No.180711

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第五十二話

狭乃 狼さん

第五十二話。

ついに晋への北伐を開始した一刀たち。

まずは呉軍。

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2010-10-27 15:23:47 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:10676   閲覧ユーザー数:9174

 「分かっていたとはいえ、やっぱり手ごわいわね」

 

 「そうじゃな」

 

 徐州・下邳城の近郊。

 

 『孫』の旗を掲げた軍勢、約十万が、鶴翼陣を展開して『晋』の軍勢五万と対峙していた。

 

 過日、襄陽にて話し合いをしてからすでに半月。

 

 揚州に戻った孫堅たちは、すぐさま州内のほとんどの戦力を終結させ、徐州へと軍を進めた。

 

 まず呉軍がぶつかったのは、徐州に駐屯していた晋の正規兵だった。

 

 徐州に入ればすぐに、虎豹騎との戦いになると思っていた孫堅たちは、正直拍子抜けした。

 

 そして、正規軍の兵たちは、あくまで”普通の”人間であった。

 

 しかも、その戦意が相当に低いことは、火を見るより明らかだった。

 

 わずか半刻で、徐州正規軍は撤退を始めた。それも仕方のないことだった。もともと、正規軍の兵のほとんどは、前徐州の牧である一刀に心酔していた。だが、陳登・陳珪の親子の反乱で一刀は徐州を追われ、正規軍の兵たちは否応なく、陳親子に従わざるを得なかったのである。

 

 その陳親子が、呉軍の甘寧と凌統の二人によって討たれると、兵士たちは一目散に逃げだすか、呉軍に降伏をした。

 

 正規軍をあっさりと降した呉軍だったが、孫堅は気を緩めることなく、

 

 「次は確実に虎豹騎が出てくる。兵たちには、とにかく二人、もしくは三人以上で相手をするよう、徹底させておいて」

 

 そう、部下たちに指示を出した。

 

 少々のことでは倒すことの出来ない虎豹騎の兵たちと、まともに戦うためには、二人以上の複数で、敵兵一人に当たるしかない。たとえ、卑怯といわれようとも。

 

 それが、孫堅たちの対・虎豹騎対策だった。

 

 だがそれは、数の優位という、戦術上の有利を、差し引き零にすることにもなった。

 

 戦いは、こう着状態に陥った。

 

 

 

 「……このままじゃ、埒が明かないわね」

 

 「じゃが、打てる手などあるのか?堅どの」

 

 いらつきながら敵陣を見つめる孫堅に、黄蓋がその隣に並んで問いかける。

 

 「……無い訳じゃないけど。……どうやら、あちらさんも同じ結論に至ったみたいね」

 

 「何?」

 

 孫堅の言葉に、黄蓋がその視線を前方へと転じる。そこには、陣からたった一人で歩み出てくる、毛皮で出来たビキニを身につけた、一人の女の姿があった。

 

 「……一騎打ちで相手を打ち負かして、敵の戦意を削ぐ。……結局、そこに辿り着くわけよ。武人の考えってのはね」

 

 にやり、と。口の端を緩めて言いつつ、孫堅もまた歩み始める。

 

 「堅どの!いくらなんでも無謀すぎるぞ!」

 

 「悪いけど祭。もう何を言っても止まらないよ。……そう、この、血の滾りはね」

 

 自身を制止しようとする黄蓋の台詞にそう返し、孫堅は振り向くことなく、さらに歩を進める。

 

 「……まったく。明命!おるか!?」

 

 「はっ!」

 

 シュタ、と。

 

 黄蓋の背後に、どこからともなく現れる周泰。

 

 「策どのと権どの、それと公謹に急ぎ伝えよ!すぐにこちらへ合流するようにじゃ!」

 

 「はい!」

 

 シャッ!

 

 現れたときのように、一瞬で姿を消す周泰。

 

 「堅殿……負けるでないぞ」

 

 孫堅の後姿を見送りつつ、黄蓋はそう祈るのであった。

 

 

 

 「晋の五神将、第四の席。祝融だ」

 

 「呉王、孫堅文台よ。……殺り合う前に、一つだけ聞く。……あんたにとって、仲達の存在とは?」

 

 「全て」

 

 孫堅の問いに、何の躊躇もなく即座に答える祝融。

 

 「そ。なら、もう交わす言葉はない。江東の虎の牙、その身でとくと味わうといいわ」

 

 「……参る」

 

 ゴウッッッッ!!

