司馬懿仲達は幼い頃より他を寄せ付けない才能を発揮していた。
文字の読み書きを誰よりも早く覚え、武術も一騎当千とまでは行かずとも自分の身を護れる程度には強くなり、まだ子供だと侮ると足元をすくわれる者が続出した。
成長して大人になった司馬懿は誰も手が付けられないほどの異常振りを発揮し始めた。
洛陽で文官として働いていた頃は他の人の仕事まで奪って成功を収め、それを妬んだ者が仕向けた暗殺者を逆に利用して依頼主を殺させ、負けさせようと仕向けられた戦では連戦連勝の活躍を見せた。
誰もが司馬懿仲達を恐れるようになり、厄介払いの意味で洛陽から離れた新野で太守として才を発揮するように勅命が下った。
「という経緯があり、わたしはこの城の主になったのです。お分かりいただけましたか?」
「えっと、はい、なんとなく」
「なんとなく、ですか。まあいいでしょう。それより御遣い殿、わたしはあなたの話を聞く為にわたしの過去をお話したのです。何一つ包み隠さずお話してください」
城の一室、これから一刀の部屋となる予定の場所で、司馬懿は説明口調で一刀に言った。
一刀が司馬懿に拾われて一夜が明け、司馬懿と鄧艾、それに名前の知らない人物が見守る部屋で一刀は司馬懿に素朴な疑問をぶつけてみた。
どうして新野太守なんてやっているのか、というものだ。
一刀の知る三国志では、司馬懿の登場する話は曹操に無理やり呼び出されたからで、太守なんていう地位にはいなかったと思ったからだ。
司馬懿はそれを話す代わりに一刀に自分が何者なのか包み隠さず話すように約束させていた。
「ある程度の事は昨日聞きましたから今日は別の質問をしていきましょう。北郷くんはどうしてわたしの事を知っていたのですか?」
「三国志っていう俺のいた時代にあった漫画で、そこに司馬懿仲達っていう曹操に仕えていた軍師がいたんです。諸葛亮と並ぶ凄い人なんです」
「なるほど。北郷くんの時代ではわたしは“まんが”というものになるほど有名な人物で、曹操に仕え、諸葛亮なる人物と競い合っていたのですか。とても興味深いですね」
「鄧艾さんのこと昨晩思い出しました。あんまり印象になくて思い出しづらかったんですけど、諸葛亮の後を継いだ姜維っていう武将と競り合っていた武将です」
「―――――――ッ!?」
「姜維って……なぁ、どっちが勝ってたんだ? 俺か? それとも姜維か?」
「鄧艾さんの方が戦では勝ってました。一騎打ちだとわからないけど」
「だってよ、天。やっぱり俺が勝つのは確定らしい」
「………」
眉間にしわを寄せて、壁に背を預けた形で立っている人物が、ふんっ! と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「えっと、もしかして……」
「紹介していませんでしたね。そこで不機嫌そうにしているのが姜維です。用心深いのでそのうちお話してみてください。しかし、わたしは曹操に仕えたのですか、しかも無理やり」
面白そうにうんうん、と頷いてから、まるで好奇心旺盛な子供が向けるような目で一刀に更なる質問をぶつける。
「曹操は何をしましたか? 具体的にお願いします」
「魏っていう自分の国を作って、呉や蜀、孫権や劉備と競い合ってました。魏が勝ったんですけど、最終的には滅んで、魏を滅ぼしたのは……」
「待ってください北郷くん。それ以上は話さなくて結構です」
「……どうしてですか?」
急に静かに告げられた言葉に一刀は思わず聞き返した。
「今現在、魏や呉、蜀という勢力はありません。それらを知るのは構いませんが、それを滅ぼす勢力のことまで知る必要はないからです。わたしが知りたいのは『国』ではなく、『人』です。説明不足でしたね、申し訳ありません」
司馬懿の謝罪を聞いて、一刀はあっ! と自分がしてしまった過ちに気が付いた。
未来の出来事を知っていれば、何をすればいいのか手に取るようにわかってしまう。
逆に言えば、それさえ可能なら未来を変える事ができてしまうという事だ。
「ご、ごめんなさい! 俺、何も考えずに……」
「いいえ、こちらの説明不足です。ささ、続けてください」
「えっと、じゃあ有名な名前だけ言います。大きな勢力になるのが曹操に袁紹、袁術、孫策、劉備、董卓、馬騰、武将なら曹操には夏侯惇と夏侯淵、孫策なら黄蓋や甘寧、袁紹は顔良と文醜、劉備の義兄弟の関羽と張飛、他にもたくさんいます」
