翌日の朝。
カタリナは、いつものように自分で作った朝食の弁当を食べていた。
だが、カタリナは違和感を感じていた。
(何も味がしない……?)
そう、いつもは口の中に伝わる味を、今日は何も感じていないのだ。
(おかしい。以前は美味しかったのに……今は美味しくも不味くもないなんて)
「……?」
ルーナは様子がおかしいカタリナに首を傾げる。
カタリナは首を横に振った。
「いいえ、何でもないわ。さあ、魔女を倒すわよ。ジュウげむが、そう導いているのだから」
「……」
ルーナはこれ以上、何も言わなかった。
カタリナ自身も、魔女を倒すためなら味覚を捨ててもいい、と思っていた。
この先にあるジュウげむの目論みを知らないまま。
一方、こちらは恭一サイド。
高校の授業が終わり、奈穂子やまり恵と別れて自宅に帰ろうとした矢先の事だった。
「ようやくゲームを進める事ができるぞ」
「そうはいかないよ」
恭一が自宅でゲームをしようとすると、突然、目の前にジュウげむが現れた。
彼(?)が現れたという事は、すなわち……。
「うおっ、ジュウげむ! いつの間に!?」
「どうやらまた、魔女が現れたみたいだよ。今、カタリナが魔女の相手をしているんだ。彼女一人だけじゃ心許ない。キミも戦うんだ!」
「ちょっと待ってくれ、まり恵を呼んでくる!」
正直、恭一も一人だけでは心許ないと感じ、まり恵が帰ろうとしている道を走った。
すると、今にも帰りそうなまり恵と出会った。
恭一は彼女に向かって大声でこう言った。
「まり恵ー! 俺のところに来てくれー! 今、魔女が現れて大変な事になってるんだ!」
「うるさいわよ、恭一……。え? 魔女ですって?」
魔女という言葉を聞いたまり恵は、すぐに恭一のところに駆け寄った。
恭一とまり恵は、ジュウげむがいるところに戻る。
「魔女はどこにいるんだ!?」
「ボクについてきて!」
「ええ!」
恭一とまり恵は、魔女を探すべく、ジュウげむの後を追っていった。
「うわぁ、酷い……」
魔女の結界の中は、死屍累々としていた。
人々は怒りに満ちた表情を浮かべながら、互いに棒やゴルフクラブなどを振り合っている。
奈穂子がこれを見たら、吐き気がするだろう。
「ここに潜むは憎悪の魔女。人間に憎悪の感情を与え、殺し合わせる」
「……」
この魔女はこれまでの魔女と違い、具体的な感情の名を冠している。
すなわち、無かった事になるのは天災ではなく人災か……とまり恵は勘ぐるが、口には出さない。
カタリナはルーナと共に矢を放っているが、一向に状況が良くなる気配はない。
恭一とまり恵はぐっ、と拳を握る。
―勇者よ、あなたに力を貸します。
恭一の頭の中に女性の声が聞こえると、目の前に光の大剣が現れる。
「今、助けに行くぞ! カタリナ!」
「あたしも戦うわ!」
恭一はそれを手に取ると、カタリナのところに向かった。
まり恵も魔法少女に変身し、走り出した。
「……!」
「二人とも、こっちは危険です!」
カタリナは駆けつけた恭一とまり恵の方を向く。
そうしている間に、魔女は容赦なく使い魔と粘液を飛ばしてくる。
「きゃっ!」
「危ねっ!」
攻撃を受け、転倒するカタリナを支える恭一。
「カタリナ、無理はするな。俺達も戦う!」
「あなたは下がってて!」
「はい!」
「……!」
カタリナとルーナは後方に下がり、恭一とまり恵が魔女の方を向いて構える。
魔女は、巨大なゲル状の魔物の姿をしていた。
その肉体からは異臭が放たれ、吸っただけで不快になりそうだ。
恭一、まり恵、カタリナは鼻をつまむ。
「この魔女の身体は、人々の憎しみを吸って巨大化するんだ。早めに倒して!」
ジュウげむが魔女について説明する。
つまり、時間をかければ、この魔女は巨大化して結界全体を覆い尽くす。
そうなれば、倒す事は困難だ。
「だったら短期決戦で行くぜ!」
恭一は光り輝く大剣を振り、大きな衝撃波を飛ばして攻撃する。
カタリナとルーナは光の矢で魔女の弱点を撃つ。
「でぇぇえええいっ!」
まり恵は勢いよくハンマーを振り下ろし、魔女目掛けて叩きつける。
