~真・恋姫✝無双 魏after to after~三国に咲く、笑顔の花
一刀が于吉と共に左慈のもとに向かってからしばらくが過ぎたころ、洛陽の城内では紗耶の怒声が響き渡っていた。
「貂蝉、卑弥呼!何故于吉の存在に気付かなかった!!私と違い、今も神仙である貴女達がいながら・・・旦那様の拉致を阻止できないなど・・・いや、安心しきっていた私自身の落ち度・・・二人を責めても意味が・・・」
「紗耶、落ち着きなさい・・・・・・」
「しかし、華琳様!」
「二度も同じことを言わせないで」
「は・・・ぐっ・・・・あ・・・・は、はい」
あまりの殺気に一瞬呼吸が出来なくなっていた。声は落ち着いていたが、華琳の瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。
瞳が神仙の二人を見ると、貂蝉が口を開く。
「恐らく、于吉ちゃんは随分前から・・・この洛陽に何らかの〝陣〟を構築していたのだと思うわ。内容は〝術者の気配隠蔽〟でしょうね。内容が分かりやすい分、複雑にすればするほどその効果は絶大になるのよ」
「つまり、そのために・・・その道士の存在を我々は見つけることが出来なかったというわけね
華琳が忌々しげに言うと貂蝉はそれを首肯する。
――すると。
「私は、彼が望んだ事を叶えただけだというのに誘拐犯扱いとは、いやはや・・・酷い言われようだ」
「「「!!」」」
「于吉!!」
〝縛〟
声が響き渡り、その場にいた者たち全ての自由が奪われた。
「やれやれ、私は肉弾戦は好きではないのですよ・・・第一、貴女方と争うために来たわけではありません」
「どういうことかしら?」
「おや、この状態でまだ口が聞けるとは、流石は名だたる英傑・・・・」
自由が利かない体で殺意の瞳を向ける華琳に、于吉は嘆息した。
「北郷殿からの伝言を預かってきました」
「「「!!」」」
動けない全員の顔が驚愕に包まれ、その中で沙耶が口を開く。
「どういうこと?」
「先程も申したでしょう、〝彼が望んだ事を叶えた〟と」
「・・・・・・」
沈黙を以って続きを促す。やれやれと頭を振って于吉はそれに応じた。
――「伝言は〝自分自身で決着をつけてくる。だから、皆は待っていてほしい〟と」
言葉に偽りは感じられなかった。
そして華琳は、「そう」とただそれだけを言ってそれ以上は何も聞こうとしなかった。
――「なら、一刀は帰ってくるわ・・・必ず」
凛とした顔と声で、誰よりも一刀を愛している魏の覇王は・・・そう断言した。
于吉が華琳たちのもとを訪れた時よりほんの少しだけ前、一刀と左慈は何も言わずに対峙していた。
しばらく続いたその沈黙を破ったのは左慈だった。
「自ら命を差し出しに来るとは、随分と殊勝な心がけだな」
「生憎だけど・・・そんなつもりはないよ」
「では貴様が俺を討つというのか?ふん・・・それこそ夢物語だ」
「夢ってのは行動しないと叶わないものなんだ・・・今回は前と違って、俺が行動した」
「減らず口を言うのは、どの外史においても共通か・・・」
苛立っている顔が尚、苛立ってゆく。それを更に煽るように一刀が畳み掛けていった。
「前と違って今日は随分と饒舌なんだな・・・いい事でもあったのか?」
この発言が、左慈のスイッチを完全にオンにした。
「・・・無駄口はここまでだ・・・さっさと構えろ。構えてなかったから勝てなかったなどとふざけた言い訳を聞くのは胸糞悪い」
以前、対峙した時よりも何倍にも鋭さを増した殺気を一刀に向ける左慈。
その殺気に応じるように、腰に差した桜華を抜く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙の中、互いの殺気がぶつかり合う。
大気が震え、張りつめていく。
そして、神殿の天井の欠片が地面に落ちた瞬間、二人は床を蹴った。
