「洛陽はでかいなぁ」
洛陽に到着した俺は、その町並みを眺めてそう呟いた。
「さすがは魏の都ってことか」
洛陽に到着したのが、だいたい昼過ぎぐらいだったので、まだ日が暮れるまでの時間があった。俺は軍に入るために、さっそく軍の施設を探すことにした。
「うん?あれは……」
町中を歩いていると、ある建物から鎧を着た人たちが数人出て行くのが見えた。
「兵士っぽかったな。あそこに行ってみるか」
そう思った俺は、その建物に向かった。
「すみませーん」
「……ほーい」
いきなり入るのも失礼な気がしたから、入り口で声をかけてみると、中から気の抜けたような返事が返ってきた。
(は、入っていいってことだよな?)
気の抜けたような返事が少し予想外だったため、俺はもう一度声をかけてから中に入った。
「失礼しまーす……」
中に入ると、紫色の髪を2つに留めた女の子が、机の上で何かをいじっていた。
「すまんなー、兄さん。もうちょい待っといてくれるか?今、大事なとこやねん」
俺の方をちらっと見たその娘は、そう言うと、また作業に戻って行った。
女の子とは言っても、外に出て行った人たちとは違う格好をしているし、もしかしたら将校クラスの人間なのかも知れない。そう思ったので、一応言葉遣いに気をつけた。
「あ、はい……」
色々と聞きたいことがあったけど、その娘があまりにも真剣に作業をしているので、聞くに聞けなかった。
「いやー、すまんかったなぁ。からくり夏侯惇将軍の関節の改造が、ちょうどいいとこやったんよ。んで、なんか用か?」
なんで関西弁なのかとか、からくり夏侯惇将軍って何かとか、色々と聞きたいことはあったけど、とりあえずは触れないことにした。
「あの、ここって軍の施設ですか?」
「あー……。そうでもあるし、そうでもないなぁ」
何とも曖昧な返答に、俺は何と返せばいいのか分からず、しばらくどういう意味なのかを考えていた。
「軍の施設ではないけど、軍と関係がないわけではないってこと?」
「おぉー、兄さん結構頭ええやん。そうや、ここは洛陽の警備隊の詰め所。せやから、ここは軍の施設やない。せやけど、ウチは軍の人間でもあるから、軍に関係があるっちゅうこっちゃ」
しばらく考えてから出した答えが、ある程度合っていたようで、俺は少しほっとした。
「んで、それはいいとして。兄さんは軍になんか用なん?」
そうしてほっとしていると、その娘が聞いてきた。
「あ、はい。軍に入りたいんですけど、どうすればいいんですか?」
そう聞くと、その娘が俺の方を眺めた。
「うーん……。兄さんは洛陽の人間とちゃうよね?」
「え?そうですけど?」
「……実はすっごく強い?」
「いや、そんなに強くないと思いますけど……何か?」
「……ま、ええか」
しばらく無言で俺を眺めた後にそう言うと、その娘はニコっと笑った。
「ウチが新兵の登録ができるところまで連れてったる。ただ、ここに誰もおらんくなるのはまずいから、誰か戻ってくるまで、もうちょい待ってな」
「あ、ありがとうございます!」
俺はそう言って頭を下げた。
「気にせんといて、一応これも仕事やしな。……ま、それは別にいいとして。しばらく暇やから、話でもせえへんか?」
「あ、はい」
そうしてしばらく、俺はその娘と話をしていた。
「そうやろ?この関節の可動域とか、すごいやろ?」
「はい。なんていうか、こんなに動くフィ……いや、人形が見れるなんて思ってなかったです。でも、これだけ動くのに、よくこれだけ関節部分のつなぎ目を目立たなく出来ますね」
「おぉ!そのすごさをわかってくれるんか!?兄さんはええ人やなぁ。ウチの友達らは、その辺りのすごさをまったくわかってくれんのや」
そんな話をしていると、詰め所に兵の人たちが入ってきた。
「李典隊長。ただ今戻りました!」
「おう!おつかれさん」
(り、李典!?)
