No.114224

真・恋姫無双 ~不動伝~ 胎動

本作品はオリキャラが主人公のために、以下の条件の下で大丈夫な方のみお読みください。

・オリキャラが中心となる物語
・北郷一刀は存在
・蜀√を軸に『三国志』『三国志演義』を交えていきます

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2009-12-25 03:14:29 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3377   閲覧ユーザー数:2998

陳留に向かうことにした信也たち一行は、結局のところ洛陽を通ることにした。

苑城から東にある豫州汝南に向かってから北上ルートか、北上して洛陽から東進ルートの二通り。

まだまだ旅を始めて一月もしていない一行は、安心安全を考慮して街道の大きい洛陽への道――先に北上することにした。

未だに勃発していない黄巾の乱だが、汝南からの北上ルートでは激戦地の頴川を通る上に川が多い。

警告を受けた洛陽だが、長居せず早急に立ち去ることで合意した。

それにやはり漢帝国の首都であるから一目でもいいから見てみたいという気持ちもあるが。

こうして邑から邑へと中継しながら洛陽に向かい、進路を東に向けて陳留を目指していたら一月近い旅になっていた。

隊商に同伴している時に野宿を経験しているが、護衛などいない信也たちの旅でそれは無謀過ぎる。

幸いにも信也たちには詳細な地図を持っていたから、時間がかかろうとも迷うことなく近くの邑へと渡り歩く。

路銀が尽きるのではないかと思われるが、そこは信也の持つ天上界の道具――今回はボールペンとメモ用紙を苑城の好事家に高値で売却して確保していた。

元々隊商の護衛だった傭兵にトランプで稼いだ軍資金を与えたからなくなっている。

必然的に何かしら売り飛ばさなければならない状況であった。

 

「しっかし、今思い出しても腹立つなー!」

 

御者を担当している信也が憤激する。洛陽での出来事を思い出してのことだ。

洛陽に着き、一日宿泊するつもりで入城しようとしたが、守衛に賄賂をせびられたのである。

城に入るためには支払わなければならない城もある。その点については信也もこの時代の慣わしだから納得していた。

しかし、守衛が求めたのは自らの私腹を肥やすためだ。賄賂を贈らねば、言い掛かりをつけて獄に入れられる。

そのことに我慢ならなかった信也だが、後ろにいた二人のことを思い出して渋々と賄賂を贈った。

信也一人ならば突っかかっていたかもしれないが、孔明と士元まで巻き込む訳もあるまい。

 

「事を荒げないためには仕方ないです……」

 

怒り心頭の信也を宥めるように士元が口を開くが、士元自身も気持ちのいいことではなかった。

官の腐敗、ここに極まりと言わんばかりの光景を目にしたのだ。

かつては国に仕えることを夢見ていた少女にはショッキングの光景と言える。

 

「城壁もあちこちに傷んでいましたし、貧民街もありました」

 

孔明が洛陽の町並みを思い出すようにして嘆く。

普通ならば城壁は本当の意味で最後の砦になるからこそ頑強でなくてはならないが、長年戦から離れていれば補修などする気が起きないのだろう。

洛陽の住民でも貧富の差が生まれており、スラムと呼べる区画が点在していた。

 

「確か宮殿に火事があったからその修復代として税を重くしたんだったっけ?」

 

「はい。ですが、火事が起きてから既に数ヶ月。考えたくはないですが……」

 

「宦官どもの懐に入り込んでるって訳か」

 

「そうでしょうね……」

 

三人揃って溜め息を吐く。

洛陽に行くべきではなかったと嘆くべきか、洛陽を見て現状を再確認したことで奮起すべきか。

どちらになるかは将来分かることだろうが、出来れば後者になってくれると経験と言う意味では有難い。

 

「おっ。もしかしてあれが陳留か?」

 

「あっ、はい。この辺りで大きな城と言えば陳留ですから間違いありません!」

 

