No.301154

僕とカロリー欠如とお弁当獲得大作戦

短編。普段よりは原作に近づけた1作です。主成分は明久の勘違いとボケ返し、そして瑞希と美波の恋の勘違い。



あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

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2011-09-16 12:30:22 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:9191   閲覧ユーザー数:4300

僕とカロリー欠如とお弁当獲得大作戦

 

「お腹が減ったよぉ~っ」

 見慣れたボロボロのF組の教室の中、今日も今日とて僕は飢えていた。

 突っ伏しているちゃぶ台から頭を持ち上げる体力さえ残っていない。

 今がお昼休みで、まだ授業が2時間残っているというのにもうダメだ。

 授業がまるで頭に入らない。満腹でも頭に入らないけれど。

「明久、お前また絶食しているのか? これで何日目だ?」

 頭の上から雄二の声が聞こえる。

 けれど、目線を上げるカロリーさえ消費したくないので雄二には顔を向けない。

 秀吉の綺麗な顔ならともかく、雄二の不細工な顔を見る為に命を削っても仕方ない。

 窓の外を向いたまま答える。

「今日で5日、水と塩だけね……」

「5日? お前、絶食の最高記録を超してんじゃないのか?」

 雄二の呆れ声が上から聞こえて来る。

 声を発するだけでもカロリーを消費しそうなので嫌なのだけど一応答えておく。

 僕の不幸な境遇をわかってもらえれば食料を恵んでもらえるかもしれない。

「今月は仕送り日早々に欲しかったゲームが次々と出てね。それでいつも以上に早くお金が底をついちゃったんだ。そのせいでガスどころか電気も水道も止められちゃったんだけど、初回限定版のゲームが買えたから悔いはないさ」

「そのまま飢え死ね。大バカ野郎が」

 あれっ?

 思っていた反応と違う。

 本当なら僕は大いに同情されてお弁当を全部恵んでもらえるぐらいあっても良いのに。

 あっ、そうか。

 雄二にみたいな獣で冷血漢に人間の暖かさを期待しちゃダメだったよね。

 雄二みたいにバカで暴力的で空腹も理解できない芋虫野郎に期待した僕がバカだったよ。

「何か今、不当に貶められた気がするんだが?」

「気のせいだよ」

 だって、事実をありのままに考えただけだし。

 

「で、お前はこれからどうやって生き延びるつもりなんだ? まだ仕送りには半月近くあるだろうが」

「それなんだよね、問題は」

 1日に3食とは言わない。

 贅沢は敵だ。

 だけど1日に1食で良いからカロリーを摂取したい。

 いや、摂取しないと死んでしまう。

 けれど、次の仕送り日まで残り14日。

 対して残金は27円。計算すれば1日の食費の平均は約2円。

 食料の備蓄はなし。

 水は公園の水飲み場の水をペットボトルに汲んで使っているだけ。

 ……結論。非常にやばい。やば過ぎる。

「日雇いのバイトでも探さないとダメだろうなあ。いや、僕なら1日分のバイト代で半月生き延びてみせるけれど」

 バイトさえあれば1日カップ麺1個の生活も夢じゃない。

 日給によってはカップ麺に玉子を入れることも可能。

 僕も一気にブルジョワ階級の仲間入りだぁ。

「バイトか。バカな明久にもやれるバイトと言えば、ムッツリーニの専属モデルにでもなったらどうだ?」

「…………バイト代は弾む」

 僕の眼前に突然ムッツリーニが現れた。

 手にはバニーガールやセーラー服、メイド服、スクール水着(女子)などを持っている。

「僕にそれらを着ろと?」

「…………他にもナース服やチアガール、ウェイトレスやウェディングドレス、婦人警官、文月学園女子制服などバリエーションは多数」

「他を探すことにするよ」

 僕にだって人としての誇りぐらいある。

 女装写真でこの身を永らえさせては世間様に申し訳が立たない。

 僕は女装なんかせず世間様に堂々と胸を張って生きたい。

「チッ!」×多数

 何だろう?

