No.217098

真・恋姫†無双~恋と共に~ 番外編 そのいち

一郎太さん

番外編という名の本編

2011-05-16 19:45:39 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:12884   閲覧ユーザー数:8295

番外編 そのいち

 

 

とある昼下がり、午前中の政務を終えた冥琳は、眼鏡を外して、目頭を指で揉んでいる。

 

「………まったく、雪蓮もどこかに行ってしまうし、祭殿は酒を飲みに出かけた。穏は新書を読んでしまって、明命は猫に溺れている、と。なんというか、末期だな、この城も」

 

思うは、今日も今日とて好き勝手に動いてくれる城の重鎮たち。

 

「蓮華様は街の視察に思春はその護衛………まともに働いているのは他2名というのも、泣けてくる」

 

彼女の言葉通り、孫権は街の視察という名の実質は休暇であり、腹心の甘寧はその護衛へと赴いている。街の現状をその目で理解するというのは悪い事ではないのだが、それでも事務仕事を進められる人間が限られるというのは困り者だ。前々からの予定ではあったので、仕方がなくはあるが………。唯一の救いは、最近武官から軍師見習いへと転向した呂蒙と、連合発足前に入った諸葛謹が真面目に仕事に取り組んでいる事くらいか。

冥琳は椅子に座ったまま軽く伸びをすると立ち上がり、執務室を出た。仕事もひと段落着いたことだし、たまには食堂で茶と甘味を味わうのもいいだろう。彼女は廊下をゆっくりと歩く。時折すれ違う侍女や部下の会釈に目礼で返しながら食堂へと到着する。そして、彼女は見た。

 

「よっ、冥琳。久しぶりだな」

 

食堂で杏仁豆腐を口に運ぶ一刀。

 

「貴女が周瑜さんですか。反董卓連合の時には直接お会いしてはいませんが、貴女の事はよく聞いておりますし、孫策さんの軍もよく見ておりましたのでー……はむっ」

「にゃろうっ!?」

 

一刀の膝の上で一刀が運ぶ杏仁豆腐に、下から食らいつく風。

 

「えぇと…お久しぶりです、公瑾さん」

 

冷茶の入った漆器を両手で持ち、緊張しつつも挨拶をする香。

 

「………………(ぱくぱくもきゅもきゅ)」

 

そして、点心や胡麻団子など、様々な料理の山を次々と口に納めていく恋だった。

 

「………………」

 

そしてその状況についていけない冥琳だけが、その場では浮いていた。

 

 

 

 

 

 

しばらく硬直した冥琳を肴(?)に飲茶を続けていた一刀達だったが、次に顕れた彼女の顔は、般若もかくやというものであった。

 

「………いったい此処で何をしているんだ?」

 

その表情に、香だけでなく、残りの3人も身体をぶるっと震わせる。

 

「………久しぶりに遊びに来たんだけど、門番とか侍女の娘とかが俺と恋がいた時と変わってなくて、そのまま通して料理を出してくれたんだよ」

「おぉ、咄嗟の言い訳にしては上出来ですね、おにーさん」

「話をややこしくするな。本当の事だろうが」

 

慌てながら説明する一刀に風が突っ込むも、冥琳の瞳はじっと一刀に注がれている。そうしてしばらく沈黙が流れた後、冥琳はふっと息を吐いた。

 

「まったく、遊びに来たのならそう伝令でも寄越せばいいものを」

「あぁ、門番の人は冥琳や雪蓮にも伝えに行こうとしてたんだがな」

「はい。恋ちゃんがそれを止めたんですよ」

「恋が?」

 

風の説明に、冥琳はいまだ食事を詰め込む恋を見やる。と、恋もその視線に気づいたか手を止めるて口の中の物を呑みこむと、口を開いた。

 

「………その方が、おもしろそうだった」

「………………」

 

ぽかんと口を開ける冥琳。無理もない。かつてこの長沙の城にいた頃の恋からは想像も出来ないような悪戯心だったからだ。

 

「………へーい」

「いぇーい!」

「へいー」

「いぇー」

 

卓に着いたままハイタッチを交わすと、4人はそれぞれの料理に戻る。

 

