポまで。来て、くれたのか?」
「あたぼうよぉ。俺たちがメンマ、なんだからよ。ゆきあつ1人にメンマを背負わせられねえっての。なあ、じんタン?」
メンマの知り合いは全員が白いワンピースでスネを剃っていた。
「織部、それにアンダーソンくん。お前たちまでその格好……」
「親友よ。俺たちはみんなで魔装少女だろ。昔から魔法少女モノは複数って決まってんだよ」
魔装少女の知り合いは全員が魔装少女の格好をしていた。
「世の中にはこんなにも紳士が溢れていたのかよ……」
俺はみんなを見て感動の涙を流していた。
涙が、止まらなかった。
「お前の歩んできた道は間違いじゃなかった。それは、ここにいる全員が証明しているっ!」
集まってきた紳士たちが一斉に俺に向かって微笑む。
その紳士スマイルは俺に安心を、元気をくれるものだった。
「うわぁ~~っ! 何でこの人たち、全員裸か女装しているのぉっ!? ここは変態たちの集会場なのぉ~っ!?」
だが、俺たちの感動的な光景に対してアキちゃんは否定極まる感想を述べた。
「やっぱり、やっぱり、俺たち紳士はもうこの世に受け入れられない存在なんだぁっ!」
アキちゃんの一言は俺の築き上げたもの全てを崩壊させていってしまう。
「タクッ、うちのバカがアンタらに迷惑を掛けたようだな」
その時、背後から更に声が掛かった。
振り返ると、似合いもしない女物の浴衣を着た大きなツンツン頭の男と、紺色の浴衣姿の美少女がいた。
「コイツ、明久は文月学園を代表するバカだから一々まともに取り合わなくてもいい」
「…………明久の考え方は特殊すぎ」
「えっ? その声……アンタ、男なのか?」
浴衣姿の美少女だと思っていた子は実は男だった。
文月学園という学校は女装男子を大量に生産している学校なのだろうか?
「とにかく明久の思考は前衛的過ぎる。22世紀になれば美少女が裸で戯れるのが読者サービスだというコイツの考え方も受け入れられるのかもしれない。が、今は無理だ」
「何言ってんだよ、雄二。雄二だって霧島さんの裸が見たくて見たくて仕方ないくせに」
アキちゃんの顔面にツンツン頭の拳がめり込む。
「だからアンタは自分の信じる紳士の道を究めていけば良い。要はそういうことだ」
ツンツン頭はニカっと笑ってみせた。
その笑みは、俺の中の弱気の虫を払拭してくれるものだった。
「そうだ……俺が、俺たちが紳士なんだっ!」
拳を突き上げながら天に向かって吼える。
「ヨッシャぁっ! みんな、早速マッスル公民館に行って紳士パーティーだぜっ!」
「おぉ~っ!」×多数
盛り上がった気分のまま紳士連盟の定例総集会の会場に向かって駆け出し始める。
みんなが、紳士たちが俺に続いて一斉に駆け出す。
全裸と女装男たちが一斉に駆け出す様はまさに爽快。
21世紀始まって以来のスペクタクルな光景だった。
祝砲が、俺たちの門出を祝う祝砲が一斉に俺たちに向かって発射される。
0%の空砲に混じって発射された鉛の弾が俺たちの体に当たったりもする。
でも、そんな些細な痛み、燃え上がる紳士魂の前には何の障害物にもならない。
「俺たちはこれからも読者たちの為に紳士の物語を紡ぎ続けるんだぁっ!」
「おぉ~っ!」×多数
俺の魂の高鳴りは最高潮に達し……
「俺たちの本当の紳士はこれからだぁっ!」×多数
大空へと向かって全員で一斉に跳躍した。
それは俺たちの栄光の未来に向かう跳躍。
俺はようやく上り始めたばかりだからな
この果てしなく遠い紳士坂をよ……
そらのおとしもの 未 完
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水曜定期更新。
この作品でTinami投稿100作品目となりました。
多くの方のご支援を受けたおかげでここまで続けることができました。
この場を借りて感謝申し上げます。
Tinamiに初めて投稿したのが2010年11月21日ですので、
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