【 決断 の件 】
〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗
辺りは既に日が暮れ、大海原と周辺を真っ暗に染め上がる中、前方より時折走る閃光が闇を引き裂き、轟音と衝撃で大小の波が生まれ、小さな漁船を何回も揺さぶる。
『───参戦を……提督さんに?』
『ああ、このままでは私の矜持が許さない。 提督に直言し、是非を問うつもりだ』
『………………』
『勿論、強制的な考えはしない。 これは、私の我が儘に過ぎないのだから。 瑞鶴に伝えたのは、ただ単に……角が立つと思ったまでだ………』
そんな中、怪しい未知なる医者との遭遇を果たした日向と瑞鶴が小声で会話を交えた後、一刀の側へと訪れる為に船内を出た。
船内に居た為、多少の影響は抑えられていたとはいえ、外に出て思うのは、戦場特有の空気が濃く感じられる。
漁船内部にあった照明器具のお陰で何とか歩けるが、気をつけねば腐った板に足を取られそうになるので、慎重に歩を進め、臨時に上官となった一刀の下へ向かった。
とは言っても、小型の漁船ならば高が知れている。 幾ら慎重に動いたとしても、十分も掛からない。
だから、あの摩訶不思議な戦いを、艦首より注視する彼女達が探す人物など、移動する間に比べれば僅かな時さえも必要なかった。
『提督、折り入って話たい事が………むっ!?』
『『…………………』』
一刀を見つけた日向は、直ぐに声を掛けようとしたのだが、その側に影の如く佇み者が居るのを知り、思わず口を閉じる。
常人より遥かに優れた感覚を持つ艦娘を欺く者達が、一刀を護るかのように左右に一人ずつ佇んでいたからだ。
一人は、日向を冷ややかな表情で眺める金髪巻き毛の美少女。 もう一人は頭部全体を覆う艤装の中で、唯一見える口を一文字に引き締め、静かに佇む赤き艦娘が並び立つ。
長門達の救出後、他の艦娘と交えず、ここが自分達の居場所だとばかりに動かない異質な者達。
その者達が放つ重苦しい空気を受け、日向は思わず懐へ大事に収めた瑞雲を服の上より手を押し当て、そのまま深呼吸を数回繰り返して、己の正気を保とうと努める。
『………よし!』
自分が動じれば、後の瑞鶴が怖れる可能性があると気付き、思わず取った行動。 だがそれは、間違いなく日向に勇気と活力を与え、自分に纏わりつく恐怖を払拭できた。
そんな中、一緒に来ていた瑞鶴に反応が無い為、自分と同じように恐怖に駆られて動けなかったと思い、声を掛けようとしたが、目を見張る瑞鶴の視線は別の方角を望んでいる。
『あ、あれ? 提督さん………?』
『─────!』
瑞鶴の思わず呟いた言葉に、彼女の驚いた対象を確認をなさんと、日向は二人の人物から最初の目標である人物へと初めて視線を移す。
そこには、あの二人を護衛とするかのように左右に置き、中央には日向達に背を向け、前方を海戦を見つめている一刀の様子が朧気に確認できた。
前面の海上を腕組みしながら見据えていた北郷一刀。 当然、日向達から見えるのは白い軍服を着用した背後のみ。
しかし、この船に合流した際には、痛みを恐れて歪(いびつ)に見えた姿勢が、今では威風堂々とした背中を此方に見せ、武人として好ましい体勢だと思わせた。
他にも、巻いていた応急処置の留め具も外し、何かの拍子に向ける横顔には、痛ましい青アザや擦り傷が殆んど目立たない程度に収まっている。
『これは………喜んだ方が良いのか?』
『そ、そんな事、私に聞かないでよ! 今の状況じゃ……素直に喜べないけど、提督さんの容態が良好なのは、長門さん達にとって安堵する……何よりの薬になるんじゃないかな?』