「いやぁ、それにしてもこっちの杏仁豆腐も洛陽とは違うなぁ。やっぱ南だからか?」

「そですねー。おそらく砂糖が少し違うのではないでしょうか?」

「黒糖か?」

「その辺りはわかりませんが」

「えぇと、南陽の街にいた頃もこのような味でしたよ。やっぱり南方だからですかね?」

「………おいしい」

 

4人は気づかないが、よく見れば冥琳の身体がぷるぷると震えている。

 

「………貴様ら」

「「「?」」」「………?」

「出て行けぇぇええええっ!!」

 

冥琳の怒りの叫びが食堂に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり拙かったかなぁ?」

 

食堂を追い出された4人は、長沙の街へと出ていた。冥琳の他に主だった将もおらず、行き場所がなかったためだ。途中でモノクルをかけた少女に睨まれた気もするが、おそらく新顔であろう。不審者に思われたのかもしれない。

 

「ふむ。話によると、周瑜さんもおにーさんに惚れているとの事ですが―――」

「待てや。なぜ風がそれを知っている?」

「にゅふふ。恋ちゃんから聞きましたのでー」

 

一刀が恋を振り返ると、きょとんとした顔で彼女は口を開く。

 

「冥琳たちと…ちゅーした………」

「………」

「えぇと…浮気ですか?」

「違ぇよ」

「あ゙ぅ゙っ!?」

 

くだらない事を口走る香の額を弾きつつ、一刀は顔を手で覆う。

 

「まったく。孫策さん達には手を出しておきながら、風たちには手を出さないなんて、とんだ巨乳好きですね、このおっぱい星人が」

 

ジト目で睨みながら風が一刀の脚を蹴る。

 

「えぇと、この色欲魔が」

 

頭を抑えながら香が続き―――

 

「………一刀、おっぱい好き?」

 

―――無垢な瞳で恋が見つめる。この状況をどうしようかと考えていたその時、近くの呑み屋から騒ぎの音が聞こえてきた。

 

「………もっかい言ってみろ、この野郎!?」

「だぁれが野郎じゃ。このりっぱな乳が見えぬか、童が。挟むぞ」

「………恋よ。この状況、覚えがないか?」

「………(こく)」

 

風と香が首を傾げながら蹴りつけるなか、一刀は3人を連れてその居酒屋へと入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「せっかく人が酒を楽しんでいるのに、好き勝手言ってんじゃねぇ!」

「じゃから酒を楽しむのは勝手にせい。ただし他人様に絡むなと言うておるだけじゃ。というか、たいして酒に強くもない癖にそうやって絡むから小者に見えるんじゃ」

 

一刀は店に入ると、その2人を素通りしてカウンターでおろおろとする店主に声をかける。

 

「店主よ。一番美味い酒をくれ」

「はぃ?あの………」

 

いきなり声をかけられて驚いたのか、店主はあの、その、と言うばかりで動こうとしない。

 

「なんだぁ、てめぇ!?なに無視してんだ、この野郎!」

「いいから落ち着きなよ。言っとくけど、そのお姉さんの方がアンタより強いよ」

 

やはり相当酔っているらしい。関係ない人間にまでイチャモンをつくのはよくない。そして彼は、禁忌を口に出した―――

 

「俺がこんなババァより弱いわけ―――」

「はい、アウトー」

 

―――瞬間にその口を塞がれる。一刀の右手はその男の口元に、左手は彼の喉元に突き付けられた短剣を構える手首を抑えていた。

 

「餓鬼が、もう一度言うてみろ」

「あ…ぅ………」

「ほらほら、『お姉さん』。そんなに殺気を出してたら何も言えないよ。アンタもわかったろ?早く謝った方が身の為だぞ」

 

一刀の言葉を受け、女性は殺気を緩める。途端に店内の空気は弛緩し、なかにはどさっと座り込む者もいた。

 

「うぅ………」

「ほら、早く謝っておけ」

「その……すみませんでした、おね…美人のお姉さん」

「かっかっか!わかればよい!といか酒を飲むなら酔うな!酔うなら飲むな!酒飲みの常識じゃ」

 

豪快に笑う女性は、ようやく短剣を握る手の力を緩めた。一刀もその手首を解放して彼女に向き直る。

 

「それにしても前回とまったく同じに動くとは思わなんだぞ?」

「こっちの台詞だよ………相変わらずのようだね、祭さんも」

 

一刀が拳を突き出すと、その女性―――祭もその拳に自身のそれを打ち合わせた。

 

