邑の外に移動してほどなく。二人の華琳はお互いの大鎌 ─ 「絶」と「陽」を激しく打ち合わせ始めた。
「得物まで同じとは、本当に癪に障るわね・・・っ!」
「どちらが本当の使い手かわかるというものよ」
ブンっ・・・! ガキンっ! ギンっ!
大鎌が風を切る音、斬撃の音が派手に響く。俺もなんとか今は目で追えるけれど、
多分、まだ二人にとっては準備運動。だって、笑ってるから、どちらの華琳も。
が、俺や秋蘭たちがお互いの自己紹介を終えて、
春蘭の思いがけない一言に、俺自身の頬を伝う熱いものに、二人が気付いた後。
二人の覇気が一気に膨れ上がった。
「わかったような口を・・・聞くなっ!」
「ぐっ・・・っ! ああああぁ!」
覇王の『絶』が怒りと共に、一人の女性となった華琳の身体を両断しようと襲い掛かる。
威力、速さ。共に申し分のない、本日最高の一撃であるその衝撃を、
身体を弾き飛ばされながらも、華琳は「陽」の柄であえて受けきってみせた。
だけど、今の衝撃は。意地で顔に出していないけれど、激痛が走っている、とわかって。
「華琳っ!」
叫んでしまっていた。同時に駆け寄ろうと、身体が勝手に駆け出そうとして。
そんな俺を、蘭樹を演じる華琳は、微笑みだけで止めてみせた。
「(大丈夫、信じなさい)」
天の世界で過ごすようになってから、見せるようになった表情。
俺の全てを慈しむような、そんな優しい、華琳の女性としての笑顔。俺は、それだけで動きを止められた。
「まさか、真名まで一緒とは・・・」
「その話は後。今のは・・・本当にいい攻撃だった。今ので、腕骨にヒビが入ったかもしれない。
ただ、貴女は一刀両断できる手応えだったのでしょうけど」
「・・・・・・」
何も言わずとも、覇王・華琳の表情がそれを肯定している。そう、絶対の手応えだったはずだ。
黒の華琳は、静かに構えた。では、届かなかった理由を、人生の先輩として教えてやろうではないか、と。
「・・・私はね、誓ったのよ。自らの身勝手で、想いで、せっかく手に入れた平和を手放した!
その業を共に背負うと言ってくれた一刀の想いに、私は自らの全てを賭けて応えてみせると!」
「なっ・・・!」
「覇王の道を歩こうとする者よ! 大陸に平穏をもたらさんと、絶対なる孤独に身を置こうとする者よ!
今から振るうは天の差配! 己の意志を貫き通そうとするのなら、見事、耐え切ってみせよ!」
未来の華琳から、これから困難な道を歩む華琳へ。その覚悟を問う一撃が、振るわれる。
ヒュンっ・・・! ガキィィィィィンっ!
大鎌を振るったはずなのに、風を切る音は、おそろしく鋭く。
覇王・華琳は「絶」で見事受けてみせたものの、身体は衝撃のあまり大きく吹き飛び、
次の瞬間には得物もろとも、地面に叩きつけられていた。
「がはっ・・・!」
「叩き切ったつもりだったのだけど。自分の天祐に感謝するのね」
実際には、踏ん張って、同じように受けきってみせるつもりだったのだろう。
ただ、蘭樹たる華琳は、忠能から一撃必殺の闘い方を学んでいた。
その斬撃の重さに、小柄な体格である、この世界の華琳が吹き飛ばされ、結果、傷が浅く済んだのだ。
『二の太刀要らず』・・・島津家の分家たる、北郷家にもその精神は脈々と受け継がれ、
いまや継承者の一人として、蘭樹はそれを体現してみせた。
「ただ、その得物は鍛え直しておきなさい」
傷が浅く済んだ理由の一つ、柄の部分が変形した『絶』。それは、華琳の代わりに犠牲になったようにも見える。
この世界の華琳も、天に愛されている。
その事実にどこか安心した、蘭樹の身体はゆっくりと膝をつき・・・かけたが、
俺は迷わず動き、しっかりとその細身を受け止めた。
そして、この世界の華琳の側にも、夏候姉妹が駆け寄り、静かに彼女の身を助け起こし、支えていた。
「この勝負、これまで」
趙子龍の宣誓にて、二人の華琳の一騎打ちは幕を閉じたのだった。
「しかし、まさか真名まで一緒とは・・・説明が無ければ、斬り捨てているところだったぞ」
「ふと、我に返った瞬間、一撃浴びせてきた元譲さんが言う?」
「ちゃんとお前は、私の一撃を受け止めたではないか。だから問題ない」
「いやいや、あとニ合打ち合ったら、俺の首が飛んでるから」
そりゃ、春蘭からしたら、突然自分の主君の真名を呼んだようなもので。
二人の華琳が止めに入ってくれてなけりゃ、間違いなく命は無かった。迂闊過ぎる、という御遣い華琳の視線が痛い。
闘い終わって、華琳から是非にと、天幕に誘われ、俺たちは食卓を囲んでいた。
星もどこからともなく、皆で飲むための酒もしっかり確保しており、どこか和やかな宴会の風景となっている。
「しかし、主。あの猛撃を三合も受けられるようになるとは成長しましたな」
「それがやっとですってば。これまでの(ループの)経験と修行が多少は生きた結果だけど、
この世界の将の武ってほんと、飛び抜けてるよ」
「いや、姉者の太刀を三合でも受け止めてみせる男を見たのは初めてだ」
「今まで鍛えてくれた仲間がいたからね。ただ、なんとか見えるようになっても、
身体の動きがとてもじゃないけど、追いつかないよ」
目で追えるだけ、お兄さんも十分すごいのですよ、と風。
『蘭樹』の腕の応急処置・・・添え木なんてどこから持ってきたんだか、をしながら、稟もそうですね、と笑っている。
「まぁ、大口叩く以上はね。これぐらいはやってみせないと」
「私が自身の覇道に縛られ、道筋を失いかけた時、全力で私を止めてみせる、だったわね?
