太陽都市の労働者が住む地域。そこの一角にある家屋の中に。フライシュハッカーは1人の男と会っていた。彼は太陽都市でゲリラ活動を行っているアンチのリーダーで、実質的にフライシュハッカーの上司でもあった。だが、相対するフライシュハッカーの態度はまるで対等であるか尿に横柄なものだった。
「どういうことだフライシュハッカー。勝手に太陽都市に入ってきて、市長たちに勘づかれたらどうする」
「どうしても、あんたに直接話す必要があってね……太陽都市に潜伏している他のアンチたちを動かしてほしいんだ」
アンチのリーダーは眉を顰める。フライシュハッカーの提案に、というより自分に対するその態度が鼻についたという感じだ。
「何をバカな……そんなことしても治安維持部隊の連中の方が数が多い。すぐに鎮圧される。そんな事のために来たというのか?」
「太陽都市にボクの部下を紛れさせている。時間を稼ぐには十分さ」
「時間を稼ぐ? 何のだ?」
「太陽都市を乗っ取る時間だよ。ここにいるブルメという子の能力がね、コンピュータを乗っ取ることが出来るんだ。この能力で太陽都市の環境管理AIヴァリスを乗っ取る。そうすれば、たった一日で太陽都市を乗っ取ることが出来る」
ブルメを見つつフライシュハッカーの話を聞き、アンチのリーダーは動揺をあらわにした。
「コンピュータを操る能力だって? そんな奴がいたなんて聞いてないぞ」
「彼の能力はボクもつい最近把握したんだ。それで、どうする? またとないチャンスだよ」
アンチのリーダーは憎々しげに顔をゆがめた。完全にフライシュハッカーに有利な状況で話が進んでいる。これを機にアンチの組織の中で自分の立場を大きくするつもりか。ガキの癖に忌々しい奴め……。
「いいだろう……お前たちは私と行動を一緒に取ってもらうぞ。ほかの部下たちに連絡する」
アンチのリーダーの去っていく後ろ姿を見ながら、フライシュハッカーはほくそ笑んだ。アンチのリーダーはまだ気づいていない。フライシュハッカーにとって、自分たち紛い者以外の大人は全て邪魔な存在だ。太陽都市の連中とアンチを争わせて自分たち紛い者だけが太陽都市を乗っ取る。それがフライシュハッカーの目的だった。
「ふふふ……期待しているよブルメ。君の能力にかかっているからね」
「ええ、わかってる」
フライシュハッカーが頼りにしてるのは自分ではなく、自分の持つ能力だけである事をブルメは知っていた。彼の表情はかつてブルメが見た事ある大人たちのものと同じだ。自分の事しか考えてない顔。思えば彼……デーキスだけはしっかりと自分の事を見ていたように思う。しかしどうして今更デーキスの事が気になってしまったのだろう。あの頼りなさそうな顔を思い出していた。
「全く、傷ついたデーキスを連れてきたかと思えば今度は太陽都市に行くだって? 忙しい男だねウォル」
ハーリィ・Tはため息をついた。
「いいだろ、オレは自分でやるべきだって事をやってるんだ」
「ま、今まで見てきた中じゃあだいぶまともな事なのは確かだわ」
ウォルターがデーキスを背負ってきたときにはさすがに驚いたが、フライシュハッカーを止めるために太陽都市に行くというウォルターの言葉にはもっと驚いた。
「でもあんたたちにそれが出来るのかしら? これだけの人数で、相手はかなり強い能力の超能力者なんだろう?」
「絶対止める。止めなきゃなんだ」
口を開いたのはデーキスだった。起き上がろうとした彼をアラナルドが制止する。
「デーキス。動いちゃいけない」
「今フライシュハッカーを止めなきゃ、大変な事になる。それは確実なんだ。見過ごすことは出来ない……」
デーキスたちはフライシュハッカーの企みをハーリィ・Tに説明した。彼女はそれを黙ったまま静かに聞いていた。