「なるほど。『彼女』たちはいずれ大きな勢力を築くのですか。劉備と董卓以外は聞いた事のある納得できる人物ばかりですね」
「『彼女』たち? あの、俺が言っている三国志は全員男ですけど……」
「……? わたしが聞いた名前に男性は一人も含まれていない筈ですが?」
お互いに顔を見合わせて、相手が嘘を言っていないのか探る。
一刀はそんなことできないが、司馬懿は一刀が嘘を言っているようには見えず、しばらく考えた後、一つの結論に至った。
「北郷くんの言う三国志とこの時代は違うのではないでしょうか? 曹操は女性、というより少女に近いですね。他の方々も拝見した事のある者は一部しかいませんが、どれもわたしから見れば可愛らしい方々でしたよ」
「……じゃあ俺はタイムスリップしたんじゃなくて、パラレルワールドにいるのか?」
「“ぱられるわーるど”とは何ですか?」
「違う世界……つまり、それとは異なった別の世界です。司馬懿さんや鄧艾さん、姜維さんのように男の人がいても、曹操や孫策とかは女性っていう世界に来てしまった、って言ってわかりますか?」
「――――――――ッ!!」
「ぷっくくく、天が男……くくく」
姜維がピクッと反応し、鄧艾が腹を抱えて声を殺して笑い出した。
「あぁ、わたしとしたことが……またしても説明不足でしたね。姜維は女性です」
「………………え?」
一刀は壁に背を預けた姜維をじっと見つめた。
綺麗な顔立ちに緑色の長髪、徐々に視線は下へと下がり、胸へと向かう。
平らで胸があるようには見えなかった。更に視線を下へ向けて、足のラインがくっきりと出るズボンを履いている。
「ご、ごめんなさい! 俺、姜維さんを男の人と思ってて……」
「良い。何度も言われているから気になどしない。お前も気にするな」
「いや、でも……」
「いいんだよ、別に。今日はじめて言われたわけじゃないんだ。俺だって、初めて会った時は女って見えなくて、一緒に風呂に入りそうになった」
「ふ、風呂!?」
風呂と聞いてよからぬ事を考えてしまった一刀に司馬懿がふふ、と笑みを向けた。
「あの時は本当に楽しませてもらいました。布を体に巻いただけの天が辰を追い掛け回す姿は今でも鮮明に覚えています」
「旦那は助けてくれるどころか、俺を天に売りやがったんだ。ひでぇよな?」
「自業自得だ。まったく。勝里さまも面白がらず、言ってくださればあのような事には……」
「仕方がありません。楽しかったのですから」
あれやこれやと昔話を始めてしまった司馬懿たちに一刀はまたしても素朴な疑問が頭をよぎった。
「あの、鄧艾さんたちはどうして司馬懿さんのことをしょ……」
次の瞬間、一刀の目と鼻の先に拳が、首にいつ抜刀されたのか分からない長刀が添えられていた。
「今、何言おうとした?」
「え、えっと……!?」
ドスの利いた低く唸るような声に乗せられた明らかな敵意と殺気に一刀は気絶してしまいそうになる心をなんとか持ち堪え、それに答えようとする。
しかし、命の危険が迫った人間がきちんと喋れる訳がなく、口ごもってうまく喋る事が できなかった。
「辰、拳を退きなさい。天、刀を鞘に納めなさい」
「しかし勝里さま! こやつが何を言おうとしたのか、それを思えば当然の事」
「そうだぜ、旦那! こいつは今、言っちゃならねぇことを言おうとした」
「そうですね。しかし、言ってはいません。それに北郷くんは真名を知らないのです。無理もないと思いませんか?」
「でもよ、旦那……」
「辰、わたしは一度だけなら真名を無断で言われる事は許しています。わたしが許しているのなら問題ないでしょう?」
「……旦那がそういうなら」
「そう仰るなら。命拾いしたな」
ゆっくりした動作で拳を退いた鄧艾を見て、姜維も鄧艾に負けないくらいの殺気を込めた目で睨みながら刀を納めた。
「申し訳ありません、北郷くん。しかし、この世界では当然の行動だと思ってください」
「俺、何か悪い事したんですか?」
「わたしたちには皆、『真名』という呼ぶ事を許した者しか口にしてはいけない神聖な名前があるのです。それを無断で口にすれば、殺されても誰も文句を言えません。むしろ、呼んだ方が悪いと末代まで言われるでしょう」
「す、すみませんでした! 俺、また悪い事して……」
