#23
「黄色い布を巻いていた?」
「そうなのよ。一人二人なら別に気にもしないんだけど、何百人という集団がみんな同じものを身に着けているの。そりゃ気になるわよね。
で、そろいもそろって、自分たちはどこどこに行こうとしていただけなのにー、って言ってるの。どこかに行くだけなら斬らないってーの。略奪行為をしてるからこっちは討伐に出た、ってーの」
今、俺たちは雪蓮と冥琳の執務室に集まって、雪蓮の報告を聞いている。朝のことがあったからか、報告する雪蓮もどことなく不貞腐れている。
それにしても………出てきてしまったか。こうやって黙って話を聞いてはいるが、俺の心中は穏やかではない。なまじ彼女たちを知ってしまっているだけに、黄巾党が現れ始めたことが信じられないのだ。
「ふむ…もしそいつらが別の賊と繋がりを持っているなら、早めに叩いておかないと拙いな。………雪蓮、そいつらはどこに行くと言っていた?」
「そんなの覚えてないわよ。弱すぎて、早い段階から色々溜まっちゃってたし………」
そう言って雪蓮は俺に目配せをする。いや、俺悪くないし。
「そこをなんとか思い出せ。今後を左右する大事なことだぞ」
「でも、場所じゃなかった気がするのよね。地名というよりは、人の名前っぽかったわ………確か……………」
「(頼む。思い出さないでくれ)」
俺のそんな思いは祭さんの一言により、簡単に払われる。
「思い出せないなら、同行した兵に聞けばよいじゃろう。策殿もどうせその時は熱くなっておったのじゃ。ここで思い出すのを待つよりはずっと早いと思うがの」
「それもそうね。誰かある!」
雪蓮の声により、外で待機していた侍女が執務室に入ってきて、そして指示を受け再び出ていく。
参ったな………。
「そうよ、思い出したわ!張角よ、張角!あいつら『俺たちは張角ちゃんのところに行くんだー』って口々に叫んでいたわ」
「張角か…どうやらそれが首謀者か賊の頭領の名前らしいな。呼び方からして、女なのだろう。他には何か言ってなかったか?」
「はっ!張角の名前以外にも、張宝、張梁の名を出す者もおりました」
「全員同姓ということは、おそらく親子か姉妹か、とにかくその張家のつながりの者たちが関わっているのだろうな。………下がってよいぞ」
侍女に連れられてやってきた兵は、実に優秀だった。天和だけでなく、地和、人和の名前もしっかり憶えていたんだからな。その兵はまったく悪くないのに、心の中で舌打ちをした。と、雪蓮がこちらを見た気がした。………気づかれたか?
しかし、俺の懸念とは裏腹に、雪蓮は冥琳や祭と会話を続けている。思い過ごし、だといいんだがな………。
「じゃぁ、今後はその張角たちの動向を探らせよう。………とは言っても手掛かりは名前以外にはないからな。あまり期待はできそうにないな」
冥琳の言葉で、報告はひと段落を見せた。
祭さんが兵の調練に行くと出ていき、冥琳と穏も部屋を出ていくのを見ながら、俺は今後の身の振り方を考えていた。
そして、恋もふらっと出ていき、部屋の中に雪蓮と俺だけになった時、雪蓮が口を開いた。
「―――で、残っている、ってことは何か話があるのよね?」
「………………………………あぁ」
「それで、話、って?」
「………気づいているんだろう?」
「あたしは一刀の口から聞きたいのよ」
解散が宣言された時、雪蓮は俺に視線を送ってきた。俺はその意味を汲み取りここに残っている訳だが――――――。
「………察しの通り、俺は張角たちを知っている」
「………………………へぇ」
俺の言葉と同時に雪蓮の眼が細まり、俺を睨むように見つめてくる。そこには驚きは一切なく、ただ、わかっていたことを改めて聞いたというような表情が浮かんでいた。
「彼女…いや、彼女たちは、ただの旅芸人だ。俺と恋がここに来る前に知り合ってね」
「で、張角たちを知っている一刀としては、今回のこと、どう思う?」
「………………………そうであって欲しくないという俺の願望も含まれているとは思うが、彼女たちはおそらく略奪行為のことを知らない。彼女たちは純粋に自分たちの歌を聴いて欲しい、もっと多くの人に楽しんで欲しいという思いのもとに行動をしている。実際に話もしたし、真名も貰った。恋も3人と真名を交換しているよ。だから言える。彼女たちは、首謀者ではない」
「………そう」
そこで一度、俺たちの会話は途切れた………かに思えた。
「では、彼女たちの知らないところで、彼女の信奉者が暴走している可能性は?」
「っ!」 「………」
扉から入ってきたのは冥琳だった。俺は気づかぬうちに、よほど動揺していたらしい。部屋の外の彼女の気配にまったく気づいていなかったんだからな。雪蓮はといえば、特に驚いた風もなく。視線で冥琳に話の続きを促す。
