昨夜に起きた賊たちの夜襲から一夜明け、洛陽の宮中では皆忙しそうに走り回っていた。
原因は・・・そう。昨夜の一件を境に、大陸各地で潜んでいたと思われる賊たちが一斉蜂起した事である。
朝早くから来た各地の伝令兵は一人、二人と増えていき、現在判っているだけで十箇所が襲われたらしいかった。
そのどれもが小規模の集団だったらしいのだが、誰もが眠る夜中に襲われたため、被害は大きく、更に根こそぎ財を奪っていくので民達は困り果てているようだ。
これ等の賊たちには一貫して共通点が在った。
――――――それは、頭に黄色い布を巻いているというものだった。
この連続的に起きた襲撃全体を霊帝は重く見て、今朝から対策を練るために十常侍と各部隊長を呼んだ会議を行っている。
「・・・・・・昨夜の襲撃と、各地で行われた襲撃は高い確率で同じ賊が起こした可能性が高いと思われます、陛下。」
伝令兵からもたらされた目撃情報とその他の情報を吟味し、文官の一人が霊帝に申し上げた。
「話によれば、その賊共は自らを『黄巾賊』と名乗っていたそうな。指揮系統は滅茶苦茶だったらしく、そこらにいる賊となんら変わりは無かったそうじゃが・・・」
十常侍の年をとった一人が周りに漏らす。
「ならば今まで通りさっさと部隊を派遣して殲滅させればよいではないか。このような会議を開く必要もありますまい?」
嫌味ったらしく、中年の太った十常侍がその者に言う。
明らかに霊帝を対して言ったも同然だが、それを気にすることなく、霊帝は口を開く。
「ですが、今回はほぼ同時に町や村、都市が襲われたのです。偶然としてはあまりにも都合が良すぎる・・・。つまり、彼等には今回指揮したもの、もしくは指導者がいると考えて良いでしょう。」
「それならば、彼奴等が皆頭に黄色い布を巻いていた理由にもなりましょう。問題は、その指導者がどこに居るかと言う事じゃが・・・」
「各地に軍を派遣して、賊を発見しだい片っ端から殲滅していくのはどうでしょうか?」
「いや、それはあまりにも効率が悪いだろう。此方が後手に回ってしまうという不利な点もあるぞ。」
「だが現状では向こうから出てきてもらわなければ判らぬではないか?」
「文官風情は黙っておれ。貴様等はその頭をもっと活用したほうが良いのではないか?」
「なんだとッ!!侮辱するというかこの軟弱者が!!」
「何・・・?」
何時しか会議は罵倒や暴言が飛び交うようになっていった。
霊帝の隣にいた劉弁、劉協は揃って嘆息し、一刀は場の雰囲気に顔を顰めていた。
その時、ある部隊長が立ち上がり、霊帝に向かって報告しだした。
「陛下、このような時に申し上げることは本来違うことなのですが・・・ご無礼を承知で、お耳に入れたく。」
その言葉に、興味を引かれたのか汚い言葉を放っていた者達は次第に黙っていった。
霊帝は頷き、口を開いた。
「・・・・・・発言を許しましょう。それで話とは?」
その場で部隊長は跪くと、深くお辞儀して話し始めた。
「はっ。・・・昨夜某が部隊を率い、かの町へと向かっていたときであります。突如として我が部隊の兵士が上を見上げ、怯えだしたので何事かと思い、上を見れば――――――
――――――月に照らされ輝く龍が空を飛んでいったのです。
その龍は町の惨状を見た後、少し離れた山へと向かい、そしてのその後・・・中腹で爆発がおき、あの声が聞こえてきたのでございます。暫くすると、龍は再び町を上を通って消えていきました・・・・・・」
「・・・・・・。」
霊帝はチラリと一刀を見た。
すると一刀も霊帝を見上げており、コクリと顔を頷かせた。
「今朝、その中腹を探索させたのですが、そこには黄色い布や燃え尽きた死人が居りました。・・・・・・このような話をしている自分でも未だに信じがたいのですが、しかし事実として我が部隊全員は目撃しており、そしてその証拠として・・・これを。」
そう言って取り出したのは、銀色に輝く鱗のような物だった。
それを側近に手渡し、側近はそれを霊帝へと手渡した。
手に取りながら、ジッと見つめる鱗は、冷たくヒンヤリしていた。
会場の全員の視線はそこで、一斉に一刀の姿を捉えた。
もしやこやつが龍へと姿を変えたのではないか?
