朝から一刀は落ち着かないでいた。
部屋をうろうろしたり、本を開いても集中できず次の本に手を出したり、席を立ったり座ったり、らじばんだりして祭に叱られていた。
「まったく……座っては立ち、立ってはウロウロ……見ているこっちがイライラしてくるわ!」
何故こんなにも一刀が落ち着かないかと言うと、雪蓮が山奥に巣食う賊を討伐しに出かけているからである。ただの賊討伐ならこういうことにはならないのだが、一刀は嫌な予感がしてならなかった。それは一刀の知っている三国志の知識も少なからず関係している。
歴史上、孫策は若くして命を落としている。歴史とこの世界は完全には同じではないが、酷似している箇所もいくつか見受けられた。
そのことで一刀は雪蓮の事が心配だった。
そんな一刀の思いは、冥琳と穏にもあっさりと見抜かれたのだった。三人は心配ないと笑っていたが、それでも一刀は安心できなかった。
しかしそれは杞憂に終わった。
討伐隊から早馬で連絡が入った。
雪蓮率いる討伐隊は無事討伐を終え、城に向けて帰還しているとの事らしい。
一刀はホッと胸を撫で下ろした。
そして四人は城門に雪蓮たちを迎えに行くのだった。
しかし一刀は心に小さな不安を残したままだった。
「孫策様のお戻りです!」
「おお、間に合ったみたいじゃの」
一刀たちが外に出ると、ちょうど雪蓮率いる討伐隊が戻ってきたところだった。
蹄の音を響かせ雪蓮を先頭に、騎馬兵が門をくぐり厩の方へと駆けていく。
表情などは遠目ではっきりと分からなかったが無事帰ってきたことは間違いなかったので一刀はようやく心から安心した。
しかし他の三人はそうではなかった。
「まずいな……」
「なに? もしかして怪我でもしてたっ!?」
見落としたのかと思い一刀は再び焦りはじめた。
「違う。もっと厄介なものだ。……あの子は興奮状態に陥ると、手が付けられなくなるんだ」
怪我がないことに安心するが、冥琳の言っている意味がほとんど理解できなかった。
「多分、山賊を殲滅したのだろうな。……あの様子だと、興奮が最高潮に達している」
冥琳はさらに説明を続けるが、一刀には皆目見当もつかない。一刀は三人の顔を見渡すが、誰一人として具体的なことは教えてくれない。
「一刀さんの嫌な予感、当たっちゃいましたねぇ」
「よいではないか。今回は北郷を差し出すとしよう。……しっかり奉仕せいよ?」
「えっ? えぇっ?」
ますます混乱していく一刀。三人もどうやって説明したらいいのかと困っている様子だった。
「……あ、雪蓮様です」
そんな時、雪蓮がやって来た。
「!!」
「……………………」
馬を下りた雪蓮が無言のままに一刀たちに近づいていく。正確には一刀に向かって行くのだったが。
一刀は普段の雪蓮とは違うことに気付いた。メラメラと体から燃え上がる炎が見えるかのようにピリピリと痺れるような熱さを雪蓮から感じた。それと正反対に一刀を鋭く射るかのようなその瞳は、とても静かで……とても冷たかった。
見たこともないような雪蓮の姿に一刀は戸惑う。
しかしそんな一刀を余所に雪蓮は一刀の腕をもの凄い力で掴んだ。その細い指が、一刀の細い腕に食い込む。
「来て」
雪蓮は一言だけ言うと、そのまま一刀の腕を掴んだまま、ずんずんと城に向かって歩き出した。
一刀は雪蓮に声をかけるが、雪蓮は何も聞こえていないかのように反応しない。
「雪蓮を頼んだぞ」
「仕事のことなら大丈夫ですぅ。あとのことは、やっておきますからねぇ~」
「……頑張れよ、北郷」
三人はそんな一刀に笑いながら声をかけるのだった。
「や! だから、何っ!? なんのこと!?」
一刀の叫び声にも雪蓮は反応せずどんどん進んでいく。振り払おうとしたが、一刀の力で振り払えるわけがなく、そのまま引きずられていった。
「さてさて……北郷のヤツめ、いったいどれほど持つのであろうな」
祭の疑問に体をクネクネさせながら穏は興味津々のようだった。
「ははははっ……ま、北郷は『男』だからな。二回もすればヘトヘトになるでしょう」
男である前に子供であることを忘れている三人だった。
一刀が連れて来られたのは城内にある雪蓮の部屋だった。雪蓮は相変わらず無言で、有無を言わぬオーラを発していた。
「……………………」