「久しぶりじゃな、一刀」

「あぁ。祭さんも元気そうで何よりだ」

 

 

 

 

 

 

「おぉ、恋もおったか!久しぶりじゃな!」

「ん…ひさしぶり」

 

一刀と祭は連れ立って恋たち3人の座る卓へと着く。祭は片手を挙げて恋に挨拶すると、彼女の隣に座った。

 

「む?お主は確か…紀霊じゃったか。連合の時は世話になったな」

「えぇと…おひさしぶり、です………」

 

元袁術軍という事もあり、香は冥琳と再会した時と同様に緊張しているようだ。苦笑しながらも会釈をする。そして祭は、残りの1人に目を向けた。

 

「はじめましてです。おにーさんの軍師をしております程昱と申します」

「応、儂は黄蓋じゃ。軍師…という事は、汜水関や虎牢関はお主の指揮で軍が動いておったのか?」

「そですねー。もう一人董卓さんのところの軍師ちゃんもいましたが、基本的には風とおにーさんで策を立てました」

「ふむ。どのような智将かと思っておったが、まさかこのようなちびっ娘とは思わなんだ」

「むー、なかなかどうして、失礼な御方ですね、このおっぱいお化けさんは」

「妬むな妬むな。しっかり食ってしっかり鍛錬すれば、お主とてすぐにこれくらいは身につくぞ?」

 

一触即発かと思いきや、祭はからからと笑って風の嫌味を受け流す。風もそれ以上追及する気はないらしく、一刀に「そろそろ揉んで欲しいのですが」などとのたまっていた。

 

「それにしてもどうした?まさか此処まで来るとは思ってもみなかったが………そろそろ策殿のところに仕官する覚悟でもできたか?」

「まさか。孔明から話は聞いているだろう?ただの旅の途中なだけさ」

「そうか。残念じゃ」

 

口では残念と言いながらも、豪快に笑いながら徳利から直接酒を流し込む。相変わらず豪気な性格は変わっていないらしい。

 

「それより恋も大変じゃな」

「………?」

 

急に話を振られ、恋は食事の手を止める。口元に点心の皮を付けながら首を傾げる彼女に、祭は続けた。

 

「なに、見たところこやつら2人も一刀に惚れているようじゃからな。もう一刀とは契ったか?」

「ぶはっ!?」

 

香が噴出した。

 

「(おにーさん、香ちゃんはまだまだ耐性がないみたいですね)」

「(あぁ。もっと面白い反応を期待したが、定番過ぎてつまらないな)」

 

その横では風と一刀がこそこそとやっている。

 

「………大丈夫。恋が正室で、風と香は側室………ニヤリ」

「かっかっかっ!そうかそうか!じゃったら問題ないの」

「ん…問題ない」

 

そして恋は、風から何度かその言葉を聞くうちに意味を覚えてしまったらしい。第一夫人の余裕ぶりは計り知れない。店主から布巾を借りて噴出した茶を拭く香を他所に、4人は食事を続けた。

 

 

 

 

 

 

食事を終えると、祭はそろそろ冥琳がキレそうだからと、城へ戻っていった。すでに一刀たちの所為でキレている事を黙っているあたり、全員なかなかに腹黒い。

 

「大丈夫ですかね?」

「あ?あぁ、冥琳か。まぁ、彼女は怒り慣れてるし、祭さんも怒られ慣れてるから大丈夫だろ」

「でも私達の所為で周瑜さんもキレてましたし………」

「気にするな。冥琳はサドだから怒るのが好きなんだよ。怒る事で快感を得る素敵な性癖の持ち主なんだ」

「おにーさんも本人がいないところでは色々とカマしますねー」

 

そんな会話はさておいて。

 

「さて、これからどうしますか?」

「そうだなぁ…大陸に伝わる、7つ集めたら願いが叶うという玉でも集めに行くか?」

「………世界でいっとー素敵な秘密が、恋たちを待ってる」

「えぇと、また恋さんが変な思念を受信しているようですけど………」

 

冗談は抜きにして。

 

「で、本当にどうしようか。さすがにまだ城に帰るのは怖いしな」

「そですねー。先ほどの周瑜さんは恐ろしかったです。いつだかのおにーさんくらいはありましたね、あれは」

「………怖かった」

「じゃぁ、ほとぼりが冷めるまで適当にぶらつくか。もしかしたら他の知り合いとも出会えるかもしれないし―――」

 

