No.168808

剣と魔導 7

八限さん

第7話投稿させていただきます

2010-08-28 21:49:24 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:12744   閲覧ユーザー数:11771

 

 

 

 

 

  剣と魔導-7

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、一夜の宿としたホテルの一室で、フェイト・T・ハラオウンは機動六課にいる部隊長、八神はやてに今日の報告を行っていた。

 

『それじゃあ、衛宮さんの出身世界は地球じゃないって事で間違いないんやね?』

 

「うん、第97管理外世界が自分の出身世界じゃないことは、確実だって言ってる」

 

 はやてへの報告を、フェイトはそう言って締めくくった。

 

 腕組みしつつ首を傾げ、フェイトの報告と自身の手持ちの情報を照らし合わせたはやては、渋い表情をしながら口を開く。

 

『そっか~、ユーノ君も地球に魔法技術が存在した記録はない言うてるし、そこんとこはもう確定かな』

 

「ユーノ? いつ報告届いたの?」

 

 唸るはやてに、初めて聞いたという顔でフェイトが尋ねた。

 

『今日の昼頃や。フェイトちゃん達が、冬木市内をフルマラソンしとった頃やね』

 

 茶化すはやての言葉に、フェイトが引きつり気味の苦笑いを浮かべる。

 

 士郎がいきなり彼女達の前から姿を消した後のことである。当然のことながら後を追ったのであるが、その追跡が容易ではなかった。

 

 魔術回路を閉じると魔力反応が希薄になるという魔術師の特性が、こんなところで真価を発揮してしまったのである。

 

 彼女達は知らなかったのだが、それに加えて外界からの守りの概念を有する聖骸布が、探査魔法に対する強力なステルス迷彩の役割を果たしてしまったため、シャマルの広域探査魔法にすら引っ掛からず、ロングアーチの力まで借りての追跡行となってしまった。

 

 おまけにこの冬木市、士郎の故郷でないとはいえ、神秘に関わる場所以外は酷似しているため彼には土地勘が働いた。

 

 おかげで、彼を補足し身柄を確保するまで、実に三時間以上の間、冬木市内を駆け回る羽目になったのである。

 

 事の顛末を思い返し、疲れたようにがっくりと肩を落とすフェイト。

 

 彼自身から独断行動に対する謝罪があったとはいえ、散々振り回された身としては、それだけでは割り切れない想いもあった。

 

(いやでも、ようやく故郷に帰ってきたと思ったら、実は良く似てるだけの別の世界だったなんて普通考えられないし、あの時の行動はやっぱり水に流してあげても…… けど、一番の年長者が独断行動なんて褒められたものじゃないし、やっぱりここはチームリーダーとして毅然とした態度をとるべきかも……あれ? でも一番の年長者はシャマ…って、それは今関係なくて……)

 

 そのまま、持ち前の生真面目さゆえに思案に沈んでしまった親友の姿を見て、はやては慌てて話題を変えるために口を開いた。

 

『まあ、それは置いておくとして、結局のところ衛宮さんの出身世界って何処なんやろ?現地の人間から地球って呼ばれてる星なんて他の世界には無いはずやし、フェイトちゃん心当たりあるかな』

 

「え、ううん。私には無いかな」

 

 何故か思考を中断できて助かったというような表情を浮かべながら、フェイトは顔を上げた。

 

 その返事を聞いたはやては、難しい顔をしながら口を開いた。

 

『……特に証拠があるわけやないし、あんまこういう事言いたくないけど、全部衛宮さんの嘘って事は無いかな?』

 

 一つ一つ言葉を選ぶような慎重な発言だった。

 

 実は、フェイト自身もその可能性は考慮していた。人を疑うような真似をしたくない、とは言ってられないのが、執務官という職種である。

 

 今日の彼のとった行動を鑑みてみる。彼の実家であったはずの廃屋を見たときの表情、その後の行動、そして発見したときのこちらに対する申し訳なさそうな態度。

 

「……少なくとも、衛宮さんの世界には地球と呼ばれる星があって、故国の名称が日本なのは嘘じゃないと思う。それに悪意があった様にも見えなかった」

 

『ん~、でも隠し事しとるのも確かなんよな。私ら、やっぱ信用されてへんよな。何でやろ?』

 

 フェイトの答えにはやては頷くも、その顔は眉根を寄せたままだった。

 

「わからない。とにかく、もう少し膝を詰めて話す必要があると思う」

 

『なら、そっちのほうはお願いな。こっちも、衛宮さんの故郷についてはもう少し調べてみるから。ガジェットが何やってたのかも気になるしな』

 

「ごめんね、はやて。細かい仕事を全部そっちに押し付けちゃって」

 

 眉尻を下げて、すまなそうに言うフェイトに、はやては笑みを浮かべて応えた。

 

『気にせんでええって。ロングアーチはそのためにおるんやし。そっちこそお願いな。なんだかんだ言って、フェイトちゃんは六課メンバーの中で一番最初に衛宮さんと会っとるし、話し聞くには適任やと思う。……出会いも劇的やったしな~。そのまま深~い仲になってしもてもいいんやで?』

 

「はやて!!」

 

 顔を赤くして、叫ぶフェイト。はやてを映したウィンドウは、『フェイトちゃん怖いわ~堪忍して~』とそんな言葉を残しつつ、フェードアウトしていった。

 

「まったく……」

 

 しょうもない所で凝っている。

 

 呆れ顔で吐息をついたフェイトは、そこで、さっきまでの精神的な疲労がずいぶん和らいでいるのに気付いた。

 

(ありがとう、はやて)

 

 心の中で礼を言い、身だしなみを整えるとフェイトは部屋を出た。

 

 そのまま、向かいの部屋の扉を叩く。そこはエリオと士郎の宿泊する部屋で、今は席を外してもらったキャロとシャマルもいるはずだ。

 

 ガチャリと鍵の開く音がして扉が開き、キャロが顔を出した。

 

「フェイトさん。もう報告は終わったんですか?」

 

 フェイトは微笑みながら一度頷き、礼を言うと本題を切り出した。

 

「キャロ、今衛宮さんはいるかな?」

 

 そう言いつつ、部屋の中をひょいと覗き込む。

 

