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『想いの果てに掴むもの ~第13話~』

うたまるさん

『真・恋姫無双』魏END後の二次創作のショート小説です。

ついに、桃香たちと別れの時が迫る。
そんな最期に一刀に待ち受ける運命は、
蜀の娘達の想いは、どうなるのか・・・

2010-02-19 14:52:19 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:36387   閲覧ユーザー数:24245

真・恋姫無双 二次制作小説 魏アフターシナリオ

『 想いの果てに掴むもの 』蜀編

  第13話 ~ 普通である事、すりぬける想い ~

 

 

 

 

バシッ

 

パンッ

 

ダッ

 

ヴォッ

 

至近距離での攻防の中、

彼女の豪腕が、髪を擦りながら、頭上を通過する。

一撃でも、まともにもらえば終わり、

いや、たとえ防御した所で、あの力が発揮されれば、

俺の防御など、紙の楯に等しい。

攻撃を回避するため、体を低くしながら前に出た勢いを利用して、

拳にその勢いに乗せるように見せて、下から突き出す。

 

ビュッ

パシッ

 

俺のその攻撃は当然のごとく、彼女の手に受け止められ、

彼女は、そんな俺に対してニヤリと笑う。

だが、そんなものは関係ない。

もともとこの拳は受け止めさせるのが目的、

俺は受け止められた拳を軸に、腕を折り畳み、踏み込んだ勢いを利用して、

今度こそ体重を乗せるように、肘を彼女の腹へと叩き込む。

 

ドッ

 

「う゛っ」

 

不意をつかれ、一撃をもらった彼女は、思わず呻く、

だが、一撃をもらった程度で、彼女が、このまま終わるはずがない。

だからきっと

 

ビュッ

 

さっきまで俺の頭があった所へ、再び彼女の豪腕が通り過ぎる。

俺はその時すでに、体を限界まで伏せていた。

反撃をした彼女の目には、突然しゃがみ込んだ俺は、消えたように見えただろう。

だが彼女も歴戦の将、此方の意図をすぐに察するに違いない。

だけど、もう遅い、俺はすでに次の攻撃に入っている。

俺の足は、そのまま両手と片足を軸に、彼女の足を思いっ切り払う。

 

ドッ

 

足を払われ、

地につける物を失くした彼女は、

足を払われた勢いのまま、背中から地面に叩きつけられる事になった。

 

 

 

「くそー、貴様も男なら、ちょろちょろ、小技に頼らず、正々堂々と殴りかかって来いっ」

 

俺に一本取られ、納得いかない彼女は俺に食って掛かる。

まぁ、気持ちは分からない訳じゃないが、

 

「俺が魏延さんと、まともに打ち当って、勝てるわけないじゃないか」

 

俺の言葉に、魏延さんは更に面白くなさそうにする。

ここ数日、こうして組み手を行っているが、組み合うほど俺の勝率が上がっている。

力、速度、技の切れ、勘、経験、すべてにおいて彼女が、圧倒的に勝っているにもかかわらずだ。

それでも俺が何とか、勝てる事が出来るは、格闘のスペシャリストの凪との経験もあるが、

魏延さんの性格が原因だろう。

彼女の攻撃は非常に分り易いのだ。

だから俺は、彼女の性格と初動を見切る事で小細工を仕掛け、彼女の先手を打っているに過ぎない。

むろんこれが、彼女の得意な獲物を使った仕合だったなら、俺の小細工など食い破り、俺を叩き潰しているだろう。

魏延さんにとっては、苦々しい思いだろうが、俺にとっては達人級の呼吸を、落ち着いてよく見る事が出来るよい

機会だった。

そんな貴重な機会をさせてもらって、彼女には、とても感謝している。

だがら、

 

「魏延さんが凄い事には、変わりはないよ。

 魏延さんの一撃をもらったら、それで終わりだから、いつも必死で小細工しているんだよ」

「小細工だろうがなんだろうが、これだけ闘えて、なんで戦では前に出てこなかった」

 

彼女の言葉に、魏延さんが不機嫌な理由が解かった気がする。

彼女は、闘える者が前に出ないのは、臆病者のすることだと、そう言っているんだ。

だとしたら、彼女は俺の事を、勘違いしている

 

「あの時の俺は、それこそ話しにならない位弱かったんだって、一般兵とそう変わらない武しかなかった。

 それに、今だって前線に出れる程、強くなれたとは思えないよ」

「私に勝っておいて、何をぬけぬけと」

「強さの質の違いだよ。

 俺のは不意打ちや奇策だより、魏延さんのように、安定した強さを持っているわけじゃない」

 

そう、幾ら二年前より武を磨き、今では"氣"を使える様になったと言っても、魏延さん達の様に、将として武を振

るう姿なんて想像もできない。

魏延さんに言ったように、まだ不意打ちや奇策に頼らなければ、多数を相手に戦い抜くなんて出来やしないだろう。

戦場では、いつでも策が使えるとは限らない、

戦の勝敗を決めるのは、単純に兵数が物を言う事が普通だ。

だが混戦の中、生き残るために物を言うのは純粋な武だ。

今の俺では、そこまでの武はまだない。

こればかりは、時間をかけて積み上げていくしかないのだから。

そう、自嘲気味に笑みを浮かべていると

 

「焔耶だ。そう呼べ」

「へ?」

「貴様のような軟弱者でも、不意打ちでもまぐれでも、私にを土をつけたんだ。

 認めぬわけにはいくまい」

「いいのか?」

「貴様は、桃香様の力になった。

 未熟なれど私に力を示した。

 蒲公英のように罠を仕掛けないだけ、骨があると思っておく」

「ありがとう焔耶」

「ふん、もう一本行くぞ」

「ああ、と言いたいけど、"氣"の使い方で少し試したい事があるんだ。

 付き合ってくれるかな」

「ふん、かまわん、もともと貴様の鍛錬だ。

 貴様の自由にすればよい」

 

 

 

 

 

 

 

 

カッカッカッ

 

軽快な音をたて、図と単語を板に書き、政策を説明していく。

今言った部分が説明が終わると、書いた文字を消して、再び板に文字と図を書きながら説明していく。

そうして幾つかの政策を説明も終わりに差し掛かり

 

「と言うわけで、今まで職人の勘や経験に任せていた事を、情報を取り、整理する事で、安定した良質の物を作り

 出す手助けになるんだ」

 

今、最後に説明したのが、蜀の地に適した技術の開発と言う事で、俺が目をつけたのは絹の生産だ。

蜀の地は、領土的には広くても、山や荒地が多く、米の生産に向かない地が多い。

と言うか使える土地そのものが少ない。

なら、何か特産品に力を入れるしかないわけだが、行えるものも限られてくる。

蜀の特産品の中で目をつけたのが絹だ。

蜀国内で作られる絹は、気候的にあっているのもあるのだろうが、それでも質が高く、高価な貿易品となっている。

だが、問題は質の高い絹の生産量が、きわめて少ないことだ。

理由は単純に、蚕の飼育技術が、口伝と勘まかせなせいだ。

むろん職人の勘を馬鹿にしているわけではない。

だが、その勘を身に付けるためには、時間がかかりすぎるし、体調にも大きく左右される。

それを少しでも補うために

 

「北郷、あんたが、作らせたこの温度計と乾湿計と言う機能は分かったわ。

 腕利きの職人のもとに人を派遣して、計測結果の記録や、口伝を記録する意味も分かる。

 あんたが言う事が本当なら、きっと十年で絹の生産技術は飛躍的に向上すると思うわ。

 でもあんたの言う、印度や露馬に売りつけると言うのが、分からないわ、態々そんな遠方に、売りつけるだけの

 価値はあるの?」

「詠の心配も分かるけど、それらの国とは、今までだって、多少の交易はあったんだろ?