二人が戦い始めたのと時を同じくして。
「曹孟徳、貴女は随分と落ち着いているのですね」
于吉が、優雅にお茶を飲む華琳に向かって言い放つ。恐らく、他の者たちも同意見であろうことを于吉は言った。
――だが、彼女は曹孟徳なのだ。
「安心なさい、一刀に万が一の事があれば、貴方には生き地獄を味わってもらうから」
あくまでも優雅に、されど身の毛もよだつような事をサラリと言う華琳に全員が絶句する。
―一度は掴む事が出来なかったあの温かな手、深い悲しみに沈んだ事もあった。
――でも、掴む事が出来た手。
もし、それを奪うというのなら・・・相手が神であろうがなんだろうが滅ぼすと誓っているこの少女は、だからこそ余裕を持っていられたのだ。
もっとも、心の中は不安と心配と怒りで嵐のようにざわめいているのだが。
(必ず帰ってきなさい・・・私たちを二度も悲しませたくないのなら・・・・・・必ずよ?一刀)
奇しくも、この時この場にいた魏の将たちは皆が皆、同じような事を考えていた。
(一刀、私はお前がいなくなったら・・・今の私ではいられなくなってしまう。そんなのは嫌だ)
春蘭が祈るように目を閉じる。
(お前が私の・・・我々の傍からいなくなるなど・・・まだ私は、お前に返さねばならない借りがあるのだぞ?)
祈るように目を閉じた己が姉を見て、天井に遮られた天を見上げる秋蘭。
(アンタなんていなくても・・・・・・違うわね・・・いて・・・・・・・・・ほしい、のかもしれない。そうよ、落とし穴の仕返しだってまだなんだから・・・だからアンタはいなきゃいけないのよ・・・ほん・・・・・・ううん・・・〝一刀〟)
もし、これが声になっていたなら・・・きっと彼女を知る誰もが驚いたであろう事を想う桂花。
(兄ちゃん・・・帰ってこなきゃやだからね・・・ずっとボクの傍にいて・・・ボクの頭を撫でて・・・)
かつての悪夢を振り払いながら必死に今一番の望みを願う季衣。
(兄様、私はまた・・・兄様と一緒にお料理がしたいです。兄様と料理をして、皆さまと一緒に食べて・・・笑って・・・・・・だから、待ってます)
胸の前で手を組み、祈る流琉。
(わかっとるんやろうな・・・帰ってこんかったら、天まで乗りこんででも馬で引き回しの刑やからな!・・・・・・せやけど帰ってきたら、ウチにお酌してくれたら・・・それで勘弁したる)
クイッとお猪口を呷る霞。
(一刀様、今一刀様が帰ってこられなくなってしまったら・・・鎮と揃って泣いてしまいますよ?ですが、嬉し涙でしたら歓迎ですから・・・・・・帰ってきてください)
愛娘に微笑みかけながら想いが届くように願う凪。
(また三羽鳥泣かせてみい、螺旋槍で風穴開けたる!禎が泣いたらそん時は穴だらけにしたるからな!!)
腕の中ですやすやと眠る禎を見ながらやや(?)物騒な事を考える真桜。
(圭ちゃんを泣かせたら承知しないのー・・・圭ちゃん達のお洋服の意匠を考える約束、守ってほしいの)
娘とじゃれあいながら祈る沙和。
(目が覚めて・・・そこにお兄さんがいない・・・それはもう嫌ですよ?〝ここにいる〟と仰った以上、いてください・・・)
三者三様の在りようを見ながら一刀を想う風。
(一刀殿がいなくなった時の風のあの・・・起こした時の残念そうな顔は見るに堪えません・・・私に心労をかけたくないのでしたら必ず、五体満足で私たちのもとに戻ってきてください)
些か呆れたように息を吐く稟、その心の中には一刀の影が確かに落ちていた。
(やだ・・・今度歌うことを嫌いになったら、もう・・・きっと好きになれなくなっちゃうよ。私・・・歌うこと嫌いになりたくない・・・みんなの・・・・・・ううん、一刀のために歌っていたい。だから・・・)
(私の許可なくいなくなったりなんかしたら許さないんだから!一刀はちぃ達の物なの!)
