No.100882

~真・恋姫✝無双 魏after to after~sidestory新たな曹魏の王(前)

kanadeさん

長いので二部構成とさせていただきました。
華琳と曹丕、そして魏の家族の物語、どうぞお楽しみください。
感想・コメント・誤字報告等お待ちしております。
それではどうぞ!

2009-10-14 00:55:22 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:20049   閲覧ユーザー数:14936

 after to after side story新たなる曹魏の王(前)

 

 

 

 

 ――ある月夜の晩、城壁に一人の少女が立っていた。

 「・・・そういえば、あの日も・・・・・・こんな月夜でしたね」

 腰に下げた刀の柄に左手で撫でながら彼女は呟く。

 

 ――少女の思いは、過去へと馳せられた。

 

 

 少女の名は曹丕といい、一刀と華琳の間に産まれた次世代を担う娘である。

 彼女はいいことがあった時・・・曹丕はこうして一人で夜空を眺めているのが好きだった。

 「まさか・・・私が〝菊花〟を頂ける日が来るなんて思いもしませんでした」

 短刀・菊花を鞘から抜き、刀身を月光にさらすとその美しい鋼は輝きを得て刀身そのものが光で出来ているかのような錯覚を覚える。

 「太陽では強すぎますから・・・月の柔らかい光でこそこの美しさが際立つのですね。私の〝天嶺断〟の輝翠の刀身ではこうはいかない・・・のですけど、この子はこの子でまた味わい深い美しさがあるのですよねー」

 そう言って曹丕は自身の刀、〝天嶺断〟を抜き、同じく月光にさらす。

 「はぁ・・・やっぱりこの子も綺麗です」

 この曹丕――、幼少期に一刀の〝桜華〟を見て以来、刀の虜になってしまったのである。

 ちなみに、とどめになったのは彼女が四つになった時に天下一品武道大会にて、一刀の雄姿を目の当たりにしたことだ。

 「充姉様の剣にも当たり負けしないこの〝天嶺断〟は真桜様とお父様の合作・・・私だけの刀・・・・・・」

 それ以来一刀から武を学ぶようになり、一年前の今日に自身の刀、〝天嶺断〟を一刀の手から受け取ったのだった。

 ――〝天嶺断〟

 〝天の嶺をも断つ〟という意味を込めた淡緑の刀身は〝緑柱石〟という鉱石で鍛えあげられている。

 「お父様は・・・確か・・・」

 「刀は他のどんな武器よりも心の在り方が大事な武器・・・芯無き信念を以って振るえば、いかな名刀といえども駄剣になり下がる・・・よ」

 「お母様・・・」

 声の主に振り返ってみればそこには、母である華琳が傍にいた。

 

 

 「まったく、貴女の刀への陶酔は・・・春蘭や桂花が私に向けるものと同じね」

 「お二人ほど重病ではないつもりだったのですけど・・・やはり、第三者から見れば同じように見えるのでしょうか?」

 「どうかしらね?私は、そう思ったというだけよ」

 他愛のない話をしながら、曹丕はふと思う。

 

 ――こうして母と二人きりで話すのは随分と久しぶりではないかと。

 

 「貴女と二人きりで話すのは随分と久しぶりね」

 まるで見透かしたかのようなタイミングで母が口を開いた。

 「お母様は王として忙しい日々を送られていますし・・・仕方がないのではないでしょうか?ですが、こうしてお話できて私は嬉しいです」

 「それは光栄の至りね・・・」

 「!」

 一瞬の殺気、曹丕の本能が体を動かした。

 華琳は、何の躊躇もなく愛用の死神鎌〝絶〟を娘に向かって振るったのだ。

 「あら、防がれるとは思わなかったわね」

 鞘から抜いた〝天嶺断〟で〝絶〟の一閃を防いでいた。

 ぎぎぎと刃がこすれあう音が二人の間に鳴り響く。しかし、曹丕の思考は混乱の極みに達していた。

 

 ――今、お母様は間違いなく私を殺そうとしていた。ほんの刹那でも反応が遅れていたならば、私はこんなことを考える間もなく絶命していたことだろう。

 しかし、何故――何故、お母様は私を殺そうとしているの?

 ――分からない、わからない、ワカラナイ――。

 

 「ふふ、戦いの最中にそれ以外の事に心を囚われるなんて・・・随分と余裕ね、曹丕」

 「お母様!何故私に刃をお向けになるのです!!曹丕には、お母様と戦う理由がありません!」

 曹丕の必死の訴えも華琳には届かない。

 「そう・・・理由がないの・・・なら、それこそが私があなたに刃を向ける理由よ」

 ――ブンッッ、ギィインっ

 放たれる〝絶〟の一閃をことごとく受け止めるも、そこから反撃につなげることが出来ないでいる曹丕。

 

 ――理由がないのが理由?