 今、世間様に凄く裏切られた気がする。

 

「他を探すっていったって、お前みたいなバカを雇ってくれる酔狂な人間が他にいるとは思えないが」

「秀吉みたいな可愛い女の子を家に泊めるだけでお金がもらえるそんなバイトが良いなあ」

 前にパソコンの迷惑メールでそんな宣伝を見たことがある。

「あれは家出を装って少女を派遣し、いかがわしいことをさせては金を支払わせる下劣な商売じゃぞ。大体、少女を泊めるだけで金銭がもらえるような商売があるわけなかろう」

 頭上から天使の声が聞こえて来た。

 顔を上げると秀吉の愛らしい顔が見える。生きてて良かった。

「秀吉にいかがわしいことができるなら僕は幾らでも払うよ~♪」

「金がなくて絶食している分際で何を言っておる」

「僕は秀吉の為なら臓器をいくつ売っても構わない!」

 ここは秀吉に対してどこまでも献身的な男であることをアピールしなくては。

 そうすれば秀吉エンドも夢じゃないはず。

秀吉との結婚生活の為なら僕は何だって売る。

「バカじゃな」

「バカだな」

 呆れ声を出す秀吉と雄二。

あれっ? もしかして秀吉の好感度が下がっちゃった?

僕の最高の愛の告白のどこがいけなかったんだろう?

 

 

 

「明久はどうしようもないバカだ。だが、貢ぐという考え方は悪くないな」

 汚い顔の雄二がしたり顔で頷いてみせる。何をもったいぶってんだ、コイツは?

「貢ぐって何さ?」

「明久、お前、ホストになって複数の女に弁当を作ってもらうんだ。そうすりゃ毎日昼飯がタダで食べ放題だぞ」

「僕に女の子にお弁当を作ってもらえってね。あのね……」

 雄二は凄いバカだ。

 試召戦争では偶に凄い作戦を立てるけれど、基本的に頭の使い方がなっていない。

「そりゃあ雄二みたいに妻帯者で可愛い奥さんがいる人なら女の子にお弁当を作ってもらえるかもしれないけどさ」

「誰が妻帯者だ!」

 秀吉の瞳をジッと見る。コクリと頷く秀吉。

 アイコンタクト完了。

「翔子、俺はお前の手作り弁当が食いたいんだっ!」

 雄二の隣から雄二そっくりな声が発せられる。

「……うん。わかった」

 次の瞬間、長い髪の綺麗な美少女が雄二の首に抱きついていた。

「翔子っ? お前一体どこから沸いて出て来たぁ~っ!?」

 霧島さんに抱きつかれて嬉しいくせに迷惑そうな声を上げる雄二。

 本当にどこまでも素直じゃない。

「……妻は夫と常に一緒にいるもの」

「俺はお前と籍を入れた覚えはな~いっ!」

 雄二はもしかして正式に結婚しないまま霧島さんを囲い込むつもりなのだろうか?

 子供が生まれても認知しないつもりなんだな。

 なるほど。そんな非道な奴だから女の子に貢がせるなんて極悪な作戦を思い付くのか。

「大体お前、Fクラスまで何をしに来た?」

「……雄二が私のお弁当を欲しがっているから届けに」

 盗聴器を耳から外した霧島さんはピンク色の包みに包まれた五段重ねの重箱を雄二に差し出して見せた。

「ちょっと待て。あの声を発したのは俺じゃないし、仮に俺だとしても、何故お前が既に弁当を用意しているんだ?」

「……雄二がいつ私のお弁当を欲しても良いように毎日準備している」

 さすがは文月学園一の天才だけあって霧島さんはいつも準備がいい。

「そ、そうか……そりゃ済まんな」

 雄二の頬に赤みが刺す。

「……私は雄二の為だったら朝4時に起きてお弁当作るのも幸せを感じられるから」

「べ、別に俺なんかの為にそこまでしてくれなくても……」

 雄二は恥ずかしいのか俯きながら頭を掻き始めた。

 この幸せ野郎め。

 何でこんなバカにこんな良くできた奥さんがいるんだ?

