「帰ってきて早々、何を考えているんですか!!」
「いいじゃない。結構悪い話じゃないと思うけど?」
孫家の居城、柴桑城の玉座の間。江夏から戻ってきた母・孫堅を、孫権は笑顔で出迎えた。だがその翌日、その母がとんでもないことを言い出した。
「か、一刀とけ、結婚しろだなんて、そんな、そんなこと突然言われても……」
真っ赤になって動揺する孫権。
「私も反対です!!聞けばあの劉翔と言う男、相当な女たらしと言うではないですか!そんな男と蓮華さまが婚姻だなどと……!!」
「思春、主家の縁談話に、家臣がしゃしゃり出るのかい?」
猛烈に抗議する甘寧を、孫堅が睨み付ける。
「い、いえ、その……」
その迫力にたじろぐ甘寧。
「蓮華、何もすぐに結婚しろとは言ってないよ。あたしだって、一度しか顔を見てない男の嫁に、大事な娘をやろうなんて思わないさ。けどね」
一度言葉を切る孫堅。
「孫家が今後、大陸で生き残るためには、確固たる同盟者が必要だ。その相手にあたしは劉北辰という男を選びたいと思う。けどその前に、一度じっくり話を聞きたい。そのために、お前と劉翔の婚約を、向こうに持ちかけるんだ」
「……母様が向こうに直接乗り込むための、名分が要るというんですね?」
「そういうことさ。……もっとも、気に入ったらその場で婚約ってことになるけどね」
にやりと笑う孫堅。
「堅殿。策殿ではだめなのか?」
一人の女性が孫堅に問いかける。
「もちろん雪蓮でもいいさ。事と次第によっちゃ、あたしでもいいしね」
「ちょっ!母様?!」
「文台さま、本気ですか?!」
「堅殿、もすこし自分の年というものを」
「……祭、年がどうしたって?」
孫家の宿将にして、自身の親友である黄蓋に、にっこり笑顔を向ける孫堅。
「あー、いや。なんでも」
あわてて目線をそらす黄蓋。
「冗談はそれぐらいにして、だ。まずは先触れの使者を出さないとね。ふ~む」
居並ぶ諸将を見渡す孫堅。と、一人の女性にその視線が止まる。
「よし。優里、荊州への使者、あんたに任す」
「ふえ?私ですか?」
名を呼ばれ、なぜか首をかしげる女性。
「確かあっちには、あんたの妹がいたはずだね。久しぶりに顔を合わせてくるといいさ。頼んだよ、諸葛子瑜」
「は、はい。承知いたしました~」
喜々とした表情で答える諸葛謹であった。
ところ変わって襄陽。
「けほっ、けほっ」
「大丈夫かい、沙耶」
「……はい。すみません叔父上。この忙しいときにこの体たらくで……」
一刀に謝る劉琦。
「謝ることはないさ。後数日もすれば、大陸一の名医と呼ばれる人が着く。そうすればこんな病気、すぐに治るさ」
笑顔で劉琦に答える一刀。そこへ。
「失礼します。揚州よりの御使者が参られております」
部屋に入ってきてそう告げる関羽。
「わかりました。おじ上、お願いいたします」
「うん。沙耶はゆっくり休んでて。行こうか、愛紗」
「は」
部屋を出て行く一刀と関羽。
「……けほっ!けほっ!!……どうやら、私も永くない、かな。美弥はまだちいさいし、この先の世の中を生き残れる才覚があるかどうかは判らないし。……なら、私が為すべきは……」
自身の手の平についた血を見ながらつぶやく、劉琦だった。
一方玉座の間では。
「お初にお目にかかります。孫文台の使者としてまかりこしました。姓は諸葛、名を謹。字を子瑜ともうします」
「遠路ご苦労様です。私は劉翔、字を北辰にございます。本来ならば牧たる琦君がこの場に居らねばならないのですが、只今病にて臥せって居りますれば、私が名代としてお話を伺います」
深々と頭を下げて挨拶をする諸葛謹に、そう返事をする一刀。
「ご丁寧にありがとうございます。琦君には、ぜひご自愛をと、お伝えください。では、主君・孫文台よりの書状にございます。お目通しのほどを」
文官を通じて、一刀に書状を手渡す諸葛謹。
「……あの。これ、本気なんでしょうか?」
「はい、いたって」
書状に目を通した一刀が、思わず諸葛謹に問い、諸葛謹もそれに答える。
「お兄ちゃん。孫堅さん、何を言ってきたの?」
一刀に問いかける劉備。
「……その、な。俺と、蓮華を、婚約させたいって」
『……。ええええええええええええっっっっっ!!!!!!!』
それから三日後。孫堅一行が襄陽を訪れていた。
「洛陽以来だね。元気そうで何よりだ。まずは、先の江夏攻めについて、謝罪をさせてもらいたい。手前勝手に戦を仕掛けたこと、すまなかった。この通りだ」
襄陽城の迎賓の間。いすに座ったまま、一刀に深々と頭を下げる孫堅。
「……頭を上げてください。月-董卓さんから話は聞きました。貴女の考えはもっともだと思います。けど、家-というより、血筋だけにこだわるのは、正直どうかと俺は思うんです」
「血縁による継承は危ういって言うのかい?」
顔を上げ、一刀にとう孫堅。
「血縁継承そのものを否定するわけじゃありません。実際、貴女のご息女、伯符さんや蓮華は優秀な人物ですし。ですが」
「その子や孫まで、有能とは限らない、か」
孫堅の後ろに立つ周瑜が、ポツリともらす。
「そうね。漢室に限らず、これまでの王朝の歴史を見れば、劉翔くんの言うことも分かるわね」
周瑜に続いて言う孫策。
「……なるほど。じゃあ聞くけど、あなたの子が跡継ぎにふさわしくない人物だった場合、あなたはどうする?」
一刀の目をまっすぐに見据え、問いかける孫堅。
「……その下にいる兄弟が優れているならその子に。それでも駄目なら、優れた子を市井から探し出し、養子にして後を継がせます」
『!!』
一刀の口から出た言葉に、孫堅たちのみならず、劉備たち荊州側の者たちも、驚きを隠せなかった。
「民を守るために、最も優れたものに後を任せる。当然のことでしょう?」
そう言って、にっこりと微笑む一刀。
そして、それを見て思わずどきりとする、孫堅、孫策、周瑜の三人。
(な、なんだ?なんであたしはこんな小童の笑顔で……!!)
