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艦隊 真・恋姫無双 143話目 《北郷 回想編 その8》

いたさん

今回、何時もより三千字ぐらいの文章です。今週中にもう少し付け加える予定です。 7月27日に追加しました。 そのため、28日の投稿は休ませていただきます。

2019-07-08 00:19:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:883   閲覧ユーザー数:821

【 救手 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊側 魏軍 にて 〗

 

 

三国の将兵の内、左翼、右翼は果敢に深海棲艦を圧倒するかのように攻めまくる。 武将が強敵達を優先に倒し、残りの駆逐艦クラスを兵が集団で追いたてた。 

 

決着は三國の軍勢へと、天秤が傾いていると思われていたが、中央の動きは……逆だった。

 

 

『霞っ! お前は幾つ斬った!? 私は既に五十を越えたぞ!!』

 

『へえ~、春蘭は十以上の数を数えられるのかいな?』

 

『茶化すな! それぐらい軍を預かる身、当然の事だ!』

 

『ちゃうちゃう、ウチは褒めてるんやでぇ──っと! ほい、今ので六十越えたわ!』

 

『ええいっ! これでは私が華琳様に褒められないではないかっ!! 早く私の相手は来ない─────ウオッ!?』

 

 

隣での飛龍偃月刀を水車の如く回し、襲撃してくる相手を片っ端しに葬る張文遠《 真名……霞 》

 

これを見た夏侯元譲《 真名……春蘭 》は、自分の撃破数が負け込んでいる事もあり、苛立ち気味に敵を睨み、次の相手を催促する。

 

だが、皮肉にも敵が寄越した物は、攻撃対象ではなく攻撃手段。 具体的に言えば、頭上の少し前から敵艦載機より発射された、魚雷が春蘭を目掛けて接近した。

 

されど、春蘭は愛剣七星餓狼を構えて突っ込み、即座に魚雷と一瞬だけ交えると、魚雷は目標を失ったように進み、敵味方が居ない海域で、縦に真っ二つと切断され、あえなく爆発。

 

そして、詰まらない物を斬ってしまったとばかりに、空を飛び回る艦載機を一瞥すると、差し迫る新たな敵を斬る。

 

数回の突撃が終わり、散発な攻撃に変わったので、代わりの兵達と交代して場所を譲ると、同じく代わった同僚も同じように頭上を見上げた。

 

 

『おのれぇ………頭上からの攻撃ばかり! これでは撃破数に足りんではないか!!』

 

『──ったく、えげつない攻撃ばかりしくさるわっ! 幾ら神速のウチでも、届かへん場所は流石に無理やでぇ!!』

 

 

春蘭と霞は、二人とも不満げに後衛の人物にぷーたれる。

 

後衛と全体指揮を任されたいた夏候妙才《 真名……秋蘭 》が、その理由を簡単に説明し納得させた。

 

 

『華琳様は死守を命じられれたのだ! その為に、私達は何としても此処より先、敵を通らせないようにするまで!!』

 

『いや、どないしても無理やん! コイツらの相手、無茶苦茶キツいでぇ!!』

 

『いや、華琳様が命令されたのならば、必ず勝てる! うおおおお──っ!!』

 

『しゅ、春蘭!? ウチの話……おいっ! ちょっち待ちいなぁ──ッ!?』

 

 

実のところ、三國の軍勢の内、魏軍だけは一刀達より少し離れた場所まで敵を追い込むと、それ以上は進軍せずに待機していた。

 

 

その理由は、二つある。

 

 

その内の一つが、深海棲艦───空母ヲ級の存在。 

 

彼女が魏軍に対し艦載機を飛ばし、未知なる空からの爆撃攻撃を仕掛ける。 だが、魏軍には《艦載機に対抗する対空兵器》というは存在せず、ものの見事に翻弄されていた。

 

 

そして、もう一つは───魏軍全体の兵数が少ない。 

 

 

本来ならば、三國の中で最大領土を誇った魏だから、他の二国より倍の数を出せる筈。 しかし、現状の人数は二国の半分。 将さえも、この三人のみである。

 

だから、今の魏軍にとっては、荷が重かったのだ。

 

一時的に春蘭の士気が上がっても、対応が出来ない程に。

 

 

『ええーい、秋蘭! お前の矢で射落とせないのかっ!?』

 

『無理だ、姉者! 何回か放って見たが、相手も空を自在に動く身! 十回に三回は逃し、それが私の邪魔や被害を増やしに来るんだ!』

 

