たとえば、こんな年越し
「ねぇ、一刀」
「なに?」
「暇」
「………そうだな」
「『そうだな』じゃないわよ。大掃除は昨日終わらせたし、『ガキ使』もまだ始まらないし、することないのよ」
「俺と冥琳みたいに本でも読んでれば?」
「いや」
「じゃぁ、祭さんの手伝いで御節でも作ってみれば?」
「めんどくさい」
「じゃぁ、雪蓮は何がしたいの?」
「一刀とあ~んなことや、こ~んなことが…し・た・い」
「駄目だ」 「ダメじゃ」 「…だめ」
「……………………………はぁ」
雪蓮と恋はテレビ前に設置された炬燵でゴロゴロと寝転がり、冥琳と俺はソファの両サイドで本を読み、祭さんはキッチンで御節の準備をしている。
さて、なぜこんな会話になっているかというと、今年は冥琳の部屋で年を越すためだ。一昨年は俺の部屋、去年は雪蓮の部屋ときたので、順番的に今年はこうなった。このままいけば来年は祭さんの部屋かな。…え、恋の部屋?なんというか、一昨年が恋の部屋でもあったということしか言えないな。
冥琳の部屋は繁華街から離れた位置にあった。静かな環境を好む冥琳の部屋は、彼女らしく物が少なかった。フローリング敷きの部屋にはソファとガラス製のテーブル、テレビが置いてあり、それ以外には観葉植物がいくつか飾られているのみだった。ちなみに本棚や服などは寝室に置いてあるそうだ。
「年越しに炬燵がないなんてありえないわ!」
という雪蓮の言により、俺の部屋から大き目の炬燵を運び込んだ。ついでにゲームの類も。最初は冥琳も反対していたが、結局雪蓮の押しには勝てず、こうして和洋折衷の奇妙な部屋ができあがったわけである。
………普段から落ち着いた部屋を維持しているだけあって、少し可哀相だ。
「雪蓮?そんなに暇なら持ち込んだゲームでもやっていてくれ。読書の邪魔だ」
「何よ、ひどい言い方ね。………あぁ、そういうことね」
「………なんだ、その含んだような反応は?」
「べっつにー?ただ、一刀と一緒に同じソファに座って、同じように本を読みたいだけなんだよねー、冥琳は?」
「なっ!いや、そんなことはないぞ!ただ雪蓮が落ち着きがないから窘めただけではないか」
「そんなこと言いながらも、その綺麗な脚は一刀の上から離れないのよね?」
途端に、俺の両脚が軽くなった。どかされて気が付いたが、冥琳は俺の腿の上に脚を置いていたらしい。俺はふつうに座り、冥琳は肘掛を背もたれにしていて、ちょうど俺と冥琳の体勢が直角だったから、丁度いい置き場だったのだろう。
顔を上げた俺と目が合うと、冥琳は顔を赤くさせて慌ててながら言い訳をしているうちに、ソファから転げ落ちてしまった。
「ぷっ!くくく………あっはっはっはっは!何やってるのよ、冥琳!」
「ううう、うるさい!そんなに暇なら私が相手をしてやる!一刀。ゲームを借りるぞ!」
「どぞー」
「何やる?格ゲー?シューティング?冥琳の好きなの選んでいいわよ」
「そうか………ならばこれにしよう。いつも通り、負けた方が酒の買い出しだな」
「…………………………………………………………………げ」
冥琳が紙袋の奥から取り出したのは、ぷ○ぷよだった。他のゲームはからっきしな癖に、ああいったパズルゲーだけは得意なんだよなぁ、冥琳のやつ。
対する雪蓮はというと、負けがほぼ確定しているためか、どんよりとした雰囲気を纏っていた。冥琳はあえてそれを無視してゲーム機のセットを始める。………うん、フルボッコにする気だな、ありゃ。
俺は雪蓮の冥福を祈らずにはいられなかった。
雪蓮と冥琳はゲームで対戦をし、恋は炬燵で丸くなり、俺はソファで本を読んでいた。と、誰かが俺の前に立つのを感じたので、顔をあげると、そこにはエプロンをした祭さんがいた。
「御節の準備は終わったの?」
「まだじゃが、あと少しじゃ。今は夕飯の鍋の準備をしておるぞ。出汁が取れたんじゃが、味見せんかと思っての」
「そう?じゃぁ、遠慮なく味見させてもらうよ」
俺はそう答えて祭さんの手から小皿を受け取る。透き通った黄金色の液体からは湯気とともに食欲を誘う匂いが漂ってくる。正直、祭さんの腕は知っているからまったく心配していないのだが、くれるというのだから貰っておこう。
「………ありがとう、美味しかったよ。さすがだね」
「なんの。単に経験があるだけじゃ」
祭さんはそう言ってゲームに興じる雪蓮たちを見やる。
彼女たちの方からは、すでに『ば○え~ん!』という声がすでに5回以上聞こえている。