 一体どういうことだろうか。その口ぶりだと、さっきまでは別の理由だったみたいじゃないですか・・・いや、別の理由だったのだ・・・お母様はそういう人だ。こちらが理解するきっかけなんて一切与えてくれない。

 〝自分に必要だというモノはすべて己の力で手に入れてみせなさい〟

王 としての――〝覇王〟としての在り方を学ぶ際、お母様は私のそう言った。

 ――与えられるだけの王など王ではなく凡人以下の存在だと・・・己から、己の力で手にしてこそ・・・こちらから与える存在こそ・・・・・・誰にも追従を許さない存在こそ〝覇王〟なのだと――。

 そこで、あることに曹丕は思い至る。

 

 ――今の私にあるのは・・・借りものばかりだ。

 

 思考がそう結論付けてしまった瞬間曹丕は、地面に立っていなかった。何も足元にない浮遊感が全身を包んだ瞬間、母の――華琳の声が曹丕の耳に届いた。

 「貴女は半端なのよ・・・半人前にすらなっていないわ」

 冷たい言葉と共に放たれた一閃は・・・。

 ギンッ、バキィィンッ!!

 

 ――受け止めた〝天嶺断〟を、曹丕の心と共に折った。

 

 信じられない光景に目を見開いた曹丕に、華琳は自由になった左手で容赦なく次の一撃を鳩尾に叩き込んだ。

 霞んでいく意識の中で曹丕は、華琳の言葉を聞く。

 「これが貴女の本当の姿よ・・・言ってることは立派でも、中身がないわ。わかる?空っぽなのよ・・・そんな貴女を〝一人前〟?一刀も甘すぎるわね」

 指一本動かすことのできない曹丕から、華琳は〝菊花〟を奪い取る。

 手を伸ばしたいのにちっとも動いてくれない自分の体が憎かった。

 「これは私が預かっておくわ・・・返してほしかったら、そうね、目が覚めた後にでも惲に聞きなさい」

 そこまで聞いて曹丕は自分の意識を手放した。

 

 

 曹丕が意識を手放したのを確認した後、離れた場所で事の推移を見守っていた春蘭と秋蘭に曹丕を預けた。そして、一刀と華琳だけがその場に残る。

 「悪役、御苦労さま」

 「あら、それは褒めているのかしら?それとも皮肉で言っているのかしら?」

 「華琳の思っていることが正解かな?」

 「そう・・・まあ、いいわ」

 ぽすん、と一刀に背を向けたまま、一刀の胸に身を預ける華琳。

 「〝覇王の娘〟の〝親〟というのも、中々大変ね。・・・凪は・・・凪たちはどうだったのかしら?」

 「俺の事は聞かないの?」

 「貴方の場合は聞く必要がないもの。私たち妻とも・・・娘たちとも揉めた後でも、一生懸命になってあっという間に解決してるじゃない」

 すっぱり言ってくれるのは嬉しいが、一刀からすれば苦笑する他ない。

 「それは〝今〟であって〝昔〟は違ったよ。皆と出会った時とかは大変だったんだぞ?それまでなまじ、女の子と付き合ったことすらない俺が女の子と揉めたんだ・・・どうしていいかわからなくてたくさん悩んださ・・・鎮たちが産まれたときだって・・・初めて親になるもんだから戸惑った」

 「だけど、貴方は何とかしたじゃない。子を持つ町民に話を聞いたりして親としての智を深めて・・・同じように戸惑っていた凪たちにどうしたらいいか教えたりして・・・」

そう、一刀は自分が親になるとわかった途端に、子供がいる者に話を聞いて回ったのだ。

それこそ、文官・武官・町民など・・・あらゆる立場にいる〝親〟から参考知識を学び自分のモノにした。

 「色々聞いて、父さんや母さんの苦労がわかった気がするよ」

 「貴方から見て・・・私はどうかしら?〝親〟としてちゃんとできているかしら?」

 「春蘭たちには聞かないの?」

 「聞かなくても答えは決まっているもの・・・。参考にもなりはしないでしょうね」

 

