「ツン!恋姫夢想 とある外史のツンツン演義」
「第八話。刀は義を宿し、清らかな音を守るのこと~後編~」
【詠視点】
石畳の冷たい感触が、床に敷かれたござを挟んで、ボクの体にジンワリと伝わっている。その小さな部屋を囲んでいるのは、床と同じ石造りの壁と鉄格子。…そう。ボクたちは今、罪人を捕らえておくための石牢の中にいる。
「……で?これからどうするわけ?」
「……どうもしないさ。今の俺たちに出来るのは、ただ待つこと。それだけさ」
あっさりと。床に座って壁に背を預けながら、北郷はただ静かにそういった。昨日のあの一件―、街の兵士たちに理不尽な因縁をつけられていた、陳宮と名乗った貧民街の少女。その彼女を助けるために兵士たちに抵抗したのがそもそもの原因なんだけど、どう考えたって非はあの兵士たちの方にあるにもかかわらず、僕たちはほとんど問答無用で拘束され、まともに話も聞いてもらえることも無く、この石牢へと放り込まれた。
「……ただ待っているだけって、そんなんでどうにかなるって言うの?……荀彧たちを当てにしてるとでも?」
「ま、そういうことだな。桂花のやつは、口は悪いが頭はかなり切れるからな。今頃は思春と二人で私たちを助け出す算段をしているはずさ」
僕の正面で壁に背を預けて立っていた魏延が、僕の北郷に対する質問に、彼の代わりとでもいうかのようにそう答えた。
「……北郷。あんたも魏延と同じ意見なわけ?」
「ああ」
「……信じてるんだ、あの二人のこと」
「そういうこと。だから俺たちに今できることは、彼女たちを信じて体力を温存しておくことだけさ。いざって時に備えて、ね?」
にこ、と。そういって笑ってみせる北郷。……そっか。荀彧ってそこまで彼に信頼されてるんだ。……ちょっとだけ、羨ましいかも。あ、あくまでもちょっとだけよ!ちょっとだけなんだからね!分かった?!……って、誰に言い訳してんのかしら、僕。
【桂花視点】
思春に軍資金を渡し、いくらかの人手を集めてもらうように頼んだ後、私は陳宮の案内で新野の街の貧民街へと、その足を運んだ。街の辻には結構な数の人が座り込んでいる。誰も彼も、生きる希望を失っている、そんな目をして。
「……思っていた以上に酷い有様ね。ねえ、陳宮?街からの物資の支援とかって、どれくらい滞っているの?」
「……半年近く」
「ッ?!」
半年。それほどの長期間の間、ここに住む人たちは何の手当ても受けられていないっていうわけ?住むところも着るものも、食べるものもほとんど無しに、放置され続けたっていうの?……そんなの惨すぎる。せめて食だけでもまともに取れなければ、働いて生活を成り立たせることすら出来やしない。なのに、今の太守はこの状況を放ったらかして、自分だけ良い目を見続けているっていうの?!
