【拠点 夏侯惇・夏侯淵】
日が頭上高くに昇った、穏やかな天気の午後。
旭日は城内にある中庭で一人、刀に手を添えた格好で静かに佇んでいた。
「………………ふぅ」
息と一緒に余計な力を抜き、集中を研ぎ澄ます。
左手はあくまで刀に添えているだけ、抜く気もなければ型や構えをとる気もない。というかそもそも、旭日にはこれといった戦闘スタイルが存在しない。
思ったままに思った通りの行動を選択し、感じたままに感じた通りの攻撃を繰り出す。
人を斬る技量はある。
人を断つ技術はある。
でも、あるだけ。
旭日の力とは技も術も、何もかもを無視した、圧倒的なる暴力。
暴力を振るうのに型や構えなんてものは無駄であり邪魔だ――それが旭日の辿り着いた、自身の力への答え。
ゆえに今、旭日が行っている作業は型や構えの確認では勿論なく、自分自身の力の再確認――暴力がどういったものか理解し直す作業。
集中を研磨し、目を瞑ってイメージする。
「(敵の数は……二十人くらいでいいか)」
二十人の敵に四方八方を囲まれ、かつハンデとして自分の足は動かさないとイメージを設定。少し物足りないかもしれないが、頭の中のみで繰り広げるにはもってこいの設定だろう。
前方より迫る槍を抜刀と同時に裂き、返す刀で敵を両断する。次いで剣を振り上げ突進してきた敵の攻撃を、上体をひねって避けるのと同時に胸へ向けて刺突を繰り出し、後ろに控えていた者とまとめて貫く。背後からの槍は空いた右手で掴んで引っ張り、近寄ってきたところを横一文字にぷつりと斬り裂いた。
「(……やっぱ二十人じゃ足りなかったな)」
最後の一人を真っ二つにして集中を通常時に戻し、目を開けようとした――瞬間。
「――――――っ!?」
抜く気のなかった刀を抜き放ち、突如として襲いかかってきた矢を弾き落とす。
矢の飛んできたほうに目を向ければ、そこにいたのは――
「ふむ。やはり効かんか」
「…………随分と物騒な挨拶の仕方だな、秋蘭」
――そこにいたのは、華琳の命で真名を預けてもらった、春蘭と秋蘭の二人。
「いきなりすまなかった。あまりに隙がないものだから、ついな」
「………………」
「ついで殺されかけちゃ困るんだが……つうか、春蘭はどうしたんだ? やけに大人しいじゃねえか」
薄く微笑んでいる秋蘭とは反対に、春蘭は珍しく難しそうな表情だ。
ぱくぱくと口を開いては閉じるを繰り返していた彼女だったが、やがて何かの意志を固めたのか、じっとこちらを見つめて(もしくは睨んで)彼女は言った。
「す、少しはやるようだな」
「あ?」
「だが勘違いするなよ! 華琳さまに一番忠実で有能なのはこのわたしだ!」
「……は?」
「ふふっ……姉者なりに九曜を認めた、ということだよ」
よほど間の抜けた顔をしていたのだろう、秋蘭が傍に寄ってきて補足してくれる。
「私や季衣達を助けてくれた時には既に認めていたのだろうが、それより前にあの村で悶着があったのでな。九曜のことをちゃんと認めることができないでいたんだ」
「それでさっきの矢、か」
「うむ。姉者は頑固ではあるが狭量ではない。しかと力を示せば認めてくれるさ」
「しゅっしゅしゅ秋蘭っ! わたしは別にこやつのことなど――」
きゅるるるるるる――と。
声の代わりとばかりに響いたのは、盛大な腹の虫の音。
「………………」
「………………」
「………………」
「あう……うぅ……」
「……ま、まあ、もういい時間だしな」
「う、うむ。そろそろ昼にしようか。九曜もどうだ?」
「どうだって……いいのか?」
「ついでだし、構わんよ。姉者も良いだろう?」
「…………ああ」
わかりやすいくらい不服そうだったが、こくりと頷く春蘭。
「言っておくが……奢らんからな」
「……誰も期待しちゃいねえよ」
一体どこが認められてるんだか。
油断すれば零れ落ちる溜め息を堪え、旭日は歩き出す二人の後に続いた。
「うまいっ!」
出されたラーメンをずずりと啜った春蘭は、不機嫌な顔をにこやかな笑顔にすぐさま変えた。
「……最初の一口目でそれかよ」
「ふんっ。うまいものをうまいと言って何が悪いのだ、この馬鹿者が」
「馬鹿に馬鹿と言われてしまった……」
旭日が小声で何かを呟いていたようだが、気にせず二口目に突入する。
場所は以前、季衣に奨められ秋蘭と共に足を運んだラーメン店。