兵たちの呼びかけからするに、今まで俺と話をしていたこの娘が李典であるらしい。将校クラスかな?とは思っていたけど、まさかそんな有名な武将だとは思わなかった。
「お前らが帰ってきたんやったら、ウチはこの兄さん連れて、ちょっと城まで行ってくるわ。戻ってくるかはわからんけど、とりあえず詰め所頼むな?」
「はっ!わかりました!」
「よし!そんじゃ、兄さん。いこか」
そう言って詰め所を出ていく李典さんを追いかけて、俺も詰め所を出た。
「あぁ。そう言えば、まだ兄さんの名前聞いてへんかったなぁ。ウチは李典や兄さんは?」
詰め所を出て少し歩いた辺りで、李典さんがそう話かけてきた。
「あ、はい。俺は北郷一刀って言います」
「北郷……。珍しい名前やね。」
「生まれはこの大陸ではなくて、海を渡ったところにある島国なんです。洛陽に来る前は豫州の潁川郡に居ましたけど」
桂花との手紙の中で、俺は日本(この時代だと倭)から来たということしよう、ということになっていた。下手に偽名をつけるよりも、そうした方が違和感がないだろうと思ったからだ。
「ほぉ。海を渡って来たんかい。それはまたごっついなぁ」
そう言うと、李典さんはすこし間をおいてから、また話しかけてきた。
「なぁ、兄さん。海渡ってこの大陸に来たあんたが、なんでまた軍隊に入りたいとか思ったん?」
「え?」
その質問に、俺はとっさに答えることができなかった。
「ぱっと見やけど、兄さんは強そうやないから、軍で名を上げたいとかじゃなさそうやし。自分の住んどった潁川郡から、洛陽に来たっちゅうことは、自分の家族を守りたいとかってわけでもなさそうやし……」
李典さんはそこまで言うと、少し間をおいた。
「それに、軍隊に入ったら人を殺すことになるで?それでもええのん?兄さんは、人を殺せるようには見えへんけど」
「……」
その質問に、俺は答えることができなかった。荀彧への手紙には“この国のためだ”とか書いたけど、それじゃあ、そのために人を殺せるのかと聞かれても、すぐに“はい”とは言えなかった。
「その答えがまだ出せんのやったら、無理に答えんでもええ。けど、軍に入るんやったら、いつかは答えを出さんといかんよ」
「……はい」
「まぁ、軍が駄目やったら、警備隊に来るってのもあるけどな。っていうか、今は警備隊方が人手不足やから、警備隊もやっとるウチとしては、そうしてもらえると嬉しかったりする。からくりの素晴らしさがわかるやつが、警備隊に居た方が楽しいな」
李典さんはそう言って笑った。
「どっちにするにせよ。決めるのは兄さんや。新兵の訓練を受けるんは、軍に入るにせよ、警備隊に入るにせよ、ためになることやから受けてみるといいと思うで?」
「……はい」
俺はそう答えることしかできなかった。
そんな会話をしてからしばらく歩いて、俺たちは城に到着した。
「さて、ここに名前を書いてくれるか?」
李典さんに示されたところに名前を書いた。
「北郷一刀っと」
「あ。兄さん、字まで書かんでもええよ」
「え?俺、字なんてもってませんけど?」
「そうなん!?てっきり一刀ってのが字かとおもとったわ。すまんすまん」
李典さんはそう言って笑ってから、俺が署名した書簡をしまった。
「これで登録は出来たから、この日時に演習場の前に集合しといてや。そこで装備品配ったりしてから、新兵の訓練を始めるよって」
「はい。わかりました。……あの、もうひとつ伺ってもいいですか?」
「うん?なんや?」
「あの、俺まだ住む家が決まってないんですけど、どこか部屋を借りれるところってありますか?」