 

そんな軍勢だが、前衛に春蘭と霞が前線に赴き、襲い掛かる深海棲艦達と激闘しながらも、何とか士気を上げ軍列の崩壊を防ぐ。

 

そして、後衛に秋蘭が控え、弓隊を率いながら全体の指揮をとっている。

 

 

『チィ………また、ウチらの兵がヤられたわ……』

 

『負けるなっ!! 華琳様の……いや、私の仲間である北郷が背後に居るのだ! 死力を尽くして踏ん張れ!!』

 

『…………いやな、惇ちゃん。 ええ事いってるのは分かるけど、ウチら全員、死んでる身やで?』

 

『言うな、霞。 そんな姉者のところが、私の士気高揚に繋がるのだ』

 

『…………さよけ』

 

 

だか、魏軍の被害は増大。 

 

いかに三國の兵が実体のない者であっても、一定のダメージを喰らえば、光となり消えてしまう。 深海棲艦達の攻撃は、流石に伊達ではなかったのだ。

 

今の状況では、何とか敵を食い止めるのが、精一杯の状況。

 

 

『こうなれば、私が突撃粉砕勝利するしか───』

 

『アホんだらぁ! ただでさえ猫の手も貸りたい時に、なぁにぃ蜀のちびっこみたいな事ほざいて一人で熱くなっとん!? 春蘭が抜ければ、ここは直ぐに潰れとるわぁ!』

 

『くっ! そ、それではどうすればいいっ!? このままでは、三國の中で魏軍が早々に負けてしまうぞ!?』

 

『やかましい! 分かりきった事をほざくより、一匹でも早うようけに斬り捨てる方が肝心やでぇ!!』

 

 

互いに騒ぎを起こしているが、霞と春蘭の武器を持つ手は止まらず、前方で大挙して来る深海棲艦達を瞬く間に撃滅する。

 

だが、そんな勇猛果敢な攻撃も、後方より次々と進行する新手に対し、これと言った決定打とはならない。 

 

むしろ深海棲艦達は、前で敗れた仲間達の死骸の上を粛々と進め、更に仲間の屍を盾、または屍を投げて攻撃の手段にと変え、魏軍の防壁を崩し侵略を許す結果となっている。

 

あの曹孟徳が率いた精強な軍勢でも、近代化の果てに生まれ出た深海棲艦には敵わないのか………と思われた、その時。

 

 

『………驚いた。 確かに艦娘ではないのだな。 無能と聞いていたAdmiralが、我が国に伝わるWalküre(ワルキューレ)に護られていたとは……』

 

『『『─────!?』』』

 

『─────ならば、此方も手助けしよう! 攻撃隊、発艦始め! 叩くのは深海棲艦のみだ! 蹴散らすぞ!』

 

 

後方より、聞いた事の無い女性の声が厳粛に響き渡る。

 

春蘭達は深海棲艦達の相手をしているため、後方を振り向く事は出来なかったが、その声の主が何をしたかは、直ぐに理解できた。

 

後方から現れた、空飛ぶ未確認飛行物体………と言っても、春蘭達から見れば、深海棲艦側の艦載機と同じ物。

 

だが、これが提督、司令官諸兄が望めば、直ぐにお気付きになるだろう。 艦娘側の艦載機だと言うことを。

 

その艦載機達は、魏軍を苦しめられた深海棲艦側の艦載機に接近し、直ぐに交戦を始めた。 

 

数度の空中戦で、空を飛び交わっていた深海棲艦側の艦載機は全て沈黙。 更に、その艦載機達は、魏軍に近付く深海棲艦にも痛烈な打撃さえも喰らわした。 

 

この一助により盛り返した魏軍は、深海棲艦達を跳ね返す事に成功。 

 

何とか、危機は脱出できた。

 

 

『今の攻撃………どないなってん?』

 

『わ、私に聞かれて、分かるものかぁ!! おい、秋蘭! 華琳様から何か話を聞いていないか!?』

 

『………………私の方こそ逆に聞きたい。 だが、一つだけ言えるのは、私達は無様な真似をせずに済んだ、これだけだ』

 

 

援護してくれた者のお陰で、一息つく事ができた魏軍。彼女の力がなければ、危うく壊滅の危機に陥るところであった。

 

だが、手を差し伸べた理由が分からない。 

 