 僕は今まで彼女の1人もできた試しがないってのに。

 羨ましいったらありゃしない。

 でも、雄二は僕の大事なクラスメイト。

 ……そして、FFF団の怨敵。

 可哀想だけど、FFF団幹部として2人の仲を素直に祝うことはできない。

 秀吉に非情のアイコンタクトを送る。

「じゃが、良いのか? そんな恐ろしいことを口走ってしまっても」

「だって、このプランの言い出しっぺは雄二なんだものっ!」

 悲しみを堪えて雄二の発案を完全遂行するしかない。

「よし、わかったのじゃ」

 僕の悲壮な決意を秀吉も了承してくれた。

 そして秀吉はその可愛いらしい口で──

「これで翔子の弁当は確保したから、後は姫路と島田の弁当を合わせれば腹いっぱいになるな」

 複数の女の子からお弁当をもらうという雄二の計画に従った展開を口にしてみた。

「……雄二、瑞希と島田のお弁当ってどういうこと?」

「だから、今のは俺が出した声じゃな……」

 雄二は最後まで喋ることができなかった。

「……問答無用。浮気は許さない」

 パキンッと心地良い音が教室に響いた。

 それは折れる音だった。

 雄二の首が、心が、そしてラブラブな雰囲気が折れる音。

「ほら、やっぱり。複数の女の子にちょっかい出す様な真似をするとこんなオチが待ってるんだよ」

 浮気男に待つのはデッドエンドのみ。

 それぐらいは僕にだってわかる。

 雄二の死はそれを身をもって教えてくれた。

 

 

 

「やっぱり、複数の女の子にお弁当を作ってもらうなんて許されざることなんだよ」

 雄二の遺影に手を合わせながら作戦の感想を述べる。

 複数の女の子に手を出すなんて人として許されない。

 それぐらいFクラス所属の僕にだってわかる。

「じゃが、弁当なしで明久が後2週間生き抜くことは不可能じゃろ?」

「そこが問題なんだよね」

 そして秀吉の言い分ももっともだった。

 絶食生活5日目にして僕の体力はもう限界だった。

 明日、カロリーを摂取しなければ僕の命は尽きてしまうに違いない。

「つまりお弁当がなければ僕は死ぬ。そして複数の女の子からお弁当をもらっても死ぬ」

 やたらと死ぬ展開が多いんじゃないかと思う。

 学園生活ってこんなにサバイバルな展開だったっけ?

 どこかに僕が生き残れる道はないのか?

「要するに明久が今日中に彼女を作り、明日からそのおなごに毎日弁当を作ってもらえば良いというわけなのじゃな」

「なるほどぉっ!」

 秀吉の声を聞いて僕は天地が拓ける思いがした。

「そんな起死回生の解決策があったなんて、さすがは僕の秀吉だよぉおおおおぉっ!」

 秀吉を正面から抱きしめる。

 延命の道を思い付くなんてさすがは僕のお嫁さん候補ナンバーワンの秀吉だ。

 秀吉の頬に自分の頭を摺り寄せてスリスリする。

 あ~頬の感触が気持ち良いよぉ。幸せだぁ~。

「いや、弁当の話が出た時からそれしか選択肢はなかった気がするのじゃが。それにワシは別にお前のものでは……」

 顔を赤く染めて恥ずかしがる秀吉も可愛らしい。

 よし、これを好機に秀吉が提案してくれたプランを早速実行することにしようっ!

「秀吉、好きだっ! 僕の彼女になってくれぇっ!」

 秀吉の手を握り締めながら愛の告白をする。

「なっ、何を突然言っておるのじゃ、明久ぁっ!?」

 秀吉の頬が真っ赤に染まる。

 この感触、悪くないはず。

「だって、彼女にお弁当を作ってもらえれば僕は生き延びられるんだよ。僕の彼女と言えば秀吉を差し置いて他に考えられないよぉっ!」

 秀吉に愛妻弁当を作ってもらえれば僕は生き残ることができる。

 そして結婚というベストエンディングに到達できるんだっ!

