夜、鈴虫の鳴き声が道場の外に響き渡る。
空は満月。暗い道場の床を照らす月光が、とても幻想的に思えた。
あの日も、空にはこんな満月が浮かんでいた……
華琳と別れを告げて、もう五年が経とうとしている。
彼女達は元気だろうか。
もうすぐ会える。そう思うと、自然と鼓動が早まってしまう。
約束の時間までまだ暇がある。
俺はこちらに戻ってからの自分を振り返る事にした。
俺が目を覚ましたのは聖フランチェスカの庭だった。
両親に顔を合わせ辛かったが、帰宅すると特別な反応は無かった。
日付が進んでいなかったのだ。
その日のうちに祖父に鍛錬の願いを言いに行った。
最初は黙殺していた祖父だったが、俺の必死さを汲み取ってくれたのか、承ってくれた。
その日から、俺の慌しい日常が始まった。
昼間は学校、放課後は向こうの世界に行くための手がかりを探しに図書館へ、夜は祖父との鍛錬。
剣道部は週に一回参加していた。
尤も、祖父との鍛錬が功を奏し部内でもトップの実力だった。
そんな日常が一年とちょっと続いて、俺は大学へ進学する。
なんてことはない中堅の大学だ。サークルには入らず、鍛錬と手がかり探しに専念した。
余談だが、祖父との鍛錬は熾烈を極めた。
死に賭ける何て日常茶飯事。毎日体がボロボロになるまで自分を痛めつけた。
ある日、祖父に問われた事がある。
「何故、そこまでして力を求める?」
「大切な人達を守るために、後悔しないために」
気がついたら答えていた。
言い終わった後はっと祖父を見ると、やはりいつもの無表情だった。
「そうか……」
それ以上、祖父は何も聞いてくる事は無く、鍛錬が続いた。
恐らく彼女達が築いた平和は続いているだろう。
そんな中戻れたとして、力をつけた自分が戻ってきて何の意味がある?と自問したことがある。
答えはでなかった。
初めは鍛錬に没頭していれば、彼女達を思い出して悲しむ事も無く丁度良かった。
しかし時が経つにつれ、鍛錬の『意味』を考えてしまう自分がいた。
そこに祖父の問い。
自分が放った言葉を心の中で復唱する。
『大切な人達を守るために、後悔しないために』
そう、俺は後悔をしたくないんだ。
もしも自分に力があったのなら……
そう思うことが向こうの世界で多々あった。
いつも守ってくれた彼女達を、今度は自分が守りたい。
祖父のお陰で自分の気持ちに気付けたのだった。
戻ってから三年が経った頃、俺は祖父を初めて負かした。
祖父の強さは化け物だった。
それこそ、向こうの世界の武将とは比べられないが、技量だけでいえば彼女らを凌駕しているだろう。
攻を受け流す柔の太刀。
どんな太刀筋でも受け流し、隙を見て確実に攻めてくる。
そんな化け物に俺は勝ったのだ。
信じられずに呆然と立ち尽くしていると、倒れていた祖父がゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「一刀、前にも言っただろうが私の武は柔の型。基本は脆弱、集中力無くしては成り立たん。この型は完成しておらん。私はお前に、私の持つ全てを与えたつもりだ。お前はそれを自分なりに考え、工夫し、自分の武を見つけて欲しい」
いつも寡黙な祖父が、饒舌に語りかけてくる。
自分は祖父の武全てを受け継いだ。
そう気付いた時、身震いが止まらなかった。
それから、祖父つてで氣の達人の下での鍛錬も始めた。
少しでも力をつけるため、彼女達に近づくため、俺は自分を鍛え続けた。
鍛錬が順調に進んでいる中、手がかりの方は一向に掴めていなかった。
図書館のそれに関する書物は全て手を出した。
時には美術館や、県外の図書館にも足を運んだ。
手がかりになりそうな物は全て確認した。
だが、結果は付いてこない。
無常にも過ぎていく時間に、俺は焦っていた。
つい昨日の事だ。深夜、いつもの鍛錬を終え道場を出るときだった。
「やっと見つけたわん……ご主人様♪」
背後から声と気配。振り向くとそこには、半裸の筋肉達磨が居た。
筋肉達磨は両肘をつけてウィンクをしている。
正直吐き気しか催さない。
「うわぁぁぁ!!…………ってあれ?」
奥底の記憶が呼びかける。
…………!!こいつは!?