そのような考えが含まれた目だった。
「・・・・・・」
対する一刀は、その視線を受けて不機嫌に鼻を鳴らすと、顔を下に向け目を閉じた。
既に一刀が狼へと変身したことはこの場にいる全員が確認済み。しかし部隊長達はその姿を見たことが無かったため、一様に顔を捻っていた。
そんな中、あの太った十常侍がニヤリと顔を歪ませ、立ち上がりながら言った。
「陛下、その一刀やらという者に、此度の殲滅を任せてみてはいかがでしょう?」
ハッと顔を上げた劉協だったが、尚もその男は喋り続ける。
「そやつが特異な力を持っているのはこの場にいる者多数が知っている事、その力ならば必ずや黄巾賊を探し出し、滅してくれることでしょう。・・・他のものはどう思う?」
周りを見渡し、男は同意を求めると、口々にそうだなという声が飛び交い始めた。
「な、勝手なことを。一刀は私達の護衛として・・・」
「・・・協、忘れたのか。一刀は・・・・・・武官だぞ。」
「ッ・・・、ですが弁姉さま!!」
「・・・・・・。」
「うッ・・・」
反論しようとする劉協を押し留めるようにギロリと睨む劉弁。
「言いたいことはわかる。私だって一刀を必要の無い戦に出したくない。・・・しかし、協よ。我等皇族は民を思い行動しなければならないということは、お前もよく知っているはずだ。」
だが・・・あまりにも早すぎるではないか。昨日の夜、力を貸してくれと言ったが・・・それでも・・・!!
「・・・・・・。」
霊帝は目を伏せながら、その言葉を聞いていた。
・・・その玉座を壊れんばかりに握り締めながら。
今では場の空気は一刀に一任させる空気になっている。
劉協は一刀を見ると、何かを言おうとしたが、喉から出そうになる言葉を押し留め、唇を噛み締め、俯いた。
「一刀殿?これだけの者達が貴方に期待しているのです。・・・引き受けてくれますよな?」
男の言葉に、一刀は暫く黙り込んだ後、霊帝の前へと出た。
「・・・・・・皆・・・任せる。」
その時、新たな伝令兵が重い空気を破り、入ってきた。
「申し上げます!!例の賊と思われる大軍が、ここより数里離れた町を襲っているとの事です!!その数約五万!!」
伝えられた情報にざわつく一同。
「最早一刻の猶予もありませぬぞ、陛下。ご決断を!!」
男は内心ほくそ笑みながら言った。
この男は、普段から霊帝のことを内心快く思わず、最近王女達が拾ってきた者をいきなり武官にしたことをあまり面白く思っていなかったのだ。
だがそのお気に入りのヤツを今から戦場へと送り込めるのだ、上手くいけばヤツを死に、この女の涙が見れるやも知れぬ。
醜悪な考えが表に出ないよう必死に堪えながら男は決断を迫る。
「・・・・・・判りました。一刀よ、貴方のその力、使わせてもらいます。しかし、万が一のため軍を出します。十万の軍を派遣し、早急に賊の蛮行を食い止めます。各々出陣の準備を!!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
そして慌しくなる会場。将軍、部隊長はそれぞれの隊へと。文官や十常侍はやるべきことをしに退出していく。
やがて残ったのは、霊帝と三人のみだった。
「・・・・・・一刀、昨夜のあの声は貴方だったのですね?」
「・・・・・・。(コクリ)」
劉弁は一刀へと近づき、そして頭を撫でた。
「一刀よ・・・あの時あの男を止められなかった事、許せ。」
「(フルフル)・・・・・・弁・・・悪くない。」
「一刀・・・」
「・・・協・・・帰ったら・・・勉強・・・」
「・・・・・・えぇ、そうですね。三人で勉強です。ですから・・・生きて帰ってきてください。」
「・・・・・・ん。」
それから一刀は三人に背を向け走り去った。
ある日のある部屋でのやり取り。
『あぁそうだ。奴を失墜させるにはそれこそ戦争でも起こさなければな。』
『――――――?』
『中々判っておるではないか。そう、女が上に立つこと自体おかしいのだ。・・・やはり男が上でなければな。』
『――――――。』
『それはお前達に任せよう。あぁ、それと。街中で見つけたあの女三人。奴等を指導者に仕立て上げろ。あの歌ならばそれ目当てで来る輩もいるだろうしな。』
『――――――。――――――?』
『ッフ、心配するでない。ワシも内から崩そうとやっておるところだ。現にヤツが大切にしようとしている民の声とやらは幾つか潰しておるしな・・・じきにヤツの周りには誰も味方がいなくなるだろうさ。・・・さて、もう行くがよい。』
『――――――。』
『そうだとも。その為に何でも利用する。化け物の力を使ってでもな・・・』
ある日からだった。
突如として皇帝の命と言って役場の連中は税を引き上げ、農民や町民達の生活は一気に苦しくなった。
民達は訳がわからなかった。
次第に餓死するものも出始め、更に追い討ちをかけるかのように農作物が不作になった。
それでも税は下がることなく、彼等を苦しめた。
役所には既に税の引き下げをお願いした竹簡を何通も出したが、一向に返事が帰って来ない。
それもそのはず。宮中に届いたとしても、それを破り捨て燃やしながら笑う者がいたのだから。
だから仕方が無かったのだ。
口々に皆は言う。
『自分達が生きるためには、誰かから奪い取るしか方法が思いつかなかった。』
・・・こうして、賊が誕生していったのだ。
これがある男の思惑によって引き起こされ、そして今大陸が大火に飲み込まれそうになっていたことに、未だ誰も気付かない。
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第八話。
いつだって人は気に食わなければ、平気でそれを排除しようとする。そう、どんな手を使ってでも・・・