「北郷!回り込め!」
「はい!」
一緒にひったくりの男を追っている先輩からの指示を受けて、俺は細い路地に入った。
(あそこは行き止まりだから、ここを曲がれば……)
数週間の勤務で、なんとか覚えた洛陽の町中の地図を頭の中に浮かべ、俺は細い路地を駆け抜けた。
(ピタリだ!)
路地を通り抜けると、ピタリと男の前に出た。
「止まれ!お前はもう囲まれている!」
長めの警棒のようなものを前に突き出して、俺は叫んだ。
「どきやがれぇ!」
男はそう叫びながら、懐から小刀のようなものを出し、それを振り回しながら、俺に突進してきた。
「北郷!止めろ!」
男の後ろから先輩の声が聞こえてくる。早めに止めないと、周りの人たちにまで被害が及んでしまうかも知れない。
俺は警棒を両手で持ち、すっと息を吸い込んだ。
(狙うのは、刃物を持っている方の手首……)
狙いを定めて、俺は警棒を振り下ろした。
「小手ぇ!」
――ガンッ
俺の振り下ろした警棒は、鈍い音とおもに、確かに男の手首をとらえた。
「痛っ!くっそぉ!」
しかし男は走ることをやめず、痛みに顔を引きつらせながら、俺の横を走り抜けた。
「馬鹿野郎!」
こちらに走ってくる先輩の罵声が聞こえた。俺は走り抜けた男を追おうと、後ろを振り返った。
「伏せろ!」
その瞬間、先輩たちのさらに後ろから、そう叫ぶ声が聞こえてきた。
「っ!」
聞き覚えのあるその声に、俺は反射的に身を屈めた。
「はぁぁあぁあぁぁっ!」
掛け声が聞こえたかと思うと、俺の上を熱の塊が通り過ぎた。
――ドゴォォンッ!
「うわぁぁー!」
爆発音とともに、男の叫び声が聞こえた。顔を上げると、先ほどの男が地面に突っ伏していた。
「確保だ。急げ!」
後ろから聞こえる凛々しい声に促され、俺はその男の元まで走った。
「確保しました!」
俺が男を捕まえると、後から追ってきた先輩たちが、男を縄で縛りあげた。
「こんのっバカ野郎!」
男を縛りあげた先輩が、俺の頭にげんこつを落とした。
「痛っ」
「止めろって言ったんだから、足止めしとけばいいんだよ!無理に攻撃しようとするな!」
「す、すみませんでした!」
「まったく……。楽進隊長。お手数をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
先輩はそう言って、先ほど熱の塊、いや気弾を放った人物に頭を下げた。
「すみませんでした」
先輩に続いて、俺もその人物、楽進隊長に頭を下げた。
「あぁ。今回はいいが、次からは気をつけるように」
「はっ!」
俺がそう答えるのを聞いてから、楽進隊長は、周りの警備隊員に男を連行するように指示をした。
「北郷。今回は良かったが、次からは気をつけろよ?俺たちは相手を倒すために居るんじゃない。この町を守るために居るんだ。わかったか?」
「はい。すみませんでした!」
先輩からの再度のお叱りにそう答えると、先輩はニコっと笑った。
「よーし。それじゃあ、このひったくられた荷物。もとの持ち主に返しに行くぞ」
「……はい!」
俺はそう答えて、先輩の後を追った。
『 荀彧様へ
こんにちは。元気にしていますか?