「……………………」
部屋に入り扉が閉まると、雪蓮はようやく一刀の腕を解放した。
ずっと背を向けたままだった雪蓮はようやく振り返り一刀を見据えた。しかし相変わらず唇は閉ざされたままである。
一刀は、雪蓮の瞳を見つめた。力強く鋭い瞳だが、いつもはない暗さがあった。
闇を感じさせる雪蓮の瞳に一刀は逃げ出したくなるような恐怖に陥る。
しかしここで逃げ出すような一刀ではなかった。
「雪蓮……どうした? どこか、具合でも悪いのか」
恐る恐るながらも雪蓮にそっと手を差し伸べる。
雪蓮は少し何かを考えた後、一刀の手を両手でとり、フルフルと大きく首を振った。
「熱いの」
絞り出すように放った言葉。しかし一刀は理解できずに聞き返す。
「熱いの……一刀……助けて……」
繋いだ手に力がこもり、蒼い瞳には冷たい炎が宿る。繋がった部分は熱いが、心が凍てついてしまう気がした一刀だった。
そして弾かれたように雪蓮が一刀の小さな体に飛び込む。離れた手は一刀の背中にすがりつくように回された。
抱きついた雪蓮の体は燃えるように熱かった。
この異常な熱さを心配に思った一刀は雪蓮に声をかけようとすると、
「痛っ!!」
首筋に激痛が走り、思わず悲鳴をあげてしまった。
何事かと思ったが、すぐに理解できた。
一刀の首筋に雪蓮が噛みついていたのだ。
「……ん……ぅ…………ッ」
恐怖で体がガタガタ震えだし、今すぐにでも雪蓮から逃げ出したくなるが一刀は踏みとどまった。いくらこんな状態でも雪蓮には変わりない。破天荒で天真爛漫な雪蓮も、このように闇を抱えた雪蓮も一刀にとっては同じ雪蓮だった。
一刀は背筋を伝う冷や汗を我慢しながら、震えた腕をそっと雪蓮の体に回し優しく抱きしめた。
「っ……」
一刀の小さな腕の中で、雪蓮の体が小さく震える。嫌がる様子はないので一刀はさらに強く抱きしめた。
雪蓮の髪からはいつもと同じような甘いにおいが一刀の鼻腔くすぐる。
「雪蓮……」
「…………かず、と……」
少し落ち着いた雪蓮は一刀の声に反応し、首筋からゆっくりと唇を離した。
強い痛みから解放された一刀は全身から力が抜けるのを感じた。
しかし噛みつくのをやめた雪蓮は、今度は一刀の首筋にペロペロと舌を這わせ始めた。
滲んだ血を丹念にぬぐいとっていく様は、まるで傷付けたお詫びのようだった。丁寧に丁寧に慈しむように。
「ぴちゅっ……れろっ……ん、あまい……」
なんと、一刀の血は甘かった。
一刀の味だと何度も味わう雪蓮は、淫靡な微笑みを浮かべながら、一刀の体をまさぐり始めた。
「っはぁっ、はっ……一刀……わたし、もう……我慢出来ない……」
「雪蓮……」
一刀は余裕で我慢できたのだが、雪蓮の顔を見たらそんなことは言えなくなった。
懇願する雪蓮を見た一刀は決意する。
俺が雪蓮を鎮めるんだと。
一刀の戦いが始まった。
「雪蓮……イクよ?」
「…………よかった」
一刀に受け入れてもらえると分かると、心の底から安堵の声を漏らした。
「あ……」
「お茶。……ごめん。勝手に使っちゃった」
「うぅん、ありがと。いただくわ」
行為を終えて二人とも眠りについた二人。そして先に目覚めた一刀がお茶を淹れたところで雪蓮が目を覚ました。
他愛のない話をしながらお茶を飲む一刀と雪蓮。
何もなかったように振る舞う一刀を見て雪蓮は、茶器を持ったまま俯き気味に押し黙っていた。
「雪蓮……?」
「……………………」
隣に座っている一刀は覗き込むように雪蓮を見た。
「どうかした?」
「……一刀は、どうして何も聞かないの?」
小さく、絞り出すように声を出した雪蓮。
「なにが?」
「さっきの……わたしの、こと……」
何故あんなことをしたのに何も聞かないのか。雪蓮はそれが疑問だった。
「んー……特に気にならないしなぁ……」
「え?」
一刀の何も気にしていないような態度に思わず声が裏返る雪蓮。
「……ってことは無いけど。そりゃ、気にはなるけどさ……」
「……………………」
雪蓮は本音を漏らす一刀に苦笑いがこぼれた。
なおも一刀は続ける。
「無理に聞き出そうとは思っていない。雪蓮が話しても良いって思うなら、聞くし……そうじゃないなら、いいや」
「一刀……」
雪蓮は茶器を机に置き、そして一刀の手に自分の手をそっと重ねた。それは先刻までとは違う優しい体温だった。