『そうだな。 瑞鶴の想定通りだと思うとしようか』
この一刀の様子を見て、事情を知らぬ者なら大騒ぎするであろうが、事情を知る日向達は違う。
この回復を通常とは異なると理解していた。 そして、直ぐに思い浮かぶは………立ち去った赤毛の熱血漢。
『これって………あの人の仕業……だよね?』
『流石は瑞雲神の使徒だ。 私の考えを読んだが如く舞台を整えて下さるとは』
『…………さっきの様子からしても、人の意見を尊重するような人じゃなかったよ?』
『これもやはり、日頃からの熱心な瑞雲信仰の賜物だな!』
『それ、絶対に違うから!!』
つい先程、彼の者が行った独自の治療方法による回復を、少し前に接したということも勿論ある。
たが、何より彼は……患者を探していると言っていたのだ。 ならば、狭い船内で此処に立ち寄るのは必然なのだ。
少し考えれば理解できる筈なのだが、知ってか知らでか滔々(とうとう)と讃えた日向に、瑞鶴が冷めた口調で突っ込みを入れる。
まあ、言いたい事は分かるが……つい熱くなった彼女達は、本来の目的を忘れていた。
『────来てくれたか』
『『………………!?』』
自分達の目的は熱血漢の行動ではなく、この艦隊を纏める提督に話があったと言う事を。
◆◇◆
【 具申 の件 】
〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗
些細な内輪揉めは、その会話に気付いた一刀が声を掛けた事により終わる。
第一声が上擦るような発音に聞こえたのは、決して聞き間違えではないだろう。 顔を見れば、嬉しさを隠せない笑顔。
合流してから、この提督──北郷一刀から笑顔を見た事は無かった。 苦痛、悲哀、憂愁と……苦悩する姿ばかりだったのに関わらずに、だ。
この一刀の様子を見て、日向達は確信する。
この場所に赤毛の熱血漢、長門達に治療を施した医者が、此処を訪れていたという事実に。
『長門達の件は聞いている。 色々と心配してくれたみたいだね。 あの娘(こ)達の代わりに礼を言わせてもらうよ』
『『………………』』
寄せ集めで纏められた艦隊で、臨時に提督となり指揮を振るう一刀は、そう労いの言葉を掛けながら軽く頭を下げる。
口調も態度も軽いが、その心情は計り知れない程の喜びに満ち溢れている事を、その顔に浮かぶ表情の移り変わりを目前で見てきた彼女達は知っている故に不満は無い。
だからこそ、次に言いたい事も理解していた。 普通に考えれば、運び込まれた長門達の経過報告だ。
あの医者から処置の内容は聞いていると思うが、その後の経過は当然ながら看護していた日向達が詳しい。 そして、人一倍心配していた一刀が気にするのも無理は無い。
だが、一刀が次の言葉を発する前に、日向から先に動き出した。
『提督……君に、話があるんだ』
『俺に………か?』
唐突に話し掛けてきた日向に、少し驚きながらも一刀は耳を傾ける姿勢を取る。
口数少なく真面目そうな日向は素より、明るい性格の瑞鶴までも黙して此方を注視してくるのだ。 何かしら、重要な話を持ち掛けて来たと、考えた為である。
『今、我が艦隊は………深海棲艦により存亡の機へと立たされている。 だが、しかし……不可思議な者達の働きにより、こうして……命永らえている始末だ』
『……………』
『かの者達が参戦してくれた理由は……正直、分からない。 我ら艦娘と……どのような縁があったか知らないが、本来なら命を救ってもらった感謝をさせて貰うべき事案だろう』
『……………』
『そんな気高き義侠心と勇敢なる魂を持った者に対し、私は──我が身の不甲斐なさが……恥ずかしくも悔しい!!』
『……………』