どんな手を使ってでも、私が私らしく、覇道を歩んでいけるように」
「・・・いや、恥ずかしいから、ほんと、そっくりそのまま繰り返して言うのは勘弁して下さい」
かりんのこうげき! かいしんのいちげき! かずとにおおきなダメージ!
「自分で言う時は何も意識していないのに、普段からいかにこっ恥ずかしいことを口にしているかということよ、ふふ」
らんじゅのついげき! かずとはきずをさらにえぐられた! かずとはたおれてしまった!
「お兄さんを倒すには、言葉で十分ということですね~」
飴に杯という、どう見ても異質な取り合わせを楽しんでいる風は、ほんと楽しそうだ。
「さて、大体、話は聞かせてもらったわ。蘭樹に私と同じ得物と真名があるのは、本当に驚いたけれど。
天の世界の決まりで、正体についてはあまり詳しいことは言えないのね?」
「・・・なんか、天の御遣いって前提で話が進んでいるけど、そういう理解で間違いないよ」
天界のルールで蘭樹の正体について強く触れれば、世界が崩壊しかねない。そういう言い方をしたのは、事実だった。
「まぁ、いい女には秘密のいくつかはつきものと思えば、納得もできるから。時に、一刀。本当に私の元で働く気は無いの?」
「・・・少なくとも、今は。しばらくは外側から、孟徳さんを支える動きが出来ればいいな、と考えてる」
これは、一度歴史をなぞった華琳たちと話し合って決めたこと。
俺たちの目標は、出来る限りすみやかに三国鼎立の情勢にもっていく。
そして、その間に起こりうる、馬騰さんの自殺であったり、祭さんや雪蓮や冥琳が志半ばで力尽きるような、
知り得る悲劇を力の及ぶ限り、断ち切ること。
強制帰還が決まっていると知っている俺だから、王として三国を統一する道は、選びようがなかった。
「まずは知識だけでもと思って、話せるだけ話してみたけど、使えそうなものはあった?」
「屯田制はすぐにでも組み込むわ。安定した食糧供給ができれば、我が軍の力は飛躍的に上昇する。
興味深い事例はいくつもあったから、あとは技術者の確保とか、そういう部分でしょうね」
政事を語る華琳の姿はいきいきしている。
天の知識をいかに有効活用してみせるか、覇王の頭脳はフル回転しているのだろう。
「群雄割拠の時代がもうすぐ来るその前に、俺たちはもう少し諸国を今のうちに回っておきたい。
今しか出来ないことだと、思うから」
「それを最終的に、私の為に生かすのなら、認めましょう。ただし、一刀、覚えておきなさい」
たとえ、敵に回ろうとも、貴方は必ず手に入れる、と。
~あとがきの落書き~
「くっ、私の胸は残念ではありませんっ、一刀殿」
「いや、十分に着痩せしてるだけだろ、っていうかなに」
「なに・・・な、に・・・72とは失礼ですよ、一刀殿! 発言を撤回して下さい!」
「わはは~。閣下たるわらわは蜂蜜水が大好きなのじゃ~。真のあいどる?になるためにも、毎日の歌練習は欠かさないぞよ」
「あらあら、仕方がないわね、は・・・お嬢様~。1日三杯までですからね~」
「しかしいつから七乃は方向音痴になったのじゃ?」
「裏設定だから仕方ありません~」
もちろん続かない。
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戦闘描写・・・ふふふ、書いたこと無いっていうね。
だから、せっかくのW華琳さまの見せ場が台無しですよ、ゴメンナサイ。
とりあえず、短いですが今回はここまで。
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