朝、起きるといつも私は安心する。
今日も私だ。起きたら一刀さんのように、別人になっていたりなんて、想像するだけで嫌だ。今日も私。明日も私。これからも私でいたい、なんて変なことを思って一人で笑った。
ベッドから起きて、寝起きの私を鏡で確認。
うん、不細工だ。服も寝巻、髪の毛もぼさぼさ、醜くて今すぐ鏡を割りたいと思ったけれど、そこは我慢。服を着替えて髪を整えて、少しお化粧して再び鏡の前に立つと、少しはマシになった私がいる。地味だけど。
部屋を出るのが好きだ。
だって、部屋の外には世界が広がっている。今日も一日、何かが起こるこの世界が私は好きだ。何も起きなくても世界が好きだ。だって私が居て、親友が居て、好きな人がいる世界なのだから。
廊下を歩く音はあまり好きじゃない。個性がないんだもの。まるで私みたい。こつん、こつん、って誰でも同じ音だ。たまにふざけて大きな音を立てて歩いたりするのだけれども、それでもやっぱり個性がない。もし足音に個性があるのなら、私は真っ先にあの人の音を覚えたい。そうすれば、あの人の元に一秒でも早く会いにいけるのだから。
朝食を食べて、今日は一人で中庭を散歩。この家にも慣れた。これからもずっとこの家に居たいな、って思う。けどまた旅に出るのもいいかもしれない、なんて私は相変わらずの優柔不断。どうせ、あの人が行くって言ったら、私は文句なく着いて行くのに。その点だけは即決なのだ。私は。
うん。今日は天気がいいので、森まで歩こう。森は好きだ。静かだから。砂利を踏みしめるのは好きだ。だって、いつも決まった音がないんだもの。大きな石、小さな石を踏みしめて歩くと、音が少し違うのだ。うん。いい。
森をしばらく歩くと、そこには川がある。川はいつも流れていて、一度だって止まることはない。そんなに流れていて疲れませんかーと、私は返事のない相手に質問する。今日の私は少しだけ気分が良かった。こんな馬鹿なこと、二度としないだろう。
することがなかったので、岩の上で横になってみた。背中が少し痛い。だけど岩から感じる微かなぬくもりは意外と心地いい。空を見てみると太陽が真上にあった。気が付いたらお昼だった。でも別にいいや。今日は一人でのんびりしましょう。
一人になるといつもあの人を想ってしまう。今日もあの人は眠っている。明日も眠っているかもしれない。でも私は特に何も思わない。だって、生きているのだから。生きてこの世界に居るのだから、それ以上を望むのは欲張りすぎだ、私。
そうだ。今日は隣にあの人がいることを想像して過ごそう。うん、惨め暗い、私らしい遊びだ。
「一刀さん、今日も天気がいいですね」
「どうして太陽って明るいんですかね」
「お日様があったかいですね」
止めよう。少し泣きたくなっちゃった。駄目だ。やっぱり、あの人が居ないと、私は普通にすることも出来ない。ほんと、弱い女だ。私は。
一瞬、もし私があの人と出会わなければどうなっていたのか考えてみたくなった。すると、別に何も困らないことに気がついた。だってあの人に会うまで、人を愛する気持ちを知らなかったのだから。だから別に私は困らない。何も知らないことは幸せなんだと私は思った。でも残念、私はあの人を知ってしまった。あの人を愛する気持ちを知ってしまった。もう戻れない。ごめんね、昔の私。もうあの頃には戻れないの。
さて、今日はだらだらしているだけで一日が過ぎてしまいそうだ。そんなのはつまらない。戻ってあの人の部屋に行こうか。そう思って立ち上がった私の足は、重かった。あぁ、嫌だ。会いたくない。眠っているあの人に会うのは嫌いだ。寂しくて泣きそうになってしまう。二度と眼を覚まさないんじゃないのか、なんて嫌な想像をして私はいつも泣きべそをかいてしまう。目の前に居るのに遠い、それはもしかしたら死別よりも辛いんじゃないのかな?と想像してしまって、私はすぐに気がつく。そうだ、もしあの人が死んでも、きっと私は何も思わない。だって、すぐに私は自害して、あの人の元へ逝くのだから。それは感情じゃない。本能だ。幸せも悲しみも、すべてあの人がいなければ、そんなの何も感じない。
日が傾いた。夕日は好きだ。だって、綺麗だから。私と違って。昔はいつも、夕日は一人で見ていた。でも、すぐに次は親友と一緒に見るようになって、そして今度はあの人と一緒に見ていた。でも今はまた一人に逆戻り。あーあー、と思わず声が出た。一人で見ても夕日は相変わらず綺麗だ。憎たらしい。
「寂しいです。一刀さん」
寂しい、って正直に言えば少しは気が楽になるかな、って思って口に出してみた。だけど、あまり感じられない。だから続けて、寂しいって呟いてみた。そうしたら気は楽になったけど、代わりに眼から涙が出た。うん。素直に泣けば気が楽になる。大発見だ、私。
涙を拭いて立ち上がる。もうそろそろお家に帰ろう。さようなら、また明日ね、と私は夕日に向かって挨拶。夕日がまたね、と挨拶してくれた気がした。嘘だけど。