俺がそう聞くと、李典さんはニコッと笑って答えた。
「まかしといて!それこそ警備隊の仕事や!」
そう言った李典さんに連れられて、俺は長屋があるところまで向かった。
「今日は、色々とありがとうございました!」
俺はそう言って李典さんに頭を下げた。
李典さんのおかげで、新兵の登録もできたし、住むところも確保することができた。
「まぁ、気にせんとって、これも仕事やから。……そいじゃ、ウチはもう行くわ。訓練、気張りーや?」
「はい!ありがとうございます」
俺がそう答えるのを背中で聞きながら、李典さんは帰って行った。
桂花視点
その日は、凪たちを連れて洛陽の郊外にある森の調査行っていた。
「なぁ、桂花ぁ。そろそろ教えてーな。今回ウチらは何するんよ?」
洛陽を出てからしばらく行ったあたりで、そう真桜が聞いてきた。
「今回の任務は、怪しい人影を頻繁に目撃するという報告があった森の調査よ。あなた達には実際の調査と、もし怪しい人影を発見したときの対処をしてもらうわ」
「それってー、沙和たちが用心棒ってこと?」
「えぇ。私も痕跡についての調査を行うから、もし何かあったら私に知らせてちょうだい」
「わかりました。桂花様の警護は私たちにお任せください」
私が沙和の質問に答えると、凪がそう言った。
「頼りにしているわ」
そう言い終えてから、私たちは目的の森に向かって移動をしていった。すると、真桜と沙和が世間話を始めた。
「そういえばなぁ。昨日おもろい兄ちゃんを見つけてん」
「誰誰?もしかして、かっこいい人?」
「うーん……格好悪くはなかったなぁ。むしろ不思議な雰囲気の兄ちゃんやった。なんや、軍に入りたいーとか言って警備隊の詰め所を訪ねてきたんよ」
「うんうん」
真桜と沙和がおしゃべりなのはいつものことだし、任務中とはいえ、まだ目的の場所に移動している途中だから、特に注意をしなかった。
男の話題というのは、少し気に食わなかったけど。
(まったく、男のどこがいいのよ……)
そう思っていると、真桜が話を続けた。
「んでなぁ。その兄ちゃんの話やと、洛陽に来る前は豫州におったんやけど、軍に入るために洛陽に来たらしいんや」
「出稼ぎさんなのかなぁ?ほら、農家の二人目の男の子は出稼ぎに出るとかあるでしょ?」
「ウチも初めはそう思たんやけど、その兄ちゃん、出稼ぎに来た農家の次男坊にしては体の線が細すぎるんよ。農家の次男坊って言うよりは、どっかの貴族のご子息って感じやったなぁ。服装は普通の庶人と同じ格好しとったけど」
「えぇ!それって玉の輿ってこと!?いいなぁ真桜ちゃん。その人、沙和にも紹介してなのー」
「いや。貴族っぽいってだけで、ホンマにそうかはわからんで?」
「あぁ、そっかぁ……。玉の輿に乗れれば、社練のお洋服とか買い放題って思ったのに、残念なのー」
「……沙和。お前は金で男選ぶんか?」
「うーん。第一条件じゃないけど、お金は持っていてくれた方がうれしいのー。真桜ちゃんだって、お金がある人と結婚できれば、からくりにいっぱいお金かけられるんだよ?」
「そりゃそうやけど。……まぁ、お金がどうこうって言うのは一回どっかにおいとくとして、その兄ちゃんの話に戻るで?」
「はいなのー」
「その兄ちゃんな、ウチが見る限り、人を殺せるようには見えんかったんよ。そりゃあ、ウチかて出来ることなら人なんか殺したないで?けど、やらんと自分がやられるって時には、ウチは人を殺してしまうし、今までもそうして来た。」
真桜はそこまで話すと、少し間をおいた。