「明久よ。ワシは彼女に作ってもらえと言ったはずじゃぞ? ワシは男じゃっ!」

「秀吉が戸籍の登録上の間違いで男になってしまったのは僕もよく知っている。でも、僕には登録上の性別なんか関係ない。秀吉が可愛い女の子だってことは僕が知ってる!」

 秀吉の手を強く強く握る。僕のこの真剣な想いが伝わるように。

「登録上の問題ではなく、ワシは実際に男なのじゃ!」

「秀吉が木下家の特殊な教育方針によって、女の子なのに男の子として育てられたのも知っている。でも、そんな時代錯誤な教え、もう従う必要はないんだよ!」

「木下家にそんな教育方針は存在しないのじゃ!」

 秀吉の頑なな心はこれだけ言ってもまだ開かない。

 でも、ここで引き下がる訳にはいかない。

 僕と秀吉の輝かしい未来の為に。

「とにかく僕は秀吉のことが大好きなんだぁっ! 真剣に愛しているんだぁっ!」

 僕の真実100%の気持ちを秀吉にぶつける。

「だから、僕の彼女になって毎日お弁当を作って欲しいんだ。僕たちの未来の為に」

 秀吉がお弁当を作ってくれなければ僕は明日死ぬ。未来もそこまでだ。

「そ、そんな風に熱く告白されてもワシは困るのじゃ……」

 秀吉の頬が再び真っ赤に染まった。

 全身をモジモジさせて恥ずかしがっている。

「明久の気持ちは嬉しいが……あ、明日まで考えさせて欲しいのじゃ」

 この反応、悪くないはず。

 僕も遂に秀吉ルートに突入か?

 でも、まだ重要な件を確かめていない。

「あの、それじゃあ明日のお弁当は?」

「そんなこと、今決められるはずがないのじゃあ~っ!」

 秀吉は両手で顔を押さえながら教室から走り去ってしまった。

「明日の僕のカロリー摂取は一体どうなるのぉ?」

 秀吉の答えが不確定な以上、僕の命の危機はまだ回避されてはいなかった。

 

 

 

 放課後になった。

 結局あの後、秀吉は早退してしまい告白とお弁当の返事は聞けず終いだった。

 霧島さんを怒らせた雄二は遠い世界に旅立ってしまったけれどそれはこの際どうでも良い。

「でもこのままじゃ、本気で雄二と同じ世界に旅立つことになってしまう」

 雄二の位牌を見ながら両手でお腹を押さえる。

 意識が朦朧とする瞬間が増えて来た。

 授業中の記憶が全くない。いつもないけれど。

 代わりに雄二が僕を手招きする映像がよりクリアに映るようになってきた。

 これは本気でヤバい。

「秀吉がお弁当を作って来てくれるのか不確実な以上、誰か別の女の子にお弁当を頼まなきゃ」

 僕をあちら側の世界に呼び寄せる雄二の魔の手を拒むには女の子のお弁当が絶対に必要だ。

「僕にお弁当を作ってくれそうな女の子って言えば……」

 頭の中に知り合いの女の子の顔を思い浮かべていく。

「一番可能性が高そうなのは、みんなに優しい姫路さんで間違いない。でも……」

 姫路さんは優しいから事情を話せば彼女とか関係なくお弁当を作ってくれそうな気がする。

 けれど、姫路さんにお弁当を頼むと別の問題が生じてしまう。

「この弱った状態で姫路さんの手作りお弁当を食せば、僕に待っているのは確実なる死」

 健常な状態でも姫路さんのお弁当を食せばあっちの世界行き一歩手前まで追い込まれる。

 体力と抵抗力と生きる意志が衰えたこの状態で食べれば確実に死ぬ。

「姫路さん以外の女の子にお弁当を作ってもらわなきゃ」

 最も頼りになりそうな女の子を選択肢から外す。

 問題の難易度が一気に上がってしまった。

 けど、僕の知り合いで他にお弁当作ってくれそうな女の子と言えば……。

 

「アキ、さっきから何を一人でブツブツ言ってるのよ」

 僕の目の前に美波がひょっこり姿を現した。

「いや、どうしたらこの難関を生き残れるのか頭の中でシミュレートしていたんだ」

「ゲームの話? アキももう高校2年生なんだから、将来についてもっと真剣に考えなさいよ」

 溜め息を吐いて呆れ顔で僕を見る美波。

 美波は僕が生命の危機に瀕しているというのにまるで理解してくれない。

 まあ、ガサツな美波にそんな機微を要求しても無駄かな。

 でも、確か美波って……

「美波って料理作るの上手だったよね?」

 美波は以前学校にお弁当を作ってきたことがあった。そのお弁当は味が凄く良かった。

「まあ、人並みに作る自信はあるけれど。どうしてそんなことを突然訊くのよ?」

「いや、だって。美波が将来についてもっと真剣に考えろって言うからさ」

 美波にお弁当を作ってもらうという選択肢も悪くないんじゃないかと思う。

 後で何を見返りに要求されるかわからないのでちょっと怖い部分もあるけれど。

「ど、どうして将来のことを真剣に考えるとウチの料理の腕前を気にするのよっ!?」

 美波の顔が急に真っ赤になった。

 一体、どうしたんだろう?