(一刀さん・・・・・・どうか無事で)
三人が三人とも、一刀の身を案じ無意識のうちに手を握る天和、地和、人和。
(旦那様・・・私は貴方に会えたこの世界で・・・これからも貴方と共に生きていきたいです。だから、どうかご無事で)
肝心な時に何も出来ない無力な自分が許せない紗耶は、せめて届けと祈りを捧げる
――魏にいる誰もが一刀を想い、一刀に思いを届けようと祈っている。
――そう、誰もが彼を・・・北郷一刀を愛している。
それを、呉と蜀の面々は目の当たりにしていた。
――ギィンッ、ガッ、ギィィンッッ!!
一体どれほどこうしているのだろうか、二人の攻防はいまだに衰えることなく続いていた。
(く・・・ホントになんてヤツだ・・・だけど)
「俺は負けない!!」
「戯言をっ!!」
――ガギンッ!!
一刀は〝氣〟を纏わせた〝桜華〟を。
左慈は鋼の如き〝氣〟を纏った己が肉体を。
互いに一撃一撃を〝必殺〟とせしめんがために振るい続ける。
しかし、その美しさときたら――。
身が裂けるほどに張りつめ・・・命を削るほどにひきしぼっているのに――。
ぶつかり合う二人の〝武〟は、まるで踊っているかのような典雅さがあった。
「なんて硬さ・・・ったく、出鱈目だ」
「硬気功〝鋼〟、生身で戦うなら当然・・・だ!!」
――ガギィィィン!!
何度も手合わせした凪にも勝る重い蹴り。これが刀でなく生身で防いだとあっては・・・凪ならともかく、自分では間違いなくアウトだ。
だからこそ、見切りと剣捌きに全てを注ぎ続けていた。
――だが、その集中が途切れる一言が左慈の口から放たれた。
「どこの〝外史〟であろうが、傀儡ごときのために命を張るのは一緒か・・・虫唾が走るんだよ!!」
――ドゴォっ!!
「がはっ!!」
振りあげたまま静止した一刀の横腹に容赦なく、左慈の蹴りが炸裂する。吹き飛び、壁に激突するまで一刀の体は転がった。
「がはっ・・・ぐっ・・・ぐは・・・ぐふっ、げふっ・・・」
左横腹を抑え、苦痛に歪む一刀。だが、痛みなんかよりもよほど耐えがたい思考が頭の中にはあった。
「・・・・ろ・・・」
「なに?」
刀を杖の代わりにしてでも立ち上がり、左慈を睨みつける一刀。
唇の端には血の流れた跡があり、天の御遣いの象徴とさえ言われた今の一刀に合わせて仕立て上げられたフランチェスカの制服はそこかしこが破れていた。
「・・・・正しろ・・・」
無意識のうちに制服を脱ぎ棄て、〝桜華〟を構えていた。
その刀身からは、先程まで放出されていた桜色の花弁に混ざり、紅蓮の花弁が舞っている。
「ぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・かはっ・・・・・・訂正しろよ」
「さて、訂正すべき事など何一つとして言った覚えはない」
次の瞬間、一刀の感情が爆発した。
――「華琳は・・・みんなは・・・この世界で生きる人たちは、人形なんかじゃないっ!!!!!」
〝桜華〟が放つ桜は、その色を紅蓮に変え、それまでをはるかに超える闘気と殺気を放ち一刀は左慈に迫った。
「〝紅蓮桜華〟?それは一体・・・」
ほぼ強制的に茶に付き合わされている于吉は、華琳の口から放たれた気になる言葉を訊ねた。
「私たちが命名した、一刀の切り札と言える技の事よ・・・実のところ、私が見た事があるのは一度だけなのだけどね・・・説明は・・・そうね、凪が適切かしら?」
目配りをすると凪は頷いた。ちなみに鎮は今、沙和に預けて部屋で休んでいる。
「一刀様は〝風桜華〟と〝紅蓮桜華〟の二つの戦い方をする武人。ただ、〝紅蓮桜華〟は感情がもっとも昂ったときにのみ発動する不安定な技なのだ」
「具体的にはどのような技なのです?ああ、ご安心を・・・左慈に連絡する手段は在りませんから」
「内容は肉体強化の一点のみ。特徴としては、刀身から紅蓮の花弁状の〝氣〟が常に放たれている事だ。この状態になった一刀様の〝武〟は恋・・・飛将軍・呂布にすら匹敵する」