「せやけど、その兄ちゃんは自分がやられてまうって時でも、人を殺せそうになかったんよ。人を殺すくらいならって、自分の命を差し出す感じやった。……そんなやつが、軍に入ったかて使い物にならんやろ?」
「そうだねー。そんな人が軍隊の中に居たら、他の皆が迷惑しちゃうのー」
「そやねん。そもそもそんな人間は、自分から軍隊に入ろうとかは思わんはずや。……それでも、その兄ちゃんは軍に入りたいって言って詰め所を訪ねてきた。せやからウチは不思議やなぁ、って思ったんよ」
「うーん……。確かに不思議なのー」
「まぁ、人のことやから?考えても仕方ないんやけど、その兄ちゃんはからくりの良さをわかってくれる、いいやつやねん。せやから、できれば無駄に死んでほしくないんや」
「うわぁ……、結局真桜ちゃんの趣味なのー。沙和的にはぁ、おしゃれについてわかってくれる人は、いい人だと思うけどなぁ」
「それかて、沙和の趣味やんか。……まぁ、今度の新兵の訓練には参加するみたいやから、その後にどうするかやなぁ。そのまま軍に行くんか、それとも別のところに行くのか」
「ふーん。その人の名前とか聞いてないの?」
「あぁ、聞いとるで。確か……北郷一刀とかって言ってたな。この大陸の生まれやのうて、海を渡った島国から来たって言っとった」
「へぇ。珍しい人なんだねぇ」
「おい、お前たちいい加減にうるさいぞ!そろそろ、目的の場所に着くんだから、私語はひかえろ!」
「「へーい(はーいなの)」」
「まったく……。すみません、桂花様。お聞き苦しいところをお聞かせしてしまいました。」
「……え、えぇ。……そうね」
真桜の話を聞いて、私は冷や汗が止まらなくなっていた。
「……?桂花様?具合でも悪いのですか?」
凪がそう言って気遣って来てくれたけど、その時の私には、その気遣いに感謝の言葉を述べるだけの余裕がなかった。
「えぇ。……だ、大丈夫よ」
「そうですか。ならよいのですが」
凪が少し心配そうに私の方を見ていたけど、そんなことは気にしていられなかった。
(あ、あいつが、洛陽に来ている……!?)
その後、なんとか任務をやり終えて、私たちは洛陽に戻った。
城下から城までの間、私は、周りにできるだけ顔が見えないように、袖で顔を隠しながら移動した。
その数日後、演習場で新兵訓練があった。北郷がどうなったか気になったので、私はその後あいつがどこに配属されたのか調べてみた。
新兵訓練で北郷は、凪が指導する部隊に入ったようだった。凪の訓練は基本に忠実であるが、厳しく、細かいところができるようになるまで徹底的に行うものだと聞いている。資料だけでは、その訓練を北郷がどのように受けていたのかまではわからないけど、脱落者のところに名前がないということは、最後までやり抜いたのだろう。
(野盗から逃げてた割には、頑張るじゃない……)
そんなことを思いながら、その後の進路をたどっていくと、北郷は軍ではなく、洛陽の警備隊に入ったようだった。
真桜が話していたように、あいつが人を殺せるようには思えない。そんな奴が軍に居たって足手まといなだけだし、下手に軍に行って死なれでもしたら、大事な情報源がなくなってしまう。
(まぁ、とりあえずは安心ね。後は、あいつからの好意を、どうにかしてへし折りさえすれば……)
そんなことを思っているある日に、あいつから手紙が届いた。
『 荀彧様へ
久しぶり、この前の手紙に書いたとおり、俺は今洛陽に居ます。
初めてこの町を訪れたときには、あまりの規模の大きさに驚いたよ。さすがは曹操さんのおひざ元って感じかな?
