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佐天「ベクトルを操る能力?」第六章

SSSさん

第六章『Change(新しい認識)』

2011-09-04 23:07:19 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:7707   閲覧ユーザー数:7579

佐天「何これ……」

 

 

3日間。

今までそれを長いと感じたことはなかった。

たった3日間では何も変わらない。

でも、能力開発を受けて、たった5日間でレベル2以上の能力を得られたことを考えれば、3日と言うのは、かなり長い期間なのではないかと思う。

何しろ、その5日間という時間の半分以上だ。

そう考えると、1日、1時間というのもバカにできない。

一方通行さんにお世話になってからそう感じるようになった。

なぜこんな話をしているのかというと、それにはもちろん理由があるからだ。

3日という時間が何を示しているかと聞かれれば、今の私はこう答えるだろう。

私がさらわれていた期間である、と。

話にしか聞いてはいなかったが、最後に見たカレンダーの日付から4日ほど経っていることを考えれば、それは一目瞭然だ。

昨日は病院に泊まったので、さらわれていた時間はほぼ3日間ということになる。

ここまで、『3日』という言葉を強調してきたが、それがどんな意味を持つのか分かってもらえるだろうか?

そう。

この3日で、ある事柄が大きく変化してしまったのだ。

一一一の新曲が出たわけでもないし、誰かがケガをしたというわけでもない。

いや、まあ、私と一方通行さんはケガしたんだけど。

とにかく、それ以上の衝撃的な事実が、今、私の目の前で繰り広げられているのだ。

 

 

番外個体「こっち向いてよ、あーくん」

 

打ち止め「は、離れなさーい!! ってミサカはミサカは色々裏技を使ってみるけど、全然効果がない!? ち、ちくしょー」

 

一方「うぜェ……」

 

 

ソファーに座っている一方通行さんにもたれかかる番外個体さん。

それを引き剥がそうとしている打ち止めちゃん。

番外個体さんの頬はほんのちょっと朱に染まっている。

4日前には考えられなかったような光景だ。

 

 

佐天「な、何があったんだ……」

 

 

私は愕然としながら、そう1人呟いた。

後ろでコーちゃんが笑っていたらしいが、その時の私はそれどころじゃなかった。

 

あれは、30分ほど前のこと。

病院から黄泉川先生のマンションに到着したのは、午後6時半ごろ。

辺りはすっかり暗くなり、街灯が道を照らすような時間になっていた。

コーちゃんと他愛もない話をしているうちに到着したので、それほど歩いたという感じはしなかった。

エントランスからエレベーターを使い、部屋のある13階へ。

そこまでは、何の変哲もなく普通の光景。

異変があったのは、部屋のドアを開けた瞬間だった。

私がドアを開けた瞬間、何かが飛びかかってきたのだ。

 

 

番外個体「おっかえり~、あーくん」

 

佐天「えっ? ええっ!?」

 

 

番外個体さんだった。

「あーくん」って誰?

というか、なんで私は熱烈なハグをされてるの?

 

 

番外個体「あれ? あーくんじゃないじゃん」

 

佐天「……ナニコレ?」

 

完全反射「そういえば、お姉ちゃんは知らないんだっけ?」

 

 

番外個体さんは、私のことなんか見ていないで、誰かを探しているようだった。

まずは離れて欲しい。

なんとかコーちゃんに手伝ってもらって引き剥がす。

すると、番外個体さんは目当てのものを見つけたらしい。

 

 

番外個体「あ! あーくん見っけ!!」

 

 

視線の先には……一方通行さんしかしない。

『アクセラレータ』だから、『あーくん』?

番外個体さんって、『第一位』とか呼んでなかったっけ?

そんな疑問を解消する前に、番外個体さんが一方通行さんに向かって飛びかかった。

 

 

一方「……チッ」

 

 

それを見て軽く舌打ちすると、一方通行さんは首のチョーカーのスイッチを入れた。

 

そして現在に至る。

はっきり言って、「どうしてこうなった」以外の言葉が浮かんでこない。

最後に番外個体さんを見たときには、布団にくるまっていたはずだ。

それがどうしてこうなる?

 

 

完全反射「それがねぇ……」

 

 

コーちゃんの話を要約するとこうだ。

私がさらわれて、まずは一方通行さんがコーちゃんから情報を引き出した。

敵の狙いやどこの研究所から来たか、などetc。

そして、いざ私の捜索に出発というときになって、番外個体さんが部屋から出てきた。

その時、開口一番言ったのが、「吹っ切れた」だそうだ。

そこから一方通行さんが抱きつかれ、押し倒されのコンボをまともに受けてしまったとか。

コーちゃんがいなければ、どうなっていたかも分からなかったらしい。

 

 

完全反射「あの時の第一位の顔は見ものだったよ」

 

 

ククク、と笑いながら言う。

どんな顔をしたのか激しく気になるが、一方通行さんの名誉のためにも聞かないことにしよう。

ともかく、それから番外個体さんの猛烈なアタックが始まったらしい。

打ち止めちゃんがいるもの気にせず、あるいは黄泉川さん、芳川さんの前でも色々したそうだ。

 

 

完全反射「まあ、主なところじゃ、抱きついたり、腕を組んだりって感じだけど」

 

 

むー。

なんかカチンとくる。

私がさらわれてたのに、話の上では、まったく慌てた様子がないからだと思う。

多分。

 

 

完全反射「どうだろうねえ?」

 

 

また、コーちゃんはクククと笑った。

何がそんなに面白いのか分からない。

 

番外個体さんを引き剥がしているうちに、黄泉川先生が帰宅したので、夕食にすることになった。

ちなみに、黄泉川先生には用事があってこられなかったということにしてある。

芳川さんは詳しい事情を知っているようなので、コーちゃんから色々と話をしたそうだ。

当人は、現在この場にはいない。

また、部屋で何やらやっているらしい。

 

 

黄泉川「それで、結局どういう用事だったじゃん?」

 

佐天「ハハハ……」

 

 

笑ってごまかす。

黄泉川先生は、気が回るのでこれ以上の詮索はしてこないだろう。

視線を逸らすようにコーちゃんの方に向いてみる。

すると、皿の上に乗った魚を突っついているところだった。

 

 

完全反射「それにしてもスゴイよねえ……」

 

打ち止め「何が? ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

 

佐天「いや、コレでしょ」

 

 

夕食は、例の炊飯器で作った魚の煮物。

どうやったら、炊飯器でこんな風に作れるんだろうか?

ちょっと気になる。

 

 

黄泉川「むしろ、ナベとかフライパンで作る方が難しいじゃんよ」

 

一方「それはオマエだけだ」

 

 

瞬時に突っ込まれる黄泉川先生。

「え? そうじゃん?」とまじめな顔で聞いてくるが、首を縦に振る以外の選択肢は思いつかなかった。

ここまで一言もしゃべっていない番外個体さんは、ずっと一方通行さんの方を見ていた。

というか睨んでいた。

一方通行さんは気にしていないみたいだったけど。

 

妙に緊張した夕食を済ませ、リビングでくつろいでいると1つ重要なことに気づいた。

 

 

佐天「そういえば、着替えとかないじゃん」

 

 

前回泊まったときは1日だけということもあり、番外個体さんの服を借りたのだが、今回はそうもいかない。

何しろいつまでここにいるか分からないのだ。

そうなると、ずっと番外個体さんの服を借り続けるという訳にも行かない。

コーちゃんはどうしているのだろうか?

 

 

完全反射「私? 私は、研究所に置きっぱなしになってたのを持ってきて使ってるけど」

 

 

じゃあ、私も……って、サイズが微妙に違うんだった。

コーちゃんは私よりも胸のサイズが―――

 

 

完全反射「なんか失礼なこと考えてない、お姉ちゃん?」

 

佐天「き、気のせいじゃない?」

 

 

こういうときは妙に勘が鋭い。

しかし困った。

そうなると、一旦家に取りに戻るべきなんだろうけど、そういう訳にも……。

さすがに、2回も同じことを繰り返す訳にもいかないし。

 

 

一方「そンくらいなら取ってきてやる」

 

佐天「ええっ!? 一方通行さんが!? こ、困ります!!」

 

一方「あン?」

 

 

さすがに、下着なんかを男の人に持ってきてもらうのはどうかと思う。

一方通行さんなら、なんの反応もなく持ってきてくれそうだけど、それはそれでなんかプライドが傷つく。

色々とゴタゴタがあった結果、最終的には番外個体さんが取ってきてくれることになった。

本当にご迷惑をおかけします……。

 

完全反射「それじゃ、お風呂に入ろっか」

 

佐天「え?」

 

 

番外個体さんが出発してちょっとした頃、コーちゃんがいきなりそんなことを言いだした。

いや、お風呂はいいよ?

でも、私の着替えまだないんですけど。

 

 

完全反射「お姉ちゃん、ここ数日お風呂入ってなくない?」

 

佐天「んなっ!?」

 

 

言われて見れば。

今の今まで気にしていなかったが、さらわれていた期間、私はお風呂に入っていたのだろうか?

