殺風景な景色がしばらく続いた道の先にある村に司馬懿と鄧艾、それに一刀の三人がやってきていた。
早朝に城を出て数刻ほどしたところにあるこの村が司馬懿の目指していた場所だった。
一刀は街とは違った活気のなさに少し戸惑いながらも、のどかで平和そうな村だな、と思いながら、まだ慣れない馬上で村の風景を見渡した。
「勝里さん、俺たちってどこに向かっているんですか?」
「一刀くんには話していませんでしたね。水鏡先生、と言えば分かるでしょうか。その人の下が目的地です」
「水鏡先生、確か司馬徽って名前だった気がする」
「正解です。わたしは以前、その水鏡先生の教え子さん全てをわたしのところに仕官してもらおうと企んだ事がありました。失敗に終わりましたが」
飄々と言ってのける司馬懿に一刀は、あはは、と苦笑いしか浮かべられなかった。
「おかげで水鏡先生とは交流を深める事ができ、生徒を一人推薦してもらえたのです。その生徒さんを今日はお迎えに来た、というわけです」
「推薦されるってことは凄い子なんですか?」
「名前はまだ窺っていません。しかし、水鏡先生が才能なき者を無闇に推薦することはないでしょう。覚えている限りでは皆、可愛らしい子でしたから、可愛い子が入ってきてくれます。よかったですね、一刀くん」
「いや、何がよかったのかわかりませんから。やっぱりその子も女性なんですか?」
「はい。正確には少女ですね。嬉しいですか? 一刀くん」
「だから、どうして俺に聞くんですか? まるで俺が女の子大好きな奴みたいじゃないですか」
「女の子はお嫌いですか?」
「いや、可愛い子は好きだけど……。そういう勝里さんはどうなんですか? 嬉しかったりするんじゃないですか?」
「それはもう昨日から寝ていないくらい嬉しいです。水鏡先生からの推薦された子がわたしの配下に加わってくれるなんて思ってもいませんでしたから。ちなみに、わたしは女の子大好きです」
「……そうですか。ちょっと困るかなって思った俺がまだまだでした」
「日々努力ですよ、一刀くん」
肩をぽんぽんと叩かれて励まされるのが、無性に脱力感を覚えた事を一刀は黙っている事にした。
そうこうしている内に司馬懿たちは目的地に到着していた。
「ずいぶん小さな家ですね。ここで勉強してるんですか?」
「いえ、これは水鏡先生の家です。私塾はもう少し離れた場所にあります」
「そうなんですか」
「そうなのです。それじゃここで待っていてください。わたしはご挨拶してきます」
馬を下りた司馬懿は一様の礼儀として髪が乱れていないか、服装が乱れていないかを確認してから家の前に立った。
「司馬懿仲達と申す者ですが、水鏡先生はご在宅ですか?」
「先生ならいませんよ。今、急用で留守です」
声のした方を見ると、両手で斧を持ち、薪割りをしている少女がいた。
癖のある赤毛に勝気な目を持ち、身長はずいぶんと小柄で、そこいらの子供に混ざっても違和感のないくらい小さな女の子だ。
「お留守ですか、困りましたね。いつ頃お戻りになるか、分かりますか?」
「夜までには戻る、と先生から言伝を預かっています。それまで中で休んでいてください。今、薪を割っているので、それが終わってからお茶をお出しします」
「偉いですね。あなたのような可愛らしい少女が薪割りとは。もしよろしければ、わたしの連れにやらせましょうか?」
「先生から預かった仕事ですから頼む気はありません。どうぞ、ご自由にお寛ぎください」
赤毛の少女は薪割りを再会し、司馬懿は鄧艾と一刀を呼んで事情を説明した。
「急な用事じゃ仕方ねぇ」
「何もしないでいいんですか?」
「いいえ、そういう訳にはいきません。そうですね、辰と一刀くんは魚を釣ってきてもらえませんか? 昼時までに人数分、あの少女のも忘れないように」
「承知だぜ、旦那。んじゃ、一刀。行くか」
「俺、釣りってあんまり得意じゃないんだけどな」
「釣れなけりゃ素手で捕まえるまでよ。ぐだぐだ言わず、行くぞ」
やる気満々の鄧艾を追いかけるように一刀が走って行き、残った司馬懿は少女の方に目をやった。
「そういえばお名前を窺っていませんでしたね。わたしは司馬懿仲達。新野で太守などをしている者です」
「単福(たんふく)、先生の身の回りのお世話をさせていただいています」
「単福さん、ですか。では、わたしは中で寛いでいますので、何かお手伝いする事があればいつでも呼んでください」
そう言って頭を下げた司馬懿は家へと入った。
「お待たせしました。どうぞ」
司馬懿が積み重なっていた兵法書や農業書を読み漁っていると、単福が薪割りを終えてお茶を振る舞いに来た。
本を閉じ、元あった場所に戻して淹れたてのお茶が入った湯飲みに口をつけて、ずずっと茶をすすった。