苑城から出立してから約一月。遂に陳留の城壁が見えてきた。

洛陽ほどではないが、横に伸びる城壁はやはり長い。陳留も大都市の一つだ。

 

(あの『乱世の奸雄』曹操が治める城か)

 

『三国志』の中でもっとも色濃い人生を歩んできた曹操をざっと思い出してみる。

曹操がした画期的な政策と言えば、やはり屯田制だろうか。これによって兵站を確保した曹操は、大きく飛躍していくことになる。

兵法家として『孟徳新書』と呼ばれる兵法書を綴るなど、兵法書を編纂し評論出来るほどの戦術理論を持つ。

一個人の武も優れ、将軍として軍の統率、謀略も長けている。特に伏兵、奇襲を得意とした。

文人、詩人としても名前を残すなどまさにこの時代を代表する英傑だ。

 

(何、この完璧超人)

 

思わずそう評価する。ただ一つ懸念があった。

 

(曹操って女好きだと聞くが、この世界はどうなんだ?)

 

言うまでもなく、この世界は有名な人間が女性化した世界だ。

曹操も当然の如く女性となっているのは、孔明と士元が仕入れた情報から判明している。

性別が逆転したら男好きにもなっているのか。それとも女好きのままなのか。

どちらにしても心情的には微妙なところだ。もし女好きのままなら、孔明と士元が目をつけられたらとんでもないことになる。

 

(とりあえず、曹操とは会わない方針で行こう。そんな非生産的なこと、この俺が認めん)

 

二人の父親的な心境に至っている信也は力強く頷く。

陳留に着くまでの行路、信也はひたすら曹操に会わないように二人に懇願した。

 

 

 

 

 

 

          真・恋姫無双 ~不動伝~ 第六話 胎動

 

 

 

 

 

 

無事孔明と士元を説得してみせて、陳留の城門を潜った。

曹操という人間を評価するならば街中を見て回れば、凡そ判定出来るからだ。

政策にはその人の特色が顔を出す。曹操という人物像を知るためならばそれだけで事が足りる。

馬車を厩に預け、宿の確保を済ませた三人は、町の顔と言える市に来ていた。

 

「賑わってるな」

 

「賑わっています」

 

「噂に違わずと言ったところでしょうか」

 

市の通りには引っ切り無しに客引きの呼びかけが響き、通りを歩く民衆の顔は皆楽しげだ。

行商人が露店を開いているだけでなく、旅芸人が芸をお披露目している。

女性三人組の旅芸人が謡う曲には襄陽にいた時に聞いた曲と音色が似ているので、南から来た旅芸人だと分かる。

旅の道中、邑の住人に聞けば、賊の討伐に力を入れていることから治安が良くなり、人が寄り付くのだろう。

そんな多種多様の人種が溢れ返った市は、苑城と洛陽と見比べれば雲泥の差だ。

町の区画整備も行われ、碁盤の目のように建物は建てられている。

これだと道が簡潔になり分かり易く、役所からしても管理し易い。

行政と治安維持のための兵力と軍略。そのどれもが曹操は高い水準に達していることが見て取れた。

 

何よりも曹操にとって、これは覇道を歩むための試みでもある。

次々と政策を打ち立てて町に潤いを与え、民衆の反応を見る。治安を向上させ、人を寄り付かせることで経済の循環を起こす。

何よりも人が来るということは、人材が集まるということだ。

事実、曹操の噂を聞いて怪力自慢の許緒、『王佐の才』と呼ばれるに至る荀彧が既に参入していた。

もっともそんなことは露とも知らず、三人は町の散策に出る。

 

「じゃあ、ここは二手に分かれて散策ということで」

 

「はい。では、私たちは向こうの通りを」

 

求める情報が違うために事前に取り決めをして、二手に分かれることにしていた。

孔明と士元は仲良く手を繋いで西の通りを歩いていく。

二人の背中が人波に呑まれて見えなくなったのを見届けた後、信也も通りの一つを行くことにした。

 