……入っていたらいたで嫌だけども。

視線を下に向けると、制服が少し破けていたり、埃が付いていたり。

どうしてこんな格好で気にならなかったのか不思議なくらいだ。

仮にも女の子なのに。

 

 

完全反射「それだけ汚れてれば、洗ってるうちに帰ってくるでしょ」

 

佐天「そ、それもそうかな?」

 

黄泉川「風呂はもう沸いてるから、先に入るといいじゃんよ」

 

佐天「あ、すみません」

 

 

ペコリと頭を下げ、脱衣所へと向かう。

そして、その後をコーちゃんが付いてくる。

 

 

佐天「……なんで付いてくるの?」

 

完全反射「一緒に入るからに決まってるじゃん」

 

 

黄泉川先生の口癖だよね、それ。

 

完全反射「ふっふふ~ん♪」

 

 

妙に上機嫌な口ずさみが、隣から聞こえてくる。

汚れた服を脱ぎ、脱衣ガゴに放り込んでから浴室に入ると、すでにコーちゃんがお湯につかっていたのだ。

一緒に入るっていうのは本気だったのか。

まあ、どうせ体から洗うから、先にお風呂入っててもいいけどさ。

諦めたように軽くため息をつき、浴室に入って頭からお湯をかぶると、まずはシャンプーで髪を洗い始める。

うわ、結構ボサボサになっている。

これはちょっとショックかも。

 

 

完全反射「いっそのことショートヘアにしちゃうっていうのは?」

 

佐天「う~ん。でも、ショートの方が手入れするの面倒だって聞いたことあるよ?」

 

 

「そうなの?」という気のない返事を軽く聞き流し、一度お湯で泡を流した。

これは何度かシャンプーをかけないとダメっぽい。

シャンプーに手を伸ばし、シャカシャカと再び頭を洗い始める。

 

 

佐天「でも、こうしてコーちゃんと一緒にお風呂に入るとは思わなかったなぁ」

 

完全反射「そうかな? 私はそんなことなかったけどー」

 

 

どう考えても初めて会ったときは敵という感じだった訳だし。

立ち位置的にはベジータ辺り?

一方通行さんが悟空だとすると、私はクリリンくらいにはなれてるのかな?

 

 

完全反射「いやいや。あの人が悟空なら、私は天津飯くらいだよ」

 

 

学習装置というものには、ドラゴンボールのデータが入力されているのだろうか?

研究者たちがどんなデータを入れているのかちょっと気になる。

 

 

完全反射「ふふ~ん♪」

 

 

相変わらず、浴室内にはコーちゃんの口ずさんでいる謎の曲が流れていた。

 

 

完全反射「それにしても、お姉ちゃんって胸大きいよね」

 

佐天「そ、そうかな?」

 

 

体を洗い終わり、コーちゃんと交代に浴槽に入るとそんなことを言われた。

脈絡がなくもない……のかな?

最後に測ったときは、確か79くらいだったはず。

 

 

完全反射「え? それならデータ上は私とそんなに変わらないはずなんだけど……」

 

 

こうして目測で比べてみると、たしかに私の方が大きかった。

ちょっとだけだけど。

 

 

完全反射「自覚なしか……」

 

佐天「たしかに、ここのところ胸が突っ張ってるような感じはしてたけど」

 

 

もにゅもにゅ。

あ、勘違いしないで欲しいけど、浮かんでるアヒルのおもちゃを触ってるだけです。

これは打ち止めちゃんのかな?

 

 

完全反射「いいよねぇ、お姉ちゃんは。これからも大きくなりそうで」

 

佐天「だ、大丈夫! コーちゃんもこれからだって!」

 

完全反射「く、くそぉ! 勝者からのお慰みなんていらないもんっ!」

 

 

理不尽にも、体を洗っていたスポンジを顔に投げつけられた。

ううう……。

こればっかりは私のせいじゃないと思う。

 

 

完全反射「同じDNAのはずなのに……」

 

 

そんなことをいいながら、胸に手を当てるのは止めて欲しい。

なんか私まで悲しくなってくるんで。

 

長いお風呂を終え、浴室から出ると、番外個体さんはもう帰ってきていた。

カゴに置いてあった着替えを身につけ、リビングに戻ると、一方通行さんがテレビを見ているところだった。

他には誰もいないようだ。

番外個体さんはどうしたんだろう?

 

 

佐天「お先に失礼しました」

 

 

一声かけると、一方通行さんはテレビを消し、こちらに向き直った。

え? な、何?

 

 

一方「そう警戒すンな。これからの方針を話すだけだ」

 

佐天「は、はい」

 

 

顔に出やすいのか、ここのところ考えていることがバレすぎじゃないだろうか?

これでは、将来ポーカーはできないかもしれない。

 

 

一方「方針って大したもンじゃねェが、これからも能力開発を続ける」

 

佐天「え? あ、はい」

 

 

てっきり、安全を確保するための手段を講じるのかと思っていた。

それっぽい研究所を潰したりとか。

いや、それじゃ攻撃的すぎるか。

 

 

一方「能力開発と並行して、実戦訓練も始める」

 

佐天「実戦訓練?」

 

一方「ちょうどいい相手もいることだしなァ」

 

 

ちょうどいい相手……、ってコーちゃんのことだろうか?

 

 

一方「能力は使えるか?」

 

佐天「は、はいっ!」

 

 

意識を両手に集中させる。

よし。

ひじまで能力が使えるようになっているのは変わっていないようだ。

反射もきちんと適応されている。

 

 

一方「…………なるほどな」

 

佐天「な、何がですか?」

 

一方「いや、気にすンな」

 

 

こう言われて、気にならない人っていないと思う。

何かマズかった点でもあるのか気になる。

もう能力切ってもいいのかな?

 

 

一方「今日はどこまで維持できるか確認するだけにしとくか」

 

佐天「ま、またですか?」

 

 

たしかここに来た初日もそんなことをさせられた気がする。

維持するのも結構つらいんですけど。

 

 

一方「手ェ抜くンじゃねェぞ」

 

佐天「ど、努力します」

 

 

その後、30分ほど反射を維持することができて、その日は解散ということになった。

明日からは、どんなことをするのだろうか?

昨日から色々あってかなり疲れていたので、用意されていた布団に飛び込むように横になって意識を落とした。

人の家とは思えないほどぐっすりと眠れたことには、自分でも驚きだ。

 

「うおあああああああっ!?」

 

佐天「―――っ!?」

 

 

疲れてぐっすりと眠っていた私は、謎の悲鳴(?)によって目を覚まさせられた。

あわてて上半身を起こし、周囲で何が起こっているのかを確認する。

って、こんなこと前にもあった気もする。

以前と違うのは一点。

それは、隣で同じようにコーちゃんがきょろきょろしていることだった。

 

 

完全反射「あー、またかぁ……。こればっかりは慣れないなぁ」

 

 

苦笑いを浮かべながら、頭を掻くコーちゃん。

きっと、ここ数日の目覚ましもコレだったのだろう。

打ち止めちゃんと番外個体さんは別の部屋。

私たちが使っている部屋は、元々は一方通行さんの部屋だったらしいけど、一方通行さんがソファーを使うということで使わせてもらうことになった。

追い出すような形になって、ちょっと心苦しい。

 

 

佐天「っと、そんなこと考えてる場合じゃないか。さっさと着替えないと」

 

 

パパッと着替えを済ます私とコーちゃん。

見分けが付かないかもしれないということで、私が私服、コーちゃんが制服を着ることにした。

着替え中に一方通行さんが乱入してくるようなことはなかった。

 

 

佐天「ま、そんなに私のガードも甘くないもんね」

 

完全反射「どういうこと?」

 

佐天「まー、色々とね」

 

 

きょとんとするコーちゃんを尻目に、部屋を出て行く。

まずは、朝ごはんでエネルギー補給。

きっと、今日も激動の1日になるはずだ。

 

朝食は……まあ普通だった。

番外個体さんを除けば、だけど。

 

 

番外個体「あーくん♪」

 

一方「その呼び方ヤメロ。あとくっつンじゃねェ」

 

打ち止め「もーっ!!」

 

 

まだ、番外個体さんは直ってないみたいだ。

あれはもしかして、壮大な嫌がらせなのだろうか?

もしそうならば、時々こっちを見て睨むのを止めて欲しい。

黄泉川先生はニヤニヤしながら食事を取っているが、どう思っているのか気になる。

 

 

佐天「止めなくていいんですか?」

 

黄泉川「別にいいじゃんよ? 馬に蹴られて死にたくはないし」

 

完全反射「そんなまた……」

 

黄泉川「避妊だけはちゃんとすれば別に構わないじゃん」

 

佐天「ブッ!?」

 

 

思わず味噌汁を噴出しそうになる。

なんてことを言うんだ、この教師は……。

私の顔を見て、ニヤニヤしながらこんなことを言う。

 

 

黄泉川「んん~っ? 佐天はどうやって子供作るか知ってるじゃん?」

 

佐天「しっ、知りません!!」

 

芳川「セクハラよ、愛穂」

 

 

おや、珍しい。

めったに姿を現さない芳川さんの登場だ。

 

 

佐天「おはようございます」

 

芳川「あなたが佐天涙子ちゃん……でいいのかしら?」

 

佐天「そうです」

 

 

一度会ったことがあったはずだけど……。

って、そうか。

今はコーちゃんと一緒にいるから見分けがつかないのか。

そのまま、芳川さんはコーちゃんの方に目を向ける。

 

 

芳川「ふむ……」

 

完全反射「…………うぅぅ」

 

佐天「どうかしたの?」

 

 

芳川さんの値踏みするような視線から、私に隠れるように逃げるコーちゃん。

この2人にも、私が知らないところで何かあったのだろうか?