「だって、美波の料理の腕前は僕の人生を左右する重要な要素になるじゃないか」

 姫路さんの料理を食べれば死ぬ。

 でも、美波の美味しいお弁当なら僕は死なない。

 これ以上僕の人生を左右する重要な要素は存在しない。

「そ、それは、アキがウチに料理をずっと作って欲しいってことなの?」

 美波は僕のことをチラチラと覗き見ながら両手をモジモジさせている。

 凄く恥ずかしそうだ。

「まあ、そういうことになるね。でも、僕が美波のお弁当を欲してるってよくわかったね」

 美波はそんな勘の鋭い方じゃないのに。

「わっ、わからない訳がないでしょうがっ!」

 美波は顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「……う、ウチの料理がずっと食べたいってことは、アキはその、ウチのことを……す、す、す……」

「えっ? 声が小さくてよく聞こえないよ」

 耳を近づけてみるものの美波が何を喋っているのかよく聞こえない。

「そんなこと、女の子の口から言わせないでよっ!」

 再び美波は大声で叫んだ。

「ご、ごめん……」

 何に対して怒られているのかわからないまま取り敢えず謝る。

 今、美波の機嫌を損ねてしまっては大変だ。

 そして僕は明日の命を繋ぐ為に美波にどうしても確かめておかなければならなかった。

「だけど美波、僕に明日からお弁当を作って来て欲しいんだ。頼む、お願いだよっ!」

 手を握りながら精一杯の誠意を込めて美波にお願いする。

「あ、明日からって、ウチらまだ高校生なのよ。そ、そんなの、まだ早すぎるわよっ!」

「早すぎるなんてことはないっ! 明日からと言わずに今すぐにでも美波が、美波の手料理が僕には必要なんだぁっ!」

 美波は僕の熱い気持ちを聞いて顔をうな垂れた。

 その顔は熟れたトマトみたいに真っ赤に染まっている。

「……アキの気持ちは嬉しいの。凄く凄く嬉しいの。長い間想い続けてきたウチの夢がようやく叶うんだから」

 美波は僕に聞こえない小さな声で何かを呟いている。

 そして、顔を急にガッと上げた。

「でも、今すぐには返事できないの。心の準備が必要なのっ!」

「えっ?」

 心の準備って何だろう?

「だから、明日まで時間を頂戴。今夜じっくり考えてちゃんと答えを出したいの」

「明日答えを出すって……それじゃあ、明日のお弁当は?」

「そんなこと、今決められるはずがないじゃないのよぉ~っ!」

 美波は両手で顔を押さえながら教室から走り去ってしまった。

「明日の僕のカロリー摂取は一体どうなるのぉ?」

 美波の答えが不確定な以上、僕の命の危機はまだ回避されてはいなかった。

 

 

 

 美波が出て行った教室の扉を呆気に取られて見ている。

「明久……くん……」

 すると背後から僕の名前を呼ぶ悲痛な声が聞こえた。

 振り返ると青ざめて泣きそうな顔をした姫路さんが僕を呆然と見ていた。

「姫路、さん?」

 僕には何故姫路さんがこんな辛そうな表情を浮かべているのか訳がわからない。

 心当たりが全くない。

「やっぱり、明久くんは美波ちゃんのことが……うっうっ…うえ~んっ!」

 姫路さんはとうとう泣き出してしまった。

「ちょっと、一体どうしちゃったの、姫路さんっ!?」

 慌てて姫路さんの肩に手を置きながら宥めに入る。

「だ、ダメですよ。私なんかに優しくしていたら、美波ちゃんに誤解されて怒られちゃいますよ」

「えっ? 誤解って? 美波が怒るって?」

 姫路さんが何を言っているのか全然わからない。

 けれど姫路さんが泣き止んでくれないのは大事だ。

 姫路さんにはいつも笑っていて欲しい。

「とにかく、泣き止んでね。ねっ、辛いことがあるなら僕が何でも話を聞くからさ」

「だから私に優しくしないでください。美波ちゃんに私も明久くんも怒られちゃいますから」

「美波が僕を怒るのは構わない。でも、姫路さんを怒るようなら僕が止めるから」

 僕はいつも美波を怒らせてばかりいる。だから怒られても仕方ない。

 でも、美波が姫路さんを怒る理由はどこにも見当たらない。

 それに2人は喧嘩せずに仲良く過ごすべきだ。それが2人にとっても良いに決まっている。

 だから、美波が姫路さんを責めるなら僕が守る。

「だからダメなんです。そんな風に優しくされると、私は逆に辛いんですよぉ…うえ~ん!」

 姫路さんは再び泣き出してしまった。

「大丈夫。僕はいつだって姫路さんの味方だから。だからもう泣かないで」

 それから30分の間、僕は姫路さんが泣き止むように宥め続けた。

 