彼女達は、今の一刀達に自分達を助ける力など無い事、そして艦隊より出撃した艦娘が一隻も居ない事を、既に知っていたからだ。

 

そんな些か混乱気味の三名の会話に、その援護の主が聞いた覚えが無い言葉を使いながら、話し掛けてきた。

 

 

『───Dem Mutigen hilft Gott( 神は勇気のある者を助ける )と言うが、なるほど。 あのAdmiralは、かの大英雄ジークフリートに匹敵する……それほどの逸材か』

 

『………………』

 

 

海上をユックリと歩いて来た人物を見れば、一刀の周囲に居た者達と同じような装備を見受けられる。 自分達を救ったという事実も加われば、味方と考えてもいいだろう。

 

だが、この艦娘の一番近くに居る秋蘭は、警戒を隠さない。

 

何故なら、ここは戦場。 

 

一刀の側に居た艦娘は大体覚えていたが、誰もが険しい表情を宿し、装備も服装もボロボロだった。

 

それが、このような身綺麗な状態で現れたのだから、警戒せねば将として謗りを受けよう。

 

 

『そう怖い顔をしないでくれ、Walküreの一人よ。 私は君達の味方だ。 この艦隊のAdmiralを助けるために……来た』

 

『…………………』

 

 

そう言って軽く頭を下げた艦娘は、秋蘭に自分の名と所属を明らかにした。

 

 

『私の名は……Graf Zeppelin級航空母艦一番艦、Graf Zeppelin。 帝国海軍大本営、元帥直属艦隊に所属する、艦娘の一隻だ』

 

 

 

◆◇◆

 

【 憂鬱 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

───旧知の知り合いの如く接してきた金髪の少女と、潮達が世話になったという赤い艤装の艦娘の間で、二三のやり取りがあったと思えば、目映い光が起こり───

 

一刀の視点で見れば、このような前書きになりそうな状態が起き、その光が終息する頃には、漁船の甲板に絶望視された長門達の横たわる姿があった。

 

 

『長門、天龍、龍田───』

 

『はい、そこまで!』

 

 

一刀が思わず駆け寄ろうとした時、その少女が一刀の目の前に回り込み、彼女達へ近付けないように手を広げ、行く手を阻んだ。

 

 

『な、何を!?』

 

『あの戦い振りを見て、今の現状を弁えなさい!』

 

『─────!』

 

 

思わず文句を言いそうになった一刀に、その少女は美麗な顔を海域に向けた。 思わず釣られて同じ方面を見れば、かの将兵と深海棲艦達が激戦を繰り広げている。 

 

顕現した際に一刀へ頭を下げた兵達が、自分達の体躯より遥かに大きい深海棲艦を相手取り、勇猛果敢に突き進み踏み込み、手に持つ武器を振るう。

 

中には、深海棲艦に弾き飛ばされたり、砲弾の直撃を受けて一瞬の輝きを残し消え去る者。 武器が破壊され素手になっても、深海棲艦に飛び掛かり動きを妨害する者が居た。

 

艦娘と違い、彼らの戦い振りは普通の人間と同じ。 ただ違うのは、海上を自由に走り回れることだけ。 

 

そんな非力な彼らなのに、どうして此処まで立ち向かい、深海棲艦の行動を阻止しようとしているのが、全く分からなかった。 

 

だが、一つだけ言えるのは、彼らの働きが………一刀や艦娘達を護り抜く防波堤となっていること。

 

そんな彼らに報いるには、無事だった長門達に付き添う事では無い。 安否が確認さえ出来れば、誰かに任せ、なるべく安全な場所へ運んで貰えばいいだけだ。

 

目前に居る深海棲艦の本来の相手は───艦娘。

 

ならば、一刻も早く戦ってくれている兵達に加勢し、深海棲艦を撃ち破らなければなるまい。

 

それができるのは、艦隊を率いる提督の自分──北郷一刀だけだと、改めて気付いた。 

 

何やら覚悟を決めた一刀の姿に、口角を少しだけ上げるが、少女は厳しい口調で改めて一刀に説明を加える。

 

 

『理解できたようね。 その子達が大切なのは充分理解しているけど、一刀を助けたいと思っている者達は、その子達以外にも居るし、実際に獅子奮迅の活躍を見せているわ』

 

『……………………』

 

『ここは戦場。 何時、何処で、誰が、その命を散らすか分からない、そんな場所よ。 それなのに、目の前の命が助かったと言って、周りの命を顧みないのはどうなの?』

 

