「ふぅ…………」
祭りの空気で熱くなった体を休めるため、一人になった。
城壁に寄り掛かり空を見上げる。
空には、あの日の様な満月が爛々としていた。
「一刀」
三国同盟が成ってから、もう三年が経つ。
私の言った通り、魏は目紛るしい発展を遂げていった。
三国の中でも一番栄えているといっても過言ではないだろう。
それは彼が残していった天の知識によるものが大きい。
「あなたはもう……帰ってこないのね」
最初は、彼が帰った事を後悔させるような国を作っていけば、あの笑顔が戻ってくると思っていた。
どんなに苦しくても、辛くても、それを支えにできていた。
でも、私は……
彼は言っていた
『さようなら……誇り高き王』
それは王としての、曹孟徳への別れの言葉。
『さようなら……寂しがり屋の女の子』
それは一人の少女、華琳への別れの言葉。
『さようなら……愛していたよ、華琳─────────』
それは愛する人への、決別の言葉。
「愛して『いた』なんて、随分ひどいんじゃないかしら?」
今ではもう愛していないかの口ぶり。
でもわかっている、彼はやさしい。いつまでも私達が、そこにいない自分の事を思い続けるのを許せないのだろう。
彼は自分の幸せより、私達の幸せを最上としているのだから。
「なら、あなたがいつまでもここ居たらよかったじゃない」
我ながら理不尽な事を言う。
この結末、三国同盟をもって乱世を終決させたこの世界。
彼の言う世界とは、まったく異なってしまった。
それ故の、彼の消滅。
だが私達が一番に望んでいたものは、彼と共に過ごす平和だった。
「…………もう、いいわ」
過ぎた事を思っても、何かが変わるわけでもない。
彼はもういない、恐らく戻ってくることもないだろう。
冷めた心に決意に火を灯す。
華琳は今まで、そしてこれからも彼を愛するだろう。
だからこそ……
「我が名は曹孟徳。魏の覇王なり」
静かに紡ぐ、決意する。
私は曹孟徳。もう、彼を愛する華琳が外に出る事は無い。
静かに月を見上げる彼女の眼は、今にも涙が溢れそうだった。
「今……何と仰いましたか……華琳様」
三国同盟三周年記念の祭りが終わり、成都から帰還した次の日。
華琳様の命により、朝議には魏全ての将が集まっていた。
何事かと気を引き締める我らに、想像もし得ない言が飛ばされた。
「聞いてなかったのかしら?まぁいいわ、よく聞きなさい。魏の王とし、決を下す。……北郷一刀、下の者を警備隊隊長解任とす」
「どういう事ですか!」
再び発せられた命に、凪が身を乗り出した。
「凪!御前であるぞ、控えろ!」
「できません!華琳様、私は言ったはずです!我ら北郷隊が続けていられるのは、隊長の名のものだからだという事を!隊長を解任するということは、我ら北郷隊全ての者を解任するに同義なのですよ!?」
「……いつまでも一刀の名を掲げる……と?」
「そうです!それが我ら北郷隊隊員、全ての心情!!」
激昂する凪に、華琳様は溜め息……いや、嘆息した。
「くだらないわね」
「なっ!」
「一刀は既に天の国に帰り、もうここ戻ってくることは無いわ」
「ありえません。隊長は必ず、戻ってきます」
「凪」
「なんでしょう」
華琳様は既に、殺気に近いものを出していた。それに臆する事無く凪も対峙している。
「いいわ凪、一刀は戻ってくる。でもそれは何時なの?もう三年も経っているのだけれど、一年後?十年後?それとも三十年後かしら」
「そ、それは……」
「あなた達はそんな長い間、一刀の帰還を思い続け、隊を動かしていくつもり?……無理ね。そのうちあなた達は思いの強さに潰されてしまうわ」
「…………」
「凪ちゃん……」
「凪……」
拳を握り締め、俯く凪に真桜と沙和が駆け寄る。
「……警備隊隊長の後任は、王祥に任命するわ」
王祥……確か北郷ととても仲が良かった警備隊の一人だったはずだ。
北郷を交え、私も一緒に呑んだことがある。
とても人の良い、誠実な者だ。加えて多少の武もあり、親衛隊に勧誘された事がある程だ。
しかし、それでも大抜擢すぎる。
