No.217301

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:最初の出会い その後の3

一郎太さん

外伝

2011-05-17 22:44:40 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:12142   閲覧ユーザー数:8031

 

最初の出会い ~その後の3~

 

 

朝。窓から射し込む朝日に瞼を優しく叩かれ、彼は眼を覚ます。時刻はまだ5時ではあるが、季節柄、太陽は既に山裾から顔を覗かせている。

 

「んっ……」

 

彼は上半身を起こして軽く伸びをすると、その手を隣で眠る少女の薄手の掛布団からはみ出した頭にゆっくりと降ろす。

 

「ほら、恋。朝だよ」

「……ん………朝?」

「あぁ、朝だ」

 

少年の優しい声に布団の中でもぞもぞと動いたかと思うと、少女はゆっくりとその布団を剥ぎ、彼と同じように上半身を起こす。まだ眠い目を軽く握った両の手の甲で擦りながら、彼女は「んっ…」と声を洩らし、伸びをした。

 

「………おはよ、一刀」

「おはよう、恋」

 

いつも通りの朝。だが、彼女はその日常こそを愛していた。

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はどこまで行こうか?」

「………河原」

「了解。賭けは?」

「ん……おばあちゃんのおかず………」

「オッケー」

 

街から外れたこの家はその裏にまるっと山を残すほどの広い敷地を持ち、また家屋も旧き良き時代を表現するかのように、純和風であった。その庭に掘られた井戸から湧き出る冷たい水でそれぞれ顔を洗って完全に覚醒した2人は、いつものジャージ姿である。各々ストレッチをし、どちらからともなく走り出した。

 

「最近負け続けているからな。そろそろ勝たせてもらうぞ?」

「………ん、頑張る。でも、恋も負けない。おばあちゃんのご飯は、恋のもの」

 

状況だけ見れば、朝のうちにランニングをするカップルに見えなくもないが、2人の速度は軽く自転車ほどは出ている。住宅街を軽やかに走る他のランナーを次々と追い越し、新聞配達の中学生の自転車と並び、そして追い抜いていく。彼らに抜かされた人たちも慣れたもので、「相変わらず速いな」などと呑気に2人の後ろ姿を眺めるのだった。

 

「ラスト3キロってところか………スパートだな」

「ん……お弁当のおかずが恋を待ってる………」

 

どちらからともなく速度を上げ、ついには全速力にいたったその両脚は、これまでの疲れをいささかも感じていないかのように回転する。そして――――――

 

「―――っらぁああ!」

「…ついた」

――――――数分後、2人はほぼ同時に河原へと到着するのであった。

 

「どっち…?」

「んー…少しだけ恋の方が速かったかな」

「おかず、ゲット………」

 

これもまたいつもの光景。高性能カメラでもない限り2人の勝ち負けを判断する事は難しい程の接戦であったが、一刀はいつものように負けを先に切り出す。実際、彼にとっては勝ち負けなどどうでもよかった。ただ、彼女と一緒に同じ時間を過ごすだけで幸せなのだから。

 

 

 

 

 

 

時刻は6時。ランニングから戻った2人は、住居スペースと直結した道場で道着に着替えていた。

 

「ほら、もっと腰を溜めないと全然効果はないぞ」

「………ふっ」

 

2人はそれぞれ無手で組手を行なっている。恋が左足を床について腰を回転させ、長く伸ばした右脚で回し蹴りを放つ。一刀はそれを右腕で受け、さらなる改善点を説明する………するのだが。

 

「ぐっ!?………言ったそばからこれかよ」

「………だいぶわかってきた」

 

恋の格闘センスは常軌を逸していた。一緒に住むようになってから1週間は、一刀は恋を起こさないように一人布団から抜け出し、ランニング・稽古と行なっていたのだが、7日目にして、恋が文句を言ってきたのだ。曰く、一緒にやりたい、と。

