魏王の曹孟徳、
武も文も万能で、三国の誰もが認める完璧お嬢さま。
そんな彼女がある日、いつもみたいに夜遅くまで政務に励んでいた。
華琳「……っ」
でも、最近続けて夜まで仕事をやり続けていて、彼女の体力は大して下がっていた。
これ以上の無理は健康によくないと、一刀や秋蘭たちにも言われたのだが、どうも最近は仕事を手に付けていないと落ち着かない。
いわゆるワーカホリックというやつなのか、それとも華琳に何か考えたくないことがあって、そちらに脳を走らせないようにするために仕事に励んでいたのかは解らない。
華琳「……っ」
でも、その行為自体が体によくないということは事実。
挙句に、
タッ
華琳「あ……」
この夜、華琳は貧血で机の上で疲れて倒れてしまった。
ちゅんちゅん
華琳「……ぅぅん…」
朝になって、日差しが華琳の顔にぶつかる。
華琳「……もう、朝なの?」
華琳は昨日のことを考えてみる。
布団に戻って寝た覚えはない。
ということは、私は昨日机の上でそのまま寝ていたという話になる。
けど、今眠っているその場所が、華琳には凄く心地よく感じられた。
すごく熟眠したみたいだ。
こんなによく眠れた日は久しぶりだった。
あの曹孟徳が、もうちょっと寝坊をしたいと思ったのだから、もうこれ以上言うこともないであろう。
…
さて、そろそろおかしくないだろうか?
机の上で寝たはずの彼女だ。
寝床が悪くて肩が凝ったりしたらまだしも、寝心地がいいだなんて、おかしい。
誰かが寝台に運んでいた?
でも、もうちょっと考えて見たら、ここは自分の寝台ではなかった。
というか、寝台でさえなかった。
彼女は、床の上に布団を敷いただけの場所で眠っていた。
華琳「!!」
そう、そこは、彼女がいた部屋ではなかった。
華琳「一体何が起きたの?」
彼女は自分が寝ていた床の上に敷いてあった布団を見下ろした。
自分の寝台にある布団と比べて、すごくふかふかしている。
あんなもの、どれだけ木綿を入れればあんなに膨らむの?
床は石ではなく何かが敷かれてあって、華琳の足は靴がなく生足だった。
華琳「!!」
って、よく見たら、服も変わっている。
自分の服でもなく、寝る時に着る服でもなく、白くてうすいロープみたいなものだった。
とにかく、この異常さが尋常ではないことは確かであった。
華琳「誰がこんなことを……まさか、五胡が?」
いや、彼らがこんな丁寧なやり方をするとは思えない。
もう少し広く周囲を見回った。
部屋にはほぼ何も置かれていない。
自分が先まで寝ていた布団と、床に座るようになっている小さな机、その上にはいくつかの本が置かれていた。
その他には、なにもない。
華琳「解らないわね…特に監禁されたわけでもなさそうだし、一体私が寝ている間に、何があったというの?」
正直、その疑問自体が間違っていたわけだ。
彼女が寝ている間に何か起こったわけではない。
彼女は、まだ寝ていたのだ。
そう、
これは彼女にとって夢だ。
まるで蝶が莊子になる夢を見たのように、
コンコン
??「失礼いたします」
華琳「!!」
部屋を開けて来たのは、庶民の服をしている女性であった。
??「失礼します、昨夜はよく眠られましたか」
華琳「…ええ、久々に良く眠れたわよ」
華琳は普通に答えた。
情報が足りなかった。
ここがどこなのか?
私をここに連れてきたこいつらの目的は何なのか?
