No.178231

PSU-L・O・V・E 【綻び④】

萌神さん

EP11【綻び④】
SEGAのネトゲ、ファンタシースター・ユニバースの二次創作小説です(゚∀゚)

【前回の粗筋】

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2010-10-14 20:43:37 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:669   閲覧ユーザー数:657

◇ ◇ -12:15- ◇ ◇

 

ハリス・ラブワード氏……いや、ハリス博士と呼ぼう。

彼が録画で言っていた通り、同封されていたストレージデバイスの中には研究のデータが収められていた。

博士は研究データの大半は何者かに持ち去られたと語っていた。これが全ての研究データでは無いのだろうが、それでも収穫はあった。

「それでは、このデータはお預かりして、責任を持ってダルガン総裁に提出します。……決して悪用はさせません。貴女の息子さんの為にも……」

「宜しくお願いします」

玄関先で、そう宣言するモリガンに、婦人は深々と頭を下げた。

ラブワード邸で二人は情報の手掛かりを手にする事が出来た。解らない事も多いが、一定の成果を得たと言って良いだろう。

資料と記録を婦人から預かった二人は、彼女の見送りを受け、ラブワード邸を後にする事にした。だが、ヘイゼルは何か気になる事があるらしく、心は此処に有らずといった様子だった。

別れの挨拶を終え、玄関を出ようとドアに手を掛けた二人の後ろで婦人の声が上がる。

「あら、ユエル……どうしたの?」

(ユエル―――!?)

聞きなれた名に驚いて二人が振り向くと、彼女は一匹の白い猫を抱き上げていた。二人の驚いた顔に見詰められ、婦人は不思議そうな表情を浮かべている。

「ユエル……この子の名前です……。ユニスを名付ける前に、彼女の名前の候補として上がっていた、もう一つの名前……この子は名付けられなかったもう片方の名前を貰ったのよ……」

婦人の抱いた猫が不思議そうな顔で二人を見上げ「にゃあ」と鳴く。

その瞳もヘイゼルと同じ榛色(ヘイゼルの瞳)をしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ラブワード邸の前に停められていた車に乗り込むと、モリガンは車を発進させた。

車は一路、ホルテスシティを目指しているが、二人の間に会話は無い。

映像の中で、ハリス博士はエンドラム機関に所属し、『キャスト』にも搭載可能なA・Fリアクターを開発していたと言っていた。

そして、応接間にあった写真で見た、今は亡き博士の一人娘、ユニス・ラブワード……。

彼女にそっくりの容姿を持つ少女型キャスト、ユエル・プロトの存在。

与えられたキーワードから導かれた答え……全ては想像の域を出ないが……。

「ユエルは……死んだユニスの……コピーキャスト……なのか」

ヘイゼルが重く口を開いた。彼の声には力が無い。

 

【コピーキャスト】

 

それは、元となる人物の人格を、そのままコピーされた頭脳体を移植したキャストの総称。

人の意思をデジタル化し、個人のクローンを作製する技術。

魂のクローニング化……永遠を望んだ人の科学が生み出した悪魔の所業。

禁忌とされる、違法に製造された存在だ。

ハリス博士は娘恋しさの余り、開発の枠を超え、私的な理由で娘のコピーを製造したのではないか?

それがヘイゼルの推理である。

もし、ユエルが本当にコピーキャストだとしたら……。

コピーキャストに人権も未来も無い。

その存在を許されない彼等の行く先は、例外無く、くず鉄(ジャンク)置き場だ。

―――ユエルもそうだと言うのか!?

「違うぞヘイゼル……博士が本当に死んだ娘のコピーキャストを製造したとしたら、それには実の娘と同じ名前を付けていた筈だ。……そう、ユニスと……」

モリガンは真っ直ぐ前を見詰めながら断言する。

「何故、そう言い切れる! ……その根拠はあるのか!?」

それは無責任な慰めか……苛立ったヘイゼルが声を荒げた。感情的な彼の問いに、モリガンは自嘲混じりの笑みを浮かべ呟く。

「私も、嘗てそうだったからさ……」

それはどう言う事だとヘイゼルは思ったが、普段の彼女らしからぬ、弱弱しい横顔に問う言葉を告げる事が出来なかった。

だからモリガンが言った言葉の意味は自分で推測するしかない。

本当の娘では無いが、コピーされた娘でも無い……。

博士は、その事実を理解していたのだろう。

だからこそ、付けられなかった方の名を彼女に与えたのではないか?