 ――御尤も。

 と言いそうになったがギリギリのところで飲み込んだ。

 こんなこと口にしたら、一秒とたたずに春蘭が剣を持って現れるだろう。彼女は、何故かこういうことに無駄に敏感なのだ。

 尤も、それだけ春蘭が一刀の事を考えているといえなくもないのだが、こういうことにだけは無駄に天才的なまでに疎い。そのため、今でも妻たちに溜め息をつかせている。

 「期待に添えなくて申し訳ないけど、俺には分からない」

 「そう・・・」

 「待った、まだ続きがあるんだから最後まで聞いてくれよ」

 落胆の色を見せる華琳が少しだけ力を取り戻した。そして、視線で一刀に続きを促す。

 「立派な親であるかどうかを決めるのは、親の立場にいる俺たちじゃなくて・・・」

 「子供たちというわけね。そうね、その通りだわ」

 ほっと一息ついた一刀だったが、何故か華琳がこちらから視線を外さないのでどうにも気になってしまう。

 すると、一刀の疑問を察したのか呆れた溜息を一つ吐いて華琳が答えた。

 「抱きしめなさい・・・優しく」

 「・・・・・・仰せのままに、華琳」

 月夜の下で一刀はそっと・・・愛する人の震える体を、包み込むように抱きしめた。

 

 

 「く・・・・はぁ・・・ん」

 「曹丕様は大丈夫なのか?秋蘭」

 「心配ないよ姉者・・・恐らく夢見が悪いのだろうな」

 「無理もない。あれほど大事にされていた愛刀を、ああも見事に折られてしまわれたのだから」

 「姉者はあまり人の事を言えんぞ?充や楙の武器を稽古のたびに壊しているではないか」

 「うっ・・・だが、木剣ではないか・・・」

 「だからといって壊していいわけではないぞ、姉者よ」

 結局その言葉に封殺されてしまい、春蘭は黙り込んでしまった。むむむと唸る春蘭を、妹が微笑ましく見守っていると。

 コンコン――とノックする音が聞こえてきたので、秋蘭が入るように言うと、扉を開けて曹丕の世話係の少女が入ってきた。

 「遅くなって申し訳ありません。惲、たらいま参りました」

 僅かな舌足らずな口調で話しているのは、一刀と桂花の間に産まれた娘の惲だ。

 曹丕のお目付け役を仰せつかっている惲は、曹丕にとって一番頼れるお姉さんなのだった。もっとも、曹丕からすれば、姉や妹たちは等しく頼れる存在なのだが、一番長く一緒に過ごした相手故か、何かしらあればだいたい惲に相談していたりするものだから、今回呼ばれたわけである。

 「ああ、よく来てくれた。曹丕様は見ての通り眠られているが、じきに目を覚まされるだろう・・・後の事任せるぞ、惲よ」

 「はい、お任せくらさい。お話は華琳様にお聞きしているのれ、把握していますから」

 「では、我々は行こうか?姉者」

 「うむ。では頼んだぞ、惲」

 「はい、春蘭様、秋蘭様。おやすみなさい」

 惲の一礼を受けた後、夏侯姉妹は退出した。

 

 ふたりが去った後、惲は曹丕の寝台の傍の椅子に腰かけた。そうして、静かな時間がしばらく流れる。

 もし、この時代に時計があったのなら、ちっちっちと長針が時間を刻む音があったことだろう。

とそこで、曹丕が目を覚ました。

 「惲・・・姉様?」

 「はい、おかららの具合はいかがれすか?」

 「・・・・・・惲姉様、お声をかけるまで・・・外で待っていただけませんか?」

 「わかりました」

 曹丕の気持ちをくみ取った惲は、何も聞かずに部屋の外に出た。

 パタン――と戸が閉まる音が聞こえた途端に曹丕の頬を熱い雫が伝った。

 「ふっ・・・く、うう~・・・うう~っ、うわあああああああん!」

 何もできなかった。

 何一つ反論できなかった。

 悔しくて仕方がなかった。

 声をあげずにはいられなかった。

 涙が止まってくれない。

 心が――痛かった。

 

 

 ――半月、時間をあげるわ。それまでに答えを出し、私と戦いなさい。

 ――もし、また無様を晒すようだったら・・・そうね、貴女には〝曹〟の性を捨ててもらいましょうか。

 「今日を含め・・・半月・・・」

 母の課した之は、最早試練と言っていいだろう。

 もし、乗り越えることが出来なければ自分はすべてを失うことになる。

 「私は・・・」

 

 ――刀と心が折れてしまっている曹丕には、今自分がどうしていいのかわからなかった。

 

 「真桜様のところにこの子を持っていかないといけないのに・・・」

 ――何故、私は当てもなく目的もなく街を歩いているのだろう。

 「私は・・・こんなにも弱い人間だったのですね。一矢報いるどころか、反撃することさえ出来ずに・・・この子を折られてしまって」

 腰に下げている〝天嶺断〟は半ばほどで折れてしまっており、もう輝きを宿していない状態――有体に言うならば、死んでいるのだ。

 「修復は・・・まず無理でしょうから、この子を基に新しく鍛えていただくしかない・・・・・・そんなことぐらい、百も承知なのですけど」

 そこで出てくるのは溜息だ。

 ――今の自分が新しい刀を手にしたところで結果は見えている。今度また、刀を折られたなら・・・本当に立ち直れなくなってしまう。

 「それ以前の話でしたね」

 新しい刀を得て、折られても・・・立ち直れるかどうか以前に〝曹丕〟ではなくなるのだから。

 「曹丕様ではありませんか?」

 呼びかけられたので、声の主の方に振り返ってみれば――。

 「凪様・・・」

 敬愛する父の腹心である楽進――凪がいた。

 

