「さて、明日お互いに出立するわけだから、そろそろ休むべきだけど、もう一つだけ、聞きたいことがあるわ。
答えられる範囲で構わないから」
「なにかな?」
「蘭樹の得物のこと。
私の『絶』に瓜二つだけど、柄の部分の意匠がまさかと思うものであったり、刃の部分の光沢が違ったり。
どうしても聞いておかないといけない部分もあって、やっぱり、気になるのよ」
「おぉ、それは私も気になっていたぞ! ぜひ聞きたいものだ!」
「もし、構わないのなら、私も聞きたいな」
夏候姉妹も気になっていたようだ。・・・そりゃ当り前か。
「そりゃそうか。蘭樹、話せる範囲で、話してもらってもいい?」
「ええ。稟も風も気になっているようだし」
俺の意を受け、『陽』を大事そうに手に取った蘭樹は静かに語り始めた・・・。
外史への跳躍が迫りつつあった、ある日のこと。
家に戻るなり、俺と華琳は『婆ちゃんに道場に呼び出される』という、珍しい経験をしていた。
婆ちゃんがお茶に、とか。爺ちゃんが道場に、とかは良くあること。
ただ、このパターンは正直、生まれて初めてのような。
「なんで、道場なんだろ」
「お婆さまの雰囲気と、どう考えても結びつかないわよ」
道場に向かいながら、俺と華琳は婆ちゃんの意図を考えているが、どうにも思いつかない。
普段の、大和撫子を地で行く婆ちゃんのイメージと、あまりに場違いな指定場所。
「お、一刀に華琳。お主らも呼ばれたのか」
声の方角を振り返れば、同じ方向に向かっている爺ちゃん。・・・あれ? なんで岩なんか抱えてるんだ?
「お爺様! そんな大きな岩なんて、一刀が持ちますから!」
「そんな重くはないぞ?」
・・・いや、明らかに重そうだし、なんで俺が持つのが前提なのか、とか突っ込み所満載だけど。
「爺ちゃん、俺が持つ。さすがに恰好つかないしさ。道場だろ、持っていくの」
「じゃあ、ほれ。そっちから、まずは腕を回せ」
岩の凹凸のくぼみにしっかり手をかけて、態勢を整えて受け取・・・重っ!?
いや、なんとか持てるのは持てるんだが、爺ちゃんみたいにあんな飄々となんて、無理! 絶対無理!
「な、んで、あんな軽々そう、にっ・・・!」
「大丈夫か、一刀? 無理して恰好つける必要はないぞ?」
「あら、それぐらい、なんてことないわよね、一刀?」
二人して煽りやがって・・・ここで折れてなるものかぁ! 腕の限界が来る前に、走り抜けるのみぃいいい!!!!
「あら、まさか駆けていけるとは思わなかったわ。・・・ちょっとは見直してあげようかしら」
「負けん気が強いからの~。意地になって、意外に力を出す時があるわい」
「お爺様がこの一年、しっかり鍛えた成果が出ていますから」
「華琳にそう言ってもらえると、嬉しいわい。
向こうで、華琳の足手まといだけにはならんように。そう思ってやってきたからの」
「・・・大丈夫です。一刀は、眩しいほどに成長を遂げています。私が見て、羨ましいほどに」
・・・後ろでそんな会話があったなんて、もちろん判るはずもなかった。
「揃いましたか。一刀の息が整ったら、はじめましょうね」
道場で待っていたのは、道着姿の婆ちゃん。ぜぃぜぃ肩で息をしながらも、俺の違和感は広がるばかり。
婆ちゃんの身体は正直そんなに強くなくて、無茶がきかないとガキの頃から言われてきた。
だから、余計に大和撫子みたいな印象が強くなるんだけど。
「待ってよ、婆ちゃん。何するつもりなんだよ、そんな格好して。爺ちゃんも止めてくれよ」
「せ・・・政子(まさこ)が決めたことだ。わしは・・・見守るのみじゃ」
んな辛そうに言うなら、力づくで止めればいいのに、と思う。
拳をそんなに強く握りしめて耐えるなんて、爺ちゃんらしく、ない。
「・・・お婆様」
「華琳さん。ただ一度しか、お見せできないと思うから、一刀と一緒にしっかり見届けて下さいね」