「なんと!」
「私が見たのは恋との手合わせの時、それ以降は見てないわ。凪たちはその前に一度見ているのよね?」
「はい。春蘭様が指輪を壊された時ですね」
「ぐっ・・・む」
口ごもる春蘭の横から恋が口を挟んだ。
「あれは・・・だめ、使っちゃだめ」
「恋?」
「恋、わかる・・・あれは命を使う技。使いすぎたら、一刀がいなくなる」
「「「!!!」」」
「一刀は、知ってる。だから使わないって言ってた。恋と戦ってる時は――どこまで通じるか試したかったからって言ってた」
なるほど、確かに恋が相手であれば禁じ手であろうとどこまで通じるか試したくなる気持ちは三国を問わず、武に生きる者たちには痛いほど理解出来た。
「そう――、あの〝紅蓮〟の色は・・・一刀の命の輝きなのね」
呟く華琳の声には、不安の色が混ざっていた。
――その頃。
神殿の中では命の輝きと共に猛攻を続ける一刀と、防戦一方になっている左慈の死闘が続いていた。
(本当にこいつは北郷なのか!?さっきまでとはまるで別人ではないか!!)
鋼の硬さを誇る〝氣〟を身に纏っていながらも、左慈の体は色んなところから血が滲んでいた。
「オォオオォォォォオオオオッ!!」
雄たけびを上げ迫る一刀は自身の命の炎が小さくなっていくのをはっきりと感じている。だが、それでも一刀は今の状態を解く気はななかった。
それほどまでに一刀は左慈の事を許せなかった。
「おのれっ!!」
反撃に転じた蹴りは、空を切るだけに終わった。が、後ろに飛びのいた筈の一刀が突如として片膝をつく。
「く・・・は・・・はぁ・・・はぁ・・・ぐぅ・・・がぁ」
膨大な〝氣〟で紛らわせていた脇腹の痛みが舞い戻って来て意識が霞みかける。今の一刀は、最早気力だけで立っているようなものだった。
それでも〝紅蓮桜華〟の状態を保ち続けていた。
一方の左慈も、あちこちから滲み続ける血のせいで意識が朦朧としていた。
(くそ・・・よもやここまで手こずるとは・・・この俺が、まさか・・)
「終わるのか」
声にして驚いた。
――終わる・・・・・・この皮肉に塗れ、〝神仙〟という名の鎖につながれ・・・外史をさまよい続ける運命が。
蜜にも等しい甘い毒が擦り減ってしまった心に沁みわたる。
――憎かった・・・俺を外史に繋いだこの男が・・・だから、終わらせる筈だった。だというのに、俺が招いたのは終わりではなく続きという名の始まりでしかなかった。
外史という外史を渡り、この男が生み出した外史のことごとくを否定するために奔走したというのに、何一つとして否定することが出来なかった。
一体、いつから俺は〝終わり〟を願うようになったのだろう。
「いや、そんなことはどうでもいいか」
毒の誘惑と、思い出を振り払うように左慈は言った。
「・・・なにが、だ」
「はっ、貴様には関係のないことだ」
一刀は、この男が・・・左慈が皮肉気にとはいえ、笑っているのを見て意外すぎて驚いてしまった。
「お前でも・・・ぐっ・・ふぅ・・・笑うんだな」
仕返しのつもりで鼻で笑うと左慈の笑みは消えうせる。
「無駄口はここまでだ・・・そろそろ幕にしよう」
一刀を真正面に据え、残った力の全てを足に注ぐ。この一撃が最後にして必殺の威力を秘めている事が、空気を伝う気迫で一刀にもわかった。
「ああ・・・言葉に意味はないな・・・お互い、そんな余裕もないし」
一刀の方も残った力のほぼ全てを〝桜華〟に注ぐ。そして、再び刀身から紅蓮の桜吹雪が吹き荒れる。
「――――」
「――――」
互いの気迫がぶつかり合う。
最初に踏み込んだのは左慈の方だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「!おおおおおおおおおおっ」
遅れて踏み出した一刀だったが、頭の中だけはとても静かだった。
――頭に来る。
そう判断した一刀の体は、刀を握っていた両手から左手だけを放し、込めれるだけの〝氣〟を込め、左慈の蹴りに備えた。