一介の警備隊員が、何の功も挙げていないのに警備隊隊長に任命されているのだ。
「凪、真桜、沙和は彼の元で新兵の育成、もとい警備に励め。以上よ」
有無言わさず態で玉座に座る華琳様。
三人にはもう言い返す気力も無いようだった。
この後は、何時も通りの朝議が開始された。
「……なぁ秋蘭」
「何だ姉者」
事を静かに見ていた姉者が、私に尋ねてきた。
「北郷はもう……帰ってはこないのか?」
「……わからん」
「そうか……」
落胆するような声。
華琳様は言った。北郷はもう戻ってくる事は無いと。
この三年、華琳様はその様な事は一度も言った事は無い。
むしろ、それを願っている様な事が多々あった。
何故華琳様がこの様な事を命じたのかはわからない。
今の華琳様はとても痛々しかった。
それは私達、乱世当初から居たものにしか解らない程の違いだろう。
だが確実に、華琳様は心で泣いている。
「北郷……帰ってきてくれ」
その悲しみを癒せる者は一人しかいない。
三年前乱世を終決させた立役者、北郷一刀。
私は彼の帰還を心から願った。
「私を……警備隊隊長にですか?」
「えぇそうよ、やってくれるかしら」
三国同盟記念の祭り。今年で三年目になるそれは、とてつもない活気に満ち溢れていた。
私は警備隊として城を見回り、問題事などの鎮静に勤めている。
そんな中、曹操様が私を呼び止めたのだった。
すぐに膝を付き頭を下げる。
「……何故私が、その様な任に選ばれたのかはわかりませんが、お断りさせて頂きたい」
「私直々の命を断るというの?それなりの理由が無ければ、首が飛ぶ事になるわよ」
全身に浴びせられる覇王の気。体から汗が吹き出、意識が飛びそうになる。
だが私にはそれを受けられない理由があった。
「私の中で、警備隊隊長は北郷一刀様唯一人でございます。他の将もとい、自分などが隊長の後任など、務まるはずがありません」
「私自慢の子達でさえ、一刀の後任は務まらないというのね。あなたは」
曹操様の武器、絶が私の首に添えられる。
……私は死ぬのか。だが、悔いは無い。
誰が何と言おうと、私にとっての隊長は北郷様以外ありえないのだから。
「……ふふ、あはははははは!」
目を閉じ覚悟を決めた私に、盛大な笑い声がかけられた。
曹操様が腹を抱え大笑いしている。
普段絶対に見る事のできない覇王の姿に、私は驚く事しかできない。
「はは……本当にあいつは、いてもいなくても私を驚かせるわね…………王祥!」
「はっ!」
「あなたには先程言ったとおり、警備隊隊長の任を与えるわ。否定はさせないわよ。私はもう決めたの」
「ですが……」
「あなた、最近妻ができたみたいじゃない。彼女を悲しませていいのかしら?」
私は最近になって、小さな頃から知り合いだった女の子と関係を持った。
彼女は豪族の娘。
身分の違いから諦めていたのだが、彼女の強い希望により親が折れ、念願が叶ったのだ。
「…………」
「……別に一刀の事を忘れろとは言ってないわ。ただ、私はあなたなら一刀の後を任せられると思ったの」
何故曹操様はそこまで私に……
「……わかりました。この王休徴、曹操様のご期待に沿える様警備隊隊長の任、尽力して勤めましょう!!」
「ふふ、それでいいわ」
振り返りその場を後にする曹操様。
その背中は、私には悲しみに濡れている様に見えた。
朝議を終えた私は、早足で部屋に戻った。
扉を閉めると、言い図れない負の感情が心を攻め立てる。
「くっ…………うぅ……」
唇を噛み締めて耐える。
この程度で折れる訳にはいかない。
これはまだ、事の始まりにすぎないのだから。
「ふふ、あなたの覚悟とはこの程度だったの?曹孟徳……」
自嘲する。
そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだった。
『一刀は既に天の国に帰り、もうここ戻ってくることは無いわ』
自分の言葉。
我ながらよく言えたものだと思う。
声は震えていなかったか?表情は変わっていなかったか?