 

 

通りを歩くこと一刻(約七分)。通り過ぎた店の多くが食材を取り扱っている。

そして、料理店が多いことから食事街のような物だと思われる。

 

「上手そうな店が一杯だ。後で二人と一緒にこの辺りで飯にしよう」

 

屋台から漂ってくる匂いに釣られて、ついつい衝動買いをしてしまいたくなる。

ふっくらと蒸し上がった饅頭に焼売。他にも団子などといった食べ歩き出来るものが信也を誘ってくる。

しかし、流石に無駄遣いは出来ない。ただでさえ宿泊代で消えていく大事な路銀だ。

間食なんて以ての外だ。泣く泣く屋台の前を通り過ぎていく。

屋台の店主から聞こえてくる客引きの呼びかけが辛い。

 

そこに場に似つかわしくない露店を見つける。狭いスペースに竹籠を並べられていた。

もう少し場所を選んで商売をした方がいいと忠告したくなったが、何かしらの事情があるかもしれない。

露店を開くにしても場代を取られるのだから、この辺りが安いのかもしれない。

そんな暢気なことを考えていた信也は、露店の前を通り過ぎようとした。

その時、信也とそう歳が変わらない、店主と思われる少女の傍に置かれた木箱が視界に入る。

箱の中には歯車が組み込まれており、一目見て小物入れとしての箱ではないことが分かる。

箱の正体を知りたい好奇心が働き、つい足を止めてしまった。

 

「おっ、兄さん。どや、竹籠一つ買うてくれへんか? 邑の皆が丹精込めて作うたからそこらの竹籠よりも丈夫やで」

 

客が来たと思い、少女は手もみしてここぞとばかりに売り込んでいく。

 

「いや、客じゃないんだ。そっちの箱が気になって、足を止めたんだが」

 

信也は、手を振ってから竹籠の勧めを断ると木箱に指を差す。

売り物の竹籠を無視されたのに店主の少女は、むしろ木箱に目をつけた信也に驚きの表情を見せる。

そして、眩いばかりの笑顔を見せた。

 

「兄さん! お目が高いで! これは、ウチが開発した全自動籠編み機や!」

 

「全自動だって?」

 

「せや。まずはこの籠の材料となる細ぅ切った竹をこの絡繰の底に入れるんや」

 

鸚鵡返しに聞き返す信也の前で、少女は竹の薄板を全自動籠編み機たる木箱の底に一周するように入れていく。

 

「さあ、兄さん。この取っ手をぐるぐる回してくれへんか?」

 

影になって見えなかった取っ手を信也の方に向ける。

信也も言われるがまま取っ手を持ち、ぐるぐると回してみた。

すると薄板が木箱の中に吸い込まれていき、木箱の上から編み込まれた竹籠の側面が姿を見せる。

 

「おおっ!」

 

「どや! これで竹籠の周りが簡単に編めるっちゅう寸法や!」

 

少女が自信満々に胸を張って誇る。それで周りにいた男共の目を引くが気にしない。

常の信也ならば目を逸らしてしまうが、最初から全自動籠編み機にロックオンされているから気にしない。

次々と編まれていく竹籠に興が乗ってきて、信也はさらにぐるぐると回す。

 

「って、兄さん! あかん!」

 

突如として声を張り上げる少女。しかし、少女の制止の声も空しく小さな爆発音が周囲に木霊した。

信也の手元にあった全自動籠編み機は姿がなく、手の中に握り締めていた取っ手だけが残っていた。

全自動籠編み機はバラバラに吹き飛んでおり、周囲に歯車や竹籠の材料が飛び散っている。

 

「あー、あかんかぁ。やっぱ、竹のしなりに強度が追いついてなかったんやな。兄さん、大丈夫やった?」

 

「…………」

 

「兄さーん?」

 