コーちゃんは、完全に芳川さんに苦手意識を持っているようだ。

 

 

完全反射(実は、ここに来てからちょっと絡まれてさ)

 

佐天(絡まれた?)

 

 

小声で耳打ちをしてくる。

しかし、コーちゃんに絡む芳川さんというのは、ちょっと想像しにくい。

というか、芳川さんとはそんなに話したこともないし、どんな人なのかも良く分かってはいないんだけど。

一体、どんな話をしたのだろうか?

 

 

完全反射(と、とにかく、あの人は苦手なんだよね……)

 

 

むぅ……。

どんな絡み方をしたんだろうか。

 

朝食を済ませると、黄泉川先生が出勤し、能力開発の時間となった。

打ち止めちゃんと番外個体さんを部屋から追い出すのに一悶着あったが、ここでは省略させてもらおう。

大体想像できると思われるので。

ともかく、そんな感じで午前9時ちょっとから、一方通行さんの講習が始まった。

 

 

一方「始めるぞ」

 

佐天「はいっ! お願いしまーす!」

 

完全反射「私は?」

 

一方「オマエはここにいろ。別にいなくても構いやしねェが、その方が手間が省ける」

 

完全反射「ほいほいっと」

 

 

仲良く2人でソファーに座る。

前回ってどこまでやったっけ?

たしか、“範囲”の授業で、両手に反射ができるようになったんだったかな?

 

 

一方「まずは、オマエの認識を改めることから始める」

 

佐天「はい? 認識を?」

 

完全反射「どういうこと?」

 

一方「コイツは『反射』よりも、『ベクトル操作』に適正があるみてェだからな」

 

完全反射「ああ。なるほどね~」

 

佐天「ベクトル操作?」

 

 

2人で勝手に納得しないで欲しい。

私たちの能力って『ベクトル操作』じゃなかったっけ?

『反射』よりも、『ベクトル操作』の方が向いてるって、つまりどういうこと?

 

 

一方「まずはその辺から説明するか」

 

 

一方通行さんの説明によると、“ベクトル操作”の能力の使い方には、主に2種類あるらしい。

それが、『ベクトル操作』と『反射』。

『ベクトル操作』は攻撃的なもので、『反射』は防護的なものだと簡単に説明された。

なんだか、分かったようで分からない感じだ。

 

 

一方「樹形図の設計者が出した答えだ。間違いはねェだろォな」

 

完全反射「だねぇ。私は、『反射』の方が得意だけど」

 

佐天「つまり『ベクトル操作』ってどういうことができるんですか?」

 

一方「風操ったり、物を飛ばしたり……、まァ大抵のことはできる」

 

 

風の操作の方は実感があるが、それ以外となるとまだピンとこない。

大抵のことができるって言われてもねぇ……。

 

 

完全反射「それで、どうやってお姉ちゃんの能力開発をするつもりなの?」

 

一方「今までと基本は変わらねェ。簡単に理論を説明して、後は実践するだけだ」

 

佐天「が、がんばります」

 

 

ともかく、今までの『反射』から『ベクトル操作』を主軸とした能力開発をするということなのだろう。

覚えることはたくさんあるが、自分の身を守るためにも頑張らねばなるまい。

気合を入れていこう。

 

 

一方「それじゃァまずは―――」

 

佐天「は、はいっ!」

 

一方「反射の使い方の復習からだな」

 

 

んんっ?

違うことやるんじゃなかったの?

 

 

一方「反射を使う際に重要な3つのポイントは覚えてるだろォな?」

 

佐天「えっと、“強度”、“範囲”、“種類”ですよね?」

 

一方「そォだ」

 

完全反射「へぇ……。感覚でやってたけど、確かにそうかもねぇ」

 

 

コーちゃんも結構アバウトだな。

よくそれで一方通行さんに対抗できたものだ。

 

 

一方「ベクトル操作の基本もそれと大体同じだ」

 

佐天「え? そうなんですか?」

 

一方「ただ、考え方が多少変わってくる」

 

 

その異なる部分が、『反射』と『ベクトル操作』の違いなのだそうだ。

『ベクトル操作』の基本要件は3つ。

“種類”、“範囲”、そして“方向”。

この3つを正確に実行することが、ポイントということだ。

 

 

佐天「“強度”じゃくて、“方向”ですか……」

 

一方「『ベクトル操作』と『反射』で一番違うのは、そこじゃねェけどな」

 

完全反射「え? そうだっけ?」

 

一方「あンまり意識はしねェけどな」

 

 

じゃあ、どこが一番違うんだろう?

“範囲”か“種類”?

 

 

一方「一番の相違点は“手動”ってことだ」

 

 

ええっ!?

まさかの4つ目!?

 

 

一方「『反射』は、一度張っちまえば、設定をイチイチ変える必要はねェ。だが、『ベクトル操作』は違う」

 

佐天「ふむふむ」

 

一方「基本的には、種類の指定、操作範囲の指定、操作方向の指定というプロセスを踏んで能力が発揮される」

 

 

何を操作するか決めて、それをどれだけの量、どっちに向かって操作するかという順序があるそうだ。

なんかこれだけを聞くと、反射より全然難しそうなんですけど……。

ちゃんと使えるかな?

 

 

一方「心配すンな。慣れればいちいち考える必要もねェし、手順を省略することもできる」

 

佐天「ええっと……」

 

完全反射「例えば、目の前からすごい勢いでボールが飛んできたらどうする?」

 

佐天「そりゃ避けられれば、避けるけど」

 

完全反射「端的に言えば、それと同じことなんだよね」

 

佐天「???」

 

 

つまり、ボールが飛んでくるという『危険の認識』。

ボールを避けるという『行動の決定』。

そして、実際に避けるという『行動の遂行』という3つのプロセスをする必要があるということだそうだ。

『ベクトル操作』を使うときにも同じ順序で考える必要があり、まずは、操作するベクトルの種類の指定が始めに来る。

次に、どれだけの量のベクトルを操作するかという種類の指定、そして、それをどちらの方向に操作するかという手順を踏む。

この一連の流れの計算に失敗すると、ベクトルの操作に失敗してしまう。

先ほどの例では、飛んでくるボールに対して、避けようという動作が思いつかなければ、ボールの直撃を受けてしまう。

また、思いついても行動に移せなければ、同じ結果になってしまう。

 

 

一方「要するに、能力のONとOFFがきっちり区別される」

 

完全反射「反射の場合は、ONにしたらそのままで良かったんだけどね」

 

佐天「はぁ……」

 

 

ということは、演算に失敗したら直撃するってことだよね?

 

 

完全反射「そんな不安そうな顔しなくても心配いらないと思うよ?」

 

佐天「え?」

 

完全反射「実際に必要なのは感覚だし。テキトーにやってみれば、案外簡単にできるもんだって」

 

 

随分と簡単に言ってくれるじゃん。

私はそこまで楽天的には―――

いや、まあ、たまにはなるかな? うん。

 

 

一方「まァ、今のオマエなら『反射』だけでも十分戦えるだろォな。実戦経験があればだが」

 

佐天「『反射』だけでも……」

 

一方「昨日見た感じじゃ、レベルは3強ってところかァ?」

 

完全反射「4にはいってない感じかー」

 

 

レベル3?

私が?

マジですか?

 

 

一方「まず、オマエに『ベクトル操作』を使えるよォにしてやる」

 

完全反射「そしたら、私との実戦訓練ってことになるね」

 

佐天「わ、分かりました!」

 

一方「時間もねェし、さっさと始める」

 

佐天「え? あ、はい!」

 

 

時間がない?

まあ、確かにさらわれてからじゃ遅いけど、一方通行さんにはまた違った焦りがあるような気もする。

気のせいかな?

 

 

佐天「それで、何から始めるんですか?」

 

 

『反射』の授業では1つ1つ積み重ねでやっていったけど、『ベクトル操作』の場合は?

全部1つの流れでやるということらしいから、最初から実践訓練かな?

あんまり自信ないなぁ。

 

 

一方「最初はこれからだ」

 

 

そう言って、一方通行さんが取り出したのはピンポン玉。

特に変わったところは見当たらない。

それをどうするんだろう?

素手で卓球をやれとか?

 

 

一方「コイツを真上に打ち続けてもらう」

 

佐天「素手でですよね?」

 

一方「当たり前だ」

 

 

でも、それって結構簡単じゃない?