 そこにいたのは、椅子に腰掛けたシャマルと子犬の姿をしたフリード。そして、畳んだ士郎のコートを手に持ち、何故か肩で息をしているエリオだった。

 

「……どうしたのエリオ、そんなに慌てて」

 

「い、いえっなんでもないです。気にしないでください」

 

 首をぶんぶんと横に振るエリオに、シャマルが苦笑を浮かべる。フリードが楽しげに鳴き、キャロもおかしそうに笑っていた。

 

「一体何なのかな? 私だけ仲間外れ?」

 

「えっと、その、そうゆうわけじゃないんですけど……」

 

 今度はもごもごと口篭ってしまったエリオに、訝しげな顔つきとなるフェイト。

 

 苦笑を収めたシャマルが、そんなエリオに助け舟を出した。

 

「衛宮さんなら、さっき下に降りましたよ。飲み物を買ってくるとか言ってました」

 

「飲み物って、ルームサービスだってあるのに……」

 

 話題が逸らされ、エリオはホッと安堵の溜め息をつく。そんな少年の様子は幸いにしてフェイトには気付かれなかった。

 

「私達もそう言ったんだけど、そういうのは高いからいいって」

 

 変なところで経済的である。いや、あるいは一人になりたいがための方便かもしれないが。

 

 ふと、フェイトは口の端に笑みを刻む。

 

「ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってくるね」

 

 下の階で自動販売機がある箇所となると、二階のロビー辺りにでもいるのだろう。

 

 エレベーターホールへと向かい、タイミングよくとまっていたエレベーターに乗り込むと、フェイトは二階のボタンを押した。

 

 下へと向かうエレベーターの中、フェイトは向かう途中に一瞬だけ見た窓の外の景色へと思いをはせた。

 

 そこに映し出されていた夜景は、ミッドチルダの首都、クラナガンほどと言わないが中々の美しさだった。

 

 今日一日冬木市を見てまわった感想としては、歴史を感じさせる深山町と、新たに開発された新都の二つの顔を持っているその有り様が、自分が六年間過ごした海鳴市の雰囲気と近しいものを感じた。

 

 この世界は、衛宮さんの出身世界ではなかったが、似ているという彼の故郷ではどうなのか。

 

 その世界では魔術師達はどのようにして生きているのか。

 

 今回は残念な結果になってしまったが、元の世界に戻れるようこちらも尽力します。

 

(うん、こんな感じで話を切り出せばいいかな…)

 

 そんな取り止めの無いことを考えるフェイトを乗せて、エレベーターはロビーのある二階へと下りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜も更け始めているものの、チンクと士郎の入った喫茶店は、まだまだ人が混み合っていた。

 

 どのテーブルにも人が座り、空いている席が存在しない。順番待ちの椅子に腰掛けている客までいるほどの盛況ぶりだった。

 

「こっちだ」

 

 だが、チンクはそちらを一瞥もしない。席を既に予約しているのか、店の奥にあるテーブル席へと迷いもせずに向かって行く。

 

 そしてそこに腰掛けると、士郎も座るように促した。

 

 少女の対面に士郎が腰掛けると同時に、ウェイターが飲み物を運んでくる。

 

 紅茶が二つ。

 

 ティーカップがテーブルに置かれるたびに、カチャリ、カチャリと音が鳴る。いささか乱暴だ。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 素っ気無くかけられた声の高さに、違和感を感じた士郎は、ふと顔を上げた。

 

 後姿しか見ることが出来なかったが、その体つきからしてどうやら女性のようだ。

 

 髪を短く切り、体は随分と引き締まっている。あれではウェイトレスの服は似合うまい。

 

(男装、か)

 

 なんと無しに、その後姿を目で追ってしまったが、カチャリと音を立てておかれたティーカップの音に、気を取り直して、チンクに向き直った。

 

 紅茶を一口喉に流し込み、ティーカップをソーサーの上に置いたチンクは早速話を切り出した。

 

「あまり長話をしている余裕はないので、単刀直入に用件を言わせてもらう。衛宮士郎、魔術師としての貴方の力、私たちに貸してくれないか?報酬は十分に用意している」

 

「……報酬って言われたって、金なんかもらっても、俺にはあんまり意味ないぞ」

 

 相手の出方を試すように、そう切り返す。

 

「ミッドチルダの貨幣ならばそうだろう。だが、日本円ならどうだ? 日本に帰ってから色々と使い道があるだろう」

 

 フム、と士郎は目の前の少女の姿を眺める。彼女が交渉役に選ばれたのはこのためだろう。

 

 自分にとって最大の報酬となるのは帰還。支払われる金銭よりも、よほど価値を持っている。

 

 チンクは士郎の知る異世界の人間の中でただ一人、彼の故郷である冬木市で会ったことのある人物だ。彼女が語ってこそ、この言葉は説得力がある。

 

「それは、俺が地球に帰れることが前提になってるんだよな?」

 

「無論だ。そうでなくては、意味がないだろう」

 

「……返事をする前に、二つだけはっきりさせておかなきゃならないことがある」

 

 牽制するように、人差し指と中指を立てた右手を、士郎はチンクに向けて突き出した。

 

「……何だ?」

 

 やや鼻白んだ様子で、チンクが問いかけてくる。

 

「まず、一つ目。柳洞寺の件だ。洞窟の中でガジェットドローンを使ってたけど、一体何をしてたんだ?」

 

「その件か」

 

 チンクは一度頷くと、口を開いた。

 

「そうだな。私がこの世界にいることで、ある程度察してもらえるだろうが、我々には次元の壁を越える力がある。観察然り、移動然り、な。ある日、上の人間から貴方の故郷である冬木市で、奇妙な魔力の反応があるので、その調査に行って来てくれと言われたのだ」

 

「……それ、土地の管理者に許可は取ったのか?」

 

「セカンドオーナーの事を言っているのなら、取っていない。貴方達の世界の魔術は、ミッド式ともベルカ式とも毛色が違う。そのため、魔術師はこちらの探査にかかりにくいのだ。加えて、一般市民も魔術の存在を架空のものと捉えていた。そのせいで、ロストロギアに該当するものだと早合点してしまったのだ」

 

 スラスラと淀みなく述べられた答えに、だが、士郎の瞳は納得の色を示してはいなかった。筋は通っているように聞こえるが、チンクが口にしたこと鵜呑みにすることができるほど士郎も純朴ではない。

 

 フム、と士郎は腕を組んだ。ロストロギア。過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法の総称だったか。

 

 確かに、大聖杯は特殊だろう。ロストロギアと、あるいは呼称する事ができるかもしれない。しかし、既に大聖杯が崩壊している現在、異世界からの観測でその存在を察知しえるものなのだろうか? 

