「え!? 劉備一行がこの街に滞在していて、かつ、貂蝉たちと一触即発状態ですって・・・!」
「貂蝉どのの風貌から妖術士の類と勘違いされたのではありませんか。
いくら擬態の術がかかっているとはいえ、英傑たちには通用しないことも十分にありえます」
「孔明さんは既に劉備さんたちと合流済みらしい。
それと、詳しくは判らないけど、向こうにも『天の御遣い』と呼ばれる人がいるみたいなんだ。
于吉の式神で知らされたから、簡易的なことしか伝わって無いんだけど」
「・・・急ぎましょう。
関羽さんの性格からして、争いになってしまえば、ややこしいことになってしまいます~」
「士元さんはここで待っていてくれ。必ず、無事に収めて、孔明さんを連れてくるからさ」
于吉の緊急を知らせる式に、俺たちはすぐに行動を開始し・・・ようとしたのだが。
「・・・私も行きます。連れて行って下さい」
「士元さ・・・」
傍目に抱いていた印象からは考えられない強引さで、鳳統さんは俺の言葉を強い口調で途中で遮ってきた。
「いいえ、雛里です。私の真名、どうかお呼び下さい」
瞳の意志は鋭く、弱弱しい儚げな印象など、どこにもない。
この短時間で、何が彼女をここまで変えたのか。
「鳳統さ、いや、雛里・・・なんで、急に」
「信ずるに足るお方だと、短い時間であろうと、十二分に確信できましたから。
さ、急ぎましょう、ご主人様」
笑顔でそう言い放つと、軽やかに駆け出す雛里。
真っすぐに向けられた信頼に、顔が熱くなるのがわかる。
どうして、女の子ってのは、瞬く間に強く、綺麗になってしまうんだろう。
・・・俺の呼び方はともかくとして。
「・・・一刀どの、行きますよ。彼女の呼び方は後で詰問させて頂きますが」
「お兄さんはやっぱりそっちの趣味だったのですね・・・風も『ご主人様』とお呼びしましょうか?」
「茶化すなよ、二人とも。
俺は、雛里が真名を明かしてくれるほどに、信じてくれた理由は判らない。
ただ、あれだけ真っすぐな想いに、応えないわけにはいかないよ。
俺はこれからも、信じ続けてもらえるように、努力を重ねるまでだ」
駆け出す。すぐ横を華琳が駆ける。それでいいのだ、と笑っている。
「預けられた真名の数だけ、大きくなってみせなさい。すぐ隣でちゃんと見ていてあげるから」
「・・・あぁ!」
「星! 貂蝉! 于吉!」
「主! 来てはなりませ・・・ぐうっ!」
それは見たくなかった、最悪に近い状況。
駆けつけた時には、既に星と鈴々が切り結んでいて、
少し離れた位置で、貂蝉が愛紗を含む二人組を同時に相手をしていた。
「闘ってる途中によそ見とはいい度胸なのだ! うりぁぁっ!」
俺の声掛けが星の隙を産み、蛇矛が星の腕から血飛沫を飛ばす。
迂闊に声をかけた俺の不測を悔いる間もなく、鈴々は追撃をかけようとする。
「白装束! 時間を稼ぎなさい! 星どのは早く手当てを!」
于吉の召喚により、不意を突く形で現れた白装束の集団が襲いかかる。
と同時に、貂蝉が縮地術を使い、星を抱えながらも、鈴々たちと一気に距離を取ってみせた。
「にゃにゃ! なんなのだ! こいつら!」
「大した相手ではないが、こうも数が多くては!」
愛紗や鈴々の一振りで、十人単位で白装束がかき消えていくが、
あと一分程度の時間は稼げる人数が残っている。
こればかりは、彼の術士としての能力に感謝するしかない。
「于吉、ありがとう。あまりに不注意だったよ。星を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ、戦闘にまでなってしまった、こちらにも非があります。
ただ、北郷どの。こんなに早くなるとは思いませんでしたが、私は『裏切る』かもしれません」
「見つかったのか! え、どうして、『かもしれない』って・・・?」
「一緒に見極めて頂きたいのです。今の劉備の隣にいる『天の御遣い』を」
苦渋に顔が歪む于吉の表情。
「失せろ、雑魚ども! はぁああああああ!!!!!」
だが、その意味を考える間もなく、裂帛の気合と共に白装束は霧散していた。
氣をまとった横薙ぎの蹴りが暴風となり、実態の薄い木偶が一掃されたために。
身に着けている衣装は一刀のよく知るフランチェスカの制服。
顔を見れば、少しくすんだ金髪に、強い殺意を込めた射抜くような瞳。
「見つけたぞ、北郷・・・」
「左慈・・・」
「ははは、何の因果か。俺は、『天の御遣い』として劉備に拾われた。
お前がかつての外史で辿った道をなぞるかのようにな。
この外史に降り立ち、目が覚めれば既にこの格好だ」
「ご主人様っ!」
「お兄ちゃん! 下がるのだ!」
「心配いらん。お前たち二人でも俺を倒すことは出来んだろうが」
ぶっきらぼうな言い方だけど、どこかに優しさを含む声色。
怒りの一面しか知らなかったが、こいつはこんな言い方もできたのか。
「しかし!」
「雲長。こいつは・・・北郷だけは、俺の獲物だ。誰にもやれん。
だから、他の奴を止めろ。お前らなら、出来るだろう?」
「・・・はっ! 必ずや!」
「それなら任せておくのだ!」
愛紗と鈴々たちに信頼を寄せられているのが、良く判る。
どこか寂しさを感じながら、ただ、いずれこの世界を去る俺に、
そう思う資格が無いことも、ちゃんと判っている。
俺は、一人を選び取ってしまったんだから。
記憶を奪われていたから、そんなもの言い訳にならない。
華琳を一人の女性として幸せにするため、俺は今、代償を払っているんだ。