俺の方は毎日先輩に怒られながら、元気にやっています。
先日、ひったくりを捕まえようとしたんだけど、俺が色々と失敗しちゃって、危うく取り逃がしそうになっちゃったんだ。幸い、楽進隊長が来てくれたおかげで何とか犯人は捕まえることができたけど、俺は先輩にすっごい怒られてしまったよ。
でも、その後にいいこともあったんだ。
ひったくられた物を先輩と一緒に返しに行ったら、持ち主さんにすっごい感謝されて、何度も何度も“ありがとうございます”って言ってもらえたんだよ。
俺は失敗して、そんなこと言ってもらう資格なんてないのに、その“ありがとう”がすっごく嬉しくて、もっと頑張らなきゃって気持になれた。それで、その時初めて、俺のやってる仕事が誰のための仕事なのかがわかった気がしたんだ。
きっと、荀彧はそんな失敗しなくても、自分のやってる仕事が誰のためになっているのか、なんのためにやっているのか、なんてわかってしまうと思うけど。でも、俺はその時に、これからも警備隊で頑張ろうって思えたんだ。
今更ながら、警備隊に誘ってくれた李典隊長には感謝だよ。
荀彧は、俺なんかと比べ物にならないくらい、大変な仕事をしているんだと思うけど、無理しないように頑張ってくれ。俺も洛陽のために頑張るよ。
そう言えば最近、李典隊長が発明の案が浮かばないって言って悩んでるんだけど、俺の知ってるからくりの仕組みとかって教えても大丈夫か?もし教えるにしても、当たり障りのなさそうなものを言おうとは思ってるけど、一応荀彧の判断を聞いてみたい。
追伸
このまえ、荀彧によく似た人を見かけたよ。なんか、荀彧の被ってる頭巾によく似た頭巾を被っていたから、一瞬見間違えちゃって、おもわず声をかけちゃったよ。
別人だって気付いて少しがっかりしたけど、その人見かけた日は、なんか久しぶりに荀彧を見れたような気がして、すっごく気分がよかったんだ。でも、やっぱり本物の荀彧に会いたいな。
北郷一刀より 』
桂花視点
北郷から届いた手紙に、私はまた頭を抱えていた。
「なんで諦めないのよ。こいつは……」
前の手紙で諦めろと書いたのに、北郷は気にもせず、また恋文みたいな内容を書いてきた。
「はぁー。どうすれば諦めるのよ」
手紙の返事を書かなければ、遠く洛陽までやってくるし。返事を書いて諦めろと言っても諦めないし。
「……諦めるまで言い続けるしかないのかしら」
その作業をどれくらい続けなければならないのか予想がつかず、私はまた頭を抱えた。
「でも、今のところはそれしか方法がないし。やるしか……ないわね」
自分の気持ちを言葉に出してから、私は筆をとった。
『 北郷一刀へ
警備隊の仕事については、報告しないで。事件の報告なら上がってくるし、あなたに聞かなくても、調べようと思えば調べられるわ。
あんたの失敗のせいで危うく取り逃がしそうになったなんて、周りはいい迷惑よ。才能がないなら、警備隊をやめて潁川郡に帰りなさい。
李典については、怪しまれない程度なら助言を認めるわ。あなたが持っているからくりの知識が、どれほどのものか知らないけど、李典の考えているものから発展しすぎないもの、発想の転換で思いつく範囲のものにしなさい。その判断がつかない場合は助言をしては駄目よ。
前も書いたけど、私はあんたなんかに会いたくないわ。これは変わることのない意思よ。だから、これ以上変なこと書いて寄こさないで。
荀文若 』
これで諦めてほしい。と願いを込めて贈ったけれど、その願いはかなわなかった。
一刀視点
荀彧からの返事の内容に、すこし挫けそうになったけど、俺は荀彧に手紙を書き続けた。
警備隊での出来事。俺の思ったこと。荀彧への思い。
荀彧から書くなと言われたことでも、俺の気持ちを少しでも伝えるために、少しでもこっちを向いてもらうために、俺は手紙を書き続けた。
『 荀彧様へ
昨日、警備隊内での武術大会があったんだ。
隊長たち3人が出ると大会にならないから、隊長たちを除いた警備隊員で行われる大会なんだけど。この大会で上位入ることができれば、賞金と昇進の機会が与えられるんだ。
警備隊は、集団での結束力が重要視される組織だけど、個々の基礎能力の向上は、警備隊全体の質の向上につながるからって言うことで、今回の大会が行われたんだ。その辺は、荀彧のところにも報告がいってると思う。
けど、実際は「最近、刺激が足りないのー」って言って于禁隊長が企画して、李典隊長がそれに同調。楽進隊長はやめさせようとしたんだけど、2人に押し切られてしまった。って言うのがことの始まりらしいんだ。この話は、李典隊長から聞いたから、たぶん間違いないと思うよ。
まぁそれはいいとして、武術大会で上位に入れれば、昇進につながるし、早く昇進できれば要人の警護とかもできるかもしれないし、そうなれば荀彧に早く会えるかなぁ?とか思って、その話が決まってから、結構必死に鍛錬してたんだけど、結果は3回戦負けだったよ。