能力使わなくても出来そうな気がするけど……。

すると、そんな怪訝な顔をしている私をみて、コーちゃんがこう言った。

 

 

完全反射「で? まだ続きがあるんでしょ?」

 

佐天「え?」

 

 

いや、まあそりゃそうか。

ま、目をつぶってとかじゃなければ―――

 

 

一方「目をつぶってやってもらう」

 

 

マジですか……。

 

 

一方「そンなには難しくねェから安心しろ。真上に打ち上げられりゃ、多少の誤差があっても修正できるはずだ」

 

佐天「いや、でも、いきなりそれはレベル高くないですか?」

 

完全反射「んー、そうでもないんじゃない?」

 

佐天「いやいや」

 

 

そりゃコーちゃんはある程度できるからでしょー。

あんまりハードルを上げないで欲しいんだけど……。

できないと恥ずかしいし。

というか、まだベクトル操作とかできるか分からないもん。

 

 

完全反射「だって、風を操作する方が何倍も難しいよ?」

 

佐天「え? ま、またまたー。そんなはずないでしょー?」

 

一方「いや、ソイツの言う通りだ」

 

 

一方通行さんが補足する。

風の操作は、カオス理論の絡む複雑な計算式が必要なんだとか。

それを少ない範囲であるとはいえ、操作できる時点でそこそこのベクトル操作はできて当然なのだそうだ。

一番の問題は、それを私が認識できていないこと。

能力を使う上で重要なのが『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。

それを強固なものにするのが、自分に能力が使えるという『認識』という訳。

この2人の話も、そういう意味では能力開発をしていると言えるらしい。

薬も電極も使っていなくても、だ。

そう言われてみれば、「私にもできるんじゃないか?」とか思えてくる。

 

 

完全反射「ね? できそうでしょ?」

 

佐天「た、確かに……」

 

 

自分でも単純だと思えなくもないが、周りの人に簡単だと言われるとそう感じてしまうことは良くあること。

目隠しをしたまま、ピンポン玉を真上に打ち続ける。

元々、風操作ができているだけに、このような心理状態になってしまえば、あとはどうなったかお分かりだろう。

 

打ち止め「おっひるだよーん、ってミサカはミサカは部屋に突撃してみたりー」

 

 

お昼になったところで、打ち止めちゃんと番外個体さんが昼食を作って部屋に入ってきた。

午前中の成果は上々。

私に『ベクトル操作』というものがどんなものかを染み込ませるための開発は、無事成功したと言ってよかった。

先生方の評価は、

 

 

一方「方向の指定がまだまだ甘ェけどな」

 

完全反射「2,3回落としたもんね」

 

 

2人の求める水準はちょっと高すぎるんじゃない?

いつボールが落ちてくるか分からないから、緊張しっぱなしだったし。

でも、分かったことが1つ。

一方通行さんの言っていた種類の指定、操作範囲の指定、操作方向の指定というプロセスはそこまで難しくはないということ。

もちろん、正確にやろうとすれば難易度は格段に上がるが、そういったことを気にせずやる分には問題はなさそうだった。

というか、番外個体さんは一方通行さんにくっつき過ぎ。

部屋に入って、即、一方通行さんの隣を陣取っていた。

 

 

番外個体「見てみて~。これミサカが作ったんだよ~」

 

一方「うぜェ……」

 

 

何かを言おうとして止める。

こういうときなんていえばいいのか分からない。

「離れて」とか「くっつき過ぎです」とか?

なんか私が言うのもおかしい気もするし……。

そんなことを考えているうちに、一方通行さんが自分で番外個体さんを引き剥がしていた。

コーちゃんがそっちではなく、私を見て笑っていたのにはちょっと納得いかない。

昼食は、番外個体さんが作ったという焼きそば。

ナスが入っていたのがちょっと気になったが、なかなかおいしいかったのは事実だ。

 

 

一方「午後は実戦訓練をする」

 

 

こんなことを言うのはなんだけど、一言くらい番外個体さんに感想を言ってあげてもいいと思う。

まあ、相手が誰でも絶対言わないんだろうとは思うけど。

 

バタバタとした昼食が終わり、午後には実戦訓練ということでリビングにあるテーブルやソファーなどを部屋の端に寄せることから始まった。

 

 

佐天「それで、具体的に実戦訓練って何するんですか?」

 

 

手を動かしながら、一方通行さんに質問する。

『実戦訓練』という意味合いからも、多少手荒なイメージが先行してしまう。

殴り合いとかじゃないといいんだけど。

っていうか、このリビング広っ!?

テーブルとソファーどかしたら、かなりのスペースできたんですけど!?

 

 

一方「外で実際に戦うのが手っ取り早いンだが、まずは下準備だな」

 

佐天「“まず”!?」

 

完全反射「うわっ!? あぶなっ!! いきなり手離さないでよ、お姉ちゃん!!」

 

 

つまり、最終的には外で誰かと戦うってこと!?

思わぬ展開に、コーちゃんと一緒に運んでいたソファーから手を離してしまった。

ドスンといい音がして床に落ちる。

危うくコーちゃんの足の上に落ちるところだった。

 

 

一方「その為にも効率的な戦闘訓練をする」

 

佐天「ダメだ、聞いちゃいねぇ!!」

 

 

どんどん話を進める一方通行さんについていけない。

この前まで普通の女子中学生だった私はついていけない。

しかし、一方通行さんやコーちゃんはまったく動じていない。

それどころか、部屋の中の家具を動かすのを手伝ってくれていた打ち止めちゃんすら涼しい顔だ。

なんだか疎外感。

 

 

一方「オマエの生存率を上げるためだ。這い蹲ってでも付いて来い」

 

 

分かっていたことだけど、一方通行さんの方針はスパルタすぎる気がする。

その後、家具を大体移動し終えて、広いスペースを確保できると、

 

 

一方「よし、それじゃかかってこい」

 

 

などと意味の分からないことを一方通行さんが言い出した。

かかってこい……?

それって、どんな日本語だったっけ?

んんっ?

もしかして、殴りかかって来いって意味?

 

 

佐天「えーと、誰が?」

 

一方「オマエに決まってンだろォが」

 

 

「誰のための訓練だと思ってるンだ」と怒られた。

いや、私のための訓練だっていうのは理解してるつもりですよ?

でも、首にあるチョーカーのスイッチまで入れてるのはなぜなんでしょうか?

完全にやる気まんまんじゃないですかー。

スパルタってレベルじゃない。

悟空がヤムチャをイジメるレベルの虐待だと思う。

 

 

打ち止め「さ、さすがにそれはやりすぎだと思うかな? ってミサカはミサカはあなたのやる気に若干引いてみたり」

 

番外個体「そこに痺れるぅ!」

 

完全反射「いやいや、ないでしょ」

 

 

外野もこっちの見方っぽい。

ブーイングを受けている一方通行さんと言えば、大きなため息をついている。

 

 

一方「オマエらちっとは考えろ。全力で殴りあっても、俺なら全部威力を相殺できンだろォが」

 

佐天「あ」

 

 

レベル5になると、そこまで可能なのかっ!

 

 

完全反射「そんなことまでできるんだ」

 

一方「まァな。1人相手ぐらいなら余裕だろ」

 

佐天「す、すごい……」

 

 

ただ単に反射するだけでは、殴った側にダメージが発生してしまう。

しかし、一方通行さんは、そういったダメージすら与えないように威力を相殺するというのだ。

正確に言うと、相殺じゃなくてベクトルの分散らしいけど、あんまり良く説明はしてくれなかった。

というか「できないだろ」みたいに鼻で笑われた。

ちょっと悔しい。

 

 

一方「納得できたンなら、さっさとかかって来い。能力使える時間も無限じゃねェンだ」

 

佐天「は、はい!」

 

 

見よう見真似で構えを取ってみる。

ボクシングのファイティングポーズってこんな感じだったかな?

なんだか自分でも違和感のある構えです。

 

 

完全反射「ちょっと重心が高いよ、お姉ちゃん」

 

佐天「え? あ、うん」

 

 

重心が高い?

分かったフリしたけど、よく意味が分からない。

そもそも、重心って何?

 

 

一方「オマエは膝が伸びきった状態ですぐに行動に移せンのか?」

 

 

どうやら「膝を軽く曲げておけ」という意味だったらしい。

だったら、そう言ってくれればいいのに。

 

そんな感じで、戦闘のための基本事項から状況判断などの行動マニュアルから叩き込まれることになった。

正直なところ、覚えることが多すぎて、ちゃんとできるかどうかちょっと怖い。

それでも、夕方になるまでにはなんとか形になってきていた。

 

 

一方「まだまだだなァ……」

 

佐天「ぬぅ……」

 

完全反射「素人にいきなり周囲に気を配れって言っても無理でしょー……」

 

 

一方通行さんの求めるレベルが高すぎるのだが、コーちゃん的には及第点らしい。

私の戦闘スタイルは、「近づいて攻撃したら、すぐに相手から離れる」というヒットアンドアウェイというものにさせられた。

なんでも、私の防御力には心配な点が多すぎるとのことで一撃離脱方式の方がリスクが少ないのだとか。

構えはそのままでいいとのことだったのだが、拳は握らず手刀で戦闘を行うようにといい含められた。

戦うときは、常に腕周りに『反射』を適応させておき、攻撃の瞬間にだけ『ベクトル操作』に切り替える方針をとった結果だ。

それだと、能力を使える時間は限られてくるが、とっさのときにダメージを受ける確率が下がるとのこと。

ちなみに、

 

 

佐天「武器は持っちゃダメなんですか? 前はバットとか使ってたんですけど」

 

 

と聞いたら、「いつまで無能力者の気分でいるんだバカ」的なことを言われた。

『ベクトル操作』という能力を持った時点で、人も殺せるくらいなんだからと脅された。

もっとも、一方通行さんの過去を知っているだけに、笑うことはできなかったが。

 

 

一方「今日はこのくらいにしておくか」

 

佐天「あ、ありがとうございました」

 

 

夕食前にお開きになったのだが、もうかなりヘロヘロになっていた。

以前の能力開発は、頭だけのものだったのに比べ、今日からは実戦訓練が追加されたことで、肉体的にもきつい。

ただ、リアルに強くなっているという実感が得られているような気はする。

実際に、動きはまだまだ素人に毛の生えた程度だが、戦闘スタイルができたことで生存率は格段に上がっているのだとか。

そこまで強くなってるのかって聞かれたら微妙だけど。

 

黄泉川先生の帰宅を待って夕食をとると、昨日と同じようにコーちゃんとお風呂に入って疲れを癒した。

 

 

佐天「だーっ、疲れたー!!」

 

完全反射「これからはこんな毎日になるんじゃない?」

 

 

部屋のベットに倒れこむと、隣にいたコーちゃんがくすくすと笑ってそう言った。

でも、それが事実なのだから現実は残酷だ。

明日からは、午前中に能力開発。

午後に実戦訓練を行っていくと通告されたのだ。

初日だけでいっぱいいっぱいなのに、これから私は果たして耐えられるのだろうか?