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 食事処に入って注文したまではいいが、二人とも一言も喋らずにいた。

 もともと、口数が多い方ではない凪と、絶賛傷心中の曹丕の組み合わせとなればある意味、仕方がないといえよう。

 ――だが、その沈黙を破ったのは曹丕だった。

 「凪様は・・・私とお母様の件、御存知ですか?」

 「ええ、というより・・・私たち〝家族〟で知らない者などいませんね。鎮だけでなく、皆が心配しています」

 「そうですか・・・」

 曹丕のその一言で二人はまた沈黙した。この時凪は、自分はどうしてこんな時に話題がないのだろうと頭を抱えていた。・・・もちろん内心で、だが。

 (ああ、そういえば)

 「曹丕様、私は今でも鎮とよく喧嘩になります。内容こそつまらないものばかりですが、そんな中で将来についての言い争いもありました」

 うつむいていた曹丕が、凪の最後のフレーズを聞いた途端、顔をあげる。

 そして、凪は構わず話しを続けた。

 「あの子は、将来の目標こそ大きいものでしたが・・・そのために〝まずどうするか〟、それが定まっていませんでした」

 

 ――まずどうするか

 

 その言葉が他のどんな言葉よりも強く胸に刻まれた。

 「ですから、そのことを指摘して・・・わからないと答えて私が呆れると、あの子は答えを求めてきたんです。だからこそ、私はあの子を叱りました。〝まずどうするか〟というのは人によって違うからです・・・そして、〝同じこと〟をやっても〝それ以上〟にはなれない・・・ですから、〝自分だけの何か〟を見つけなさいと・・・言葉はこんなに丁寧ではありませんでしたが」

 苦笑してレンゲを口へと運ぶ。レンゲの中にある麻婆は信じられないぐらいに赤い。

 何事もなくソレを口にする様に曹丕はただ息を呑むばかりだ。

 (鎮姉様が辛い物好きなのでそうだろうとは思っていましたが・・・これ程とは・・・ん?そういえば、凪様とお食事するのは初めてです)

 こうして、〝別の母〟と二人っきりで食事するのは産まれてこのかた初めてだった。別段凪との食事そのものは、これまでにもあったが、鎮や一刀などだいたい複数人で食べることがほとんどだった。娘内でならば二人きりで食事したこともある曹丕だが、その母たちと二人っきりでというのは初めての経験だ。

 「〝自分だけの何か〟・・・か」

 無自覚のうちに口にしていた言葉は、先程凪が言った言葉だ。

 大切な何かを手に入れたかのような不思議な満足感が曹丕の中で芽生えていた。

 「なら・・・今試行錯誤している〝アレ〟を形にして・・・そのための・・・もう一振りを・・・折れたこの刀身を使っていただいて・・・」

 ブツブツと自分の世界に入り込み色々と検討を始めた曹丕をみてくすりと笑うと、それに気がついた彼女はおたおたとして謝る。

 「、すみましぇ・・・痛ひ・・・・・・・すみません、折角お食事に誘っていただいたのに、私ったら一人で考え込んじゃって」

 「気になさらないでください。それよりも、悩みの方は解決されたのですか?」

 「はい、おかげさまで・・・ありがとうございました。ですのでその・・・」

 「ええ、私の事は気にせずに・・・」

 「ありがとうございます!」

 元気な声で一礼して足早に曹丕は去って行った。

 

 曹丕が去って程なくして。

 「凪にはバレてたか・・・」

 「ええ、ですが・・・曹丕様は気付かれなかったようです。ここに一刀様が来ていらしたことに・・・まあ、それはいいとして、さっきの話も全て事実ですから」

 「凪は俺の奥さんになることも悩んだもんな」

 「あう・・・それは忘れてください。ですが、種類は違えども・・・曹丕様の悩みは私が抱えていたものと同じです。・・・この、〝自分はどうありたいのか〟というのは簡単に見えて深いですから・・・」

 「そうだね・・・にしても、辛くないの?ソレ」

 「美味しいですよ?」

 この後、結局好奇心に負けた一刀は、地獄を見ることとなるのであった。

 

 