 遠方だから意味があるんだよ。

 遠方の方が珍しいものが多いから、こちらの質のよい絹を売りつけた金で、こちらに無い特産品を買って帰れば、

 こちらで他国に高く売りつける事が出来る。

 それに詠、商売に絶対はないよ。

 まともに、こちらだけで商売をしていたら、魏や呉に置いていかれるだけだ。

 あちらは、海に接している分、貿易相手には、そんなに不自由していないんだからね。

 それに魏や呉の周りにだけ相手に商売していても、やがて需要が減る可能性が高い。

 この技術は他の二国にも供与されるんだからね。

 なら、相手はそれ以外を選ばないと、それに幸い蜀は土地や気候が蚕の飼育に適しているし。

 他の産業が少ない分、同じ技術を持っていても、他国より高い品質のものが大量に出来るはず。

 これを活かさない手はないと思うよ。

 博打の要素がある事は否定できないけど、詠達なら、きっと上手くやれると信じているさ」

「あんたに言われなくても、上手くやって見せるわよ」

「ああ、そのためには協力できる事は、出来るだけするつもりだよ」

「でも天の国の技術ってのは凄いわね。

 この温度計もそうだけど、その『黒板』と『ちょうく』だっけ、

 分かってはいた事だけど、そうやって、図と単語を書かれて説明されると分かりやすいわ」

「はい、私もそう思います。

 この『黒板』と『ちょうく』があれば、きっと学校も上手くいきやすくなると思います」

「詠や朱里が褒めてくれて、くれるのは嬉しいけど、これも、まだまだ改良の余地があるよ。

 思ったより強度がないからね、慣れないと簡単に折れてしまう。

 それに、幾ら原料に動植物を使っていても、この粉を吸うのは健康に良くないから、気をつけて欲しい」

「いいえ、それでも私達では分からない事を教えてくださるだけで、凄く助かります。

 先日教えてくださった、製紙技術も使える土地の少ない私達にとって、新たな産業に成り得ます」

「製紙技術と言っても、材料となる植物を幾つか挙げただけだよ。

 それに分かっていると思うけど」

「はい、『 供与された技術に関して開発した情報は、魏に送る 』その約束は守ります。

 それを差し引いても、私達にとっては有益な情報である事に、違いはありません」

「上前をはねるようで、申し訳ないと思うけどね」

「かまいません、情報はお渡ししても、真似できないほどの技術を、身に付ければ良いだけですから」

 

そう言って、朱里は力強く俺に微笑む。

きっと彼女達なら、その言葉を実行するだろう。

朱里達に感謝されるのは嬉しいが、正直俺としては心苦しいと思っている。

提供した技術の殆どは、俺の半端な知識が原因で、断片的なものでしか伝えられなかったからだ。

真桜もそうだけど、彼女達は、そこから技術を開発していかなければならない。

その上、上手くいく、いかないに関係なく、その結果を魏に報告する義務がある。

ようは、人の国の予算と人材で、技術開発を行うようなものだ。

むろん俺なりに、この国の事を考えての技術供与だが、技術と言うのは、すぐに結果の出るものではない。

正直、戦後の復旧に追われている今、即効性のものがあれば良いが、そんな都合の良いものはないし、あまり急ぎ

すぎるのも、良い結果は生み出さない。

それでも、今伝えれることは伝えておこうと、内容を強引に進めていく。

俺と風は、数日後には成都を立つ事となったからだ。

先日、真桜からの荷と共に、華琳から手紙が来た。

此方が一段落したら、呉に行って来いという内容だ。

どうやら、呉からも、蜀同様の内容の手紙が来たらしい。

風に相談した所、今度の会議を最後に、出立した方が良いとの事。

 

「すでに、今回蜀が求めた協力要請は、大方針が決まり、残るは細かい調整の段階に入っています。

 確かに協力する事は、幾らでもありますけど、ここで手を引かなければ、年単位の仕事になってしまいます。

 なら後は、余所者の風達ではなく、蜀の皆さんに頑張ってもらうのが、一番だと思うのですよー。

 それとも、お兄さんは、華琳様達より、蜀の娘達が魅力なのですかー」

「なんでそうなるのっ!」

 

とまぁ、最後のはよく分からないが、確かに余所者の俺達が、いつまでも、ここにやっかいになるわけにもいかない

し、この後呉に行く事も考えると、それこそ魏に戻る頃には一年経ってしまう可能性だって出てくる。

以前と違って、会おうと思えば会える事が出来る分、前みたいに焦りはしないが、華琳達と居たいのは紛れもなく、

俺の想いだ。

なら、ここは風の言うとおりに、蜀を立つべきだろう。

そう決断し、桃香達に伝えた所、惜しまれたが、国からの命となれば仕方がないと言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「と、こんな感じなんてどう?」

 

俺の描いた意匠の絵を、星に見せてみる

 

「ふむ、悪くない、いや意匠そのものは素晴らしいが、何と言うかその割には絵が普通すぎてな」

「そりゃあ、上手いとは言えないけど、素人なんだから仕方ないだろ。

 俺に取っては意図が伝われば、それで十分だよ」

 

庭の東屋で、星に渡したのは、華蝶仮面の衣装のデザインだ。

俺の世界のヒーローと言うものは、専用の意匠に富んだ服装をすると言ったら。

星が乗り気になって、意匠を考えてくれと言ってきたので、俺の世界の中で星に似合いそうな物を幾つか書いてみた

わけだが、どうやら絵事態が不満らしい・・・・ほっといてくれっ

 

