No.237471

ピースプログラム1-1/36

小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。1-1。 2000年ごろに書いたものを直しつつ投稿中。

2011-07-28 02:44:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:206   閲覧ユーザー数:202

 口笛の音。

灰色の街を見下ろす小高い岡の公園。

夕暮れが縦鉱跡を朱に染める。

 

「…」

 

 切り立った崖の手前の芝生で、両の手をポケットに突っ込んだまま、一人の少年が空を見上げていた。

仰向けに寝転がった真新しい学生服は一般的な中学のものだ。まだ暑い夏だというのに長袖のカッターシャツを着ている。

ぼうっと、呆けたように空を見上げる。

何を考えているのか、何も考えていないのか、もうかれこれ一時間以上こうしていた。

移り行く空のカーテンと風に揺れる木のざわめきだけが、静かな時間の流れを装っている。

 

「…?」

 

 少年がふと目を凝らす、左手をポケットから取り出し、両方の目をこする。

 

「…?」

 

 星空の一点が揺らいで見えた。手をついて体を起こす。

 

「ひゃ!」

「げこ」

 

 少年の腹の上に大きなリュックサックが降ってきた。いや、大きなリュックを背負った女性だ。

咄嗟に力を入れていなければ内臓破裂していたかもしれない。

 

「あれ?どこ?ここ?」

「…」

 

 女性は少年の上に座ったまま、手にしていた紙とコンパスのような機械を見比べていた。

 

「…転送位置がずれてる。何でだろ?」

 

 少年は呆然と喋るリュックを見ていた。

中空から染み出すように現れ、自分の上に降ってきたリュックは不思議そうに首を傾げていた。

 

「座りにく…い!」

 

 女性は人の上に座っている事に気づき、振り返りながら飛び退く。

 

「わ!」

 

 異口同音。振り返った後ろは崖だ。すでに後ろに跳んだ足の下に地面は無い。

十数メートル下は岩場だ。

 

「!」

 

 少年は咄嗟に体を起こし、右手で女性の左手を掴む。

 

「うぉ!」

 

 リュックサックが予想以上に重たく、少年の体まで引っ張られる。

 

「痛!」

「ぐぇ!」

 

 少年が崖の淵に腹ばいになり、右手一本で女性を支えていた。

崖は逆方向に反っていて、足場になるところは無い、少年はその事も熟知していた。

 

「リュック、ワレモノ、入ってる?」

「う、うん…」

 

 少年は大きくため息をつく。

ついで歯を食いしばり、左手を崖の淵に持ってくる。

 

「…く…ぐ…く!」

 

 右腕のすさまじいまでの力で女性を引き上げ、左手で自分の体を支える。

女性の右手が崖の淵にたどり着き、体を引き上げようとすると、余った力がぐいと二人を芝生に引き倒す。

 

「げこ」

 

 少年は再び女性に押しつぶされた。

 

「ごめん!」

「…っか!」

 

 女性が飛びのくのとほぼ同時に、少年は右手を抱えてうずくまる。

食いしばった歯を剥き出しに、左手で右手首を掴み、顔を歪ませる。

 

「ぐ…ぅぅぅ…く…」

 

 女性は訳がわからないといった様子で、少年の右手を見る。

夕暮れや状況が重なって気にならなかったが、いびつに歪み、人間の肌の色をしていない。

 

「!…それ…」

「…ぐ…!」

 

 ビキと小さな音がして、少年の食いしばる歯が欠ける。

 

「がぁあああああ!」

 

 少年は右手を抱え、絶叫のままのた打ち回る。

 

「ちょっと!ちょっと待って!」

 

 女性はリュックを下ろし、奥のほうから小さなビンに入った液体を取り出す。

 

「右手!貸しなさい!」

 

 女性は体を使って少年の体を押さえつけ、小ビンの中の液体を右手に塗りたくる。

 

『我が手に掴みし結い堅き意思を解き放たん!』

 

 少年には聞き取れない言語を叫び、中空に淡く光る模様を描く。

 

『エラ・マース・ハルマ・ドーナ!』

 

 締めの言葉を唱えると、少年の右腕全体から赤い靄が立ちあがり、液体の入っていた小ビンの中に吸い込まれていく。

 

「ふぅ…」

 

 女性は少年の上で脱力する。

 

「…」

 

 少年は再び女性を呆然と見ていた。

 

「右手、まだ、痛む?」

「…いや」

 

 少年からは女性の体が邪魔をして、自分の手を見る事ができない。

 

「…何があったか知らないけどさ…自分を憎むの、もう止めなよ…」

 

 女性は少年の顔を見ないまま、ぽつぽつと言葉を発する。

 

「…」

 

 少年は痛みの無くなった右手を持ち上げ、女性の体越しに視界に入れる。

じっと眺める。すでに暗くなっていて、よく見えない。

 

「…」

 

 女性は少年の上に倒れたまま、すぐそばに落ちていたリュックからランタンを取り出し、火を入れる。

 

「…なおってる…」

 

 ランタンの優しい明かりに照らされた少年の手は昔の、きれいな少年の手に戻っていた。

はだけたシャツ袖の下には日に焼けていない人間の腕がある。

 

「あんたは…なんなの?魔法使いか何か?」

「…」

 

 女性のランタンを持つ手が倒れる。衝撃でランタンの火が消える。

 

「大丈夫?」

 

 女性は既に寝入っていた。


 
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