No.216426 真・恋姫†無双 外伝:みんな大好き不動先輩 その5一郎太さん 2011-05-12 22:41:07 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:12268 閲覧ユーザー数:8331 |
外伝 その5
「なぁ、かずピー?」
時は学校の昼休み。一刀はいつものように級友である及川と机を向い合せに置いて、弁当を食べている。他愛もない会話を続けていると、ふと、友人が何かを思いついたかのように問いかけた。
「んー?」
問われた一刀も箸で卵焼きを口元に運びながら返事を返す。今度はどんなくだらない事が出てくるのかと適当に相槌を返したところで、思わぬ言葉が発せられた。
「かずピーって………彼女できたん?」
「………………は?」
卵焼きを咀嚼し、冷めた米を箸に乗せたところで一刀は固まる。彼は気づいていないが、及川の言葉にクラス中の女子の会話も止まった。
「いや、『魍魎の宴』仲間の先輩から聞いたんやけど、最近の不動先輩はどうも今までと違うらしいやん?」
「………その事についての返事をする前に、その危険な香りのする宴が何なのか問わせて貰おう」
「まぁ、かずピーには関係ないことやで。気にせんといて」
「じゃぁ、お前の質問についても、お前には関係ないから気にするな」
「ぐっ…かずピーのいけず………」
一刀の切り替えしに、言葉を詰まらせながらも、仕方ないわーと呟くと、及川は一刀に顔を寄せる。
「『魍魎の宴』いうんはな、かずぴー。モテない男たちの集まりや。生まれてこの方彼女なんかいた事のないカワイソーな男たちが集う、切ない会合なんやで」
「………ごめん、俺が悪かった」
一刀はその光景を想像して、即座に頭を下げる。具体的な会合内容はわからないが、友人の切なそうな顔から察するに、寂しい男たちの淋しい集まりなのだろう。だが、及川はそんな事はどうでもいいとすぐに表情を真面目なものに戻すと、ずいと一刀に詰め寄る。先ほどよりも顔が近い。
「………で、どうなんや?」
「というか、不動先輩の事と俺に彼女が出来たかどうかがどう関わるんだ?」
「アホか!年頃の女の子が変わるなんて、彼氏が出来た以外に考えられんやろ!で、あの不動先輩や。彼氏ができるとしたら、かずピー以外にありえへんやんか!!」
その剣幕に、一刀は思わず仰け反る。彼の死角では、女子生徒がうんうんと同意の意を示していた。
「ほら、かずピー。さっさと白状した方が楽になんで?ほらほら………」
「わかったよ!わかったから、顔を近づけるな、気持ち悪い!………お前の想像通りだよ」
一刀のその発言と同時に、クラスのほとんどの女子が悲鳴を上げる。その半分は悲しみに彩られ、もう半分は興味の色に染まっていた。………ちなみに、叫ばなかった数人の女子生徒は、会話の内容よりも、一刀と及川が顔を接近させた時に心の内で黄色い声を上げていたとだけ述べておこう。
突如まわりから上がる甲高い声の意味がわからずに狼狽える一刀を放置して、及川は顔を伏せていた。一刀も会話の相手が急に黙り込んだ事を不審に思って視線を戻す。その途端――――――
「かずピーの…かずピーの、裏切り者ぉぉぉぉおおおおおっっ!!!」
「どわぁあっ!?」
――――――友人は血の涙を流しながら教室を飛び出していくのだった。
「―――という事があったんだよ」
「なるほど。だから昼休みの後半に2年の女子たちがうちのクラスを覗いていたのか」
時は進んで放課後。部活を終えた一刀は、如耶と共に家路についていた。その中で、昼休みの友人との会話を話す。
「マジか。なんていうか…ウチのクラスメイトがごめんな」
「気にするな。むしろ、私は優越感に浸れて嬉しいぞ?」
「………如耶も大概に性格が歪んでぃたたたた!」
「何か言ったか?」
「イエ、ナンデモアリマセン」
口は災いの元。一刀の両頬は立ち止まった如耶に引っ張られ、形を歪めていた。
「それにしても、君も大概に鈍い男だな」
「何が?」
「それがだよ」
「………?」
すぐに手を放した如耶は、再び歩き出す。思い出すのは昼休みの事。一刀の祖母手製の弁当を食べ終えて、友人と談笑している時に感じた視線の数は、ゆうに100を超える。改めて一刀の怖ろしさと、自分が手に入れたものの大切さを認識した如耶だった。
「俺が鈍いってどういう意味だよ」
「なに、誰が何と言おうと、君が私を好きでいてくれさえいれば、私には十分だと言う意味だよ」
「………………そういう言葉はもっと雰囲気のある時に言って欲しいかな」
「ふむ。だったら今夜あたり、君の部屋で再度伝える事に―――」
「やっぱり今でいいや」