呼び掛けても反応がない。顔の前で手をひらひらと振りかざしたが、払い除けようともしない。

そして、いきなり叫び出した信也に少女は体を飛び跳ねさせる。

 

「ブラーバ!! 爆破オチつきとは恐れ入った」

 

「なっ、なんやぁ」

 

「いや、いいもんを見せてもらった。あ、お礼に竹籠一つ買うな。これで足りる?」

 

「は、はあ。毎度おおきに、です」

 

信也は竹籠を一つ手にすると背中に回す。懐から小銭入れを取り出して、代金を支払う。

支払いが済むと声高々と笑いながら信也は露店を後にした。

 

「……とりあえず、儲けが出たっちゅーことでええか」

 

煙に包まれた感があるが、気にしないで竹籠の商売を勤めることにした。

惜しむらくは、少女の突っ込みのレベルが低かったことか。あの張未来ならば神速の突っ込みをかましていたろうに。

これからの少女の成長を期待する。

 

 

その頃の孔明と士元、背の低さも相まって人波に流されてはぐれそうになったがなんとか耐え切った。

そして書店を見かけ、新たな軍略書や経済書、小説を物色するために入店していた。

 

「あ、これはまだ読んだことない」

 

士元は一生懸命腕を伸ばし、背伸びをして書棚の上段から目当ての軍略書を取り出す。

取り出す際に尻餅をつきそうになったが、なんとか踏ん張ってみせた。

 

「えへへ。これは何が書かれてるかな」

 

軍師という役柄、新たな軍略書の発見は心躍る瞬間だ。

絶えず頭の中に潜む智謀という化け物に知識を与え続けなければ、その化け物が死んでしまう。

そうなれば、士元という人間はただの少女に戻ってしまう。武のない士元にとって一番恐れることだ。

そのためには例え机上の空論であろうとも貪欲に知識を求め続ける。

 

 

軍略書を読み始め、速いスピードで本を読み上げていく。

荷がかさばってしまう本は、旅の身である士元たちでは買うことが出来ない。

だから今のうちに読み上げる。水鏡塾にいた時から一日何冊も読んできたから速読なんてお手の物だ。

 

「朱里ちゃん朱里ちゃん。この軍略書、ちょっと現実味がないけど面白いよ……あれ?」

 

横にいると思った親友を呼び掛けるも一向に返事が来ない。

親友の孔明の上着を引っ張るはずだった手も空を切っている。

軍略書から顔を上げてみれば、いつの間にか士元の横から孔明の姿が消えていた。

 

「朱里……ちゃん?」

 

きょろきょろと周りを見やる。見える範囲に孔明の姿はない。

さぁっと士元の顔から血の気が引いていく。

元々人見知りの気が強い士元は、見知らぬ他人ばかりのところを一人で歩き回るなんてことは無理な話だ。

いつもは孔明か、水鏡塾にいる時は元直たちと一緒に町に出かけていた。

そうなると今自分一人という状況は、果てしなく恐怖のどん底にいる形になる。

さらには奥行きのある大型書店だったために士元の場所まで採光が然程届いていない。

書店側は本の損傷を防ぐためだったが、これが却って士元の中に生まれた恐怖心が震え立てる。

 

「しゅ、朱里ちゃん! 朱里ちゃん!」

 

脆い涙腺が決壊を迎えそうになるが、押し留めて孔明を探し出す。

孔明が声をかけずに書店から去ることはないという希望に縋って、書棚で区切られた通路を一本一本見て回る。

傍から見れば、プルプルと震える小動物が物陰をちょこっと覗き見る姿に似ている。

その姿に書店にいる客も店主も癒されているが、当の本人はそんなつもりはなく必死だ。

 