「美味しいお茶ですね。茶葉は良い物を使っているのですか?」
「普通に売っている安価な茶葉です。美味しいのはわたしが淹れたからです」
「なるほど。茶を淹れる人の腕がよければ美味しい茶が飲めると聞きます。配下の人たちは茶を淹れられるような方がいないので、とても残念ですね」
「……そうですか。それは残念ですね」
「ええ、とても。もしよろしければ、わたし専用の給仕になりませんか? あなたのような可愛らしい人がなってくれたら、とても嬉しいのですが」
「………先生に申し訳ないので、お断りです」
「そうですか、残念です。あ、お茶をもう一杯いただけますか?」
「あ、はい。どうぞ」
ついつい美味しいお茶なので何杯も飲んでしまい、単福はどこか嬉しそうな様子で湯を沸かしに向かった。
淹れたお茶を褒められて嬉しかったのだろうと解釈し、司馬懿は手元の書物を手に取った。
しばらくして戻ってきた単福は湯飲みにお茶を淹れて、またすぐ出て行き、戻ってくると木の板を持ってきた。
「司馬懿さま、一局お願いできますか? 噂の真相を確かめたいのです」
「どのような噂かは知りませんが、いいですよ。しかし、これを見るのはずいぶんと久しぶりですね」
「……そうなのですか?」
「最近忙しくて、遊んでいる暇がないのです。よく鄧艾と姜維がやっていますが、わたしはただ見ているだけですね」
「勝てるから、ですか?」
「さて、どうでしょう。それは今から確かめるのでしょう」
挑戦的な言葉に単福は少しむっとなって、盤上に駒をばらまいて、指定の位置に置いていく。
司馬懿もゆっくりとした動作で盤上に駒を配置し、正座して単福と向き合い、一礼する。
「お先にどうぞ」
「余裕そうですね。では、遠慮なく」
先手は単福が取り、駒に手を伸ばした。
司馬懿と単福が勝負を始めた頃、鄧艾と一刀は川の下流にいた。
なぜ、そんな場所にいるのかというと、鄧艾と一刀は釣りを始めた当初、急いで釣らなくても大丈夫、という余裕で何も考えずに釣り糸を垂らしていた。
しかし、いくら待っても魚が食らい付く気配はなく、おかしいと思った鄧艾は丁度良く通った村人に話を聞くと、川の下流にしか魚はいないということだった。
ならば、と下流に来たのはいいのだが、そこはのんびりと魚を釣る場所のようで、釣り糸を垂らして世間話に花咲かせている老人たちの溜まり場となっていた。
そんな場所に割って入るような事はせず、鄧艾たちはおとなしく更に下流に足を運んだ。
「ここなら釣れそうだな。一刀、最低でも四匹だ。俺とお前で二匹ずつ釣るぞ」
「おぉ! がんばるぞ!」
「その意気だ! よっしゃ、針を投げ込め!」
そんな会話をはるか昔にしたような気のする二人は、未だに当たりのない浮をジッと見つめていた。
「なぁ、あれからどれくらい経つ?」
「ずいぶん経つと思うけど、たぶんもうすぐ昼」
「だよな。けど、一匹も連れてないよな」
「そうですね」
二人はがっくりと自分達の無力さを噛み締めながら、だらんと首を落とし、針を回収した。
「おかしいな。魚はいるのに、何で釣れねぇんだ?」
「警戒してるんじゃないですか?」
「……そうだな。そうじゃなかったら一匹も連れねぇ理由が説明できない」
恨めしそうに川を見つめる鄧艾は急に、はぁ、とため息を漏らした。
「これはやりたくなかったんだけど、仕方ねぇよな」
「え? 何か方法あるんですか?」
「ある。あるけど、こりゃ後で旦那に怒られそうだ」
鄧艾は拳をぎゅっと握り、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐きだした。
キッと睨んだ先は魚がいる川。ゆっくりと拳を後ろに引き、一点を見つめる。
「一刀、ボーっとしてると飛ばされるぜ」
「ま、まさか……!」
「すぅ…………」
今度は長く息を吸い込んで、そのまま………。
「はあああああぁぁぁぁぁ――――――――っっっ!!!」
鄧艾の咆哮に重なって、拳から放たれた赤い光は川に直撃し、ドオォン! と爆発音を響かせた。
「うおぉっ!?」
爆風に飛ばされそうになった一刀は地面にへばりつき、なんとか飛ばされずに済んだ。
「いやぁ、大漁大漁♪」
満足げに川を見つめる鄧艾の視線を辿り、一刀は見たものは、川に浮かぶ動かなくなった魚たちだった。
「ずいぶんと大きな音がしましたね。おそらく辰が魚が釣れないことに腹を立ててやったのでしょう」
「……今、司馬懿さまの配下の人は危険人物ではないのか、と疑問に思いました」
「あれは真っ直ぐなだけです。さて、そんな事より続きをしましょう。どうぞ、そちらの番ですよ」
「……わかっています」
単福は視線を盤上に移して、駒の配置を確認した。
