No.177488

PSU-L・O・V・E 【綻び②】

萌神さん

EP11【綻び②】
SEGAのネトゲ、ファンタシースター・ユニバースの二次創作小説です(゚∀゚)

【前回の粗筋】

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2010-10-10 21:03:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:780   閲覧ユーザー数:775

◇ ◇ -10:30- ◇ ◇

 

『ホルテスシティ 西地区 04番街』

 

GRM本社前に有るオープンカフェは、親ヒト派の女性キャストがよく集まる事から、何時の頃からか"キャス子カフェ"と呼ばれていた。

失った記憶を取り戻す為には、社会に出て様々な人と出会い経験を積んだ方が良い、とのアドバイスをモリガンから受け、このキャス子カフェに通うようになっていたユエルは、今日も友人達との雑談に花を咲かせていた。

「―――それで、その時、ヘイゼルさんが言ったッスよ……」

「23回目と……」

ユエルと向かい合わせの丸テーブルに座る女性キャストが、頬杖を突きながら意味深な視線を投げ掛けた。突然出てきた数字にユエルはきょとんとした表情を見せている。

「ユエルが今日此処に着て"ヘイゼルさ~ん"の名前を言った回数よ」

奇妙な猫撫で声を出しなが両手を組み合わせ身を捩じらせる。しかし、当のユエルはからかわれている事に気付いていない様子で不思議そうな表情をしていた。

「はぁ~、駄目だコリャ、自覚無しですよ」

「どわははは! 仲良き事は美しきかな、良いではないか」

小柄なポッチャリキャストが豪快に笑った。

「甘いです! 此処は追求するべきですよ! ユエルン! 四六時中、彼の事を話題に出さずにいられない。それは貴女が常に、あの人の事を考えているから。それは即ち恋ですよ!」

「こ、恋ッスか?」

 

『恋』

 

幾らユエルとは言え、その言葉の意味は知っているつもりだ。

ユエルは脳内辞書を検索し、その意味を引き出した。

 

①異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。【goo辞書/2009】

 

その意味からすれば、確かにヘイゼルは異性であるが……。

「でも、私はキャストッスよ?」

それ以前に種族が違う。

ユエルは首を傾げた。

しかも自分はキャストである。鉄の骨格と人工の筋肉で造られた機械生命だ。

ヘイゼルとは生命の概念が違う。

「確かに、我々は造られた命だが、マシナリーと違い"心"を持っている。心は愛を理解し、愛する事も出来る。我々キャストだって、それは変らん。お前だって恋をして良いんじゃぞ?」

諭すようなぽっちゃりキャストの言葉にユエルは首を捻る。

「愛に恋ッスか……難しいッスね」

言葉通り、ユエルは難しい顔をして悩んでいた。

「ユエルンには、まだ早いようね」

向かいに座る女性キャストは大袈裟に溜息を吐くと、やれやれと言ったジェスチャーをして見せる。

改めて考えた事の無かった自分とヘイゼルとの関係。

ユエルは初めてそれを意識していた。

◇ ◇ -10:40- ◇ ◇

 

ホルテスシティ東部の海岸線沿いには住宅地が広がっている。

海岸沿いのリゾート地に設けられたこの住宅地では、都会から隠遁した生活を送る、比較的裕福な住民が生活していた。

統一されたデザインを持つ白い漆喰で塗られた壁が続く町並と白い砂浜、マリンブルーのコントラストが訪れた者の心を癒す。穏やかな海風を肌に受け、高くなった日差しにヘイゼルは眩しそうに目を細めた。

モリガンとヘイゼルは庭園の中を走る石畳の通路を歩いていた。

庭園は海を望む高台にある。簡素だが良く手入れが行き届いた庭園の花々からは、持ち主の繊細さと上品さが窺い知る事ができた。

「この庭園の持ち主は、素晴らしい感性を持っているな」

あまりお世辞は言わないモリガンも、その様子にしきりに関心している。

ヘイゼルは、その庭園の中で微かに動く人影に気付きモリガンの肩を叩いた。ヘイゼルの合図でモリガンも人影に視線を向けた。

白いワンピースに白い麦藁帽を被った小柄で品の良い老婦人が、鮮やかなオレンジ色の小さな花を無数に咲かせたマリーゴールドの花壇に、如雨露で水遣りをしていた。

老婦人も二人に気付き、水遣りの手を止めた。見知らぬ来訪者に警戒の表情を見せている。モリガンとヘイゼルは慌てて頭を下げ会釈をした。

 