 足が勝手に動く。

 あることに気持ちが定まった途端に気持ちがはずみだし、体を動かす。

 「私は――になりたかった」

 だから、同じようにやっていた。だが、曹丕はあの日、父に、一刀に〝強くなりたい〟と言ったのだ。

 ならば、同じでは何の意味もない。

 「そして、――になるには」

 ――自分一人では絶対に不可能だ。

 不思議なぐらいに考えが頭の中でまとまっていく。

 「凪様には本当に感謝しないといけませんね。ああ、流琉様に何かお聞きして・・・」

そこで一端、足を止める。

 「その前に――を・・・目の前の目標を乗り越えないと」

 再び歩き出し、ある部屋の前に辿り着く。

 「まずは武器から・・・」

 ――コンコン。

 その部屋の戸を叩く。

 

 『あ~、悪いけど勝手に入ってやー』

 『ウチもおかんもちょっと手が放されへんねん!』

 

 部屋の主がそう返すので、遠慮なく戸を開け中に曹丕は入った。

 「真桜様、禎姉様・・・お頼みしたいことがあって参りました」

 「ん、話しは聞いとるで、〝天嶺断〟の鍛えなおしやろ?」

 「?せやったらウチの出番なんてないやろ?ソレをどうにか出来るんはおかんかおとんだけなんやし」

 まぁ、既に承知のことだろうとは思っていた。何となくではあったが、この受け答えも大方予想通りだったわけで、曹丕は少し笑う。

 「いえ、お二人には・・・」

 「なんや、〝新しい武器作れ〟とかぬかしよったら、しばくで・・・」

 「・・・・・・」

 最後まで聞かずに、職人としての怒りを露わにする真桜。何も言わないでいるが、恐らくは禎も同じ気持ちに違いない。

 「ああ、そうじゃなくてですね・・・この子を基にして鍛えなおすのは当然として・・・ですね・・・それと・・・」

 最後まで聞いて真桜が首をかしげた。

 「?なんでまた・・・それだけじゃあかんの?」

 「率直に申し上げると・・・そうなります」

 曹丕の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、それ以上の追及はせずに、ただ結論を伝える。

 「ま、ええけど・・・せやけどな、色が薄くなるで?折角の輝翠やのに」

 「お願いします」

 「わかった。任せとき、二日後には用意したるわ」

 「ありがとうございます。真桜様」

 「ええって。それよりも禎の相手してやり、のけものにされとったから拗ねてもうとる」

言われて禎の方を見ると、部屋の隅でのの字を書いていじけていた。

 

 ――それから禎を立ち直らせるのにおおよそ三十分を要するのであった。

 

 「それではお願いします。真桜様、禎姉様」

 「「任せとき!」」

 絡繰技師(メカニック)親子の勢いのある返事を聞き、曹丕は魏の重鎮しか知らない真桜の秘密工房を後にした。

 

 曹丕が去った工房では――。

 「おもろくなってきたわ。職人根性に火がついたでー!禎、お前にとって今までの中で一、二を争う大仕事や・・・下手な仕事したらしばくで!」

 「ウチはおかんの娘やで!そないなことするかい!!おかんよりええ出来にしたるわ!」

 「よう言うた!ほなら、今やっとる仕事はいったん止めや!コッチの方に集中するでー!!」

 「合点承知や!」

 曹丕が去った後で、熱い炎を瞳に宿した親子が職人根性を全開にしていた。

 

 

 工房を後にした曹丕は、ある場所へと向かっていた。

 「武器に関しては心配する必要がなくなりました。あとは・・・・・・」

 何となくではあるが、今まで以上に気分が充実している気がする。

 緊張感がないと言われてしまえばそれまでだが、どうにも楽しくて仕方ない。

 とそこで、お目当ての人物の声が聞こえてきた。

 

 『おかん、今日の焼売・・・めっちゃ美味いな』

 『せやろ!流琉が太鼓判押しとったしな~・・・満の腕もあがっとるってことや』

 『他の料理も美味いわ~・・・酒にピッタリや』

 

 (今日はお二人とも非番でしたから、ある程度予想はしてましたが)

 この親子、一年ほど前は仲の良さが非常に危うかったのだが、今はそんな気配をまるで感じさせない、抜群の仲の良さを誇っている。

 非番が重なった際は、こうして酒を酌み交わすのが常となっているほどだ。

 (お父様やお母様と杯を交わす・・・・・実に魅力的です)

 だが、その前にやるべきことがある。

 兎にも角にもソレを片付けないことには始まらない。

 

 ――まぁ、なんとかしてみせるのですけどね。

 

 凛とした表情には、微かに〝あの時代〟の戦地に赴く時の覇王の面影があった。

 「トラ姉様ー!」

 「?なんや、曹丕やないかい。ウチになんか用か?」

 「はい。ですがその前に・・・」

 言葉を区切り、霞の方を向いて。

 「折角お二人で飲んでらしているところを申し訳ないのですが、姉様をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 「?ああ、別に構へんよ。事情はしっとるし、そのアホがなんかの役に立つっちゅうなら遠慮なく使ったらええ」

