【拠点 曹操】
「旭日、いる?」
することもなく、手配された部屋のベッドに旭日が寝転がっていると、扉の開く音と共に華琳が入ってきた。
「……ノックぐらいしてから入れよ」
寝転がったまま目線だけをやり、溜め息を吐く旭日。
この部屋を旭日に与えたのは彼女なのだから、急に入ってこられても文句は言えない立場ではあるけれど、もしも着替え中だったらどうなっていたことかわかったものじゃない。……おそらくきっと、自分が悪いことになったのだろうが。
「のっく?」
「戸を軽く叩いて来訪を告げる礼儀のことだ」
「礼儀、ねぇ……来客を寝たまま迎えるのは、礼儀知らずではないのかしら?」
「……仰る通りで」
起き上がり、身体ごと華琳に向き直る。これで礼を尽くせているのかはわからないが、少なくとも無礼にはならないはずだ。
「で? わざわざ礼儀を説きに来たのか?」
「そんなわけないでしょう。暇を持て余している貴方に仕事をあげにきたのよ。視察の為に街へ行くから、それに付き合いなさい」
「別に暇なのは俺のせいじゃないんだが……」
城内では黄巾党の問題で武官も文官も忙しなく働いているにも関わらず、旭日は暴徒鎮圧以外の仕事をほとんど与えられていなかった。その暴徒鎮圧だって、旭日一人に任せられているわけではない為、必然的に暇を持て余してしまう。
だが、当然と言えば当然だ。
あくまで今の旭日は協力しているだけ――それも黄巾党の討伐が終わるまでの限られたもの。
部下でもなく、客将にすらもなっていない不確定な自分に、おいそれと仕事が与えられるはずがない。事実、何か仕事をくれと申し出ても、与えられた多くは当たり障りのない、誰でもできそうな簡単なものばかり。
ある程度は予想していた扱いとはいえ、これは流石に――暇が過ぎる。
ここ数日間は特に、鳥籠の鳥に近い有様だった。
「……まあ、自分で選んだ道だ、文句を言う気はねえ。視察でもなんでも付き合うし、使われてやるよ」
「あら、随分と素直じゃない」
「世話になりっぱなしでいられるほど、軟派じゃないんでな。仕事をくれさえすればちゃんと働くさ」
「ふぅん……思っていた通り骨はあるようね」
薄く微笑む華琳。
「では早く支度をなさい。時間が惜しいわ」
「そう急かすなって。刀を差せばすぐ出掛けられるよ」
「良い心がけね。なら行くわよ。……それと」
「ん?」
「私は使える者を使わずにいる気なんてないわ。いずれこき使ってやるから――覚悟しときなさい」
その言葉に。
こちらに背を向け、隠すように言われたその意味に。
すとんと、腑に落ちる。
「(ああ……そういうことか)」
いきなり訪ねてきたのも。
いきなり街の視察に行くと言い出したのも全部――全部、気を遣ってのことだったのだ。
仕事らしい仕事を与えられず、部屋にいるしかできない自分が、ほんの少しでも気分転換できればと。
「ガキじゃあるまいし、お出掛けで喜んだりしねえんだけどな……」
呟きとは裏腹に、抑えきれない笑顔が滲む。
「……ありがとうな、華琳」
聞こえているのかはわからない。
それでも、旭日は言った。
素直じゃない彼女に向けて、素直な感謝を乗せて。
「おい華琳、あれはなんなんだ? おっ、あっちも騒がしいぜ。華琳が治めてる街なだけあって、どこもかしこも賑やかで退屈しねえな……っと、おっさん! それなんて料理だ? 美味いのか?」
「…………これでもかと喜んでるじゃない」
旭日の呟きをばっちり聞いていた華琳は、大いにはしゃぐ彼を見て溜め息を吐く。
「貴方ね……これが視察だってこと、ちゃんとわかってるの?」
「視察? ……あー、うん。わかってるわかってる」
「その割には、生返事の気がするのだけれど」
「意外と心配性だな。俺が気付いたことを挙げりゃいいんだろ? しっかり覚えてるから、可愛い顔をそう顰めたりすんなよ、勿体ねえ」
「なっ、か、可愛いって……!」
思わず口ごもった華琳を余所に、またもや旭日はどこかへと駆け出していった。
ガキじゃあるまいし、などと言っていたのは果たして誰だったのか。あちらこちらへ落ち着かなく動き回り、何かあればすぐに立ち止まって、目をきらきらと輝かせている様はまさしく子どもだ。
はぁ……と、本日二度目の溜め息を吐く。
年甲斐もなくはしゃぐ旭日があの日天の御遣いだと気付く者はまずいないだろう。彼のことを一番にそうだと認めた自分でさえ、今の姿を見ていると疑わしさが込み上げてくる。
「(でもまあ……悪い気はしないわね)」
不愉快に顰めた顔。
皮肉に笑った顔。
寂しそうな顔。
旭日が華琳に見せた表情はその三つがほとんどで、笑顔と言える笑顔を見せてくれたのはたった一回きり。だからなのか、今みたいに楽しさの溢れた笑顔を何故かとても(本当に何故だろう?)嬉しく感じてしまう。
「華琳? どうかしたのか?」
「どうもしないわ。ただ……そうね、貴方は本当におかしな男だと思っていたのよ」
「おいおい、俺のどこがおかしいんだよ」
「全部に決まってるでしょう?」
「………………全部っすか」
自分じゃ普通だと思うんだがな。
不満気に零す旭日に、華琳は「おかしいわよ」と重ねて言う。
おかしな男だ。
天の御遣いだというのに気取った素振りはまるでなく、誰とでも――王である自分とも対等に接し。周囲から向けられる不信の視線をものともしないくせ、ろくな仕事を与えられないのを好しとせず。氷のように冷たく笑うこともあれば、日のように温かく笑うこともあって。
一つ知ってもまだ足りない。どころか一つ知ったら次は二つ、二つ知ったら次は三つと、どんどん興味が湧いてくる。
おかしな男だ。
本当に、おかしな男だ。
あの村で初めて出逢った頃からずっと――おかしくてたまらない。
「……今日はやけに大人しいな」
手を伸ばせば触れられるほどの近い距離に旭日の顔があり、華琳は慌てて我に返った。
「なっ何よいきなり! も、もう街を見て回るのはやめにしたの?」
「あーっと……その、なんだ。俺ばっかり楽しむのもどうかと思ってな。はしゃぐのはここでお終い、後はお前に付き合うよ」
「……だから、これは視察だと何度も言ってるでしょう」
「それはちゃんとわかってるけどよ、俺がこの街を歩くのは今日が初めてなんだぜ? どこに行っても気付くことは沢山あるさ」
にぱり、と笑う旭日。
そんな彼の汚れも曇りもない、まるで無邪気な子どものような笑顔に――つい、笑ってしまう。
仕方がないと。
子どもに何を言っても――聞きやしないのだから、と。
「全く、本当におかしな男ね、旭日は」
「まだ言ってんのか……」
「しょうがないわ、事実なんだもの。ほら、ぼぅっとしてないで行くわよ。望み通り私の好きなように連れ回してあげる」
「……はいはい」
完全に視察とは呼べなくなったけれど。
それでも――こういう日もたまには悪くはない。
そしてこの後、下着店に立ち寄った時に旭日の恥ずかしそうな顔を見れた華琳は、更に笑みを深めるのだった。
了
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真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。
今回は拠点。
曹操とのある一日です。