警戒する老婦人にモリガンが素性を明かし、ヘイゼルがガーディアンズ・ライセンスを示すと、老婦人は警戒を解き、快く二人を屋敷の中へ招き入れた。

白い漆喰で覆われた白亜の邸宅は、シティやコロニー出身者には考えられないほど大きな建物をしている。

「ガーディアンズの方とは知らず、失礼致しました」

「いえ、此方こそ突然お邪魔して申し訳ありません」

老婦人とモリガンは恐縮し頭を下げあっている。

ヘイゼルは物腰穏やかな老婦人の横顔を静かに見つめていた。

老婦人の名前は"セシル・ラブワード"

そう、ユエルの身元引受人、ハリス・ラブワードの実母である。

二人はハリスの足取りを辿るべく、彼の実家を調べ上げ、婦人の元を訪れた。

ガーディアンズは一般住民からの依頼を受けた行動中に限り、警察と同じ捜査権限が与えられている。モリガンがヘイゼルの力を必要としたのはこの為だ。ガーディアンズは地道な活動の結果、太陽系警察や同盟軍警察等と言った警察機構より市民の信頼を得ているのだ。

「どうぞ、此方で少しお待ち下さい」

婦人は応接間に二人を案内すると、何処かへ去って行った。

待てと言うのであれば仕方が無い。二人は夫人に従い応接間で彼女の帰りを待つ事にする。

ヘイゼルは手持ち無沙汰の間に応接間をぐるりと見渡した。部屋を囲む光沢を放つ黒木の腰壁。本物のなめし皮を使ったソファーに年代物のオーク材で作られたテーブル。大理石で作られた、アンティーク調の暖炉のレプリカ……。

「贅沢な金の使い方だな…」

モリガンは古風な室内の装飾品の数々に、「ほぅ」と感嘆の溜息を吐くが、ヘイゼルはそんな彼女を横目で見て、『趣味に関しては、あんたも人の事は言えんよ……』と、内心毒づいていた。

ヘイゼルは無意識に暖炉の傍に近寄っていた。暖炉の天板の上には、木製のフレームに収められた数点の写真がある。何れも同じ少女を中心に撮影された物だ。ヘイゼルはその写真の一枚を手に取り眺め、思わず息を飲んだ。

ヘイゼルの顔色の変化に気付き、モリガンも彼が手にする写真に目を移す。

「どうした……これは!?」

モリガンが思わず声を上げる。

写真に写っていた少女は二人が知る少女に生き写しだった。

だが、それは絶対に彼女では無い。

写真の少女は外見からして"ヒューマン"であるのは間違いない。だが、二人が知るその人物は、間違いなく"キャスト"だったからだ。

写真の少女は、ユエルと同じ顔をしていた。

「これは、どう言う事だ……」

モリガンが呻くように呟くが、ヘイゼルは彼女の言葉など耳に入らない様子で、次々と他の写真を手に取っていた。

 

ジュニアスクールの入学式に撮ったと思われる写真。

 

ニューデイズで桜の木を背景に撮られた写真。

 

バラカナビーチで撮られたと思われる、白いワンピース水着の上にパーカーを羽織った写真。

 

庭園の花壇で花々に囲まれた写真。

 

そのポートレートは少女の成長記録でもあるのか、写っている時分の年齢はまちまちだ。

ヘイゼルは、その内の一枚。公園で撮影した物らしい、6歳位の時の少女と、同い年位の少年が砂場で遊んでいる写真を見てハッと息を呑んだ。

「……どうかしたか?」

血相を変えたヘイゼルの様子に気付き、モリガンが訊ねると彼は掠れた声で呟いた。

「この写真に一緒に写っているのは……俺だ……」

「何だと?」

少女と共に砂場で遊んでいる少年は、間違いなく幼い時の自分の姿だ。

(どうして、この写真に俺が……まさか―――!?)

日の光を浴びた砂の臭いと少女の笑う声が聞こえた気がした。ヘイゼルの脳裏をモノクロームの光景が一瞬にして駆け抜ける。

 

―――それはまだ両親も健在だった幼少の時分……。

 

