「久しぶりね、朱里、雛里。二人とも、元気だった?」
「うん。お姉ちゃんも元気で良かった」
「は、はい。元気でしゅ!あわわ」
襄陽城の一室。久々の再開を喜び合う、諸葛姉妹と、龐統がいた。
「茉里は?」
「今は新野に居るよ。近いうちにこっちに越してくる予定ではあるけど」
「一人で暮らしてるの?大丈夫なの?」
もう一人の妹である、諸葛均を心配し、妹に問う諸葛謹。
「一人じゃないよ。黄さんが一緒に居るから」
「黄?……まさか、月英?」
その名を聞いたとたん、あからさまに不機嫌な顔をする諸葛謹。
「う、うん。……もしかして、まだあのこと怒ってるの?」
恐る恐る、姉に尋ねる諸葛亮。
「……あたり前でしょ?絶対に許すことなんて出来ないわ!!あの子とは、今後も決して、意見が合うことはないわ!!」
「はわわ。そりゃ、お姉ちゃんの言うことはわかるけど」
「でしょ?!私は絶対認めない。よりによって、よりによって……」
こぶしを握り締め、わなわなと震える諸葛謹。そして。
「劉邦×韓信は無いでしょう!?かりに組み合わせは良いとしても、劉邦様が攻めだなんてありえない!!」
そう力説する諸葛謹。
「あわわ。で、でも、劉邦さまは総受は無いと思いましゅ。あわわ」
諸葛謹の言葉に、そう反論する龐統。
「そうだよね。劉邦さまはどちらかというと、表裏自由(リバーシブルの事と思われる)だよ、お姉ちゃん」
「何言ってるの二人とも!!劉邦様は総受!!そして項羽さまに攻められる!!これしかないでしょうが!!」
ぎゃあぎゃあと、不毛な論争を延々と続ける三人であった。
一方その頃、中庭では。
「雪蓮、あなた本気なの?」
「一刀との事?本気も本気よ。……なあに?もしかしてやきもち?」
周瑜の顔を覗き込む孫策。
「べ、別にそういうわけではない。ただ私は、蓮華さまのお気持ちをだな」
顔を赤くしたまま、そっぽを向いていう周瑜。
「そうね。蓮華には悪いと思ってるわ」
「なら」
「でも仕方ないじゃない、惚れちゃったものは。母様だって同じよ。年も立場も関係ないのよ、色恋ってのは」
真顔でそんなことをいう孫策。
「だからと言ってだな」
「後悔したくないじゃない?あの時あー言えば良かった、とか。あそこであーすれば良かった、とか。そんなこと考えながらなんて、死にたくないじゃない」
周瑜の言葉をさえぎり、一気にまくし立てる孫策。
「な、何を縁起でもないことを……!!」
「そ~お?人間、誰だっていつかは死ぬんだもの。なら、最後の瞬間に悔いは残したくないじゃない」
自分の言を諌める周瑜に、笑顔で言う孫策。
「……話はわかった。けど、二度といわないで。……死ぬ、だなんて事」
孫策に背を向け、そうつぶやく周瑜。
「……うん。ごめんね、冥琳」
「……わかってくれればいい」
ぎゅ、と。周瑜の背に抱きつく孫策。そして、くすりと笑いをこぼす周瑜であった。
場面は再び変わり、劉琦の私室。
そこを今、一人の医者が訪れていた。
「……どうですか?私の病、治癒の見込みはありそうですか?」
衣服を直しながら、その医者に問う劉琦。
「……すまん。……くそ!!医者の癖に患者を救えないとは、五斗米道継承者の名が聞いて呆れる!!」
座したまま、床を思い切りたたきつける医者。姓名を華佗。字を元化という。漢中を発祥とする医術、五斗米道の継承者である。
「……そう、ですか。……ありがとうございます、華佗さん。これで踏ん切りがつきました」
「え?」
死刑宣告を受けたに等しい答えを、医者の口から聞かされたというのに、劉琦は笑顔で華佗に礼を言った。
「今日のことは他言無用でお願いします。……時が来たら、自分の口で皆に伝えますから」
「……わかった。この華佗・元化の名にかけて、決して秘密は漏らさない」
「ありがとうございます」
それから暫くして、華佗は部屋を出た。
「……強い女性(ひと)だ。先が長くないと知って尚、あんな毅然とした態度が取れるとは。……俺もまだまだ修行に励まねばな」
そんな決意をする華佗。そこへ。
「貴方が華佗ね?ちょっと良いかしら?診て欲しい患者が居るんだけど」
華佗を呼び止める、一人の女性。
「ん?あ、ああ。もちろん構わん。で、患者はどこだ?」
「患者は二人。うちの部下の周公謹。そして、」
言葉をいったん切り、そして、
「……このあたしだ」
にこりと笑顔で言う、孫堅であった。
それから半月ほど後。
襄陽の玉座の間に、荊州の将と文官、そして、柴桑に戻った孫堅たちの名代として、孫権と呂蒙、甘寧の姿があった。
玉座には、数日振りに顔をみせた劉琦が座り、その隣に妹の劉琮も同席していた。