入り口の手前から通路の一本一本を覗き込んでは孔明の姿を探す。

ほんの数本しかないからすぐに終わる作業だが、恐怖心が一杯の士元にとってはとてつもなく大作業だ。

一本覗き込んでは孔明の姿が見えない度にどんどんと心の裡が耐え難くなってくる。

もしかしたら人攫いに拉致されたかもしれない。そんな最悪の状況ばかりが浮かんでくる。

そして、残り最後の一本。そこで見つからなかったら失神してしまう。

そんな確信めいたものを感じながら、恐る恐る覗いてみた。

通路の奥は薄暗いが、見えない訳ではない。そこに見慣れた栗色の髪の少女を見つける。

耳が真っ赤になっているのは気になることだが、孔明が見つかった喜びで彼方の向こうへと追いやられた。

 

「朱里ちゃん!」

 

涙目だった士元の顔が、パァッと晴れ渡った青空の如き笑顔で一杯になる。

トテトテと小走りで近づく姿に店内の客が何人かノックアウトするが気にしない。

士元の声が聞こえた孔明は慌てふためいて本を閉じてから振り返り、自分の胸に飛び込む士元にびっくりする。

 

「はわわっ! 雛里ちゃん、どうしたの?」

 

「だって、朱里ちゃんがいきなりいなくなっちゃうから」

 

腕の中で嗚咽を漏らす士元にわたわたしつつ、両腕を背後に隠す。

それを見た士元は、親友の隠し事に首を傾げる。心なしか顔も赤いように見える。

士元は目尻に溜まった涙を拭きつつ口にする。

 

「朱里ちゃん、何隠したの?」

 

「なっ、何も隠してないよ?」

 

士元の鋭い指摘に声を詰まらせてしまい、棒読みで答えてしまう。

その時点で肯定していることは確かだが、白を切られたらそれ以上追究出来ない。

孔明には悪いと思うが、士元は搦め手で行くことにした。

 

「朱里ちゃん。私たちは一番の親友だよね? 隠し事はしないって」

 

「そ、そうだね」

 

冷や汗を流す孔明だが、流石に今回については隠しておきたい気持ちで一杯だった。

背中に隠した本の内容が内容であるからだ。題名に惹かれてついつい手に取ってみたが、孔明の想像を斜め上でぶち切った。

 

「じゃあ、背中に隠した本を見せて?」

 

「えーと、雛里ちゃん。隠し事はしないって約束はしたけど、やっぱり秘密は人それぞれ」

 

「見、せ、て」

 

「はい」

 

初めて見せる士元の押しの強さに折れてしまう。

真名にある雛とは違う。あの目は鷹の目だったと後に孔明は語る。

 

孔明はおずおずと背中に隠した本を士元に差し出す。

深緑色の表紙で別段隠す必要性は見られない。題名は『八百一式掠奪』と書かれている。

反間計の類の物だろうか。著者名は単福とあるが、見慣れない名前だ。

ペラリと捲って、中身を読んでみて一気に顔面から湯気が吹き出た。

 

「しゅしゅしゅしゅしゅ朱里ちゃん! こ、この本って!?」

 

「だから言ったのに」

 

まだ顔が赤いまま孔明も俯き、手をもじもじさせる。

ぶっちゃけると十八禁指定の官能小説だった。しかも、同性愛物という初挑戦の士元にはハードルが高い。

 

「なななななんで、こっこんな本を、と、取ったの?」

 

「だって新しい軍略書だと思ったんだもん」

 

もうこれ以上恥じることはないとばかりに開き直る。

違っていた時点で戻したらと突っ込みたくなるが、士元はまだ上手く思考が働かない。

むしろ、本の続きが気になって仕方ない。

博識の二人が全く以って知らない世界があったことに衝撃的だった。

未知故にそれを知りたい――探求欲が疼いてきて、どうしようもない。

孔明もこの抗い難い衝動にやられたのだろうと直感的に士元は理解した。

 

「朱里ちゃん……」

 

「どうしたの? 雛里ちゃん」

 

「一緒に読まない……?」

 

「雛里ちゃん……!」

 