「婆ちゃん! そんな、道着着て動いたりしたら、ぶっ倒れて、下手したら入院ってことにもなりかねないんだぞ!?」
「だから『一度だけ』なのよ、一刀。貴方と華琳さんが、外史に旅立つ前の今、見せておかないといけないの」
「え、婆ちゃん、今、何て・・・」
「・・・貴方たち二人が、外史に旅立つ前にね。見せたいものがあるのよ」
そう言って、穏やかに婆ちゃんは笑顔を見せた。『外史』という言葉を、迷いなく口にした。
華琳の存在は、爺ちゃんの古い知人から預かった娘、だったはずだ。
少なくとも、父さん母さんはそんな認識で。婆ちゃんにもそう話していると聞いていて、
また爺ちゃんの無茶振りが始まった、と皆で笑って。そうだよ、婆ちゃんも一緒に笑ってたのを覚えてる。
「やめてくれよ、婆ちゃん・・・それに、なんで外史って知ってるんだよ」
「ごめんなさいね、一刀」
優しい婆ちゃんが、あんなに苦しむ顔はもう見たくないんだ。ガキの頃に何度か見た、苦しげに歪む、婆ちゃんの表情。
思わず声をかければ、必死に微笑んでくれる、あの顔。
「あなた・・・いえ、『忠能』。面倒をかけますが、お願いしますね」
「・・・『統華(とうか)』。これ以後は、決して認めんからな。曾孫を共に抱くまで、死ぬことは絶対に罷りならん・・・!」
「ええ、あなた。では、私の最後の雄姿、しかと見届けて下さいませ」
大岩を前に、静かに婆ちゃんは進み出た。そして、そのほっそりとした腕の先には、どこか見覚えのある、大鎌の姿。
「・・・『絶』!?」
「違うわ、一刀。あれは似て非なるモノ。あの意匠はね、史記で謳われた、過去の覇の象徴・・・」
「ええ、華琳さん。この武器の名は『陽』。あまねく大地を照らす光・・・日輪を模した名前。
かつて、大陸の戦乱を収めんと、七国の統一を掲げた王が自らが振るう得物とした」
そこに立つのは、俺が知る婆ちゃんではなく。
「我が名は『贏政(えいせい)』。真名は『統華』。かつての秦王。大陸の統一者。後世の人は、我を『始皇帝』と呼ぶ」
・・・覇気をまとう、絶対的な王の姿。弱弱しげに儚く微笑む婆ちゃんの姿は、かけらもなかった。
~あとがき~
「統華」=「桃香」のご先祖様=劉邦、ってコメントを頂いたので、これは追記しようかな、と。
たぶん、婆ちゃんについては深く描くことはないので。
それは、爺ちゃん=忠能の外史ですから。
この外史のファクターが桃香なら、迷わずそうなるんです。
読み方もなにもかも、すごくしっくりきますし。
ただ、この外史のヒロインは華琳なんですね。
だから、あえて婆ちゃんは「始皇帝」になってもらいました。
雪蓮がヒロインだったとすれば、婆ちゃんは「項籍」だったでしょう。
婆ちゃんの真名は正直、悩みまして。半日それだけで悩んでました。
結局、統一者の「統」、華琳の「華」の文字を使うと決めて。
読み方が「とうか」になったのは皮肉ですね。綺麗な読み方考えたらどうしてこうなった。
・・・あ、うん、なんかルート決まった。
改変しまくることになるでしょうが、乗る筋は決まりました。
金華琳には泣いて頂きましょうか。黒華琳は喜んでいじめそうな絵が浮かぶのが怖いです。
さて、また、ちまちま書いていきますので、
駄文ながら、楽しんでいただけると幸いです。
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現在に舞い降りた華琳は、かつての王を仰ぎ見る───。
ちなみに、特殊文字の兼ね合いで、お婆様の本当の姓は表記しにくいため、当て字を使用しました。ご了承ください。
独自の真名を考えたのは、初めてなんですが、どうにもこうにも他の作者様の作品群と被ってる危険性がむんむん・・・
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