『そ、その通りだ。 申し訳ない』

 

 

一刀は言葉の意味を理解して、少女に謝罪する。 先程までは少女の態度に苛ついたが、今は納得して頭を下げれた。

 

 

『直ぐに……出来るだけ損傷が少ない艦娘で艦隊を編成し、君達の手助けを───』

 

『………………』

 

 

一刀は精一杯現状を踏まえて思案し、それなりの行動をすると示したつもりだが、少女からは何故か冷たい視線を受けた。

 

その予想外の反応に思わず冷や汗を流し、頭の中で自分の考えを反芻し、別に間違いなどしていないと確信する一刀だが、此方を冷ややかに見る少女の視線は止まらない。

 

 

『べ、別に間違っては…………』

 

『そうね、確かに間違ってはないわ。 他者を思い遣り、現状の兵力で困難を打開しようと考えるのは、将としては当然の決断よ』

 

『じゃあ───』

 

『その前の前提が間違っているの! 私は言った筈よ! 周りの命を顧みないのはどうなの、って!』

 

 

勢い込んだ少女が一刀の前まで近付け、その整った顔で迫る。 ある意味ご褒美と言いたいところもあるが、この切羽詰まった状況には関係ない。

 

流石の一刀も長門達を助けて貰った手前、その言葉に対してムムッと顔をしかめ、再度考える。

 

 

周りの命───だから、深海棲艦と戦う者、一刀に従う艦娘達、そして自分を助けてくれる彼女達を気遣い、考えたつもりだった。

 

他に味方なんて居たっけ?──などと考えたが、他には誰も居ないし、思い付かない。

 

そんな一刀の前方より、諦めたと言わんばかりに溜め息が聞こえ、慌てて見れば少女が哀しげに呟く。

 

 

『………………やっぱり、気付いていないようね。 一刀の部下が居る手前、此方が配慮して遠回しに忠告したのが裏目に出たわ。 こんな事なら………ハッキリと言えば良かった』

 

『……………な、何を……』

 

 

あまりの落ち込む様子に、つい心配した一刀が声を掛けようとする。

 

だが、その伏せていた少女の顔が上がり、その表情を見た途端、一刀は思わず近付いた一歩より遠くへ退く。 

 

何故なら、少女の顔は涙を湛えながら、怒りの表情で一刀を睨み付けていたのだから。

 

 

『一刀! 貴方の、貴方自身の命は、どうしたのよっ!!』

 

『お、俺っ!? 俺は、別に………ただ言われて気付いて、皆を……何とかしようと思って………』

 

 

指摘されて思わず驚く一刀だが、その顔は実に不思議そうな表情を見せる。 

 

それは驚くのも当然だ。

 

何故なら、一刀は少女の指摘通り、周囲の命を手助けしようと、頑張っていたからだ。 

 

己は重傷の身のまま……で。

 

 

今回の場合、少女の言葉が【 明確な始点となる場所 】を定めなかったのが原因である。

 

【周りの命を救え】………その言葉の意味をそのまま取ると、すぐに思い浮かぶは、自分を中心とした範囲を確認しようとするだろう。

 

この場合は、【 少女の始点からすれば、一刀は少女の周りの範囲という人物 】に入るし、【 一刀を始点にしれば、一刀を除く範囲の人物 】となる。

 

 

生前は沈着冷静、才気煥発と言われた少女にしては、余りにもお粗末な話。 しかし、あの別れより幾星霜の流れを経て出会った身の上、これくらいの間違いなど些細な事。

 

 

『そんな満身創痍の身体で、指揮を取ろうとするなんて! もし、何かあったら! 心配して駆け付けた私の、私達の意味がないじゃない!!』 

 

『いや………俺は……提督として………』

 

『提督とか孟徳とか、ついでに玄徳なんか関係ないわよっ!』

 

『そんなとこで……三国志の有名人が出てくるのが……』

 

『揚げ足を取らない!!』

 

『───は、はいっ!!』

 

 

そこまで喋ると、少女は涙を溢しながら一刀に飛び込む。

 

当の一刀には……急な展開に身体を硬直させ、腕一本さえ動かせないまま。 

 

そんな一刀の胸に頭をつけたまま、少女は小さい声で呟いた。

 

 

 

『……………記憶が無いとは言え、少しは私も気に掛けなさいよ、馬鹿……』

 