 

 仮にできたとして、その時にこちらの世界の魔術師達の存在をまったく捉えることができなかったというのは、どうにもできすぎた話に思える。

 

 怪しい。

 

(やっぱり油断はできないな……)

 

 胸中でそう独りごちる。もう少し、探りを入れてみるべきか。

 

「なら、どこで魔術師の存在を知ったんだ」

 

「すまないが、それについては答えられない。こちらにも色々と事情というものがあるのだ。貴方がこちらの申し出を承諾してくれるというなら、その限りではないが」

 

 しれっとした様子で答えるチンクに士郎は疑わしげに眉を顰める。

 

 そんな士郎に向けて、チンクは僅かに笑みを浮かべた。

 

「やはり、そう簡単には信用してくれないか。だが、私達に協力することが、貴方にとって最善の選択であることは間違いないぞ。魔法、いや魔術の秘匿を徹底するという、貴方達の世界のルールはこちらも尊重するつもりだ。時空管理局とは違ってな」

 

 そこで一旦区切ると、チンクは笑みを消し、士郎の顔をヒタと見据えた。

 

「貴方も、時空管理局を信用できないからこそ、彼女達に真実を告げていないのだろう?」

 

「……あんた達は、管理局と敵対しているのか?」

 

「仮にそうだとしても、何も問題はないだろう」

 

 スッと士郎の表情が変わった。先ほどまでのチンクの出方を伺うような目線が消え、まなじりに決意が宿る。

 

 士郎の態度の変化に気付いたチンクは、その胸中を見透かそうとでも言うかのように、静かに彼を見据えた。

 

 やがて、士郎は手元に置かれたまま放置されていたティーカップを持ち上げ、中身を飲み干した。

 

「あんた達が俺の世界への行き方を知っているのはわかった。けど、協力はできない」

 

 そう、躊躇いなく口にした。

 

 この段階でいきなり拒否されるとは予想外だったのか、チンクの目が驚愕に見開かれる。

 

「元の世界に、帰りたくないのか?」

 

「帰りたい。けど、無関係な人たちに犠牲を強いるようなことはできない」

 

 彼女に向けられる士郎のまなじりは決然としていた。

 

「無関係な人間とはどういうことだ。あの件はあくまで……」

 

「そうじゃない。あんたの仲間がミッドチルダでした事だ」

 

 チンクの言葉をさえぎって士郎が口を開く。

 

「六日前、ミッドチルダの市街地にあんたの仲間がガジェットを使って侵攻をかけただろう。あんたと同じような格好をして、首のところにⅩの番号をつけてた奴だ」

 

 チンクへと向けた視線はそのままに、士郎は首のところへと手を持っていき×印を空中に書いた。

 

「あの時、あんたの仲間達は魔導師だけじゃなく、民間人まで無差別に攻撃を仕掛けてただろ。俺の力を何に利用するつもりなのか知らないけど、そんな連中に協力することなんてできない」

 

 これ以上はないというほどの拒絶の言葉だった。

 

「元の世界に戻れば、この先ミッドチルダに関わりを持つことなどないだろう。そこまで時空管理局に義理立てする必要があるとは、思えないぞ?」

 

「義理立てなんかじゃない。俺は、自分のために誰かを犠牲にすることなんて、できないって言ってるんだ」

 

 そんなの当然じゃないか。衛宮士郎が、自分のために無関係な人を犠牲にするなんて、そんなこと、

 

 -許されるはずがない-

 

 何が、私利私欲で動かない魔術師はいない、だ。士郎の面立ちを見て、チンクは胸のうちでそっと溜め息をついた。

 

 士郎を彼の世界にいる一般的な魔術師と捉え、管理局に真実を明かさなかったのが、魔術師の掟による神秘の秘匿によるものと読み違えたのが、チンクの失敗だった。

 

 確かに、士郎の世界の魔術師を良く知るものならば、この交渉でも自陣に引き込むことは容易かっただろう。

 

 その意味では、彼女達は交渉の下準備をよく整えていた。

 

 だが流石に、無関係な異世界の一般人に被害が及ぶかもしれないという理由だけで、帰還に繋がる唯一の手がかりまで蹴るような、突き抜けた魔術師がいるなどとは、彼女も、そしてその上の者達にとっても想定の範囲外だった。

 

「……ディエチが肉眼で捕捉されたと言っていたが、まさかナンバーまで読み取っていたとはな。それとも管理局から情報を得たのか、どちらにせよ、ディエチとニアミスされたのは失敗だったな」

 

 先ほどとは打って変わって、感情が込められない淡々とした声でチンクは語る。その無機質な声の中に覚悟めいたものを感じ取って、士郎は緊張に身を固くした。

 

「止むを得ない……か」

 

 スッと音もなくチンクが立ち上がった。その体から放たれる殺気に呼応するように、顔色を変えた士郎が椅子を蹴って立ち上がる。一体何の騒ぎかと、周囲の客の視線が一瞬にして二人に集まり……

 

 そして、世界は反転した。

 

 まず最初に訪れたのは光の消失だった。それまで店内を照らしていた色とりどりの人工灯が一瞬にして消え、ロビー一帯が闇に包まれる。その暗がりを照らし出したのは、窓の外から差し込む蒼光だった。

 

 落ち着いた雰囲気を醸し出していた音楽もぷっつりと途切れ、先の喧騒など幻であったかのように不気味な静寂に包まれている。ついさっきまでテーブルに座っていた客も、まるで最初からいなかったかのように消えうせていた。

 

 揺らめく光によっておぼろげに浮かび上がる室内で、ただ士郎とチンクのみが変わらずにあった。

 

 否定しようのない非現実感。だがそれは、士郎にとって、ある意味感じ慣れたものでもあった。

 

 一瞬にして意識を切り替えた士郎の感覚が、ホテル周辺を囲むようにして展開された直方体の壁のような存在を訴えてくる。

 