「ふむ、そういう意味では、一刀殿の絵は十分その役目を果たしているな。

 だが、この絵が私となると・・・一刀殿にとって私はこんな顔をしているのか?」

「別に肖像画を描いたわけじゃないから、その辺りは適当」

「女性の絵を描けば、その者が、その女性をどう思っているか分かるかもと、思っていたのだが、そのような遊び

 心がないと見える」

「なんで、絵一つでそこまで言われなきゃ、いけないんだよ」

「なに、女は男をいつでも試していると言っているだけですぞ」

「・・・・勘弁してくれ、それが本当なら、俺はおちおち昼寝も出来なくなる」

「風よ、一刀殿はあのような事を言っておるぞ」

「風達は、お兄さんに、そういうものを求めるのは、もう諦めが付いているのですよー」

「しかし、それでは、男女の機微を楽しめぬではないか」

「お兄さんは、そんなものがなくても、十分楽しいのです」

「ふむ、確かに退屈する事はなさそうですな」

「そうなのですよー、

 それに風達は、お兄さんに、そういうことを言っても無駄と分かっているので、体に教え込む事にしているのです」

「なるほど、それはそれで楽しいかも知れぬな」

「ふふふっ、そうなのです」

「そうなのですじゃないっ! まるで俺が風たちに調教されているみたいじゃないか」

「「・・・・・・」」

 

話を弾ませるのは良いが、目の前で俺をネタにするのは止めて欲しい。

内容が内容だけに突っ込むと、風と星が呆れた顔をする。

いや、そんな『なにをいまさら』なんて顔をするのは止めて欲しい。

とにかく、俺にそういう趣味はないからっ!

 

「おーい、星、探したぞ」

 

と、星が後ろから声を掛けられる。

 

「ん、白蓮殿ではないか、どうなされた?」

「はぁ~、星、人に仕事を押し付けておいて、まさか忘れてたとは言わないだろうな」

「・・・・・・うむ、むろん覚えていたぞっ」

「星・・・忘れてたなら、素直に白蓮に謝ったら・・・」

「うむむぅ、しかし、私が忘れていたのは、一刀殿にも責任の一端があるのですぞ、

 昼間から、あのように体が疼く、熱い言葉を囁かれては、忘れてしまっても致し方なきこと」

「してないからっ

 誤解の招く言い方はやめてくれっ!

 誤解だから白蓮も、そこで冷たい目でこっちを見るのはやめてほしい。

 と言うか何処まで信頼無いの俺?」

「ふむ、冗談一つでそこまで騒がなくても良かろう。本当に一刀殿は、からかいがいがある。

 白蓮殿もすまなかった。

 しかし一刀殿、いつの間に白蓮殿の真名を許されたのだ」

「あぁ、桃香の時にね。それから時々会っているんだけど・・・言ってなかったっけ」

「初耳ですぞ。

 白蓮殿も言ってくださらぬとは、少々冷たいではありませんか」

「私から星に言ったら、絶対からかうに決まっているからな。

 そんな事より、とりあえず私なりに計画をまとめておいた。 後は星の確認だけだ」

 

そんな話は終わりだと言わんばかりに、白蓮は星に竹簡を押し付けると、星はそれを確認する。

邪魔をしては悪いので、大人しく待っていると

 

「ふむ、相変わらず白蓮殿は卒が無い。

 しかしそれゆえ、なんというか、普通としか言えぬ内容だな。

 こう面白味と言うものが欠ける・・・ほれ、ここで、伏せ討ち等させてみれば、ちょうど油断し始める頃、

 常在戦場の心を、体に覚えこませるのには、ちょうど良い刺激になると思わぬか?」

「うぐっ、たしかに・・・・」

「だが、まぁ今回は、これでいっても、さして問題はあるまい。白蓮殿感謝いたしますぞ」

 

星はそう言って読んだ竹簡を俺に渡す。

(いいのか?)

と目で訴えると、

 

「かまわぬよ。

 一刀殿の意見も聞いてみたいというもの」

 

そう言われてはと、目を通してみると、どうやら、兵の演習計画のようだ。

竹簡には、兵の大まかな錬度と人数、そしてその内容が、分かりやすく纏められていた。

へぇー白蓮って、綺麗な字を書くんだなー、華琳程ではないけど、人並み以上に綺麗だ。

何より読みやすい。

問題の内容だが、確かに星の言うとおり、演習中の部隊の移動の部分に短いながらも空白がある。

確かに罠を突破した後は、兵の緊張が緩みやすいし、記載された地形なら尚更だろう。

ここで、伏せ討ちされれば、星の言うとおり演習の効果が高いと思える。

 

「うん、確かに星の言う事も一理あるね、でも今回はこれで問題ないと思うよ」

 

俺はそう言って、星に竹簡を返すと、星は仕事が出来たと言って、席を外す。

だが白蓮は、なにやら落ち込み、深く溜息を付いていた。

 

「どうしたんだよ、そんな深い溜息ついて」

 

白蓮の落ち込みぶりに、俺はとりあえず茶を淹れて白蓮の前に出す。

 

「いや、北郷には関係ない話だよ」

「関係ないって、友達が落ち込んでいたら、気になるさ、

 確かに俺じゃあ、何も役に立てないだろうけど、話くらいは聞けるつもりだよ」

「北郷は優しいいなぁ、うちの連中も基本的に優しいのだが、そう言う気遣いが無くてな・・・・」

「そんな事ないと思うけど・・・

 で、どうしたの? 折角の美人が、そんな深い溜息付いてたら台無しじゃないか」

「////」

「ん? えーと、俺なんか変な事言った?」

「・・・・はぁー、自覚が無いと聞いてたけど、本当だな・・・

 まぁいいや、なにまた"普通"って言われたなと思ってね」

 

白蓮がなにやら、分からない事を言う、"自覚"って、何か俺について変な噂でも立っているのかな?

でも、今は白蓮の落ち込みぶりの方が大切だ。

 

「普通って、それが何で落ち込む原因になるの?」

「ほら、うちの連中って、みんなすごく優秀なんだよ。

 私だって、太守だったわけだから、それなりの自信はあったんだが・・・」

「みんなと比べたら、落ち込んでしまったと?」

「ああ、そんなところだ。

 軍師にしろ武官にしろ、みんな化け物並みので、私には何一つ敵うものが無い。

 桃香だって、能力的には私以下だが、王として必要なものを確かに持っている。

 こうして敗軍の将として、行き倒れる所を拾ってもらったんだ。 

 桃香達には、感謝もしているし、今更比べようとも、国を興そうとも思わない。

 だが、何をやっても、普通と言われ続けるとな、さすがに落ち込みもするさ。

 と言っても、北郷も皆側だから、私の気持ちは分からないか・・・・」

 

と、白蓮は、俺に落ち込んでいる原因を、素直に話してくれる。

正直俺は、会って間もない俺に、こうして心の内を吐露してくれるまでに、信頼してくれていると思うと嬉しい。

・・・まぁ、どうでもいい奴だから、話したと言う考え方もあるが、この際それは考えない事として。

でも、"普通"か、でもそれは

 