 

 

佐天「うー……」

 

完全反射「マッサージしてあげよっか?」

 

佐天「うん、お願いー」

 

完全反射「オッケー」

 

 

うつ伏せになった私に跨るコーちゃん。

背中からマッサージを始めてくれる。

これはかなり気持ちいいかも。

しかし、それでも不安の種は消えない。

 

 

佐天「こんな調子で大丈夫かな、私」

 

 

ぽつりと弱音を吐く。

こんなの私らしくないと思うけど、それくらい先が見えない。

まるで、初めて能力を得られたときのような感覚。

 

 

完全反射「んー。ま、大丈夫じゃない? お姉ちゃんだし」

 

佐天「あはははっ。なにそれ~」

 

 

根拠のない励ましだったが、その一言だけでかなり体が軽くなった気分だった。

 

【幕間】

 

「お、おい! 例の計画は大丈夫なんだろうな!?」

 

 

薄暗い部屋の中には2人の男がいた。

片方は、白衣を着た中年の小柄な男。

そしてもう1人は、いかにも軽薄そうな若いピアスをした男が向かい側に立っている。

慌てているのは、ピアスの男。

白衣の男は、体が何十センチも沈みそうなソファーに悠然と座っている。

どうやらその場所は白衣の男の自室のようだった。

暖炉や鹿の剥製など、如何にもな装飾が部屋の到る所に施されている。

白衣の男は、変わらない調子でピアスの男を見据えこう続ける。

 

 

「計画にはなんの支障もない。慌てる必要がどこにある?」

 

「んなこといってられる状況かよ!? アンタ現状わかってんのか!?」

 

 

ピアスの男の興奮は治まらない。

今にも白衣の男に掴みかからんばかりの剣幕だ。

何しろ状況が状況だ。

計画は早くも失敗しかけ、それどころか自分たちの命まで危うい。

しかし、ピアスの男は白衣の男に怒鳴りかかってはいるが、焦っているようには見えない。

この逆境をひっくり返せるだけの秘策があるのか、または―――

 

 

「くそっ! 俺はもう降りさせてもらう!」

 

「今更そんなことができると思うのかね?」

 

「ああ。できるさ」

 

 

今まで余裕な顔色だった白衣の男の眉が少しつりあがった。

ピアスの男が、室内に飾ってあった猟銃に手をかけたのだ。

銃口を白衣の男に向けながら、震える手で引き金に指をかける。

 

 

「こ、これで俺は見逃してもらえる」

 

 

顔には引きつったような笑みが浮かんでいた。

 

 

「止めておいた方がいいぞ」

 

「うるせえ!!」

 

 

白衣の男の制止に耳を貸さず、ピアスの男は引き金を引いた。

その瞬間、ドンという大きな音が室内に響く。

しかし、白衣の男は倒れない。

今までと何も変わらず、涼しい顔をしていた。

それもそのはずで、銃弾は白衣の男を襲っていなかったからだ。

 

 

「がっ……」

 

 

逆に、ピアスの男が崩れるように床に倒れこむ。

床にはおびただしい量の血液が、水たまりのように広がっていった。

どうしてこうなったか?

 

 

「ふん。この部屋の銃には鉛が詰めてあるというのに」

 

 

鉛が詰められた銃の引き金を無理やり引いたため暴発したのだ。

白衣の男を狙った猟銃が、ピアスの男自身を襲ったことになる。

だが、ピアスの男はまだ生きているようだ。

かすかながら息をしている。

 

 

「しぶとい男だ」

 

 

裏切ったピアスの男を生かしておく理由もない。

白衣の男はポケットから短銃を出すと、床に倒れているピアスの男に銃口を向けた。

 

 

「あの世で計画の成就を願ってくれたまえ」

 

 

そう言って、容赦なく引き金を引いた。

その途端、銃が暴発し、白衣の男の手首から先が吹き飛んだ。

 

絹旗「まさかコメディ映画とは超予想外ですね。良作の臭いがプンプンします」

 

 

佐天が一方通行と共に能力開発をしている頃、一度行ったら二度と行けないような奥地にある映画館に1人の少女がいた。

絹旗最愛。

元『アイテム』の構成員で、暗部が解体されてからは新『アイテム』の一員として行動している少女だ。

現在は、新『アイテム』に所属しているとはいえ特にすることもない。

今までのように、電話の女から命令されることもなくなっていた。

だが、行ってもいないロシアの事後処理で、ここ数日かなり忙しい日々を送っていた。

『アイテム』中で唯一ロシアに行きそびれた彼女は、腹いせに浜面を殴ることでストレスを解消していたのだが、それも限界にきた。

ストレスの限界といっても、映画にいけないという禁断症状のようなものだと思ってもらえればいい。

見たい映画があるのに、それを見に行くこともできず、その結果、いくつも良作の気配が漂う作品を見逃してしまっていた。

もっとも、彼女の選ぶ映画が良作である確率は、それほど高い訳ではないのだが。

そんな彼女は、現在映画のパンフレットを片手にワナワナと震えていた。

見ていたのは「地獄のマッドサイエンティスト」という今時そんなタイトルないだろというほどC級映画の臭いが漂う作品。

今日の映画の記念すべき1本目だ。

最初のうちはシリアスなシーンが続いていたのに、気が付けばコメディな内容に変わりつつあった。

 

 

絹旗「と思ったら、今度はまた超シリアスなシーンですか」

 

 

画面から緊迫感がピリピリと伝わってくるような場面に差し掛かる。

かと思えば、またオチはギャグテイストで締めるという監督が酔ったまま書いたような脚本であった。

絹旗は思わず大きなため息を吐いた。

 

 

絹旗「もう先の展開も読めちゃいましたし、超駄作決定です」

 

 

そこそこ大きな声のひとり言を発する。

他に客がいないのをいいことにやりたい放題できるのが、この映画館の利点の1つでもある。

そのあとも、シリアスなんだかコメディなんだか分からないような内容が続いて、その映画は終わっていった。

 

 

絹旗「軸が超ぶれ過ぎですねえ。あれがシリアスな笑いってやつでしょうか?」

 

 

今見た映画の感想を口に出すと、今まで持っていたパンフレットを隣の席に置き、次に上映されるパンフレットを手に取った。

映画館の座席に深く座って足をパタパタと動かしている様子は、遊園地に向かう車にのった子供のようにも見える。

暗部に浸かっていた彼女も、未だ12歳の少女なのだ。

 

2本目の映画は『異種生物世界一決定戦』というタイトルで、吸血鬼やら宇宙人やらゾンビやらがプロレスのリングで戦うというものだった。

吸血鬼が狼男にブレーンバスターを極めていたのは、妙にシュールな画だった。

 

 

絹旗「超純粋な肉体勝負ってことなんですかね?」

 

 

1本目よりは期待ができそうだと、絹旗の直感は告げていた。

だが、あらかじめ買っておいたMサイズのジュースを一口飲んだところで、館内に誰か入ってくるのがわかった。

 

 

絹旗(超珍しいですね。私以外に分かってる人がいるなんて)

 

 

仲間がいると分かり少しうれしくも思ったが、やはり他の人がいると勝手気ままにできないというのはデメリットだ。

一緒に見るという選択肢もあるが、好みが異なると、また面倒くさいことになる。

つまり、浜面程度の分かってない人間を連れてくるのが正解なのだろう。

自分の面白いと思っているものが、他の人にも認められるとうれしいものなのだ。

一方で、一緒に見る相手として映画の感想をポツポツといってしまう絹旗は最悪な部類に入る。

良いことを言っている内はまだいいが、細かいところを突いた痛い一言を隣で言われると、途端に一緒に見ている側も冷めてしまう。

この悪癖を治さないと、彼女の趣味を理解してくれる人物を見つけるのには苦労するだろう。

話を戻そう。

館内に入ってきた人物は、すぐには座席に座らなかった。

映画に集中していたので、特に注意を払ってはいなかったのだが、どうやら映画が目的ではないらしい。

 

 

絹旗(目的は私ですか。超面倒くさいことにならなければいいんですけど)

 

 

スクリーンでは、ゾンビ対透明人間というマッチが行われていた。

やけに血色のいいゾンビがパントマイムをしているようにしか見えない。

場面が進む間に絹旗を発見したのか、侵入者は足音も気にせず近づいてきた。

その人物が絹旗の手の届く範囲まで来ると、何も言わずに隣に腰掛けた。

 