 これは結界か。

 

 そう当たりをつけた士郎は、対峙するチンクを睨め付ける。

 

「どういうつもりだ。俺と話をしに来たんじゃなかったのか」

 

 だが、射すくめるような士郎の視線も鉄を想わせるその声も、何ほどの物でもないと言わんばかりに、少女は臆することなく受け止める。

 

「こちらにも事情がある。交渉が決裂した以上、実力行使をさせてもらう」

 

「ふざけるな。今すぐ結界を解除しろ」

 

「我々の味方につくならな」

 

 身構える両者は、共に武器を抜いてはいない。だがそれはもはや時間の問題だった。場の空気は既に張り詰め、いつ弾けてもおかしくはない。

 

 何かの拍子に火蓋が切り落とされれば、戦端はすぐにでも開かれるだろう。

 

 一触即発の空気の中、二人は互いの間合いを推し量るようにじりじりとすり足で移動する。

 

 その時、エレベーターホールに轟音が響き渡った。

 

 さらに続いて、内側から拉げるようにしてエレベータードアが吹き飛んだ。周辺を覆い隠すように舞い上がった粉塵を突き抜けて現れたのは、バリアジャケットに身を包んだフェイト・T・ハラオウンだった。

 

 険しい表情を浮かべ、誰かを探すように巡らされた顔が、喫茶店のほうへ向けられた瞬間ピタリと止まる。

 

 フェイトの視線が、対峙する士郎とチンクに固定された。

 

 視線はそのままに、アサルトフォームのバルディッシュを握り締めたフェイトは、雷光もかくやという速度で士郎の元へと駆けつけようとし、

 

 だがそれは、竜巻のごとき横殴りの旋風によって阻まれた。

 

 咄嗟に身をひねり、腕で防ぐもそれだけでいなし切れるような攻撃ではなく、フェイトは空中で体勢を立て直すと窓際付近の床に着地した。

 

 顔を上げれば、フェイトと士郎を結ぶ直線状に、ウエイター服を着込んだ一人の女が立ちふさがっていた。

 

 両手足から羽のような物体を発生させた女は、フェイトへと視線を固定したまま油断なく身構える。

 

「この結界を張ったのは、貴方達か?」

 

「……何をもたもたしている。さっさと連れて行け」

 

 それは問いかけるフェイトに向けた言葉ではなく、女の後ろにいる少女に向けられた言葉。

 

 そのセリフを待つまでもなく、両手に一振りずつナイフを握り締めたチンクが、スルスルと音もなく距離をつめ、士郎に向けてナイフの一閃を繰り出した。

 

 そんな少女に向けて、士郎は距離を開けるのではなく逆に自分から間合いをつめる。

 

 何かの作戦かそれとも自棄か。だが、フェイトに士郎の真意を見抜くほどの猶予は与えられなかった。

 

 話など端から聞くつもりがないのか、問答無用とばかりに男装の女が地を蹴り、残像すら残すほどの速度で再びこちらの間合いに踏み込んできたのだ。

 

 顎を目掛けて、掬い上げられるように放たれた蹴りをフェイトは後退してかわす。

 

(そんな見え透いた攻撃で)

 

 直撃すれば頭蓋を吹き飛ばしかねない蹴り技も、躱してしまえばただの隙にしかならない。

 

 初撃でいきなり大技を放った相手の隙目掛けて反撃を叩き込もうとして、フェイトは驚きに目を見開いた。

 

 足を振り上げた体勢のまま、地を滑るようにして女がこちらに飛んできた。

 

 奇怪な身のこなしに虚を突かれ、ほんの一瞬、フェイトの体が硬直する。

 

 だがその刹那の隙の内に、女の足は振り下ろせば丁度フェイトの頭部を打ち据える間合いに入っていた。

 

 気付いた時にはもう遅かった。反撃の好機などとうになく、追撃の踵が釣瓶落としに放たれていた。

 

 回避は間に合わない。辛うじて、頭上に掲げたバルディッシュの柄でその一撃を防いだフェイトの口から苦鳴が漏れた。

 

 両腕から受ける圧力は、フェイトの渾身の力をもってしても押しのけることが叶わず、その両足は地に縫いとめられ、動かすことすらままならない。

 

 重い。凄まじく重い一撃だ。この威力、一線級のベルカ騎士の一撃に匹敵する。

 

 リミッターという足枷をつけた身では、いささか以上に荷の勝つ相手。この正体不明の女は、どうやら想像以上の難敵のようだ。

 

 歯を食いしばり耐え忍ぶフェイトの耳に、更なる凶事を告げるように、ビシリという音が飛び込んできた。

 

 フェイトの足下を中心として、まるで蜘蛛の巣のように床に亀裂が入っている。

 

 魔導師であるフェイトの体は攻撃に耐えられても、通常の建材で建てられた床がその威力に耐えかねて、悲鳴を上げているのだ。

 

 その事実に気づいたフェイトの顔に焦慮が浮かぶ。

 

 このままでは、自分は階下に落とされ、士郎と分断される。それはまずい。敵の戦力は不明だが、こちらに一騎打ちを仕掛けてきた以上、単騎でも相応の実力はあるはずだ。

 

 自身はともかく、弓を得物とする士郎にとって障害物の多い室内戦は相性が悪い。

 

 何とか2対2に持ち込み、時間を稼ぎつつ上階のシャマル達を応援に呼ばねばならない。

 

 両腕に魔力を込め、何とか拮抗状態まで持ち込もうとするフェイトだったが、次の瞬間、床が陥没し両足がめり込んだ。

 

 耐久強度をはるかに超える圧力にさらされた床はついに崩壊をはじめ、その上に立っていたフェイトもろともに階下へと崩れ落ちる。

 

 ただでさえ押され気味であったのに、急に両足の踏ん張りがきかなくなっては、敵の攻撃をしのぎきれるはずがない。

 

 断頭の踵はついに振りぬかれ、フェイトの体は瓦礫と化した床を突き破って階下に叩き落された。

 

 だが落下の最中、最後に視界の端に映った光景にフェイトは瞠目した。

 