〝氣〟と〝氣〟が激突する轟音が神殿に響く。粉塵が舞い、両者の視界が遮られる。
粉塵が舞う中、左慈は確かな手ごたえを感じていたにも拘らず、足に違和感があった。
――今も何かが足に触れている。
先の蹴りであれば確実に頭が無くなっているはず、だというのに足は何かに触れている。
その答えは、粉塵が晴れた瞬間にわかった。
「!?」
左慈の顔が驚愕に染まる。自分の蹴りは、一刀の頭を粉砕していない。そこにあったのはいたる所から血を流している一刀の左手がある。だが気付いた時には既に遅く、血まみれの左手が左慈の足を掴み引き寄せ・・・そして一刀の右手に握られていた〝桜華〟の刀身が自分の体を貫いていた。
「まさか・・・」
〝桜華〟を引き抜くと左慈は仰向けに倒れる。それを確認すると、一刀の顔の横に在った左手はだらしなく垂れ下がった。
(流石に、無傷ってわけにはいかないよな・・・痛っ)
左手が熱い鉄の棒をねじ込まれているように熱い。最早痛みなどどうでもよくなっている。
ましてや、傷は左手だけじゃない・・・肋骨も左半分のほとんどが逝って致命傷に等しい。
それでも立っている自分に驚いていた。
「俺の勝ちだな・・・」
――一刀がそう言うと、左慈は一度目を閉じもう一度開け。
「礼を言う」
あまりにも意外な一言に完全に時間が静止してしまった。
「ようやくこのくだらない輪の中から抜け出す事が出来る。俺という存在に〝終わり〟を与えてやれる」
「まさか、お前・・・」
「勘違いするな。お前を殺そうとしていたのも本気だった。ただお前が俺上回ったというだけだ」
「!?左慈、お前・・・体が・・・」
左慈の体は少しずつ、光に溶けていっている。
「外史の住人となった徐晃とは違い、あくまで俺は〝左慈〟という名と存在を借りているに過ぎん。俺自身は誰でもないからな、終わりを迎えれば消えるのは当然だ。そう、かつての貴様のように・・・」
語りながらも、左慈の体は光となって消えてゆく。その光景を一刀は黙って見届けていた。
――自分に出来る事は何もない。こうして消えゆく相手を見届ける以外には・・・。
「貴様の同情など、虫唾が走る。それ以上その面を俺に見せるな」
言われて初めて涙が頬を伝っている事に気がついた。
理由なんてわからない。どうして命を狙った相手の〝死〟に涙を流しているのだろう。
――恨んでやるから
自分が消えゆく時、彼女はそう言った。
――ずっとそばにいるっているじゃない、
残った最後の意識が見た彼女の涙。
――ああ、そうか・・・どんな形であれ、俺はきっと・・・左慈とも〝繋がってた〟。
認めたくはないが一種の絆の様なもので、憎しみで形成されている絆なんて正直、御免だ。
だけど、それでも繋がりが消える事が辛いんだ。
――だから俺は・・・泣いているんだ。
あの時の彼女もきっと同じ気持ちで・・・。
「どこまでも貴様は〝北郷一刀〟か・・・・・」
「お前が見てきた俺がどんなものかなんて俺は知らないし興味もない・・・・だけどまぁ、それとは別に・・・せめてもの手向けだ・・・お前の死に水ぐらい・・・取ってやるよ」
「ちっ・・・本当に・・・反吐が出る・・・」
――それが、左慈の最後の言葉だった。
「だったら、顔と言動を一致させろってんだ・・・・・・」
一刀が見た左慈の顔は、満足したかのように穏やかだったのだ。
だが、そこでとうとう一刀に限界が訪れた。
全身に走る声にならない痛み。左手から流れる血も止まる気配がない。
「はは・・・けほっ・・・・最後まで綺麗にはいかないか」
横たわったまま動かない体、薄れゆく意識・・・その中で視界に映る小さな輝き。
「あ・・・れ、は・・・・・・」
動かない体の中、右手だけを必死に伸ばす。
――この指輪は私たちから貴方への誓いの証よ・・・大切にしなさい。
皆の思いが宿った大切な指輪に手を伸ばし、そして――。
「と・・・どいた」
――その手に掴みとった。
今自分に出来る精一杯の笑みを浮かべ――。
