No.205009

一刀の記憶喪失物語~袁家√PART26~

戯言使いさん

次回は番外編(シリアス)を入れてから、その次が最終回になります。

みなさん、もう少しで終わるので、我慢してくださいねー

2011-03-05 13:47:16 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4594   閲覧ユーザー数:3903

 

 

 

辛そうに鎧刀を握り締める一刀。

 

その姿を、斗詩は後から見ていた。何度も声をかけようと思い、手を伸ばしたがその手は空中を彷徨うばかり。

 

一体、なんて声をかければいいのだろう。

 

 

消えてしまう一刀に、何と言って励ませばいいのだろう。

 

 

―――斗詩と猪々子はすでに七乃から、一刀のことは聞かされていた。一刀はもう、消えることを覚悟していると言うことを。

 

 

 

それを聞いた時の感情を、斗詩はうまく表現することが出来ない。だが、斗詩は最後まで、一刀が長い眠りにつくまで、ずっと傍にいてあげようと心に決めていた。

 

 

「あ、あの・・・・」

 

 

斗詩は散々迷ったあげく、一刀に声をかけた。

 

具合悪そうな顔の一刀が斗詩に振り向いた。一瞬、その姿が以前の一刀のように見えた気がしたが、すぐさま今まで通りの怖い風体の一刀に戻る。

 

 

「・・・・・もう少しです・・・・大丈夫ですか?」

 

 

「ん?あぁ、大丈夫だよ」

 

 

「あ・・・・その・・・・・」

 

 

何を言えばいいんだろう。

 

言いたいことは一杯あった。もしかしたら、最後の会話になるかもしれないからだ。でも、肝心な言葉は何も出てこない。

 

 

「斗詩・・・・・いつも通りでいいんだよ」

 

 

「はい?」

 

 

「猪々子や七乃を見ろよ。普段通りだろ?大丈夫、俺たちは勝てるよ」

 

 

「あ、いえ・・・・そうじゃなくて・・・・」

 

 

「今はそれだけを考えろよ」

 

 

そう力の籠った視線で見られると、斗詩は何も言うことが出来なくなった。

 

斗詩は耐えきれなくなって、一刀の元から去った。

 

 

 

 

 

 

一人逃げるように走っていく斗詩。

 

そんな斗詩の様子を見ていた猪々子と七乃は、お互いに顔を見合わせ、斗詩の後を追いかけた。

 

 

 「斗詩ちゃん・・・・」「斗詩」

 

 

「七乃さん・・・・文ちゃん・・・・私、なんて言えばよかったのかな?だって、お別れなんだよ?私たちを引っ張ってここまで連れて来てくれたのは今の一刀さんなんだもの・・・・だから、何か言ってあげたいのに・・・何も、思い浮かばないよ・・・・」

 

 

「・・・斗詩ちゃん。私にあれだけ言ったのに、忘れてしまったんですかー?」

 

 

「何を・・・・?」

 

 

「一刀さんは一刀さん。記憶を失う前も、失った後も、一刀さんは一刀さんだって、私に言ってくれたじゃないですかー。だから、お別れじゃないんです。だから、何も言わなくていいんですよー」

 

 

・・・・そうだ。自分は七乃にそう言った。それを忘れていた。

 

でも、例えそうでも、心の中にはモヤモヤが居座っていた。

 

 

「斗詩・・・・・あのさ、あたいらが兄貴の傍にいて学んだだろ?」

 

 

「一刀さんの傍で・・・・」

 

 

「あぁ。最初の村では、盗賊に一人で立ち向かおうとした。呉でも蜀でも、常に自分に正直、そして前だけを見てたじゃねーか。あたいは、そんな兄貴を見て一つだけ学んだ。

 

 

 

 

 

後を見ても何もない。

 

 

 

今に立ち止っても何も変わらない。

 

 

 

だから、前に進むんだって。

 

 

 

兄貴はそうやって生きてきた。だから、あたいらもそう生きようぜ」

 

 

 

猪々子の言葉に、斗詩は思わず笑みを浮かべた。

 

自分は本当に弱い。あんなに強い一刀の傍にいたのに、自分は何も一刀のことを知らなかった。それが悔しいと思うと同時に、斗詩の心に再び火がともった。

 

 

「そうだね・・・・一刀さんが前を見てるんだもの・・・・・私たちも前、向こうね」

 

 

 

 

 

斗詩は一度だけ大きく息を吸うと、力強く立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北郷様!華雄将軍からの合図です!村にいた兵士たちは無事、合流できたそうです!」

 

 

外を見張っていた兵士が一刀たちの元へとそう報告しにきた。

 

一刀は「御苦労」と声をかけると、塀の上に立った。

 

塀の下には、鎧をつけ、武器を持った兵士たちが整列している。そしてその先頭には、斗詩や猪々子、七乃が立っていた。

 

 

一刀は大きく深呼吸をすると、鎧刀を手に持った。

 

手に伝わる確かな重量は今の一刀には心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・次が最後だ」

 

 

 

 

 

 

一刀の声が、響く。何も聞こえない、まるでその場だけが時に取り残されたかのように、静かだった。

 

 

「お前たちはよく戦ってくれた。ありがとな」

 

 

そう言って、一刀は頭を下げた。

 