まぁ、それはさておき、住む場所が決まりました。
軍への入隊を申し出に行った場所が、軍じゃなくて警備隊の詰め所だったらしくて、そこにたまたまいた李典さんに、新兵訓練の手続きと、借家探すのを手伝ってもらっちゃったよ。ホントに助かった。
でも、李典さんまで女の子だったことには驚いた。曹操さんが女の子だっていうのは、荀彧からの手紙や、町の噂とかでも知ってたけど、他の武将の人たちとかまで女の子だとは思わなかったよ。夏侯淵さんも女の人だったけど、もしかして有名な武将に人たちは、だいたいが女の人なのか?
あぁ、それと、俺警備隊に入ることにしたよ。新兵訓練に申し込みに行くときも、李典さんに言われたんだけど、俺はまだ人を殺すことはできそうにない。
そりゃ、前みたいに荀彧が野盗に襲われてて、俺にそいつらをやっつけるだけの力があったとしたら、俺はそいつらをやっつけるだろうけど、殺すことはできないと思う。まぁ、実際に起こってみたら、そんなこと考えないで、人を斬ってしまうかもしれないけど、今は、殺せそうにないんだ。
前の手紙では、世の中を良くするために、軍に入りたいって言ったけど、警備隊も世の中を良くするって意味では、軍と一緒だと思うんだ。
だから、俺は警備隊に入ることにした。まぁ、ホントのことを言うと、李典さんに勧められたのもあるんだけどね。
今回は少し長くなってしまったね。
それじゃあ、また。
追伸
せっかく洛陽に来たから、今度城下で荀彧に会えたらいいなぁと思っています。
北郷一刀より 』
(まったく、あんたに会いたくないから、最近城下に出られないじゃないのよ)
北郷からの手紙を読み終えてから、私はそう思った。確かにあいつは重要な情報源だけど、あいつからの好意があるうちは、下手に町に出てばったり会ってしまった時の対処ができそうにない。
(少なくとも、あいつからの好意をへし折ってからね)
そう思いながら、私は北郷への返事を書いた。
『 北郷一刀へ
警備隊に入ったということは聞いているわ。せいぜい頑張りなさい。
あと、武将についてだけど、確かに現在主力となるような武将は女性が多いわね。だいたい、男なんて使い物にならないんだから、それも当り前のことだと思うけど。
私はあんたになんか会いたくないわ。あんたのことなんか好きでもなんでもないんだから、いい加減あきらめてくれないかしら?
荀文若 』
その返事を出してから、しばらくたったある日。私は書類を届けに華琳様の執務室を訪れた。
「失礼します。華琳様、書類をお持ちいたしました」
扉の外でそう呼びかけると、中から華琳様のお声が聞こえてきた。
「桂花?鍵は開いているから入って来なさい」
そのお声を聞いてから、私は部屋の中に入った。
「失礼します」
中に入ると、華琳様は多くの書類を広げ、政務をこなしていらっしゃった。
「書類だったわね?その辺りに置いておいてくれないかしら。後で目を通しておくわ」
「はい。わかりました」
示された場所に私が書類をおくと、華琳様がふっと顔を上げた。
「そういえば桂花。風を見なかったかしら?」
風というのは、先日、袁紹が威力偵察を行ってきたときに、攻め込まれた城の責任者をやっていた人物で、名を程昱という。その際の対処の見事さから、華琳様が、もう一人の責任者の郭嘉とともに、軍師を務めるように命じられた人物だ。
はっきり言って、華琳様をお支えするのは私一人で十分だけど、華琳様が私の体を気遣ってくださった結果だと思えば、その二人も受け入れることができた。
「いえ。見ていませんが、どうかなさいましたか?」
「風にまかせていた仕事について、いくつか聞きたいことがあったのよ。桂花、あなた時間が空いているのなら、呼んできてくれないかしら?」
きっと城内のどこかにいるだろうと思った私は、華琳様からのご命令を受けた。
「はい。わかりました」
私はそう言って、華琳様の執務室を後にして、風の部屋へと向かった。
恐らくこの時間は、政務をしているだろうと思っていたけれど、部屋に風はいなかった。
(どこ行ったのよ……)
近くに居た侍女に、風を見ていないかと聞いてみると、城門の方に歩いて行くのを見たと答えた。
(城門……嫌な予感がするわね)
そんなことを思いながらも、華琳様からのご命令を放り出すわけにもいかず、私は城門へと向かった。
「程昱様ですか?先ほど、町の方に向かわれて行きましたが……」
城門のところに居る兵士に聞くと、最悪の答えが返ってきた。
(なんでよりにもよって、町の方に行くのよ!)