 

「先ほどは取り乱してしまい、本当にごめんなさいです」

「いや、姫路さんが落ち着いてくれてなによりだよ」

 ようやく泣き止んでくれた姫路さんにホッと一息吐く。

 女の子の涙はやっぱり苦手だ。

 それに、姫路さんは笑顔の方がよく似合うと思う。

「でも、泣いている間とはいえ明久くんを私が独占しちゃいました。美波ちゃんには悪いことしちゃいましたね」

「えっと、さっきからその、美波に悪いことをしたって何?」

 今日の姫路さんの言っていることはよくわからない。

 僕が姫路さんを慰めることと美波が怒ることに一体どんな関連性が?

「明久くんは私の気持ちに気付いてませんから、わからないのも仕方ないですよね……」

 姫路さんは再び落ち込んでしまう。

 本当に今日の姫路さんはどうしてしまったんだろう?

「だけど、私がこんな風に明久くんを想うのももう終わりにしないとダメですよね。じゃないと美波ちゃんに失礼ですし……」

 姫路さんは俯いたまま小さな声で何かを呟き続けている。

「でも、やっぱり私、明久くんのことを諦めることができません。小学生の時からずっと、好きだったんですからっ!」

 姫路さんは何かを呟いた後にキッと鋭い目つきで顔を上げた。

「明久くんはまだ、美波ちゃんから返事をもらってないんですよね?」

「返事って、お弁当のこと?」

「そうです。お弁当も含めた全部に対する答えです」

 全部って何だろう?

 ああ。明日だけじゃなくて明後日もそれ以降もお弁当を作ってくれるのかという話か。

「美波からは明日まで時間を頂戴って言われているから。まだ明確な答えは何もないよ」

 僕の死の危険性は継続している。

「だったら明日、私が明久くんのお弁当を作って来ても良いですかっ?」

 姫路さんは大声で吼えるようにしてまくし立てた。

 でも、その内容は僕にとって恐ろし過ぎるものだった。

「いや、その、姫路さんの気持ちは嬉しいんだけど……」

 今の状態で姫路さんのお弁当を食べれば確実に死んでしまう。

「明久くんには美波ちゃんがいるから私の提案が迷惑なのはわかっています。でも私、明久くんのお弁当を作りたいんです! 諦めたくないんですっ!」

「いや、そんなことを急に言われても」

 姫路さんの訴えは僕にとって死刑宣告でしかない。

 うんと頷く訳には絶対にいかない。

「お願いです。美波ちゃんじゃなくて私に明久くんの食事を毎日作らせてくださいっ!」

 姫路さんはまた泣き出しそうな表情になっていた。

 何が彼女をそこまで料理に駆り立てるのかわからない。

 けれど、僕だって命が惜しい。命を大事にしたい。

 だから、姫路さんの訴えに応えることはできない。

「…………っ」

 沈黙の時が流れる。

 嫌な、とても嫌な沈黙。

 何で姫路さんとこんな辛い時を過ごさなきゃならないんだ?

 でも、ここで折れる訳にはいかない。

「やっぱり、私みたいなグズな女の子じゃ美波ちゃんみたいな素敵な子には敵いませんよね」

 重く苦しい沈黙の果て、姫路さんは半分泣きながら声を出した。

「そ、それは……」

 姫路さんの料理の腕前は美波には敵わない。

 というか殺人料理と美味しい料理では最初から比較にならない。

 でも、それを素直に口にする訳にもいかない。

 だから口を濁すしかない。

「否定してくれない。それが、明久くんの答えなんですね」

「いや、答えっていうか、その」

 息苦しい応答。

 その果てに彼女は──

「わかりました。でも私はやっぱり明久くんが美波ちゃんと正式な仲になるまでは諦めきれません。だから、明日は明久くんに手作りシリカゲル濃硫酸入りからあげ弁当を作って持って行きますからぁ~っ!」

