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度重なる失態だった。やっとにして逃走する二人に追いついたと思った矢先、ジェル・レインは二人を逃がしてしまった。
序列外の落ちこぼれと聞いていたエディが宙を飛び去ったのは想定外だった。どうやら『飛翔』の魔法ではなく、もう一人の女が、何かジェルの知らない魔法を使ったらしい。エディを追うか、その場に留まって不審人物たる女を捉えるか迷った隙に、その女にも逃げられてしまった。おそらくエディを飛ばしたのと同じ魔法を自身にかけたのだろう。恐ろしく構成の早い魔法。そして隙をつく巧みな魔法施行だった。
口惜しさにジェルは唇を噛みしめる。学内序列二位の自負が砕けてしまいそうだった。
「逃げられましたか?」
背後に、着地の音と同時に声が聞こえた。聞き覚えのある声にジェルは振り返らずとも、その正体を知る。
「あなたも同じ穴の狢(むじな)ですわよ。先にあの女を追っていたのはあなたなのですから」
「別に責めているわけではありませんよ。僕も一杯食わされた口ですからね」
肩をすくめて言うのはジェルと同じく『四重星(カルテット)』の一人であるカルノ・ハーバーだった。いつも爽やかな笑顔をたたえ好青年のはずが、その綺麗な白髪の頭が乱れていた。肩口に巻き付く白蛇の使い魔もその体に汚れをまとっている。何者かと一戦交えていたことがありありとわかる。
「わたくしはともかく、あなたともあろう人がとんだ失態ですわね。それでカルノ、後の二人はどうしたのです?」
「ヒュースは乗り気がしないとサボりです。マックは念の為に、参加するなと言ってありますから」
後の二人とは『四重星(カルテット)』の残りメンバーであるヒュース・クルエスタとマクウェード・ジェのこと。どうやらその二人は今回の件には参加していない様子だ。
「まったく、お国のゴタゴタに巻き込まないで欲しいものですわ。祖父母がブリテン出身というだけで疑われるなんてマックも可哀想ですこと」
「別に本気で疑っているわけではありません。あらぬ何とかを避ける為の処置ですから。それより例の女を早く確保しないといけませんね」
カルノは、乱れた髪を手櫛で整える。彼の言葉に賛同しているのか、使い魔のクルエが喉を鳴らした。それはいつもの白蛇の鳴き声とは少し異なる、苛立たしい威嚇音。この使い魔も先程カルノと共に魔法戦を戦ったばかりで興奮収まらぬのだ。
普段は見られぬクルエの緊迫した様子に目を奪われたジェル。というのもカルノ・ハーバーは序列の数字上は二位のジェルより低い四位だが、それは普段のカルノが序列に拘る質(たち)の性格ではないのが影響してのことだ。二位以下の『四重星(カルテット)』の実力は伯仲しているというのがジェルの見立て。
そんなカルノまでがあしらわれた事実を不機嫌に認めながらも、ジェルは気を取り直す為に、その長い金髪をかき上げた。
「ええ、わかっていますとも、追いますわよ。……しかし、二手に分かれて林に逃げ込まれてしまったとは、厄介ですわ」
魔法戦に向かう緊張感を高めたジェルは、凛と鳴る声を漏らした。
「ジェル、君はあの女とは相性悪いかもしれません。あちらは僕が行きます」
「相性? 何かご存じなのですか?」
「先程見事にやられました。しかし、手の内はわかりましたからには、次はそうはさせません」
「そう言って、あの娘(こ)とやり合うのが嫌なだけなんですわね。お義兄さん」
嫌みのはずがジェルは優しげに口元を緩めていた。
「こんなときに、そういうのはやめてください。と言いたいところですが、事実そうですからね。言い訳のしようがありません。ジェル、エディは任せます。とにかく急ぎましょう。日が暮れると本当に厄介です」
暮れかけた空に烏(カラス)の鳴き声聞こえてくる。それは何かの暗示だろうか。普段は魔法学園を包み隠す雑木林が、闇を抱く魔性の森にも見えた。
それでも、ジェルとカルノの二人は決意新たに、夕焼け色に染まる雑木林の奥へと、力強く歩みを進める。それが『九星(ナインズ)』として『四重星(カルテット)』として、二人に与えられた使命であるのだから。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の19