と、方針を決定しようとした、まさにその時。路地の向こうから悲鳴が聞こえてきた。

 

「………なんていうか、おにーさんも大概に厄介事を引き寄せますねー」

「ふっ、これも天命さ………」

「恋さん、それは俺の真似ですか?」

 

何はともあれ、次の行動は決定したようである。

 

 

 

 

 

 

護衛に甘寧を引き連れて街を散策していた孫権は、通り向こうから聞こえてくる女性の悲鳴に、顔を強張らせた。

 

「思春」

「はっ!」

 

すぐ後ろを歩く甘寧に声をかけると、彼女は歩を速める。

 

「我々の治める街での狼藉、見逃す訳にはいかない。ついて来い」

「御意」

 

当り前のように腹心に命を出す姿は、しかし以前には見られなかった姿である。かつての彼女であれば、わずかに慌てた後、実直な部下の進言に従って騒動を収めに行くというスタイルであった。それが変わったのは、連合から戻って来てから。何が彼女を変えたのかは、想像に難くない。

 

 

 

孫権と甘寧の2人は、すぐにその騒動の中心に行き当たる。人だかりの向こうには警備兵が数名槍を構え、そのさらに向こうでは、男が少女の肩を抑え、もう片方の手に持った短剣を首元に添えていた。そのすぐ脇で震えている女性の姿から察するに、彼女が先の悲鳴の主であり、人質の少女の母親なのだろう。

 

「その娘を放せ!」

「ななななんだよ!?こいつが目に入らねぇのか!ガキの命が惜しければ、逃げる為の馬を用意しろ!」

 

あえて説明するが、人質を抱えた暴漢に対して、追い詰めるような事はしてはいけない。追い詰められれば追い詰められるほど、犯人はどのような暴挙に出るか分からないからだ。

 

「………思春。人質に危害を加える前に止める事はできるかしら?」

 

部下に命を出すその口調は、問いでありながら、確認の響きを孕む。甘寧の実力は自分が一番知っている。そして彼女を最も信頼しているもの、また自分だ。孫権のその命令にも似た言葉に、甘寧はわずかに口角を挙げると。

 

「仰せのままに」

 

ただ一言呟いた。

そして、暴漢の背後を取る為に甘寧が移動しようとしたその瞬間、場に似つかわしくない声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

それは笑い声。半ば狂気を含んでいそうなその男の声は、それでいて自信に満ち溢れている。

 

「はーっはっはっはっはっはっ!!」

「な、なんだぁ!?誰だ、てめぇらはっ!!」

 

最初に反応したのは、少女を抱える男。彼が声のする方向を仰ぎ見ると、つられて野次馬や警備兵、そして孫権たちもそちらに目を向けた。するとそこには――――――

 

「はぁーっはっはっはっはっがっ、ゴホッ、ゲホッ!ゴホッ………ごめ、ちょっとタンマ…ゴホッ、ゴホッ!」

「はーい、おにーさん。すりすりしましょうねー」

 

――――――笑い過ぎて咽てしまう男がいた。背中を曲げる彼の背を、小さな少女が撫でている。

 

「…もう大丈夫。やり直しだ………ひとぉつ!人の世の生き血を啜り―――」

 

笑い声の主は、人だかりのすぐそばの民家の屋根の上。顔に白い仮面をつけている。両腕と片脚を上げてポーズをとるその姿は、さながら舞い踊る鶴の様。

 

「ふたつー。不埒な悪行三昧―――」

 

その男の横には金髪の少女。そして黄色い仮面。片膝を屋根につき、両手を右にまっすぐ伸ばしている。

 

「みっつ……なんだっけ………」

「えぇと、えと…み、みみみっつ!未来の大物だ!」

 

そして自然体の赤い仮面をつけた少女に、両腕を胸の前で交差させ、ななめ45度で通りを見下ろす青い仮面を被った少女。両手の中指と薬指はそれぞれ曲げられている。

 

「ちげぇよ、バカ」

「どこのいなかっぺ大将ですか。ホントダメダメですねー」

「あぅあぅ………」

 

どうやら台詞を間違ったらしい。黄色い少女が耳打ちをすると、青仮面の少女はやおら向き直り、再び口を開く。

 