それからは共に起き、共に鍛錬をしているのだが、彼女は陸上だけでなく、格闘技においても才能を有していたらしい。最初は基本の型から一緒に練習していたのが、恋は一刀の動きを何度か見ただけでそれを完璧に模倣し、元からの体力もあってか、鍛錬を始めてから2週間で簡単な組手を行なえるまでに成長していた。

 

「かっかっかっ!やはり恋はこっちの才能も持ち合わせておるようじゃのう。少なくとも、ひ孫の代まではウチの道場も安泰じゃな!」

「気が早ぇよっ!?………っと。今のはなかなかよかったぞ」

「もう少し、上手くできそう………」

 

祖父はといえば、祖母の入れたお茶を啜りながら2人の組手を眺めていた。余談だが、彼は夏休みのうちに孫に当主の座を譲渡し、隠居している。彼曰く、恋を迎えた事で、精神的にも余裕が生まれ、もはや手をつけられないとのことだ。

 

「だいたい!俺が!成人するまでは!………っと、当主は代わらないって言ってたくせに!もうその調子かよっ、と………」

「一刀…余所見は、危ない………」

「まだまだ恋には負けないさ」

 

彼の言葉通り、当初はまだ先の話であった当主交代も、先に述べたように早まっているが、その発言とは裏腹に、一刀は嬉しそうだった。勿論、ただの跡取りから一人前と認められるまでに成長できた事もあるのだが、それ以上に初めての弟子が、こうしてすくすくと成長している事が大きい。

 

「………ちょっと、悔しい」

「走りでは負けても、こっちで負ける訳にはいかないからな」

「知ってる……」

「何を?」

「ホントは、一刀の方が、いつも速い………」

「………バレてた?」

「ん…でも、そこも、好き」

「え……ぐはっ!?」

 

恋はこうして、時折大胆な発言をする。武道やスポーツでは勝っていても、その点に関しては彼が勝てる要素は少ないらしい。現に、こうして腹に拳を受けているのだから。

 

「一本じゃ。やっぱり、次期当主は恋かのぅ」

「………当主になったら、ご飯いっぱい食べれる?」

「そうじゃのぅ。恋なら美人じゃし、門下生も増えるかもな。そしたら月謝でウハウハじゃ」

「………一刀、覚悟」

「ちょ、まっ―――」

 

そんな朝のひとコマ。

 

 

 

 

 

 

いつものように祖母手製の朝食を腹に納め、学生服に着替える。祖母から弁当を受け取った2人は、彼女のいってらっしゃいという声を背に、学校へと向かった。今日から9月。新学期が始まる。

 

「そういえば、恋は何組なんだ?」

「………2組」

「マジか。隣のクラスだったとは………」

「一刀は、3組?」

「ニアピン。1組だ」

「ん…」

 

そんな会話と共に、通学路をゆっくりと歩く。時間的にはまだまだ十分に早いが、2人が暮らす北郷家はフランチェスカの校舎からかなり歩く為、このような状況となる。

恋は元からよく喋る性格でもないので、一刀が問いかける形で口を開かなければ、恋も喋る事はない。この後行われる始業式の校長の長話を想像して一刀が若干げんなりとしていると、珍しく恋から口を開いた。

 

「………お昼」

「ん?」

「お昼、いっしょ………」

「そうだな。部活までは時間もあるだろうし、一緒に食べるか」

「ん…」

 

彼女の誘いである。断る理由もない。勘違いしないで頂きたいのは、一刀にこれまで彼女がいなかったのはひとえに彼のストイックな性格とその鈍さからであったが、彼も一介の高校生男子である。彼女がいるという状況に、浮かれていたのは想像に難くない。

 

「じゃぁ、HR終わったら、そっちに行く」

「あぁ、待ってるよ」

「ん…約束」

「約束だ」

 

そして恋は微笑む。初めて出会った頃からは、想像もできないほどに穏やかな微笑だった。

 

 

 

 

 

 

始業式が終わり、HRでされる担任からの2学期の行事などの説明も終え、本日のイベントは終了となった。もし彼らが3年生であるのならば、この後は塾に行くなり、図書室で勉強するなりとその目的に沿った動きをするのだが、このクラスはまだ2年生である。部活に入っている生徒も多い。各々仲の良いものどうしで机をくっつけ合い、弁当を広げるなか、学園の性質上、一刀の数少ない友人である男子生徒が声をかけてきた。