『─────本来の深海棲艦の相手は、私達の筈だ! 私達が身を持って……戦わなければならない筈だった!!』
そう言い放った日向は、両拳を握りしめながら顔を俯く。
先の戦いで、艦隊に迫る深海棲艦を誰よりも多く迎撃し、味方の援護を瑞鶴と共に成し遂げた彼女には、殊勲艦としての傲りなど無く、ただただ己の力不足を嘆くばかり。
日向の後ろに立つ瑞鶴も志は同じらしく、一刀に顔を向けたまま、日向の話に何度も頷いていた。
そんな固くなった日向の身体から力が抜けると、落ち着いた様子を見せる。 そして、一息吸うと、いつの間にか横に並んだ瑞鶴と共に力強く一刀に懇願を始めた。
『だから、頼む!! 今は瑞雲の使徒からの手厚い加護により、負傷は癒え身体も動く! 私に……出撃の許可を与えて欲しい!!』
『て、提督さん! 日向さんじゃなく、私へ出撃の許可を出して! 心配しなくても大丈夫! 艦載機がある限り、私は絶対に────負けないからっ!!』
『……………』
日向と瑞鶴が必死に訴える言葉を、一刀は黙って耳を傾けるのだった。
◆◇◆
【 理念 の件 】
大本営では、鎮守府へ着任する新米提督達へと、幾つか申し渡された内容があった。
その内の一つ。
《 艦娘達は───艦娘の理念により動く 》
《 敵が如何に巨大でも、敵が如何に大勢でも、味方が如何に劣勢でも、艦娘は己の信念に基づき、果敢に敵へと向かう 》
ここでいう、艦娘の理念とは──艦娘として建造され、艦娘として訓練と実践に励み、艦娘として終える者が行動指針として心得るという……有名な一節。
──【暁の水平線に勝利を刻みなさい!】──
本来、この理念は、別の意味であったというのだが、その意味を知る者は……既に誰も居ない。
艦娘を管理する海軍が、自分達の都合と願望を入れたモノを組み込んだ為に変節してしまったからだ。
──【人類と敵対する深海棲艦を打ち払い、大海の平和を齎(もたら)し鎮めよ】という意味の【命令】に──
内容的には……違和感は無い。
だが、その裏では、艦娘として尊重すべき待遇は一切なく、ただ使い捨ての兵器とし流用される、一辺倒の御題目。
だから───
たとえ、練度が低くとも……
身体が傷付き艤装が破損しても
仲間が何隻も沈み、己の生還が困難になっても
後に続く艦娘の為に……
深海棲艦へ一矢を報い、後の攻略への糸口にするのだと。
それが、艦娘として望ましい生き方だと、変えられたのだ。
しかし、今回の三本橋達から受けた愚かな行動により、その誤った崇高な理念さえも、不信と疑心へと塗(まみ)れ、磨り減らされてしまった。
自分達の理念……いや、存在意義さえも食い物にしようとしたのだから、その不信感は相当な物といえよう。
この艦隊に一刀が提督して認められているのも、三本橋に加担していないの明白だったからだ。
『いや、提督! 瑞鶴は出撃する必要は無い! この戦いに出るのは常夜に向かうのと同じこと! ならば、そんな艦娘など───私だけで十分だっ!!』
『何を言ってるのよ!? 日向さんは伊勢さんに会いたいんでしょ!? あれほど気に掛けていたのにっ!!』
『それを言えば、お前もだ! あれほど慕う翔鶴に二度と対面できないのだぞ!? それに、伊勢の事なら心配はない! あの瑞雲の使徒がいらっしゃれば────』
今は、不思議なる軍勢の援軍により、絶体絶命の危機から一生を得た状態。
故に、皆が皆、中破以上の損傷を負っている始末であり、まともに戦える者は殆んどいない。 それに、瑞雲の……華佗の治療で癒されたといえど、艤装の損傷、補給も出来ない。
つまり、出撃すれば……轟沈は確実……である。
だが、しかし───