1,2回戦はなんとか勝てたんだけど、3回戦目の相手が小隊長で、あっけなくやられちゃったよ。
結局大会は、小隊長たちの争いになって、俺たち一般の隊員が入る隙間がなかった。
でも、今度同じ大会があった時は上位に入れるように、これからも鍛錬を続けて行こうと思ってる。
そういえば、この前劉備が魏の領内を抜けて益州に向かったらしいね。俺の知ってる歴史とはだいぶ違うけど、益州に入ったってことは、今後脅威になるかも知れないね。
そうなってくると、荀彧は一層忙しくなると思うけど、体を壊さないように、頑張ってくれよ。俺も、早く荀彧に会えるように、頑張って行くよ。
北郷一刀より 』
この手紙の返事は、案の定というか、かなり素っ気ない、というよりも俺の心をへし折ろうとする返事だった。
『 北郷一刀へ
劉備が益州に入ったということは、あんたの歴史で言う長坂の戦いが起こらず、その延長線で発生する赤壁の戦いが発生する可能性が、低下したことを意味するのかも知れない。
けれど、孫策が袁術を倒す可能性は非常に高いし、江東を制して曹操さまの覇道の大きな障害になる可能性はある。いずれにせよ、劉備と孫策あるいは孫権が勢力を保っている限り、赤壁の戦いが起こる可能性はなくならないから、その時のために、できることはやっていくわ。
今は劉備や孫策よりも、袁紹の動向の方が重要だから、袁紹に関してわかることがあれば、早めに教えなさい。
あんたが、3回戦まで行ったのは驚きだけど、所詮そこ止まりなんだから無駄な努力してるんじゃないわよ。第一、あんたが警備隊で昇進して行ったとしても、私は警備隊に護衛なんか頼まないから、あんたに会うことなんてないわ。
いい加減、諦めなさいよ。
荀文若 』
桂花視点
北郷が諦めてくれない。
いや。初めからそうなる覚悟はしていたけど、それにしても諦めてくれない。
北郷以外でも、私に好意を寄せてきた男は何人かいた。そんな気持ち悪い男どもには、北郷と同じように、相手が諦めるようなことを言ってきた。
「あんたなんか好きでも何でもない」、「会いたくもない」、「帰りなさいよ」……他にもきつい言葉をたくさん浴びせてきた。大抵の男どもは、数回は粘るけど、その後は諦めて何も言って来なくなる。
けれど北郷だけは、何通、何十通その言葉を書いた手紙を送っても、諦めもせず、私に恋文のような内容の手紙を送り続けている。
『あんたなんか、その辺の町娘にでも恋してなさいよ。私以外にも、女なんかいくらでもいるじゃない!』
この前送った手紙にそう書いたのに、あいつは臆することなく、返事を返してきた。
『確かに町に居る女の子の中にも、魅力的な娘はいっぱいいるよ?でも、俺が荀彧を好きなのは魅力的だからとかじゃないんだ。
頭がいいから、可愛いから、俺が何でも話せる唯一の人だから、好きになったきっかけはそうかも知れない。けれど、今俺が荀彧を好きなのは、君が君だからだ。
理由づけなんて後からいくらでもできるけど、俺が好きなのは、俺が恋しているのは、荀彧だけなんだよ』
もう、こっちの心が折れそうだった。最近は北郷のことを考えると頭が痛くなるから、仕事ばかりしていた。仕事中はあいつのことを考えなくてすむから。
「私の可愛い桂花。あなたが頑張ってくれているのはうれしいわ。でも、頑張りすぎて体を壊してしまっては元も子もないのよ?」
仕事ばかりしている私を見て、華琳さまがそう声をかけてくださった。
「とりあえず、明日は休暇を取りなさい。その代わり……」
華琳さまは艶めしい目で私を見つめた。
「今夜は私の閨にいらっしゃい。頑張っている桂花にご褒美をあげるわ」
「か、華琳さまぁ」
北郷のことは頭痛の種ではあるけれど、あいつのおかげで華琳さまに閨に呼んでいただけた。
(たまには役立つことをするじゃない)
心の中で少し北郷を見直した私は、その夜、華琳さまにたっぷりと可愛がっていただいた。
翌日、私は町に出ようかどうしようかで悩んでいた。
「本屋には行きたいけど、町には北郷が……」
せっかく華琳さまから休暇をいただいたのだから、だらだらと部屋で過ごすのはもったいない気がした。
「……まぁ、見つかりそうになったら、隠れればいいのよね。それに、もしあってしまったら、ガツンと言ってやればいいだけだし」
(そうよ。私は今まで手紙で書いてきたからいけなかったのよ!)
ふと、そんな考えが浮かんできた。
「ガツンと言ってやれば、きっとあいつも諦めるはずだわ。そうよ!こそこその隠れなくても、直接言ってやれば、きっとあいつも諦めるわ!」
そう考えると、なぜだか町に出るのが億劫でなくなってきた。
「よし!そうと決まれば、堂々と本屋に行くわよ」
私は町に出る支度をして、部屋を出た。
(そうよ。初めからそうすればよかったのよ!)