 

 二人を中心に、激しい気の本流が巻き起こる。

 

 「あああああああっっっっ!!」

 

 「……………ッッ!!」

 

 雄たけびを上げる孫堅と、無言のままの祝融が、正面から相手に突進する。

  

 ギャリィィィィィッッッ!!

 

 孫堅の南海覇王と、祝融が両手に持つ短刀が、激しい火花と金属音を立てて、ぶつかり合う。

 

 「るああっっ!!」

 

 「……チッ!!」

 

 十合、二十合と。すさまじい速さで、互いの武器を繰り出しては、相手の武器を受け止め、それを受け流し、また、相手に繰り出す。

 

 互いに、相手の致命傷を狙える機を、伺いながら。

 

 「アハハハハハハッッッ!!流石にやるじゃないか、アンタ!!あたしをこれだけ燃えさせるやつは、本当に久しぶりだよ!!」

 

 戦鬼。

 

 そんな表現の似合う、紅潮し、興奮した顔で、笑って言い放つ孫堅。

 

 「……われら”特戦機”型と、まともに張り合えるやつがいるとはな。……ナチュラリアンも、なかなか面白い生き物だな」

 

 「とくせんきがた、ね。……やっぱりアンタも、さいぼーぐとかいう奴なんだね」

 

 「!!……どこでそれを」

 

 「答える必要があるかい?ま、仲達の目的とやらを教えてくれるんなら、特別に教えてやってもいいけど?」

 

 「……フン」

 

 「そういうこった。……それじゃ、続き行くよ!!」

 

 祝融に再び突進する孫堅。そして、再び激突する両者。

 

 

 

 それを、後方から見守る孫策ら呉の面々。

 

 「……やっぱり、母様は化け物だわ」

 

 「……そんなことを言ったら、後で文台さまにどやされるぞ、雪蓮」

 

 「聞こえてやしないわよ。……祭だってそう思うでしょ?」

 

 「……否定はせんがの。じゃが、不安がないとは言わん」

 

 そんな孫策の、母親を茶化す台詞に対し、黄蓋は眉をひそめてつぶやく。

 

 「……不安って、何よ、祭」

 

 「……」

 

 「年だからとか?」

 

 ジロ、と。孫策のその台詞に、きつい視線を送る黄蓋。

 

 「……堅どのはの、病が治っておらんのじゃ」

 

 『…………え?』

 

 黄蓋のその台詞に、一瞬、思考の停止する一同。

 

 「……祭。あなた、今、なんて」

 

 「……本人は隠しおおせているつもりじゃろうが、わしの目はごまかせん。……いつぞやかの病、まだ完治しておらんはずじゃ」

 

 「うそ……」

 

 「とてもそうは、見えませんが」

 

 孫堅の戦いぶりを見る限り、とても信じられないと、周瑜が疑念の顔を黄蓋に向ける。

 

 「じゃから不安なのじゃ。……堅どの、はよう決めてしまえ。……頼む」

 

 「そうじゃないでしょう、祭!それならすぐにでも、みなで加勢を……!!」

 

 「駄目よ、蓮華」

 

 「姉さま?!」

 

 母に対して、すぐの加勢をと言う孫権を、孫策がその正面に立って制する。

 

 「何でですか、姉さま!?本当に母様がご病気なら、このままでは!」

 

 「……」

 

 「ねえ、さま……?」

 

 姉に対して、納得できずに食って掛かろうとした孫権。だが、その姉の瞳に、涙が浮かんでいることに、彼女は気がついた。

 

 「……あたしだって、助けに入りたいわ。けどね、当の母様が、それを一番望んでいないわよ」

 

 「そうじゃな。堅殿とて武人。しかも相手は、下手をすれば自分以上の実力者じゃ。……先ほど本人も言うておったわ。血の滾りは、もはや抑えられぬと」

 

 「そんな……」

 

 「だから蓮華。今は、母様を信じましょう。……江東の虎の、勝利を」

 

 「……はい」

 

 姉の真摯なその表情にうたれ、うなずく孫権。

 

 

 そして、孫堅と祝融の戦いは、いよいよ佳境に入っていた。

 

 

 

 「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 右手で南海覇王を携えつつも、もう片方の手で自身の心臓の場所を押さえて、孫堅は完全に、その呼吸を荒くしていた。