幾ら寄せ集めだったとはいえ、数日間の付き合い、激戦に身を投じ、共に生死を味わい、武運拙く轟沈してしまった戦友達の為に……何かを成し遂げたいと思うのは別だ。
それに、未熟な自分達の為、最後まで身体を張り生還させようと動いてくれた長門達、提督の一刀への恩義を、今ここで報いねば、何時報いる時があるのかとの焦りもあった。
艦娘の理念こそは無理と諦めても、今の艦隊での勝利に貢献したい───と考える事は諦めない。
それが、日向と瑞鶴が突き動かす理念であり、どちらが出撃するか言い争う理由でもある。
『────話は理解した』
『『────!?』』
日向達の言い争いを収める為、一刀が口を開く。
彼女達の目が、どちらを選ぶのかと注視する。
しかし、一刀はどちらも選ばず、代わりに別の事を伝えた。
────支援艦隊が、もうすぐ到着する、と。
◆◇◆
【 昇格 の件 】
〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗
その一言を聞き驚愕した日向達は、直ぐさま今の動ける艦娘達に集めた。 支援艦隊が来るのなら、自分達も単独ではなく艦隊を組むべきだ、との考えに基づいて。
勿論、提督である一刀からの要請という形で、だ。
だが、現在…………彼女達は、非常に困惑していた。
『皆、この方の話に篤と傾聴するように! さあ、瑞雲の神よ! 貴方の素晴らしさを皆に示して欲しい!!』
『な、何やらよく分からない紹介だが、俺はただの医者に過ぎん! だから、君達より偉いとか、そんな事────』
『流石は瑞雲の神! 私達より遥か高みに立つ御身でありながら、視線を私達に合わせようとするとは………! その尊き御心に感涙して……前が見えないではないかっ!!』
あの冷静沈着な日向が感情を高ぶらせ、三国志に登場する華佗を神と尊称し、艦娘達に紹介した。
始めは戸惑っていた華佗も、医者として言いたい事があったようで、《命は大事にしなければならない》など訓戒を語っている模様。
何故こうなったかは──少し前に遡る。
★☆★
『私には残り少ないけど、艦載機があるから! まだ、十分戦える! だから、私と……ひゅ、日向さんを選んで欲しいの! 提督さんっ!!』
『このまま終わったとなれば、伊勢に合わす顔がない! 頼む、私と瑞雲に更なる活躍の舞台を!!』
一刀の下に集まるよう要請を受け、緊張感を漂わせた艦娘達が集まると、その集団の中より日向達が先に進み出る。
そして、開口一番に言ったのは…………自分達を最初に出撃させて欲しいと言う申し出だった。
日向、瑞鶴とも迷いがない目で見つめ、一歩も後へは引かないと言わんばかりの表情で一刀の返事を待つ……つもりだったようだが、日向の口上に意外にも瑞鶴から物言いが入った。
『ちょっ、日向さん! 私の名前、瑞鶴なんだけど!?』
『間違ってはいない。 物が言えない瑞雲の為、私が代わりに申告している。 何か可笑しな理由でもあるのか?』
『───へっ!? あ、う、ううん……べ、別に無い……です……』
自分が日向の名を入れて頼んだから、日向も言ってくれるかなと淡い期待をしていた瑞鶴。
だが、思わぬ伏兵と逆襲を受け、瑞鶴は両手を甲板につきながら、友情って何だろうと……項垂(うなだ)れた次第である。
────閑話休題 (それは置いといて)
一刀に呼び出された艦娘達は、今こそ最初にして最後の恩返しとして、日向達と同じように高揚していた。
『さぁ、頑張る………っぽい!』
『ふふふふふ………姉さまに逢えないのなら、ここで華々しく戦って散り、あの世で御一緒に!』
『ちっ、借りがあったまんまじゃ寝覚めが悪いからな。 最後の最後だ。 派手に大暴れしてやるよ!』
