こんがりと美味しそうに焼けた鄧艾が力技で獲ってきた魚を主食に、わずかな米を炊き出したものを茶碗に入れた程度の質素な昼食を終えて、司馬懿と司馬徽は単福が淹れた茶を飲みながら世間話に花咲かせていた。
一刀は鄧艾に無理やり連れ出されて鍛錬に付き合わされ、単福は使った食器類を洗いに川に行っている。
「いい子ですね、単福さんは。羨ましいです」
「羨ましいからといって連れて帰りたいなどとは言いませんよね?」
「是非ともお持ち帰りしたいです。しかし、水鏡先生の身の回りの世話をしているのなら諦めようと思います。あのような優秀な子を奪うなど、わたしには出来ませんから」
「そんな心にもない事を言わなくてもよろしいです。すべてわかっていますから」
「これは手厳しいですね」
そうは言いつつ、表情一つ変えない司馬懿はお茶を飲んで一息ついた。
「腹の探り合いなんて止めましょうか。疲れてきました」
「そもそも仲達くんが始めたんですよ? 相変わらずよくわからない子ですね」
「それがわたし、司馬懿仲達だと思ってください。さて、水鏡先生。わたしに推薦してくださる子とは、どのような子なのですか?」
「名を徐庶元直と言います。わたしが教えている子たちの中で三番目に頭の良い子です」
「そこで三番目というところに少々、悪意を感じますね」
「そんな事を言ってはいけませんよ。徐庶本人が推薦して欲しいと言ったのですから」
「ほぅ、そのような物好き、もとい素晴らしい子がいたのですか」
「本当にわたし自身もそう思います。仲達くんが初めて私塾に来た時の事を覚えていますか? そのとき、元直はお休みで、仲達くんの事を見てはいません」
「孔明さんと盤で勝負した日ですね。孔明さんはお元気ですか? 少し会わせたい子がいるので、できれば私塾に出向きたいのですが」
「孔明なら元気に勉強していますよ。会わせたい子とは、北郷一刀くんのことですか?」
ちらり、と部屋から見る事ができる庭の方へ目を向けた。
丁度庭では一刀が鄧艾の蹴りを喰らって高々と飛び上がっていた。
「ちゃんと避けないと怪我するぞ、一刀」
「いや、怪我じゃすまない! 死ぬ!」
落下した一刀が命の危険を訴えるが、鄧艾はまったく聞く耳を持たず、高速で蹴りを繰り出した。
一歩身を引いてなんとか回避した一刀に鄧艾が、にやりと笑った。
「避けれるじゃねぇか。んじゃ、もう一回!」
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」
庭の騒がしさに苦笑を浮かべながら、司馬徽は楽しそうにそれを見守る司馬懿に視線を向けた。
「楽しそうですね」
「ええ、すごく」
満面の笑みで返された言葉にさすがの司馬徽もため息を漏らした。
「話を戻しましょう。どうして北郷くんを孔明に会わせたいのですか?」
「簡潔に言うなら、反応が見てみたい、というだけですね」
「反応……孔明がとても不便に思えてきました」
「ちなみに、鳳統さんにも会わせてみたいです。おそらくわたしの想像通りの反応を示してくれると思いますから」
「……本当に不便な。北郷くんもあの二人も」
額を押さえて悲しそうな司馬徽に励ますような声をかけると司馬徽はため息を漏らした。
「先生、今戻りました」
「おかえりなさい。丁度良かった。彗里、話を進めたいからここに座りなさい」
ぽんぽん、と自分の横を叩いて単福にそこに座らせた。
「仲達くんの事だから何か感づいていると思いますが、彼女は単福などと言う名前ではありません。この子こそ徐庶元直。わたしが推薦する教え子です」
「偽名を使っていて申し訳ありませんでした。改めまして、徐庶元直です」
頭を下げた単福、もとい徐庶に司馬懿はにっこりと笑みを浮かべたままお辞儀を返し、ササッと徐庶の前に移動してその手を両手で包み込んだ。
「これは嬉しい誤算です。才ある単福さんも徐庶さんも欲しいと思っていたわたしに救いの手が差し伸べられました。同一人物なら迷う必要もありません」
「は、はぁ……騙されていた事に付いて怒ったりはしないんですか?」
「別にわたしに被害はありませんし、偽名を使う事は悪いと言いません。わたしだって、暗殺者相手に『司馬懿仲達だな!』と言われれば、『いいえ、その父、司馬防です』と嘘を言います」
「「…………」」
「ちなみに父にこの事を話すと『面白い、もっとやれ』と評価してくださいました」
はっはっは、と笑っている司馬懿とは逆に声すら出ない司馬徽はハッと我に返り、呆然と司馬懿を見つめている徐庶の肩を掴んだ。