「みっつ!醜い浮世の―――」

「わんっ!!」

「―――うわあぁん!」

「五連者…参上………」

 

じゃじゃーん!どこからともなく銅鑼の音が響き渡る。

 

 

 

なんかもう、ぐだぐだだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、そこの男。貴様は何をしている?」

 

気を取り直した白連者は、屋根の上から暴漢に問いかける。

 

「ううううるせぇっ!俺はこれから逃げるところなんだよ!だいたいてめぇらも、このガキが目に入らないのか!?」

「おにーさん。どうやら敵は人質を取っているようなのです」

「何っ!人質だと!?コヤツ……許せんっ!!」

 

黄連者の解説に、白連者はいちいちポーズをとって男を睨み付ける。

 

「行くぞっ!奴のような悪漢を世にのさばらせる訳にはいかぬ!………とぅっ!」

 

白連者は掛け声と共に、派手に回転しながら飛び降りる。同時に、彼の仲間も屋根の上から飛び出した(ちなみに、黄連者は白連者が下で受け止め、犬連者は赤連者に抱かれていた)。男は着地と同時に腰に挿した刀を鞘に納まったまま振るい、呆気にとられる暴漢を一撃のもとに倒してしまうのだった。

 

 

 

孫権は、その光景をただ茫然と眺めていた。4人と1匹が屋根から飛び降りたかと思うと、白い仮面の男が一瞬で悪漢をのしてしまう。周りの野次馬からは歓声が上がり、警備隊も敬礼をして犯人を引っ張って去る。

 

「(何故だ…ツッコミたいのに、何故か突っ込んではいけない気がする………)思春………」

「………何でしょう?」

「あのような者たちを見たことは?」

「え…」

 

思わず甘寧は口籠る。どう考えても、あれは――――――。

 

「(まさか蓮華様………気づいておられない?どう見てもあの男に青と赤の仮面の女は………いや、蓮華様が知らないと仰っているのだ。私がするべきは―――)」

 

数瞬の逡巡の後、甘寧は一言、否と答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「そう……暴漢を退治してくれた事には感謝すべきだが………しかし、あのような身元不明の者たちに好きにさせる訳にはいかない。行くわよ、思春」

「御意(………本気ですか、蓮華様?)」

 

部下の言葉に孫権は少しだけ考え、結論を出す。行動から察するに正義の味方であるらしいのだが、それでも言葉の通り、身元も分からない者に好き勝手に動かれる訳にはいかない。彼女は甘寧を引き連れ、いまだ歓声を上げる野次馬の間を縫って人だかりの前へ出ると、五連者へと声をかけた。

 

「そこの者、少しいいか?」

「………何だ?」

 

孫権の問いかけに、代表して白い男が答える。

 

「街の防犯に協力していた事は感謝しよう。だが、街を治める者として、お前達のような正体不明のものを見過ごすわけにはいかぬ。その仮面を取ってはくれないだろうか」

「………」

 

言葉としては丁寧なものであったが、それでいてその視線は射抜くような圧力がある。もし仮面の下の顔が凡庸な人物であったのならば、その覇気に屈して膝を折っていただろう。だが、この男はその凡庸からは著しく外れた存在だった。

 

「………断る」

「なんだと?なれば、民の安全を預かる者として、見逃がせない。思春。この者たちを捕らえろ」

「御意(………申し訳ありません。私には無理です)」

 

主の言葉に、返事とは裏腹な感情を携えた甘寧は、腰から曲刀を抜く。しかし、白連者は腰の得物を抜こうとはしない。

 

「どうした?大人しく縄につくというのか?(どうか…抜かないでくれ………)」

「………………っ」

 

男は返事を返さずに、下を向く。よく見れば、その肩が小刻みに震えていた。そして―――。

 

「………くくっ、くくく…あーっはっはっはっはっはっ!!甘いな、孫権!先ほど食べた杏仁豆腐よりも遙かに甘いっ!正義の味方の正体を知ろうなどとは!正義の味方とは正体を明かしてはならない!これ世の理なり!………我らはこれにて去らせてもらおう!」

「なっ!待てっ!!?」

「さらばっ!」

 

短い言葉を残して、男は黄連者を抱え上げ、屋根へと飛び上がる。赤連者も犬連者を抱え、屋根に飛び乗った。

 