厄介モノとして見なされた自分達を、最後の最後まで見放さずに励まし、労ってくれた提督。 そして、自分達を囮にするどころか、身を挺する護ってくれた長門達。
あの時は練度も未熟で動けず、攻撃も少なからず受けて轟沈するばかりの情けない身であったが、急に訪れた神風により逆転の兆しが生まれたのだ。
現実的に見れば、日向達や他の艦娘達も、既に華佗より治療を受け、大破の者は中破、中破の者は小破と回復。
そして、幾度の戦闘を行い続けたお陰で練度も上げ、もはや未熟な艦娘とは言えない力を得ている。
このまま艦隊を編成すれば、十二分とは言えないとはいえ、深海棲艦と戦えるだろう。
『今度は………潮が護る番ですね。 精一杯、頑張ります!』
『ふん、そんな心配そうな顔しなくても、最後まで戦うわよ。 ここからが、私の本番なんだから………』
砲弾も燃料も少ないから、全滅は無理かも知れない。
だけど、最後は相討ち覚悟の特攻で行けば、爆発で周囲を巻き込み、あの憎い上官達に一泡吹かせるくらいはできる筈。
それに、提督の安全は……《自分》以外の誰かがやってくれると、皆が思っていた。
たが、一刀の返事は───
『今回の作戦は、川内、神通、那珂以外は………全員待機だ』
『『『─────!?』』』
殆どの艦娘達を戦力外通告をする一刀。
思わず顔を見合した艦娘達は、その理由を問い質そうと口を開きかけた。
『────医を志す者として、せっかく拾えた命を………無意味に捨てるような行為、断じて許す訳にはいかないっ!』
『『『 ─────!?!? 』』』
『───ず、瑞雲の』
しかし、並ぶ兵達の後ろから、赤髪の男が現れて艦娘達へ先に声を掛ける。 その姿を一目見て日向の目が輝き、かの尊称が口から漏れるが、男は一切無視して横を通り抜けた。
一刀は既に男を知っているらしく、目の前に来ると軽く敬礼し、自分の場所を横へ退く。 すると、その場所へ男が移動して、一刀と並ぶように立ったのだ。
『言い忘れていたが、俺の名は華佗。 親友の危機を聞きつけ、その過程で君達の治療を受けもった医者だ!』
『なるほど………友情を重んじ責任感に満ちた御心。 瑞雲の使徒は心構えからして───』
『違うから! 今、華佗だって名乗って、職業まで教えてくれたじゃない!!』
日向達の前へ現れたのは、長門達を治療した謎の医者──華佗である。
あの後、本来の目的である一刀の治療を行う為、とある少女達の仲介により一刀に接触、無難に役目を果たす。
その際、患者の治療に心を砕く、華佗の医者としての矜持に一刀が感銘を受け、艦娘達の今の状態を相談。 華佗も自分の技量を信じる一刀を気に入り、現状を説明。
そして、とある少女も謀議に参加、一計を案じる結果になった訳である。
───まあ、それはさて置き、今の話に戻る。
『君達を治療した技術は、ゴッドウェイドォオォォォと言う医療だ。 多くの者は五斗米道と言ってくれるが、正式な発音じゃない。 出来れば、君達にも正式な発音で………』
『ゴッ………神、だと!?』
『何か、どっかの合体ロボで叫ぶ台詞みたい……』
華佗が発する五斗米道の呼称を、今始めて聞いたような振る舞いをしている二隻だが、これは長門の心配する余り聞き逃し、華佗は華佗で細かい事を気にしなかった故である。
そんな日向の言葉に反応( 別の言い方をすれば、瑞鶴の言葉をスルー )した華佗は、苦笑しながら簡単に現状を話す。
『確かに、世間では神医など呼んでくれていたが、俺なんか先人に比べれば、まだまだ未熟な医者さ! 試行錯誤、日々精進を繰り返し、患者を救う為に今も熱く燃えている!!』
『『…………………』』