「みなさん、わざわざ集まってもらって申し訳ありません。今日は大事な話を、皆さんに聞いていただかなければいけません」
居並ぶ諸将を見渡し、話を始める劉琦。その顔は見るからにやせこけて居るが、その瞳には強い意志が見て取れた。
「……それで、大事なお話って何?沙耶ちゃん」
劉備が劉琦に問いかける。
「……私は、父亡き後、皆さんのお力添えで、こうして荊州の牧を務めてこれました。本当に、皆さんには感謝しております」
そう言って、一同に頭を下げる劉琦。
「何だよいまさら改まって。今までやってこれたのは沙耶の人徳だよ。俺たちはほんのちょっと手伝っただけさ」
笑顔で劉琦に語りかける一刀。
「叔父上のお言葉、とてもうれしく思います。ですが、……先日、医師に見ていただきました。その結果ですが」
一旦言葉を区切り、そして、
「……私は、私の病は残念ながら、不治の物だそうです。もって後半年といったところだそうです」
そう、笑顔で言う劉琦。
『……』
言葉を失う一同。
顔をうつむけ、姉の横で涙を流し始める劉琮に、諸葛亮が気づく。
「美弥ちゃんは知ってたんですね?」
「……はい。昨日の夜、姉上から聞きました」
涙をぬぐいながら、そう答える劉琮。
「何でもっと早く言ってくれないんだよ?!華佗さんだって何も言ってなか……って、沙耶、もしかして」
「はい。華佗さんには私が口止めしました。今日という日までに、あることをするために」
「あること?」
「伊籍さん、お願いします」
「……はい」
名を呼ばれた伊籍が、ひとつの箱を持ち、一刀の前に歩み出る。そして、一刀の前に跪き、その箱を両手でささげる。
「い、伊籍さん?」
「劉翔さま、どうぞお受け取りください。許の帝より送られてまいりました、新たな、荊州牧の印綬にございます」
「……え?」
伊籍の台詞が終わると同時に、その場に同席していた劉琦の家臣たち、そして、劉琮までもが、一刀に平伏した。
「ちょ、あの、沙耶?これって一体、何の冗談?」
動揺し、思わず劉琦に問いかける一刀。
「冗談ではありませんよ、叔父上。許の帝に、体調の不良を理由として、すべての役職を返還する旨をお伝えしました。そして、私の跡に、一刀おじを推しました。みなにも、このことは承知してもらっています」
そう言って、自らも玉座を立ち、一刀の前に回る劉琦。
「けど!!跡継ぎならまだ美弥ちゃんがいるじゃないか?!確かに年は若いけど、そこは皆で……」
「叔父上!!」
「!!」
一刀の言を、大声で遮る劉琦。その迫力に、思わず身を固くする一刀。
「叔父上は孫堅さんに言われたそうですね。民のためなら、血縁による継承にはこだわらない、と」
「う。そりゃ、確かにそういったけど」
「能あるものが上に立つ。それこそが民のためになること。それを聞いて、私の決心は固まったんです」
そこまで言って、一刀のまえにひざまずく劉琦。
「叔父上。どうか私に代わって、荊州を良く治めてください。私の、最後のわがまま。どうか、お聞き届けください」
頭を下げる劉琦。
「……」
一刀は何も言わず、ただ黙りこくった。すると。
「お兄ちゃん」
「義兄上」
「お義兄ちゃん」
「主殿」
「ご主人様」
「カズくん」
「一刀兄」
「一刀さん」
「……一刀」
「一刀」
「一刀」
一刀の名を呼びながら、劉備たちが次々と臣下の礼をとっていく。
「皆……」
それを見た一刀は、
「……俺に、そんな才覚があるとは、正直自分では思ってない。でも、皆がこれからも、俺を支えてくれるというなら、俺はそれに応えたいと思う。だから」
伊籍が差し出している箱を、受け取る一刀。
「出来るだけの事はしてみたいと思う。……皆、これからも、よろしく頼みます」
『はい!!』
その日の夜、一刀の荊州牧就任を祝う宴が盛大に行われた。
町の人々はその発表に驚いたが、それでも、一刀のことを諸手をあげて受け入れた。
一時の平穏。
そうでしかないことは誰もがわかっていた。
そして、それが現実として突きつけられる報せが、それから数日後に届いた。
河北の袁紹、官渡にて曹操に敗れ、行方不明となる。
それを聞いた一刀は、ただ一言、悲しそうに呟いただけだった。
「……そっか」
と。
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第二十九話、荊州編・拠点イベントのラストです。
そして、次へと続くその取っ掛かり的話とともに、
お送りします。
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