心の中でそんな悪態をつきながら、引き返すこともできず、私は街へと向かった。
(風……どこに居るのよ。早くしないとあいつに見つかっちゃうじゃない……)
そう思いながら、町中を探していたが、なかなか風はみつからなかった。
(本屋にはいなかったし、後は茶屋かしら。……!?)
ふと、視線を前に移すと、前から警備隊の鎧を着た数人組が歩いてきた。
(やばい!隠れなきゃ!)
私はとっさに、軒先においてある大きめの甕の陰に隠れた。
(顔までは見えなかったけど、もしあの中に北郷がいたら、すぐに見つかっちゃう)
とにかく私は、そいつらが通り過ぎるまで甕の陰に隠れていた。
(……ふぅ。やっと通り過ぎた。あの中に、北郷はいなかったみたいね……。あいつのことさえなければ、警備隊の詰め所に行って、風を探させるのだけど、どこにいるかわからないんじゃ、下手にいけないし)
「まったく、どこまで私に迷惑かけるのよ」
そう呟いてから、私はまた風を探し始めた。
(あぁ、もう!ホントにどこにいるのよ。……!?)
茶屋も一通り探し終えて、途方に暮れていると、また前の方から数人の警備隊がやってきた。
(えぇっと、どこか隠れるところは……)
周りを見回して、隠れられそうなところを探していると、路地裏に入る細い道を発見した。北郷は、細い路地裏に入って嫌な思いをしたことがある、と手紙に書いていたから、おそらく路地裏には入って来ないだろうと思い。私はその細い道に隠れた。
(あぁ、今度もいなことを……!?)
そう思いながら、歩いてくる警備隊たちの顔を確認すると、その中に私の最も見たくなかった顔があった。
(なんで、こんな時に限っているのよ!?)
北郷の顔を確認してしまった私は、とっさにしゃがみ込んで、周りから顔が見えないようにした。
(は、早く通り過ぎなさいよ!)
北郷が、私が隠れている細い道を通り過ぎようとしたとき、予期していなかったことが起きた。
「そこのお若いの、すこし待ちなされ」
(ちょ、なに呼びとめてんのよ!)
私の隠れている場所の斜め前あたりに居た老人が、北郷たちを呼びとめた。
「え?俺のことですか?」
北郷がそう答えると、老人がゆっくりうなずいた。
「わしは占い師なんだが、話を少し聞いて行かんか?お代はいらん……」
「あ。でも、俺今仕事中なんですけど……」
北郷がそう言って断ろうとすると、一緒に居た他の警備隊のやつが割って入った。
「せっかくだし、見てもらえよ。タダで占ってもらえるんなら、損はしないだろ?」
「いや、でも先輩。一応、仕事中ですし……」
「警邏は周辺に異常がないか見回るのが仕事なんだ。お前が占い聞いてる間は俺らが周りを見といてやるから、さっさと聞いちまえよ」
「は、はぁ……」
どうにか断ろうとした北郷だったけど、他の警備隊員に勧められて、占いを聞く気になったらしい。
(何やってるのよ!そこは断固として断って、さっさとどっか行くべきでしょ!?)