「ちょ、待ってくださいぃ………」

 

青連者も飛び上がるが一息で屋根に到達する事は難しいらしく、両手を屋根の淵にかけてよじ登る。

 

「(おい、カッコがつかないだろ)」

「(まったく、青連者さんはダメダメですねー)」

「(だって、だってぇ………)」

「………行く」

 

去り際を弁えない青い少女をけなしながらも、4人と1匹は姿を消す。

あとに残された孫権はただ狐に摘ままれたような顔をし、甘寧は彼女の後ろでそっと安堵の息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

「いえいえ。毎度ありー」

 

白仮面の男が、路地裏に立つ銅鑼を持った男に幾許かの金を渡すと、彼は、またやる時は呼んでくれと残して去って行った。

 

「ふむ。なかなか面白かったな」

「そですねー。いっその事、これからはこの路線で行くというのはどうでしょうか?」

「………楽しかった」

 

路地裏に飛び降りた4人と1匹は、それぞれ仮面を外す。まさか五連者の正体が、一刀たちだったとは、如何に賢明な読者諸氏といえど、思い当たらなかっただろう。

 

「それもよさそうだが、そうすると正体を晒せないうえに、城で路銀をたかる事もできないぞ?」

「ならば却下ですねー。まぁ、たまにはいいでしょうけどー」

「主題歌も、欲しい………」

「そうだな。今度華琳のトコに行ったら、天和たちに作ってもらうか」

「ん…楽しみ………」

 

恋はノリノリだった。

 

「で、そこの青連者は何をしているんだ?」

 

一刀の言葉に風と恋が振り向けば、そこには路地の片隅でいじける香がいた。

 

「どうせ、私はぐだぐだのダメダメ女ですよぅ………結局はオチ要員なんですよーだ………」

 

『の』の字を書きながら膝を抱える香に一刀は溜息を吐くと、その頭を優しく撫でてやる。

 

「ほっといてください。どうせ私はギャグ要因で、皆にイジられるの天命なんです………いじいじ………」

 

そんな彼女に、一刀は優しく笑いかけた。

 

「一刀さん………」

「………よくわかってるじゃないか」

「……………」

 

そんな路地裏でのひとコマ。

 

 

 

 

 

 

適度に遊んだ一刀たちは、恋のお腹が空いたの一言で、長沙の城へと戻ってきた。門番の男は軽く会釈をするだけで彼らを通し、一刀たちもまた、軽く挨拶をしてその大きな門をくぐった。

 

「また昼間と同じ事をすれば、周瑜さんも完全にブチギレてしまいそうですねー」

「そうだな。いくらそういう性癖の持ち主でも、流石に度が過ぎれば身体に毒だろう。血管が弾けても困るしな」

 

なかなか恐ろしい事を口走る一刀である。

 

「ではまっすぐ周瑜さんの部屋に向かいますか………と、どうしたのですか、おにーさん?」

「いや、あの娘……昼間も俺たちの事睨んでいたな、と………」

「あぁ、あの娘ですかー」

「知っているのか、風?」

 

予想外の返事に、一刀が思わず問いかけると、風は何という事はないと答えを口にする。

 

「あれですよ。おにーさんが以前一晩だけ買って捨てた女の子ですよ。おそらくおにーさんの房中術が忘れられずに、ここまで追いかけてきたのでしょうねー」

「マジか……仕方がない。ストーカーはストーカー行為などを規制する法律によって禁じられているからな。今のうちに追っ払っておくか」

「え、マジに買ったんですか、一刀さん?………ドン引きです」

「黙れこのボケ殺し女。俺のギャグを邪魔するなら簀巻きにしたうえで長江に沈めるぞ」

「ひぅぅっ!?」

 

懲りずに余計な事を口にする天然少女を黙らせると、一刀は先ほどから自分たちに視線をぶつけてくるモノクルをかけた少女へと向かっていった。

 

「俺の身体が忘れられないか、このビッチが!だったら今度は裏四十八手を駆使して快楽の海に沈めてやるぞ、この小娘がぁっ!?」

「ひゃぁっ!?な、なんですかぁ!?何のことですか!?」

「しらばっくれるな!こっちに来い!」

 

いきなり怒声を浴びせられて固まる少女の腕を掴むと、一刀は恋たちを引き連れて城内へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「冥琳、ちょっと場所借りるぞ!」