私はそう思いながら、町の本屋へと向かった。
一刀視点
「なぁ、一刀。この前のからくりやけど、あそこのバネどないしたらええと思う?」
「いや、あのあたりは俺にはわかりませんよ。っていうか、李典隊長。今は一応警邏中ですから、からくりの話は後にしませんか?」
「一刀はまじめやなぁ。今いる奴らは、からくり好きなやつらだけやから、そんなこと気にせんよ。なぁ?」
李典隊長がそう問いかけると、一緒に来ていた警備隊員たちがうなずいた。
「はい。俺たちは李典隊長のからくりの話を聞けるのであれば、そんなことは気にしません」
「いやいや。気にしませんとかじゃなくて、先輩たちも李典隊長を止めてくださいよ!今はいいかもですけど、警邏中にからくりの話してたなんてばれたら、楽進隊長に怒られますよ!?」
俺が必死にそう言っても、李典隊長以下、警備隊からくり同好会(もちろん会長は李典隊長)に所属している他の隊員たちは、誰もからくりの話をやめてはくれなかった。ちなみに、俺は李典隊長に助言をしてしまったせいで、強制的に同好会の副会長をやらされている。
「そうは言っても、凪にばれたときには、一刀がウチらをかばってくれるやろ?」
「さすが北郷!俺たちにできないことを平然とやってのける!そこに痺れる!憧れるぅぅぅぅ!」
悪びれない隊長と、それに悪乗りする先輩たちに、俺は頭を抱えた。
「はぁ。李典隊長、それに先輩たちもお願いしますよ。このままだと、楽進隊長に無理を言ってまわしてもらってる同好会費、もらえなくなりますよ?」
「何ぃ!?それはあかん!お前ら!しっかり警邏するでぇ!」
「「「はっ!」」」
李典隊長の一声で、先輩たちが警邏に戻った。
「ふぅ……」
その様子を見て、俺は少し息をついた。
(後で楽進隊長に、差し入れを持っていこう。あの人は、李典隊長だけじゃなくて、于禁隊長の面倒まで見てるし、それに加えて警備隊の運営まで……。まぁ、そういう人だからこそ、私設の親衛隊もできるんだけど)
警備隊の中には、“からくり同好会”の他に、于禁隊長が会長を務める“おしゃれ同好会”と、他2人の隊長に振り回される楽進隊長を助けようと言う、有志の隊員たちが集まった“楽進隊長を応援し隊”(通称、楽進親衛隊)という集まりがある。
これらの集まりは、基本的に隊員たちが、それぞれ私財も持ち寄って運営しているのだが、からくり同好会だけは、警備隊の新たな装備の開発なども行っているため、警備隊の方から同好会費をもらっているのだ。
ちなみに、俺は“からくり同好会”では副会長、“おしゃれ同好会”では会計係、“楽進親衛隊”では他隊長対策本部長をやっている。というよりもやらされているのだけれど。
(まぁ、そう言う仕事やってるときの方が、荀彧の事考えなくてもいいから楽ではあるんだけど。……はぁ、最近の荀彧からの手紙を読んでると、ホントに挫けちゃいそうになるからなぁ。曹操さまとの噂もあるし……)
ふとそんなことを考えたけど、俺は頭を振った。
(そんなことより、今は警邏だな)
そう気持ちを切り替えてから、俺は周囲に注意を向けた。
(……うん?あれは!)
警邏で大通りを歩いていると、洛陽に来てからずっと探していた人影を見つけた。
(あ、あれは見間違いじゃない!猫耳頭巾とかぼちゃパンツ!絶対にそうだ!)
洛陽に来てから数か月。ずっと探していたけど、今まで見つけることが出来なかった人物の後ろ姿に、俺は心が躍った。
――ドンッ
「す、すみません!」
荀彧の後ろ姿に目をとられてしまっていたので、路地から出てきた人に気がつかず、その人とぶつかってしまった。
「一刀ぉ、何しとるんや?可愛い娘でもおったんか?」
李典隊長がそうニヤニヤしながら聞いてきた。
「ち、違いますよ!」
すこし動揺してしまった俺は、慌ててそう答えた。
「慌ててるところが怪しいなぁ」
ニヤニヤしたまま、李典隊長が俺の顔を覗き込んできた。
「い、いいから警邏してください!周り見て!不審者いないか気を配ってください!」
恥ずかしさからか、顔が熱くなってしまったけど、どうにかそう言った。
「何があったんか、後で聞かせてもらうからな?」
そう言いながら、李典隊長は視線を前に戻した。
(ふぅ。言い訳なんて言おう……。そ、それより荀彧は!?)
俺はさっき荀彧を見かけた辺りを見た。
(……いた!)