「白蓮が何を勘違いしているか知らないけど、俺は普通だよ、能力的には白蓮以下のね」

「「えっ」」

「白蓮はともかく、何で風まで」

「いえいえ、お兄さんが普通と言うのは、さすがにちょっと」

「そうだぞ北郷、天の御使いと呼ばれ、あれだけの事をした北郷が、普通なわけないじゃないか」

「風を含めて、あれだけ多くの女性と関係を持っているお兄さんが、普通というのは、どうかと思うのですよー」

「あっ、たしかに」

「まてまてまてっ、女性関係に関しては否定できないが、今は関係ないでしょ

 それに、今は白蓮のことだからっ

 とにかく、少なくても天の国では、俺はごく普通の庶人だよ」

「えっ」

 

俺の言葉に、白蓮はもう一度驚く。

今度はさっきとは、別の意味出だ。

 

「それに白蓮は"普通"と言われるのが憂鬱みたいだけど、間違いなく白蓮は秀才だよ」

「北郷、当たり前だ。

 さっきも言ったが、私はこれでも太守だったんだぞ。

 そこらの庶人と一緒にされては困る。

 だが、あいつ等からしたら、私なんて庶人と変わらないのかもしれないがな」

「そんな事はないと思うのです。

 そうであれば、大切な仕事を任せてもらえないのですよー。

 それに白蓮さんは確かに、太守としても文官としても武官としても、普通だとは思いますが、無能とは思わない

 のです。

 華琳様でも、たぶん同じ評価をすると思うのですよー」

 

風の言葉に白蓮は、「やっぱり、普通なんだ」とますます落ち込む。

いや、其処で落ち込まれたら、能力的に庶人と変わらない俺は、どうすれば・・・・・

まぁ、俺の事は今は、どうでも良いか、

 

「なあ白蓮、さっきも言ったけど、俺からしたら白蓮はすごい奴だと思う。

 だって、あの諸葛亮や趙子龍程の者が、普通と言えるだけの才能があると言う事だぞ。

 しかも、文武共にその才がある。

 白蓮は、もっと誇っていいと思う」

 

俺の言葉に、少しだけ顔を明るくしたかと思うと、

 

「"普通"をか?」

 

と、自嘲気味に笑う。

白蓮は、ああ言ってはいるが、俺は白蓮を凄いと思う。

 

「だって、総てに置いて普通だぞ。

 それって弱点が無いと言う事じゃないか、勝てなくても簡単に負けない。

 これって、なかなか出来る事じゃない。

 朱里達軍師は、武で物を言われたら対抗出来ない。

 せいぜい、その事態にならないように、注意を払う。

 翠達武官は、政治的な話や交渉には向かない。

 だけど白蓮は、総てに対応できる。

 たとえ、突出した能力が無くても、事態にある程度対応できるだけの力があるんだ。

 文武共に、対応できるのは、蜀の武将では、紫苑さんぐらいだよ」

「そっか、たしかに、そう言われると、少し自信がもてるよ」

 

俺の言葉に、白蓮はいつもの笑顔を取り戻してくれる。

良かった。

でも、立ち直っただけだ。

俺は白蓮に、それで済んでほしくないと思う。

折角、白蓮には皆に負けない物を持っているのだから

だから

 

「ねえ白蓮、白蓮はもっと"普通"を武器にしたらどうかな」

「なに言ってんだよ、そんなもの武器になるわけ無いじゃないか」

「なるよ。

 これは、蜀の将では、白蓮しか持っていない武器だよ。

 白蓮は、文武おいて、共に天才達から、普通と言われるだけの能力がある。

 確かに、天才達には一つ一つは敵わないかも知れないけど、勝てるものも持っていると言うことだよ。

 それにね、普通と言う事は、それだけ兵達や文官達の事が、分かるって事じゃないかな。

 さっきの演習計画も、確かに星の言った事は効果があると思う。

 でも、あの演習に参加するのは、あまり士気の高くない兵達だ。

 しかも今は平時で、差し迫った状況じゃない。

 其処に星の言うような厳しい訓練をやれば、逆効果になる可能性も出てくるんだ。

 だから俺は今回は、あれで良いと思う、と言ったんだ。

 彼女達は、自分の能力が高すぎるが故の、弱点も持っている。

 分かりやすく言うと、鈴々の武術鍛錬を思い出してみてよ」

 

『 出来ると思えば、出来るのだー 』

 

脳裏に鈴々の言葉が浮かぶ、白蓮も似たよう想像をしたのか、苦笑いをしている。

 

「まぁ、あれは極端だと思うけどね」

「ああ、そうしてくれ、さすがに、皆があれと同じと思われても困る」

「でも、言いたい事は分かるよね。

 ほかの皆も、大小はあるけど、似たような所がある。

 ”出来ない者の気持ちが分からない”って所がね」

「あぁ、確かにそう言う所があるよな、皆・・・でもなんでそれが武器になるんだ」

「そう思うのは、白蓮だけじゃないって事。

 重臣以外の武官や文官だって、思っていると思う。

 口に出さないだけでね。

 そう言う人達の代表として、頑張れるんじゃないかな、

 文官武官両方の気持ちを理解できる、白蓮しか、出来ない事だと思う

 一人一人では、やれることなんて知れているけど、そんな人達を白蓮が、導いてあげれば、いいんじゃない

 かな」

「不思議だな、お前にそう言われると、普通ってそう悪い事ばかりじゃないって、思えるんだから」

「白蓮は、十分才女だよ。

 ただ他の皆と比べて、方向性が違うだけさ」

「ああ、ありがとう

 私は私だ、他人と無意味に比べても仕方が無かったな、普通には普通のやり方がある。

 そう気がつかせてくれただけでも、話してよかったよ

 じゃあ、私は仕事に戻るよ、邪魔したな。」

 

そう言って、席を立つ白蓮は、

先程とは違い、晴れやかな顔をしていた。

華琳のような、覇気のように、

恋のような、闘氣のように、

朱里達のような、智謀のように、、

外から畏怖を感れるものは、なにも感じない。

きっとこれが、彼女の本来の状態。

だけど、そんな彼女だから持てる強さがある。

天才達には、決して持てない力がある事を、きっと彼女は見つけるだろう。

そうなった時・・・・・

 

「ふふふふっ、良いんですか?