結局士元も探求欲に釣られ、孔明と一緒に本を読み出す。時折「うわぁ」や「そこまでっ!?」とか声を上げる。

日が沈むまで二人はこの本に没頭するのだった。

 

しかし、単福という著者――実は二人が良く知る人間である。

それは水鏡塾の姉貴分、徐元直の筆名及び義侠時代の呼び名だった。

その手の趣味が高じて執筆したのはいいが、扱いに困った元直が昔の仲間に頼んで別の町で売ってもらうことにしたのだ。

それが、偶然にも陳留の書店にも売られていたのだ。

こうして、元直の預り知らずのところで二人の妹分を腐の……げふんげふん、負の連鎖に引き摺りこむことになる。

 

 

思わぬ発見で『天の御遣い』の情報収集なんて頭から抜けてしまった信也。

空っぽの竹籠を背負い、通りを歩き通して突き止まりまで来てしまった。

 

「お? やけに目立つ三人組」

 

前方に三人組の女性が並んで立っていた。周囲の民衆よりもずっと存在感がある。

真ん中に立つ女性はまだ少女と呼べるほどだが、綺麗な金髪を二つに結って巻き毛にしている。

紺のワンピースと振袖、紫の鎧を身に着けていることから曹操軍の関係だと見える。

左の女性は、短く切り揃えた群青色の髪を前から後ろへ撫で付けている。

服も髪の色に合わせたチャイナドレスに髑髏の腕章が物々しい。

右の女性は、長く伸ばした黒髪で左の女性同様に後ろへ撫で付けている。

そして、相対的に赤いチャイナドレスにこれまた髑髏の腕章をつけている。

何よりも両方の女性が竹籠を背負っているのが、三人から放たれる存在感をより一層強めていた。

 

そんな三人組と対峙しているのが、目深まで布を被った占い師の風体をした人間。

口元が動いていることから占いの結果を伝えているのか。

しかし、左の群青色の髪の女性はその結果が気に入らなかったのか占い師を睨みつけ、声を荒げる。

それを真ん中の少女が一喝して黙らせて、また占い師の結果に耳を傾けている。

すると今度は少女から何か言われて、左側の女性は戸惑いの色を見せる。

そして、左の女性は言われるがまま占い師を何かを渡している。恐らく占いの見料でも渡したのだろう。

その間、右側の女性はやり取りをずっと見ているだけだった。

用は済んだとばかりにその場から去っていく三人組の後姿を信也は突っ立って眺めていた。

 

「そこの若いの」

 

がやがやと小うるさい喧騒を物ともせず、まるで耳元で囁かれた声が信也の耳に届いてくる。

「へっ?」と周囲を見渡してみれば、目についたのは先程の占い師。

占い師に向けて自分自身を指差してみれば、コクリと頷いた。

占いには興味のない信也だが、指名されてしまった以上断るのは拙い。

見料を求められたら頼んだ訳ではないと拒否の構えで行こうと考えながら占い師の前まで歩く。

 

「最初に言っておくけど、勝手に占われても払うつもりがないからな」

 

「構わんよ。それよりもじゃ」

 

信也の言葉など介せず、占い師の口から抑揚のない言葉が紡がれる。

 

「いくら足掻いたところで大局は変えられぬ。お主は、そういう運命にいる。

 己の身を案じるならば、身を隠されよ」

 

「……はい? それはどういうってすみません」

 

占い師の言葉を問い詰めようと体を突き出そうとした瞬間に通行人とぶつかってしまう。

詫びながら、通行人が落としてしまった荷物を素早く拾い上げる。

通行人に頭を下げて謝罪を手早く済ませる。

再び占い師に食いかかろうとして振り返ってみれば、そこには誰もいなかった。

 

「なっ!? どこにもいねぇ!」

 