「聞いてくれる?」
「いいの?」
話そうとする雪蓮に確認を入れる一刀。雪蓮は頷いて、一刀に聞いてほしいと伝える。一刀はそれを了承し手をギュっと握った。
そして雪蓮はゆっくりと話し始めた。
原因は雪蓮自身いまいち分かってないと言う。小さなころから予兆があったらしいが如実に現れ始めたのはここ数年で、戦場に出るようになってからだとらしい。そして、今日のように激しい戦いに遭遇すると身体が火照ってとまらなくなる。内側から熱が溢れて蕩けてしまうような感覚に陥ってしまうらしいのだ。
「きっと一番近いのが、性欲。……似て非なるもの、だけどね」
苦笑いしながら話す雪蓮に一刀はその内容が信じがたいものであったが、先程の雪蓮を思い出し、すんなりと受け入れた。
「あ、性欲って言っても、誰でもいい訳じゃないの! 誰でもいいなら、その辺の兵士でも襲うんだけど……そうじゃないから厄介で……」
慌てて言い繕う雪蓮。それは一刀に嫌われたくないという気持ちが溢れ出ていた。
「それ、誰でもいい方が厄介だよ」
「そう?」
「うん」
自分を大切にしてほしいという一刀の心からの言葉だった。
「そっか。なら、良かったって思うことにする……。それでね?」
それを嬉しく思った雪蓮はさらに続ける。
その火照りは大切な人と身体を重ねれば収まるらしく、いつもは冥琳に相手してもらっているのだと言う。
そこで一旦話を切った雪蓮は、一刀の手をギュッと握りしめる。
「どうしてかな? 今日は一刀のことしか、考えられなかったの……」
だからあんな形で一刀を襲ったのだと言う。
「……そっか」
一刀は雪蓮の膝の上に移動して雪蓮を抱きしめた。
「……怒らないの?」
その行動を不思議に思った、雪蓮は尋ねる。
「なんで? 今の話って、俺ちょっと嬉しかったんだけど……」
一刀を襲ったということは、雪蓮にとって一刀は大切な人と言うこと。それを嬉しく思わないわけがなかった。
「……気持ち、悪くない?」
「そんなこと言ったら、本当に怒るぞ」
「…………一刀」
雪蓮はこの上なく嬉しい気持ちに満たされていた。自分の事を嫌うどころか大切にしてくる一刀をたまらなく愛おしく思った。
雪蓮が抱きしめ返してくるのを、一刀は受け入れる。
今はもう熱くない身体。しかし心の中はさっきよりもずっと温かくなっていた。
「雪蓮……」
一刀はそっと雪蓮を見上げる。
そしてどちらからともなく自然に唇が重なった。
唇は離れたが、未だに近い距離で見つめ合う二人。
「……私、ひぃひぃ言わされちゃった。…………一刀の指で」
「…………今は、これで勘弁してくれ」
「ふふっ。楽しみにしてるわね♪」
二人は甘い幸福感に包まれるのだった。
<おまけ>
「あっ!」
「どうしたのじゃ穏?」
「一刀さんって子供ですよね~?」
『あっ!』
「冥琳よ、二回どころか一回も出やせんぞ……」
「確かにそうですね。はぁ、雪蓮のヤツ子供を襲うとは……」
「どうなっちゃうんでしょうねぇ~」
「言動が大人びておるからすっかり失念しておったのう」
「止めにいきますぅ?」
「いや。止めておいた方がいいだろう」
「そうじゃな。さすがに策殿もあきらめるじゃろ」
「でもでも、ちょっとだけ様子を見に行きませんか~?」
「そうじゃの。北郷がどうなったのかじっくりと見てやろうではないか」
「ふむ。雪蓮に怪我をさせられている可能性もなくはないな」
三人で雪蓮の部屋の前に移動したところで雪蓮の艶声が聞こえてきた。そして三人は猛ダッシュでその場から離れた。
「はぁはぁ。……まさかあんなことになっているなんて思いませんでしたねぇ」
「た、確かにな。北郷のヤツが何かしたらしいが……」
「…………いい声で鳴いておったの」
「…………(ゴクッ)」
「…………(ゴクッ)」
「な、なんじゃお主ら?」
「穏もしてもらいたいですぅ~」
「つ、次は儂じゃ!」
「地位的に私になるでしょう」
こうして争われていることを知らない一刀だった。
完。
今回はヒドイwww
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今回はあのシーン(*/∀\*)
刮目して見よ!(`・ω・´)