「はぁっ!?って一刀か。どうし、た………」

 

正午を過ぎて新たに出来上がった竹簡の山の中で政務に励む冥琳を無視して、一刀は彼女の執務室の隅にある机にストーカー少女(仮)を座らせると、自身もその対面に座って肘をつく。風はその背後の小さな机に着くと、無地の竹簡を広げて筆をとった。どうやら取り調べの記録係らしい。

 

「さて、お前が俺をストーキングしている事はわかっている。さっさと自白した方が身の為だぞ」

「ひゃわわ、あの、その………」

「ぁあ?すっ呆けんじゃねぇぞ、ごるぁあ!?」

「ひぃっ!?」

 

ヤクザもかくやという剣幕でがなり立てる一刀に、怯えて縮こまる少女。取り調べは平行線を辿っている。と、彼の肩を優しく叩く手があった。

 

「………何すか、山さん。俺がさっさと自白させるから、山さんは手を出さないでくださいよ」

「こら、だめ……そんなに怖がらせたら、喋るものも喋ってくれない………」

 

ベテランの山さん(恋)はそんな新人刑事(一刀)を宥めると、席を代わる。

 

「うちの、若いのが、ごめん………」

「………あの、その」

「お前さん、お袋さんは元気………?」

「あの、えぇと、はい…元気です………」

「なんで、『すとぉかぁ』なんて事、した?………お袋さん、泣いてる」

「えぇっ!?私のお母さんを知ってるんですか?」

 

山さん(恋)はゆっくりと犯人(仮)を諭していく。

 

「山さんも悠長だな…俺だったらもっと手っ取り早く………」

「そうか、お前は初めてだったんだな」

「先輩………」

「あれが山さんの『てく』だ。あぁやって犯人に共感し、同じ悲しみを共有して、最後には必ず自白させる……俺も山さんの下について5年になるが、あれで落ちない奴はいなかったよ………」

「そ、そんなに凄いんすか………?」

「あぁ。お前もしっかり見て、山さんから盗め」

 

先輩刑事(香)の言葉(台本有・棒読み)に、新人刑事(一刀)は首を振る。

 

「へへっ。俺は刑事ですぜ?盗むなんて事はしないっスよ。絶対に山さんを越えてやるぜ!」

「その意気だ………お前は俺の若い頃に似てるよ、ったく(棒)」

 

そんなやり取りを他所に山さん(恋)の取り調べは佳境に入ろうとしていた。

 

「恋も、生まれは同じ……もしかしたら、お前さんとも会ってるかも………」

「そ、そうだったんですか………」

「あの邑はいい邑。緑かきれいで、子どもたちも笑顔………そんな邑出身の人間が、犯罪に手を染めるなんて、考えたくない………」

「………………」

「いまなら、恋もいっしょにごめんなさい、する………言ってみる」

「う、うぅ………ごめんなさい………つい、出来心だったんです………」

「ん……」

「あの人が、忘れられなくて…それで………気づけばあの人を追ってこんな所まで………」

「だいじょうぶ。恋は、お前さんを、信じる………もう、こんな事しない………」

「はい。すみませんでしたぁ………うぅ、ぅぅぅ………………」

 

そして、犯人(仮)はオちる。山さん(恋)の手をぎゅっと握ったかと思うと、机に突っ伏して嗚咽を洩らすのだった。

 

 

 

 

 

 

「くぅぅっ!これが山さんのテクか!こりゃ、俺も負けてらんねぇぜ!」

「あぁ、その意気だ、新入り!(棒)」

 

ベテラン刑事のテクに感動している新人と先輩の後ろに、そっと忍び寄る影があった。その影は2人の頭をそれぞれ掴むと、背後から顔を寄せる。

 

「 な に を し て い る ? 」

 

その低く暗い言葉に、一刀と香は思わず硬直する。

 

「あは、あはは、冥琳さんではないですか。いや、ちょっとそこのストーカー女を懲らしめようと―――あいだぁっ!?」

「はぅっ!?」

 

言い訳をする一刀と香の頭をかち合わせると、崩れ落ちる2人を放置して冥琳は机に向かう。

 

「それで、何をしているんだ………亞莎?」

「うぅぅ……って、冥琳様ぁ!?あの、これは、その………」

「これこれ、そんなにイジメちゃ、ダメ………」

 