「……一刀達を助け出すのもそうだけど、ここの人たちも何とか助けられないものかしら……」
ぽつりと。そんな事を小声でつぶやく私。……この、貧民街に住む人たちを助けるためには、誰かしらまともな人間が太守につくしか手は無いと思う。そのために一番手っ取り早い方法は、荊州の牧たる人物にこの現状を訴え、今の太守を断罪してもらうこと。……なんだけど。
「……陳宮は荊州の牧の事は知っている?」
「一応知識としては知っているのですが、実際に会ったことはさすがに無いです。ただ、人づてに聞いた話では、現・荊州牧の劉表という人物は、只の凡人だそうですぞ」
「凡人?」
「はいなのです。政も一応こなしてはいるようなのですが、必要最低限の事しかしないそうなのです。とはいえ、この街に時々来る行商人から聞いただけの話なので、どれほど信憑性があるか分かりませんが」
……つまり。下から上がってくる書類の決裁なんかも、細かいところまでは見ていない可能性もある、と。軍備であれ人事であれ、碌に自身の目で確かめもせず、ただいわれたままに印を押している公算が高いってわけだ。……腐ってるわね、本当に。
「……牧が当てにならない以上、他の手段でここの太守を変えるしかない、か」
「そんなことが出来るのですか、荀彧どの!?」
あちゃ。ちょっと声が大きかったか。……ま、仕方ない、か。一応、この娘にも話して、後で協力してもらおうかな。……もっとも、その手段を使っちゃったら、私は一つの夢を完全に捨てることになるけど。それに、彼自身の意思も確認しなきゃだし。
そんな事を二人で話しつつ、私たちはとある場所に辿り着いた。一刀と焔耶、そして賈駆の三人を助け出すための策。それを遂行するため、私たちはここを確認しに来たのだ。新野の城内へと通じている、貧民街ゆえに修復されずに放置されていた、この抜け道を。
「……これで後は、思春が合流してくるのを待つだけ、と」
もうそろそろ。予定では彼女たちが行動を起こしてくれる時間のはず。……頼んだわよ、思春。
【思春視点】
「よし。これで全員そろったな」
私の目の前に並ぶのは私の昔の仲間たちと、例の軍資金でもって集めた、この町の現状を憂いている有志たち。その中の一部は、この街の兵士たちと同じ出で立ちで居る。兵達の中にも居る、この街の現状をどうにかしたいと思っている一部のものから、彼らが借り上げていたものだ。
「それで姉御。俺達はこれから?」
「まずは三手に分かれる。一方はまず街中のあちこちに散らばり、街の者達に反乱の声を上げるよう声をかけて回る。その間に、一方は政庁の前で思いっきり、太守への不満の声を上げるんだ。そうすれば」
「確実に兵達が鎮圧に乗り出してきますぜ?」
「そうだ。とはいえ、さすがにこちらの数が数だ。鎮圧には相応の時間がかかる。お前達がどれほど抵抗できるかにもよるがな。だが、そうして声を上げるものが出れば、これまで我慢に我慢を重ねてきたものたちとて、その腰を上げようとするはずだ」
例の軍資金で集められた手勢の数は、およそ八百ほど。正直思っていた以上に数を集められた。銭金よりも、街の今の状況を何とかしたい、と。そう思っていた者達が、進んで協力してくれたためだった。
「なるほど。町中の人たちが俺達に同調してくれれば、時間もさらに稼げるというわけですね、姉御」
「……だから、もう姉御はよせと言っているだろう?……まあいい。今は何より策を成功させることのほうが先決だ。そうして囮組が太守たちの気を引いているうちに、私と兵士に偽装した者たちで城内に進入。北郷たちを救出し、あわよくば」
横暴を働いている現在の太守を捕まえて、民たちの前に引きずり出す。後のことは、民たちの判断に任せれば良い。それ以上、ここで首を出す必要は無いだろう。桂花のやつは、私とは別の考えを持っているようだが、私はそう思っている。
「よし!それではすぐに行動に移る!ただし暴動班は決して無理はしないように。無理だと判断したら即座に撤退するように!では、解散!」
『応!!』
【一刀視点】
それが始まったのはすぐに分かった。牢の中で静かに時を待っていた俺たちの耳に、激しい怒号が頭の上から聞こえてきた。
「……始まったかな?」
「え?」