 姫路さんは両手で顔を押さえて涙を堪えながら教室から走り去ってしまった。

「シリカゲル濃硫酸入りからあげ弁当って……そんなの食べたら確実に死んじゃうよぉ~っ!」

 何故かお弁当を作って来ることに固執する姫路さんにより僕の命は明日尽きる可能性が更に高まってしまった。

 

 

 

 学校を出て、のんびりと家に向かって歩き出す。

 早く歩くとカロリーを余計に消費して帰る前に倒れてしまいそう。

 今日の放課後は美波や姫路さんとの会話で余計にカロリーを消費してしまい、もはや活動限界は近い。

 公園に行って水だけでなくて、食べられる草でも持って帰らないと明日を迎える前にお迎えが来ちゃいそうだ。

 フラフラになりながら公園へと入る。

 

「どうして人間は水だけで生きていけないんだろう?」

 水道水をお腹いっぱいに詰め込みながら考える。

 取り敢えずの空腹は満たされた。正確には空腹感だけど。

 けれど、根本的な問題は何も解決していない。

 このままでは明日の昼を待たずして僕は逝ってしまうだろう。

 思えば短い人生だったなあ。

「あぅっ。バカなお兄ちゃん、泣いているのですか?」

「ああ、葉月ちゃん。こんにちは」

 僕に声を掛けて来たのは美波の妹の葉月ちゃんだった。

 ランドセルを背負っているので今学校の帰りらしい。

「バカなお兄ちゃん、泣いているのですよ。どこか痛い痛いなのですか?」

「いや、そうじゃないんだよ。ちょっと、生きるって何だろうって哲学していただけさ」

 小学生相手に空腹で死にそうですと正直に言うのはさすがに恥ずかしい。僕にだってプライドぐらいはある。

 

 ぐぅ~

 

 ……お腹は僕のプライドを守ってはくれなかった。

「バカなお兄ちゃんはお腹が減っているのですね」

「ま、まあそうとも言うね」

 そうとしか言わないけれど、僕にも高校生としてのプライドがある。

 小学生に無様な姿を見せるわけにはいかないっ!

「葉月は飴を持っているですよ。食べますか?」

「ありがとう葉月ちゃんっ! 大好きだよぉっ!」

 葉月ちゃんの手ごと飴玉にしゃぶり付く。

 プライド?

 そんなもので人間は生きられやしない。

 この糖分こそが僕の命を永らえさせる唯一のものなんだっ!

「美味しい美味しい美味しいよぉ~」

「バカなお兄ちゃんに大好きなんて言われて葉月は困ってしまうのですぅ♪」

 糖分摂取のおかげで僕はまだ当分の間生き残ることができそうだった。

 具体的には明日の昼間では。

「って、やっぱり明日お弁当がなければ僕は飢え死んでしまうよぉ~っ!」

 結局、最初の状況に戻っただけ。

 秀吉も美波もお弁当を作って来てくれるのか不明。

 2人とも持って来てくれなければ僕は飢え死ぬ。

 姫路さんのお弁当を食べれば死ぬ。

 相当に追い詰められていた。

「あぅ。バカなお兄ちゃん、お弁当が必要なのですか?」

「まあ、ね。ないと、死んじゃうかな?」

 もう小学生に見栄を張る根性もなくなった。

 でも、ここで救いの女神は僕に微笑んでくれたんだ。

「だったら、葉月がお弁当を作ってバカなお兄ちゃんにあげるのですよ♪」

「えっ? 本当、葉月ちゃん?」

「本当なのですよ♪」

 その申し出は本当に神の奇跡なんじゃないかと思った。

「葉月はバカなお兄ちゃんのお嫁さんなのです。だから、愛する旦那さんの為にお弁当を作るのは当然のことなのです♪」

「葉月ちゃんのおかげで僕は明日という日を生き延びることができるよぉ~」

 葉月ちゃんの手を握ってブンブンと振り回す。

 葉月ちゃんは料理上手な美波の妹だし、お手伝いもたくさんしているというからきっと料理も上手に違いない。

「あぅ。それじゃあ明日は7時50分にこの公園に来てくださいなのです。バカなお兄ちゃんにお弁当を渡すのです」

「葉月ちゃんのお弁当が食べられるのなら、僕は何時にだって起きてみせるよ」

 寝ぼすけだった昨日までの自分とはバイバイ。

 生き延びる為に今日から僕は早寝早起きを心掛けようと思う。

 ……電気がないから、夜更かしすること自体が辛いんだけどね。

「バカなお兄ちゃ~ん。明日から葉月のお弁当を楽しみにしていてくださいなのです~」

「本当にありがとう~っ! 葉月ちゃ~んっ!」

 両手を大きく振りながら小さな救世主を見送る。

 こうして僕はようやく生き残る手段を確保したのだった。

 