お家に帰ると文ちゃんと七乃さんが出迎えてくれた。
少し心配そうだったけど、それに対して私は作り笑いを浮かべる。酷い女だ。でもごめんね。あの人が居ないと、世界そのものが作り物なんだもの。私にとって。そう言えば、この世界って誰が作ったんだろう。最初から存在するわけはないんだから、きっと誰かが作ったに違いない。それなら、元々、この世界は作り物なんだ。あぁ、それなら誰かは知りませんが感謝します。作り物でも、あの人と出会えたのですから。だからお願いです。気まぐれに、砂のお城を壊すように、この世界を壊さないでください。
それから仲良く3人でご飯を食べる。
みんなは笑顔。私を元気づけようとしてくれているのだ。だって、あの人が眠ってしまってから、私は死んだように元気がなくなってしまっていたから。だから私は素直に感謝している。この二人は大好きだ。だから私は黙っていてあげる。夜、この二人が部屋で泣いていることを。
いっそうのこと、みんなで泣けば気が楽になるかもしれないと思ったけど、辞めた。だって、この悲しみは私だけ感じている物だから。私の悲しみ、文ちゃんの悲しみ、七乃さんの悲しみ、全部全部が違う。だから共有なんて出来ないんだ。人間って不思議だよね。だって、悲しい話を聞いて泣いたとしても、それって結局は自分が悲しいって思っているだけで、けして物語の中の人の気持ちと同じじゃないんだもの。でも人間ってその人の気持ちになったつもりで、泣いたり怒ったりする。人間って変だ。・・・・あぁ、駄目だ。なんて嫌なことを考えてしまったのだろう。私は。
夕食を食べ終えると、みんなであの人の部屋に行く。それは決まり。みんなで一緒に行こう。そうじゃないと、寂しくてどうにかなりそうだから。結局、私たちみんな、弱いのだ。
あの人の部屋のドアを開けるのは嫌いだ。だって、ドアを開けたらあの人が起きあがって、笑いかけてくれるんじゃないか、って僅かに期待しちゃうから。だからこのままドアを開けないで、このまま幸せな妄想を楽しみたい。だけど結局は開けちゃう。もしかしたら、なんてそんな希望を実現したいから。
ドアを開けると、相変わらず何も変わらない。それを見て少しがっかりするのと同時に安心した。何も変わらないと言うことは、悪くもなっていないのだから。
「・・・・いつまで寝てる気ですかねー」
ぼそっと呟いた七乃さんの言葉は、少し鼻声だった。うん、七乃さんは強いな。私なんて、大声で泣きたいぐらいなのに、我慢しているんだもの。だけどいいや。別に。私は弱いままで。だって、その方が素直にあの人が起きた時を喜べるのだから。七乃さんは我慢強いから、きっと起きあがったあの人見ても、悪態をつくだろう。でも私は弱い。すがりついて、大声で泣いて、そして何度も愛していると叫ぶだろう。あ、駄目だ。想像したら泣きたくなっちゃった。
さて、私の番だ。どうしよう。七乃さんみたいに頭を撫でようか、文ちゃんみたいに語りかけようか、どっちにしようか。
寝ているあの人を見ると、いつも頭の中が真っ白になる。それはやはり、私もまだまだ恋する乙女と言うことだ。少しだけ嬉しい。まだまだ、私はこの人が大好きなのだ。
結局は何もしないであの人の部屋から出てしまった。明日こそは何かしようと、昨日と同じことを思った。そして明日も同じことを思うのだろう。弱い私は、明日も弱いまま。
部屋に戻ると、私はすぐに寝巻に着替える。そしてすぐさま明かりを消して布団を被る。あぁ、早く今日が終わりますように。そして早く明日が来ますように。明日にはきっとあの人が眼を覚ましていることでしょう。眼を開ければ、あの人が私に微笑みかけて「おはよう」と言ってくれるのでしょう。だから早く明日になってください。そう思わないと、私は生きていけないのです。明日になれば、眼を覚ます。明日になれば、眼を覚ます。そう毎日、思わないと、私は駄目になってしまいます。確証のない希望にすがらなければ、私は生きていけない弱い女なのです。
夜、眠る時は不安だ。
もし夢にあの人が出てきたらどうしよう。私はきっと、眼を覚ますことを拒否するに違いない。例え夢でも、あの人と一緒なら、私は喜んで永遠に眠ることにしよう。だからどうかお願いです。夢であの人が出ませんように。私はこの世界で、あの人が作った平和な世界であの人と共に生きたいのですから。
私は誰にお願いしているのだろうか、と自問して、私は目を閉じた。
おやすみなさい。私。さよなら、今日の私、どうか明日も、この世界が続きますように。
番外編終わり
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これは一刀が眠り続けている時の、斗詩の一日を描いた物です。斗詩の心情描写が多く書かれているので、少し読みにくいかもしれません。
太宰治の『女生徒』という作品をイメージして書きました。一応、最終回とは少しだけ関係あるので、軽く読んでみてください。お願いしますね(´∀`*)