「相変わらずストイックだな。お婆様曰く、お爺様は15の時にはすでにお婆様と――――――」
「だからやめろ、っつってんだろ!生々しいんだよ!」
「くくく。やっぱり君は可愛いな」
「ぐっ」
想いを告げ合った日は、耐性が低すぎた所為で不覚にも気絶してしまった如耶だったが、それ以降は、その失態を取り戻すかのように一刀をからかう事を日課としていた。
「………可愛いのはお前だろ。ったく」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何も」
一刀がぼそりと発した呟きは、しかし如耶の耳にしっかりと届く。彼女の顔が赤いのは夕陽の所為か、あるいは………。
そんな帰り道。
いつものように稽古を終えてボロボロになった如耶を担いで、一刀は居間へと戻る。そこにはすでに夕食の料理が並べられ、その匂いに釣られて如耶も顔を上げた。その腹からは威勢のいい低い音が鳴り響く。
「かっかっかっ!相変わらずボロッボロじゃのぅ。ほれ、さっさと座らんか。儂も腹ペコじゃ!」
「ボロボロにしたのは爺ちゃんだろうに」
「こらこら。女の子に向かって、ぼろぼろなんて言っちゃ可哀そうよ?」
縁に諌められ、刀之介は読んでいた夕刊をぽいと畳に放り、一刀も如耶を座らせて自身も腰を降ろす。
家長の合図で食事が始まり、瞬く間にお櫃の中の米が減っていく。今日も北郷家の食卓は忙しい。
食事も終えて、部屋で2時間ほど勉強した一刀が居間に戻ると、祖父母はいたが、恋人の姿が見当たらない。
「あれ、如耶は?」
「おう。如耶ならもう寝たぞ?明日は日直で早いらしいからの」
「そっか。じゃぁ、俺も風呂入って寝るかな」
「おう、行ってこい!ちゃんと肩まで浸かって、100数えるんじゃぞ?」
「俺は幾つだよ」
そんな軽口を聞きながら、一刀は部屋に一度戻って寝間着を手に取ると、北郷家の広い浴場へと向かった。
「それにしてもうちの風呂は広いよな」
十数年住んでいるくせに、いまだこのような感想を漏らすのは、一刀の感覚が庶民的だからだろうか。脱衣所で服を脱ぎ、風呂場との境目の引き戸を開いたところで、一刀は固まった。
「………え?」
「………………かず、と?」
湯気が立ち込める浴室の中にいたのは、身体を洗い終えて温まるところだったのか、ちょうど片脚を湯船に浸けている如耶の後ろ姿だった………もちろん全裸の。
「あれ?もう寝た筈じゃ………」
「………………いや、全然起きているけど」
如耶は固まったまま、視線だけを下に下げる。何度でも言おう。ここは北郷家の浴室であり、浴室という事は、風呂に入る以外の用途はない。風呂掃除は縁がやってくれている為、2人がその目的で此処にいる事はない。要するに、本来の用途故に2人は裸なわけだ。そしてゆっくりと如耶の視線は一刀の鍛えられた胸、腹筋へと伝い、そして――――――
「………………ふっ」
「どういう意味だ、ごるぁああっっ!!?」
―――――― 一刀の怒りの叫びが響き渡った。
「………ったく。男の一番大事な部分を見て鼻で笑うってどういう事だよ。仮にも彼氏のだろうが」
「『仮』ではないだろう?なに、照れ隠しだと思ってくれ。それに実際に見るのは初めてで、比較対象はないから安心しろ」
「その割には、俺の言葉の意味は理解できてるんだな………」
ぶつぶつと零す一刀はわしゃわしゃと頭を洗っている。軽く答える如耶は、一刀には背を向けて湯船に浸かっていた。
「………ぷはっ。だからって、流石にあれは傷つくぞ?」
「一刀だって、私の裸を見たじゃないか。ショックの度合いで言えば、女である私の方が上の筈だろう?」
「その割にはなんで落ち着いてんだよ、お前は」
桶に張った湯で髪の泡を洗い流す一刀。如耶はその長い髪が湯につかないように、タオルで纏め上げている。普段は見せる事のないうなじが、いつも以上に色香を出していた。
「ふふふ。恋人と一緒に風呂に入るのがそんなにおかしい事かい?」
「おかしいも何も、俺達まだ高こぁいでっ!?」
「そこから先は言わせないよ?いろいろと拙い事になりそうだからな」
「メタ発言は止めてくれ。そして人の頭に桶を投げつけてはいけません」
一刀は転がった桶を定位置に戻しながら、立ち上がると、湯船へと歩を進めた。視界の先には、肩から上だけ見せた如耶。
「いいではないか。お爺様が言ったという事は、保護者公認という訳だ。君こそ、喜べばいいのに」
「はいはい」
不貞腐れつつ返事をする一刀の左頬は、真っ赤な紅葉が浮かび上がっている。少しだけ間を空けて如耶の隣に腰を降ろすと、一刀は湯の中でぐっと伸びをした。横では、如耶が彼を挑発するかのように、スラリとした足を交互に湯面に浮かび上がらせている。ちなみに、その上半身はタオルによって見る事は出来ない。