 

絹旗「映画館では超静かにしてください」

 

「相変わらずだねえ、絹旗ちゃんは」

 

 

と、聞き覚えのある声が隣の席から聞こえてきた。

 

今日は鬱憤を発散すべく一日中映画館に引きこもるつもりだった。

好きな映画を飽きるほど見るという最高の日になる予定だったのだ。

しかし、今、絹旗の隣にいる人物はそんな最高の気分をぶち壊すには十分な人物だった。

 

 

絹旗「今更あなたが何の用ですか?」

 

黒夜「つれないねえ」

 

 

黒夜海鳥。

かつて絹旗と同じく『暗闇の五月計画』の被験者だった少女。

2人は、一方通行の思考の一部を無理やり植えつけることで、能力の向上を図るという実験を受けたのだ。

しかも、同じ窒素を操作するという類似点もあった。

だが、2人は明確に区別される。

それは、一方通行の防護性に特化したのが絹旗ならば、攻撃性に特化したのが黒夜という点が大きく異なる。

『反射』の演算パターンを元に窒素を身に纏うという絹旗。

『ベクトル操作』の演算パターンを元に窒素を操作し、槍という武器にする黒夜。

根本は同じ能力であったにも関わらず、2人の能力の方向性はまったく異なるものとなっているのだ。

黒夜とは、『暗闇の五月計画』が破棄されてから会っていない。

それがなぜ、今になって絹旗の目の前に現れたのだろうか?

 

 

黒夜「ちょっと絹旗ちゃんに仕事を手伝って欲しいんだよ」

 

絹旗「お断りします」

 

 

即断。

理由は簡単だ。

黒夜海鳥は、実験の後、絹旗と同じように暗部に身を置いていた。

その黒夜から、こんな時期に持ちかけられる話で自分に得となるような話であるはずがない。

せっかく暗部から抜けられたのに、また学園都市の闇に戻るつもりはサラサラなかった。

 

 

黒夜「内容は、一方通行と浜面仕上について」

 

絹旗「―――っ」

 

 

この一言を聞いてしまうまでは。

 

 

絹旗「それで、一体どういう内容ですか」

 

黒夜「まあまあ。そう慌てんなよ、絹旗ちゃん」

 

 

結局、2本目の途中で映画館を後にし、近くの喫茶店にはいることにした。

他に客もいないため映画館の中でも良かったのだが、絹旗が話に集中できないということで移動したのだった。

こちらの喫茶店も特に繁盛しているようには見えない。

周囲に目配りすると、黒夜が続きを話し始めた。

 

 

黒夜「仕事って言っても、そんなに複雑なことじゃない。ただ単にある『部品』を守るだけなんだよねえ」

 

絹旗「はい? それが一方通行や浜面と何の関係があるんです? 超意味不明なんですけど」

 

黒夜「そいつは簡単な話。一方通行がその『部品』をぶっ壊しに来るんだよん」

 

絹旗「んなっ!?」

 

 

注文したアイスコーヒーのストローを噛みながら、なんでもないように言う黒夜。

だが、その一言が何を意味するか分からない訳ではないだろう。

何しろ、一方通行を敵に回すほどの『何か』が学園都市にはあるのだ。

しかも、それを守るということは、真っ向から一方通行と敵対しなければならないことを意味する。

 

 

絹旗「超正気ですか?」

 

黒夜「勝算はある。けど、完全じゃない」

 

絹旗「……私がそこに必要だと?」

 

 

黒夜は元々群れるタイプの人間ではなかったはずだ。

それが、こうして絹旗を頼りにしてくるということは―――。

 

 

黒夜「いや、私の生存率を上げるため」

 

絹旗「オトリ!? 私を超オトリにする気ですか!?」

 

 

何事かと顔を出してきたマスターに手を振って応えると、絹旗は若干冷静さを取り戻した。

そう単純な話ではないだろう、と。

だが、

 

 

黒夜「ま、せいぜい頑張って盾になってくれ」

 

絹旗「……それで私が手伝うって言うとでも?」

 

 

あまりにも酷い扱い。

一方通行を打倒する要という訳でもなく、ただ単に自分の生存率を上げるために協力して欲しいと言っているのだ。

絹旗には、一方通行に対する因縁もあるので、確実に倒せるという確証を得られるのなら協力してもいいかと思ったのだが、これでは話にならない。

2人で瞬殺されてTHE ENDだ。

しかし、黒夜の提案と違い、話はそう単純ではないらしい。

 

 

黒夜「絹旗ちゃんが協力しなくちゃならない理由は逆さ」

 

絹旗「逆?」

 

黒夜「その『部品』を守らないと、浜面仕上が狙われることになるんだからねえ」

 

絹旗「……あのチンピラが超狙われるような理由でも?」

 

黒夜「心当たりはないのねえのか? ん? 絹旗ちゃん」

 

 

絹旗には心当たりがあった。

ここ数日で嫌というほど関わった『素養格付(パラメーターリスト)』。

学園都市の闇に深く関わり、だからこそ、浜面仕上が生き残れた根源。

あれがあるからこそ、絹旗たちアイテムは解放されたのだ。

 

 

絹旗「……超詳しい話を聞かせてもらいましょうか」

 

黒夜「そうこなくちゃねえ」

 

 

かくして、絹旗最愛は再び闇に踏み込むこととなる。

今度は、彼女が『アイテム』を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その翌日、学園都市が回収した全ての「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」の残骸が置かれる施設に大能力者が2人配置された。

 

 

 

 

 

【幕間 了】

 

一方通行さんのところに戻って4日目の午前中。

この日まで、私は近接戦闘の基礎や簡単な組み手を行ってきたが、今日から次のステップに移ることになった。

 

 

一方「次のステップは外で実戦訓練だ」

 

佐天「ええっ!? もう!?」

 

完全反射「うん。いいんじゃない?」

 

 

階段を5段飛ばしくらいにして今日まで来たが、今回はまた10段くらい階段を一気に登っている気がする。

昨日、初めて一方通行さん以外を相手に、コーちゃんと組み手をしたばかりだというのに。

ちなみに、コーちゃんとの組み手では、うまく力を合わせてくれたので、一応形にはなっていたような気はする。

反射同士が触れ合うと相殺されるという特性を活用して、攻撃を受け流したり、うまく寸止めしたりって具合に。

コーちゃんは全身に反射が適応できるのに対して、私は両手だけしか反射ができないので、いっぱいいっぱいだったけど。

 

 

一方「具体的には、暴走能力者やスキルアウトなンかと戦ってもらう」

 

佐天「ちょ、ちょっとまだ早すぎません?」

 

完全反射「そいつらいちいち探すの? 時間かかんない?」

 

一方「ウチにはそンなやつらばっかり相手にしてるやつがいるだろォが」

 

完全反射「あー。黄泉川に頼んで、警備員についていくのか」

 

佐天「スルー!?」

 

 

分かっていることではあったけど、こういうときには何を言ってもやらされるハメになるんだよねー……。

でも、暴走能力者とかスキルアウト相手ってすごく危険なんじゃ?

 

 

完全反射「大丈夫、大丈夫。昨日の感じなら、よほどのことがない限り死にはしないから」

 

一方「だそうだ」

 

 

つまり、よほどのことがあったら死ぬってことだよね?

かなり不安なんですけど。

 

 

一方「いいか? 実戦訓練をやっておかなきゃならねェ理由は2つある」

 

佐天「2つ? 1つは……経験を積むためですよね? 実際に戦うとなったときに固まったりしないように」

 

一方「そォだ。もう1つは、戦いながら相手を分析するためだ」

 

佐天「分析?」

 

 

実際の戦闘の際に重要なのは、相手がどういう能力(あるいは武器)を持っていて、その敵の実力がどの程度の力なのかを測ることなのだそうだ。

どんなにすばらしい能力、武器を持っていても、それを扱うのが実戦経験もない普通の子供だったら、倒すのは容易い。(一方通行さんはそうでもなかったらしいけど)

逆に、弱い能力、武器を持つ相手であっても、それの特性を活かし、常に自分の力を最大限に発揮する人間は強い。

それを見誤って、相手を表面上で判断してしまうと、大怪我につながりかねないということだ。

また、これにはもう1つ利点がある。

それは、実際に戦うか、逃げるかといった判断材料にもなる。

その時々の状況にあわせて、本当に戦うべきなのか、あるいは、逃げるべきなのかを判断しなければならない。

特に、相手が高位能力者の場合や殺傷可能な武器を持っている場合には、この判断が重要になってくる。

だから、戦っている最中に相手の力量を測ることは、自分の生存率を高めるにつながるのである。

 

 

一方「もっとも、今から行くところじゃ『逃げる』なンて選択肢はねェけどな」

 

佐天「ですよねー」

 

完全反射「でどうすんの? 素直に黄泉川に話しても、連れて行ってくれるとは思えないんだけど」

 

一方「心配すンな。こいつを使う」

 

 

トランシーバー?