 

 「……まさか、病気持ちだったとはな。それでここまでやれるのだから、さすがだとは言っておこう」

 

 「……そいつは、どうも。けど、病人だからって、遠慮はいらないよ。さ、続きといこうか」

 

 ハァ~~、と。

 

 一度長く息を吐き、再び南海覇王を両手で構える孫堅。

 

 (もう少し、後一撃分だけ、もっておくれよ。子供たちに、虎の魂を伝えるまでは、あたしはまだ、逝けないからね)

 

 「……どうやら、次を最後にしたい様だ。ならば、私もそれに、全力で応えるとしよう」

 

 両手に持つ短刀を、その柄の部分でさかさまにつなぎ合わせ、一振りの武器へとかえる祝融。

 

 「これこそ我が剣の真の姿。名を、『ヴァジュラ・零式』。……虎の牙、今日この場にて、狩らせてもらう」

 

 その剣―ヴァジュラ・零式を構え、体勢を低く取る祝融。

 

 「狩れるものなら、ね。……はああああああ……!!」

 

 「こおおおおお……!!」

 

 気を高めていく両者。

 

 そして、一瞬とも永劫とも思える、その間の後、

 

 「グルアアアアアッッッッ!!」

 

 「カアアアアアアッッッッ!!」

 

 

 咆哮。

 

 

 砂塵。

 

 

 閃光。

 

 

 爆発。

 

 

 そして、大量に巻き上がる粉塵によって、あたりは完全に、視界が効かなくなる。

 

 やがて、その舞い上がった砂煙が、徐々に晴れてくる。

 

 そこには、

 

 両の脚で、しっかりと大地に立つ祝融と、

 

 地に膝を着き、片腕を失って、大量の血を流している、孫堅の姿が。

 

 

 

 『母様!!』

 

 「陽蓮!!」

 

 「文台さま!!」

 

 その孫堅の姿を見て、悲痛な叫びを上げる呉の面々。

 

 「…………さすが、江東の、虎。その牙、病に負けず、か」

 

 祝融がそうつぶやいた瞬間。

 

 ドシュウッッ!!

 

 その体の中央から、大量の血を噴出して、真っ二つになり、祝融は倒れた。

 

 「……母様が、勝った、の?」

 

 「母様!!」

 

 母親の元へと、慌てて駆け寄る孫策。

 

 「医療兵!すぐに文台様を!!」

 

 それに続き、治療専門の兵たちが、周瑜の指示を受けて大急ぎで孫堅の下へ駆け出す。

 

 「陽蓮!しっかりせい!」

 

 「……祭、か。……腕一本、犠牲にしちゃった」

 

 「……ああ」

 

 「……はあ。久々に激しく燃えたわぁ。あたし、思わずイッちゃった」

 

 「……ばかたれ」

 

 医療兵の応急処置を受けながら、いち早く隣に駆け寄ってきていた黄蓋に、その満足そうな笑顔を向ける孫堅。

 

 「……母様」

 

 「雪蓮か。……祭、南海覇王は?」

 

 「ここにある」

 

 孫堅の、その残された左手に、南海覇王を握らせる黄蓋。

 

 「ありがと、祭。……雪蓮、受け取りな」

 

 「え?」

 

 「予定よりちょっと早いけど、今日からお前が、孫家の家長だ。呉の民を、これからはお前が背負っていくんだ。良いね、孫伯符」

 

 南海覇王を孫策に差し出し、孫堅は、その真剣な眼差しを向ける。

 

 「……分かったわ。後はゆっくり、休んでてください。……病もちゃんと、治して、ね?」

 

 「分かってるよ。あたしはそう簡単にくたばりゃしないさ。……一刀に、”四人目”を授けてもらうまではね」

 

 「……あのね」

 

 「はっはっはっは!」

 

 失った右腕の痛々しさを忘れさせるかのように、大声で孫堅は笑った。

 

 

 その後、母の跡を継いだ孫策の指揮の下、指揮官を失って、完全に”人形”の様になってしまった虎豹騎を、徐州、および青州から駆逐することに成功した呉軍。

 

 孫堅は、腕と病の治療に専念するため、抹陵へと帰還することとなった。

 

 まずは、一角。

 

 晋の牙城が崩れた、その日であった。

 

 


 
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