「どうして君がここに?」
デーキスの疑問にニコは答えなかった。小さな身体から敵意をみなぎらせてデーキスたちを睨みつけている。
「フライシュハッカーの腰ぎんちゃくがここにいていいのか? オレたちも太陽都市へ向かうからな」
普段はオドオドとフライシュハッカーの後ろで怯えているだけのイメージしかない彼だが、まるで別人の様に今では不気味に見えた。
「まだどかないか」
「なら、オレたちがどかせてやる」
双子が前に出る。二人は念動力で周囲のがれきやスクラップを浮かばせる。
「「それぇ!」」
かけ声と共にニコに向かって数多の物体を飛ばすが、途中でどれもあらぬ方向へ飛んでいき、彼に当たることはなかった。
「?」
「あれ、おかしいな……」
当の本人たちも予想外だったらしく不思議そうな表所を浮かべていたが、やがえ苦悶の表情で頭を押さえると、その場に膝をついた。
「双子たちどうしたんだ!?」
「お前、何しやがった!」
今度はウォルターがホバーボードを使ってニコに跳びかかるが、大きくバランスを崩して地面に倒れこんだ。
「ウォルター!」
デーキスが近づこうとすると、目の前の景色が一変した。さっきまで太陽都市のすぐ外、がれきの山に立っていたのに今目の前には荒野が広がっていた。さっきまでそこにいたウォルターやニコの姿もなく、自分一人だけだった。
「ここは……?」
そう思った時には今度は吹雪く雪原の中にいた。強い寒風がデーキスの身体を凍えさせる。
それに反応する前にまた景色が変わる。今度は太陽の照り付ける乾いた土地だ。めぐるましく周りの景色が変わってゆく。
「これがニコの超能力……!」
気づいたときには周りの景色が変わるだけでなく、耳元で色んな人が話している声が頭の中を駆け巡り、自分の思考もままならなくなってゆく。立って「止めて」いる感覚もなくなり、自分が今「これはお前たちのためなんだ」どこにい「悪者は倒さなきゃ今度はお前たちが」るのか、何を考え「ボクはこんなことしたくない」ているのか「どうしてみんな争うの」さえ分からない。
「何とかしなきゃ……」
そう発し「この世界を僕たちの」た言葉さえも、次から次へ「セーヴァだけの世界にする」と流れる声によって煩雑な記憶「そうすればもう」の彼方に押し流され「争う必要なんてない」ていった。
ニコの目の前で逃げ出そうとした裏切り者たちがうめき声をあげながらのたうち回っていた。
彼の超能力は過去に自分が経験した記憶や意思を伝えるテレパシー能力だ。他の紛い者には大した超能力と思われていないが、その気になれば相手の脳内に様々な情報を送り込むことで、相手を容易く戦闘不能にすることが出来る。
「君の能力は感知する前に使われてしまえば、いくらボクでも防ぐことが出来ない。君の超能力は最強だよニコ。その力でこれからもボクを助けてくれ」
フライシュハッカーにも認められたこの力で彼をささえ、超能力者たちの世界を作る。その邪魔をする者なら例え同じ紛い者でも容赦しない。
既に脅威となりそうな裏切り者は全員無力化した。やはり太陽都市の外に残って正解だった。目の前でうめく連中を見ながらニコはそう思った。
だが、ニコの超能力を受けているにも関わらず、デーキスは立ち上がっていた。
ニコの超能力を受けた者は方向感覚どころか、自分が今どこにいるのかさえ分からなくなりその場に倒れる。これまで立ち上がって来た者などいなかった。それどころか明らかにこちらを見据え、デーキスはゆっくりと歩いてくる。
なぜそんなことが出来るのか、どんな超能力でも防ぐことが出来ないはずなのに。
デーキスはニコの前で立ち止まった。手を伸ばせば届く距離だ。彼の目には明らかに強い意志が宿っている。
「ボクは必ずフライシュハッカーを止める。紛い者と人間同士で争いなんかさせない」
その決意の強さはニコ以上の物だ。デーキスに射すくめられたニコはその場にへたり込む。