「・・・ふんっ、甘ちゃんだった前回とは違うか。ムカつくが、良い眼になってやがる」
「そりゃどうも・・・。お前もとんでもなく強くなったって聞いてるよ」
愛紗、鈴々の動きに合わせて、貂蝉、華琳が封じるように動く。
風、稟が素早く応急手当てを済ませ、星が俺の横に立つ。
左慈がいつでも蹴りを放つことができる姿勢に移行し、俺は対するように、模擬刀の柄に手を添えた。
「星、本当にごめん。軽率過ぎた」
「私が油断したまでのこと。お気になさらず、主」
反対側には、于吉。感情を無理やり押し殺しているような、能面のような表情。
「于吉、約束だから、行ってもいいんだぞ」
「・・・女性に不器用ながら優しさを見せる左慈を、私は見たことがありません。
長らく共にいる私には、欠片も見せたことが無いのに・・・。不器用なあんな笑顔だって・・・っ」
「・・・于吉?」
「私は復讐の鬼となり、北郷どのを殺す為だけに牙を磨き、
他の者は一切目に入らない、視野狭窄な左慈が好きだったのに・・・」
「お~い?」
「放っておけ。変態が嫉妬してるだけだ」
容赦ない左慈の痛撃言語に、俺は確かにぷちっという音を聞いた。
そう、堪忍袋の緒が切れるって感じの・・・。
「・・・ほぉんごぅどの」
「は、はい!?」
于吉でありながら、于吉ではない何か。
声を聞いた瞬間、俺は本能的に後ずさっていて、星は俺を庇うように前に出ていて。
左慈だけがどこか楽しそうに、口元を歪めていた。
なんで怖くないんだよ! 武人の域に達した人って皆こんなのなのかよ!?
つーか、発言内容がとち狂ってるし・・・。
「こんな強さを手に入れたが上に、器まで大きくなった左慈は、私の愛する左慈ではありません。
思い通りにならないなら、いっそ殺してしまえ不如帰と良く言います。壊してしまって下さい。
両腕両足を切断して、肉の塊にして頂いて結構です、
くくくくく・・・そうすれば、再教育も容易いというもの・・・」
黒い氣が于吉の全身を揺らめくように覆っているのが、俺にもくっきり見える。
貂蝉なんかの禍々しさも目じゃない。その情念で人を殺せる、絶対。
華琳や愛紗たちも、この怨念を感じ取り、戦闘を一時中断。こちらへ向かって駆けてくる。
「于吉。管理者としての能力を全て、武に注ぎ込んだ俺が、北郷に後れを取るわけがないだろう?」
「ふ、ふふふ、ええ、存じてます、存じてますよ!
ですので、北郷どのを強化します。格下と認識する彼にやられるのも乙なものでしょう?」
「そんな隙を与えるとでも思うか!」
喉を狙った、星の突きと寸分劣らぬ早さの前蹴り。
避ける間もなく、于吉の身体が宙に吹き飛び・・・砂塵になって消えた。
・・・まずい、残像しか見えなかった。
星も含めて、この大陸の武将に本気を出されたら、俺は相も変わらず瞬殺される。
肝にもう一度しっかり命じておこう・・・。
「・・・お得意の擬態というわけだ」
「でも、あの氣は俺でも判るぐらい、身体から溢れてたぞ・・・?」
・・・そんな俺の疑問の回答はすぐに、俺の耳元から聞こえてきた。
「影にすら影響するぐらい、私の氣が大きかったということですよ」
「ひぃっ!?」
「なんと!?」
星すら、すぐ傍にいることに気付かなかった。驚くが早いか、于吉は俺の額に指先で押さえて───。
「では、早速。経絡解放、発!」
「于吉、主に何をっ!」
「ドーピングですよ、ふふふ・・・」
「どーぴんぐ?」
「ふん、無理やり体内の氣を活性化させたか」
うわぁ、これすごいぞ。身体がむちゃくちゃ軽い!
軽くステップを踏むだけでも、自分が予想も出来ない速度で移動できる!
「・・・そういうことです。まぁ、術の効果が切れれば、一気に全身筋肉痛が襲ってきますがね。
一日はまともに動けないでしょう」
・・・え? ちょっと待て、なにその地味に嫌な代償。
「ん? 気脈の操り方など武の心得があれば、無意識にでも使っているものであろう?」
「・・・子龍どのほどの武人なら、可能ですよ。ただ、普段の北郷どのの武はあくまで、兵卒よりは強い程度。
自分で意識して扱うなど、夢のまた夢」
「元譲どのの攻撃を五合とはいえ、受け切っているのに?」
「今までの修練、加えて防衛本能が働いた結果です。意識して氣の活性化は出来ますまい。
まして、相手は左慈。防衛本能が働く前に殺されてはたまらないでしょう。
それに、将には及ばぬとも、日々修練を欠かさない北郷どのですから、筋肉痛程度で多分済むわけで」
「・・・ちゃんと鍛えてなかったら、どうなるの?」
「筋繊維がずたずたになり、二度とまともに動けなくなるでしょう」
「ちょっとまてぇええええええええええ!!! おまけにさっき『多分』って言った! 推測だろ!
俺の自由意志はどこ行った!」
「死ぬよりマシですぞ、主。それに動けない身体になったのならば、華琳どの達はいろいろ安心するのでは?」
いい笑いだな、星に于吉! 特に于吉はちょっと溜飲下がったみたいな、意地悪く嬉しそうな顔しやがってからに・・・。
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前回のあらすじ:雛里、完全陥落。華琳は嫉妬や恋心に揺れる恋姫たちを見ながら悦に入るのだった。
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短くて、ごめんなさい。
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