「中々見事な配置ですね。攻め難く守り易い。崩すのが大変です」
「そちらは酷い有様ですね。攻め易く守り難い。大将が丸裸ですよ」
そう虚勢を吐いた単福だが、実際は司馬懿の布陣は厄介この上ない配置をされていた。
大将が剥き出しになっている状態は通常なら作らず、いかに大将を取らせないように、かつ相手に攻め込めるように配置するのが常なのだが、司馬懿は大将を護る駒を周囲に配置してはいなかった。
普通なら総攻撃をかけて力押しで大将を取りに行くのだが、冷静に考えた単福はこれが罠だという事に気が付いた。
自分の布陣が総攻撃を仕掛けた瞬間、ばらばらに配置されている駒が自分の大将目掛けて一斉に襲い掛かってくる陣取りを構築されてしまっていた。
「ここを……いえ、こちらにします」
「ふふ、そうですか。では、わたしはこちらをこう動かして」
一手一手に言葉に出来ない重さを単福は感じていた。
一歩間違えれば敗北。今までに何度も敗北を味わってきてはいるが、それは実戦経験のない学生同士でやっていたお遊びに過ぎず、負けても悔しい程度で終わらせる事ができていた。
しかし、今の相手は自分が相手にしてきた者とは全く違う本当の戦いを知っている人物だ。
一手一手の重みが単福の精神をすり減らしていった。
「そろそろ終局ですね。これをこちらへ」
「まだどちらも動く気配がないのに終局ですか。もうすぐ昼なので、ご飯ということでしょうか? これを動かして」
「いえ、わたしの勝ちで終局、という意味です。これで最後」
ポン、と置かれた駒を少し見て、自分の駒を動かそうとした単福はある事に気が付いた。
いつの間にか、自分の布陣にたった一箇所、突破できる場所を作ってしまっていた。
司馬懿が打った手はその場所に攻め込める配置で、どんなに頭を巡らせても逆転の答えは導き出されることはなかった。
「………参りました。ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました。単福さん、久しぶりに面白い勝負ができて嬉しかったです」
お互いにお辞儀をして相手に敬意を払い、盤上の勝負は司馬懿の勝利で幕を閉じた。
「わたしが負けた理由、わかっているなら教えていただけませんか?」
「簡単なことです。集中力が途切れた、というだけのことですよ」
「……集中力が?」
「先ほどの音、あれを機に単福さんの一手にまったく警戒心を抱かなくなりました。今までは盤上に集中していたのに、音のせいで集中できなくなったのでしょう」
「つまり、ちょっとしたことで集中できなくなってしまったから負けた、ということですか」
「言い方を変えればそうです。しかし、単福さんが軍師になるつもりがないなら別にこれといった問題はありません。戦場では予期せぬ事が起こるのが当たり前ですから」
「………」
駒を片付け始めた司馬懿はちらり、と単福に目を向けた。
勝気な目が若干潤んで、唇を噛み締めて司馬懿の事は受け止めている姿がそこにはあった。
単福は司馬懿が見ている事に気付いて袖で涙を拭い、手早く駒と盤を片付けて足早に立ち去った。
悪い事をした、と思う司馬懿だが、それと同時に是が非でも自分の配下に加えたい、と内心で単福を手に入れられないか考えていた。
「旦那、戻ったぜ」
「はぁ、いろんな意味で疲れた」
「おや、おかえりなさい。辰、まずは謝りなさい。一刀くん、お疲れ様です」
「すまねぇ、旦那。けど、大漁だぜ」
鄧艾は籠一杯に入った魚を見せて言い訳をしようとしたが、顔色一つ変えず、にっこりと微笑む司馬懿を見てもう一度謝った。
「あまり彼を責めないであげなさい。あなたの為にやったのだから」
穏やかな喋り方をする妙齢の女性が鄧艾たちの後ろから現われ、司馬懿は小さく一礼した。
「先生、おかえりなさい」
盤を片付けて戻ってきた単福が先生、と呼ぶのは一人しかいない。
「水鏡先生、ご無沙汰しています」
「あなたも元気そうでなによりです。仲達くん」
水鏡先生こと司馬徽はにっこりと優しい笑みを浮かべて言った。
お久しぶりの傀儡人形です
リアルが忙しくて執筆作業が遅れましたが、ようやく投稿できました。
さて、今回出てきた単福。私は彼女をヒロインに考えております。
ハーレムはあんまり好きじゃないので、実質一人を攻略対象にするつもりです。
鄧艾には姜維を。一刀には………という具合にする予定です。←変えるかもしれません
もしよろしければ次回も読んでください。
では……。
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どうも傀儡人形です。
かなりの駄文。キャラ崩壊などありますのでご注意ください
オリキャラが多数出る予定なので苦手な方はお戻りください