 それは即座に追撃に移った女の姿を捉えた故ではなく、先の自身の予想に反して、中華風の双剣を手に、チンクと渡り合う士郎の姿を確認したからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 士郎の予想外の立ち回りに驚愕を覚えたのは、何もフェイトだけではなく、彼の相手であるチンクにとってもそれはまた同様だった。

 

 先のミッドチルダの市街地戦において、ディエチの砲撃を迎撃したその手腕から、衛宮士郎は射撃型だろうとチンクは踏んでいたからだ。

 

 無論チンクとて、士郎の近接戦闘のスキルが皆無だろうとは思っていない。

 

 多少の心得があっても不思議ではないし、あったとしてもその程度の腕ならば、どうにでもできるという自負はあった。

 

 ナイフで武装した自分に素手で突っ込んできたときには、正直こちらを見くびっているのかと思った。

 

 舐めてくれるなら、それはそれで好都合と、一撃で勝負を決するべく喉元めがけてチンクはナイフを繰り出し、それは空手であったはずの彼の手の中に、突如として現れた剣によって阻まれた。

 

 さらに、こちらの攻撃の勢いを受け流すようにして立ち居地を入れ替え、背中をさらしたチンクの首筋目掛けて士郎は追撃を放つ。

 

 背後から迫るその一撃を、音だけを頼りに、チンクは前方に転がるようにしてかわし、即座に身を起こして反転すると、チンクは士郎に向き直った。

 

 先の一撃が空振ったと判ずるや否や、士郎は通路を駆け抜け、チンクへと肉迫していた。

 

 迎え撃つチンクの顔に緊張が走る。

 

 迫る士郎の両手に握られた剣は、魔力を帯びた業物。そしてそれを操る士郎の剣技も、無骨ではあるが相当に修練を積んだものだった。

 

 上段から袈裟懸けに振り下ろされた剣をチンクは横へと跳んでかわし、相手の死角をつくように、左側面から回り込むと反撃のナイフを突き出す。

 

 だが、左手首を狙って突き出されたナイフは、腱を断ち切る前に逆に剣で払われた。 

 

 舌打ち一つ。即座にこちらに向き直り、反撃とばかりに繰り出された士郎の突きを、チンクは後方への跳躍でかわす。そのまま一気に飛びのいた。

 

 チンクの任務はあくまでも衛宮士郎の身柄の確保だ。殺してしまっては意味がないし、無駄に怪我を負わせることはないと思っていた。

 

 だが、そうも言ってはいられない様だ。このままでは、彼を取り押さえることなどできそうにない。他の姉妹達が管理局員の相手をしている今が好機なのだ。下手に粘られて時間を稼がれては、応援の部隊がこちらに到着してしまう。

 

 幸いというべきか、彼女に命令を下したジェイル・スカリエッティは体が多少欠けていても、口が利ければそれでいいと言っていた。

 

 欠けた部分は元の性能を上回るほどの修理を施すから心配するなとも。

 

(悪く思うな)

 

 覚悟を宿したチンクの目がスッと細まった。

 

 今まで柄を握っていたナイフをくるりと回し、刃の部分を指に挟むとチンクは腕を振りかぶる。

 

 直後、投げ放つ動作すら視認させぬ速度でナイフが放たれた。

 

 蒼光によっておぼろげに浮かび上がった空間を切り裂さいて、四条の銀光が飛来する。

 

 同時にチンクは身を翻した。

 

 それを見咎めるよりもまず先に、両腕、両足の腱を目掛けて飛来する投げナイフ、スティンガーを士郎は両手に握った干将莫耶によって打ち落とす。

 

 その視界の端を影がよぎる。チンクだ。壁を蹴り、天井すら足場に変えての変則移動。横ではなく縦からの回り込みで背後を取られた。

 

 残像すら生み出すほどの速度で行われた三次元移動に、士郎が思わず息を呑む。

 

 軽業師など及びもつかない動きを披露したチンクは、天井を足で蹴りつけざまに、無防備な背中を晒す士郎に向けて、スティンガーを投げつけた。

 

 それは完全な死角からの攻撃。この位置、この速度で放てば防ぐことなどできはしまい。

 

 だが士郎とて、鉄の修練を積み上げ、赤き弓兵にはまだ届かぬも心眼を修めた身である。

 

 チンクが視界から消えた時点で、敵の狙いに当たりがついた。故に、

 

「投影重装(トレース・フラクタクル)!!」

 

 一体何処から呼び寄せたのか、突如として空中に現れた巨大な斧剣は士郎の背面を覆い隠し、放たれた四本の短剣のことごとくを弾き飛ばした。

 

 チンクが驚愕の呻きをもらす。

 

 だがその防御とて、次なる一手の布石に過ぎない。

 

 重圧すら感じられるほどの存在感を放っていた大剣は、重力の手に捕らわれて床に落ちる寸前に、現れたときとまったく同じ唐突さで消えうせる。

 

 切っ先が床を抉ることもなく、まるで幻のように、その威容を霞ませながら消えゆく斧剣をすり抜けて現れるは干将莫耶。

 

 空を切り、唸りを上げて飛来する双剣は着地しようと身を翻していたチンクに襲い掛かる。

 

 床と水平に投げ放たれた陽剣干将は少女の首筋めがけて飛来し、上空に放り投げられた陰剣莫耶は少女の頭蓋を縦に割らんと放物線の軌跡を描いて滑り落ちる。

 

 もはや逃れえぬと思われた双剣の顎、だがチンクは二本の短剣を投げ放ち、敢然とこれを迎え撃った。

 

 左右の手からそれぞれ放たれたスティンガーは、まるで申し合わせたように干将莫耶に接触する。

 

 傍で見ている者がいれば、正気の沙汰かと思わずチンクに問うただろう。

 

 彼我の質量差は歴然、加えて向こうは高速で回転している。双剣のどこにぶつかろうとも弾き飛ばされるのはスティンガーだ。どう贔屓目に見ても軌道すら変えられまい。

 

 しかし、その予測はものの見事に裏切られる。

 

 接触の直後にホテルのロビーに響き渡ったのは、甲高い金属音ではなく、鼓膜に響く爆音だった。

 

 ISランブルデトネイター。手に触れた金属物にエネルギーを付与するという少女の能力によって、即席の爆発物へと変貌したスティンガーは、今まさに閉じられようとしていた双剣の顎を力ずくでこじ開ける。