「激しく走り回る足音がたくさん聞こえる。何か騒ぎが起きたようだが……一刀、これはもしかして」
何の事か分からないといった表情の賈駆さんと、俺と同じようにそれを聞きとることが出来た焔耶が、それぞれの表情を顔に浮かべて俺のほうを見る。
「賈駆には聞こえなかったか?どうやら政庁の外で何か騒ぎが起きたようだぞ。おそらくは、桂花あたりが仕組んだ策の一端だと思うが……どうだ、一刀?」
「ああ、俺もそう思うよ。そうなってくると、そろそろこっちにも動きが」
焔耶のその読みに応え、俺がそう返したそのときだった。牢の見張り役を勤めている兵士のところに、別の兵士が慌しく上から駆け下りてきた。
「おい!街で暴動が起きたぞ!結構な数がそれに加わっているから人手が足りん!お前もすぐにこちらに合流しろ!」
「い、いやしかし、ここの見張りは?」
「そんなもの、鉄格子があるんだから逃げられるはずが無いだろう!今は外の騒ぎを収めることが何より先だ!ほら!さっさと行くぞ!」
「わ、わかった!」
ばたばたと。そんなやり取りをしてから、大急ぎで上に上がっていく兵士たち。その去り際、見張りの兵士を迎えに来た方の兵が、こちらを見て小さくうなずいたのを、俺たちは見逃さなかった。
「気づいたかい、二人とも」
「ええ。さすがに僕も気づいたわよ」
「もちろんに決まっているだろう?」
数時間ぶりに笑顔を見せて応える二人。そして、彼女が地下に駆け下りてきた。
「一刀!無事!?生きてる!?」
「桂花!」
猫耳のついたフード付のパーカー。それを着た小さな少女が、必死の形相で俺たちの居る牢に駆けてくる。普段は少しきつい態度の彼女が、今にも泣き出しそうな顔をしている。……心配かけちゃったな、ほんと。
「ごめんな、桂花。心配かけちゃっt」
「……この馬鹿!人が良すぎるにもほどってものがあるでしょうが!大体あんたは女と見るとだれかれ構わず優しすぎるのよ!もうちょっと頭を使って動いたらどうなのよ、このどスケベ魔人!」
「……え……っと。その……ごめん」
その瞳を涙で潤ませながらも、俺に向かってそう叫ぶ彼女のその迫力に、思わず謝ってしまった。
「……痴話喧嘩なら後でしてくれない?」
「そうだぞ桂花。早いところここの鍵を開けてくれよな」
「だっ、誰が誰と痴話喧嘩なんかしたっていうのよ!?私はただ本当のことを……ッ!!」
「桂花どの?それは良いからそこをちょっとどいて欲しいのですぞ。鍵が開けられないのです」
ひょこ、と。桂花の背後から顔を出したその少女。たしか、陳宮……だったっけ?
「音々音……わかったわよ」
そういって、不承不承といった感じで少しはなれる桂花。ていうかこの二人、いつの間に真名を許しあったんだ?字は分からないけど、ねねねっていうのは、多分陳宮ちゃんの真名なんだろうし。
「北郷どの、ご無事で何よりですぞ。ついでに魏延と賈駆も」
「ちょっと!僕たちはついでなわけ?!」
「お前……泣かされたいのか?」
「ま、まあまあ二人とも、それぐらいで……。陳宮ちゃんだって悪気は」
「音々音ですぞ!恩人である北郷殿にはねねの真名を許すのです!ぜひとも北郷殿の真名もねねに!」
そう言って正面から俺に抱きつき、上目遣いに見つめてくる陳宮ちゃん……いや、音々音。うん。なんか、父性本能をくすぐられるな、これは。
「俺のことは一刀、でいいよ。これが俺にとっては真名に相当すると思うしね。よろしく、音々音」
「ねね、でよいのですぞ、一刀どの~」
【桂花視点】
面白くない。
何よ何よ一刀のやつ!あんな子供に抱きつかれてデレデレしちゃって!わたしだって、一刀の胸に飛び込みたいのに……!!あんな、優しい目を向けているのを見たら、何にも言えないじゃないのよ……ばか。
「それより一刀。これからどうするんだ?太守や他の連中をこのままにしておいたら、私たちのような被害者がまたでないとも限らないぞ?」
「そうね。今後も無実の罪で囚われる人が出続けるなんて、僕にはとても見過ごせないわよ?」
「……」
焔耶と賈駆の言葉に、無言で返す一刀。そうよね、そんな簡単に答えの出せるものじゃあないわよね。おそらく、ここでの選択がこれからのすべてを決めることになる。彼にとっても、私にとっても、後戻りの効かない選択。彼はどの道を選ぶんだろう?