 白蓮ちゃんが化けてしまったら、ある意味、蜀で一番の脅威になるのかもしれないのですよ」

「風に其処まで言わせるだけの才能があるなら、俺なんかが、何も言わなくても白蓮は答えを見つけてるよ。

 それに、華琳なら、喜ぶ事はあっても、怒りはしないさ」

「それも、そうですねー」

 

 

 

 

 

通常視点:

 

「恋殿~、探しましたですぞ」

「・・・・」

 

遠くから、恋の姿を見つけ、張々に乗り、駆け寄る ねね を、恋は気にかける事無く、目の前の流れる川を眺めて

いる。

 

「恋殿、どうなされたのですか?」

 

ねね は恋の様子が、おかしい事に気がつく。

もともと表情がとぼしい恋だが、その雰囲気で、結構その感情は分かる事ができた。

ましてや、付き合いが長く、恋殿の軍師をなのる ねね に、気が付かないわけが無い。

恋が、落ち込んでいる事を・・・・

心を痛めていることを・・・・

 

「恋殿?・・・・何をお悩みなのか知りませぬが、この ねね にお話くだされ。

 ねね が、ずばり解決して見せますぞ」

 

いつもの、尊大な態度ではなく。

でも安心させるかのように、強気な態度で、

恋に、悩みを打ち明けてほしいと言う。

 

「・・・・かずと・・・もうすぐ居なくなる・・・さみしい・・・」

 

びくっ

 

恋の言葉に、ねね の体が、大きく震えた。

実を言うと、ねね は、恋の落ち込んでいる理由に、察しはついていた。

ただ、それを認めたくないのと、それを・・・・・・・

だが、彼女は、

 

「恋殿、あいつは、元々他国の人間です。

 今回は、用事があったから来ただけに過ぎません。

 用が済めば、帰るのが道理。

 そもそも、恋殿があいつの事を、心に留める必要などないのです。

 あんな女っ誑しの事など、とっとと忘れるに限ります」

 

ねね は、一言一言はっきりと、諭すようにゆっくりと、恋に言葉を紡ぐ。

居なくなる人間の事を、考えても仕方ないと

悩んでも、仕方が無い事だと、

忘れてしまうのが一番だと、

そう告げる。

それは、本当に目の前の少女だけに、言った事なのか。

 

「さぁ、恋殿帰りますぞ。

 今日は、送別会を兼ねて、朱里達が腕を振るったのです。

 早く行かないと、なくなってしまいますぞっ」

 

もう、この話は終わりとばかりに、ねね は恋の手を掴む。

だが恋は

 

「・・・・今はいい・・・」

「きっと、美味しいで・何ですとぉぉぉぉぉぉ! 恋殿、今なんとっ!?」

「・・・・食欲無い・・・・」

「・・・・・・・・ぬおあぁぁ~~~っ!?」

 

恋の言葉に、ねねは、小さな沈黙の後、周囲に ねねの驚愕の声が響き渡る。

ねね にとって、今の言葉は信じられない事だった。

少なくとも、平時に置いて、恋が食事を要らないなんていう事は、聞いたことが無い。

糧食が乏しい時でも、我慢し、部下に分け与える事はあっても、こういう事は無かった。

良い意味でも、悪い意味でも、何処までも自分の感情に素直なのが、恋と言う少女なのだ。

 

「恋殿、医者に見てもらいますぞ、きっと病気に違いありませぬ」

「・・・・病気・・・ちがう・・・」

「恋殿・・・・・・」

「・・・ねね行く・・・・ねねの分・・・無くなる」

 

自分は良いから行くようにと、促す恋に ねね は黙って首を振る。

 

「恋殿を置いて、そのような事出来ませぬ」

 

ねねは、そう自分の主に言う。

こう言えば、心優しい主の事、動いてくれるだろうと・・・

でも、心のどこかで、これでは駄目だと訴えていた。

恋は、ねね の願いも空しく、その場を、いっこうに動こうとしない。

 

チクリッ

 

ねねの小さな胸に、痛みが奔る。

だが、ねね は、それを無視する。

彼女にとって、そんなものは、ここ最近何度も襲われた痛みの一つでしかない。

慣れはしないが、無理やり無視する事は出来る。

ただ、自分の主が心を痛めているのは、我慢できない。

でも、解決できる問題でもなかった。

なら、せめて・・・

 

「恋殿、恋殿が寂しいと思う気持ちは、分からないまでもありませぬ。

 正直、あいつの事で、恋殿が胸を痛められるのは、我慢なりませぬ。

 なりませぬが、それでも恋殿が、あいつを大切と想っているのなら、恋殿はそんな顔をしてはなりませぬ」

「・・・・なぜ?」

「恋殿が、顔を見せなければ、そのような顔をされていては、あいつが悲しみますぞ。

 認めたくありませぬが、あいつは、優しい心の持ち主、そんなあいつが、恋殿を心配せぬわけありませぬ」

「・・・・(こくり)・・・」

「それに、これで永久の別れ、と言う訳ではありませぬ。

 なら、今度会えた時喜べるように、会うことを楽しめるように、送別会に出るべきですぞ。

 今のまま、別れる事になれば、恋殿はきっと後悔する事になるのです。

 恋殿は、あいつに、恋殿が会いたくないと思ったから、出なかったと、思われてしまうかも知れないのですぞ」

「・・・・それは、嫌・・・・」

「なら恋殿」

「・・・・わかった」

 

主人の変化に、ねねは喜ぶ。

自分の主は、天下無双。

だけど、その心は、ごく普通の心優しい、女の娘と変わら無い事を、ねねはよく知っていた。

だから、今まで、ねねが守ってきた。

この心優しき主を、多くの陰謀から守ってきた。

様々な邪悪の輩から、主人の心を守ってきた。

だけど、今主人を襲う問題は、ねねでは守れない事。

主人が自らの力で、立ち向かわなければならない事。

だけど、今、少しだけだが、主人はそれに向かってまっすぐ向かい合った。

きっと、寂しいと思う気持ちは抑えられないだろうが、寂しさに潰される事はないだろうと、

自分の主人の成長を、喜んだ。

 

「でも恋殿、あまり、あいつに近づくのは感心しませぬぞ。

 いつ、あいつが邪な気持ちで、恋殿を汚そうとするかは分かりませぬっ」

「・・・・ねねの方が、一刀と仲良し・・・」

「んなっ、違いますぞっ!、ねねは恋殿一筋でございます!」

「・・・・ねね、顔赤い・・・」

「こ・これは、違いますぞぉ~~~~っ」

 

顔を赤くして否定する ねねを、恋は微笑みながら歩く。

ねねの言うとおり、立ち止まっていても、仕方ないことに気が付いたから、

ねねの言うとおり、一刀を悲しませたくないと、思ったから・・・

そして、そんな主を、愛おししげに見守る ねねは、

 

「・・・・今度は、ねねの番ですね」

 

そう自嘲気味に、呟くのだった。

 

 

 

 

やわらかな月光が降り注ぐ庭、

一人物憂げに、月を見上げる少女がいる。

既に送別会は終え、寝静まっている。

当人達の希望もあり、出立を前に、疲れさせる訳には行かないという事もあって、本当に簡単に済ませた結果だ。

と言っても、もうそれなりに遅い事には、違いない。

もう、ほとんどの者は寝ているだろう時刻。

だけど、少女はまだ眠らず、月を見上げ、物思いに耽る。

そして、もう一人・・・

 

「今夜も、考え事?」

「紫苑ですか・・・璃々が寂しがりますぞ。

 それに、その言い方、いつも私が、考え込んでいるようではないですか」

「あら、このところ毎晩じゃない。

 それに、璃々なら、もう寝かせつけてきたわ」

「うぬぬ、気づいておりましたか・・・」

「で、何をそんなに考え込んでいるの」

「別に考えておりませぬ。

 こうして、月を眺めておるだけですぞ」

「明日の朝には、帰ってしまうけど、このままでいいのかしら」

 

