No.97939

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」18

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の18

2009-09-29 02:16:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:404   閲覧ユーザー数:403

「とにかく安全な場所に、……いえ、長話をし過ぎたみたい」

 ローズは苦々しく空を見上げていた。エディもその視線の先を追う。視力があまりよくないエディにはぼやけてはっきりしないが、空に白い人影が浮いている。学園からここまで追ってきたのだ。

 エディの『霊視』に魔道の気配が膨らむ。人影ははっきりと見えないくせに、そういうのだけは視える自身の目が口惜しい。

「ローズ、魔法が来る」

 エディの『霊視』に、はっきりと攻撃魔法の構成が見えた。学園でよく使われる呪言(スペル)魔法だ。

「走って!」

 ローズが珍しく大声を張り上げた。それを合図にエディたちは再び走り出す。直後には上空から魔法砲撃が打ち下ろされる。

 『魔弾』だった。幽星気(エーテル)弾を撃ち出すシンプルな魔法は単純だけに速射が利いた。次々に新しい魔法構成が展開していく。

 上空から打ち下ろされる魔力塊。着弾が地面を削る。幾重にも降り注ぐ魔法の群れ。ここはどこの戦場だ、と漏らしたくなる。

 蛇行を繰り返し、木々の間を逃げ惑うローズとエディ。なんとか避けてはいるが、徐々に射撃精度が上がっている。このままでは。そう感じた途端、魔弾の一発にエディは背筋の凍るものを感じた。

 共に逃げるローズへの直撃コース。エディは考えるよりの前に体が動いていた。

 軽く跳躍すると、体を捻りながら手刀を振るう。体全体を独楽(コマ)のように回転をさせ、腕を薙ぎ払う。

〔何をする。エディ!〕

 魔女に似合わぬ戸惑いの声。ユーシーズはエディの行動が理解出来なかった。

(届けっ!)

 エディの手刀が『魔弾』を掠める。

 確証があったわけではない。ただ、ほんの僅かでいい、軌道を逸らせればいい。その一念で手を伸ばしていた。

 幽星気(エーテル)の軋む音がした。その軋みは魔力弾の幽星気(エーテル)のものか、エディの幽星体(アストラル)か。

 ただ確かなのは、ローズに当たるはずだった魔弾は彼女の頬を撫でるように過ぎ去り、地面に突き刺さっていた。

(と、届いた……)

 やったエディ自身が驚いた。恐らく百回やれば九十八回は失敗するような、そんな公算しかなかったが。それでもエディは躊躇など見せず、友人を庇っていた。

「エディ、今のは……」

「本番に強い子エディ推参! クレノル先生に体技習っといてよかった~」

 少し興奮気味にエディは叫んでいた。それは強がりだ。何もかも偶然の成功だった。

 しかし、事態が好転したわけではない。何とか直撃は避けた魔法砲撃であったが、その目的である足止めは見事に成功していた。

 風に舞う木の葉のように音もなく、その魔法使いは地に降り立った。エディ達の逃走に立ちはだかる為に、バストロの林の中に威風堂々その白い外套(マント)をなびかせる。

「『統べる女(オール・コマンド)』、ジェル・レイン……」

 ローズが口惜しそうに漏らす。

 二人を追っていたのはバストロ魔法学園序列二位。ありとあらゆる系統の魔法を使いこなす生粋の女魔法使いジェル・レインだった。

 白い魔道衣に金髪のロールヘアが林の暗がりの中でも眩しく見える。

「止まりなさい。と言うのは少し順序が逆かしら」

 凛と響く声。エディは学内で憧れの眼差しで見かけるだけのジェルの声を初めて聞いた。

「口より砲撃の方が先なんて、さすがエクトラ師の教え子」

 ローズの皮肉に、ジェルは眉を跳ね上げる。

「エクトラ師はご立派な魔法使いです。それを悪く言うのは不肖、このジェル・レインが許しません」

「あ、あの……」

 口を挟める雰囲気ではなかったのだが、エディはとにかく聞きたかった。どうしてエディを追ってくるのか。本当にユーシーズが原因なのか。どうしてクラン達を巻き込んだのか。あの二人は無事なのか。

 それなのに、ジェルはエディに憤怒の視線を向けた。あまりの魄力(はくりょく)にエディはその疑問を口にすることが出来ない。

「エディ・カプリコット。あなたは」

 ジェルが声を上げた瞬間、ローズは動いた。ジェルの意識がエディに向いた一瞬の隙をついたのだ。

 ローズは小さく呪言(スペル)を唱え終わっていた。その手には一枚の護符。エディにはその護符の描く幽星気(エーテル)に見覚えがあった。

(あの護符は!)

 エディが思うのより早く、ローズはエディにその護符を貼り付けた。

「何を!」

 ジェルが魔法を紡ぎ始めるが既に遅い。ローズは符をエディの胸に張った手をそのままに、思い切りエディを突き飛ばした。

 以上な加速度がエディを襲う。あまりの速さに周囲の風景が線に流されていく。しかし、エディの体に不快感はない。

 慣性がほとんど働いてないのだ。エディの体は何に妨げられることなく、ローズに押されたまま宙を飛んでいく。

(あのとき見せてくれた重さを消す魔法! 重さがないから、突き飛ばせばそのまま飛んでいくんだ)

 自分の体に起こったことを理解したエディ。そして同時に、ローズがエディを逃がしてくれたことも知った。

「ローズぅぅっ!」

 木々の枝葉に体を擦りながらも吹き飛ばされ続けるエディ。木の幹に当たらなかったことは幸運なのか、ローズの狙い通りなのか。

 エディが友人の名を呼ぶ声は雑木林の木々の間に虚しく響く。その叫びがローズ・マリーフィッシュに届いたかも確認出来ぬまま、エディは林の奥深くに茂る、深い藪へと飛び込んでいった。


 
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