「……とりあえず、ここの太守を捕まえて、町の人、もしくは荊州の偉い人に引き渡そう。その後のことは、それから考えれば良いさ」
「……本当にそれでいいのね?」
「ああ」
「分かったわ。というか、思春がもうそのために動いているはずよ。多分もう、そいつをふんじばってる可能性が高いわ」
城内への侵入。それと同時に、思春にはそれを目指して行動してもらっている。よほどのことが無い限り、目的はもう達成されているはずだ。
「そっか。なら、俺たちも思春と合流しよう。焔耶、賈駆さんとねねを守ってあげてくれ」
「……少しばかり気に食わんが、一刀がそう言うんなら仕方あるまい。二人とも、私のそばから離れるなよ?」
「分かってるわよ」
「仕方ないのです。一刀どのに免じてねねの護衛をさせてやるのです。しっかりねねを守るのですぞ、魏延」
「……お前な。一応、私もお前の恩人の筈だが?」
「べつにねねが頼んだわけではないのです。ささ、一刀どの。さっさと悪の親玉を捕まえに行くのですぞ~」
「……っの、くそがき……!!」
……なんか、子供同士の喧嘩みたい。ある意味相性いいのかもね、この二人。
それはまあさておき。
太守を捕まえに行ったはずの思春と合流するため、私たちは政庁の謁見室に向かった。そこに、ここの太守がいて、部下たちに指示を出しているはずだから。……けど。
「……居ない?」
「ああ。私がここに来た時には、もう誰の姿も見えなかった。それで近くにのしておいた兵士を叩き起こして、太守の居場所を聞いたんだが」
「……すでに逃げ出した後だった、とはね。とんだ肩透かしを食らったものだわ」
そう。この街の太守を勤めていた男は、外で暴動が起きたと聞いて、泡食って逃げ出したそうである。ちなみにその際、自分の財産はしっかりと確保してだそうである。……可愛そうに。いまごろは、どこかで賊の餌食になっているでしょうね。……もしくは、自分が雇っていたごろつきみたいな護衛の兵士たちに、ね。
「今というご時勢に、少ない護衛だけで外に出るなど、ほとんど自殺行為みたいなものだからな。しかも、大量の財宝を抱えていたらなおさら、な」
「焔耶のいうとおりね。まあ、手間が省けはしたし、悪政の証人ならその辺や外に大勢転がっているしね。けど問題は」
「……この街が、これからどうなるのかってことのほう、か」
「ま、ね」
新野の街での一騒動は、こうして思った以上にあっけなく決着した。けど、問題がすべて片付いたわけじゃあない。私たちのこれからと。街の人々の反応。そして、それによる荊州牧・劉表の動向。それらがどう動くのか。今の私たちには、無数の可能性を考えて、これからのことを話し合うしか出来ないのだった……。
~続く~
ほんとに最近は遅筆っぷりがひどい。
どうにかこうにか、ツン√を書き上げれました。
で。
ちょっと皆さんにアンケートを。
この先一刀たちをどういう立場にするかで迷ってまして、
ルート選択にご協力をお願いしたいと思います。
1「このまま新野で太守になり、独立勢力を興す」
2「当初の予定通り義勇軍を作り、どこにも属さない」
では、皆さんのご意見、お待ちしてますね?
締め切りはまあ、一週間ぐらいは見るつもりです。
では、よろしくお願いします。再見~♪
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久々更新、ツン√です。
一ヶ月間も間が開こうとは、
正直思っていませんでしたw
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