なんとか見つけることが出来た俺は、人にぶつからないように注意しながら、目線で荀彧の後ろ姿を追った。
(あいつどこに行くんだ?)
周囲をきょろきょろ見ながら、荀彧は大通りを進んでいた。
(俺に見つからないように注意を払っているのかな?でも、そこまできょろきょろしたら、逆に目立ってるぞ?)
久しぶりに見る荀彧の後ろ姿が可愛らしくて、俺は思わず微笑んでいた。
(お。店に入ったな。あそこは確か……本屋か。勉強熱心だなぁ)
ふと、そんなことを思っていると、遠くで誰かが叫んでいるような声が聞こえた。
「うん?なんや?」
李典隊長もその声に気付いたのか、声がする方に目を凝らしていた。
「なんでしょうか?」
他の隊員が李典隊長にそう尋ねた。
「あれは……暴れ馬や!馬車を引いとる馬が暴れとる!」
李典隊長の声で、隊員たちに緊張が走った。
「こっちにくる!お前ら、通りの人間をどけさせぇ!大至急や!」
「「「「はっ!」」」」
李典隊長の一言で、隊員たちが通りの両側に散らばる。俺も散らばりながら、からくり同好会で発明した笛(現代のホイッスルのような笛)を鳴らして、周りに注意を促した。
――ピィィィィィィ!
その音に驚いたのか、通りを歩いている人たちが一斉に俺の方を向いた。
「暴れ馬が来ます!みなさん!急いで端によけてください!」
俺がそう叫ぶと、先輩たちも方々で叫んだ。
「大通りを開けてください!みなさん、急いで!」
「私たちよりも後ろによけてください!端によけたら横に広がって!他の人もよけてこられるように!」
そうして叫ぶ先輩たちの声にも促されて、大通りを行きかっていた人波が、真っ二つに割れた。
「来たでぇ!」
李典隊長の声の方を見ると、馬車を引いてる馬が、ものすごい速度でこちらに走ってきていた。本来、馬の手綱を握っている人物がいるべき場所に人影はなかった。
ふと、先ほど荀彧が入って行った本屋の辺りを見ると、見覚えのあるフードをかぶった人物が、避難してきた人波に押しだされて、大通りに倒れ込んだ。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえた。その瞬間、俺の体が勝手に走り出していた。
「荀彧!」
そう叫んだ声が聞こえたか、聞こえないか。そんなことはわからなかったけど、とにかく俺は、倒れこんでいる猫耳頭巾の女の子のところまで駆け寄り、その娘を抱きしめ、暴れ馬に背を向けた。
「一刀ぉ!」
李典隊長の声が聞こえたかと思うと、背中にこれまで感じたことのない衝撃を感じた。
――ドカッ!
一瞬背中に衝撃が走ったかと思うと、俺は宙に浮いていた。きっと馬に吹き飛ばされているのだ、と頭では理解したが、だからと言って何かできる訳ではなかった。
(せめて、荀彧だけは……)
ただ強く、そう願った。
――ガシャァァンッ!
木でできた壁を頭から突き破って、俺はどこかの店の中へと吹き飛ばされた。
「一刀!」
遠くから李典隊長の声が聞こえてくる。
(荀彧は!?)
朦朧とする意識のなかで、俺は両腕に神経を集中させた。
かすかに、けれど確かに、女の子の手が俺の腕を掴んでいるのがわかった。
(よかったぁ……)
その感触を確認してから、俺は意識を手放した。
「一刀!しっかりせぇ!一刀!」
李典隊長の声は、もう聞こえていなかった。
あとがき
どうもkomanariです。
なんとか5話目です。今回は一刀君の頑張りの回です。
わかる方には今後の展開が丸わかりだなぁと思いますが、僕の足りない頭フル回転で、頑張って書きました。
ちなみに、一刀君が掛持ちで所属している警備隊内の同好会は、もちろん僕の創作です。違和感を感じた方もいらっしゃるかも知れませんが、許していただけると嬉しいです。
さて、やっと前半の山場にまで来れました。今後の予定としましては、次の6話目で、やっと全体の半分ぐらいになりそうです。僕が今まで書いてきた中で、最長なのは間違いないですね。
色々と変なところがあるお話だとは思いますが、気になった点などございましたら、コメントやショトメなどを送っていただけると嬉しいです。できる限り、お答えさせていただきます。
それでは、今回も閲覧していただき、本当にありがとうございました。
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なんとか5話目です。
今回は、一刀君の頑張りを表現できればいいなぁと思って書きました。
そんな作品ですけが、誤字・脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。