「お前!確か下着店の店員の……貂蝉!」
「あらん、覚えていてくれたのねん♪愛の成せる業かしら」
そう、こいつは向こうの世界で昔、下着店の店員として働いていたはずだ。
この強烈な姿は、どうやら一度見たら忘れないらしい。
「何でお前がここにいるんだ!どうやってこっちに来た!!」
「んもぅ落ち着きなさい。今から説明してあげるから♪」
掴みかかる俺をすんなり交わしてこちらに背を向ける。
「やっとよご主人様……やっと認められたのよ、外史の独立が……」
「認め……外史……?」
意味が分からない。
「……いいのよ分からなくて。とりあえず、ご主人様はあの外史に戻れるわん」
外史?外史って……
「向こうの世界の事か!?俺はあそこに戻れるのか!?」
頭に浮かぶ彼女達、うれしくて視界が涙で滲む。
「ええ、明日のこの時間にまた来るわん。その時に送ってあげる♪」
その言葉を聴いて、目尻の涙が堰を切って零れる。
何で貂蝉がこちらにこれたのか、俺が向こうの世界に戻る事ができるのか。
そんな事どうでも良かった。ただ向こうの世界に戻れるとわかっただけで十分だった。
「……貂蝉……ありがとう……」
目の前の恩人に俺は深く頭を下げる。
「その言葉を聞けただけで、私に悔いはないわん……それじゃあ明日ね、ご主人様♪」
言うが早いか、貂蝉は瞬く間に姿を消した。
俺は急いで帰宅する。
持って行く物を整理するのだ。
その日の夜は、興奮してすぐに寝る事ができなかった。
「準備はいいかしらん?ご主人様」
と、いつの間にか道場には貂蝉の姿があった。
手には何やら鏡があり、その鏡は光り輝いている。
「……そのご主人様っての、何なの?できれば名前で呼んで欲しいんだけど……」
思えば初対面の頃から貂蝉には『ご主人様』と呼ばれていた。
「それはできないお願いだわん。ご主人様は私のご主人様ですものん♪」
「まぁいいけど……準備はできてるよ」
答える貂蝉の表情には少しの悲しみが帯びていた。
それを見ると、追求する気にはなれない。
荷物を持ち立ち上がる。
すると貂蝉が鏡を翳した。
「ご主人様、もうこの外史を阻む者は誰もいないわん。必ず、幸せになってちょうだい♪」
「……あぁ、約束する」
俺の言葉に貂蝉は笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい!ご主人様♪」
光が俺を飲み込み、意識が暗転した。
「ふふ、ご主人様の幸せのためだもの……悔いはないわん……」
静けさを取り戻した道場。
その真ん中に佇む貂蝉は、体が透けていた。
持っていた鏡が貂蝉の手から擦り抜ける。
「またね……ご主人様……」
鏡が大きな音を立てて割れる。
道場に残されたのは、割れた鏡の破片だけだった。
あとがき
こんばにちわ。どうもふぉんです。
今回は内容薄い+短くてごめんなさい。
この話の続きを書くために魏ルートを最初からやり直しました。
やっぱいいね……最後泣くよね……
驚いたのが貂蝉と一刀って面識があったんですよね。
イベントの一端でかるーーーく言われてるだけだから一刀が忘れてても全然おかしくないけど。
続きもなるべく早く書けたらいいなぁと思います。
短編は思いつき次第ですかね。最近インスピレーションが沸かなくて……
それでは次回作で会いましょう。
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魏√after 久遠の月日の中で 1になります。
前作の番外編から見て頂くとうれしいです。
漸く本編始まりましたね。お楽しみいただければ幸いです。
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