そして再び顔を挙げた時、一刀の顔はいつもの凛々しい物へと変わっていた。

 

 

 

 

「この戦で死ぬかもしれねぇ。怪我するかもしれねぇ。でもよ、俺はそれを受け入れる。

人生ってのはさ、一つの物語なんだよ。重要なのは、長いかじゃねぇ、どんなに良いかってことなんだ。

 

 

 

 

 

もしかしたら、死んでしまって、すべてを失うかもしれねぇ。でもよ、人生ってのは、すべてを失くしても、それに値する何かがあるんじゃねーのかと、俺は思う。

 

 

 

 

 

 

・・・・なぁ、俺はその何かを手に入れたい」

 

 

 

 

 

一刀の言葉は、すべてを物語っていた。

 

自分が消える。それを受け入れようとしている。

 

それは兵士に向けた言葉と言うよりも、斗詩たちに向けた言葉に近かった。

 

 

―――消えることを分かっている。それは、一体どれほどの恐怖なのだろか。

 

 

だが、その運命を悲観せず、更に消えることを肯定的に考えようとしている。

 

 

・・・・・強い。

 

 

と、斗詩は改めて思った。

 

それと同時に、自分の弱さに情けなくなる。あれほどにも、堂々としている一刀に比べて、今の自分に出来ることと言えば、涙をこらえることしかできなかった。

 

 

 

「敵の数は多い。でもな、そんなのは関係ねぇ。臆病者は数の力を喜ぶ。でも、勇敢な精神をもつものは、一人で戦うことを誇りにする。ここまで戦い抜いたお前たちは、間違いなく勇敢な兵士だ。俺は戦う!すべてを失ったとしても、それ以上の何かを手に入れるために、一人になってでも剣を振るう!」

 

 

 

一刀が鎧刀を大きく振った。

 

 

「さぁ、おめぇら、剣を構えろ!槍を持て!俺らはこれから突撃をかけるぞ!」

 

 

 

「「おぅ!!」」

 

 

一斉に兵士たちが武器を構えた。

 

 

「門を開け!」

 

 

「「おぅ!」」

 

 

兵士たちの叫び声が大陸中に響き渡った。

 

凛々しく鎧刀を構える一刀の姿は儚くて今にも消えてしまいそうに斗詩には見えていた。

 

今すぐ抱きしめたいと思った。でも、斗詩はそれを耐えて、代わりに武器を握りしめた。そして、前を見つめる。前だけを見つめる。

 

 

 

 

 

 

ギィ

 

 

 

と、砦の門が少しずつ開いていく。

 

 

 

 

 

 

兵士たちの士気は最高潮に達していた。

 

 

一刀は舞台の上から門が開かれていく様子をただ、静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 

門が開いていく。

 

 

 

 

「・・・・・猪々子」

「あいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

門が開いていく。

 

 

 

 

「・・・・七乃」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

門が開いていく。

 

 

 

 

「・・・・斗詩」

「うぅ・・・は、はいぃ・・・・」

 

 

 

 

ふぅ、と一刀が息を吐いて、そして一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全軍、突撃ぃ!」

 

 

「「わぁぁぁぁぁあ!」」

 

一刀の叫び声が響くと同時に兵士が一斉に敵へと向かって行く。

 

その先陣を切るのは、鎧をつけずに大剣を振るう猪々子と、鎚で敵をナギ払う斗詩の二人だった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

その二人の叫び声はすさまじく、敵にはまるで飢えた獣のように見えた。

 

しかし、後から見ていた兵士たちには全く別のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは、子供が悲しみに暮れて泣き叫ぶようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦争から半年の時が過ぎ、大陸は平和になった。

 

全力でぶつかることにより、お互いに信頼し合えた三国。その三国の連携により、大陸は真の意味で平和を迎えることになった。

 

 

―――あの五瑚との戦。結果は勝った。

 

 

兵力差など物ともせず、兵士一人一人が一騎当千の働きをした。斗詩や猪々子に限っては、その暴れる姿はまさに獣。すさまじい、の言葉に限る。しかし、いくら士気が高いと言っても、疲労の溜まった兵士たちでは無理がある。そこは七乃が様々な策を用いて敵を翻弄、そして殲滅していった。圧勝、とまではいかなかったが、五瑚の精鋭部隊を破り、三国の戦争を守り切った。

 

そして平和の功労者として、敗兵村の兵士や村人を含めた、斗詩たちは三国から恩賞を受けることになった。

 

兵士のある者はそのまま敗兵村にて生活を営み、ある者は正式に再び軍に入れてもらったり、様々だった。

 

 

 一方、斗詩たちはその恩賞を辞退し、小さな村で暮らそうと思っていた。しかしそれでは気が収まらないと言うことで、仕方がなく小さな村の役人をすることで取りあえずは収まった。

 

本人たちにしては、静かに、生きるためだけに働き、つつましやかな生活をしたいと思っていたが、町での生活はそれなりに穏やかで、何より平和に暮らしていた。

 

 

 

だが、一つだけ問題があった。

 

 

その一つだけが、斗詩たちを大きく変えていた。

 

 

 

 

 

 

斗詩たちの主人でもある北郷一刀は

 

 

 

 

 

 

 

あの戦から、目を覚ましていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

次回最終回

 

 

 


 
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