別の命として……。

 

―――ユエル―――。

 

「ヘイゼル……私が、キャスト専門医になったのは、死んでしまった人間のコピーキャストを造る為だったのだ―――」

衝撃的なモリガンの告白に、ヘイゼルは息を呑んだ。

「あの頃の自分にはそれが出来ると思っていた……そして、その力も有ると信じていた……。だが、それが間違っていると教えてくれたのは、ヘイゼル……お前なのだよ……」

「俺が?」

ヘイゼルは眉を顰めた。モリガンからそんな事実を知らされるのは初めてだし、その彼女を諌めた記憶も無い。

「お前は大切な両親を亡くし、世界に絶望しながらも、常に前を向き、後ろを振り返る事はしていなかった……それが普通の人間の姿なのだ。亡き者を偲び、いつまでも引き摺るのは人としての未熟さ。あまつさえ、その写し身を作り出す等と言う事は、命を冒涜する科学者の傲慢だ……私は、お前のお陰でそれに気付いた」

「……」

ヘイゼルは何も言わなかった。自身には、そのような意識は無かったから。だが、そこからモリガンが何かを感じたとしたならば、それは他人が口を挟むべき事ではない。人が見る世界の側面は、一人一人違っているのだから。

「愛しい者を失った博士の気持ちは解らなくはない。だが、失った命の代わりなどあるわけがないんだ。一つの命は使い切り……リサイクルなど出来ないと言うのに……」

「アリアさん! お久し振りッスね~。こんな所で逢うなんて奇遇ッスよ~」

にこやかに……馴れ馴れしく彼女は笑い掛けてくる。

逢いたくてあった訳じゃない……。

できれば貴女となんて顔を合せたくなかった!

そんなアリアの内心に気付く事もなく、ユエルは喋り続けた。

「私はさっき、ヘイゼルさんに呼ばれて来たッスよ」

「……!」

ユエルの口から飛び出したヘイゼルの名前に、胸が締め付けられるような痛みすら感じる。

アリアはユエルの顔を刺すような視線で見上げた。

その空気に気付かず、ユエルは無垢な小鳥のように囀っている。

だが、過ぎた囀りは、もはや騒音でしか有り得ない。

「あれ? でも、この公園にアリアさんが居るって事はッスよ……ひょっとして、アリアさんもヘイゼルさんに呼ばれていたッスか?」

ヘイゼルの周りに貴女が居るだけで、私はこうも心を引き裂かれそうな気持ちを味わっているのに、貴女は私が彼の傍に居たとしても気にならないの? 私は貴女の心をざわめかせる存在にすらならないと言うの!?

何よ……何なのよ! それは―――ッ!

 

"嫉妬"

 

その気持ちを理解した時、アリアの中で何かが切れた。

堰堤(えんてい・《意》ダム)で澱む愛憎に濁った泥水が、堰を切り奔流となって溢れ出す。

「ヘイゼルと……待ち合わせ……何よそれ……自慢したいの? 余裕のつもりなの? ……それとも、私への当て付けってワケ?」

「……え?」

ごぽりと湧き上がる乾留液(タール)のように、ゆっくりと粘ついた言葉にユエルは戸惑う。その彼女に構わず、アリアはゆらりと立ち上がると迫って来た。

「本当に嫌な子……貴女は……散々、私をかき回して苦しめて、それでもまだ足りないの!?」

ユエルはアリアの変化に困惑し、パチパチと眼を瞬かせた。

その態度が更に、アリアの心を狂わせる。

脳天気な顔が許せない……。

無垢な顔をして二人の関係に割り込んで来た事が許せない……。

許せない……許さない……私は、あなたを許さない!