 

 辛くも危機を脱したチンクは両手足で床に着地した。その脇を通り過ぎていった干将莫耶の無念の呻きを示すように、少女の背後で鋼の噛み合う音が鳴った。

 

 敵の姿を確認せんと、四足獣のような体勢で前方を見据えたチンクの目が見開かれる。

 

 士郎は既に次の攻撃に移っていた。

 

 その手に握られているのは黒塗りの洋弓。腰を落とし、かがみこむような姿勢で弦を引き絞り、士郎はチンクに狙いをつける。

 

 低く短く吐き出された息が攻撃の合図代わりか、一息のうちに放たれた、三条の銀光が狙うは少女の両手足。

 

 だが、必中を期して放たれた三連掃射が穿ったのは、突き当たりの通路の壁だった。

 

 命中直前、這うような体勢で四肢に渾身の力を込め、滑るようにして飛び退いたチンクは、勢いそのままに真横にあった扉に体当たりをかまし、奥の部屋に転がり込んでいた。

 

 そこまで計算しての着地か、はたまた僥倖か。どちらにせよ、こちらの攻撃がかわされたことに違いはない。

 

 洋弓を投げ捨て、ゆらりと立ち上がった士郎は、破砕された扉の破片が散らばる通路を視野に納めつつ、再び干将莫耶を投影する。

 

 奇襲に備え、士郎は慎重に歩を進める。その足音は聞こえているだろうに、部屋の中に存在するチンクの気配に動きはない。

 

 ただじっと、そこで待ち構えているだけだ。 

 

 これからどう動く。敵の狙いがこちらの身柄である以上、必ず仕掛けてくるはずだ。

 

 敵の手の内を読み取ろうとする士郎の耳に、階下から響く雷鳴と、上階から断続的に続く爆音と振動が伝わってくる。

 

 どうやらフェイトだけではなく、エリオ達も襲撃を受けているようだ。

 

 だが思念通話の心得のない士郎は、彼女達の現状を知るすべがない。

 

 チンクとその仲間達の言動を省みれば、彼女達が時空管理局と敵対関係にあると考えるのが妥当だ。

 

 とにかく、戦闘を収めねばならない。そのためにはまず、チンクをどうにかする必要がある。

 

 下手に時間を食って、その間にエリオやキャロの身にもしものことがあったら…

 

(冗談じゃない)

 

 手間取ってなどいられない。いっそこの結界を打ち貫いてしまうか。

 

 戦闘の趨勢から次の一手を読み合うよりも、盤面をひっくり返してご破算にしてしまうほうが確実かもしれない。そんなことを考えていた士郎は、不意に首筋あたりにヒヤリとした感触を覚えた。

 

 左手の莫耶を盾にするようにして、士郎は半身を開き後ろを振り返る。

 

 暗闇の中、切っ先をこちらに向けて、ナイフが一振り宙に浮いていた。

 

(遠隔操作!?)

 

 士郎が振り向いたことが攻撃の合図になったのか、ナイフは銃弾にも匹敵する速度で放たれた。

 

 こちらの胸元目掛けて吸い込まれるように飛来するそれを、士郎は体の前で交差した干将莫耶で受け止め、瞬間、世界が白く染まった。

 

 それが何なのかを理解するよりまず先に、衝撃が全身を突き抜けた。

 

 双剣と接触したナイフの爆発によるものだと認識できたのは、背後にあった窓ガラスを突き破って、宙に投げ出されてから。

 

 先の迎撃など比較にならないほどの火力。干将莫耶の守り諸共に吹き飛ばされた。

 

 蒼光を反射して煌くガラスの破片を置き去りに、砲弾もかくやという勢いで飛ばされた士郎の体は、真下にあった駐車場を越えて、その向こうに建っていたコンクリートブロックに激突した。

 

 あまりの勢いに耐え切れなんだか、轟音と共にブロック塀が崩壊し、士郎の体が瓦礫の山にうずもれる。

 

 全身を打ち据える衝撃に、士郎の口腔から空気と血塊が吐き出された。

 

「む?」

 

「衛宮さん…!?」

 

 近くで、二つの声が上がる。だが、士郎にそちらへ気を回す余裕はなかった。

 

「く……そ」

 

 体中が痛いが、その中でも特に背中がひどい。破片でも突き刺さったか、何かが押し込まれているような不快感が湧き上がってくる。さらには、吐き気までこみ上げてきた。口中に広がる血の味を考えれば、内臓もやられたか。

 

 干将莫耶の、対物理上昇の恩恵を受けてこの有様か。

 

 今にも断線しそうな意識を繋ぎとめ、全身の痛みを噛み殺して、士郎は瓦礫を押しのけて身を起こす。

 

 ふらつく足を叱咤して、両の足で地を踏みしめた。口の端からこぼれる血の筋を拭い去り、士郎は前方を睨みすえる。

 

 視線の先では、士郎が空けた穴から音もなくチンクが飛び降り、駐車場へと着地していた。

 

 こちらの意識がまだあることを確認したのか、士郎を一瞥したチンクは無言で地を蹴った。

 

 今度こそ決めるつもりか。痛みを意識の彼方に押しやって、士郎はあの爆発の中でも最後まで手放さなかった双剣を構える。

 

 だが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。痛みを堪える事はできても、身体能力の低下までは誤魔化せない。

 

 それを見逃すほどチンクは甘くない。そのまま一息に距離を詰めようとして、しかしそこで突然急停止をかけると、後方へと飛び退った。

 

 その眼前を六条の雷光が駆け抜ける。次いで、チンクから士郎を庇うようにして、フェイトが立ちふさがった。

 

「衛宮さん、大丈夫ですか?」

 

「……ああ、平気だ。まだやれる」

 

 後ろを振り返らずに、安否を問うてきたフェイトに、士郎もまた視線を向けずに答える。

 

 顔を向けることはできない。そんな隙を見せれば、前面で対峙する二人に潰される。

 

 フェイトが士郎の前に立ったのとほぼ同時に、男装の女――トーレ――がチンクの横に降り立っていた。

 

 状況は再び2対2、だがこちらは士郎が負傷。フェイトもまたバリアジャケットが所々破損しており、その下の肌にも傷が刻まれている。

 