「華琳・・・みん、な・・・・今、帰るから」
そこで、遂に一刀の意識は途絶えた。
――カツン、カツン、カツン。
静かになった神殿に、足音が響く。
音の主は、地に伏せた一刀の傍にまで歩み寄り、立ち止まる。
「北郷一刀・・・貴方は未来を再び掴んだ。ならば、ここで果ててはいけません。本来であれば、正史であろうと外史であろうと・・・私が直接干渉するのはあまり良くはないのですが、今回は特別です」
声の主は意識を失くした一刀の体に触れる。
しゃがみ込み、光に晒されたその顔は、とても温かく・・・慈愛に満ちていた。
「今回は・・・本当に特別ですよ。〝神仙〟達に代わって〝神〟が、貴方を助けて差し上げます」
――そして、一刀の体は光に包まれた。
その頃の洛陽では、左慈の消滅を感じ取った于吉がガタっと椅子を倒して立ちあがった。
「左慈が・・・逝ったようです」
言葉とは裏腹に于吉の顔は穏やかだった。その彼に声をかける紗耶。
「于吉、それで・・・旦那様は・・・どうなった」
「不明です。彼が無事であるならば渡しておいた〝呪符〟を使って私を呼ぶように言っていたのですが・・・」
ざわめきが広がっていく。魏の将たちが于吉に詰め寄るも、于吉は首を横に振るだけで何も答えなかった。
「貂蝉、どうだ?」
「駄目ね・・・ご主人様の〝氣〟、まるで感じられないわ」
二人の声を横で聞きながら、華琳は動揺する心を必死に冷静にしようと努めていた。
すると、そんな華琳の肩を優しくたたく者がいた。
「無理して堪えても辛いだけよ・・・王だからって、気丈に振舞わなくてもいいのよ」
先代・呉の王――雪蓮だ。
「そうですよ!一刀さんの事が心配なのは皆同じなんですから」
蜀の王――桃香もそれに加わる。だが、それでも華琳は平静を装った。二人は、同時に溜め息をつく。
――とそこに、この場において初めて聞く声が割り込んできた。
「本当に彼は愛されているのですね・・・素敵な事です」
「「「「!!!!」」」」
声の主に、驚愕したのは紗耶、于吉、貂蝉、卑弥呼の四人だった。周りの面々は何だ何だと、声の主の方に顔を向ける。
そこにいたのは誰もが息を呑むほどの美しい女性――と、その女性が抱えている人物を見て誰もが驚きの声をあげた。
その中で真っ先に声をあげたのは華琳だ。
「――一刀っ!」
穏やかな顔をして目を閉じている一刀は、あちらこちらに包帯やら手当ての跡が見受けられて痛々しい。
傍に駆け寄った華琳は一刀が小さな寝息を立てているのを聞いてその場に座り込んでしまった。
「二、三日は目を覚まさないと思いますけど、命に別状はありません」
「・・・西王母様、何故・・・貴女様が」
「ふふっ・・・まぁ少々彼に興味がありましたから・・・それはそうと紗耶、貴女も随分と彼に惚れこんでるんですね・・・ああ、于吉、貂蝉、卑弥呼・・・そんなに緊張せずとも、楽にして構いません」
「ええ・・・それは、それとして・・・あの、〝神〟である貴女が何故?」
「おや、于吉たちも・・・私がここにいる事がそんなに驚きですか?・・・・・・・よくよく考えてみれば当然ですね。基本的に女渦もそうですけど、神というのは直接干渉はしませんから・・・それはそうといい加減、この子を受け取ってくださいな。このままじゃ話もままならない」
「あ、ほならウチが寝かせてくる。ほれ、背中に乗っけたってや」
一刀を背負い、霞は颯爽と退出していった。
それを見届けた後、西王母はごく自然に開いた席に腰を下ろした。
「制限を受けた肉体で、死ぬ一歩前までいった彼を治療するのは随分と骨が折れました・・・可愛らしいお嬢さん、ありがとう」
「い、いえ、お口に合うかわかりませんけど」
流琉が差し出したお茶を口元に運んで一口飲む、その仕草の全てが美しかった。
が、見惚れず距離を保ち様子を伺う者が殆どだ。
「心配せずとも私は何もしませんよ?私も彼の事が気にいってしまいましたからね」
――あの種馬!!