時間にして一分ほどだというのに占い師の前に置かれていた机ごと姿が消え失せていた。

周囲を見やっても布を被った人間の姿もなければ、机を担いだ人間もいない。

まさに神出鬼没と言える現象を目の当たりにした格好となってしまった。

 

「大局は変えられない? 歴史の流れは、結局のところ一緒ってことか?」

 

前半部分はそう汲み取っても可笑しくはないし、自分が歴史を変えられるだけの力があるとも思っていない。

そんなものは漫画やゲームだけの特権だけであり、所詮一高校生である信也にそんな大層なものなどないのだ。

精々歴史知識というチート知識を駆使して、上手く時代を生き抜いていくことぐらいだ。

もっとも孔明にも士元にも歴史知識は然程伝えてはいない。

 

未来を教えてしまえば、二人が目指す軍師像には二度と届かなくなる。

先を知ってしまえば、人間は堕落してしまう。先を知るが故に向上心がなくなり、停滞してしまう。

それ以上に歴史が変わってしまえば、信也の持つ知識も意味を為さなくなる。

そうなるとその知識は先入観となってしまい、重大な場面で見誤ってしまう恐れがある。

現代日本という温室で育った信也からすれば、この世界で生きる上で最大の武器とも盾ともなる歴史知識というアドバンテージが失うのは痛手だ。

そのために方針を決める際に口を挟む程度に済ましていた。

 

そして、後半部分はどう鑑みても己の命が危ぶまれていることは確か。

歴史に介入してしまえば、命を落とす危険性があると思うしかない。

そうなると今、孔明と士元の旅に付き合うのは危険が付き纏う。

『三国志』の最大級の軍師だ。介入するという意味では、それこそ接点を避けなければならない。

 

だが、二人の許から立ち去ることは出来ない。

この世界に飛ばされ、命を落とす危機を救ってくれた二人に恩を返す。

水鏡、元直にも二人を仕えるべく君主の下に送り届けると約束したのだ。

今更それを反故にすることは出来ない。反故してしまえば、自分の名前に泥を塗ってしまう。

心に決めた信義を守り通すからこそ不動信也であり、受けた恩義を報いるのが義理人情だ。

 

「ここまで来たんだ。最後までやらせてもらうぜ」

 

この先いかなる波乱が待ち構えようとも二人を仕えるべく君主の下に届け、『天の御遣い』――北郷一刀と再会して、元の世界に還る。

そのためには歴史に介入するようなことになっても後悔はしない。

信也はぐっと両の拳を強く握り締め、孫策に見出された反骨精神をぐつぐつと煮えたてて決意を新たにした。

 

 

 

 

 

          第六話、完

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

名探偵コナンのEDにある『無色』。魏√のEDに似合ってないか?

はい、もちら真央です。

週一の更新を心掛けていたけど、野球やら忘年会やら大掃除やらで遅れたよ!

そして、年内の更新はこれが最後になると思う。次回は年越してからかな。

 

さて、第六話。タイトルが『胎動』なのに胎動らしくありません。

その辺は色々と伏線を見つけてねって言うしかない。

しかし、華琳の出番が全くなかった。あっれー?

むしろ、華琳のターンよりも真桜のターン。それでもネタとして使われたが。

結局は場繋ぎですね。

 

原作をやる限り、朱里と雛里が曹操と初めて顔を合わせたのも一刀たち合流してからに見えるし。

そうなるとここで合わせるような流れには出来ない。

じゃあ、二人はなんで官能小説とか持ってんのー?

それは遠く離れた地の姉貴分から洗脳されたのさって思い浮かび、挿入。

まあ、後々は一刀君に満足してもらうための教材になr;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン

 

さあ、水鏡塾編と来て、旅立ち編となる第一章はそろそろ大詰め。

次の訪問先で旅立ち編は終わり、次章・黄巾の乱に入ることになります。

現場を知り、現況を知り、現実を知って、信也君の旅は一旦終わりを迎えます。

では、またお会いしましょう。

 


 
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