胸元の服を握りしめる。
自分の采配が何をもたらすか、それは全て彼に委ねられている。
「王祥……」
一刀が同姓で一番仲が良かったという警備隊員。
それ故、彼は殆どの子と面識があるだろう。
「頼むわよ」
呟きを最後に、涙が流れた。
抑え切れなかった自分を苛む。
いつからこんなにも弱くなったのだろう。
……そんなこと分かりきっている。
今だけ、今だけ……
明日からは、覇王として、曹孟徳としての人生を歩む。
だから、今だけは涙に濡れていたい。彼を思っていたい。
少女の嗚咽が、部屋に響いた。
隊長が天の国に帰ってから、もう五年が経とうとしている。
一ヶ月後には、蜀で開かれる三国同盟を記念した祭りが控えている。
五年という節目を迎えるため、規模は過去最大になるとのことだった。
「楽進、行きますよー」
「あ、はい!王祥さん」
すこし呆けてしまっていた。警邏前に私は何をしてるんだ……
王祥さんの横に着き、警邏を開始する。
王祥さんはの役職は警備隊隊長。隊長の後任になる。
二年前、華琳様の命によりその任につくことになった。
私、真桜、沙和は大反対したのだが、命が覆ることは無かった。
隊へその事を報告すると、隊員全員が抗議の意を示した。
それを纏めた書簡を提出したが、それも意味をなさず、そうしている内に王祥さんが配属された。
私は今でも、王祥さんが警備隊員達や私達の前で言った言葉を覚えてる。
『私は、隊長が作ったこの隊が大好きだ!自分に隊長の代わりが務まるとは思わない。だが私は、隊長の在りようを真似てみようと思う!隊長は皆が知っての通り、全ての人を分け隔て無く接していた!民だろうが、新兵だろうが、将軍だろうがだ!私にはその様な肝も器量も無い。だから、皆には私を支えて欲しい!私が道を外したのなら、気兼ね無く指摘して欲しい!そうやってこの隊を大きくしていって、隊長が帰って来た時に驚かせてやるんだ!あなたの隊は、ここまで立派になりました!と。今日を持って、隊の名前は変わり、隊長の名は形式上消えるだろう!だが隊長の名は常に!我らの心に!行いに!刻み込まれている!それなら、隊長の名が本当に消える事は無い!私達がずっと、隊長の名を背負い続けるんだ!』
それまで不満不平を連ねていた兵達も、内心気が気でない私達も、彼の思いに心を打たれた。
同時に、華琳様が何故この人を隊長の後任を命じたのか、分った気がした。
彼はどこか、隊長に似ているところがある。
それはとても不明瞭なものだけど、私はそう思った。
それから名を王祥警備隊と変えた我らだったが、士気は幾分も下がる事は無かった。
このように王祥さんと警邏をするのは、日常になっていた。
王祥さんと警邏をすると、隊長との日々を思い出す事がある。
それは悲しくもあるが、うれしくもあった。
「楽進!」
「はい?……あっ」
どんっ!
「……ふぅ、大丈夫?」
「はい、申しわけ……」
倒れそうになった私は、王祥さんの腕の中に居た。
異性に抱かれるのは、隊長以来だ……
「……あ!すいません!」
「い、いえ……」
固まった私から、王祥さんはすぐに離れた。
顔が熱い、隊長の温もりを思い出してしまったのだ。
もう五年も前だというのに……私は未だに隊長の温もりを覚えていた。
ぶつかった人に謝り、警邏を再開する。
それから私は地に足がつかず、仕事を疎かにしてしまう。
王祥さんに悪い事をしてしまった。
「はぁああああああ!!!」
「くぅ!」
城庭で行われている試合。
姉者の斬撃をかろうじて捌いている。
「防いでるだけでは勝てんぞ!王祥!」
「分ってます……よ!」
七星牙狼を剣の腹で受け、下を滑る様に懐に潜り込んだ。
だが、
「甘いっ!!」
「ぐはっ!」
懐で一太刀入れよう踏み込んだ瞬間、姉者の蹴りが王祥の腹に食い込んだ。
剣が放り出され、地面を数回転がる。
まぁ、善戦した方だろう。
「いたたた……少しは手加減してもらませんか?夏侯惇様……」
「何を言っている、十分手加減しているだろう」
「…………」
見る見ると顔を青ざめる王祥。
それがおかしくて、姉者と顔を見合わせて笑ってしまった。
「お二人共……笑う事無いじゃないですか」
「ふふ、すまないな」
あまりの情けなさに、彼を思い出してしまう。
あれからもう五年も経つのか。時が経つのは早いものだ。
姉者も同じ事を思っているのだろうか。七星牙狼を肩に担ぎ、空を見上げていた。
「……夏侯惇様、もう一度いいでしょうか」
「む、いいだろう」
そんな私達を見てだろうか。王祥は剣を拾い、すぐさま構え始める。
その様な気遣いも、再び私に彼を思い出させてしまう。
……割り切れないものだな。
息を吐き、二人の試合に目を戻した。
庭の試合を密かに覗いていた影があった。
影は庭に出ようと思ったが、夏侯姉妹の笑い声に歩を止める。
思案の末、首を横にふりその場を後にした。
その影に気付く者は誰も居なかった。
あとがき
ひゃあああ難しいよおおお。
どうもふぉんです。前回あとがきに書いた通り、魏ルート長編を書き始めました。
プロットはもうできてる(キリッ
何ていうんじゃなかった。文にしてみるととてつもなく辛かった……
視点が一ページ毎に違うのは番外編ということでご勘弁
恐らくは短編を挟んでの投稿となります。続編は気長にお待ちください。
最後にいっておきます。
私は一刀さんが好きです。
彼女達は一刀さんの嫁なのであしからず。
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本編は真・恋姫無双の魏ルートafter物になります。
オリキャラが1人でますので注意を。
番外編と称したのは、一刀さんが戻ってくる前の話だからです。
一刀さんは次回からですかね。
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