「ありえない話ではないだろう?たとえ彼女たちに悪意がなくとも、彼女らの歌に心酔し、それが信仰にまで発展するということは」
確かに………ありえない話ではない。俺の世界でだって、歌で数十万人を動かした歌手もいるんだ。この世界いたって…それが天和たちだっておかしくはない。
「………ありえるな。彼女たちの歌には希望がある。その希望を感じた追っかけが信奉者として、彼女に会いに行こうとすることもあるだろう」
「しかし、元来ただの民だ。旅をするほどの蓄えもない。それでも彼女たちの歌を再び聴きたいという思いが勝ったとき、彼らは賊に落ちるのだろうよ」
「あるいは、信仰の対象として貢物でも送るつもりなのかもね」
「………………………………」
二人の言葉に俺は言葉を返せなかった。なぜなら二人の言葉はたぶんに真実を含み、そして実際その通りに思えて仕方がなかったからだ。
「ねぇ、冥琳。仮に、彼女たちにそれほどの力があるとして、この賊たちがさらに大きくなる可能性は?」
「大いにありうるな。総体として見れば、民はもはや疲弊しきっている。そこに希望を見出せば、十分に動く動機にはなるな」
「………いや」
「………どうしたの、一刀?」
俺はひとつ呼吸をして、口を開いた。
「………きっと、なる」
俺の言葉に、冥琳も雪蓮も目を見開いていた。言ってしまえば、彼女たちは机上の空論を交わしていたに過ぎない。そこに俺が、真実味を持って、現実を突き刺してしまったからだ。
「何故、そう思うの?」
「おそらく、二人も彼女たちの歌を聞けばわかる。それだけの可能性や力を、あの娘たちの歌声は秘めているんだ」
冥琳は俺の言葉を額面通りに受け取っているようだが、雪蓮は違った。再び眼を細め、俺に問いかけてくる。
「一刀、貴方には何が見えているの?」
「雪蓮?」
「冥琳はちょっと黙ってて。一刀、貴方には何かが見えているのよね?それも今あたしと冥琳がしたような話じゃなくて、もっと具体的な未来が」
「………どうしてそう思う?」
「簡単なことよ。あたしの勘がそう囁いているもの」
………そろそろここも潮時なのかもな。俺は意を決して、頷いた。
「これから俺が話すことは、ただの想像にすぎない。その前提で聞いてくれ」
「いいわ」
「………わかった」
「まず、張角たちの信奉者が大陸全土に広まる。これは何も彼女たちの力だけじゃない。漢の人間じゃないから言えることだが、もはやこの国は限界だ。官は腐敗し、民はいつ反旗を翻してもおかしくない。その中で、民たちが見る希望が彼女たちなんだ。
人というのは、人数が多ければ多いほど自分たちの力を過信する。万単位まで膨れ上がった賊は、もはや当初の目的も忘れ、ただ、力を求めるだろう。言ってしまえば、漢王朝を滅ぼさんとする力をね。
もちろん朝廷だって、馬鹿じゃない。自分たちの威光を奪おうとしているんだ。全力で潰しにかかるだろう。まぁ、雪蓮たちや他の諸侯にも討伐の勅令が下るだろうね」
「そうなったら、あたしたちにとっては好機ね」
「そうだな。上手く動けば、袁術軍の兵力を削ぐだけでなく、我らも何かしらの恩賞を賜れるかもしれない」
「まぁ、ここまでは前置きなんだが―――」
「そうなの?」
「まぁね。俺が一番懸念していることがある。………その前に、ひとつ、質問してもいいか?」
「………なに?」
黄巾党の跋扈なんて前置きに過ぎない。今度こそ、ずっと懸念していたことを俺は口にする。
「雪蓮たちは………呉を復興するためなら、友を斬る覚悟はあるか?」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。たとえ友を斬ることになろうとも、呉の復興を目指すかどうか。是か否かで答えてくれ」
「………………」
冥琳は口黙ってしまう。当然だ。いきなり哲学とも言えるような質問をされたのだから。
しかし、雪蓮は違っていた。彼女は些かも迷う素振りを見せず、毅然と言い放った。
「あるわ」
「あるわ」
「雪蓮っ!?」
「そりゃあるわよ。だって私たちの悲願だもの。仮に、その友が私たちの邪魔をするというのなら、その友を斬ってでも、私たちは前に進む。どんなことだってする覚悟があるからこそ、こうやって袁術の配下なんかにおさまってるわけだしね」
自分で袁術の名を出しておきながら、雪蓮は本当に厭そうな顔をする。
「で、それがどうかしたの?」
「あぁ、さすが未来の呉王だよ。これで心置きなく―――」
俺は二人の眼をそれぞれ見つめ、区切りの言葉を口にした。
「―――ここを去ることができる」
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