ヘイゼルはホルテスシティの公園で、一人の少女と知り合い仲良くなった。

ユエルと初めて逢った雨の日、ヘイゼルが物思いに耽っていた、あの公園だ。

ヘイゼルは彼女に会う為に毎日のように公園に通っていた。二人で過ごす楽しい日々……だが、それは長く続かなかった。

父親が経営していた会社の破綻。

両親は逃げるようにホルテスシティを離れ、少年も不条理な大人の事情に流されるしかなかった。

残酷な運命に因り、少年と少女は引き裂かれ、以降、ヘイゼルは彼女に会う事は一度もなかった……。

微かな記憶を辿り思い出した……今なら解る。

ユエルと初めて逢った時に感じた既視感、それは、この少女に起因していたのだ。

「お待たせしたかしら?」

その時、応接間の扉が開き、老婦人がお茶のセットを抱えて戻って来た。

「お茶をお淹れしました……あら、どうかしましたか?」

婦人は暖炉の天板に置かれたポートレートを食い入るように見つめる二人を見て不思議そうにしていた。

「ご婦人、この写真の少女は?」

「ああ……それは、"ユニス・ラブワード"……私の孫娘です」

モリガンの問いに答えながら、婦人はテーブルの上にコーヒーの入ったカップを並べ始めた。

「と言う事は、ハリス氏の……?」

「ええ、息子の一人娘……でした」

「―――でした?」

二人の会話にヘイゼルが口を挟んだ。婦人の言葉は過去形で結ばれている事に気付いたからだ。

「はい……とりあえず、お二人ともお掛けになってコーヒーをどうぞ」

老婦人は一瞬目を伏せると、二人にソファーに腰を掛けるように薦めた。二人は黙って婦人の言葉に従い、隣り合わせて腰を下ろした。婦人も向かい合わせに着席すると、コーヒーを一口含み静かに語り始めた。

「―――あれは4年前の事です……。当時、息子のハリスはGRM社の研究員として、新型の宇宙船技術の開発に従事し、Gコロニーに単身赴任しておりました……。ある日、ハリスが開発に関わった新型の宇宙船が完成し、その初運航の為、製造されたGコロニーのドックからパルム衛星軌道上間の往復運行を行う事になったのです……。その時、ユニスはGコロニーに居る父に会いに行く為、特別に復路の乗船を許可されていました。久し振りに父に会えるのを、あの子は心待ちにしていましたよ……。ですが航行途中で思わぬ事故に遭遇し……命を落としてしまいした……」

当時の記憶を思い出したのか、婦人は辛そうに眉を顰めた。

「死ん……だ……?」

婦人の説明に自分が少なからず衝撃を受けている事にヘイゼルは気付いた。

少女の……ユニスの事など今まで忘れていたと言うのに……。

「事故ですか?」

モリガンは事故と言う説明が気になっていた。宇宙船の事故と言えば、かなり大きなニュースだ。記憶に残っていても不思議ではない。

「ええ……巨大なスペースデブリ(宇宙ゴミ)の衝突が原因だったと伺っております」

(あの事故か……)

婦人の説明にモリガンは当時のニュースを思い出していた。確かグラールチャンネル5のトップでも伝えられた大きな事故だった。

「……不幸な偶然だったのでしょうね」

婦人は今一度目を伏せ溜息を吐く。

「それは……ハリス博士とご婦人のご心境お察します」

婦人を気遣いながらも、モリガンには腑に落ちない点があった。

(宇宙船を沈めるような巨大なデブリの存在が、果たして観測されない物だろうか……?)

惑星間を航行する宇宙船にとってスペースデブリの存在は、最も気を使わなければならない要素だ。それを捉える為のレーダー技術も進んでいる筈なのだが……。

「娘を失ったハリスの悲しみは、私の比では無かったと思います。何しろ、娘を産んで直ぐに妻は他界し、男手一つで大切に育てていた一人娘でしたから、そのショックは計り知れません……。ユニスの死後、息子は勤めていたGRMも退社してしまい、その後は連絡が途切れがちになり疎遠となってしまっていました……ところで、ユニスがどうかしましたでしょうか?」

婦人はそれを不思議がっていた。

「実は、写真の一枚に写っているのが、彼らしいのです」

モリガンが公園の砂場で撮られた写真と隣のヘイゼルを示すと、老婦人は目を丸くしてヘイゼルの顔を凝視した。

「ヘイゼル……ディーン……? まあ! そう言えば、その榛色の瞳(ヘイゼル・アイ)憶えているわ。あらあら本当に懐かしい……」

まるで旧知の知り合いに語りかけるような婦人の態度にヘイゼルは気恥ずかしさを覚えた。

「ご婦人もこいつをご存知でしたか」

「ええ、憶えておりますわ。当時、ユニスはボーイフレンドが出来たと大変喜んでおりました……でも、突然貴方はぱったりと公園に姿を現さなくなってしまって、ユニスは寂しがっていたのよ」