全員の心がこの時一つになったその瞬間だった。
「本当に愛されていますね。さて・・・・・・本来でしたら最後まで見届けたいところなのではありますが、〝神〟が〝神域〟以外にとどまり続けるのは良くありませんから、そろそろお暇しましょう。・・・・・・と、彼が目を覚ましたら伝えておいてください。〝貴方が持つ数多の繋がりの尊さをどうか忘れないで〟と」
その言葉に、華琳が一歩前に出て頷く。
「その言葉、この曹孟徳が預かりましょう。そして、一刀の命を救ってくれた事・・・ここにいる全ての者を代表して礼を言わせていただきます」
「いえいえ・・・。では、これにて・・・于吉、貂蝉、卑弥呼、貴方たち三人はたまには顔を見せてくださいね」
突如として華琳たちの目の前に現れた神話の女神は、淡い光に包まれ現れた時と同じように唐突にその姿を消したのだった。
「やれやれ、私もこれで失礼させていただくとしましょう」
于吉もそれに続き、貂蝉と卑弥呼は「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」と暑苦しい声をあげながら爆走していった。なんでも〝だぁりん〟なる人物のもとに帰らねばならないとのことだ。
――そうして〝神〟と〝神仙〟は嵐のように去っていくのだった。
「紗耶、結局・・・これはどういう出来事だったのかしら」
「えっと・・・旦那様が頑張って全てことも無しってことなんだと思います」
「ご都合主義ね」
「でも、旦那様らしくていいのではないでしょうか?」
「そうね、その通りだわ」
この時の華琳の顔は、ここしばらくでは見る事が出来なかった落ち着いた笑顔だった。
――ちなみに、数日後に目を覚ました一刀は、皆からの手痛い洗礼と安堵と嬉し涙と多くの物を受け取ることとなるのだったが、それはまた別のお話である。
~epilogue~
幾年月が流れたある日。
「おーとーうーさーまっ!!」
――ドスンッ。
「げほっ!」
いい具合に鳩尾に走る痛みによってまどろみの中にあった一刀の意識は強制的に浮上した。
「お父様、いつまでお休みになられているのですか?雪蓮様や孫紹たちはもう来てるんですから、流石にもう起きていただかないと困ります」
「あ~そっか・・・ありがとうな曹丕、着替えていくから外で待ってて?」
「はい、急いでくださいねお父様♪」
そうして次世代の魏の覇王は部屋を出た。
「さて、急ぐとしますか・・・・・・にしても、・・・もう大分経つけど今だに信じられない。本当に関係を持っちゃうなんてな・・・我ながら無節操というか無尽蔵というか・・・・」
――呉は雪蓮、祭、冥琳、亞莎、明命の五人と。
――蜀は桃香、星、桔梗、雛里、恋、ねねの六人と。
以上十一名との間に子供を設けた一刀は、いい評価から悪い評価までを網羅することとなっていた。
どんな内容かは、皆さまの御想像にお任せします。
「遅いわよ、皆を待たせるなんて流石は〝三国の父〟ね?」
「土下座でも何でもしますからその通り名で呼ぶのは勘弁して下さい」
驚くほどに鮮やかな平謝りである。
「ふふっ・・・いいから、貴方は皆の中心に立ちなさい」
「あいよ。・・・・・・にしても、いい年してまたこの服着るなんてな」
「あら、いいじゃやない・・・充分に若々しいんだから似合ってるわよ」
「ありがと・・・華琳だって似合ってるよ」
一刀の褒めに照れる華琳なのだが、そんな甘い時間は長続きしないのが彼らの常である。