びくっ

 

紫苑の言葉に、ねねは小さく震える。

だが、気丈な彼女は、

 

「紫苑が、何を思って、そう言われるかは分かりませぬが、あいつの事等で考え込んでおりませぬ」

「ふふふっ」

 

ねねの、そんな事無いと言わんばかりにの態度に、紫苑は優しく微笑む。

そして、少し楽しげに、

 

「考え込んでるのは認めるのね、それに、余りお姉さんを甘く見ないで欲しいわ。

 ねね ちゃんの気持ちなんて、お見通しよ」

「ぅ・・・」

 

紫苑の、そんな言葉に、一瞬呻く ねね だが、

やがて自分を落ち着かせようと、

相手をあきれる様に、小さく首を横に振って、息を吐いてみせる。

 

「紫苑、それは紫苑の勘違いです。

 ねねは、別にあいつの事など、なんとも思ってはおりませぬ。

 むしろ、あいつは恋殿を誑かす害獣です。

 考えるとしたら、あの女っ誑しを、如何に秘密裏に始末するかくらいですぞ」

 

だが、そんな ねねの言葉にも、紫苑は動じない。

むしろ愛しい妹を見る目で、

 

「私は、一言も北郷さんだなんて、言ってないのだけど。

 そう、風ちゃんじゃなく、北郷さんの事を考えてたのね」

「んなっ! 紫苑、ねねを嵌めましたねっ」

 

幾ら、天才と言えど、駆け引きは、経験が物を言う事が多い。

ましてや、こういう事では、ねねは紫苑に勝てるはずなど無かった。

もし、本気で触れて欲しくなければ、すぐに席を離れるべきだったのだ。

そうすれば、紫苑は、其処までして追いかけてくる事はなかっただろう。

ねねが、その事に気が付かないわけがない。

それをしなかったのは、彼女が無意識に助けを求めていたからでは、無いだろうか。

 

「ふふふっ、ごめんなさいね。

 でも、ねねちゃんを心配で、見ていられなかったのは本当よ。

 それは分かって欲しいわ」

「・・・・・」

「ねぇ、ねねちゃん。

 私は、別に ねね ちゃんに、今 ねねちゃんが、想い悩んでいる事で、どうこう言うつもりは無いわ。

 これは、女の娘が自分で、答えを見つけなければ、いけない事だから。

 恋ちゃんと違って、その正体に気が付いているなら、なおさらね」

「・・・・では、何故ここに?」

 

紫苑の心遣いが嬉しいと思う反面、この苦しみから解放してくれないと恨み言を覚えながら、

なら、何故ここに来たのかを、ねねは問う。

 

「ねねちゃんは、『おまえ』とか『あいつ』とか『女っ誑し』では無く、いつになったら、北郷さんを名前で呼ぶの

 かなと思ってね」

 

びくっ

 

その紫苑の指摘に、ねね は今度は大きく体を震わす。

そう、ねねは今まで一度も、一刀の名を呼んでいなかった。

会議中も、騒いでる最中も、穏かな時間の時でも、ねねは一刀の名を呼ぶ事はなかった。

・・・・『 北郷 』とも『 一刀 』とも、

一度、一刀が

 

「いい加減、名前で読んでくれると、嬉しいんだけど」

「おまえ など、おまえ で十分なのです。

 文句があるなら、『あれ』とか『これ』にしてあげるのです」

 

と、一刀を苦笑させただけだった。

紫苑は、それが気になっていた。

尊大な態度をとる事の多い彼女だが、其処まで礼儀しらずではない。

ましてや、成り行きがあったとはいえ、真名を許している相手に対してだ。

これは幾らなんでも不自然。

紫苑はそう思い、彼女を観察していたが、すぐに気が付く。

もともと、彼女の密かな思いに、気がついていた紫苑にとって、簡単に行き着くものだった。

そして、意地っ張りな彼女らしいと思う。

きっと、彼女自身気が付いているのだろう。

だから頑なに、名を呼ぶ事を拒んでいるのだと。

呼んでしまったら、止まれなくなると、

 

だが、紫苑は、このままでは、いけないとも思った。

このまま別れる事になれば、彼女はきっと後悔する事になる。

心に深い傷を負う事になると、

だけど、彼女を応援するのも問題がある。

彼が、彼女の想いに応えてくれるとは限らない、

魏の多くの女性達と関係を持っている以上、受け入れられる可能性はあるが、

彼女が彼についていく事は、現状では許される事は無いだろう。

そうなれば、年に数度しか会う事しか叶わない彼女は、苦しむ事になる。

それに、彼女の立場も危うくなる。

他国の重臣に想いを寄せているとなれば、下の者からどう言われるか、考えなくても想像できる。

どちらにしろ、彼女が傷付く事には代わりが無い。

なら、同じ傷つき苦しむなら、いい女になるよう苦しんでもらいたい。

今のように逃げるのではなく、きちんと立ち向かった上で、傷ついてもらいたい。

その上で、しっかりと立ち直り、成長してほしいと思う

紫苑は、妹のような ねね に、そう願う事にした。

だから、最後の機会において、彼女の背中を押しに来たのだ。

たとえ、卑怯な手だとしても、

 

「ねねちゃんが、どう想っているかは、聞かないわ。

 でも、北郷さんは、蜀に大きく貢献したわ。

 それに、桃香様をはじめ、皆の心を導いてくれた。

 救ってくれた。

 ねねちゃんは、心も命も、救って貰ったのでしょう。

 なら、それは、きちんと行動に示さないといけないわ。

 それとも、飛将軍呂奉先は、恩知らずを軍師にしていると、周りに言わせたいのかしら」

「そっ、そのようなことはっ!」

 

紫苑の思惑通り、ねねは過剰なまでに反応をする。

この頭の良い少女の事、紫苑の思惑など見抜いているのだろう。

だが、それでも、この少女にとって、

 

 『 自分が飛将軍呂奉先の名を汚す事になる 』

 

なんて言うのは、黙っていられない事だった。

その名は、彼女にとって、穢す事のできない聖域だからだ。

紫苑は、其処をついたのだ。

卑怯な手だと思っていても、彼女のためだと、自分の誇りも傷つけながら、

そして、自分でつけた彼女の傷を癒すように、紫苑は何も言わず、彼女の髪を優しく撫でる。

そんな紫苑の態度に、彼女は何も言わずに、撫でられ続けられる。

 

(本当、頭のいい娘、そして、ちょっぴし意地っ張りで、とても優しい娘)

 