(やば。蓮華に譲るのもったいなくなってきた)
(ばかな?!わ、私がこんな、こんな感情を……!!)
「あの、どうかしたんですか?」
「「「!!い、いや、なんでも!!」」」
一刀の一言で、はっとわれに返る三人。
(……桃香、一刀の”あれ”、相変わらず見たいね)
(うん。……本人無自覚の、”落としの笑み”。……あ、なんか腹立ってきた)
ひそひそと話す劉備と孫権。
「劉翔。はっきり言わせてもらうよ。あたしたちは荊州、いや、もっと端的に言えば、あんたとの同盟を望む。だから」
ずい、と。一刀の方へ体を乗り出す孫堅。
「あたしの婿になれ!!」
『うぇぇぇぇええ~~~~~!?』
大驚愕の一同。
「ちょっと母様!そうじゃないでしょ!!」
とんでもないことを言った母に詰め寄る孫策。
「そうです文台様!劉翔と婚姻する話だったのは」
「劉翔くんと結婚するのは私なんだから!!」
『はいぃぃぃぃぃ?!』
主君を諌めようとした周瑜の言をさえぎり、今度は孫策がそんなことを言い出す。
「姉様まで何を言い出すんですか?!」
「悪いけど蓮華。ここは譲らないわよ。ねぇ、劉翔くん。私のことは、これからは雪蓮、って呼んで。よろしくね、未来のだんな様!」
そう言って一刀に抱きつく孫策。
「待たんか雪蓮!言い出したのはあたしが先だよ!?劉翔、あたしの真名は蓮陽だ。今後はそう呼んでほしい。さ、そうと決まったら早速四人目を作ろうじゃないか!!」
孫策とは反対側の腕にしがみつき、そんなトンデモ宣言をする孫堅。
「よ、四人目、って!!姉様も母様も何を考えてるんですか!!」
「そうです!!お兄ちゃんはわたしのです!!誰にも渡しません!!」
「ちょっと!?劉備あんた、実の兄妹でしょうが!!」
「関係ないです!!は、な、し、て、く、だ、さ、い!!」
母と姉を叱咤する孫権と、一刀に背中から抱きつき、二人を引き離そうとする劉備。
一刀はというと、
「あの~、俺の意思は?無視?無視なんですか?」
自身を置いてけぼりに進む騒動に(その原因が自身であることに気づかず)、複雑な表情を浮かべるのであった。
結局次の日、劉・孫同盟は締結される運びとなった。
で、あれからどうなったかというと、
「か~ずと。はい、あ~ん」
「ほら一刀。これも美味だよ?はい、あ~ん」
「か、一刀。こ、これもおいしいわ。ど、どう?」
「お兄ちゃん。あたしのも、はい。あ~~~~ん」
「義兄上。わたしも一つ作ってまいりましたので、ぜひ」
「鈴々のもあげるのだ!!」
「一刀さん。涼州から取り寄せた山菜で作ったんです。お一つどうぞ」
「ちょっと月!そんなのこいつには勿体無いって!!」
「一刀兄。妾のは蜂蜜たっぷりの料理じゃ!ぜひとも堪能してたも!!」
「作ったのはわたしですけどね~~~~」
「な、なあ、一刀?わたしのも一口どうだ?」
「おい華雄!それはわたしの……!!」
……以上のような状況です。
「は、はは、ははは。も、どうにでもしてくれ……」
「馬鹿ばっかじゃの」
「ですね」
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第二十八話、荊州編その後、呉編です。
柴桑に戻った孫堅から、とんでもない事を言われた蓮華。
そして・・・・・・・。
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