 

「かずピー。ご飯食べようでー」

「あれ?お前、帰宅部じゃなかったっけ?」

「いやいや、本日はこの後『魍魎の宴』があるのですよ。ちゅーわけで、ワイも今日はお昼持ちや」

「またそれか。一体何を話しているんだ?」

 

一刀の問いかけに、友人――及川は通学路上のコンビニの袋から惣菜パンを取り出して、封を開ける。

 

「せやなー。それぞれのクラスの可愛ぇ娘の夏休みからの変化かな、今日の議題は」

「………ストーカー?」

「けったいな事言うなや!ワイらはただ、可愛い女の子を愛でてるだけやで!学校のカワイ子ちゃんが、夏休みの間にその辺のちゃらちゃらした男にひっかけられてないと確認して、心の安寧を図る、大事な会合や!………そら、かずピーみたいなリア充には関係ない話やけどなー」

「………」

 

いつものようなツッコミを期待した及川だったが、今日はそのツッコミも平手もやってこない。彼はパン片手にいじっていた携帯から目を離して一刀に視線を向けた。

 

「かずピー」

「………なんだ?」

「なんや、いつものキレがあらへんやん?いつもなら、『誰がリア充や!』ってワイのことしばき倒したりする癖に………」

「なんでお前の中での俺は関西弁なんだよ」

「まぁ、んな事ぁえぇやん。それより、ホンマに今日はキレがないで?なんや、夏休みの間に失恋でも―――」

 

「失恋でもしたんか」そう言おうとした及川の言葉は、教室の端から飛んできた驚きの響きを孕んだ声に掻き消される。

 

「なんや、うるさいわぁ。どうせ、誰々に彼氏が出来たとかで盛り上がっとるんやろうなー………けっ」

 

そう悪態を吐く及川の発言は、しかし、次に飛んでくる言葉に上塗りされた。

 

「北郷君!お客さんよ!………女の子の」

「あいよー」

「………かず、ピー?」

 

呼ばれた一刀は軽く返事をして立ち上がる。及川は先の発言に、その動きを目で追う事しかできない。そして彼の視界に入るのは、教室の入り口で弁当の包みを片手にこちらを見る赤髪の少女と、彼女を手招きする親友の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「こっちだ、恋」

「ん……ありがと」

 

一刀に呼ばれた恋は、彼に声をかけてくれた同い年の少女に軽く礼を述べると、そのまま彼の下へと歩み寄る。

 

「それにしても恋は物怖じしないなぁ」

「………?」

「いや、なんでもないよ。それより食べるか」

「ん…」

 

恋は近くの空いている席から椅子だけを動かすと、一刀の横に座る。弁当の包みをほどいて蓋が開かれた弁当箱の中身は、違いを見つける事が難しいほどに同じである。こうも同じように作れるとは、彼らの祖母の料理の手腕はどれほどのものなのだろうか。

 

「それじゃ、いただきます」

「………いただきます」

 

揃って手を合わせる2人にようやく理解が追いついたのか、及川はなんとか口を開いた。

 

「かずピー……このカワイ子ちゃん、もしかして………………」

「そういえば夏休みは会ってないから教えてなかったな。俺の彼女だよ」

「………ん。恋、て呼ぶ」

 

答える一刀と恋が手に持つ弁当箱は、通常の弁当箱の倍はあろうかというほどの大きさである。恋の胃袋のキャパシティを考えればこれでも小さいくらいなのだが、流石に重箱を学校に持ってくるわけにはいかない。もしゃもしゃと弁当の中身を口に運ぶ恋に、及川は突然立ち上がって指を突き付けた。

 

「なんやねん、この娘!?2年2組のナンバー1で、しかも学年の美少女四天王に名を連ねる恋ちゃんやないか!なんでかずピーがこの娘と付き合っとん!?」

「すごいな、恋。四天王だってさ」

「………ぶい」

 