 「な、おかん、勝手に人の事売るなや・・・って曹丕、首根っこ掴んで引っ張らんといて・・・ああ、痛い、ちょ、あああああああ~」

 「達者でな~」

 「おかんの人でなし~!!」

 トラの叫びが木霊した。

 

 「で?こんな人気のないとこに連れてきて、一体何の用や?折角、美味い酒飲んでたっちゅうのに・・・」

 「ああ、そのことは本当に申し訳ないと思ってるんですよ?・・・ですので率直に言いますけど・・・」

 先程までの申し訳なさそうな顔は形を潜め、凛とした表情が浮かび上がる。

 「今日からしばらく、ほんの少しでもで構いませんから・・・私と手合わせしていただけませんか?」

 〝手合わせ〟の言葉にピクリと反応するトラ。

 この子は、分かりやすいぐらいに母親によく似ているのだ。

 しかし、トラは馬鹿ではない。率直な疑問が浮かぶのはある意味必然だった。

 「それ自体は、別に構へんけど・・・何で、おかんやのうてウチなんや?」

 「それは・・・〝私たち〟の力じゃなきゃだめだと思うからです。武器に関しては作り主でないとどうしようもないですけど・・・こういうことであれば・・・と」

 「ウチは、小難しいことはさっぱり分からへん。せやけど、まあ可愛い妹のたっての頼みやし・・・ええわ。相手したる」

 「ありがとうございます!姉様!」

 「ええから、ちゃちゃっと始めようや」

 「お願いします!」

 「?曹丕、その武器・・・・・・まぁええわ。いくでっ!」

 「はい!」

 

 ――その日から、曹丕とトラの特訓が始まった。

 余談だが、翌日――。

 「トラに声を掛けられた者ですから・・・良かったのでしょうか?」

 「まったく、曹丕様もお人が悪い・・・言ってくださればいつでもお力をお貸ししたというのに、そうだろう?衡」

 「うむ、その通りだ姉者」

 「曹丕、頑張ろうね!ボクも満も手伝うからさ」

 「儀、少しは言葉使いを改めた方が・・・手伝ってあげるのは、もちろん当然ですけど」

 「んふふー、特訓♪特訓♪楽しみです・・・」

なんかたくさんいるし、色々好き勝手言っている。正直、どういうリアクションをとっていいのか 全く分からない。

 「あの、トラ姉様・・・どうして他の姉妹たちがいらっしゃるのですか?」

 やっとのことで出たのがコレだ。

 曹丕の前には、鎮、充、衡、儀、満、蓋と腕自慢に力自慢な姉たちがいる。

 「折角やし、武闘派に声かけてみたら・・・まぁ集まったちゅーわけや♥あ、ちなみに楙と侯覇は春蘭様の足どめを頼んどいたから今日はこれへんで」

 「あはは・・・・・・」

 (私なんかより楙と侯覇が大変なのですね)

 妹二人の試練の過酷さに・・・もう、笑うしかない曹丕であった。

 

 ――その頃の楙。

 「放さぬか楙!稽古の時間だというのに充はどうしたのだ!」

 「どうしても優先しなきゃいけない用事が出来たのです母!というか楙の相手をしてくださいよ~!」

 「もちろん、するに決まっているだろう。だが今は充だ!」

 「姉者、しばらくは充や楙たちの好きにさせてやれ。楙、明日からはお前も参加するのだろう?」

 「秋蘭様・・・ひょっとして、知っちゃってますか?」

 「まぁ、昨日・・・張虎と曹丕様を見かけたのでな・・・・・・今日は衡も見かけぬしな」

 「ああ、そうでしたか」

 

 ――この、夏侯楙は〝あの〟母と姉を相手にしたためか、性格がしっかりとした娘に成長していた。秋蘭ほどではないが、春蘭を御せる様にも・・・ただ、春蘭に実姉の充が加わると・・・手に負えなくなるのだが。

 

 「まぁ霞の方も容認しているようだしな・・・ん?どうした侯覇」

 「母者、春(はる)様がいじけられています」

 袖を引くのは衡の妹、夏侯覇。指さした先には、魏の大剣が拗ねていた。

 

 

