No.1066303

紙の月19話

紛い者たちはついに行動を開始する。太陽都市の長い一日が始まる。

2021-07-11 10:16:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:466   閲覧ユーザー数:466

 太陽都市の中心部。中央に太陽都市市議会がそびえるこの場所は、都市の要人たちが政務を行う重要なエリアだ。日中は労働者が行きかう場所だが、その一角に数人の少年が集まっていた。誰も彼らに気を配る者はいない。単なる不良少年たちの群れだとしか思われていない。

 そこに清掃員がふらふらと近づいていく。

「準備はいいか?」

「とっくにできてるよ」

 少年の中にフライシュハッカーの姿が見えた。答えを受けた清掃員が再び歩き出すと、そのあとを少年たちがついていく。

「これだけの人数で本当に行くのか?」

「彼らはブルメの援護だ。他の連中は都市のいたるところに潜ませている。これだけいればあとは十分だ」

 フライシュハッカーは歩きながらアンチのリーダーと会話する。その後ろに続くのはブルメと数人だけの紛い者。その中にはスタークウェザーの姿も見える。管理コンピュータがあるのは市議会地下。そこが彼らの目指す場所だ。

 議会の出入り口は治安維持部隊が警備をしている。彼らはそこへ堂々と向かって行った。

「止まれ。通行証を」

 入り口にいた警備員が威圧的な態度で呼び止める。言葉は業務的なものだが、明らかに用もない場違いな連中が来たと見下した表情をしている。フライシュハッカーは一歩前に出ると警備員を無言でじっと見つめた。

「?……!」

 警備員たちはきょとんとしていたが、数秒してようやくフライシュハッカーの目に気付いた。彼の目が紛い者特有の七色に変化していることに。

「お前……」

 銃を構える暇もなく、警備員たちはフライシュハッカーの超能力で吹っ飛ばされた。周囲には爆弾がさく裂したような音が響き、ようやく周りの人々も異常に気づいた。

「さあ始めるぞ。太陽都市を僕らのものにするんだ」

 やってくる治安維持部隊を見ながら、フライシュハッカーは不敵につぶやいた。

 

「本当にこっちで大丈夫なの?」

 太陽都市の内部へ行くためにデーキスたちは、ウォルターを先頭に下水通路を通っていた。

「間違いないって、オレを信じろ!」

「貰った通行証があるんだから入り口から入ればよかったんじゃないか?」

「こんな所わざわざ通らなくても……」

 双子がぶつぶつと文句を言い捨てる。

「馬鹿、入り口は治安維持部隊の連中が常に見張っているんだよ。いくら通行証があっても、オレ達の目を見られたら意味がなくなっちまう。何とか奴らのいない生産エリアに入れば、そこからはばれずに行けるんだ」

「フライシュハッカーたちの様に荷物として内部に入るには、流石に時間がないから僕たちにはこうするしか方法はない」

 薄暗い通路を進んでいくと広いところへ出た。そこには何人も大人がいることにデーキスたちは驚いた。

「うわっ!」

「落ち着け。こいつらは太陽都市を追い出された連中だ。早く進むぞ」

 そこには病などのせいで太陽都市から追い出された大人たちがたむろしていた。少し前までは、太陽都市から破棄される食品などをあさって生活をしていたが、紛い者が来てからは、スタークウェザーや大人に反感を持つ紛い者たちが気晴らしに襲ってくるため、外で見かけることはほとんどなかった。やってきたデーキスたちにも怯えや憎悪のような視線を送ってくる。

 おそらくこの人たちは太陽都市で一級市民と呼ばれていた人たちだろう。老いや病などで働けなくなった市民は優先して庇護されるべき存在として一級市民として格上げされる。だが、その実態は理由をつけられて太陽都市を追い出される棄民だ。

「彼らも太陽都市の被害者なんだ」

「それでももし、邪魔をしてくるなら容赦しないけどな」

 警戒しながら先へ進んでいくと、デーキスたちの前にぼろ布をまとった男が一人立ちはだかった。

「何だあんた、そこをどけよ。オレたちは急いでるんだよ!」

「ぼくらはあなたたちを傷つけるつもりはないんです。ここを通りたいだけですから」

「おいおい、ずいぶんよそよそしいじゃないか。初対面でもないのに……」

 そう言って、男が顔を見せる。ずいぶんやつれているものの、かつて太陽都市の工場内で会った治安維持部隊のロイドだった。

「ロイドさん!」

「まさか、都市の外でこうして会えるなんてな」

 