そう心の中で叫んだけれど、北郷は占い師の話を聞くために、その場にしゃがみこんだ。
「……お主は、本来わしらが持っていないものを持っている。それを使えば、多くも者を幸せにも、そして不幸にもできる。……ただし」
占い師はスゥっと息をすった。
「大局の示すまま、流れに従い、逆らわぬようにしなされ。さもなくば、待ち受けるのは身の破滅。」
「……身の破滅?」
北郷がそう聞き返すと、占い師は静かにうなずいた。
「ゆめゆめ、忘れぬように……」
占い師の言葉が理解できないかの様に、北郷は首をかしげていたが、他の警備隊員をこれ以上待たせておけないと思ったのか、北郷はスッと立ち上がった。
「よくわからないけど、わかりました。気をつけます」
北郷はそう言うと、他の警備隊たちの方へと歩いて行った。
(大局に逆らうな。さもなければ身の破滅……)
占い師が言った言葉が、なぜかとても気になり、私はその言葉の意味を必死に考えていた。
(大局とは何を示すの?あいつにとっての大局?それとも……)
占いなんて不確実なものに、頭を悩ませるなんて軍師としてはあってはならないことだけど、なぜかその言葉は、ずっと頭の中に引っかかっていた。
「おやおやー。こんなところに大きな猫がいますねー」
「きゃっ!」
突然、後ろから声をかけられたことに、私は驚いてしまい、思わず尻もちをついてしまった。
「おぉ!そんなに驚くとは、何か考え事でもしていたのですかー?」
声がする方を見ると、頭に変な人形を乗せた不思議な女の子(これが風なのだけど)が立っていた。
「あっ!?」
さっきまで北郷がすぐ近くに居たことを思い出し、私は周りを見回した。
(ふぅ。もうどこかに行ったみたいね……)
あたりに北郷がいないことを確認して、少し安心すると、急にお尻が痛くなってきた。
「風!いきなり後ろから声掛けるんじゃないわよ!びっくりするじゃない!」
「おぉ、これは失礼失礼。桂花ちゃんがあまりにも真剣に考え込んでいたので、ついつい、後ろから声をかけたくなってしまったのですよー」
「どういう理屈よ!」
痛むお尻をさすりながら立ち上がり、私は風の方を見た。
「まぁいいわ。華琳様がお呼びよ。至急城に戻りなさい」
「そでしたかー。わかりましたー」
風はそう言うと、とてとてと歩き始めた。
「……そう言えばあんた。一体どこに居たのよ?町中を探してもいなかったのに……」
風の隣を歩きながら、そう聞くと少し調子を変えた声で、答えが返ってきた。
「お嬢ちゃん。そいつは野暮ってもんだぜ」
「おぉ。宝慧、あなたもよくわかっていますね。そうですよー。女の子の秘密ついては、聞かないのが作法ですよー」
風の独り芝居につきあうのが面倒くさくなったので、私はその言葉に答えなかった。
(まったく、なんなのよ。いったい……)
先ほどの占いのことを考えながら、私は無言で城まで歩いた。
あとがき
どうも、komanariです。
プロットができていてもなかなか進まない、そんなお話でしたが、いかがだったでしょうか?
僕としては、もう少し話を進めたかったのですが、真桜さんの活躍?やら真桜さんの関西弁やらに苦しめられた結果。あまり話が進みませんでした。
関西弁につきましては、非関西人による関西弁なので、おかしなところがあるかとは思いますが、お許しいただけると嬉しいです。
とりあえず、一刀君は警備隊に落ち着くこととなりました。真桜さんとの会話がなければ、そのまま軍に入っていたと思うんですが、やっぱり一刀君は、命に対する優しさ(甘さ?)みたいなものが魅力の一つだと思ったので、こういう流れにしてみました。
さて、そんな感じのお話なのですが、ホントにあと何話続くんだかわかりません。そんな行き先不安なお話ですが、今回も読んでいただき、本当にありがとうございました。
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やっと4話目です。
プロットがだいたいできているのに、筆が進まないのはなぜなのでしょうか……。
まぁ、そんなことはいいとして、今回は非関西人による、関西弁があります。色々とおかしなとこがあると思いますが、ご容赦いただけますと嬉しいです。
今回も誤字や脱字などありましたら、ご指摘の程をよろしくお願いします。