凄まじい剣幕の及川とは対照的に、なんとも穏やかな口調で会話を交わす一刀と恋。ちなみに、周囲の女子も箸を動かす手を止めて、じっと3人の会話に聞き入っている事は言うまでもない。さらに、その中のうちのごく少数は、「まさか三角関係!?」「及川君にライバル出現ね!」などと心の中で盛り上がっている事は内緒にしておきたい。

 

「え?いつから!?というかどうやって知りおうたん?なんでワイには教えてくれへんの?」

「だってお前、諸国漫遊・美少女探索ツアーに行くとか言ってたじゃん………って、恋。ご飯ついてるぞ」

「ん……」

 

口元についたご飯粒をとる一刀の手に、されるがままの恋。恋人というよりは、兄妹のようにも見える。だが、そう見えるだけで、実質は前者だ。

 

「ワイが四国88か所巫女さん巡りをしとる間に、かずピーはこんな美少女と………」

「88人も巫女と会えたならよかったじゃないか」

「うっさいわ!巫女言うても、出るやつ出るやつみーんな60超えた婆ばっかやで!?間違うて死国に入ったかと思たで!」

「あっはっはっは!上手いな、及川」

「ん…おもしろかったから、恋のおかずあげる」

「おおきに……って枝豆のサヤやんか!いらんわ、こんなん!」

「おいしい……かもしれないのに………」

 

恋から貰った枝豆のカラをコンビニの袋に投げ入れる及川に、恋は少しだけ残念そうな表情を向ける。もっとも、それを残念そうだとわかるのは一刀だけであり、彼の級友は気づくこともないが。

 

「で、死国は楽しかったか?」

「うどんが美味かったわ!」

「………じゅるり」

「そういえば、最近駅前に讃岐うどんのチェーン店が出来たな。今度行ってみるか、恋」

「ん……行く」

 

なんとも可哀相な及川であった。

 

 

 

 

 

あの後友人の追及をのらりくらりと躱しつつ食事を終えた2人は、『魍魎の宴』でこの事を報告するという彼と別れ、それぞれの部活へと向かう。

 

3年が引退し、3分の2となった部員を指導する一刀に、栄養状態も完璧で以前の走りとはまったく別の力強い走りで他の追随を許さない恋。

 

彼らは今日も絶好調であった。

 

 

 

 

 

部活も終えて帰宅した2人は、朝と同様に道着に着替えると、鍛錬をする。組手は夕食を告げる祖母の声がかかるまで続き、2人はいつも通りに祖父母と一緒に食事をとる。

 

この家に来たばかりの頃は茶碗2杯のご飯でいっぱいになった恋のお腹も、今では特大のお櫃が空になるまでの許容量を抱えていた。

 

食事が終わると恋は祖母と連れ立って台所へと食器を運び、後片付けを始める。最初のうちは彼女も気にしなくていいのにとやんわり断っていたが、何もせずにいる事を、恋自信は善しとしなかった。今では仲良く流しの前に並んで皿を洗っているほどだ。

 

食器洗いを終える頃には祖父も風呂から上がって、皿洗いの合間に祖母が用意しておいた茶を啜りながら夕刊に目を通している。ここから一刀の不屈の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

「………一刀、気持ちいい?」

「あぁ………」

 

場所は浴室。北郷家の風呂は、その外観に違わずに広い。小さな子供だったら悠々と泳げるほどの湯船に、蛇口が3つ備え付けられている洗い場。いま、一刀はそのうちの一つの前に座り、恋がその後ろで膝をついていた。

 

「………もうちょっと、右上、いいか?」

「ん…ここ………?」

「そう、そこ………」

 

その手には泡だった糸瓜が握られ、目の前に座る一刀の背中を擦っている。

 

「終わり……次、前………」

「いや、そこは自分で洗わせてくれ………」

 