いったい冥琳はどこまで雪蓮を虐める気だろうか。
「………それにしても、あやつらももう少しこういったことに興味を持ったらいいと思うんじゃがの。男を捕まえるには、まず腹からじゃというに」
「あはは。雪蓮も冥琳もエプロン姿は想像つかないなぁ」
「聞こえたら殺されるぞ?」
「聞こえなかったら問題ないよ」
そういって、俺と祭さんはニヤリと笑いあうのであった。
キッチンに戻った祭さんと入れ替わりに、今度は恋が炬燵からもぞもぞと抜け出して、俺の座っているソファへとやってきた。
「ん、恋か。炬燵は飽きたのか?」
「(ふるふる)」
「じゃぁ、おなかが好いたのか?今祭さんが準備してくれているよ。鍋の出汁は取れているみたいだから、もうすぐだと思うけどな」
「………それも、ある」
「『それも』ってことは他にもあるんだな。なんだ?言ってごらん?」
俺の言葉に、恋はしばし考え込んだ後、こう言った。
「一刀は………料理ができる女の子の方が、好き?」
「一刀は、料理ができる女の子の方が、好き?」
「……………………………」
なんというか、まったく予想していなかった発言が飛び出したもんだ。これまでの恋は、食べる方が専門だったからな。実際、俺と恋の食事はいつも俺が作っている。一度恋と一緒に試みたこともあるのだが、その時のことはあまり思い出したくない。味がどうのこうのではなく、料理を始める以前の問題だったからだ。
………昔話は置いておくとして。
「どうしたんだ?急にそんなこと言うなんて」
「………祭が言った。男は腹から捕まえる、って」
「言ってたな」
「でも…恋は、何も作れない」
「………作れないな」
「一刀は、料理ができない恋のこと、好きじゃなくなる?」
床に膝立ちになっている恋は、そう言って俺の膝に両手を置いて見上げる。その目は、泣いているとまでは言わないが、俺からの返答によっては、すぐにでも泣き出しそうな雰囲気を醸し出していた。
俺はひとつ息を吐くと、恋の頭を撫でた。
「ほら、恋。こっちにおいで」
「………………?」
恋は俺の言う通りに、床からソファに上がる。横を向いて俺の両脚の上に座り、若干怯えながらも俺にもたれかかってきた。
俺は、恋の身体を優しく抱きしめる。
「恋、俺は恋が好きなんだ。料理とかそんなことは関係ない。恋だから好きなんだよ。………………恋は俺が料理を作らなかったら、俺のこと嫌いになる?」
「(フルフルフルフル)」
「俺もおんなじだ。だから、気にしなくてもいいんだよ」
「………………ん」
「………でも、今度また、一緒に料理に挑戦してみようか」
「ん。………今度は台所、壊さない」
「あぁ、一緒に練習しような」
「ん…いっしょ」
それきり俺たちは言葉を切った。恋は俺にマーキングをするかのように頬ずりをし、俺もまた、恋を撫で続けるのであった。
「そろそろ年が変わるわね」
「そうだな」
「じゃのぅ」
「………zzz」
「あ~ぁ、恋、また寝ちゃってるよ。今年こそは起きてる、って言ってたのにな」
「まぁ………恋だしね」
年が明けるまで、あと数分を残すのみとなった。炬燵の上にはほぼ空になった鍋や、器などが置かれ、床には所狭しと、酒の空き缶の詰まったビニール袋がいくつも置いてある。
何回目になるかわからないこの年越しの行事も、そろそろ終わりを迎えようとしている。恋は俺に寄りかかって眠り、雪蓮と冥琳はテレビそっちのけで話に花を咲かせ、祭さんは、酒を煽りながらそれを眺める。いつも通りの行事。いつも通りの年越し。願わくば、来年もこのメンバーで過ごせますように。
「あ、みんな!カウントダウンするわよ!」
「ふぅ……どこからそんな元気が出るのやら」
「一刀よ、恋は起こさなくてよいのか?」
「時間も時間だし、こうなったらなかなか起きないからね。いつものことだよ」
いつも通りに年が終わる。いつも通りに年が始まる。
世界中でこの瞬間を祝っているが、突き詰めれば、一日が終わり、一日が始まるだけである。しかし、俺達はそこに意味を見出している。世界中の人がそれぞれの意味を抱えているように、俺だって、この特別な瞬間を大切にしたい。大切な女の子と、大切な友達と過ごすこの時間。俺にとっては掛替えのない時間。だから、俺の胸はこんなにも満たされているのであろう。
―――恋………HAPPY NEW YEAR―――
俺は恋の耳元に口を寄せ、そっと呟いた。
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