 

◆◇◆

 

【 使徒 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『うわぁ~ん! 長門さん達、無事で無事でぇ……良かったよぉぉぉ!!』

 

『…………そうだな。 正直、生還は絶望視していた。 それが、こうして戻って来てくれるとは………』

 

『うんうん!!』

 

『これは私が信仰する瑞雲の神に、感謝だな………』

 

『…………何それ?』

 

 

少女の助言に従い一刀は命じ、長門達を安全な場所へ移す為、瑞鶴と日向、他数名の艦娘と共に運んでいた。

 

外は未だに激しい戦いが続いているが、謎の軍勢は漁船と距離を開けるように戦闘を始めていたので、ある程度の安全は確保されている。

 

だが、砲撃による閃光の不快さ、そして流れ弾の心配がある為、漁船の船室へ運び込むようにしたのだ。

 

そんなおり、船室の扉を開くと、赤毛の髪を持つ若い男が一人、船室の椅子に座り腕を組みながら目を瞑っていた。

 

 

『あ、あれ? 何で…………』

 

『────ん、患者か?』

 

 

瑞鶴の声で気付いた男は目を見開き、運ばれた長門達の姿を確認すると、気合いの入った声で語り掛けてきた。

 

 

『患者が居るのなら、この俺の出番だな。 ああ、心配しなくても大丈夫だ。 俺は医者の───』

 

『……………』

 

 

医者を自称している男を無視して、瑞鶴達は背負ってきた長門達をユックリと床に降ろしていく。 男は騒がしく何か叫んでいたが、日向が黙るように伝えると口を閉じた。

 

 

『日向さん、あの男……何でしょうね?』

 

『わからん。 あの島に居た男は中将の腰巾着だった上官だけしか見ていないが、提督の話によれば島に残っているらしい。 あと、考えられるのは………』

 

『うーん、島に残って居た艦娘の整備担当者………ってとこかな。 何か私達を直せるような事、言ってますから………』

 

『上官達と喧嘩し、隠れて乗り込んでいたところ、この海戦に巻き込まれたか………筋は通るな』

 

 

今までの状況を踏まえ、かの男の正体を推理する二隻。

 

瑞鶴も日向も、自分達が鎮守府に居る時は、上官達な冷や飯を喰わされた身の上。 警戒するのも無理は無い。

 

だから、まだ余力が残る瑞鶴と日向が医者を自称する男を見張り、他の艦娘達が長門達を世話を行うように手配した。

 

それから、少し時間が経過し───

 

 

『…………』

 

『何を見ている。 艦娘とはいえ、提督ではない異性にジロジロと見られるのは、不愉快でしかないのだが?』

 

 

瑞鶴や日向から診療を断られた男は、始めは心配そうに長門達の様子を見ていたが、何を思ったのか今度は瑞鶴、日向をガン見して、ふむふむ、ほほーと感嘆の声を漏らしている。

 

 

『いや、身体の気の流れを見ていた。 不思議な流れだ。 今までの患者達の流れとは、全く違う。 一番近いのは……貂蝉や卑弥呼あたりか………』

 

『おい、いい加減に───』

 

『た、大変! 早く来てぇ!!』

 

『『─────ッ!?』』

 

 

そんなおり、長門を見ていた艦娘が慌て出した! 

 

思わず見れば、長門が苦しそうに唸り、両手で胸の中心部分を押さえている。 何らかの容態悪化の原因があるらしいが、その原因は全くの不明。

 

瑞鶴や日向が駆け付け、長門に声を掛けるが、ただ苦しそうに呻くだけ。 他の艦娘も戦いこそは何とかこなせるが、こんな事態には全くの無力。

 

日向は長門の様子に臍を噛むしかない。

 

自分達の力不足を悔やむが、後の祭り。 いや、それよりも………長門にもしもの事があれば、自分達を救ってくれた提督の落ち込みは如何様になるか。

 

 

『頼む、一刻の猶予もならないんだ! 俺に診察させてくれ!』

 

『─────!?』

 

 

そんな声が真横から聞こえ、そちらに視線を移せば、あの男が艦娘達に捕らえられながら、大声で叫んでいた。

 

 

『君達の気の流れは理解した! 俺が診察すれば、彼女を救える事ができるんだ!! だから、頼む! ここを通してくれっ!!』

 