どうやら恋はまだ役になり切っているらしい。彼女の後ろでは、背を向けた風がサラサラと未だ竹簡に筆を流し続けている。

 

「いや、虐めているとかではないのだが………それで、恋は何をしているのだ?」

「取り調べ………ごっこ」

「………よくわからないが、それは一旦おしまいにしてくれ」

「ん……」

「………め、冥琳も恋には甘ぐどぅるぶぁっ!?」

 

どうやら、ギャグモードの一刀も相当に口が軽いらしい。余計なひと言を放ったその口元は、冥琳の靴に踏みつけられていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、何故このような事をした?」

 

瀕死の状態から何とか回復した一刀は、香と共に床に正座させられていた。その鼻には布が当てられている。恋は冥琳が侍女に持ってこさせた点心を頬張り、風はその隣に座って茶を啜っている。

 

「あの、その女の子が昼間もさっきもずっと俺達を睨んでいたから、何かやましい事でもあるのかと思って………」

「やましいのはお前の頭の中身だろうが。………で、亞莎。何か言う事は?」

 

冥琳の言葉に傷つきながら、自身を挟んで香の反対側に正座する亞莎と呼ばれた少女を一刀は横目で窺う。

 

「あの、睨んでいた訳では………その、知らない人たちがいると思って………」

「あぁ、そういう事か………一刀。この娘は呂蒙。新しく入った軍師見習いだ。彼女は視力がひどく悪いのでな。眼を細めていると睨んでいるように見えるかもしれないが、実際にはよく見ようとしているだけだ」

「………という事は?」

「お前の勘違い、という事だ」

 

冥琳の突き刺すような視線に、一刀は縮こまる。

 

「おやおや。先ほどは『今度は裏四十八手を使ってやろうか』などと言っていたくせに、情けないですねー、おにーさんは」

「やめて!これ以上波風立てるような事は言わないでー!!」

 

追い打ちをかける風の言葉に、冥琳の眼は再び細まるのだった。

 

 

 

「―――という訳で、罰を与える」

「おいおい。この城の人間ではない者に罰を与えるなんて事が許されるとでも思ってんのか?あ?―――ぶべっ」

 

罰という言葉に凄む一刀だったが、顔を上げた瞬間に、冥琳にその顔を踏みつけられる。少しだけMに目覚めそうだった。

 

「黙れ。うちの新人を虐めた罰だ。お前に拒否権はない」

「………はい」

「そしてお前もだ、紀霊」

「えぇ!?私もですかっ!?」

「あぁ。聞けば、お前は北郷の副官らしいではないか。上司の手綱を握れないようでは副官としてはやっていけないぞ?という事で、連帯責任」

「そんなぁ………」

 

淡々と告げる冥琳は、いまだ一刀の顔を踏みつけたままである。香や呂蒙の位置からはそのスリットの中身が丸見えなのだが、彼女はそれを気にする様子もない。

 

「先ほど思春………甘寧が戻ってきたから、お前は彼女と、あと周泰の鍛錬の相手をしろ」

「そんな無茶なぁ………」

「ほぅ?汜水関では倍以上の武将を相手取ったお前が、無茶という言葉を口にするとはな。だが拒否権はない」

「………はい」

 

射抜くような視線に香は項垂れる。

 

「で、一刀。お前は雪蓮や祭殿がやらずに残してある政務の手伝いだ」

「断るっ!」

「ならば、書庫に籠って勉強をしている穏の相手をするか?それでもかまわんぞ、私は」

「………搾り取られそうだから、やっぱり政務の手伝いで」

「よろしい」

「あと―――」

「なんだ?」

「―――やっぱり黒なんだ」

「………………………………死ね」

「アッーーーーー!!?」

 

口は災いの元を地でいく一刀だった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「ただいま、冥琳。お土産いるー?」

「おかえりなさい。お土産よりも仕事を手伝って欲しいのだが」

「はいはい、わかってるわよ。それじゃいっちょやりますかー………って、それ、何?」

「気にするな。ただの粗大ごみだ」

「………………冥琳さん、酷いっす」

 

城下町の呑み屋から帰ってきた雪蓮が見たのは、ぼろ雑巾のようにぐしゃぐしゃになって転がる一刀だった。

 

 

 

 


 
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