「ボクだって……ボクだって争いなんて見たくない! もう誰かが死ぬのなんて嫌だぁ!」
ニコはその場に伏せて泣きじゃくる。フライシュハッカーのために隠していた自分の思いを、デーキスに言い当てられたように感じた。自分もフライシュハッカーもかつて戦争で大事な人を失っている。だがフライシュハッカーは人を憎み、争う道へと進んだ。それに従ったニコは本当は二度と誰も傷ついて欲しくなかった。だけども、彼の友としてついていく道を選んだ。そうすれば自分と同じように悲しむ者は少なくなると信じて……。
倒れていた筈のデーキスが立ち上がった。ただ一人、ニコのテレパシー能力を受けながらもだ。そんな者は今まで一人もいなかった。肉体の強さや精神力でどうにかなるものではない。人一人が許容できる以上のあらゆる感覚や情報を送っているのだ。彼らは今自分がどこにいるのか、どうしているのかさえ分かってないはずなのだ。しかし、デーキスの目は明らかにこちらを見据えている。
デーキスがこちらに向かって歩いてくる。慌ててニコは全神経を集中させてデーキスにテレパシー能力を送る。普通の人間ならば、脳が耐えきれず発狂するほどの情報量だ。それなのに、何故彼は立って歩くことが出来る?
目の前までデーキスが近づく。腕を伸ばせば届く距離だ。ニコを見据えたままデーキスは血良い意志を持って口を開いた。
「ボクたちはフライシュハッカーを止める。そうしなければ今よりももっと多くの人が傷つくことになる」
ゆっくりと、力強くデーキスは言った。
「それでももし、フライシュハッカーの味方をするなら君も……」
「う、う、うううううう! 分かっていたよボクだって! ボクはただ、みんなが争って傷つくのは嫌なんだ!」
ニコは泣き崩れながらその場に伏せた。デーキスの言葉を聞いて、今まで自分の中で燻ぶっていた思いが次々とあふれ出る。わずかに残っていたフライシュハッカーのやる事への疑念。それだけでこうも容易く人は感情の重さに耐えきれなくなる。なのに、どうしてデーキスは立っていられたのだろうか。
「デーキス、大丈夫かい?」
「お前、こいつの超能力受けてどうして大丈夫だったんだ?」
立ち直ったアラナルドとウォルターがデーキスに駆けよる。ニコが超能力を使う事を止めたため、みんな正気に戻ることが出来た。
「ぐるぐるしていた頭の中で、太陽都市から戻る時にヴァリスから聞いた事を思い出したんだ。人間の思考と言うのはただの電気の流れに過ぎない。だから、人間も機械も同じ存在だって……」
突如ぐらりと大きくよろめいたデーキスに、二人は慌てて肩を担ぐ。
「だからボクは超能力で自分の頭の中に電気を流したんだ。そうしたら動けるように……」
「デーキスお前、ずっと頭に電流を流していたのか!」
「そんな無茶な! 脳が黒焦げになるかもしれなかったんだぞ!」
「ボクは他の人に電気を流したりはしたけど、自分に流したことはなかったからね……」
ウォルターはデーキスを背負った。外傷はないがデーキスの身体は見かけ以上に負傷している。自身の体内、しかも頭部に無理やり電流を流していたのだ。
「とりあえずハーリィの所に行くぞ! そこのお前、追って来たら今度はオレたちがぶちのめしてやるからな!」
「大丈夫だよウォルター。彼はきっとボクたちと同じ……ただ、他に方法を知らなかっただけなんだ。それにしても身体に電流が流れるってとっても痛いんだね。ボクはもう超能力で人を傷つけたくないよ……」
嗚咽を漏らして泣くニコをその場に、デーキスはウォルターに担がれてハーリィ・Tの家へと向かった。
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デーキスたちの前にフライシュハッカーの手先が立ちはだかる
今年はこれで更新は終了です