剣と魔導-小話1
これは衛宮士郎とフェイト・T・ハラオウン一行が冬木市に向かう前の話である。
「暇だ……」
夜。機動六課の隊員達が寝泊りする宿舎の一室で、衛宮士郎はベットの上で寝返りをうちながらぼそりと呟いた。
今日一日、何をすることも無く過ごしてしまった。どうも時空管理局の手続きと言うのはかなり煩雑なものらしく、自分が日本に帰れるようになるにはまだ時間がかかるらしい。
それまではこの部屋を自由に使ってくださいと言われたが、無為に過ごすというのは、何と言うか自分の性に合わないのだ。体がうずうずしている。
日がな一日食っちゃ寝など論外である。それではニートではないか。
一瞬、何故か脳内を横切った自分のサーヴァントと、ライトニング02シグナム二尉の映像を急いで消しながら、士郎はベットの上から身を起こした。
やはり、一宿一飯の恩義は返さなくてはなるまい。今の自分でも出来る方法で、そう決意し一度頷く。
この辺りの彼の性分こそ、ブラウニーだの家政夫だのと不本意なあだ名で呼ばれる所以であることに、幸か不幸か彼は気づかない。
「良し、明日の朝から早速やるぞ」
そう決意すると、士郎は布団をかぶって早々と寝入ってしまった。
ティアナ・ランスターの朝は早い。
高町教導官の教導に加えて、
自主練を行うには朝早くか夜遅くに時間を設けるしかないからだ。
才能の無い自分は、人より多く訓練を積むしか強くなる道はない。
そのためにも、時間は無駄に使えない。そんな決意を胸に秘め、ティアナは今日も
寝床から起き上がった。
同室のスバルはまだ夢の中にいる。
起こさないよう静かに着替えを済ませると、ティアナは音を立てないようにして、扉を
開け廊下に出る。
そこで大きく深呼吸。気合を入れて、いざ訓練場に向かおうとした
ティアナは、そこで形容しがたい違和感を感じ足を止めた。
何か、昨日までと違う気がする。
(なんだろう…何が違うんだろ)
キョロキョロと辺りを見回すも、特に何かが変わっているようには見えない。
調度品の類の位置が変わっているわけでもない。
一体なんだろうとティアナが首をひねったときである。
六課の制服に身を包んだフェイト・T・ハラオウンが角を曲がって現れた。
その姿を見た瞬間、ティアナは姿勢を正して敬礼した。
「おはようございます。フェイトさん」
「おはよう、ティアナ。朝からそんなにかしこまらなくていいよ。今から朝練?」
「はい。射撃の型を練習しようかと」
テキパキと答えるティアナに、フェイトは苦笑する。
「そうなんだ。あんまり根を詰めすぎちゃだめだよ。体を壊したら何にもならないんだから」
こちらを気遣うフェイトの言葉に、ティアナは僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「フェイトさんは今からお仕事ですか?」
「うん。ちょっと朝一で片付けないといけない件があるんだ」
なるほど、執務官というのはこんな時間から仕事に取り掛かることもあるのかと、
ティアナは胸のうちで頷いていた。
と、そこでフェイトは何かに気づいたように、首を巡らせて廊下を眺めた。
そして訝しげに眉根を寄せる。
「ティアナ、この廊下って昨日と何も変わってないよね?」
「あ、フェイトさんも感じたんですか。実は私も同じことを思ったんですけど、原因が何なのか
わからなくて……」
自分が感じた違和感をフェイトも感じていると知ったティアナが口を開く。
二人が二人とも同じ感覚を抱くということは、やはり勘違いではないのだろうが
一体それが何なのかわからない。
二人揃って首を傾げかけた丁度その時である。
「あれ、二人とも朝早いんだな」
そんな声が、ティアナの背後から聞こえてきた。
つられて振り返ったティアナはそこにあった光景を目にして思わず言葉を失った。ちなみに、一瞬早くそれを目撃したフェイトは、これまたポカンと口を開けていた。
そこにいたのは、衛宮士郎だった。それ自体は別に問題ではない。今は彼もここで寝泊りしているのだから、会ってもおかしくはないだろう。問題なのは彼の格好だった。
頭に手拭、体にエプロン、右手にははたきを持ち、左手には並々と水をたたえたバケツと雑巾という出で立ちである。
六課へリポートで邂逅したときに抱いた、コートに身を包んだ謎の魔導師という第一印象を木っ端微塵に打ち砕きかねない立ち姿だった。
しかもそれが似合っているというのがまたどうしようもない違和感となって、彼女を苛む。
「え、と衛宮さん。何をしてるんですか?」
先にその姿を目撃した分、立ち直りの早かったフェイトが士郎に問う。
その問いが意外だったのか、士郎はバケツとはたきを持ち上げてさも当然といったふうに答えた。
「何って、掃除してるんじゃないか。見ればわかるだろ」
「な、何でそんなことを?」
遅れて立ち直った、ティアナが士郎に問いかける。士郎はまじめな顔をして答えた。
「日本に帰れるにはまだ時間がかかるみたいだし、その間ただゴロゴロしてるってわけにもいかないだろ? 何か自分でも出来る事は無いかって考えてさ、とりあえず手始めに、宿舎の廊下の掃除をしてたんだ」
「はあ、そうなんですか」
ティアナはそう頷くことしかできなかった。廊下出たとき感じた違和感。どうやらその正体は目の前の人物が行った清掃が原因らしい。
「こんな朝早くからですか、大変でしょう?」
半ば呆れ顔のフェイトに、士郎は口の端をわずかに吊り上げて応える。精悍で頼もしい表情なのだが、浮かべる場面が間違ってるとティアナは思った。
「そうでもないさ。ほんの小手調べのつもりで始めたけどたいしたことは無い。この調子なら、お昼前には片がつく。なあ、フェイト、別に六課隊舎を磨き尽くしてしまっても構わないんだろう?」
「い、いいんじゃないでしょうか。その時には、あなたに家政夫の称号を差し上げます」
くるりを体を反転させ、まるで戦場に向かうかのように気を漲らせながら背中で語る漢に、フェイトはそう言葉を返すしかなかった。
この場にはやてがいないことが悔やまれる。今の彼に言葉をかけるのは何故か彼女が適任のような気がした。理由はわからないのだが。
「言ったな。ようし、見てろ。あ、ちなみにこれは一宿一飯の恩返しでやってるだけだからな。好きでやってるわけじゃありません」
絶対、嘘だ。
嬉々として戦闘(せいそう)を開始する後ろ姿を見送った二人の胸のうちを去来したものは奇しくも同じ想いだった。
「……あ、私仕事があるからそろそろ行かなくちゃ、ティアナも自主練頑張ってね」
「ありがとうございます。フェイトさん」
その場に残された二人が自分達の目的を思い出し、再起動を果たす。
変な人だなぁ。と、ティアナはそんなことを考えながら、演習場に向かったのだった。
Tweet |
|
|
14
|
2
|
追加するフォルダを選択
小話その1。
本編であまり絡んでいない士郎とティアナの話になります。