婦人は少し責めるような視線でヘイゼルを見つめた。

謝らなければならない。あの時、別れを告げる事が出来なかった事を、たとえそれが本人ではないとしても言わなければならない。

自分は決してユニスを軽んじていた訳では無い事を……。

「違う! 違うんだ……俺は……」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ヘイゼルは婦人に釈明した。あの時、ユニスに会いに行けなくなった理由を、転落した自分の人生を……。

彼の告白を聞いた婦人の顔が、申し訳なさそうに曇る。

「そんな事が……ごめんなさい、嫌な事を思い出させてしまったかしら……」

ヘイゼルはいいえと首を横に振った。

確かに自分にとっては嫌な記憶だが、告白した事により長年無意識に溜め込んでいたわだかまりが解けた気がしていた。

「でも、あの時の男の子がこんな立派に成長して、しかもガーディアンズになっているなんて思っていませんでいした……これもあの子の導きかもしれませんね。決心致しました……あなた方も息子の事で訪ねていらしゃったのでしょう?」

婦人は此方の訪問の意図に気付いていたようだ。モリガンは黙って頷いた。

「貴女の息子さんの事で、教えて頂きたい事があって来ました」

「解りました……少々お待ち頂けるかしら」

婦人はそう言うと立ち上がり、部屋を出て行った―――。

三分程して婦人は宅配便の箱を持って戻って来た。彼女は箱をテーブルの上に載せ、再びソファーに腰を下ろす。

「先程も少し話しましたが、息子はユニスの死後、勤めていたGRMを辞め、別な仕事に就いていたようです。疎遠になっていたので、どんな仕事に就いていたのかまでは解りません……。先日も軍警察の方がいらっしゃった時、同じ事をご説明しました」

此処へは既に軍警察の手も回っていた。まあ当然と言えば当然だとモリガンは納得する。

「やって来た軍警察の方達は押収と言って、息子が残していた資料や荷物を全て持って行ってしまいました」

婦人の声からは押し殺した憤りを感じる。捜査の名の下、息子の遺品を持ち去る軍のやり方に、納得の出来ない物があったのだろう。

「ですが、軍警察の方が訪れた数日後……私の家に、この荷物が届きました」

老婦人が運んで来た宅急便の箱を示す。モリガンはその荷物を注意深く観察した。

「荷物ですか……差出人は……ハリス・ラブワード!?」

荷物に貼られた配送伝票に記された差出人の名前は、死亡したハリス氏の物だった。

「ええ、死んだ息子からの荷物でした」

配送伝票に記された受付の日付は博士が死ぬ前日。それから二週間後の配達日指定となっている。微妙に間隔を空けた理由は何故だろう……。

「この荷物の中に、息子の手紙が同封されていました。『この中身は、私を追って訪ねて来るであろう、然るべき人に渡して欲しい』と記されています……ガーディアンズの方々、おそらくそれは貴方達の事なのでしょう」

婦人は真っ直ぐに二人の目を見つめている……。彼女はこの荷物を軍警察に渡さなかった。

それは捜査の為とは言え、半ば強制的に息子の遺品を持ち去って行った軍警察への当て付けの意味も有るのかもしれない。モリガンは何となく、そう認識した。

「……拝見させて頂きます」

モリガンは告げると箱を開け中身の確認した。梱包用の衝撃吸収材が敷き詰められた箱の中には、種類の違う数個のストレージデバイスと手書きの資料がまとめられたファイル、そして何かのデバイスが収められていた。

大きさは掌ほどで、脇に操作ボタンが並んでいる。非正規品(クバラ製)のホログラム・レコーダー(立体映像録画機)のようだ。

モリガンはホログラム・レコーダーの再生ボタンを押した。ディスクが回転する音と共に、デバイスの上面から男性の上半身が立体映像となって浮かび上がった。モリガンはレコーダーをテーブルの上に置き、全員に映像が見えるようにした。画質は悪く所々にノイズが走っているが、映っているのは、白衣を身に着けた痩せ型の中年男性で、オールバックの髪型をしていた。