「いいえ、これは少し予想していた出来事です。真名の重み、分かっていただけましたか?」
「じゅ、十分に」
刀の添えられた首を手で押さえて、そのときの感じを思い出して身震いした。
拳は何が起こったのか把握できなかったが、刀は冷たく、動いたら斬れるという感触が直接伝わっ
てきて、冷や汗が止まらなかった。
「結構です。北郷くんにはわたしは真名を預けてもいいと思っています。誠実そうな子ですし」
「勝里さま。わたしは賛成しかねます。軽率な行動は慎むべきです」
「う~ん、俺は別にいいと思うぜ。さっきは旦那の真名言われそうでとっさに動いたけど、こいつそんなに嫌いじゃない」
「好き嫌いの話ではない。慎重になるべきだと言っているのだ」
「そういう細かい事は旦那に任せようぜ。俺たちは付いていけばいい」
「勝里さまの負担を増やすな。大体、辰はいつもいつも……」
それから一刀の事が話し合われるでもなく、姜維が鄧艾に説教をはじめ、司馬懿がそれを楽しそうに眺め、どうすればいいかわからずオロオロしている一刀の姿が腹の音が鳴るまで続いた。
姜維の説教が終わる様子がなく、ついに鄧艾は逃亡。それを追いかけて姜維も部屋から飛び出して行った。
「すみません、なにやら騒がしくて」
「い、いえ、賑やかでいいじゃないですか」
「そう言ってくれると嬉しいです。わたしはこういう空間が好きなので、止めないんです」
「そうなんですか。俺もこういうの好きですね」
「おや、思わぬところで同志が得られた。北郷くんも必死に逃げる辰と必死に追いかける天を見るのが楽しい事が好きだとは思いませんでした」
「……いろいろ言い方的に問題があると思います」
「止めないのは見ていて面白いからです。北郷くんもああいう相手を見つけて、わたしを楽しませてください」
「おかしいよ! 話がいっきにおかしな方向に飛んだよ!?」
「おっと、つい本音が。しかし、言い訳はしません」
「………」
「危ない人を見るような目で見るのは感心しませんね。安心してください、自覚はあります」
「もっとおかしい!」
「冗談です。さて……」
立ち上がった司馬懿は一刀に一礼して、ゆっくりと顔を上げた。
「わたしは北郷くんを城に住まわせようと考えています。仕事も覚えてもらい、わたしを補佐する一人になってもらいたい。しかし、強要はしません。他の場所に行きたくなればいつでも言ってください。お力をお貸しします」
「あ、いや、俺は他に行く場所もないし、司馬懿さんなら俺の知識っていうか、いろいろ上手く活用してくれると思うんで、ここにいようと思います」
「そうですか。では、部屋はここをお使いください。必要なものがあれば用意させます。ここで過ごしていくのであれば文字の読み書きくらいしてもらいたいので、明日から勉強しましょう。よろしいですか?」
「はい。タダ飯食わせてもらうだけって訳にはいきませんからね」
「その通りです。では、また明日教育係を送りますので、頑張ってください」
部屋の扉を開いた司馬懿は振り返り、一刀を見つめた。
「わたしは司馬懿、字を仲達。真名を勝里と言います。北郷くん、これからよろしくお願いしますね」
「は、はい! えっと、北郷一刀、たぶん一刀が真名に当たると思うんで、そう呼んでください」
「では、一刀くん。失礼します」
司馬懿は一礼して、扉を閉めた。
一人になった一刀は寝台に寝転がり、天井を見つめた。
「俺、大丈夫かな。でも一緒にいるのが“アノ”司馬懿や鄧艾に姜維って凄い人たちばっかりだし、大丈夫だ。うん、大丈夫」
そう何度も自分に言い聞かせ、不意に襲ってきた睡魔に勝てずに目蓋を閉じる。
一刀が司馬懿に仕えることになった一日目は睡眠で幕を閉じる事となった。
どうも傀儡人形です。
いかがだったでしょうか、今回のお話は。
司馬懿がどうして新野太守になっているのか、そこらへんを少しだけ書きました。
駄文で分かりにくいという点があると思いますが、受け流してください。
次は一刀が読み書きを勉強する話を作ろうと思っています。
では、この辺で。
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お久しぶりの傀儡人形です。
かなりの駄文。キャラ崩壊などありますのでご注意ください
オリキャラが多数出る予定なので苦手な方はお戻りください