「彗里、今すぐに考え直しなさい。この人に関わってはいけません」
「しかし先生……ただおかしいというだけで仕官を取り止めてはわたしの名にも司馬懿さまの名にも傷が付きます。それに、わたしは大丈夫です。これくらいでは悩みの種にはなりません」
「あなたは強い子ですね。わたしは今すぐにでも帰っていただきたいです」
「先生、負けてはいけません」
「彗里……そうですね。わたしが挫けてはいけません」
「その通りです。先生」
先生と教え子の涙ぐましい感動場面に特に興味のない司馬懿はまだ半分くらい残っている湯飲みを手に庭へと足を運んだ。
まるでボロ雑巾のように地面に転がった一刀を見下ろす鄧艾の姿がそこにいた。
「悪い旦那、やりすぎた」
「声が聞こえなくなったと思ったらこういうことだったのですか。一刀くん、大丈夫ですか?」
「………………」
「ピクピクしているだけで反応がありませんね。これはとっておきの方法を使うしかありませんか」
倒れた一刀に近づいた司馬懿は膝をおって一刀の耳元に顔を近づけた。
「――――――――」
「ひぃ! く、来るな! 来るな――――――っっっ!!!」
司馬懿が耳元で何かを呟くと、虎にでも遭遇したかのような叫び声と共に飛び上がった一刀が全速力で走り去っていった。
「辰、一刀くんをお願いします」
「はいよ。けど旦那、何言ったんだ?」
「いえ、少々またお勉強をやり直しますかって呟いただけです。効果覿面でした」
「……んじゃ、俺は一刀追います」
「頑張ってください。一刀くんは逃げ足が速そうなので馬を使うといいですよ」
「俺だって脚力には自信があります。追いついてみせます――っよ!」
鄧艾が走り出すと風が吹いた。
湯飲みに砂が入らないように手で覆い、砂埃がなくなったところで一口飲んだ。
「うん、美味しいです」
「何事にも動じないのは素晴らしい事だと思いますが、行き過ぎるのは良くないと思いますよ?」
「おや徐庶さん、水鏡先生との漫才はもうよろしいのですか?」
「漫才って言わないでください。先生が今日は泊めてくださるそうです」
「それは願ってもない事ですね。一刀くんは動けない状態で帰ってくると思いますし」
「……いえ、何も言いません。これから同じような事が起こるだろうから」
「賢明な判断です。では、わたしは水鏡先生に挨拶をしてきます」
「はい、わたしは買出しに。今日はわたしの手料理を振舞おうと思います」
「それは楽しみです。では、また後ほど」
一礼した司馬懿は司馬徽の元へと足を運んだ。
司馬懿は星が煌く夜空を見上げて杯を傾けた。
徐庶の手料理を司馬懿一同は美味しいと絶賛し、瞬く間に食べ終えて、食後の茶を楽しんだ後に司馬懿は了承を得て酒を頂戴して月見酒と洒落込んでいた。
鄧艾は食後すぐに城に今日は戻らないという知らせをする為に馬に跨って帰り、一刀はなんとか食事にありついた後、疲れ果てたように眠ってしまった。
全速力で居もしない男色の男から逃げて村の外まで走っていったのなら無理もない。
「月が綺麗ですね。そうは思いませんか? 徐庶さん」
「そうですね。わたしもそう思います」
杯に酒を注ぐ司馬懿は徐庶に向けて言葉を発した。
徐庶は酒の入った壷を両手で抱えて司馬懿の後ろに立っていた。
「徐庶さん、お酒はあなたのような少女が嗜むものではありませんよ?」
「失礼ですね。子供じゃないんですからお酒くらい飲みます」
「そうですか。では、お酌していただけませんか? わたしもお酌して差し上げます」
「そのつもりで来ました。隣、失礼します」
遠慮がちに司馬懿の隣に座った徐庶は空になった司馬懿の杯に酒を注いだ。
「ありがとうございます。それで、わざわざお酌をする為だけに来た訳じゃありませんよね? ご
相談ならお聞きしますよ?」
「お見通しでしたか。それならば、お尋ねしたい事があります」
壷を置き、徐庶は正座をして真っ直ぐに司馬懿を見つめた。
「わたしに才があると司馬懿さまは言われました。しかし、わたしは自分に才があるとは思えません。わたしは友達にすら勝てない非才なのです」
「そのお友達は孔明さんと鳳統さんですか? それならば安心してください。彼女らの才はわたしよりも上です。実戦を積み重ねれば、の話ですけど」
「司馬懿さまより……凄い。わたしはその二人を見て軍略を学んできました。しかし、いくら兵法書を読み、軍略を考えても太刀打ちできませんでした」
「ほぅ、徐庶さんが太刀打ちできないとは……あの頃より更に腕を上げたのですね、孔明さんは。さすがです」