そこに今日は旭日を連れてやってきていた。妹と、姉のように慕ってくれる子としかまだ訪れてない店なので、よく知らない者に紹介したくはなかったのだが……こうなったら仕方ない。
毒を食わば皿までと、毒や皿の代わりにチャーシューに舌鼓を打つ。
「やはりここのラーメンはうまいな。特にこのチャーシューなど、たまらんぞ」
「ふうん……チャーシュー欲しいんだったら、いるか?」
「お? くれるのか?」
「俺のはチャーシューメンでチャーシュー多めだし、構わねえよ」
「なんだ、意外といい奴だな貴様!」
遠慮なく旭日の器に箸を伸ばしてチャーシューを残さず掴み、ぱくりと口の中に入れる。味がしっかりと沁みたチャーシューはとても美味しく、自然と春蘭の頬が緩んだ。
しかしご満悦な春蘭とは裏腹に、ただのラーメンと化してしまった元チャーシューメンと春蘭を交互に見つめる旭日はなんともいえない、なんと言ったらわからない微妙な顔をしていた。
「……全部とるなよ。そしてもう少し味わって食えよ」
「むぐむぐ……ふぁんふぁ、くれるふぉひゅーはは」
「姉者、ちゃんと口の中の物を飲み込んでから喋れ。何を言っているのかわからんぞ」
秋蘭の注意に頬張っていたチャーシューをよく噛んだ後、ごくんと飲み込む。
「んく……くれると言うから、チャーシューはいらんのだと思ったではないか」
「チャーシューメン頼んでそんな判断するわけ……はぁ、もういいや。迂闊な発言をした俺が悪かった」
「やれやれ。九曜、私のを一つ分けてやるから、姉者の馬鹿さ加減は堪えてくれ」
「なっ、九曜! 貴様ぁ、秋蘭からあんなうまいチャーシューを巻き上げるつもりかっ!」
「……俺から巻き上げたお前が言うな」
「落ち着け、姉者。大人しくラーメンを食べていろ」
「う……うむ」
「どっちが姉だかわかりやしねえな、ったく。秋蘭も、春蘭があんなに美味いと誉めてるんだ、自分で食べりゃいいさ。俺は次のお楽しみにしとくよ」
苦笑するようにそう言って、旭日は「お、確かに美味いな」と麺を啜る。どうやらチャーシューを奪われたことはもう気にしていないらしい。
そんなどこか大人びた態度が無性に腹立たしく、詰め込むように箸を進めていく。
「(これでは、わたしがまるで子どもみたいではないか)」
「姉者、誰も横取りなどせんのだからもっとゆっくり食べろ。ほら、口の周りが汚れている」
「うん? んぅ……っ。す、すまんな」
秋蘭にされるがままに口元を拭ってもらう春蘭だったが、綺麗になったところではっと旭日のほうに顔を向けた。
意地の悪いあやつのことだ。
性格の悪いあやつのことだ。
あの癇に障る、人を小馬鹿にした皮肉な笑みを浮かべているに違いないと。
「………………っ」
だが、予想していた小馬鹿や皮肉がどこにもない、優しさが溢れた旭日の微笑に、春蘭は。
言葉を――失った。
「……春蘭? どうかしたのか?」
「あ、く……よ、う…………………………」
「だから、どうしたのか? 人の顔を見たと思ったら固まりやがって、いくら俺でも流石に傷つくんだが」
上手く言葉にできない。
上手く言葉が出てこない。
「くよ……九曜、早く食べねば麺がのびるぞ」
「あ? いやでも」
「……わたしのことは気にするな。なんでも、ない」
「………………? まあ、なんでもないならいいけどよ」
首を傾げながらも旭日がラーメンを啜り始めたのを確認して、自分たちも食事を再開する。
あれだけ美味しかったのに、どこか味が褪せたような気がした。隣りに座る秋蘭も似た心地なのだろう、箸の進み方が遅くなっている。ただ――ただ、目の前の男の微笑を見ただけで、食欲が一気に失せてしまった。
「(不愉快だ……っ)」
皮肉な笑みを浮かべていたほうがずっとマシだった。叶うならいつか見た、日を思わせる温かな笑みを浮かべてほしかった。
見たくなかった。
あんな優しい微笑なんて。
優しくもどこか寂しさの滲む微笑なんて――見たく、なかった。
了
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真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。
今回は拠点。
チャーシューチャーシュー言わせすぎました……