胸の前に手を回そうとする恋をなんとか宥めて、糸瓜を奪い取る。なんとか前だけは死守しようとする彼の精神力は、賞賛に値すると言ってもいいだろう。

何故このような事になっているかというと、いや、彼の栄誉の為に、それは控えておこう。一言で述べる努力をするならば、祖父の所為だとだけ読者諸氏には伝えておく。

一刀が身体を洗い終わるのを待って、恋は桶に張った湯でその泡を流すと、彼女は椅子ごと一刀の隣に移動する。

 

「次は、恋の番……」

「………あいよ」

 

一刀もまた椅子ごと彼女の後ろに回ると、新たに糸瓜に石鹸を塗り付け、彼女の背中を擦り始めた。一刀の側からは見えないが、恋は眼を瞑って気持ちよさそうな顔をしている。

 

「………前も」

「それだけはご勘弁を」

「………いけず」

 

それでも彼は己の精神力を総動員し、自制する。恋も断られることを前提で要求したのか、それ以上は何も言わずに自分で身体の前を洗い始めた。

同時に一刀はシャンプーを手に伸ばして、恋の髪を洗い始める。最初は全体にシャンプーを馴染ませ、次いで生え際からゆっくりと洗っていく。

 

「………やっぱり、一刀の手は気持ちいい」

「ありがたき幸せ。でも外では言わないようにな」

「…?………わかった」

「ほら、流すぞ。目つむって」

「ん……」

 

お湯を恋の頭からざばっと流す。何度か繰り返して泡を完全に流し去ると、恋は立ち上がって一刀の手を引いた。

 

「お風呂、入る」

「わかったから、前は隠そうな?」

「………?」

 

一刀は腰にタオルを巻いているが、恋はその辺り、どうも無頓着らしい。何も隠そうとはせずに一刀を立ち上がらせて、湯船へと引っ張って行く。

ゆっくりと片脚ずつ湯に浸していき、完全に湯に浸かったところで、一刀はようやく一息つくのだった。

 

 

 

 

 

 

「あら、上がったわね。冷たい麦茶、入ってるわよ」

「ん、ありがと。おばあちゃん」

「いただきまーす」

 

風呂から上がった彼らを、祖父も祖母も何かを言うという事はしない。きっかけの祖父は言わずもがな、祖母もまた、一刀が道を踏み外すとは微塵も思っていないからだ。………まぁ、その思考の8割方はおもしろいという感情が占めているのだが。

 

「明日からは普通の授業だっったかしら?」

「ん…勉強、つまんない………」

「駄目よ。学生なんだから、ちゃんとお勉強しないと。それに、頑張らないと、一刀ちゃんと一緒に大学に行けないわよ?」

 

居間に4人揃うと、たいてい恋と祖母が会話を始める。内容は他愛もないものだが、それが今の恋に必要なことだと、彼女もわかっているからだ。

 

「一刀、大学に行く………?」

「あぁ。最終的には北郷流を継ぐけど、見聞を広める意味も込めてね」

「………頑張る」

「あらあら」

 

そんな夜のひとコマ。

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ寝るか」

「ん…眠い………」

 

朝が早いせいか、夜の10時には恋は瞼をぐしぐしと擦るようになる。一刀は幼少のころから早起きを続けている為に体内時計が出来上がっているが、恋にはまだ少々厳しいようだ。2人は祖父母に就寝の挨拶を告げると、部屋へと引き上げて行った。

 

 

 

「それじゃ、電気消すぞ」

「ん……はやく………」

「はいはい」

 

一刀が電灯から垂れている紐を引くと、パチリという音と共に、部屋は暗闇に染まる。一刀がそのまま腰を降ろして布団に横になると、間髪入れずに恋が抱き着いてきた。

 

「あったか………」

「あぁ。恋も暖かいよ」

「ん…おやすみ………」

「おやすみ、恋」

 

数分も経たぬ内に、隣からは規則的な寝息が聞こえてくる。流石に風呂は慣れられそうにもないが、就寝に関しては一刀も慣れていた。左腕から伝わる温もりに浸りながら、彼もそっと意識を落とす。

 

明日はどこに走りに行こうか。そんな事を考えながら――――――。

 

 

 


 
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