紫苑は、そう思いながら、愛しむように、優しく撫で続ける。

この少女に、少しでも勇気が沸くように、

傷ついた時、少しでも早く立ち直れるように、

自分の想いを込めて、優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

だけど、そんな穏かな時間も、やがて終わりの時がくる。

紫苑は、もう自分の役目は終わり、

後は、少女自身が、自分と向かい合う時間だと、そう言わんばかりに、

そっと、少女から離れる。

最期に、自分が肩にかけていた外套を、少女にかけて、

そして静かに、その場を後にする。

残された少女は、紫苑の想いを理解していた。

既に、彼女自身、答えを見つけてはいた事。

だけど、そこに踏み込むのが怖かった。

それに踏み込む勇気が無かった。

でも、いま、少しだけ勇気を分けてもらえた。

だから、少しだけと

 

「・・・・・一刀」

 

ひゅぼっ

 

「うぬゅぅ~・・・・」

 

ほんの試しのつもり、

 

そう軽い気持ちで、

 

そう言い聞かせて、

 

小さく呟いた。

 

だけど、駄目だった。

 

それだけで、少女は、耳まで赤くなり、

 

頭の中が、茹ってしまい、なにも考れなくなってしまう。

 

そして、小さく呻きながら、

 

意識が遠くなるのを感じながら、

 

自分の中で、答えを導き出す。

 

 

 

 

 

一刀達が蜀で過ごす最期の晩、

 

庭の東屋で、顔を赤くし、机に突っ伏して眠る彼女を

 

優しげに、見守るように、月光が彼女を包み込む。

 

せめて彼女が、風邪を引かないように、

 

太陽の変わりに、彼女に優しく降り注いだ。

 

 

 

 

 

陽が出てまもない時間、街の外壁の外に、二組の小さな集団が、向かい合っていた。

一つは、一刀達や風達に魏の隊、

すでに、軽い朝食を終え、旅装姿で、見送りを受けていた。

もう一つは、この国の王である桃香達だった。

王自ら、街の城壁の外まで見送る。

幾ら自ら招いた客だとしても、一介の警備隊長を相手に破格な待遇である。

だけど、桃香の周りの誰もが、桃香の臣下の将達は、その事を誰も不満も疑問も持っていない。

それだけ、桃香達にとって、一刀がこの国にもたらした恩恵は、計り知れない物だったのだろうか、

それとも、それだけ、一刀と別れを惜しんでいるのだろうか、

もしくは、その両方なのか、

だが、別れの言葉を交わす彼女達の中に、一人だけ姿が見えない者がいた。

一刀は、その事にすでに気がついていたが、次々別れの言葉を交わすなか、彼女の事を聞く雰囲気には、なかなか

なる事が出来なかった。

そんな焦りが、

 

「俺、ねね を、ここまで怒らせる事したかなぁ」

 

別れの言葉の合間に、つい本音を呟いてしまう。

それは小さな呟きではあったが、隣で一緒に別れの言葉を交わしていた風には、しっかりと聞こえていたようだ。

 

「大丈夫ですよー、ねねちゃんはきっと姿を出してくれるのです。

 きっと、お兄さんに、衝撃的な別れを演出してくれるのでしょうから、お兄さんは色々覚悟しておいた方がよい

 と思うのですよー」

「衝撃的な別れってなんなんだよ。 別れは普通に交わすものだろう」

 

一刀は風の言葉に、訳が分からないと苦笑をする。

そんないつもの通りの一刀達を見て、微笑みながら、関羽が最期の別れの挨拶に訪れる。

 

「北郷殿、風殿、此度は蜀のために尽力していただき、大変感謝している」

「俺が、言った事が本当に役に立つかどうか分からないけどね」

 

ゴゴゴゴゴゴッ!

 

(あれ?、なんか聞いたことある音が聞こえるような・・・・気のせいか?)

 

「役に立つかどうかは、此方が努力する事。

 北郷殿は、良かれと思って、知恵を貸していただいた事実に、違い在りません」

「知恵と言っても、文句を言って、勝手な事を良いまくっただけ、と言う気もするんだけどね」

 

ゴゴゴゴゴゴッ!

 

(やっぱ聞こえる。

 うーん、なんかこう、嫌な記憶があった気がするんだが・・・・なんだったかな)

 

「ふふふっ、確かに、そう言った事もありましたね。

 ですが終わってみれば、それもよき思い出です。

 北郷殿、今度会う時は、私の事は真名・」

 

「ちんきゅーきーーーーーーーーーーっく!」

 

どごーーーーーっん!

 

「ぐほああぁぁぁぁ!?」

 

ごしゃーーーっ

 

(そ・そうだった。

 ねね には、これがあったんだ・・・・・風、衝撃的な別れってこれの事ですか?・・・・ガクッ)

 

外壁の上からの『ちんきゅーきっく』をもろに浴び、

吹き飛んだ一刀は、衝撃のあまり、朦朧とする意識の中で、

この事を予測していただろう風を、すこしだけ恨みながら、意識を手放そうとする。

だが、そんな一刀を『ちんきゅーきっく』で吹き飛ばした本人が、胸倉を掴んで、強引に意識を覚醒させる。

 

「だぁぁ、最後まで、一体なんなんだよ。

 幾らなんでも、別れの演出にしては、俺個人に痛みが集中していないか?」

「おまえは、演出とか、何を訳の判らないことを言っているのですか、

 ねね は、そんなつもりなんてないのですぞ。

 今のは、恋殿に寂しい思いをさせる、おまえへの天誅なのですぞっ」

 

ねね のいつもの尊大な態度に、一刀は、文句を言いながらも、安堵の息をつく。

夕べの送別会で、ねね が、どこか暗い影を落としていた事に、気がついていたからだ。

だからこそ、朝から姿が見えない事が、余計に気になっていた。

だが、こうして、いつもの元気な姿を、最後に見る事が出来て、一刀は・・・

 

「良かった、元気になって」

「何の事を言っているか、ねねには判りませぬし、判る気もありませぬ」

「そっか」

「おまえが、蜀から出ていくのは、ねね としては大歓迎ですが、残念ながら恋殿が、おまえに会いたがっているの

 です。

 だから、また顔を見せるのです」

「ああ、華琳の許可をもらって、また来るよ」

「約束なのですぞ」

「ああ、約束する」

「では、ねね は寛大ゆえ、許してやるのですぞ」

「相変わらず素直じゃ・・んっ」

 

相変わらず憎まれ口を叩く ねね に苦笑するが、

せめて最期ぐらいは、笑顔で別れようと、

最後の言葉を紡ごうとした一刀だが、

最後まで口にする事が出来なかった。

言葉を紡ぐ、口が、

ねね の柔らかな唇で、

そっと塞がれてしまったからだ。

一刀は、いきなりの出来事に目を見開き、呆然とする。

やがて、ねね の柔らかい唇は、惜しむように離れる。

時間にして、ほんの数秒程度。

だが、当人達にとっては、とても長い時間だったのだろう。

すくなくとも、顔を合わせれば、ついつい憎まれ口を叩いてしまう ねね にとっては、

自分の想いを伝えるに十分な時間だったはず。

ねね は、顔を赤くしながら、一刀を睨みつけ

 