「だからって『一緒に入ろう』って誘うか、普通?」
「なに、私とて普通の恋人どうしがするような事をしてみたいのさ。朝も晩も、休みの日は一日中鍛錬だろう?いわゆるデートだってした事がないんだ。私だって好きな人と甘い時間を過ごしたいのだよ」
「………まぁ、それは仕方がないけどさ」
一刀は言いながら、両腕を湯縁にかけて胸を逸らし、湯気で曇った天井を見上げる。如耶と知り合って1年と数か月。付き合い始めてからは2ヶ月。それなりに濃い時間を過ごせているとは思うが、実際に濃いのは北郷流の稽古だ。如耶も年頃の女の子だし、そういう事を考えるのも仕方がないか。一刀はぼんやりと考える。
と、水面の揺れが伝わり、一刀の胸の前で僅かに波打つ。そして次の瞬間には、左肩に小さな重みがのしかかった。
「あー…何をしているのでしょうか、如耶さん?」
「さて、何だろうね」
「…ま、いっか」
思えば、始まりは奇妙なものだった。部活でリンチされそうになったかと思いきや、告白され(その時は気づかなかったが)、妹弟子として鍛える事になり、同居。そして告白―――。
この生活を変える気はない。如耶はそもそもが自分に勝ちたくて、強くなりたくて北郷流の道場の門を叩いた。たとえ恋人だろうと、修行において甘やかすことなど、一刀の矜持が許さない。一刀は思う。たとえ――――――
「大丈夫だよ、一刀」
「………何がだ?」
愛する男の肩にしなだれかかりながら、如耶は呟く。
「君の性格は知っている。いくら恋人とはいえ、修行で手を抜く事はしないだろう」
「………まぁな」
「君ならこうも考えるのではないか?たとえ嫌われようとも、この生き方を変えるつもりはない………と」
何でもお見通しだと言うかのように言葉を紡ぐ如耶に、一刀は思わず硬直する。まさに、たった今考えていたことだったからだ。
「安心しろ。私は、君が君でいる限り、君の事が好きだ。私の所為で、君を変えて欲しくない。むしろ甘やかしたりしたら、それこそ幻滅だよ」
「………………」
彼女の言葉に、一刀の胸は熱くなる。如耶はわかってくれている。自分の事も。自分たちの事も。一刀は彼女の言葉には返さずに、ただ行動で示す。左手を如耶の肩にまわして、そっと抱き寄せた。
風呂から上がった2人を迎えたのは、新聞を読みながら茶を啜る祖父と、テレビを見ながら茶を啜る祖母だった。
「おい、クソジジイ」
「………おぉ、一刀か。いつもより長かったのぅ」
「うるせぇよ。この色ボケ爺が。というか、なんで婆ちゃんも止めないんだ?」
「あらあら、何のことかしら?」
夫婦揃って、面白ければ何でもいいらしい。一刀は溜息を吐くと、縁が用意した冷たい麦茶をぐいと傾ける。
「とりあえず、2人の期待通りにはいかなかったとだけ言っておくよ」
「なんじゃ、つまらんのぅ」
「あらあら」
一刀の言葉に、刀之介は心底残念だと言う風な表情を浮かべ、縁はいつものようにニコニコとしている。だが、彼女は違った。
「………ひどいよ、一刀。お風呂ではあんなに激しかったのに」
真実がまったく含まれていない発言をさらっとして、よよと泣き崩れる(振りをする)如耶に、祖父はニヤニヤと笑い、祖母は相変わらずニコニコとしている。再び、一刀の怒号が北郷家に響き渡った。
「………で、なんで君はここにいるのかな?」
「ふむ。私にもよくわからないな」
時は流れ、日付も変わろうかという頃。場所は一刀の私室。その中央には何故か2組の布団が敷かれ、部屋の中には、何故かこの時間にはいてはいけない筈の少女の影があった。
「帰りなさい」
「いやだ」
命令。そして拒否。忘れてはいけない。いかに稽古の時には兄と妹とはいえ、それ以外では如耶の方が年上であり、常にアドバンテージを持っていこうとする。一刀の真面目な発言を一言で否定すると、如耶はそのまま布団に入り込んだ。
「どうした?君は寝ないのか?」
「いや、お前は自分の部屋で寝ろよ」
「断る」
「………………………」
布団にもぐって、顔だけを出し、布団の端から少し指を出して上目遣いで見つめる様は、妙にいじらしい。しかし、一刀は鉄の理性で以ってその眼をじっと見つめる。如耶もその視線をじっと見つめ返す。均衡が破られたのは、如耶の言葉からだった。
「………………ダメ…かな?」
「駄目じゃない………………はっ!?」
結局、そのいじらしい様に負けてしまい、一刀は悶々とした夜を過ごすのだった。
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