そんな熱き意気込みを語る華佗の言葉に、唖然というか呆然とする二隻。
だが、医療技術は長門達の治療で見聞済み。
そして、話の間には出ていないが、一刀の治療も華佗の医療技術で行ったと伝えると、日向達も納得したように頷く。
だが、話が終わると華佗は真剣な顔付きになり、こんな話を切り出した。
『北郷が君達の参加を見送らせたのは、俺の……医者として見解を重要視してくれた為だ』
『あ、アンタに、私達の何が分かるの───』
『待て、瑞鶴。 提督が納得された意見だ。 その旨、私達にも伺いたい』
瑞鶴を片手で制止させた日向は、華佗に説明を促す。
華佗は日向の考えを察し、改めて瑞鶴達を止めた理由を口にした。
『ここからは君達を診断した医者として、敢えて言わせてもらう。 治療を施したが、君達の身は未だ重傷。 そんな怪我人の参戦なんて許可できない』
『『………………』』
『それに、俺は患者の笑顔を見る為に、命を救う為に、自分の腕を高めたんだ。 それを………また命を粗末にするような真似をされるのは、俺の医者としての矜持が許さない』
そのの理由は、尤(もっと)もな事。
わざわざ治療(修理)をしたのに、また破壊の権化である争いへ、自分から巻き込まれに行くと言うのだ。
これでは、何の為に治療したのか分からないと、言われても頷くしかない。
だが、戦う事を目的にしている彼女達から見れば、それか彼女達のアイデンティティに繋がる。 すなわち、止められれば、彼女達の最大の役割を失い兼ねないのだ。
だから、当然、反論も───
『そんなっ! そんな事で、私達は止められ───』
『───止めろ、瑞鶴!!』
『日向さんっ!?』
『いと尊き瑞雲の神は、矮小なる私達の身を案じ、こうして休むよう仰せだ。 ここは有り難く命に従わねばなるまい』
『使徒から神に昇格してる───ッ!?』
───────なかった。
この日向の瑞雲の神発言で、華佗の話は後回しにされてしまったが、この話題は瑞鶴でなくても興味はそそられよう。
現に、日向の対応で色々と鬱憤を溜めているであろう、瑞鶴からの素でのツッコミが入る。
『ちょっと待って! 何が、どうして、どうなれば、今の発言になるのよっ!?』
『簡単なことだ。 瑞鶴も知っているだろう? 今世の習いとして、大事な事を相手に示す際、その事象を復唱し重要度を認識させる慣例があると』
『うっ、ま、まあ………確かに、大事な事は繰り返すけど──って、そこの夜戦馬鹿ぁ!』
『ズイ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ズイ』
『日向さんの後ろで変な振り付けしながら踊るなっ!! ズイズイじゃないわよぉ!!』
自分は出撃できると知ると、日向の後ろで踊りを舞う川内。
当然、瑞鶴は怒るが……何故か日向は納得顔。
『ふむ……瑞雲と瑞鶴でズイズイ。 なるほど、川内は機転が利くな。 私としたことが瑞雲の神の降臨で、些か高揚し過ぎていたらしい。 すまない、瑞鶴』
『…………へっ? な、何の事?』
急に謝る日向に、頭が追い付かない瑞鶴。
そんな瑞鶴の様子を見た日向は、少しだけ踊る川内に顔を向けた後、再び瑞鶴へ向き直し、その理由を語る。
『瑞雲の神ばかりに構わず、瑞雲と瑞鶴にも気を使えと、川内は言いたいのだろう。 しかも、大切な者を懸け詞を利用し強調、更に身振り手振りで気付かせる……実に奥床しい』
『ち、違うの! あ、あれは───』
『心配するな。 瑞雲の神は奉る方ゆえ崇めるが、瑞雲も瑞鶴も、この私にとっては大事な仲間であり、どちらも掛け替えのない………友だ!』
『日向さん…………んんっ! そうじゃなくてぇ!!』