 「奕ちゃん、曹丕様はろうれすか?」

 「順調のようですよ、惲姉様。毎日ボロボロですが、問題はない・・・・・・でしょう」

 「く~・・・」

 「ん~・・・」

 「起きなさい!」

 「「おおっ!」」

 とある部屋で三軍師の娘’sが〝決戦〟の日に向けて関わっているような関わっていなさそうな会話を繰り広げていた。とりわけ、緊張感がないのは風の娘の武と延である。

 「お二人は曹丕様の事が気にならないのですか!?」

 「大丈夫です~。心配ないのです~」

 「そうなのですよ~、武ちゃんの言う通りなのですよ~」

 完全無欠で母親似のこの双子はとことんマイペースなのである。

 「万が一があれば、曹丕様は縁を切られてしまうのですよ!母上様たちのお知恵をお借りせずに私たちの智を持ってお救いしなければ!」

 「そこが~間違っているのです」

 「のですよ~・・・万が一なんて起きないのですからして~・・・無用の心配なのですよ~」

 どこか確信めいた言動を放つこの双子に二の句が継げなくなる奕、対してもう一人の軍師っ子・惲はとりあえず三人のやり取りを楽しげに見守っていた。この娘、この余裕はというかなんというか・・・とにかく智は桂花、人柄は一刀を継いでいるようだ。

 

 ――基本的に毒舌吐きではないこの少女、あの極端な男嫌いがないのは良いことだとは父の――一刀談である。

 

 「まぁ、とにかく・・・今のところは見守るしかないということれいいれすね?」

 「「ですね~」」

 「あ~・・・はぁ」

 奕は最近、母に似て苦労性になりつつあった。まぁ、〝妄想鼻血大量出血〟癖は受け継がれていないようなので母も父も安心しているそうだ。

 

 ――ちなみに。

 「少々残念なのですよ」

 とは、風の談である。

 

 

 とある店で焼売を次々と食べながら相談する三名の姿があった。

 「ん~・・・いいフレーズが浮かぶね♪素敵な歌が出来そう♪」

 「天々姉さん、それはいいんだけど・・・お小遣い使いはたしちゃうわよ?」

 「地々姉さん、それはいっても無駄。天々姉さんは分かってて食べてるから・・・それに、今の姉さんから食べ物とったら歌が中途半端になるわ。そんなことになったら、地々姉さんが歌の音程が作れなくなる」

 「う・・・それは困るわね。折角、曹丕姉さんに歌を贈ってあげたいのに」

 「だったら今は静観して」

 「ふんふふん~♪もうちょっとで、完成だ~♪」

 上機嫌で紙に筆を走らせる天々を妹二人は黙って見守っているのだった。

 

 ――それから数日後、完成した歌を三人は贈った時、曹丕は嬉し涙を流したらしい。

 「ありがとう。私、頑張りますね!」

 笑顔でこう答えた曹丕を見て、三人はちょっとだけかがんで。

 「「「大成功♪」」」

 三人で親指を立てて笑った。

 

 ――武でも智でも役に立てない自分たちが力になれた。

 

 そのことが誇らしくて、嬉しかった三人であった。

 

 

 華琳との約束に日が近づいて行く曹丕だったが、その顔には日を追うごとに凛々しさと力強さが宿っていった。

 その頃、――。

 「曹丕様は大丈夫なのでしょうか?私、益々心配になってきました」

 「紗耶、心配いらないって・・・やれやれ、凪より心配性なんだから」

 「む、旦那様・・・凪と比べられるのは些か不快なのですが」

 「普段あんなに仲がいいくせに・・・」

 「私たちの仲の良さと旦那様の評価は話が違いますから」

 「・・・・・・ああ、そうなんだ」

 きっぱりと断言する紗耶に、苦笑するしかない一刀であった。

 「最近は蓋まで一緒に曹丕様の手合わせに参加しているようです」

 「というよりも、子供たち皆だけどね。侯覇も一緒みたいだし」

 「少々蓋が心配です。あの子、加減知らずですから・・・」

 ポンポンと肩を叩いて落ち着かせると沙耶は一度深呼吸をして「ありがとうございます」と言う。すると、警羅に廻っていた沙和が詰め所に戻ってきた。

 「ああ~なんか楽しそうなのー、沙和も混ぜて」

 「あれ?沙和、圭は?」

 「圭ちゃんは曹丕様のお洋服を作るって、息巻いてお部屋に意匠を考えに帰っちゃたの」

 「皆が皆、曹丕の事が大好きなんだな」

 「ええ・・・素敵な事です」

 「ぶぅ~・・・沙和も、混ぜてなの~!!」

 むくれて声をあげる沙和に一刀と沙和は思わず笑ってしまうのだった。

 

 

