これが恋というのなら、なんて痛い。
これが友情というのなら、なんて甘い。
―― Lethal
「気づかないふり」なら得意だった。
首相の息子という立場で生まれてきた自分にとって、それは生きていく上で必要なスキル。
外交状況が悪くなるたび、経済が下降するたび、ひそやかにもたらされる陰口は、当然幼かった自分にも届いていた。
内容までは理解できずとも、致死量に満たないほどの毒を含んだそれらを、知らないふりをして飲み込んだ。
でなければ、のどを一突きにされてしまいそうだったから。
日本、という言葉が地図上から消えて数年。
それでもずっと気づかないふりをしていた。
軍内でのざわめき、嘲笑。
慣れてしまえば意識にもとめなくなって、学校に通うようになって初めて、自分の身体に馴染んでいたことを知った。
無意識下での消去だった。
自分でも気づかないほどの奥深くにあった、生きていくための知恵。
だから、得意なんだ。
風が吹いた。
皮膚よりも温度の低いそれは、髪をかきあげてすり抜けていく。
葉の落ちた木々はわずかに揺れるだけで、とても静かだ。
ぴんと張った糸みたいな空気が頬をなぜるたび、自然と身体に力が入る。
それは隣に立つルルーシュも同じらしく、肩の位置が高くなっていた。
「かなり寒くなったね。もう真っ暗だ」
夏の同じ時刻であれば、まだまだ太陽は沈まない。
ゆっくりと色味を増していく光を横目に、伸びた影を見つめていたものだった。
けれど今は、街頭が煌々と白い明かりを放つだけで。
「ああ、そうだな」
そんな景色に少し寂しさを持ちながら話しかけたのに、返ってきた答えは上の空。
最近、考え込むことが多くなったルルーシュは、今だってそうらしい。
恨みを込めた目を向けてみても、こっちを見てくれない。
完全に別世界にいるようだ。
(ねえ、ルルーシュ。僕、気づかないふりは得意なんだよ)
恨みの代わりに、そんな想いを込めて見つめても、やっぱり振り返ってはくれない。
一歩遅れて歩いていることにさえ気づいていないだろう。
(気づかないふり、するべきだと思う?)
当然、答えはない。
何を考えているのか、時折、ルルーシュの眉に皺が寄る。
別の悩み事でいっぱいいっぱいなのだろう。
冷たい風が吹いて、ルルーシュが少しだけ瞼を下ろす。
ゴミが入るのを防ぐためのそれが、いやに扇情的だと思って、少し笑った。
(これを恋と呼ぶには、あまりに痛すぎる。だって、そのまま塞いでしまいたい、なんて)
(これを友情と呼ぶには、あまりに甘すぎる。だって、そのまま舐めとってしまいたい、なんて)
断定形を持たない感情は、いつか暴走してしまうのだろうか。
ふと疑問に思って、でもすぐさまに打ち消した。
だってそれほどの感情ならば、名前が付くだろう。
恋でも、友情でも。
ならばそれが答えだ。
けれど、この感情にそこまでの強さはない。
ほんのりと、確かに色づいたそれは、白と呼ぶには少し濃い。
黒だと呼ぶにはあまりに薄すぎるから、名前が付かない
「気づかないふり」をしてしまえば、簡単に忘れてしまえる。
今までと同じように。
「――ルルーシュ」
白い息に消えてしまいそうなほど、小さく。
呼びかけるためではなく呟きに近いそれが、一歩前を行くルルーシュに届くわけがない。
なのに。
ほとんど息だけのそれに。
気づくなんて、ひどい。
「なんだ?」
だから決断しきれないのだ。
「気づかないふり」を決め込むことが難しい。
致死量に満たず、けれど少しずつ犯していくから。
止める方法を知らないから。
「早く帰ろう」
だから、少しだけ、走った。
一歩前に出てしまえば、こちらを見てくれる。
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
スザルルである方にささげたもの。
かなり前に書いてるので期待しないよーに!