女性が着ている服は、
少なくとも城の侍女の服ではなかった。
一刀があのメイド服というやらを作った後からは、月や詠他の侍女たちもそういう派手な服を着ている。
それに比べてこの女の服は地味であった。
普通の庶民の服。
??「そうですか?直ぐ食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
華琳「待ちなさい」
??「はい、なんでしょう」
華琳「…私の服は、どうしたのかしら」
??「服ですか?食事の時に一緒に持ってきますので、お待ちください」
華琳「……」
??「他に何か必要なものはないでしょうか」
華琳「なら、もう少し聞きたいことがあるのだけれど」
??「わたくしに答えられることであればお答えいたします」
何を聞こうかしら。
華琳「先ず、何故私がこんなところにいるのかしら?昨日、確かに自分の部屋で寝たはずなんだけど」
??「お客さまは昨日、この屋敷の前で倒れているとこを、ここの下人が見つけました故、若旦那さまがこちらへ連れてくるように命じたと聞いております」
華琳「……」
お客?確かそう言ったわね。
??「ちなみに申し上げますと、お客さまの服は、眠るには少し邪魔になると思いましたので、わたくしが今着ていらっしゃる寝巻に着せ替えました」
華琳「…そう」
??「他には何かないでしょうか」
華琳「その若旦那さまとは、誰かしら」
??「この屋敷のご主人の長子である方です。食事の後、お客さまを見たいとおっしゃってました」
華琳「そう…解ったわ」
家の前に倒れていたとか、おかしなところもいくつかあるけれど、
少なくとも今すぐに何かの危険があるそうではないわね。
一旦、この屋敷の主人に会うのを待つとしましょうかしら。
しばらくして、先の女が食事を持ってきた。
食事は、白飯に野菜だけという、質素を超えて思ったよりすごく貧乏なところなのかと勘違いさせるほどのひどいものであった。
とても口にいれたくない朝食をとって(あ、でも料理のカズはほぼ生の野菜で、一つだけ結構おいしいカズがあったわ)適当に食事を済ませて、先の女が持ってきた私の服に着替えた。
得物は流石になかった。
まぁ、寝る時に身に着けていたわけでもないからね。
少し待っている間、机の上にあった本に目を動かした。
「……これは…」
『洪吉童傳』という名前の本だった。
見たことのない話題だし、中身を見ようと本を開けて見たら、
「……」
まったく読めなかった。
私が使っている文字ではなかった。
ところどころ、漢字が一緒にありにはあったけれど、大体は読めなかった。
一つだけ解ったことは、多分「洪吉童」というのは人の名前ということだった。
不思議な名前ね。
がらり
本をいじくっていたら、先の女が部屋の引き戸を開けてきた。
侍女「若旦那さまがお待ちしております」
華琳「…ええ」
侍女「あ、その本、いかがですか?面白いですよね?」
華琳「さぁ、解らないわね」
侍女「あら、字が読めないのですか?」
華琳「私が知っている文字ではないわね」
侍女「ああ、諺文は読まれないのですか」
華琳「諺文?」
侍女「はい」
そういう名の文字もあったかしら。
侍女「興味がいらっしゃったら後でお教えしましょうか?直ぐにわかるのですけど」
華琳「そうね…ここにもっといるようになればお願いしましょう」
侍女「…は、はい」
女は少し驚いた気配をしたが、直ぐに顔を直して、
侍女「さあ、若旦那さまがお待ちしております」
華琳「ええ、行きましょう」
??「『凡事に豫則立で不豫則廢す』―凡そ事(こと)予(あらかじ)めすれば則ち立ち、予めざれば則ち廃す―」
華琳「うん?」
女の人に付いて行ってみたら、誰かが中庸の一句を読む音がした。
侍女「若旦那さま、昨夜のお客さまが来られました」
??「『言前定則不跲で事前定則不困す』―言前に定まれば則ち*(つまず)かず、事前に定まれば則ち困(くるし)まず―」
侍女が私が来たことを告げたが、本を読む声は終わらなかった。
侍女「もうしわけありません。若旦那は一度本を読み始めると、他のことには脳がないお方で」
華琳「…」
もう少し近づいたら、本を前にしている男の姿が見えた。
華琳「『行前定則不疚で道前定則不窮す』―行い前に定むれば則ち疚しからず、道前に定まれば則ち窮まらず―」
??「!!」
本の内容の先を読まれたことに気づいて、男の人はやっと正面に顔を向けた。
??「ああ、これは、大変失礼致しました」
華琳「構わないわ。何なら本を全部終わるまででも待っててあげましょう」
皮肉するように言ったら、男は恥ずかしいように少し頭を下げて謝罪してから、
??「上がってください。あなたは厨房に行ってお茶を湯をもらって来てくれ」
侍女「はい」
部屋の中に入る時には靴を脱いで、出る時には履くようになっているらしく(部屋から出る時、外に言ったら床が終わるところの下に長い石があって、その上に靴が置いてあった)、
靴の脱いで部屋に入ったら座っていた男が立ち上がって迎えた。
男の人も白い服を着ていた。
でも、寝巻だとは思えない。
??「昨夜、家の者が貴殿が道に倒れているのを見つけたところを、家のお客のための部屋に寝かせておくように命じておりました」
華琳「不思議な話ね。私は確か、昨日自分の部屋の中で寝たのだけれど…起きて見れば床で寝ているし、服は勝手に着替えられているし、こっちとしては不愉快にもほどがあるわ」
??「断わりもなく服を着替えさせたのは謝罪しましょう。ですが、こちらとしてはそのまま道の上においておくわけにもならなかった故に…」
華琳「…話が噛み合わないわね」
私は確か部屋の中にいた。
なのにこの男は、自分の家の前の道に私が倒れていたと言う。
華琳「いいわ、あなたの言うことが事実だとしましょう。それで、私をここに連れてきた理由は、何?」
??「あ、はい、…あ、その前に通姓名をしなければなりませんね……
自分の名前は、金康豪(キム・カンホ)、字は玄徳と言います。
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ふと思いついたので書いて見ました。