「……お尋ねします。わたしは司馬懿さまの助けになるでしょうか? 司馬懿さまが歩む道の妨げにはならないでしょうか?」
徐庶の頬に涙が伝っていた。
徐庶の今まで隠してきた感情が司馬懿には手に取るように分かり、それがどれだけ苦痛な事か、瞬時に理解する事ができた。
司馬懿から見て諸葛亮は天才という域すら超える人物だ。鳳統も同様に自身よりも才を持っていると認めざる負えないほどである。
その二人を見ながら、比較しながら高め合っているのだとしたら、どれほどの努力を積み重ねても報われる事はない。
諸葛亮と同じ立場にいる司馬懿は、それを見てきたからこそ理解する事ができた。
「大丈夫ですよ。彼女たちが凄すぎるだけです。あなたはわたしと同じくらいの才をお持ちの素晴らしい人材です」
心のより所を求めている徐庶に司馬懿はゆっくりとした動作で抱きしめた。
「うわわ……!」
「『うわわ』とは……『はわわ』と『あわわ』に並ぶくらい珍しい動揺ですね」
「そ、そんなことより離してください!」
「離しません。いいですか徐庶さん? あなたは大きな勘違いをしています」
「……勘違い?」
「そうです。徐庶さん、全ての事象を予想し、それに対処するのが軍師の仕事です。しかし、それをたった一人で行なうなんて事は誰であろうと無理なのです。なぜだか分かりますか?」
「……天気に絶対がないように断言できないからです」
「その通りです。例えば徐庶さん、わたしがこのように抱きしめる事を予想しましたか? あなたがこの話をする前にこのような事が起こると予想できましたか?」
「いいえ、全くの予想外です」
「わたしの行動は相手を落ち着かせる行為です。こうやって抱きしめていれば、人は安心感を覚える。心の治療としても有効な手立てです。落ち着きましたか?」
「はい。もう大丈夫ですから……」
「わたしがもう少しこうしていたいので離しません。あ、不快だと感じるなら止めますよ?」
「……いいです、好きにしてください」
不快感より安心感の方が勝っていて、徐庶は拒絶する事ができなかった。
このままでもいいか、と心の中で思っていたりする。
「思わぬ反応に驚きです。話を戻して、徐庶さんが予想できなかったのはわたしがどのような人物で、どういった行動を取って、どういう態度を示すか、それをわかっていないからです」
「……司馬懿さまのことを理解していれば予想できたということですか?」
「わたしには姜維という鄧艾と並ぶ将がいます。彼女はわたしのことをよく理解していますからこのような行動を予想することが可能です。計画をことごとく潰されました」
「……先生から何をしたかは聞き及んでいます」
「そうですか。このように相手を理解していれば対処は可能です。結構回りくどい言い方していますけど、分かりましたか?」
「……たぶん。いえ分かりません」
「素直でよろしい。つまり、誰かに聞きましょう、という事です。抱え込んで誰にも何も言わなければ溜め込んでいくだけで開放できなくなります。孤独ではないのですから、誰かに相談してくだ
さい。徐庶さんにはそれが出来るのですから」
そこで言葉を区切り、司馬懿は徐庶から離れて酒盛りを始めた。
先ほどの言葉が徐庶の頭の中に何度も往復して離れない。
「今日はもうお休みなさい。明日は城に向かいますよ」
「……はい。相談に乗っていただき、ありがとうございました。失礼します」
お辞儀をして立ち去る徐庶を横目で見ながら司馬懿はふぅ、とため息を漏らした。
「嫌な事を思い出しましたね。いい感じに酔えそうにありませんね」
置き去られた半分以上残っている酒を壷を傾けて一気に飲み干し、司馬懿はあてがわれた部屋で眠る事にした。
いかがお過ごしでしょうか、傀儡人形です
不幸がありました。実家で両親にネット接続を禁止されてしまいました
シナリオ投稿には学校のパソコンからできるのですが、
コメントをくださった方たちにすぐに返事を返すことが難しくなりました
返事は返そうと思っているので、決して無視しているわけではありません。
こういう不幸は続きそうで怖いのですが、
投稿はのんびりやっていこうと思うので、これからよろしくお願いします
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どうも傀儡人形です。
かなりの駄文。キャラ崩壊などありますのでご注意ください
オリキャラが多数出る予定なので苦手な方はお戻りください