『アンタなんかに何ができるのよ! 私達の整備には資材や設備が必須なの! 手ぶらのアンタに長門さんが救える訳がないじゃないっ!!』

 

 

瑞鶴も男を警戒し、通せ通らせないと言い合いを始めていた。 

 

思えば、瑞鶴も他の艦娘も、自分達の提督達には苦汁を飲まされていた。 そのため、男を見ると拒否反応を起こして、どうしても対応は辛辣になるようである。 

 

 

────あの提督は別にして。

 

 

そんな応酬が三回ほど続いた後、日向が声を掛けてきた。

 

 

『─────瑞鶴、彼を通してくれ──』

 

『ひゅ、日向さん!?』

 

『私達だけでは………悔しいが何も出来ない。 だが、そこの彼は長門を救えると言うのだ。 ならば、私達は彼に頼むしかあるまい』

 

『…………わかりました』

 

 

日向の一声で男は艦娘達から抜け出し、礼を述べてから診察に入った。

 

 

『どうだ、治せるか?』

 

『任せてくれ! ゴッドウェイドォオォォォ!の名に掛け、患者を必ず救ってみせるっ!!』

 

 

燃える目を見せつつ心強い言葉を口にする男に、日向は頷き、瑞鶴達と共に距離を取る。

 

距離感は、男の医療行為の邪魔にならず、されど何かあれば止めれる範囲にて、皆で男の行動を凝視。 ついでに、長門が動くのを押さえる為、数名の艦娘が手足を掴んでいる。

 

艦娘から期待と警戒された男は、長門の様子を慎重に窺いながら、懐から黄金色に輝く針を取り出す。

 

 

『針………って、針治療? 艦娘相手に効くわけ……』

 

『黙っていろ!』

 

『はいっ!!』

 

 

日向と瑞鶴が小声で話す間に、男は長門に近付き、まるで呪文を詠唱する魔法使いの如く、大声で素早く言葉を紡ぎあげる!

 

 

『我が身、我が鍼と一つなり!』

 

 

その言葉が発動の合図か、男が手に持つ金色の針が輝き始めた。 まだ、微かな明かり故、室内を照らす照明灯には及ばないものの、それでも灯りという意味合いには問題ない。 

 

更に、男の詠唱は続く。

 

 

『一鍼同体! 必察必治癒!!』 

 

 

男が一言一句を唱えるに、所持している針に膨大な力が収束し、黄金色が更に輝きを増す。 

 

 

『全力全快!! 病魔覆滅!!!』

 

 

男の詠唱が最後に入ったのか、黄金色の針を頭上高く持ち上げる。 かの針は、今では室内の照明灯より輝きを増し、その黄金色を余すことなく全体に照らしていた。

 

男の視線の先は、既に痛みで意識が無くなり、そのままの姿で横たわる長門に向けられ、目標を定めている。

 

そして、金の針を頭上高く持ち上げ、最後の詠唱と共に狙っていた長門の身体へと、一気に突き刺した! 

 

 

『げ・ん・き・に・なぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 

 

 

 

 

『────私は思うんだ。 あの方は、きっと………瑞雲の神が遣わされた使徒だと』

 

『日向さん、寝惚けた事を言ってないで、早く長門さん達を移動させて下さいよっ! こんな埃っぽい所じゃ、せっかく回復した体調が、また悪化しちゃいますから!!』

 

 

男の治療のお陰で、長門達は勿論、疲れきっていた日向さえ達も治療し、その男は暑苦しい笑顔を艦娘達に向けると、踵(きびき)を返し船室を出て行った。

 

 

『まだ、俺を必要としている患者が待っているんだ』

 

 

と、言い残して。

 

 

男が去り、ようやくホッとした艦娘達だが、気づけば辺り一面埃だらけだったのに気付き、慌てて簡単な掃除を始めた。

 

運良く箒等が置いてあったからであり、ついでに危ない箇所も出来るだけ補強し、なるべく居住性の確保を優先。 それなりの居心地がいい船内になったのだ。

 

日向は懐より瑞雲を取り出すと、掃除をした目の前の床に置き、正座してからパンパンと柏手を打ち、祈りを捧げる。

 

 

『瑞雲の神よ、また使徒に巡り合えれるように───』

 

『だから、あの人は使徒じゃなくて……』

 

 

このやり取りの数十分後、その男と再会し、かの男が三国志で有名な華佗であると、今の時点で知る事もなかった。

 

 

 


 
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