 

 管理エリアの都市管理塔。そこで都市の運営を行う実質的な支配者たちが勢ぞろいしていた。市長であるゴウマはそこで各管理者から受けた報告をもとに都市の運営を決定する。彼の背後にはホースラバーの姿もあった。

「状況を報告しろ」

 だが、今は様子が違った。ゴウマが聞いている相手は管理者ではなく治安維持部隊の隊員だ。

「太陽都市の各地で、紛い者とアンチに襲撃を受けています! この建物の入り口にも数人の紛い者が集まっています!」

 聞いていた他の管理者たちが不安でざわめく。

「警備ロボットはどうした? ヴァリスもこの連絡を聞いているはずだ」

「こちらで起動は確認できません。先ほど生産エリアでも襲撃を受けたと報告が入りました!」

 どうやら同時多発的に各地で破壊活動を行っているようだ。それほどの人員が今まで隠れていたのか? 外からの紛い者が入ってきたとしても、数が多すぎる。おそらく太陽都市に潜伏していたほぼすべてのアンチも行動を起こしているとしか考えられない。

 しかし、被害こそ大きいだろうが、制圧自体はできるだろう。奴らがこんな無謀な行動に出るとは……勝機がある確信がなければこんなことはできない。奴らの目的は? ひとまず治安維持部隊に命令を送る。

「管理エリアの隊員を集め管理塔の防衛に当たらせろ。居住エリアは損害状況を報告。生産エリアはヴァリスの警備ロボットたちに任せろ。他エリアは……」

 命令を送った直後、正面のスクリーンに見覚えのある顔が映し出された。紛い者のフライシュハッカーとアンチのリーダーだ。

「初めまして、太陽都市の支配者諸君。ご存じの通りだろうが我々は都市国家の解体を目指している活動者だ」

 活動者か、元々は国の政府が都市国家同盟を内部から破壊するために、金で集めた荒くれ者どものくせに……ゴウマは内心毒づいた。

「ぼく達の目的をこれから伝えよう」

 

「お前たちに出会ってから数日間、どうも監視されてるような気配がしていた」

 デーキスたちは下水道を進んでいたが、そこにロイドも加わっていた。

「お前たちと会ったことは気づかれてないはずだし、最初は俺の疑心暗鬼だと思っていた。だが、ある日治安維持部隊の同僚が家に訪ねてきた。そいつは俺を殺すために太陽都市の管理者どもが送ってきた殺し屋だったんだ」

「どうしてわかったんですか?」

「直前にあのヴァリスから直接通信が入ったんだ。さすがに半信半疑だったが、危うく殺されかけた……」

 やってきた同僚は、最初重要な話があると言っていた。話を聞く前にコーヒーでも淹れようと背を向けた瞬間、その同僚は銃を取り出した。

 既にヴァリスから入っていた情報のおかげで、一瞬早く気づくことができたロイドはそのまま相手と揉み合いになり銃を奪った。ところが同僚は突然苦しみだして、倒れるとそのまま死んでしまった。

 太陽都市の管理者からしたら、どちらが死んでもさして問題はないのだろう。簡単に真実を捻じ曲げることができるのだから。ロイドを殺人者に仕立てあげることは造作もない。

「だから、俺は逃げることにした。幸い治安維持部隊に所属していたおかげで、生産エリアまでは簡単に行けた。あとはお前たちがやったように、下水道を通って、外に出ることができた。」

 そう言った後、不思議にもロイドは笑った。

「今まで干渉しなかったヴァリスが、なぜそんな情報を送ってくれたと思う? わかっていながら目の前で人間が殺されるのを見過ごすことはできないだってさ。あいつは本当に頭が固いな。こんなことが管理者たちに知られたら……おかげで助かったがな」

「うん、ヴァリスだけは信用できる。だからぼく達も太陽都市をフライシュハッカー達から守るのに、彼の力が必要なんだ」

 太陽都市の環境をよりよくする事がヴァリスの行動理念だ。今の太陽都市がおかしいという事は彼自身が一番理解している。だからロイドに殺し屋がくることを教えたのだろう。

 もう少しで生産エリアの下水道に出られる。フライシュハッカー達がヴァリスの下へ着いたら、すべて終わってしまう。その前に彼らを止めなければ。


 
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