 刻一刻と時間が迫ってくる中。

 「ねぇ~・・・曹丕ちゃん、大丈夫かな~」

 「姉さん、その質問もいい加減聞き飽きた」

 「あ、そう言えば一刀から伝言を預かってたんだったわ。〝とりあえず見守ってあげてくれ〟って」

 「それ、いつの話?」

 「あの子たちの公演の前ね」

 「私たちの旦那様からの伝え言を何日も忘れたりしないで」

 「謝ってるじゃない!・・・・・・そういえば、地々達は?」

 「曹丕様の所よ。励ましに行くって言ってたわ。そっとしておきましょう」

 「人和ちゃん、なんか落ち着いてる。一刀と何かあったの?」

やたらと焼売も口に運ぶ天和はこういう時にやたらと勘が鋭い。そう、天和の言うことは実はあたっており、姉二人に黙って一刀のところに行き、お楽しみの時間を過ごしていたのだ。

だが、ここでそれを口にすれば火の粉が火事に発展しかねない。なのでここはひたすら沈黙を貫く人和。

 すると、察したのか三姉妹の長女は、それ以上は何も追及しなかった。

 「きっと曹丕ちゃんは何とかなるよ。だから、その時のためにお祝いの歌を作っておこーね。天々ちゃん達に歌ってもらうためにね」

 ウインクして末の妹に合図すると、人和を笑みを浮かべて頷いた。

 「私も考えるんだからのけものにしないの!」

 「うん♪三人でとっておきの歌を作ってあげよ♪」

 

 ――その日から、歌作りに専念するのだった。

 

 

 城の中庭にある休憩所で、軍師たちは憩いの時間を過ごしていた。

 ――主に風が。

 「稟ちゃんも桂花ちゃんも慌てたところでどうしようもないのですから、落ち着いては?」

 「魏の一大事に落ち着いていられるわけなんてないでしょ!アンタは事の重大さがわかってないの!?」

 「ええ、魏の後継者が下手をすれば縁を切られてしまうというのに・・・呑気に落ち着いてはいられませんよ」

 緊張な面持ちの二人に対して、風はどこまでもいつも通りで、うとうとして今にも眠ってしまいそうだ。

 「「風!」」

 と、二人が声を重ねて風を叱咤するのだが、風は余裕の表情でそれを受け流す。

 「いいですか~?今回の件は風たちが口を挟んだところでどうしようもありません、流れに身を任せるしかないのです。第一、曹丕ちゃんは華琳様とお父さんの血を受け継いでいるのですよ?そんな心配なんてするだけ無駄というものでして~・・・おや?季衣ちゃんに流琉ちゃんですね」

 風が視線だけ向けた先にいたのは季衣と流琉の二人だった。

 「あ、皆さんここにいらしたんですか?」

 「ねーねー、ボク達も混ぜて?」

 「はい、ご一緒しましょう」

 急遽、季衣と流琉も加えた賑やかなお茶会が始まった・・・はずだったのだが。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「いい日和ですねー、お昼寝にはもってこいです」

 風を除いて、実に静かなものであった。

 「はぁ~・・・皆さんは曹丕ちゃんの事信用してないのですか?」

 「何を馬鹿な事を!」

 ガタッと立ちあがって桂花が声を上げた。他の面々も同意見なのか、視線が若干キツイ。

 だが、相手が風とあってはそれも無駄と言えよう。

 「でしたら、風たちが騒ぎたてたところで結果は変わる筈が在りません。曹丕ちゃんや・・・・・・いえ、私たちの子供たちを信じることが、今の風たちに出来ることではないでしょうか?」

 何一言返す事の出来ない他の母親たちを余所に、風は「お父さんとお話でもしてきます」と、そ そくさと休憩場を後にしたのだった。

 

 「やれやれ・・・風には敵いませんね。母親として何と落ち着いている事でしょうか・・・」

 「・・・なんか騒いでた自分たちが馬鹿みたいだわ」

 「ふえ~・・・なんかすっごいな~」

 「風さん・・・なんか素敵でした」

 諸々が感心したり自分に呆れたりしていた。

 

 「などと皆さんは言っているとは思うのですが、実は風も不安だったりするのです」

 ――その頃風は、一刀の膝枕で和んでいた。

 「ま、誰でもそうだろうね」

 「おお!やはりお父さんもでしたか・・・・ちなみにお父さんは、この一件の結末をどう予想されますか?」

 「決まってるだろ」

 風の問いかけに自信に満ちた顔で一刀はこう答えた。

 

 ――「大団円さ」

 

 ――華琳と曹丕、母が子に課した試練は、いよいよ明日に迫っていた。

 

 

~あとがき~

 

 

 

 長い前編となってしまいました。

 今回のお話、曹丕と華琳を中心とした物語です。今代の覇王が、これからの魏を率先して引っ張っていかなければならない次世代の覇王に課した試練というのが、この話のテーマとなっております。

 短いあとがきで申し訳ありませんが、今回はこれにて失礼を・・・細かなお話は次の話で。

 Kanadeでした。

 


 
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