「太陽都市を乗っ取るね……確かにそんな事出来たら周りの都市国家も大慌てだろうさ。あそこは一番紛い者への迫害が厳しいんだ。そこが簡単に紛い者に乗っ取られたら、次は自分たちの首が危ないと思うだろうからね」
「だから、彼と一緒にいるブルメを説得しなきゃいけない。彼の作戦はあの子の能力ありきだ。だから、あの子に会うためにも太陽都市へ行かなきゃなんだ」
「そう簡単にいくかしらね」
「だったら手伝ってくれよ。オレたちに太陽都市に入るための通行証作ってくれ」
「やれやれ簡単に言ってくれるわね……」
ため息をつきながらハーリィ・Tは自分のコンソールに向かう。
「時間がかかるから、それまでここで休んでいきなさい。特にデーキス、あんたはね」
「ありがとうハリー……」
***
「紛い者の連中が消えているだと?」
ホースラバーからの報告を受けて、ゴウマは考える。やつらのリーダー格であるフライシュハッカーは同盟である他の都市国家に被害を与え続けてきた危険人物だ。これまで誇示するように自分の姿をこちらに見せていた。それがここ数日、全く姿を見せていない。それどころか他の紛い者も次々といなくなっているというのだ。他の都市国家へ移動したのか? いや、何かを企んでいると見た方がいいだろう。
椅子に深く身体を預けながら右手の中指と親指を激しく打ち付ける。彼が思索に耽るときの癖だ。恐らく紛い者たちは太陽都市に潜入してると考えていいだろう。だが何のために? まさか太陽都市内で暴れるつもりか? たった百人足らずで?
多少の被害は出るだろうが、さすがにその程度の被害を出すために貴重な超能力者を無駄にするつもりはないだろう。たとえ太陽都市内に潜んでいるアンチの連中が力を合わせた所で殆ど変わらない。それが分からない程愚かな連中ではない。紛い者の連中の浅知恵では大それたことをできると思わないが、把握しておく必要があるとゴウマは考える。今までがそうだったように、アンチと紛い者は自身の太陽都市の支配力を高めるために利用できる。
脅威があるからこそ、市民の意思を統一させ管理できる。それを察せさせずにいるのが、我々の様な管理者の責任だ。
指の動きを止めて時計を見るともうすぐ一日が終わる。一息ついて遅めの食事をとる。太陽都市で作られている合成食糧ではない、今では貴重な自然の物を加工した食事だ。一部の人間はわざわざこういう物を選んで食べる。ただ貴重というだけで、味も栄養も合成食料には劣るため、加工には手間がかかる。しかし、貴重というだけで多くの人間がこんな物を望んでいる。
人間は自分の周囲にある物で自身の力を誇示するのだとゴウマは考えている。だから、大して興味もない食事にも使っている。市民たちが食べている合成食料は密閉容器に固着剤『ユービック』を散布した合成食料だ。戦争が起こる前の時代には夢の物質ともてはやされたユービックだが、結局保存剤以外の利用法がなかった。
ユービック……物体の状態を保つ、時間そのものを固着させ半永久的に状態を保たせることが出来る化学物質で、かつては不老不死を実現させると言われていたが、一定量摂取すると身体機能そのものが停止する。だが、一日に摂る量が一定以下なら使っても害はない。そこは頭の固いヴァリスも認めている。市民たちは極端に死を恐れるが結局のところ、それを認識させなければやつらは気にすることはない。誰もが常に死へと近づいているのに。
何か妙な胸騒ぎがする。ゴウマは部下のホースラバーに命令を送る。
「都市に潜んでいるアンチどもの調査を行え。やつらの目的を調べるんだ」
ゴウマの勘は当たっている。だが、既にアンチと紛い者は行動を起こそうとしていた。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
着々と太陽都市の襲撃計画を進める紛い者たちに、デーキスは止めることが出来るのか