 対するチンクは無傷。トーレもその身にまとう制服は端々が破損しているが、それ以外に目立った外傷は見られない。

 

 どう見ても、敵のほうが優勢だ。上階のシャマルたちが未だ合流できていないことからも、敵の手腕は見て取れる。

 

「バリアジャケットもない身でよく粘ったと言いたい所だが、あきらめろ。その傷ではもう戦えまい。おとなしく投降しろ。身の安全は保障する」

 

 こちらの勝ちはもはや動かぬとばかりにトーレが口を開いた。威嚇代わりに、インパルスブレードを打ち振るい、悠然と腕を組んで見せる。

 

「お前たちは何者だ。ここが管理外世界だとわかっているのか?」

 

『衛宮さん、聞こえますか?』

 

 士郎が答えるよりも早く、フェイトが声を張り上げた。それと同時に、士郎の頭にフェイトの声が響く。

 

 突如として脳内に響き渡る声に、士郎が困惑の表情を浮かべる。

 

『聞こえたら、頭の中で返事をしてください』

 

『……聞こえる』

 

 その声に返事をするように、フェイトがバルディッシュを一振りする。途端、二人を守るようにいくつもの光球が現れた。

 

「投降の意思はないと言う事か?」

 

「管理外世界での魔法行使、民間人に対する傷害、重罪だぞ。投降するのはそちらのほうだ。例え今この場で逃げおおせても管理局は必ずお前たちを捕まえる」

 

 こちらの劣勢など、存在しないかのごとき振る舞いの裏で、フェイトは士郎に説明を続ける。

 

『すみません。もう少し、持ちこたえて下さい。 何とか結界を破壊して離脱します』

 

『離脱? 逃げるのか?』

 

『はい。状況は不利です。敵の戦力はこちらのそれを上回っています。六課との通信も遮断されたままで、こちらの状況を向こうがどこまで把握しているのかわかりません。救援を待つよりも、自力で脱出したほうが確実です』

 

 それが、分の悪い賭けであることは、フェイトの顔を見ずとも、声音だけで察しがついた。だが、それ以外に手がないこともまた事実。

 

『……エリオや、キャロたちは』

 

『大丈夫です。向こうには、シャマルがいますから。結界さえ破壊できれば転送魔法で逃げられます』

 

 それで、士郎の腹は決まった。彼らが無事に逃げられると言うなら、己のやるべきことは一つしかない。全身から訴えられる警告も今は意味を成さない。残る魔力の全てをつぎ込み、最後の一手に打つ。

 

『……わかった。逃走手段は任せる。結界は、俺が貫く』

 

 士郎の両手から干将莫耶が滑り落ちる。甲高い音を立てて地面に転がった双剣は、次の瞬間にはその輪郭をぼやけさせ、先の斧剣と同様に消え失せていた。

 

『衛宮さん、何を?』

 

「I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ穿つ) 」

 

 その怪我で一体何をすると言うのか。当惑を含んだフェイトの問いかけに、返事として返ってきたのは、大気に響く士郎の詠唱。

 

 刹那、その場にいた三人は曰く形容しがたい悪寒を感じた。その原因となっているものは、衛宮士郎の手の中に忽然と現れた剣だ。

 

 いや、果たしてそれを剣と形容してもいいものか、刀身はおろか、柄に至るまで歪に捻れた剣、近接武器としての性能は先の双剣に劣るであろう。

 

 だが、その剣から放たれる魔力たるや尋常な物ではない。何が異常と言われれば、その多寡ではなく、質こそがであり、それは埒の明かない展開に業を煮やし、攻撃を仕掛けようとしたトーレに蹈鞴を踏ませるほどのものであった。

 

 その剣の正体に、誰が思い至ることができただろう。

 

 元はアイルランドの英雄、フェルグスが所持していた「硬い稲妻」の意味を持つ魔剣。三つの丘の頂を切り落としたとも言われるその剣は、元の面影もないほどに改造され、ただ一度限りの飛び道具へと変貌を遂げていた。

 

 剣の出現と同時に、左手に現れた洋弓は天に向けられ、そこに剣が番えられた時点で、チンクは士郎の狙いに気付き、スティンガーを放とうとしたが、刹那の差で間に合わず。

 

「偽・螺旋剣(カラドボルグ)」

 

 魔弾は弓より放たれた。

 

 渦巻く魔力は螺旋を描き、中天目掛けて一直線に突き進む魔弾はその進路を塞ぐ結界に接触するや否や、障壁もろとも大気を根こそぎ捻じ曲げこそぎ取り、その壁を吹き飛ばしていった。

 

 吹き飛んだ結界の面積は、上面部の1/4にも至ろうか。

 

 それほどの大穴を空けられて、結界の機能を維持できるはずもなく、穿たれた穴の淵から崩れ落ちるように、障壁の破片を撒き散らしながら結界は消失していった。

 

 衛宮士郎の砲撃から結界の崩壊までかかった時間はものの数秒程度だろうか、周辺一帯の景色が元に戻った時には、士郎とフェイトの姿は既に消えうせていた。

 

 あの一瞬、チンクとトーレに生じた虚を突き、早々に逃げたのだ。

 

 正に電光石火の早業だった。

 

「……追うのか?」

 

「いや、ここまでだ。深追いすれば、管理局の思う壺だろう」

 

 チンクの問いに、苦虫を噛み潰したような表情トーレは答える。

 

 獲物をみすみす取り逃がしたのだ。どう見ても失態である。

 

 機は逸した。これ以上はどうやっても人目につく。いくら管理外世界とは言え、騒ぎを大きくすれば管理局に尻尾を掴まれかねない。

 

「全員、撤退するぞ。証拠を残すなよ」

 

『あ、ちょっと待ってほしいッス』

 

 作戦参加者全員に対して発せられた念話に反応して、チンクの脇にウィンドウが開かれる。そこに映っているのはⅩⅠ番ウェンディだった。その後ろにはノーヴェもいる。

 

 分断した六課隊員を合流させないために、彼女達は上階で足止めを行っていたのだ。

 

「どうした、ウェンディ。いつまでもここに留まっていてはまずい。それを理解した上でのことか?」

 

『ういッス。これなんスけど……』

 

 そう言って、画面外から引っ張り出すように持ち上げられた手は一着のコートを掴んでいた。

 