魂の底から湧き上げる嫉妬の炎。

憎悪が粘性の質を持って、ゆるらりと燃え上がっている。

「アリアさん……どうしたッスか―――?」

「黙りなさいよ、この泥棒猫!」

アリアは鬼の様な形相で一喝した。彼女の剣幕に脅え、ユエルは後退る。

「貴女が来てから、私の周りは全て滅茶苦茶になってしまったのよ!」

妬みが毒となってアリアの口から湧き出した。

「貴女が居なければ、彼の隣には私が居られた……! 貴女が居るから私は居る意義を失った……! 貴女さえ現れなければ……貴女さえ居なければ!」

繰り返されるアリアの呪言。吐き出した恨みの言葉がユエルのココロにまるで無数の針のように激しく突き刺さる。

製造(生まれて)から初めて向けられる、他人からの強い負の感情。嫉妬は憎しみになりえるのだ。だが、その感情がユエルには理解できない。人の感情を理解するには、彼女の人生経験は不足しているのだ。

 

だから、解らない……ワカラナイ……。

 

彼女の気持ちがワカラナイ。

 

憎悪の理由がワカラナイ。

 

その想いに応える術がワカラナイ。

 

ディ・ラガンに迫られ、命の危機を感じた時とは別の恐怖に、ユエルの身体はガクガクと震えだす。

 

ワカラナイ……コワイ……ワカラナイ……コワイ……ワカラナイ……コワイ……コワイ……コワイ!

 

「あ……あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁ―――っ!」

その恐怖に対処する術が解らずに、ユエルはその場から思わず逃げ出した。

まるで自分の感情から逃げ出すかの様に―――。

「逃げるの卑怯者!? 良いわ、貴女なんか、そのまま居なくなってしまえ! 戻って来ないでよ! アハハ……アハハハハ―――ッ!」

耳(聴覚センサー)に飛び込んで来たアリアの最後の罵声と哄笑。

それはやがて低い嗚咽へと変わったが、ユエルに振り返る気持ちの余裕は無かった。

突き付けられた言葉が凶器となり、ユエルのココロをズタズタに壊している。

(……負荷ヲ……カクニ……提案……)

ココロの深い奥底で、何かがのそりと首を擡げ様としていた。

リニアライナーの駅構内を女性が歩いていた。

緋色を主色(メインカラー)とした、金属と複合樹脂の外装、キャストには珍しく、肩に緋色のケープを纏い、頭髪も緋色、瞳の色も緋色……全てが緋色で彩られた緋色の女性キャスト。

信念を持って生み出されたかのような緋色の女の髪に、ただそれだけが不釣合いと思える、可愛らしい花の髪飾りが揺れている。

緋色の女性キャストの外見は、同性でも溜息を吐くほどに、人目を惹く美しさを持っているが、彼女には思わず視線を逸らせてしまう様な独特の空気が有った。

譬えるなら、それは抜き身の真剣。

怖気を催すほど美しくも、危険な雰囲気を彼女は漂わせていた。

「そう……上手く行ったみたいね。計算通りで拍子抜けしちゃうわ」

緋色の女は左耳のセンサー部に片手を添え、何者かと会話している。彼女達キャストの人工内耳を覆う集音器を兼ねたカバーには、ビジフォンも内蔵されているのだ。

「それじゃあ、アナタはそのまま彼女の後を……。ええ、それで良いわ。後で合流しましょう、私も今からそちらに向かうわ―――」

緋色の女が会話を終える頃には、構内を抜け出し外に出ていた。

外界に出た彼女は一瞬、後ろを振り返り、ステーションの外壁に取り付けられた駅名標に目を移した。

 

『ホルテスシティ・リニアライナー・ステーション』

 

此処はヘイゼルとユエルが初めて出会った場所だった。

緋色の女が哂う。その顔を見た通りすがりの男性が、ギョっと驚き、慌てて目を逸らすと足早に走り去って行く。

「妬みは芽吹いた。後は花を咲かせるだけ……それじゃあ咲かせて散らせましょう……絶望と憎悪と終焉に彩られた美しい花を―――」

下弦の月のように鋭い緋色の女の笑み。それは美しく、残酷に、そして歪んでいた。


 
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