それって……

 

 

一方「こいつで警備員の無線を傍受すりゃ位置は分かンだろ」

 

佐天「ほ、本気ですか?」

 

 

警備員が向かうってことは、そこにいたら一緒に捕まっちゃうんじゃ……。

 

 

一方「制限時間は、警備員のやつらが到着するまでだからな」

 

 

そんなに簡単に言わないで欲しい。

 

佐天「一方通行さん」

 

一方「……なンだ」

 

佐天「……これどうするんですか?」

 

 

無線の傍受を始めて、わずか5分後、最初の事件がさっそく発生した。

第10学区のコンビニにて、強盗が入ったとのこと。

能力、武器の有無は不明。

始めはこんなもんだろと現場に向かったのは良かったのだが、

 

 

一方「まさか、もう警備員が到着してるとはなァ」

 

 

到着したときには、すでにコンビニは包囲されていた。

なんか、もう突入して事件解決じゃない? という雰囲気が漂っている。

さすがに、私たちがこの包囲を破って突入するのは無理がある。

私たちというのは、一方通行さんとコーちゃんと私の3人だ。

打ち止めちゃんと番外個体さんはお留守番。

 

 

一方「警備員舐めてたわ。この早さは異常じゃねェの?」

 

佐天「……で、どうするんですか?」

 

完全反射「これじゃ、他のところも無理なんじゃない?」

 

一方「そォだな……」

 

 

珍しく当てが外れたというような顔をして、辺りを見回す一方通行さん。

黄泉川先生は別の現場にいるようだ。

近くには見当たらない。

 

 

一方「付いて来い」

 

佐天「え?」

 

 

そう言って、一方通行さんが向かったのはとある細い路地だった。

何するつもりなんだろ?

 

何も言わずに、一方通行さんを先頭に私、コーちゃんの順番で路地を進む。

事件の起こっている現場からはどんどん遠ざかっていた。

かと言って、黄泉川先生のマンションに向かうようなルートでもない。

 

 

佐天「一方通行さん。こんなところで―――」

 

「だ、誰だ!!」

 

 

何をするつもりなのかを尋ねようとした瞬間、前の方から声が聞こえてきた。

一方通行さんとは明らかに違う声色の男みたいだ。

こんな入り組んだ細い路地で何をしているんだろう?

 

 

一方「2人、か。まァ、練習にはちょうどいいだろ」

 

佐天「は、はい?」

 

完全反射「どうやら、強盗のお仲間さんっぽいね」

 

佐天「マジで?」

 

 

強盗の主犯の逃走を手助けするためにいるサポートの男が2人。

2人は、逃げるべきか取り囲まれたもう1人を待つべきか悩んでいる。

そんな時、一方通行さんは首筋に手を当て、チョーカーのスイッチを入れると、その2人に背を向けるようにこちらを向いた。

 

 

一方「ヒントぐらいはくれてやるから1人でやってみろ」

 

佐天「え、えぇー……」

 

 

ちらりと奥を見ると、臨戦態勢に入った2人が懐から警棒を取り出す。

あれ?

どう見ても、威圧感が一方通行さんより薄い。

これならなんとかなる……かも?

 

 

佐天「や、やってみます」

 

 

というか一方通行さんが怖すぎるだけかも。

 

 

一方「ってワケだ。オマエら程度、このガキ1人でお釣りが来ンだろ」

 

佐天「ちょ、挑発しないでくださいよ!」

 

 

一方通行さんと立ち位置を入れ替える。

そうすることで、私が2人の前に立つことになった。

見たところ、2人の体格はそれほどいいという訳ではない。

1人はサングラスをかけ、もう1人はニット帽をかぶっている。

武器を持っているところを見ると、無能力者なのだろう。

また、挑発されたにも関わらず、2人の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

強盗A「ハッ! 違いねえ! そこのお嬢ちゃんは上玉だしなぁ!」

 

強盗B「そんなモヤシ野郎じゃなくて、俺たちと楽しいことしようぜぇ!」

 

佐天「あ、すみません。タイプじゃないんで」

 

完全反射「うわー、直球……」

 

 

つい、うっかり素で返してしまった。

正直、2人のサングラスとニット帽はないわ。

どうみてもセンスが悪いし。

 

 

強盗A「ふ、ふざけんな!!」

 

強盗B「舐めやがって!!」

 

 

当然、そんな反応を返されて、2人が黙っている訳もなく、一直線にこちらに向かってくる。

動きは一方通行さんよりも全然遅いが、模擬戦とは違い、「殴られれば痛い」という当たり前の事実の前に足が竦んでしまう。

2人が、どんどん近づいてくる。

どうしよう。

どうすれば?

 

 

一方「とりあえず、反射使っとけ」

 

 

私は、反射的にその言葉に従った。

 

腕に反射を適応させる。

これでひじから先はダメージを受けることはない。

2人の男がさらに近づいてくる。

前にいるサングラスの男は、既に警棒を振りかぶっている。

―――よし、間に合う。

腕で頭を庇うようにガードを固める。

 

 

強盗A「がぁっ!? て、手がぁっ!?」

 

 

振り下ろされた警棒は、私にダメージを与えることはなかった。

代わりに、サングラスの男の手首が青黒くなり、警棒を取り落とす。

抵抗しない私を前に、振り下ろす威力を弱めたのだろう。

でなければ、骨折していてもおかしくはなかったはずだ。

ともかくこれで1人目。

ここ数日の模擬戦闘で、ある程度まで体を動かせるようになっている。

それを実感できる一合だった。

これなら行ける!

 

 

一方「30点」

 

佐天「……き、厳しい」

 

 

どう反応すれば良かったんだろう?

後ろにいたニット帽の男に目を向けると、一度私たちから距離を置いていた。

 

 

強盗B「ッチ、能力者か」

 

佐天「まだまだ見習いですけどね!」

 

一方「相手に余計な情報やるンじゃねェよ」

 

強盗B「どんな能力を使ったか分からねえが、頭を庇ったってことはそこは弱点ってことだ」

 

佐天「げっ」

 

 

あっさりばれてしまった。

点数低い理由はこれか。

 

 

強盗B「こいつならどうだ……」

 

 

ジャキという音と共に取り出したのは……拳銃!?

いや、それはマジでやばいですから!!

日本でそんなの携帯していいはずないでしょ!?

というか、警棒の次が拳銃ってどうなの!?

 

 

一方「さァて問題です」

 

佐天「こ、こんなときに!?」

 

一方「この場合、どォいう対応をすればいいでしょォか?」

 

佐天「それを今ここで!?」

 

 

全身に反射を適応できない。

拳銃の弾の速度に対応できない。

この2つの時点で、どう考えても詰んでいる。

導きだされる答えは私の死。

そうならないためにも、なんとかしなければならない。

 

 

強盗B「くらえ!」

 

 

引き金が手をかけている。

もう時間がない。

パニクっている時間すらない。

こうなったら―――

 

 

佐天「てぇぇぇえええええええい」

 

完全反射「なぁっ!?」

 

 

両手を前に突き出し、ニット帽の男に突撃!

ちょっと距離あるけど、なんとか―――

その瞬間、ガァンという耳を劈く大きな音が路地裏に響き渡った。

 

 

強盗B「がぁぁぁっ!!?」

 

 

私が分かったのは、男の拳銃が爆発したことだけ。

どうやら、弾を反射して、それが拳銃に命中したっぽい。

拳銃が爆発して発生した破片が、ニット帽の男の手に突き刺さり血を流している。

もう戦えるような状況ではないはずだ。

かなりヒヤッとしたけど、これで2人目も撃破。

 

 

佐天「ど、どんなもんだい!」

 

一方「50点」

 

完全反射「危なすぎ。死にたいの?」

 

 

辛辣なコメントを頂きました。

でも、さっきよりは点数上がってる。

ここまで命張っても50点とか。

 

 

一方「そっちを見てみろ」

 

 

ついと指を指した方向には、サングラスの男が倒れていた。

手には、警棒が握られている。

それもさきほどとは逆の手に。

 

 

佐天「あ……」

 

一方「片手を潰したくれェじゃまだ甘い。戦闘不能にするまで安心はすンな」

 

 

そういいながら、ニット帽の男にも一撃を加え気絶させる。

先ほどまで痛みに苦しんでいたうめき声がまるで嘘のように大人しくなってしまった。

流れるような手際に、思わず見ていることしかできない。

これが、実戦経験の差なのだろうか?

ともかく、これでなんとか終わり―――

 

 

一方「こいつらを引き渡したら次行くから休憩しとけ」

 

 

……にはならないようだ。

 

 

一方「何が悪かったか分かるか?」

 

佐天「えーっと……」

 

 

なんとか生き残れはしたものの、かなりギリギリのラインだった。

下手したら、ヤバいケガをしててもおかしくない。

というか、いきなり拳銃を出すとかどんだけ……。

 

 

一方「まず、サングラスのやつは、防御じゃなく攻撃で迎撃するべきだった。動きも単調だったしなァ」

 

完全反射「頭が弱点ってバレちゃってたしねぇ」

 

一方「それに、戦闘不能にしてなかったのは大きなミスだ」

 

佐天「う……」

 

 

そんな余裕なかったし。

ビビっちゃって足が動かなかったのはダメだよなぁ……。

 

 

一方「次にニット帽は―――」

 

完全反射「無茶しすぎ!! あれじゃいくつ命があっても足りないよ!」

 

 

怒られた。

やっぱり結果オーライじゃやっぱりダメだよね。

 

 

一方「その場に固まってたり、後ろに下がるって選択肢よりはマシだ。前に出た分だけ、手に当たる確率は高くなるからな」

 

佐天「あー……」

 

一方「ああいう時は、物陰に隠れるか何かを盾にするのが正解だ」

 

 

そ、それでも良かったのか。

 

一方「そろそろいいだろ」

 

佐天「や、やっと終わり……」

 

完全反射「おつかれ~」

 

 

その後、もう2件ほど事件を(裏から)手助けして、今日の能力開発は終了した。

最初ほど危ない場面は起きなかった。

やっぱ、拳銃を使うのが異常なんだって。

というか、もうこれって能力開発ってレベルじゃないと思うけど!?