「ハリス―――!?」

その姿を見た婦人が息を呑み、息子の名を呟いた。彼女が言うのだから間違いないだろう、彼がハリス・ラブワードだ。

『―――この記録を見ているという事は……あなた達が真実を託された者達だという事なのだろう……』

話しを始めたハリスの呼吸は荒く、時折り辛そうに顔を歪めている。様子から見て彼は椅子にもたれ掛かっているようだ。

『私の名は『ハリス・ラブワード』……愚かにも、エンドラム機関の犬と成り下がった男だ……』

「エンドラム機関!?」

ハリス氏の口から飛び出した思わぬ言葉に、ヘイゼルとモリガンは仰天していた。

エンドラム機関はレリクス保全を名目に同盟軍に設立されていた特務機関の名称である。作戦遂行の為なら超法規的手段を取る事も辞さない、同盟軍でも特に異端とされた部隊だ。先のSEED事件の影では、部隊長レンヴォルト・マガシの指揮の下、暗躍していたと言われている。現在は責任者であったエンドラム・ハーネスは拘束され、機関は解体されている筈だが……。

『いや、機関は既に崩壊し残党となった我々は、その亡霊だ……。私はかつて、GRM社の技術者として『A・フォトンリアクター(以降、A・Fリアクター)』を小型化する為の研究に取り組んでいた……。もっとも、当時の技術ではA・Fリアクターの小型化は夢物語で、お世辞にも小型と呼べるA・Fリアクターを完成させる事はできなかったが……。それでも、私が取り組んだ研究は実を結び、当時画期的だったAFリアクターエンジンを搭載した宇宙船が完成した。そして初運航に漕ぎ着けた記念すべき日に……あの事件は起こった……。航行途中の宇宙船が事故に遭い爆散したのだ……私の娘……ユニスと共に―――』

ハリス氏が話す内容は、先ほど婦人に聞いた物を補足する内容だった。

『同盟軍の航宙事故調査委員会は、それがスペースデブリの衝突による事故だったと結論を出した……。だが、真実は違った……違っていたのだ……。娘を失ったショックで茫然自失となっていたある時、私の元を同盟軍の関係者と名乗る男が訪れて言った。

 

『事故はスペースデブリの衝突による物などではない』と―――。

 

あの事故は……SEEDに……SEEDによって起こされた事故だったのだ』

民間がSEEDの事実を知るようになったのは、星誕祭に起こった事件が切っ掛けだが、軍の一部や研究者の中ではSEEDの存在は数年前から知られていたと言われている。

『真実を聞かされた私は、娘を奪ったSEEDを憎んだ……。訪ねて来た男は更に私にこう言った……。

 

『娘の仇を討つ為に、我々に協力しないか?』と―――。

 

憎しみが……正常な判断を鈍らせたのだろう……。私は男の誘いに乗ってしまった……。男はエンドラム機関の一員だったのだ。その後、エンドラム機関に参加する事になった私は、A・Fリアクターの研究に取り組む事になった……全ては娘を奪ったSEEDへの復讐を果たす為に……』

声を絞り出すハリスの瞳に、怒りに燻る暗い焔の色が浮かぶ。

「あぁ……ハリス……馬鹿な子……」

婦人はそう呟きながら目頭を押さえた。

『―――ある時、私はエンドラム機関の実験として、"キャストに搭載可能"な小型A・Fリアクターの開発・製造を任された……それは発想の転換と奇抜なアイデアから誕生した画期的なA・Fリアクターだった……。しかし、その結果、自分が何を造る事になるかまでは考えていなかった……私は……間違っていたのだ……』

ハリスの顔には苦渋と後悔の色が浮かんでいる。

『紆余曲折を経て、開発がほぼ完了に近付いた昨夜……研究所は突然、SEEDの襲来を受け壊滅した……辛うじて生き残った私は研究所内に戻ったが、保管されていた筈の資料の大半は、既に何者かの手により持ち去られた後だった……」

そこまで言って、ハリス氏は何かに気付いたのか眉根を寄せた。

『……襲撃は仕組まれていた……のか? ……いや、そんな事は、もうどうでも良い事だ……。ここに私が個人で所有していたデータがある……。これを、このレコーダーと共に同封し、母さんの元に送らせて頂きます……。母さん……最後まで勝手で我侭な不祥の息子をお許し下さい……。ですが、これが正しく法と秩序を遵守できる者の手に渡ってくれる事を私は切に願います……贖罪にもならないが……せめてもの罪滅ぼしの為に……すまない、ユエ……ゴホ、ゴホッ!』

博士はそこで激しく咳き込んだ。口元の拭う手には微かに血が付着している。映像を注視すると、彼が見に着ける白いシャツには血が滲んでいた。

『はぁ……ユニ……ス……私も、もうすぐお前の所へ……だが、その前に……その前に私にはやらなければならない事がある……やらなければならない事が……』

ハリス氏が苦しそうに上半身を起こしカメラに迫る。そしてホログラムは掻き消えた。録画を中断したのだろう。

それが記録の全てだった―――。


 
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