『多分これ、あの白髪頭のコートだと思うんスけど、転送魔法の範囲内にあったのに、一緒に飛ばなかったみたいなんス。もしかしたら、魔法が効かないのかもしれないっス』

 

「転送魔法の範囲内というのは、確かなのか?」

 

『間違いないッスよ。だって、他の荷物も全部持ってってるんスから。それに、魔法が弾かれたみたいだったっス』

 

 疑わしげに問いかけるトーレに、ウェンディはいささかムキになったように答えた。

 

「…よし、コートを回収して、速やかに離脱しろ。多重転送を忘れるなよ」

 

『了解ッス』

 

 ここでどうこう言っていても始まらない。有益かどうかは後で調べてみればいい話。そう断じたトーレは指示を下すと、そのまま転送で姿を消した。

 

 チンクもそれに続こうとして、最後に、夜空へと目を向けた。

 

(あれは一体何だったのか)

 

 あの奇怪な剣、抜き打ちで結界を破壊した威力もさることながら、あれほどの逸品を使い捨てた衛宮士郎の行動も理解しがたい。

 

 次々に切り替わっていった武装のことと言い、不可解な点を上げていったらきりが無いくらいだった。彼女の知識ではとても解明できない。

 

 あるいは、彼女の父であるジェイル・スカリエッティならばわかるのだろうか?

 

 そこでふと、チンクは一つの仮説に思い至った。

 

 今回の作戦の目的は衛宮士郎の力を知ることだったのではないか、と。

 

 それならば、ルーテシアの件を伏せたことも、交渉が決裂した際、即実力行使に移れとの命令にも説明がつく。それに、この作戦にゼスト達の同行がなかったのも……

 

(馬鹿なことを、それこそ邪推だ)

 

 頭を軽く振って疑念を振り払う。今回はたまたま打つ手が裏目に出続けただけだ。

 

 そう自身を納得させると、チンクは地を蹴り、冬木の夜の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでくればひとまず安心かと、フェイトが地に降り立ったのは、冬木市を抜けた国道沿いの歩道だった。

 

 士郎の宣告通り、砲撃で結界が壊れた瞬間、フェイトはソニックムーブを発動させ、士郎と共に逃走に転じたのだ。

 

 バルディッシュに装填されていた残存カートリッジ全てを費やしての高速移動だった。

 

 追撃は来ないかと、冬木の方角に目を向けても、その兆候は見られない。 

 

 危機は脱したか。ひとまず安堵の息をついたフェイトはすぐに表情を引き締めた。

 

 まだ油断はできない。とにかく、シャマル達と一度合流しようと、念話を飛ばそうとした時、士郎の頭がもたれかかってきた。

 

 頬に触れる士郎の額は、驚くほど冷たい。意識は無く呼吸は浅い。その背中に走る傷は深く、ジクジクと血が滲み続けている。

 

 これほどの怪我を負って、あれほどの砲撃を放ったのかと、思わずフェイトは息を呑んだ。

 

 とにかくこのままにはしておけない。少しでも楽な姿勢になるようにとフェイトは士郎の体をうつ伏せの体勢にすると、その頭を膝の上に乗せた。

 

『シャマル、すぐにこっちに来て。衛宮さんが負傷した。容態はよくない』

 

『それなら、六課の医務室で治療したほうがいいわ。ロングアーチと連絡は取れてるから、転送が済むまで応急処置だけでもしておいて』

 

 それなら既にやっている。焦る気持ちを抑えつつ、続けてロングアーチに通信を繋げようとしたフェイトの顔が、不意に歪んだ。

 

 血止めと治癒の魔法をかけるために傷口に当てていた手に、突然痛みが走ったからだ。

 

 手のひらを見てみれば、指の先に切り傷がある。まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような切り口だった。

 

 まさか、傷口に刃物が刺さったままなのか。

 

 そうであればすぐに処置を施さねばならない。彼の背中を傷口を含めてよく見てみる。

 

 月光を反射するようにして、彼の傷の一番深い箇所がキラリと光った。

 

 こんなところにあったのかと、その異物を抜くために、フェイトは傷口を覗き込んだ。

 

(……え?)

 

 最初、それが何なのか理解できなかった。さらによくよく目を凝らし、そこでようやくその異物の正体に気がついた。

 

 そこにあったのは、刃だ。それは間違いない。だが、これは刺さっているのではない。

 

 ……ひしめいている。キィキィと、金属同士がこすれる耳障りな音を立てながら、血に濡れた、夥しいほどの、

 

 

 

 -刃の群れが-

 

 

 

(何だ、これは)

 

 背中の毛がゾワリと逆立ったのがわかる。冷や汗が頬を流れ落ちた。ともかく治療をしなければと、もう一度傷口を覗き込んだ時には、そこに刃の群れなどなかった。

 

 まるで狐につままれたような感覚だった。実際、ただの見間違いであったほうが筋が通る。だが、それならば、この手のひらの傷は何だというのか。

 

 突如として現れた襲撃者といい、衛宮士郎の事といい、まったくわからない事だらけだった。

 

 結局、今回の調査で事件の解決に繋がるような手がかりを、得られることはできたと言えるが、それ以上に謎もまた増えた。

 

 ふと、視線を下に向ければ、そこには彼女達を窮地から救い出した青年の姿が目に入る。

 

 とにかく、彼が目を覚ましたら聞く事が山ほどある。絶対に死なせたりはしない。

 

 ……お礼も、言わなければならないのだから。

 

 そんな思いが、フェイトの胸をよぎる。

 

 夜明けは遠く、中天で静かに輝く月だけが、その夜の攻防とその結末にも関せず、ただ静かに二人の姿を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と魔導-7 終

 

 

 

 

 

 

 

 知らない人について行ってはいけません。

 

 どうもこんにちは。八限です。

 

 剣と魔導第7話お送りしました。

 

 とにかく難産な話で、ここで士郎がナンバーズサイドに連行される展開なんかも考えていたので、 書いては消しての繰り返し。結局こんな感じになりました。

 

 さて、士郎の能力、そしてスカリエッティの動向なども、徐々に掴み始めてきたフェイト。というか六課。

 

 彼女達がどのような行動を起こすのか、それは次回8話でお送りします。

 

 

 

 


 
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