……いや、能力の使い方を学んでるって意味じゃ能力開発か。

最近、一方通行さんの考え方に近づいているような気がして怖い。

今は、3人で黄泉川先生のマンションに向かって帰っている途中だ。

 

 

一方「後は、場数を踏んで判断能力を上げれば、そう簡単に死ぬことはなくなるはずだ」

 

佐天「まだやるのか……」

 

 

思わず戦々恐々。

でも、今日戦った人数は4人だったけど、その全員を倒せるような実力を持っていることに私自身が一番驚いていた。

つい、2~3週間前は普通の女子中学生だったのに、だ。

能力者になったという実感がやっと持てた気がする。

 

 

一方「能力に溺れるなよ? あンま人のことはいえねェけど」

 

完全反射「なんでも、覚え始めが一番危ないんだからね?」

 

佐天「う……。……はい」

 

 

自分の両手を眺めていると、見透かされたように苦言を呈される。

能力が能力だけに、暴発してしまうと自分の命が危ないのは重々承知している。

その扱いには慎重にならなければならない。

でも、

 

 

佐天「能力者かぁ」

 

 

そう呟かずにはいられなかった。

 

その日の夜。

騒がしい夕食を終えると、一方通行は今日のダメ出しをこれでもかと言うほどしてやった。

時間がない中で、佐天は良くやっている方だと思う。

しかし、今の力では彼女自身の身を守れるかどうかは分からない。

レベル3クラスの能力者ならなんとかなるかもしれない。

だが、レベル4クラスが相手になると、まだまだ経験不足と言わざるを得ない。

そのことを十分に理解させるための実戦訓練。

今日は高位能力者の相手はいなかったが、拳銃を持った相手というのを経験できたのは大きい。

これから攻め込まねばならないところは、そんな敵ばかり出てくるようなところなのだ。

 

 

一方「さすがに駆動鎧(パワードスーツ)相手には苦戦するだろォけどなァ」

 

 

黄泉川家の住人が寝静まった頃、一方通行はリビングのソファーで横になって、1人呟く。

今では、そこが彼の寝室であり、ベットになっていた。

とはいえ、眠るために横になっている訳ではない。

視線を天井からテーブルへと移し、そこにある携帯電話へと目を向けた。

それを計ったかのように、静まり返った一室に携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 

 

一方「今日も時間通りか」

 

 

一方通行は、ある人物から電話が掛かってくるのを待っていたのだ。

ゆっくりとした動きで、携帯電話を手に取る。

ディスプレイには、予想通りの人物の名前が表示されていた。

 

 

一方「もしもし」

 

冥土帰し『こんばんは、だね? 一方通行』

 

一方「今日も『変化なし』だ」

 

冥土帰し「そうかい?」

 

 

カエル顔の医者からの電話。

内容は、完全反射の様子について。

ここ数日まったく同じやり取りから始まり、終了していた。

少し違ってくるのは、この後、少し気になる点を向こう側からいくつか尋ねてくるという程度であった。

―――今日までは。

 

一方「―――って感じだ」

 

冥土帰し『ふむ。まだ問題はなさそうだね? そのまま目を離さないように頼むよ?』

 

一方「他に用がねェなら切るぞ」

 

 

いつもなら、ここで会話は終了し、電話を切る。

それ以上こちらから話すことは特にないからだ。

しかし、今日は違った。

 

 

冥土帰し『こんな状況だと、君はあの時を思い出すかい?』

 

 

意味深な問いかけに、一瞬眉をひそめる。

こういった余計な会話をするのはあの医者らしいが、少し何か違った雰囲気を感じる。

もっとも、このような無駄な会話に正直に答えてやる義理はない。

 

 

一方「……さァな」

 

冥土帰し『色々な意味であの時と同じ状況だから、仕方ないかもしれないけどね?』

 

一方「今日は随分とおしゃべりだな」

 

 

この医者の何でもお見通しという口調が気に喰わない。

脳裏にかすめたのは、1つの転機。

自分が黒から灰色へと変わったある夜のこと。

 

 

一方「用がねェンなら切るぞ」

 

冥土帰し『今日は、こちらかも君に伝えたいことがあるんだけどね?』

 

一方「……見つけたのか?」

 

 

一方通行は、その一言だけ冥土帰しに問いかけた。

一方通行から冥土帰しに頼んでいた内容はただ1つ。

黒幕の現在の居場所の探索だ。

佐天が連れ去られたとき、自分1人の力では彼女を探し出すことができなかった。

ましてや、佐天の能力開発をしながらの捜索では、相手の尻尾を掴むこともできないだろう。

そこで、カエル顔の医者に黒幕の居場所をつきとめて貰っていた。

 

 

冥土帰し『正確に言うと、探し出したのは僕じゃないんだけどね?』

 

一方「……超電磁砲か」

 

冥土帰し『その通り』

 

 

たしかに、人間1人を探すことに関しては、一方通行よりも御坂美琴の方が優れているかもしれない。

それにその男は、自分と同様に御坂の恨みの対象でもあることになるのだから、どれほど気合が入っていたかは測り知れない。

 

 

冥土帰し『だが、問題が1つ』

 

一方「もったいぶってンじゃねェ。結論だけ完結に言え」

 

冥土帰し『研究所が2つ見つかったんだ。おそらく、片方はダミーなんだろうけどね?』

 

一方「分かってンなら調べりゃいいじゃねェか」

 

冥土帰し『そうしたいのは山々だが、戦力が足りない。ハズレを引いたら、また逃げられるだけだからね?』

 

 

なるほど、と一方通行は頭の中で呟く。

つまり、御坂美琴1人では両方を叩ききれないから、自分が出て行って潰して来いという意味なのだ。

なんとも回りくどい言い回しをしてくれる。

 

 

一方「御託はいい。場所はどこだ?」

 

冥土帰し『察しが良くて助かるよ。場所は、第7学区の桐生バイオテクノロジー研究所と第23学区の宇宙資源開発研究所だ』

 

一方「で? どっちを潰せばいい?」

 

冥土帰し『君は、第7学区の方を頼む』

 

一方「ハッ! そこの研究員もついてねェな」

 

 

その後、攻め込む時間の話を少しだけした。

たった5分足らずの会話だけで、第7学区の研究所の命運は決定したようなものだ。

それだけ一方通行は、圧倒的な戦力を誇っている。

 

 

一方「そンなところだろ。切るぞ」

 

 

要件は全て終わり、通話を終了しようとした時だった。

カエル顔の医者は一方通行に、ある疑問を投げかける。

 

 

冥土帰し『彼女たちはどうするつもりだい?』

 

一方「…………」

 

 

『彼女たち』というのは、もちろん佐天涙子と完全反射の2人のことだ。

この2人を連れて戦場に向かうという選択肢などあるはずがないのだが、

 

 

冥土帰し『いざというときに、君が近くにいなくて大丈夫かい?』

 

一方「…………」

 

冥土帰し『期限まではまだ2日あるが、以前だってそれで痛い目を見たんだろう?』

 

一方「……そォだったな」

 

 

痛い目を見た記憶。

それは、一方通行が最も深刻なダメージを負ったときの記憶だった。

学園都市最強の超能力者にそんな外傷を与えたのは誰か?

上条当麻?

木原数多?

答えはNO。

エイワスでも、番外個体でもない。

その男はただの人間だった。

能力者ですらない。

 

男の名前は“天井亜雄”。

 

量産型能力者計画(レディオノイズ)計画及び絶対能力進化計画の責任者だった男である。

 

 

冥土帰し『彼はミサカネットワークの構築にも1枚噛んでいた。あまり舐めてかからない方がいいね?』

 

一方「分かってる。油断はしねェよ」

 

冥土帰し『それならいいんだ』

 

 

一方通行が天井の存在に気づいたのは、佐天に樹形図の設計者を付け、自分の前に姿を現したときだった。

レベル5クラスの研究成果を自分を殺害するために投入する。

どう考えても、一方通行への恨みがある人間の仕業とみて間違いない。

わずか3日という期間では、まともに実験することもできなかっただろう。

それほどに作り出したレベル5に自信があり、また、逆に一方通行を恐れていたことになる。

 

 

冥土帰し『ああ、そうだ。君に1つ注文だ』

 

一方「まだあンのかよ?」

 

冥土帰し『彼も僕の患者だ。殺すことは赦さないよ?』

 

一方「お優しいことで」

 

 

そのまま通話を終了し、携帯をテーブルの上に戻す。

決戦は明日、午前9時。

万が一の場合に備え、佐天たちをどうするかを検討しなければならない。

 

そう。

特に、完全反射が敵となった場合の処置を。

 

 

―――完全反射の頭に埋め込まれたウイルス発動まであと2日。

 

 

                               第六章『Change(新しい認識)』 完

 


 
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