日向の友達発言に嬉しくなって、思わず流されそうになる瑞鶴。 だが、自分が何を気掛かりだったのかを思い直し、慌てて日向へ問い掛けた。
『私が言いたいのは、どうして華佗さんが神様になるのか聞きたいの!!』
『……………………』
どうして瑞雲の神という訳の分からない神格を、華佗が持つのかと言う理由、これを聞かずにはいられないからだ。
場合によっては、友達と認めてくれた日向を、力尽くで止めなければならないと、瑞鶴は悲壮の覚悟さえもしていた。
そんな瑞鶴の思惑を他所に、日向は驚きで目を見開き、すぐさま嬉しそうな笑顔になると早口で語る。
『───やるな。 流石は瑞鶴、良いとこに着目した!』
『えっ?』
思わず褒められた事に唖然とする間もなく、日向は瑞鶴が納得したかも確認せず、続けざまに話を進めた。
『神は私との会話の中で、その慣例を利用し、私を試そうとされたのだ。 言葉巧みに、重要な文言を紛れ込ませてな』
『どう見ても、普通に喋っているようにしか見えなかったよ!?』
『よく思い出してみろ。 神は同じ言葉を二度繰り返したんだ。 言語を変換したり熟語にして、余人には分からないよう巧妙に散りばめた、見事な偽装を展開していたぞ?』
『そんな大事な事、きゅ、急に言われても………わ、分かるわけないじゃないっ!? 大体、どこに同じような言い方があったのよ!?』
戸惑う瑞鶴に、日向が答えたののは……漢字で一文字の言葉。
『その言葉とは………《 神 》』
『───神!?』
そう言われて考えるが、あの男は自分を医者だと言っていた。 しかし、高慢な考えも過剰な自信も一言も語らず、ただ患者の心配だけしている印象しかない。
だが、日向は確信をもった口調で指摘する。 この所が証拠だとハッキリと述べた。
『瑞雲の神は、英語で一度語り、今度は職で二度語られた』
『えぇ…………と。 そう言えば………そうかも……』
指摘されば───
《 ゴッドウェイドォオォォォ 》
《 神医 》
と言っていたのを朧気ながら思い出す。
………考えてみれば、確かに《神》の文言が入っているのに驚き、瑞鶴は目を見開いて日向に顔を向ける。
些かドヤ顔になった日向は、更に自分の見解を説明した。
『大事な事を二度語りした意味は、即ち自分が神であると名乗ったも同然。 では、この場に現れた神とは何方かと問われれば………瑞雲の神、この一柱で間違いない!!』
『………で、でも……普通は神様って、八百万の神と言われるほど多数なのに……何で、瑞雲の神って…………』
『あの方は、御自身の奇蹟で注目を集め、その名を伏せて去っただろう。 あれは、私の至らぬ信仰心を計る試練と見た。 私の……瑞雲を信じる心が足りなかった、故にだ!』
そう言うと、日向は顔を斜め上に向け何かを思うように目を閉じると、その閉じた両眼より一筋の涙が溢れ出た。
それは……神の謀を見事に気付けた感涙か、信心の至らなさに悔やむ暗涙か。
その涙の意味は、本人以外、誰にも分からなかった。
★☆★
そんな長い前置きがあり、いつもの日向とは少し違い、このような事態になっている。
心做しか華佗も、自分の語る言葉を真剣に聞き入る艦娘達には思わず力が入るらしく、微に入り細に入り彼の熱血指導と治療行為が行われた。
そんな折、付近を警戒していた艦娘から、緊急の知らせがもたらされた。
此方の艦隊に接触して来た、新たな艦娘が二隻、一刀に面会を求めて来たと。
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
遅くなり申し訳ないです。何とか書けましたが、内容としてはあまり進んでいません。