「今のは、いつぞや命を救ってくれた礼ですぞ。

 へんな、誤解をするでないのです。

  ねね は、恋殿一筋なのですから」

 

そう最期まで、ねね らしい言葉を告げて、ねね は一刀から体を離し

 

「ふん、とっと行くです。

 呉の連中は、うちと違って、時間に五月蝿いですぞ」

 

そう言い放つと、いつもどおり、恋の脇へと掛けて行く。

一刀は、その後姿を見送ると、

 

「ああ、わかった、気をつけるよ

 じゃあ皆も元気でな」

 

そう言って、馬に乗ると、風達と共に馬を走らせる。

たしかに、そうのんびりできる旅でもない。

ましてや、呉は色々堅い人物が、多いと聞いているからだ。

そんな、一刀達を見送った後に、残された桃香達は、

 

「ねねちゃん、今のは一体っ」

「ほう、ねね もなかなかやるではないか」

「はわわわっ、先を越されてしまいました」

「あわわわっ、ふ・不意打ち、き・強襲、離脱と、み・見事なのです。勉強になります」

「まさか、あそこまで思い切るとは思いませんでしたわ」

「紫苑よ、若い者の行動力を見くびるとは、おぬしも歳をとったか・・・」

「あの、エロエロ魔人、やっぱり、ねねを誑かしていたんだな」

「お姉様、羨ましいなら、羨ましいと素直に言われた方が・・・・」

「いいなぁーー、普通の私にも希望はあるかなぁ?」

「ふん、私には関係ない」

「にゃははははっ、・・・・あれ? 愛紗何を固まっているのだ?」

 

ねね の行動に驚き、それぞれが騒ぎ出していた。

それを、驚きながらも醒めた目で、

 

「あんたも、思い切った事するわねー」

「あ・あれは、あくまで礼ですぞ。

 それ以上でも、それ以下でもないのです」

「ふふふっ、ねねちゃん可愛い」

 

詠の言葉に、ねねは否定する。

だが、そんな ねねを、月は温かい目で見守るが、

詠だけは、溜息を吐きながら

 

「そう言う所が、あんたの詰めの甘い所よ

 あんた、あいつに口付けした後に、あいつに言ったでしょう。

 『お礼』て、きっと言葉通り受け取っているわね、あれは」

「そ・そんな、詠ちゃん幾らなんでもそれは・・・」

「月甘いわよ。

 あいつの噂知っているでしょ?

 女心に対しては、超が3つは付く程鈍感だって、

 それに、あの後の顔、驚いてはいたけど、割りと平然としてたわ、

 あれだけ考えている事が顔に出る奴が、ねね の気持ちを気づいていたら、あんな顔していないわよ。

 断言するわ、あいつ、ねね の気持ちに、これぽっちも気がついていないわよっ」

 

詠の言葉が、ねね の心に浸透する。

彼女の中で、詠の言葉を協議する。

感情は否定、

だが、他の全てが、詠の言葉を肯定する。

その答えが、やがて固まっていた彼女を、一瞬だけ解放する

 

「ぬなぁ~~~~~~~~~~っ!・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・ねね・・・壊れた?」

「はぁ~、違うわよ。

 あまりの事に放心しているだけ、さすがに可哀想だから、しばらく放って置いてあげましょう」

「えっ詠ちゃん、さすがに、それは・・」

「他にどうしようもないわよ。

 たくっ、どうすんのよ、これ・・・・」

 

月の心配の声もよそに、詠は、他の蜀の面々を見て溜息をつく。

そこには、ねねの行動に触発されて、妙に闘志を燃やす面々がいた。

桃香までが、その中に入っているため、その様子は、ますます混迷していた。

本来止めるべき、愛紗はいまだ固まったまま・・・・

 

「本当、これ、どうすんのよ、あいつ・・・」

 

 

 

 

 

 

「お兄さんご機嫌ですねー」

「ん? 皆と気持ちよくお別れできたからね」

「そうですかー、それは良かったのです。

 それはそうと、ねね ちゃんとの口付けは気持ちよかったですかー」

「おいおい、勘弁してくれよ。

 言ってたろ、お礼だって、やりすぎだとは思うけど、それだけ色々感謝してくれたんだと思う。

 大体本気だったら、あんな『ちんきゅーきっく』をするわけ無いじゃないか」

「はぁ~~~~~~」

「ど・どうしたんだよ、そんな盛大に溜息吐いて、俺れ何か悪い事言ったか?」

「いえいえ、お兄さんらしいと思ったのですよ」

「馬鹿は死んでも直らないと言うが、この鈍感さは死んでも直りそうも無いな」

「ホウケイあまりそう言う事を、言うものではないのですよー。

 それを含めて、お兄さんの良い所なんですからー」

「良い所と言えると、思えねえけどな」

「だぶんなのですよー」

「おーーーーい」

 

そんな賑やかなやりとりが、一刀は楽しくてしょうがなかった。

からかわれ、弄られ、それでも、一刀は今を楽しむ。

蜀での出来事を思い出に、

呉で待ち受けるものを希望に、

魏で待っていてくれるであろう、

愛しい娘達を想う。

あの賑やかな街を、

悲鳴を上げてばかりだが、

あの場所が、一刀にとっての

大切な、居場所だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき

 

こんにちは、うたまるです。

久しぶりの、『思いの果てに掴むもの』の投稿となります。

『舞い踊る季節の中で』の後書きでも書きましたが、

作品を保存しているUSBメモリを紛失してしまい。

気分転換できるまで、作品の執筆を控えておりました。

今回、気分を一新して、蜀編最後の作品をここにお送りする事ができました。

ねねのお別れの仕方だけは、蜀編導入時に決めていました。

元々、蜀編は、蜀らしく ほのぼのと過ごさせるつもりでしたが、

結果は『一刀君の悩み相談教室』となってしまいました(w

この後呉編に入る事となりますが、本来の話の展開に少しずつ戻していくつもりです。

とりあえず、話の展開上、呉の将と意見の相違による本気バトルも入っております。

 

呉編導入部の一部をここに紹介します

 

  亜莎と呼ばれた、キョンシー服の少女が、風を背後から押さえ、短剣を突きつける。

 

  「風っ! 雪蓮っ、これは何のつもりだ!」

  「一刀、この娘が、大切なら今度こそ、貴方の力を全て出してみなさい」

 

        中略

 

  地面に倒れ伏した俺から、

  胸に突き刺さる短剣から、

  次々と、赤い液体が流れ出る。

  それは、周りの地面を、赤く染めあげていく。

 

  「・・・・・おっ、お兄さんっ!」

 

       予告終了

 

頑張って書きますので、最後までお付き合いのほどお願いいたします。

 

 

狙い通り、ねね はハムを喰ってくれたかなぁ・・・・


 
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