「かーずと!、褒めるのは華琳だけなのかしら?貴方の妻は一人だけじゃないのよ?」
「雪蓮、華琳やみんなの視線が痛いから勘弁してくれ!桃香、はじっこで拗ねないで!?」
「恋も・・・一刀をギュってする」
恋が一刀の左手に腕をからめる。そこにねねが伝家の宝刀を炸裂させ、一刀が気絶し、ねねが恋の拳骨をくらって涙目になって、一刀がなんとかそれを慰めて、皆が笑ってと賑やかな光景が広がる。
そこで真桜がてにある絡繰(機械)を持ってやってきた。
――真桜謹製(禎も結構手伝っている)のカメラ――その名を〝写したる二世〟といい、延長コードを使用したセルフシャッターを搭載した最新の逸品である。
「おおっ三国の将全部がそろっとる。凄い光景やな・・・・お、一刀も来とるな。んじゃ、みんな一刀を中心に横広がりに集まってやー!!」
真桜の声で皆が集まってゆく。そこからある程度距離をとった位置に真桜が立って調整を施す。
「んで・・・全員ちゃんと枠内におるな」
覗き込んでそれを確認すると、一度頷いて手にスイッチを握り禎と一緒に輪の中に加わる。
「それじゃ、俺が一たす一はっていったら皆であの絡繰に向かって〝にー!!〟って最高の笑顔をしてくれ」
それに三国の全ての将たちが頷く。
「よし、せーのっ〝一たす一は〟―?」
――〝にー!!〟
この瞬間、みんなの笑顔が輝いた。
こうして写真に映ったそれは、後に華琳が命じ、一刀がタイトルをつけることとなった。
――〝笑顔の花〟
そうタイトルを与えられたこの一枚の写真には、その名に恥じない三国の花達が咲き誇っていた。
~あとがき~
皆さま、最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
〝三国に咲く、笑顔の花〟はこの話を以って最終話となります。ここまで付いてきて下さった皆様に心からの感謝を述べさせていただきます。
――まずはじめに、今回は〝神〟を僅かといえど登場させてみましたが皆さまにはどんな印象だったでしょうか?
――どこまでも飄々とし、気まぐれで、自由で勝手。
一刀や華琳たちが生きるあの世界においては、〝外史〟を管理する神様はこんな感じでいいのではないかと思いああいったキャラにした次第です。
出番は短いですが、皆さんの印象に残るようなキャラにしたつもりです。
そして、左慈の終焉となりました。
ここで裏設定を一つ。
左慈は〝北郷一刀〟という存在を巡り、あまたの外史を渡り歩きその心を擦り減らしてしまった状態です。于吉はというと、そんな左慈の解放を願っていると言った感じです
あの筋肉二人はともかく、私が思い描く〝外史〟の二人は皆さんにどんな心境をもたらしたでしょうか・・・
――さて、話を変えましょう。
これまでにも申し上げましたが、お話は終わったわけではなく・・・サイドストーリー一本と総まとめ一本を投稿予定としておりますので、もうしばらく〝魏〟をめぐる外史のお話にお付き合い下さい。
それが終わったら長編物の予定を考えておりますが、現在再構想中のため、まだはっきりとは断言できません。ですがなんとか頑張ってみようと思います。
それではまた次のお話で――。
Kanadeでした。
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〝三国に咲く、笑顔の花〟最終話。
皆様にとって良い作品であることを願います。
感想・コメント・誤字報告お待ちしております。
それではどうぞ