魔女の身体の一部が潰れるが、すぐに再生し、先端から白く濁った粘液が水鉄砲のように発射された。
「危ない!」
粘液が恭一に当たる直前、まり恵が身を挺して恭一を庇い、代わりに魔女の攻撃を受ける。
「やだ、身体がべたべたする! もう、いやーっ!」
この粘液は、ある意味魔法少女の天敵である。
まり恵は必死で粘液を振り払っていた。
「ったく、これだから魔女は嫌なんだよ! ほら、今、粘液を取ってやる!」
そう言って、恭一は剣を振り、光をまり恵目掛けて飛ばした。
その光が当たると、まり恵の身体に付着した粘液が少し取れた。
「……ありがとね。もう、許さないんだから!」
「俺もそのつもりだ! 食らえ、クリムゾン・ナパーム!」
恭一は光の剣で魔女を一閃した後、爆炎を起こして大ダメージを与える。
さらに、ルーナの援護を受けたカタリナが、魔女に魔法の矢を乱射し蜂の巣にし、まり恵がハンマーを叩きつける。
「ぐああぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
魔女は白く濁った粘液を水鉄砲のように発射し、恭一とまり恵の肌を炎のように焼いた。
「もう許さねぇ! 倒れろ! ラフディバイド!」
「ジャスティスアロー!」
「☆◇×▽!」
恭一は魔女が巨大化しないように、魔女を連続で斬りつけた後、剣の切っ先から白い光を立ち昇らせる。
カタリナが放つ矢は正義の光を纏い、ルーナは手からビームを放つ。
「とどめよ! フリーズインパルス!!」
そして、まり恵はハンマーに冷気の力を宿し、魔女を勢いよくぶん殴った。
ハンマーの先から凍り付いた空気が、霜となって舞い落ちる。
その霜が魔女の身体を覆い尽くすと魔女は氷の像になり、しばらくすると白く光って粉々に砕け散った。
結界は消え、そこにいた人々は別人のように大人しくなり、武器を落とした。
「あれ? 俺達は一体何をしてたんだ?」
「さあ……」
「魔女を倒せたみたいだね」
すると、ジュウげむが恭一達の前に現れた。
「キミ達が無かった事にした災いは、アメリカ同時多発テロだよ」
それは2001年9月11日に発生した人災。
世界貿易センタービルとペンタゴンに飛行機がぶつかり、破壊された事件。
あるテロリストによって起きた、最悪の人災。
それが無かった事になり、人々からそれらに関する記憶は消えた、とジュウげむは語った。
「魔法少女よ、勇者よ、災いに勝ってありがとう」
「はいはい、どういたしまして」
「ジュウげむ、あなたは本当に過去を変えたいの? そんな無意味な事をしていいの?」
「……私は、これからどうすれば……」
恭一はジュウげむに軽く礼を言い、まり恵とカタリナは怪訝な表情でジュウげむに質問した。
すると、ジュウげむは左右の目を光らせた。
「ボクはキミ達人間の味方だ。そんな事を言うなんて馬鹿だね。
新型コロナウイルスの存在そのものを無かった事にしたから、多くの大規模イベントは無事に開催されたし、
東京オリンピックだってかなり盛り上がって経済も鰻上り。
そんな幸せを自分から捨てちゃうなんて、キミ達はどうかしてるよ。いつか、キミ達はこの選択をした事に後悔する事になるよ。
こんな事をしなきゃよかった、って!」
そう言って、ジュウげむは翼を羽ばたかせ、どこかに飛び去っていった。
「過ぎ去りし時は、決して戻ってこないのが理。そんな理なんて、無くなっちゃえばいいのに」
その頃、奈穂子は恭一の帰りを待っていた。
「……私、本当に恭一君の力になれるのかな。いつも守ってもらってばかりだし……」
―なれるよ。
どこからか声が聞こえてくる。
しかし、周りには誰もいなかった。
「幻聴……なのかな? よし、恭一君を信じよう。恭一君は、絶対に魔女を倒して、帰ってくるって」
「ただいま、奈穂子!」
そして彼女の思った通り、恭一は無事に帰ってくるのだった。
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魔法少女の代償が少しだけ明かされます。
そして、災いを象徴する魔女との戦いです。