 

 

「で、これはどういうことなのかしら? ちゃんと説明してくれるんでしょうね、アキ?」

「えっと、それは、ですね……」

 翌日の昼休み、僕はちゃぶ台の上に並んだ4つのお弁当を見ながら冷や汗を流していた。

「明久がワシにどうしても弁当を作って欲しいというから作って来たのに……何故、島田も、島田の妹も、それに姫路まで弁当を作って来ておるのじゃ?」

「ですから、それは、その……」

 秀吉の問いに答える術を持たない。

「アキ、あんた、ウチにプロポーズしたわよね? なのに何で木下や瑞希だけでなく、葉月にまでお弁当を作らせているのよ? 結婚する前から浮気するつもりなの?」

「いえ、あの、プロポーズというのが何のことなのかはよくわかりませんが……とにかくすみません」

 美波が何を言っているのかよくわからない。けれど、とにかく土下座して謝ってみる。

 まあ、こんな土下座に意味がないことは僕が一番良く知っているんだけど。

 こんな土下座程度で許してもらえる筈がない。

「明久くんが生涯の伴侶を決めかねているというのなら……4人のお弁当の内で一番美味しかった娘をお嫁さんに選ぶ、というのはどうでしょうか?」

 姫路さんの意見は、美波や秀吉に比べて建設的だ。

 お弁当と生涯の伴侶がどう関係あるのかまるでわからないけれど。

 でも、怒りに満ち満ちた2人を見ればそんな暢気な提案が許されるとは思わない。

 普段温厚な秀吉までが優子さんみたいな顔をして怒りを全開にしている。

 こうなった以上、僕に残された選択肢は2つ。

 怒った美波たちに殺されるか、自ら命を絶つか。

 だけど美波が楽に殺してくれるかわからない以上、僕が選べる選択は1つしかなかった。

「……姫路さんのお弁当を頂くよ」

「えっ? 本当ですかぁ~♪」

 ニコニコ顔の姫路さん。

 ほんと、これで料理の腕前が良ければ彼女は素敵なお嫁さんになれるんだろうなあ。

 でも、今は外食産業が発達しているから、料理ができなくても問題はないかな?

「何で瑞希なのよ? ウチを選んでくれたんじゃないの?」

僕の選択を聞いて美波は更に怒りの度数を上げた。

 ごめんよ、美波。

 大変な勘違いをさせちゃったみたいで。

 どんな勘違いなのか僕もよく把握できていないけれど。

 本当は美波のお弁当を一番食べたかった。だけど、この事態を招いたのは僕の罪だから死ぬ前に良い思いをする訳にもいかないよね。

 後、葉月ちゃんにも僕の代わりに謝っておいてね。

 せっかくお弁当作ってくれたのに食べてあげられなくて。

「明久……お主……姫路の弁当を食ってこの事態のケジメを付けるつもりなのか……」

 姫路さんのお弁当の威力を知っている秀吉だけは僕がしようとしていることの意味に気付いた。

 秀吉は文月学園でお嫁さんにしたい女の子ナンバーワンなだけはあってそのお弁当はとても美味しそうだった。

 僕は当初の予定通りに秀吉ルートを突き進むべきだった。

 なのに、秀吉の真意を疑ってしまったから美波たちまで巻き込んでしまった。

 だからこれはやっぱり僕の罪。

 秀吉、来世では僕のお嫁さんになってねっ!

「それじゃあ、頂きますっ!」

「待つのじゃ、明久ぁっ!」

 秀吉が僕の手を押さえて食事するのを止めさせようとする。

 でも、僕の手はその制止の手よりも早く動いて、口の中に姫路さん特製からあげを入れていた……。

 

 口の中にからあげが入った瞬間、口の中で大爆発が起きた。そんな気がした。

 

 それから急激に体が軽くなって……何もかもが白い光の中へと吸い込まれていく。

 

 僕が最期に認識したのは、手招きする雄二の姿だった。

 

 うん。やっぱり、複数の女の子にお弁当を作ってもらうなんて許されざることなんだよ……。

 

 

 了

 

 

 


 
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